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2017年04月25日

小説の読み方と解き方

中学一年生の授業で、
「花曇りの向こう」という作品に入りました。

瀬尾まいこさんの小説で、
中学に入学して数週間の主人公が、
引っ越してきたばかりで友だちができずに悩んでいたが、
あることがキッカケで友だちができそう……
という筋の、
ラノベにありそうな話です。

小説を読む時に、
第三者の視点から読む人と、
主人公に魂が乗り移ったように感情移入して読む人がいます。

どちらが良いというのはありませんが、
感情移入して読んだ方が、
登場人物の体験を、
自分が体験したことのように感じられるので、
心に残るかもしれません。

私は、今は客観的に読むこともできるようになりましたが、
子どもの頃は完全に感情移入型でした。

だから、絶対にハッピーエンドのものしか読みませんでした。
現実の世界では自分の思いのままにならないので、
せめて小説の中だけでも楽しく、
と思っているのに、
バッドエンドではね。

さて、
小説を読むのは趣味の域ですから、
好きなように読めば良いのですが、
小説の問題を解くとなると、
話は別です。

説明文の場合は、
答えが本文中に書かれているのがほとんどですが、
小説の場合は、
本文中に書かれている根拠をもとに、
自分で答えを想像して答えなければいけないことも、
結構あります。

実はここに罠があって、
普段から小説を読むのが好きな人は、
「私だったら、こういう理由でこういう行動に出ると思う」
など、自分だったらと置き換えて考えてしまうのです。
それで運良く当たることもありますが、
記号問題だと巧妙に作ってあるので、
引っかかりやすいです。

問題を解く時は、
一旦自分の思いは捨てて、
本文中の描写だけを根拠に答えることが、
必要です。





posted by 良岑吏茶 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2017年04月09日

学校のセンセイ

名古屋を舞台にした小説って、
なかなかない気がしますが、
飛鳥井千砂さんは名古屋市内の大学に通っていたそうで、
『学校のセンセイ』も名古屋が舞台。

出版されて数年後にたまたま本屋で見つけて、
一気に読んだのを覚えています。

久しぶりに読み返してみましたが、
主人公が私と同業者なので、
やっぱり面白いと思いました。

ストーリーそのものというより、
主人公の心情描写と、
無駄のない登場人物の配置が、
とても好きです。

このブログを見てくれている人は、
中学生が多いと思いますが、
私立高校の社会科の先生を主人公にしたこの話、
楽しめると思います。




posted by 良岑吏茶 at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2017年03月05日

中学生にオススメの文豪小説

生徒から「中学生にも読みやすいオススメの、文豪の小説ありますか」という質問がきました。
文豪ストレイドッグスの影響でしょうか。

文豪の小説は、それぞれ個性があって、
その文体が好きなら一般的には難しい文章でも読めてしまうし、
好きでないなら難解に思えてしまうものです。

だから、一概に「中学生にも読みやすい」とは言いきれないのですが、
私がオススメなのは、志賀直哉です。
ストレイドッグスのキャラじゃないようなので、
期待外れだったら、ゴメンね( •́ .̫ •̀ )

『小僧の神様』や『清兵衛と瓢箪』などは、
短編なのですぐ読めるし、
文もそれほど難しくなく、
内容も面白いと思います。

ただし、「私は太宰治が大好き」という人は、
あまり志賀直哉が好きではないかもしれません。

一般的には、そう言われているみたいなので……

でも、自分の好みを知るためにも、
国語便覧に大きく紹介されているような作品は、
一通り読んでみることをオススメします。
意外な発見があるかも。

因みに、外国の文豪なら、
ヘルマン・ヘッセがオススメです。

『少年の日の思い出』は、まぁアレですけど、
小・中・高校生くらいの年の男の子を主人公にした話が多く、
取っつきやすいけど、読みごたえあります。





posted by 良岑吏茶 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2017年02月08日

がんばれエーミール٩(ˊᗜˋ*)و

小説を読む時、
趣味で読むだけなら特に制約もありませんが、
国語の問題として読む場合には、
いくつか注意点があります。

今日は、そのうちの一つを説明します。

中学一年生なら、ドイツ文学『少年の日の思い出』、
中学二年生なら、日本文学『走れメロス』、
中学三年生なら、中国文学『故郷』が、
小説の定番であり、山場となると思います。

最低でも5時間、ゆっくり時間をかける先生なら10時間くらい、
費やされているのではないでしょうか。

この三作品の共通点は、
主人公が一人称を用いて気持ちを語る場面が多いということ。

「僕は」「私は」と一人称で語られると、
臨場感があり、読者が感情移入しやすい、
というメリットがあります。

しかし、言い換えれば、
主人公以外の人物の気持ちは、想像するしかない、
というデメリットがあるということです。

「僕」がエーミールの蝶を台無しにして軽蔑されている時、
エーミールはどう思っていたのでしょうか。

「私」が信実の存するところを見せようと走っている時、
ディオニスはどう思っていたのでしょうか。

「わたし」が再会を喜んでいた時、
閏土は何を思って「旦那様」と言ったのでしょうか。

中学一年生が初めて『少年の日の思い出』を読むと、
多くの生徒が「エーミール、やなヤツ」と言います。

たしかに、「僕」から見たら、
エーミールはやなヤツかもしれませんが、
自分の大切なものを勝手に触られ勝手に壊されたのですから、
あれくらいは当然、むしろ殴られなくて良かったね、
とも思います。

「僕」の親は何をしている人か分かりませんが、
エーミールの親は「先生」でした。
家はお手伝いさんを雇い、
自分専用の子ども部屋が与えられるほど裕福です。
(今の日本の「先生」と一緒にしてはいけません)

エーミールはきっと、小さい頃から周りの人たちに
「あの子は先生の息子だからね」と、
礼儀正しくて当然、
勉強など、なんでもできて当然、
という無言のプレッシャーをかけられて育ったことでしょう。

少しでも変なこと...一般的には「子どもらしいこと」をしようものなら、
「まぁ、先生の子なのに」と、言われてしまうのです。

子どもらしくのびのび育った「僕」には、
なぜエーミールが模範少年になってしまったのか、
なんて、考えも及びません。
だから大人になっても「非の打ちどころがないという悪徳」だの、
「子供としては二倍も気味悪い性質」だの、
彼を否定的に捉えます。

模範少年にならなければいけなかったエーミールの環境と、
自分が捕まえた後も宝石のようにきちんと手入れして保管している蝶を、
隣の家の少年にめちゃくちゃにされてしまうという展開。

それを理解した時、初めて「エーミール」はやなヤツではない、
と分かるのです。

一人称で書かれた小説を読む時は、
書かれていない脇役の気持ちも考えましょう。

時間があったら、主人公以外の人物の視点から、
リライトすると面白いですよ。








posted by 良岑吏茶 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説

2017年02月04日

走れメロスの対立関係

太宰治の『走れメロス』は、
中学二年生が使う全ての国語の教科書に掲載されているので、
日本で中学時代を過ごす人なら避けて通れない小説、
と言えるかもしれません。

あの友情が好きだった、という人もいれば、
自分(太宰)は熱海に檀一雄を置いたまま裏切ったくせに何を言ってるんだ、という人がいたり、
シラーの叙事詩をノベライズしただけだろ、という人がいたり、
「芋虫ほどにも前進かなわぬ」みたいな表現を面白がる人がいたり。

私個人は太宰治より志賀直哉、なのですが、
授業は面白おかしくやってます。

この作品についてあれこれ話し始めると、
とんでもなく長い記事になりそうなので、
この中に出てくる主な登場人物の関係についてのみ、
今回は話そうと思います。

主人公メロス、暴君ディオニス、メロスの親友セリヌンティウス。

メロスは人を疑うのが嫌いな男、
ディオニスは人を信じられない男、
という設定で出てくるので、
メロスvsディオニスという関係だと思ってしまいそうですよね。

でも、メロスは100%白ってわけじゃない。
もうダメだと思った時にセリヌンティウスを裏切って悪徳者になろうとした。

逆に、ディオニスだって100%黒ってわけじゃない。
信じられないと言いながら、
どこかで孤独から救ってくれる人を待ってる節がある。
メロスを襲った山賊が本当にディオニスが放った奴だとしたら、
メロスはシラクスに帰ってきてしまうのではないかと
「信じて」いたことになる。

つまり、メロスとディオニスはどちらも清濁併せ持った
似たもの同士と言える。

それに対して100%白なのは、
セリヌンティウスである。
数年ぶりに会った友だちに有無を言わさず人質にされ、
王城でメロスを信じて待っていた。
最後にメロスと殴り合うシーンがあって、
そこでは、待ってる間に1度だけちらと疑った、と言っているけど、
弟子のフィロストラトスがセリヌンティウスはメロスを疑わなかったと言っているので、
正直に告白したメロスに恥をかかせないよう配慮して、
メロスに合わせてあのような発言をしたのではないかとも取れる。

人間誰しも聖人君子ではないから、
読んで感情移入できるのは、
セリヌンティウスよりメロスやディオニスの方だと思うけどね。

『走れメロス』の人間関係は
メロス&ディオニスvsセリヌンティウス
という話でした。






posted by 良岑吏茶 at 01:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説
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