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2019年03月31日

「平成」の30年 何故日本はこれ程凋落したのか?





 「平成」の30年 何故日本はこれ程凋落したのか?


 JBpress 3/29(金) 6:15配信 より引用してます


  




        3-31-11.jpg 

   自分なりの成功」追いかけて・・・青山社中リーダー塾 朝比奈 一郎氏



 「平成」の30年 何故日本はこれ程凋落したのか?


 間も無く新元号が発表され、およそ30年続いた「平成」も終わりを告げようとしています。昭和の様に戦争にも巻き込まれること無く、一見平穏だった30年間の様に思えますが、実は大変な激動の時代でもありました。そこで改めて、平成と云う時代を振り返ってみたいと思います。


 1 平成の三大構造変化


 平成には、3つの大きな構造変化がありました。

 1つは、戦後レジームの崩壊です。平成が始まった1989年は、丁度ベルリンの壁が崩壊に向かう年でした。そこから、それ迄厳然としてあった東西冷戦構造が一気に終結に動き始め、2年後には東側陣営のリーダーであるソ連までもが崩壊してしまいます。将に戦後レジームは、平成の始まりと共に崩れ、その結果、アメリカ一強状態が現出しました。

 2つ目の構造変化は、中国の台頭です。日本で平成と云う時代が始まった頃の中国はと言えば、国際政治や国際経済の舞台で、それ程影響力を持った存在ではありませんでした。確かに人口は多く国土も広く可能性を秘めた国ではありましたが、当時はマダマダ開発が進んでいませんでした。それが平成と云う僅かな期間に、目覚ましい発展を遂げて行ったのです。

 平成の初期、中国がここまで発展を遂げることを予想している人は多くはありませんでした。むしろ当時盛んに予想されていたのが「日米欧三極体制」の出現でした。欧州諸国が結束しEU創設を定めたマーストリヒト条約の調印が行われたのは平成4年。
 これによりヨーロッパがEUと云う巨大な統一市場を形成し、日本、アメリカと共に経済の中心に為ると云う観測です。しかし平成の終わりを迎え、結果的に登場したのは、アメリカと中国による二極体制でした。

 そして3つ目の構造変化は、日本の凋落です。残念ながら、平成の30年間は、国際社会における日本の存在感が圧倒的に小さく為って行くプロセスでした。.

 データを見てみましょう。平成6年、世界のGDPに占める日本のGDPの割合は17.6%でした。同じ年にアメリカは24.8%です。詰まり日米両国で世界のGDPの4割以上を叩き出していたのです。これが平成29年に為ると、日本の割合は6.1%。存在感はホボ3分の1に為ってしまいます。
 又スイスのビジネススクール「国際経営開発研究所(IMD)」が毎年発表している、国際競争力ランキングで、日本は平成元年から4年まで1位でした。それが2018年には25位。この数年は20位代後半をさまよっています。世界の時価総額ランキングも、世界のトップ50社を見ると、平成元年には日本企業が32社も占めていたのに、平成30年ではトヨタ1社が35位にランクインしているのみ。何ともお寒い状況です。

 国際経済の舞台で、日本は凋落の一途を辿って行った・・・それが平成と云う時代でした。

 冷戦体制とは、イデオロギー的に言えば、共産主義や社会主義と資本主義との対立構造です。これが終焉したと云う事は、ヤヤ乱暴に言えば「共産主義や社会主義の考え方は誤りで、資本主義が正しかった」と世界中が認識したのです。フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』の原論文が出たのも平成元年でした。
 勿論、共産党一党支配の元の社会主義共和国体制で急成長を果たした中国の一部の人々は違う意見を持って居るかも知れませんが、世界全体で見れば「最終的には資本主義が勝利した」と云う認識が非常に強くありました。

 平成当初、日本人は「資本主義が正しかった。その先頭ランナーの一人である我々は、これからも世界経済の中心に為って行くだろう」と考えていたと思います。

 冷戦が終わり、共産主義や社会主義と云う対立するイデオロギーの存在感が非常に小さく為ると、今度は資本主義の原初的な特徴が非常に強く出て来る様に為りました。どう云う事かと言えば「カネがカネを生む」と云う資本投下の仕方を、より効率的に行おうとする動きが出て来たのです。
 具体的に言えば、日本が得意として来た製造業中心の資本主義から、もっと資本効率の良い金融業やIT産業が経済のメインストリームに為って行ったのです。

 この過程で、アメリカはウォールストリートの金融業や、シリコンバレーのIT企業、特にGAFA(Google・Apple・Facebook・Amazon)と呼ばれるIT界の巨人が経済成長を支えて来ました。中国も、巨大な国内市場を強みにして、IT企業や金融機関が成長し経済を牽引しています。この変化に日本は着いて行けませんでした。それが日本凋落の原因なのです。


 




 2「教育敗戦」が招いた「人的資源の劣化」


 では、日本は何故この変化に着いて行け無かったのでしょう?元々日本人は、時代の大きな変化に柔軟に対応して行く事が得意な人達でした。

 典型は明治維新です。それまでの徳川幕府の時代からすれば、明治維新は社会構造を根本的にヒックリ返す様な改革です。各地に君臨した殿様の権限を全部取り上げて廃藩置県を行ったり、米で納めさせていた税金をお金で納めさせる様にしたり、国民全員に初等教育を受けさせる義務教育を導入したり・・・
 どれを取っても「消費税率を8%から10%に」等と云うレベルの改革ではありません。明治維新と云うのは、本当に無茶苦茶な改革でした。近代西洋とブツカリ合って「ア、そう云う時代なんだ、このままじゃ生き残れ無いんだ」と、鍵となる日本人達が認識したからこそ、過去をかなぐり捨てて時代の変化に食らい着いて行ったのだと思います。

 戦後も同様です。日本はアメリカとガチンコの戦争をし、徹底的に叩き潰されました。ハッキリ言って「終わった国」だった筈です。しかし、その状況から日本人は、欧米型の民主主義・資本主義に対応して行きました。
 自動車も家電も、日本人が発明したものはありませんでしたが、欧米企業にキャッチアップし、遂には抜き去る様にして、経済大国へとノシ上がって行きました。1979年には『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と云う本もアメリカで出ました。

 詰まり歴史を振り返ってみると、新しい時代・新しいゲームに着いて行く事は、本来、日本人は何処の国の人達よりも得意な筈なのです。

 処が、平成の時代に起きた世界の構造変化には、サッパリ着いて行け無かったのです。その原因は、一つしか考えられません。それは「人的資源の劣化」です。もう少し突き詰めて言う為らば、平成に起こった日本の凋落は「教育の敗戦」の結果だったと言えるでしょう。

 高度成長期から平成の最後まで、日本人の教育は「受験して好い学校に入り、好い会社に入り、そこで頑張って出世する」と云うゲームをする為の教育でした。学校教育の仕組みと云うレベルを越えて、社会全体でそう云うゲームを作ってしまった訳です。その結果、イノベーティブな人が多数出て来たり、活躍したりし難い社会に為りました。


 




 3 エリート中心主義の末路


 これは実は、中国の過つての凋落の歴史に近いと思います。例えば、17〜18世紀に掛けての中国の清朝は世界に冠たる帝国で、世界中のどの国と争っても負ける筈が無いスーパー大国でした。しかも科挙と云う試験によって、あの広大な中国大陸の中から、飛びっきりの秀才だけをかき集めて国家運営をしていたのです。世界最強の国が、最高の人材を集めて国家運営しているのだから、負ける筈がありません。

 処が19世紀に為るとその勢いが衰え、西欧諸国に事実上植民地化され、敗れて行くことに為ります。私はこれは、科挙と云う超難関試験を突破する事だけを考えて勉強する様に為ったエリート中心主義に失敗の原因があったと思うのです。

 既存の枠組みの中で、試験を突破して好い処に入り、そこで同じ様な教育を受けて居た仲間との競争に勝って出世して・・・と云う志向の人材を集めてしまうと、大きな変革の時代には対応出来ません。全体として大きく躓(つまづいて)いてしまうのです。何故なら、こう云う教育の中からは、全体の枠組みを考えたり作ったり、新しいチャレンジをする人材は生まれて来難いからです

 過つて日本人は学ぶことを「学問をする」と言っていました。学問とは、問いを学ぶと云う事です。そこには「自分で問題を見つけ出し、その答えを自分で考える」と云うニュアンスが含まれています。
 しかし昭和の後半から平成の時代の学びは、「学問」では無く「勉強」でした。これは、自分で問いを立てたりすることは無く、与えられた問題に対する正解を覚える・選ぶと云う行為です。予(あらかじ)め決まった正解を、どれだけ多く覚えられるかを競うのが「勉強」でした。こう言った「勉強」中心の教育に為ってしまった事が、日本凋落の原因だと私は感じています。

 例え答えが見付から無くとも、自分で問いを立て自分で考える。自立的に物事を考え、自ら行動を起こせる様な人材を育てる教育こそが、本当は必要だったのです。

 ちなみに、猛烈な経済成長を実現している現代の中国の教育ですが、実はこれも「勉強」型の教育スタイルです。一人っ子政策が続いて来たお陰で、中国の家庭では一人の子供の教育に多額の資金を投じます。その為語学の様な基礎学力等では物凄くレベルの高い人材が非常に沢山生まれています。
 但し、それでも激しい受験競争を勝ち抜くことが“ゲーム”の本質に為って居て、例えるなら日本の受験競争システムをもっと激しく大規模にした様なものです。

 その為若者達は、ゼロベースから自分で思考して行くと云う面では、チョット弱い様な印象です。今はイノベーティブな野心家が沢山居ますし、人材の層が厚いこともあり、暫くは中国の成長は続くと思いますが、このままの教育システムが続けば、長い目で見れば日本の様に時代の変化に取り残されてしまう可能性があるのではないかと云うのが私の予想です。
 
 それはさて置き、日本の教育システムが時代の流れに食らいついて行けない様なものであるならば、元号が変わる今こそ、変革して行く絶好の機会です。


 




 4 消滅した「人物教育」の機会


 では、どう再建するべきか。私が考えるポイントは2つです。

 1つは、自由な教育の推進です。

 現在の教育は、私立大学であっても文科省の規制の中で行われています。教育内容や単位数、教員と為る為の論文の数等、アレコレ細かく縛られているのが実態なのです。
 しかし、教育はもっと自由度があってしかるべきでしょう。幕末は、各地の藩校や私塾が、夫々の哲学に基づいた教育を施し、そこから国を引っ張る人物が育って行ったのです。教育に多様性が多くの有為な人物を生みました。学校にもっと独自性を発揮させ、自立的に考え、行動出来る人物を育てるべきです。

 もう1つのポイントは、人物教育の推奨です。

 と云うのも、何故幕末や戦後の混乱期に個性的なリーダーが生まれたのかを考えると、それは家庭教育と地域教育が確りしていたからではないかと思うのです。
 日本に学制が発布されたのは明治5年(1872年)です。それ迄義務教育はありません。寺子屋等で読み書き算盤を習わせる習慣はありましたが、それ以上に地域や家庭での「社会教育」が機能していたのではないかと思うのです。その中心が人物教育です。

 詰まり、自分の父母、祖父・祖母や先祖の立身出世話や失敗談と言ったファミリーヒストリー。或は地域の為に尽力した地元の偉人にまつわる伝承。こうした身近な人達の生き様・人生観と言ったものは、対象が非常にリアルであるが為に、感情移入しながら心に刻み付けることが出来ます。それは、一人の人間が成長して行く過程で、極めて大きな影響を与えるものです。

 自身のことを振り返ってみると、両親は典型的なニュータウン族で、都心からチョット離れたベッドタウンで私は育ちました。その為先祖のことをアレコレ教えて呉れる親戚も身近に居らず、周りも同じ様な家庭ばかりですから地域の偉人にまつわる伝承を聞くこともありませんでした。結局「人間」とか「生き様」について学ぶ機会があまりありませんでした。
 昭和の初期の頃までは、誰もが当たり前の様にそう云う機会に接して居た筈です。その機会が急激に消失して行った事で、日本人の人間性の厚みが縮小して行った様に思われるのです。

 ポスト「平成」の時代は、AIが発達する時代です。その時代には、単なる知識やノウハウを持った人間では無く、人の生き方・社会の在り方を自分自身で考えて行ける様な人材の存在が重要に為る筈です。今の教育システムでは不十分です。
 私自身は、8年前に青山社中リーダー塾を立ち上げ、自ら塾頭として教鞭を取っていますが、相当思い切った教育改革を社会全体で考えて行かなければならないと痛切に感じています。

 朝比奈 一郎


 朝比奈 一郎氏 Ichiro Asahina 青山社中塾 筆頭代表(CEO) ビジネス・ブレークスルー大学大学院 客員教授

 1973 年生まれ。埼玉県出身。東京大学法学部卒業。ハーバード大行政大学院修了(修士)。経済産業省ではエネルギー政策、インフラ輸出政策、 特殊法人・独立行政法人改 革に携わる。
 「プロジェクトK (新しい霞ヶ関を創る若手の会)」初代代表。経産省退職後、2010 年に青山社中株式会社を設立。現在は自治体(三条市・那須塩原市・川崎市・沼田市・生駒市・妙高市・軽井沢町)のアドバイザー、総務省地域力創造アドバイザー、内閣府クールジャパン地域プロデューサーなども務める。

 筆頭代表ページはこちら クレジットカード twitter:@asahinaichiro



 





 【管理人のひとこと】


 引用させて頂きありがとうございます。昨今の教育は、学問で無く勉強・・・好い大学好い会社出世して好い暮らし・・・の為の受験に特化したものだと断言されました。更に、エリートだらけの集団競争の中からは、世の中を変える様な特異な発想は生まれ難いと。

 著者が、清帝国の科挙による集団エリート体制の弱点を指摘しました。恐らく明の時代位からこの様な国家公務員試験が行われたと思いますが、血縁・地縁・その他の権力の縁から離れた、学問の優劣だけで上級公務員を採用する制度は、当時としては画期だったと思います。学問さえ優秀なら大臣やそれ以上の地位に就けるのです。
 しかし、何時の時代でもこの制度は長続きせず、最後には国家が転覆してしまう。そして新たな国家が実力で国家運営を始めるのですが、結局は科挙制度へと戻ってしまう・・・の繰り返しでした。国家運営は学問だけでは制覇出来ないのですね。この制度は、下級官吏を採用するのには最適ですが、国家運営は別の問題の様です。科挙制度は、学問の為の学問に終始した嫌いが有ります。


 




 だから著者は、何も無い時代であった、明治維新や戦後の時代に活躍した人物の生きざまを学ばせたいと考えたのだと推察します。世界の偉人の歴史を学ぶのは決して無駄では無いし、その人達の学んだり努力する姿を文字の上からでも知ることも大切です。決して違うとは申しません。
 が、偉人の真似をし参考にしても偉人に為れるとは限りません。時代背景やその他の要因も変化し、同じ様には行かないこともあるでしょう。
 言わば、模範・見本に学ぼうとするのですが、師として尊敬し真似をしても師を超えるのは難しいでしょう。勿論、偉人の努力する姿に感動し、自分もモットもっと努力しようとの意思を高揚させるには役立つでしょうが、学問とは、己の能力を知る事・その能力を最大限に伸ばし生かす道を自らの力で切り拓く力を言うのでは無いかと思うのです。

 と云うのは、世の中にある偉人伝の殆どが大いに脚色されたフィクションが多いからで、この様な人が居たら素晴らしいな・・・と読者に感動を与えるのがその本の署作の目的でもあるから。例えば、初めから小説(ノンフィクション)と判って居り偉人伝でも無い、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく・・・」の影響は絶大なもの。竜馬ファンは世の中に一杯存在し、明治維新を為したのは竜馬のお陰だと信じています。この様な個人崇拝や愛着だけで何かの役に立つとも限ら無いと思うのです。
 それは、七生報国でお馴染みの幕末の教育者・思想家と言われる吉田松陰にしても同じで、彼を祭り上げて何かの役に立て様との思惑で彼は偉大な人物へと作り上げてしまった。この様な個人崇拝は少し危険では無いか・・・もう少し学問は、自由で伸び伸びとした環境や精神と沢山の愛情から育って行くのです。これは、著者のご意見と全く同じです。

 この論文はとても好く簡潔に平成時代を分析されています。その通りだと私も大いに共感しますし大いに絶賛したいとも思います。今後の貴兄のご活躍を願っています。その他の論評も是非参考させて頂ければ幸いです。




 スポンサーの皆さまです・・・


 



 



 












 

2019年03月30日

【紙面の片隅から】 ふくしまの今 建設会社・社員の報告



 【紙面の片隅から】


   3-30-2.jpg



  ふくしまの今  

  ありのままを伝えたい


 廃炉事業に携わるJV(ジョイントベンチャー)の大手建設会社社員・大久保伸也さん(27歳)の報告 


 某宗教紙 2019年3月30日 5面より引用します(記事の一部を省略・改変してます) 【福島県いわき市】


 


       

 忘れないで


 〈世界に前例のない困難な事業〉とされる東京電力福島第一原発の廃炉。完了までに40年はかかると想定されている。大久保伸也さんは、廃炉事業に参加する大手建設会社の社員として、復興現場の最前線に身を置くからこそ伝えたい「ふくしまの今」がある。


 ありのままを伝えたい


 福島第一原発は、1号機から6号機までの原子炉からなる。震災当時、4・5・6号機は定期検査中だったが、1・3・4号機で水素爆発が発生。爆発が起きなかった2号機でも、原子炉圧力容器が破損し核燃料が溶け落ちた。廃炉に向けた中長期ロードマップによると、作業は、

 ・使用済み燃料プールからの燃料取り出し
 ・燃料デブリ(事故により溶け落ちた燃料)の取り出し
 ・原子炉施設の解体


 と云う3段階に分けられる。号機毎に工事は進められ、今年3月現在で1日平均4000人を超える作業員が携(たずさ)わっている。大久保さんが勤務する建設会社は、爆発規模が最も大きかった3号機の工事を主に担当。建屋上部のオペレーティングフロアを遮蔽体(しゃへいたい)で覆(おお)い、燃料取り出し用のカバーと為るドームが昨年2月に完成した。


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 大久保さんは、経理業務のほか、特殊で複雑な契約業務書類の作成、更に全国各地から集まる作業員の受け入れ業務を担っている。
 「初めて福島に来たという人が殆どです。中には、事故直後のイメージのまま、不安を抱えた方もいます。今の状況を、判り易く正確に伝えることを心掛けています」
 これまで、大久保さんが受け入れた作業員は200人に上る。作業員宿舎の運営や、困りごとの対応など、出来る限り、コミュニケーションを図ることに努めて来た。
 「一人一人の力を結集せずして、廃炉へは向かえません。安心・安全に作業に従事して貰える様心を砕くこと・・・それが今の私に出来る事です」


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        福島第1原発 排気筒撤去へ試験


 東日本大震災の翌2012年(平成24年)、大学2年の時に宮城県・南三陸町を訪れ、ボランティアとしてワカメ漁を手伝った。その漁師は、家も作業場も全部津波で流された。
 大久保さんは事実を告げられても「掛ける言葉が全く出てこなかった」隣で黙々と作業をこなすだけ。苦しみの渦中にいる目の前の人に、励ましの一言も発することが出来ない。そんな自分に愕然(がくぜん)とした。


 




 大学3年の夏、再び被災地へ向かう。風評被害の現実を知る為、福島県いわき市でトマト農家の話を聞くなどの活動を行った。思い切って、現地の人に、自身の〈胸の内〉をぶつけてみた。
 「正直、私は無力さを感じています。私達は、何が出来るのでしょうか?」
優しい目で、答えて呉れた。「今後、風化が進んで行くでしょう。それでも、私達のことを忘れないでほしい」

 「必ず力を着けて、この地に戻って来よう」

 と決めた。ボランティアを通し、社会インフラの整備が必要だと痛感した大久保さんはその後、勉学に励み大手建設会社への就職を勝ち取る。


 温かな家族の励ましを得て


 入社後、福島第一原発を担当する「東京建築支店」に配属された。東京駅や浜松町の世界貿易センタービルの工事等で現場経験を積み、2016年8月、福島の事務所に異動になる。
 しかし、学生の時とは全く違う〈悩み〉が生まれる。現在は廃炉の事業者ではあるが、過っては原発を施工(せこう)した建設会社。震災関連のイベントに参加した時には、やり場のない思いをぶつけられたこともあった。

 復興の当事者と為ったからこそ感じる、被災者の憤(いきどお)りや悔(くや)しさ・・・そうした思いに自分は向き合い切れるのか。迷いと不安を抱(かか)え悶々(もんもん)としていた時、社員宿舎があった広野町である家族に出会った。
 「好く来たね!」と家族の様に迎え入れてくれた。皆底抜けに明るい。だが、震災後の体験を聞けば、原発事故で避難生活を経験し、一人一人が云うに言われぬ苦悩を抱えていた。それでも決まって〈だからこそ前を向こう!〉と励まし合っている。

 「泣いても好いし笑っても好い。皆で励まし合えば、涙も笑顔も全てが〈心の宝〉と変わることを教えられました」

 自分が抱える、職場での苦悩や悩みを赤裸々に打ち明け、真剣に聞き入れて呉れ「大丈夫よ!」と励ましやアドバイスする家族の人達に心が和(なご)んだ。時には泣きながら、時には「がんばれ!」と合いの手を入れながら大久保さんを暖かく包んでくれた。


 「ずってもはっても負げでたまっか」 (何があっても負けてたまるか)


 福島の人達は苦しい時に呟くのだそうだ。大久保さんは復興の最前線にいるからこそ、伝えられることがあると思っている。時間の経過と共に、福島第一原発がメディアで取り上げられる機会は少なくなった。また、ネガティブなニュースのみが殊更強調されることにも違和感を覚えた。
 毎日4000人を超える人々が働き、世界最先端の技術を結集して、未曽有(みぞうう)の工事が推進されていること。一方でソフト面もハード面も、マダマダ復興が途上であること・・・


      3-30-1.jpg マダマダ復興が途上であること・・・

 「その両面が〈ふくしまの今〉なのです。判り辛くても、ありのままの姿を正確に伝える努力を重ねて行きたい」 (福島支局)

 以上


 





 それでは、別のレポートで福島原発の現状を見てまいりましょう・・・




 福島第一原発の今 〜現場視察レポート〜


 2018年11月18日 06:00


 加藤 拓磨氏のレポートより引用してます


     3-30-7.jpg

               加藤 拓磨氏



 私は自民党東京都連青年部の仲間に誘われ、10月13日に福島第一原発を視察させて頂く機会を得たので、その様子について筆を執らせて頂いた。
 視察メンバーは、長澤こうすけ足立区議会議員・しげまつ佳幸江東区議会議員・藤澤愛子豊島区議会議員・沢田ひろかず前品川区議会議員。視察のコーディネートは東京電力の職員で、原発の現状を多くの方々に広く理解して頂きたいと云う事で、出来る限りの視察を受け入れて居り、現在、半年先まで予約が取れ無い状況。これだけ報告が遅く為ったのは、テロ対策として視察者による写真撮影は許されず、東電が撮影・チェック済みの写真を頂く過程でのタイムレスポンスによるもの。

 現場に行く前日に、福島第一原子力発電所の災害復旧の拠点かつ避難所と為って居たJヴィレッジに宿泊。Jヴィレッジは東京電力が火力発電所を建設している福島県に対して、地域貢献をしたいと云う考えの基に建設されたもの。しかし東日本大震災により福島第一原子力発電所より20q離れ安全である本施設は、原発の事故復旧の最前線基地としての役割を果たして来た。事故から7年が経過し、除染・廃炉へ向けた作業が進む中でJヴィレッジは再始動に向けて準備をして来た。
 民営であるが、東京電力と福島県が株の一部を所有。11.5面分のサッカーグランドとホテル、そして再開においては会議室を併設し様々な用途に対応出来る様に再整備為された。福島県が原発の事故によって風評被害があり、客足は余り伸びていない。


 


 
 福島第一原子力発電所の現状の説明


 Jヴィレッジを出発し、福島県富岡町にある東京電力旧エネルギー館で東京電力の職員と待ち合わせ、資料を基に現在の原発1〜4号機の状況について説明を受ける。
 各号機とも「冷温停止状態」を継続し、使用済み燃料の移送作業が進められ、4号機は2014年12月22日に1535本全て移送作業が終了したが、他は当時のままで、1号機は392体・2号機は615体・3号機は566体が残っている。1〜3号機は原子炉圧力容器でメルトダウンを起こして居り、取り出しが困難な状況が続いて居る。機械で自動に取り出せる様に建屋を改築している最中。又メルトダウンした核燃料の状況を把握する為のロボットを開発中。

 汚染水対策として地下水が建屋に出来るだけ接し無い様に土壌を冷凍し、雨水が入ら無い様にエリア全体を遮水する等、流入量を減少させている。又流出する水に関してはストロンチウムを始めとした放射性物質の除去をすると共に貯蔵タンクに入れている。しかし貯蔵タンクの容量に限りがある為、新たな貯蔵タンクを作っている。
 労働環境としては発電所全体の96%の除染が終了し、直ちに危険であると云うエリアは限定的に為った。2015年からは大型休憩所、福島給食センターが設立され改善が図られて来た。

 現在においても平日4000人程度が働いており、完全な廃炉には30〜40年程度掛かると試算されており、献身的な作業は続いて行く。年に2000億円程度で廃炉迄に8兆円、除染には4兆円( or 賠償・除染を含めて16兆円)掛かると試算されて居り、電気料金の値上げ、現在国が買い支援している東京電力株の上昇分で穴埋めをする予定だ。


 




 福島第一原子力発電所の現地視察


 様々な説明を受けた後に、身分証を含む本人確認が為されバスに乗り原発へ向かう。テロ対策として防犯カメラの配置等が判ら無い様に記録媒体の持ち込みは全て旧エネルギー館に置いて行く事をお願いされる。
 旧エネルギー館からはバスでの移動となり、地域のメインストリートである浜通り(国道6号線)を北上すると、帰還困難区域・居住制限区域であり、途中から許可車両のみしか侵入出来無い。至る所に線量が表示されており、この地域が管理下にあることが更に実感させられる。
 浜通り沿いは除染が進んでいる為、車で通行する程度では全く問題が無い放射線量であるが、通りから離れた場所はホボ除染がされて居らず、条件付きでの侵入しか出来ない状況が震災以後から続き、生活感が全区内ゴーストタウンと為っており胸が締め付けられる。

 原発に到着すると入退域管理棟に入り、本人確認が改めて行われて構内へ入る。土曜日であった為、混雑はしていないが、多くの作業員がそのゲートで出入りをしている。進んで行くと新しい作業着の貸出・返却ブースがあり、その先にはスマートフォンが数千台充電されて居り、自分のIDカードと紐づけすることで、通話や現在位置の確認など出来、安全確認が出来る。

 12時前に為り昼食の時間と為った。構内の食堂に通され、旧エネルギー館で購入した380円の食券を使う。メニューは定食A・B、麺セット、丼セット、カレーセット等がある。カレーだけでも一か月間を組めるバリエーションがあり、多くの工夫が為されている。
 食事が終わると線量計を一人ずつ貸出されてバスに乗る。線量計は一定値を超えると音が鳴る仕組み。ここで防護服を貸与されると思ったが、除染が終わっており着替える必要が無いとのこと。

 バスが出発し、最後までバスから降りることは無く、職員の慣れた説明と共にバスは進んで行く。最初に見かけたのはナンバープレートが無い消防車等を含んだ800台の車両。
 汚染されている為発電所から車両を出すことは出来ない上、広い発電所の移動、車での放射線の遮断効果の為に車両が必要な為、発電所内のみで運転が許可されている。キリンと呼ばれた首が長いポンプ車もその中にあった。その為に構内には給油所がある。

 多核種除去設備(通称ALPS)の脇を通り過ぎ、1〜4号機から100m離れた高台から俯瞰で見学し現在の作業の状況を垣間見ることが出来た。この距離なら私服でも問題無いのかと思いつつ、地下水バイパス設備を通過し、辿り着いたのは4号機建屋の目の前50m、そして3号機においては20mまで接近が許され、96%のエリアにおいて防護服が不要な程除染されて居ることを認識した。

 2号機と3号機の間を通過し、津波で被害を受けた湾岸エリアに向かう。防波堤は無残にも破壊されて居り、テトラポットを設置し復旧をして居る。しかしこのテトラポット、当時、緊急対応で設置する必要があったものの、輸送する手段が無かった為にテトラポットの制作工場の整備が行われた。見慣れた工作物も特殊事情で作られていることから、この現場の壮絶さ特殊性が窺える。
 その後、使用済み作業着のケースの山と最近完成した作業着の焼却設備の脇を通過する。作業着を焼却することで新たなスペースを生むことが出来る。その先には造成工事現場があり,廃棄物貯蔵庫の容量が不足して居る為、森林を伐採し整地を行っていた。

 バスに乗っているのは50分程度。事故直後にテレビで好く見た施設を目の当たりにし、テレビに噛り付いた当時を思い出し、自分の中で発電所に対して一時期から全く意識しない生活を送って居たと反省しながらも、どの様に進捗したのか注意深く説明を受けていた。


 




 視察を終えて


 この様な事故を起こってしまった、原子力発電所及びその政策について改めて考えさせられた。日本のエネルギーに関する環境は輸入無しには成り立た無い。特に石油・石炭・天然ガス無しには立ち行か無い。事故直後、火力発電に頼らざるを得無い状況下に為った時、奇跡的にアメリカのシェール革命により原油価格が下がり現在に至る訳であるが、世界情勢によっては何時激変するかも判ら無い中でエネルギーのベストミックスを考えていかなければ無い。
 現在、今直ぐに原子炉を稼働させる緊急性は見当たら無いが、何時でも稼働出来る準備をする事が世界に対してのブラフに為り、エネルギー資源における経済的な脅しに屈することが無い状況を作れるのでは無いだろうか。

 発電所で行われている現在の作業はマイナスをゼロにするものである。しかし多くの反省を経て、新たな技術革新イノベーションを創造し続けている。例えば、AIによる自動運転するバスも運行の実験が行われている。通常の現場では出来ない実験的な試みから生まれた技術が日本のみならず、世界を席巻する技術と為ることを祈念する。 中野区議会議員 加藤 拓磨氏 

 以上


 




  今日のNETニュースより参照記事

 
 その1 福島第1、作業員4割が「不安」 工期見通せず、東電調査

 共同通信  3/30(土)  18:08配信

 東京電力が、廃炉作業が進む福島第1原発で昨年秋、社員を除く全作業員約5千人を対象に実施したアンケートで、4割が第1原発で働くことに「不安を感じている」と回答した。理由として、このうち45%が「先の工事量が見え無い為、何時まで働けるか分から無い」を挙げ「被ばくによる健康への影響」が40%「安定的な収入が保証され無い」が36%と続いた。
 アンケートは事故があった2011年以降、作業環境の改善を目的に毎年実施。今回は18年9月に行い、対象者の94%に当たる5031人から結果を回収した。年代別では、40代が最も多く29%で、10代も8人居た。

 以上


 




 その2 福島原発事故処理に最大81兆円

 民間試算、経産省上回る

 コピーライトマーク一般社団法人共同通信社 2019/3/22 15:123/22 15:14updated


 東京電力福島第1原発の事故処理費用は総額35兆〜81兆円に為るとの新たな試算を、民間シンクタンク「日本経済研究センター」(東京)が22日までにまとめた。
 溶け落ちた核燃料(デブリ)や汚染水の扱いによって3通りの金額を算出したが、何れも経済産業省が2016年12月に公表した22兆円を上回った。

 最大の81兆円としたのは、汚染水から全ての放射性物質を除去出来ると仮定し、海など環境に放出しない場合で、デブリ取り出しも含めた廃炉・汚染水処理に51兆円(経産省試算は8兆円)賠償に10兆円(同8兆円)除染に20兆円(同6兆円)が必要とした。

 以上


 





 【管理人のひとこと】


 最近では、時折にしか報道されない福島第一原発の廃炉の現状ですが、二つの記事と2つの参照記事をご紹介しました。いかがだったでしょう。直接現場で働く建設会社の社員の方の報告、片や視察に訪れた東京の区議の方の報告、並びに参照記事なのですが、夫々の立場からある程度は立体的な見方も可能と為ると思います。この中で、自民党の加藤区議の言葉が胸にツッカエてしまいました・・・

 「世界情勢によっては何時激変するかも判ら無い中でエネルギーのベストミックスを考えていかなければ無い。現在、今直ぐに原子炉を稼働させる緊急性は見当たら無いが、何時でも稼働出来る準備をする事が世界に対してのブラフに為り、エネルギー資源における経済的な脅しに屈することが無い状況を作れるのでは無いだろうか・・・」

 との結論めいた言葉です。これを正確に読み取る事は私には到底不可能でした。確かに自民党は「ベストミックス」の言葉を用いて原子力の必要性を謳(うた)っています。TVでも俳優の石坂浩二氏を起用して、原子力22.αの必要性を強調しています。
 加藤区議の言葉でも「世界に対してブラフを示す為に敢えて原発の廃止へと進ま無い道を歩みたい」様なのですが、この方達は一体「福島第一原発の事故」をどの様に受け止めどの様な心境へと進んで行ったのでしょう。単に「エネルギー資源における経済的な脅しに屈することが無い状況」が欲しい為に原発が必要だと国民に説得するのでしょうか。

 原子力が無ければ日本のエネルギーは賄え無い・・・との神話は、とうに消滅されたと思いきや、未だに原発の安全神話に執り付かれ、原子力崇拝主義者の様な域を出て無いことに幻滅を覚えます。世界の情勢は既に発電に原子力を使用することへの意義を認めていない。何処かの大国が、経済を優先し国民の安全を疎かにして不完全な原発を増設しようとするかも知れませんが・・・
 原発は、前世期の遺物とも言える不完全且つ不経済なしろものだと結論付けている。この未熟な原子力技術で完全に安全なものを作ろうとすると、莫大な費用が掛かり経済上成り立たない・・・との結論は既に出ている。

 ですから我が国でも、再稼働は認めるが新たな原発開発には躊躇(ちゅうちょ)しているのです。別の見方では、日立が海外への原発輸出から自ら降りたのはその為であり、原発は、経済上(人道上も?)成り立た無いのですから一企業が扱うには荷が重いのです。
 確かに火力発電用の石油・ガス・石炭等の輸入資源で数兆円の費用が掛かっていますが、更に再稼働し燃料処理(八か所村)や使用済み燃料等のその他の放射能廃棄物の処理(地下埋設)を考えると、その何倍かの費用が掛かる訳で、更にその方策さえ見通しが建っていない。原発を維持し前に進める何一つの根拠も無いのが現状です。

 今は、原発の維持・発展の考えを早く捨て去り、日本と世界の原子力技術を駆使し、福島第一を初め廃炉するべき原子炉の技術を集中させ、50年100年以上掛かる廃炉へと一丸と為って邁進すべきなのです。その為には、現状の原子力技術の蓄積と継承に産・学・官が揃って取り組むのが今出来る事の最優先事項なのです。
 その為にも、福島第一の状況を私達は忘れては為ら無いし、多くの国民の関心と注視でこの作業を見守る必要がある。そうで無ければ、福島で被害に遭われた方達の無念の思いは何時までも残り続けるのです。
 



 スポンサーの皆さまです・・・


 



 



 



 
















2019年03月28日

小型ビジネスジェット機で世界を制覇!   ホンダジェット



 【管理人より】
   

 日本の産業界の中で、一つだけの朗報と云えば「小型ビジネスジェット機部門で、ホンダジェットが2年連続世界一の実績!」のニュースだろうか・・・世界の超富裕層だけが持ち得る「プライベートジェット機の限られた市場」ではあるのだが、この快挙を為すまでには、並大抵の努力では無い、それこそ血の滲む様な苦難の連続の末の快挙なのである。
 それでは、ホンダが航空機分野に乗り出す開発初期の頃よりの歴史を追って行こう。それは、2015年の春から始まります・・・東洋経済オンライン記事より引用



 




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 木皮 透庸氏  東洋経済記者  著者フォロー  2015/05/17 6:00 より引用します 

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   ホンダ エアクラフト カンパニー 藤野道格社長と機内で(写真提供 : ホンダ)



 ホンダジェットの開発に"導かれた"男


 思い掛けず入社3年目に決まった運命

 




 2015年4月下旬、羽田空港の格納庫で小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」が日本で初公開された。
パイロットを含めて7人乗りで、1機450万ドル(約5.4億円)欧米の企業経営者や富裕層を中心に既に100機以上を受注している。FAA(米連邦航空局)からの最終の型式認証を取得次第、顧客向けに愈々納入が始まる。

 国内メーカーで最後発ながら、ホンダが自動車製造に乗り出したのは1963年。それからほぼ半世紀振りにジェット機で新規事業への参入を果たす。日本での発表会は、事業化を前にした「ワールドツアー」の最初の〈訪問地〉と云う位置付けだ。
 今回のツアー開催を誰よりも待ち望んで居たのが、米国子会社のホンダ エアクラフト カンパニー社長の藤野道格だろう。藤野は今年で55歳に為る。東京大学工学部航空学科を卒業し、ホンダに入社したのは1984年。航空学科出身だが、創業者の本田宗一郎が抱いた「空」の夢に共感してこの会社を選んだ訳では無い。


 




 予期せぬ「辞令」に躊躇(ためら)う


 「自分でコンセプトを考えて、自分で造って、出来れば自分で売りたい性格」

 と自身を分析する藤野。学生当時「自分で製品全体を考えて、それを世界の市場で実現して行く方が向いていると思った。残念ながら、当時の日本の航空機メーカーではそうした仕事をするのは難しく、出来るとしたら自動車会社ではないかと考えた」と云う。   
 複数のメーカーへ見学に行き、最も活気があり若い人にも仕事をさせて貰える雰囲気を感じたホンダを選んだ。だが入社3年目藤野の会社人生を決定付ける辞令が出る。ジェット機開発チームのメンバーに選ばれたのだ。

 「最初、異動を口答で言われた時は、少しためらった。本当に何処まで遣るのかと云う全体のイメージが沸か無かった」

 プロジェクトが基礎研究の域を出ず、飛行機として最終製品まで持って行く意図が無ければ、余り魅力が無いとも思ったからだ。1週間程考えた結果、何れにしても、今後こうした開発のチャンスは無いかも知れないと思い直し「異動させてください」と上司に直接訴えに行った。
 真剣な面持ちの藤野に対し、目の前の上司は笑っていた。「既に(異動は)決まって居るから。そんなことは言いに来なくても好いよ」
 それから30年近く。航空機事業の立ち上げに向かって只管前を見続けて来た。2006年からはホンダ エアクラフト カンパニーの社長を務めている。

 「本当に色々な事があった。喜びや達成感を感じるのは極一瞬。その他の大半の時間は、精神的にキツイ思い出ばかり」

 と藤野は言う。1992年に初号機が完成したが、実験機の範囲を超えるものでは無く、社内でも航空機事業のプライオリティに疑問符が着き始めた。「もうダメか」と思う時が何度もあり「もう1回だけヤッテみたい」と当時の川本信彦社長に見せたコンセプトが、今のホンダジェットの土台に為って居る。


 




 常識破りの”ベストポジション”


 数少ない「喜び」の1つがボーイングでの試験だろう。ホンダジェットの最大の特徴は、エンジンを主翼の上に置くと云う従来に無い構造だ。これで一般的な胴体後部のエンジン配置に欠かせ無い〈横串〉の構造が不要に為った。結果、後部まで客室として利用で着る様に為り、騒音や振動の軽減も図れている。
 主翼の上に何かを置くと、揚力が落ち空気抵抗が増すので難しいと云うのが当時の航空業界の常識だった。だが、開発メンバーは研究と実験を重ね、逆に空気抵抗が下がる”ベストポジション”を突き止める。シュミレーションは問題無し。只、机上の計算は100%では無い。ボーイング社で行う試験結果が出るまで不安で堪らなかった。
 試験に関わったボーイング社のスタッフは、「何も判っていないから、アンナことをして」と云った雰囲気だった。処が、結果が出たら「ベリー・スマート」態度は一変した。

 航空機開発に関わった時間について、藤野はこう表現する。

 「頭の中で色々あったことを思い出すと、(開発チームに加わってから)29年間と云う重みと長さを感じる。だが、余りにも沢山の出来事があったので、アッと云う間に過ぎたと云う”肉体的な時間感覚”を持っている。不思議だが、今思うのは、人はその間に起きる事象の数や重みで、頭の中で感じる時間と、体で感じる時間とは全く逆のものに為ると云う事」

 航空機事業への新規参入と云う道無き道を行く。開発は数え切れ無い試行錯誤の繰り返し。辞めたいと思い会社を何回も休んだ。だが、出社せずに買い物をしていても、スポーツをしていても、何時の間にか頭の中では仕事のことを考えている自分に気付く。何時しか「自分はこの”飛行機を作る”と云う仕事からは逃れられ無い」と思う様に為った。


 




 次の電信柱まで全力で走る


「飛行機産業に新しい価値を」と云う大きなゴールを設定し、目の前のマイルストーンを達成して行く。「兎に角次の電信柱までは全力で走ると云う事を繰り返し、やっとここまで来たと云う感じ」(藤野)

 既に100機以上を受注して居るものの、実績の無いホンダが継続的に受注を獲得し、事業を軌道に乗せるのは容易で無い。過つて米国では、航空機ベンチャーのエクリプス・アビエーションが当初1機100万ドルを切る格安の航空機を売り出し、数千機の受注を集めたが、資金繰りに行き詰まり2008年に経営破綻した。

 ホンダとしては闇雲に受注を追わず、ライバルには無い商品性を売りに、着実に販売を伸ばす考え。発売1年目は50機で、3年目以降は80〜90機の生産を計画、常時、年間販売の2倍程度のバックオーダーを持ち続け、2020年の黒字化を目指す。
 フロリダ州でビジネスジェット機の仲介を手掛けるプライベートジェットカンパニーのダニエル・ジェニングスCEOは「ホンダ製品には二輪や自動車で培った信頼性がある。車と同様のサービス体制を築ければ、市場で優位に立てるだろう」と話す。

 ホンダもその点は認識しており、13年にはサービスセンターをノースカロライナ州の本社内に立ち上げ、FAAの認証も取得。北米全域で7カ所のディーラー拠点を設け、故障の際に1時間半以内に駆け着けられる体制を整えている。
 藤野は「今のお客さんをケアすることが、将来もっと重要なビジネスに繋がる」と、長期的な視点での事業展開にこだわる。


 




 画一的な市場に勝機あり


 顧客に納入してからが、藤野にとって本当の勝負と云えるかも知れない。ビジネスジェット機の市場規模は220億ドルで、この10年で2倍以上に成長しており、米欧が市場の7割を占める。
 ホンダが照準を合わせる小型ジェットの市場を握るのは、米セスナとブラジルのエンブラエルの2強だ。高い安全性が求められるだけに、航空機産業は参入障壁が高く保守的とも言われる。米国で平均的なビジネスジェットの利用は2〜3人の乗客で1回の飛行距離は1000キロメートル程度。この画一的とも云える市場性にこそ、ホンダは勝機があると見ている。

 「適材適所で使い道を絞ったジェットを市場に投入すれば、航空機産業のカルチャーを変える切っ掛けに為る。新しいコンセプトがあれば、市場のパイも広がる」との思いが藤野にはある。
 創業者・本田宗一郎の夢の実現は間近。30年近く掛けてやっと事業化のスタートラインに立った。ここから「空」でのホンダブランド育成には、時間の掛かる地道な作業に為る筈。藤野がホンダジェットに関わり続ける以上、これ迄と同様に途方も無い努力を強いられるのだろう。全ては、飛行機産業に新しい価値を創造すると云う”ゴール”の為に。(一部敬称略) 以上


 




 ・・・それでは、その後から現在までを次のレポートを引用します・・・




 
 ホンダジェット 100年の道のりとは 

 〜宗一郎少年が見た夢からシェアトップ獲得まで〜/span>


  関 賢太郎(航空軍事評論家) 2017.08.30  より引用します


 「ホンダジェット」が2017年上半期のVLJ市場シェアトップを獲得しました。本田宗一郎氏がホンダを創業して約70年、幼い日にアクロバット飛行を見てから100年目の出来事でした。これまでの苦難の道のりを振り返ります。


 




 「ホンダジェット」遂にシェアトップ獲得
 


 2017年8月16日、ホンダの航空機事業子会社であるホンダ・エアクラフトカンパニーは、2017年上半期(1月〜6月)において同社の製造する「ホンダジェット(Honda Jet)」がVLJ(小型ビジネスジェット機)市場において24機の最多出荷数を達成したことを発表しました。


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  2017年上半期、カテゴリ別で最多出荷を達成した「ホンダジェット」(画像:ホンダ)


 「ホンダジェット」は2015年末に引き渡しを開始、現在月産4機(年産48機)ペースで製造されていますが、ビジネスジェットやエアタクシー(チャーター機)として用いられるVLJとしては競合機に比べ客室が大きく、又トイレを持っていることや低燃費であること、そして所有欲を刺激する「格好好さ」が高く評価され引き渡し開始以来好調を維持、2019年には年産80機に拡張することが決定しています。

 順風満帆に見える「ホンダジェット」ですがその実現は苦難の道のりであり、何と100年もの歳月を必要としました。「ホンダジェット」を実現させたもの、それは「The Power of Dreams(夢の力)」でした。


 100年前の1917(大正6)年4月、静岡県浜松市において開催されたアート・ロイ・スミス氏によるアクロバット飛行ショーは観客の度肝を抜く大盛況でした。未だ飛行機が珍しかった時代にあって、ロール(横転)やループ(宙返り)急降下と云ったアクロバットは、見学者のひとりであった当時10歳の本田宗一郎少年に、航空への夢を抱かせるには十分過ぎるものでした。
 その後、本田宗一郎氏は1946(昭和21)年に本田技術研究所(現本田技研工業)を設立。二輪車・四輪車では今や世界で知らぬ者が無い「ホンダ」が誕生します。本田宗一郎氏は創業当初から航空機産業への参入を夢見ていましたが、その実現は更に70年もの歳月を要します。


 




 「ホンダジェット」実現に向けた第一歩とは


 ホンダが航空機事業の最初の一歩を刻んだのは1962(昭和37)年に朝日新聞社が主催し、通商産業省(現経済産業省)及び運輸省(現国土交通省)が後援、ホンダが協賛した軽飛行機の設計コンテストでした。
 このコンテストには後に本田技研工業の社長と為る、東京大学航空学科に在学中であった吉野浩行氏が応募する等、航空に対する夢を持つ優秀なエンジニア達がホンダに入社する切っ掛けと為ります。更に1986(昭和61)年には和光基礎技術究センターが発足、小型飛行機とその搭載ジェットエンジンの開発計画がいよいよスタートします。

 飛行機の研究チームの中には、東京大学航空学科を卒業して3年目の若手であった現ホンダエアクラフトカンパニー社長の藤野 道格(みちまさ)氏の名もありましたが、チームの中に実際の飛行機開発に携わった経験を有する者は誰一人いないと云う、将に手探りの状態でした。
 そんな中にあって1992(平成4)年には、遂に世界初の全炭素複合材ビジネスジェット実験機「MH02」を完成させ、1993(平成5)年3月5日に初飛行を成功裏に実施。そして1997(平成9)年には藤野道格氏を中心とし、後に「ホンダジェット」と為るVLJ開発作業がスタートします。


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    2017年8月現在、月平均4機のペースで生産されている(画像:ホンダ)


 「ホンダジェット」の実機は2003(平成15)年に完成、ホンダ独自開発のジェットエンジン「HF118」が装着され12月3日に初飛行を実施します。これはライト兄弟が飛行機の初飛行を実施してから99年と352日目の快挙でした。
 2006(平成18)年秋に受注を開始すると、何と即日100機を超えるオーダーを集めると云う大人気を博し、ホンダの空への進出を航空機の世界の中心であるアメリカが歓迎しました。


 




 10年にわたる苦難を経て

 
 しかし「ホンダジェット」の開発はここからが苦難の始まりでした。商用飛行機として販売するには、アメリカ連邦航空局(FAA)及びヨーロッパ航空安全局(EASA)によって安全性などが確認された「型式証明」を取得する必要があり、順調に推移すれば引き渡し開始は2012年にも可能であると見込んで居たものの、量産機の開発遅れや型式証明取得の為の試験が当初の見積もりよりも遥かに厳しいものであった現実から、数度にわたってスケジュールが延期されます。

 その間ホンダは「100機を超える受注」と云うアナウンスを実に10年に渉って何度も繰り返す苦しい状況に置かれ続け、その様子に対して冷ややかな視線を向ける者も少なくありませんでした。
 要約「ホンダジェット」がFAAの型式証明を取得したのは2015年12月8日で、初飛行から12年目のことでした。ホンダエアクラフトカンパニーの藤野社長は「この日を生涯忘れ無い」と、これ迄の苦難の道のりと喜びを語っています。
   
 藤野社長は過去に「ホンダジェット」に続く2機種目の開発についても語っており、VLJの枠を超えた更に大型のビジネスジェットの開発に意欲を示しています。「ホンダジェット」の生産が軌道に乗る中、再びホンダグループの「The Power of Dreams」の理念が我々を驚かす日は、そう遠く無いのかも知れません。

 尚、2017年上半期における競合VLJの出荷数は、

 ・セスナ「サイテーション・マスタング」が7機「サイテーション・M2」が15機の合計22機
 ・エンブラエル「フェノム100」が7機 ワンアビエーション「エクリプス550」が4機でした。
 ・ホンダは前述の通り24機で、シェアトップの42%を獲得しました。 以上


 




 ここで別のレポートも参照しよう・・・

    

 世界を翔るホンダジェット

  実現した本田宗一郎の夢


 経済・ビジネス 技術 2019.2.28  谷 定文 氏のレポートから引用


 ホンダジェットは、世界で最も売れている小型ビジネスジェット機だ。巨額の資金を投じること30年。苦難の連続だった開発チームの努力が今、実を結びつつある。


 




 いきなりのベストセラー


 ホンダの航空機事業子会社「ホンダ エアクラフト カンパニー」(本社・米ノースカロライナ州グリーンズボロ)のホンダジェットは2018年、小型ジェット機カテゴリーで世界1位の販売数37機を記録した。43機だった17年に続く2年連続のトップだ。

 ビジネス用の小型ジェット機マーケットをリードして来たのは、米セスナ社を初めとする少数の航空機メーカーだった。そこに飛行機の経験が無い日本の二輪・自動車メーカーが割り込み、しかも、いきなりベストセラーを記録した。

 ホンダジェットの特長は、エンジンを主翼の上面に配置した独特のデザインにある。ビジネスジェット機のエンジンは、胴体に取り付けられているのが普通。この常識を覆す発想により、空気抵抗を減らして燃費性能と航続距離、そしてスピードを向上させることに成功した。
 更に、エンジンを胴体から離れた主翼上面に配置することで室内空間に余裕をもたらすと同時に、室内に伝わる騒音と振動を低減させたと云う。もう一つの特長は、パイロットにとって操縦の負担が大幅に軽減された点にある。ホンダは「スマホの様に、タッチスクリーンに表示されるアイコン等を使って直感的に操作可能」と説明する。

 しかし、ここに至るまでホンダの飛行機事業は、苦難の連続だった。縮小の判断が下され、撤退の2文字がチラツイたこともあった。


 




 縮小された航空機事業


 藤野道格(ふじの・みちまさ)ホンダ エアクラフト カンパニー取締役社長の彼を抜きに、ホンダジェットの歴史は語れ無い。
 入社3年目の1986年、藤野は本田技術研究所 和光基礎技術研究センターに配属され、航空機の設計・開発プロジェクトに加わった。東京大学工学部航空学科で学んだとは言え、自動車メーカーへの入社を決意した彼に取って、この人事は意外なものだった。その後、一貫して航空事業に携わるとも想像していなかった。

 藤野が本格的な研究活動に入ったのは、米ミシシッピー州スタークビルの同州立大学ラスペット航空研究所だった。ここでは、実験機2機を完成させる成果を上げた。
 しかし、バブル崩壊に伴う経営環境の悪化は、カネ食い虫の航空機事業を以前の様に続けることを許さ無かった。ホンダは航空機事業の縮小に舵を切った。藤野を初め全員が日本に帰国、日本の同事業メンバーも他の部署に配転させられた。1996年のことだ。ここでホンダの空への挑戦が途切れたとしても可笑しくは無かった。


 




 夜中に閃(ひらめ)いたアイデア


 藤野の記憶によると、1996年末か翌97年初め、埼玉県の借家で寝ていた時、或るアイデアが閃き夜中に飛び起きた。手元に紙が無かった為、カレンダーの裏側にスケッチを描いた。ホンダジェットの特長、主翼の上面にエンジンを配置した絵だ。藤野自身が何処まで気が付いていたか分から無いが、この夜、ホンダジェットが産声を上げたのだった。

 ホンダジェットの原型と為るデザインはカレンダーの裏に描かれたものだった。(提供:ホンダ エアクラフト カンパニー)

 1997年秋、未だ30代だった藤野は偶然、当時のホンダ社長、川本信彦と立ち話をする機会を得て、航空機事業を続ける意義を説いた。熱意が通じたのだろう、川本は経営会議で提案する様指示した。会議では実験機の開発再開と共に、藤野のプロジェクトリーダー就任人事が決議された。ホンダの空への挑戦は続くことに為った。


 




 初飛行の成功、だが「事業化せず」


 再び渡米した藤野は開発・設計に没頭する。そして2003年12月、ノースカロライナ州グリーズボロのピードモントトライアッド空港で、技術実証機の初飛行に成功した。飛行時間は約1時間だった。
 しかし、ホンダの経営陣が下した判断は「事業化はしない」と云う厳しいものだった。当時、同社は航空機事業を純粋な研究とその技術の自動車への応用と位置付けていた。ホンダによると、事業化するには認定、生産、販売、アフターサービスと難問が山積している上、参入障壁もあると想定されて居た為、社内では事業化に反対する声が多かったと云う。


 




 失意のバハマでの出会い


 失意の藤野はバハマで休暇を取る。家族と朝食を採っている時だった。隣のテーブルから、米国人男性が「可愛いお子さんですね」と声を掛けて来た。
 話している内に、彼は保有するビジネスジェットでバハマに遊びに来て居る事が分かり、藤野もホンダで航空機事業に携わっていると打ち明けた。すると、その米国人男性はホンダジェットの記事を読んだと言い「ホンダジェットは凄く格好好い。売りに出したら絶対に買うから最初に教えて呉れ」と約束して呉れた。藤野に取って、これ以上の励みとなる言葉は無かっただろう。

 ホンダに飛行機を事業化する考えは無かったが、テストは続けられた。2005年7月には、米ウィスコンシン州オシュコシュで開かれたエアーショーでホンダジェットが初公開された。そして延べ数十万人が押し寄せた会場で、主翼の上にエンジンを配した斬新なホンダジェットは熱い視線を浴びた。
 しかし、ホンダとしては、飽くまで自社の航空機技術を世の中に示すのが目的であり、販売に迄事業を広げる計画は無かった。


 




 パンケーキの様にジェットが売れる


 転機が訪れたのは2006年3月だった。藤野は当時のホンダ社長、福井威夫(ふくい・たけお)と直談判してホンダジェット事業化の了解を取り付け経営会議で決定された。同年10月、米フロリダ州オーランドで開かれたビジネス航空ショーで、ホンダジェットを初展示して受注を開始する。この時は100機以上を受注する盛況だった。
 藤野はこの時の様子を「パンケーキの様にジェット機が売れた」と表現する。長年の努力が報われた瞬間だった。会場ではもう一つ、嬉しい驚きがあった。忙しく立ち働いていた藤野は、背後から呼ぶ声に振り返った。バハマで会った男性が「覚えているかい。あの時、絶対に買うと言ったから来たんだ」と、その場で購入契約にサインして行った。

 幾ら高性能であっても、型式証明を取得しないと顧客に機体を引き渡せ無い。ホンダジェットは2015年12月に米連邦航空局(FAA)の型式証明を取得して初めて、実際に販売する事が出来る様になった。受注開始から何と9年も経ていた。この様に、航空機事業は実に息の長いビジネスなのだ。


 

 


 技術者として、経営者として


 勿論、この成功物語は藤野だけでは紡(つむ)げ無かった。日本記者クラブでの記者会見で、藤野はチームの力を引き出す為には「ミーティングを最小限にする」と発言した。
 その真意を尋ねた処、当初はメンバー全員を集めていたが「会議自体が仕事」と為ってしまい、新しいアイデアが生まれ無い状態に陥った。そこで、ミーティングを極力減らして個々のチームメンバーが自ら情報を収集する運営に変更。この結果、「独創的なものを生み出す環境に変えることが出来た」と説明する。

 只、チームが当初の40人から1800人に増えた現在、ミーティングを活用しないと仕事が回ら無いとも認める。要は柔軟に現実的に対応すると云う事なのだろう。研究・開発から販売まで漕ぎ着けるには、技術者としてだけで無く、現場を管理運営する経営者としての能力も求められて居る訳だ。


 




 トイレで受け継がれたDNA


 ホンダの創業者である本田宗一郎に取って飛行機は夢だった。幼少期に来日した米国の曲芸飛行士アート・スミスの妙技に魅せられたのが切っ掛けだったと伝えられている。藤野は、宗一郎に一度だけ会ったことがある。和光の研究センターのトイレで、赤いアロハシャツを着た宗一郎に遭遇したのだ。

 藤野は上司から「本田宗一郎さんに航空機事業のことを絶対に話してはいけない」と厳命されていた。その頃、宗一郎は既に役職から退いていた。しかし、飛行機好きは社内で知られており、開発の話を耳にすれば、復帰を言い出しかねず現場が混乱すると云うのが理由だった。藤野は上司の言葉を守り一言も発し無かった。
 その2年後の1991年、本田宗一郎は84年余の生涯を閉じた。それから更に30年近く時間が流れた現在、ホンダジェットは世界の空を飛び巡っている。言葉こそ交わすことは無かったが、夢を追うDNAは、その時にそのトイレで、宗一郎から藤野に受け継がれたのかも知れ無い。


 谷 定文 TANI Sadafumi経歴・執筆一覧を見る

 ニッポンドットコム常務理事・編集局長。1954年、東京都生まれ。上智大学外国語学部卒業後、時事通信に入り、経済部長、編集局長、常務取締役等を歴任。88〜92年にはワシントン特派員として、激しさを増す日米貿易摩擦を最前線で取材した。2016年から現職。


 ・小型ジェット、初の改良=航続距離を延長−ホンダ

 ホンダは28日、米子会社が製造・販売する小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」を改良したと発表した。改良は2015年の出荷開始以来初めて。8月から顧客への引き渡しを始める。

 改良機の名称は「ホンダジェット エリート」燃料タンクを大きくし、航続距離を約2661キロと従来比17%延長した。エンジンの空気の取り入れ方も見直し、客室内の騒音を軽減した。
ホンダジェットの出荷機数は17年に43機となり、軽量小型ジェット機としては世界で最も多かった。


 ・小型ジェット、日本でも販売=来年前半納入開始へ−ホンダ

 ホンダは6日、米子会社が製造する小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」を日本でも販売すると発表した。2019年前半の納入開始を目指す。15年12月に北米で出荷を始めて以来、欧州、アジア等に続き約2年半で世界主要地域での販売体制が整う。
 ホンダの八郷隆弘社長は東京都内の本社で記者会見し「グローバルに評価されて居るホンダジェットを、日本の多くの皆様にも利用して貰える様取り組む」と語った。

 ホンダジェットは7人乗り。高い燃費性能に加えて広い客室空間が特徴で、17年には軽量小型ジェット機として世界最多と為る43機を出荷した。大手商社丸紅の子会社・丸紅エアロスペース(東京)が国内販売の代理店と為る。
 価格は最新型「ホンダジェット エリート」が525万ドル(約5億7700万円)航続距離は約2661キロで、東京から北京・上海と云ったアジアの主要都市に飛ぶ事が出来る。

 ・小型ジェット、ホンダが初の年間首位=17年43機出荷

 Newsfrom Japan 経済・ビジネス 2018.02.23

 ホンダは22日、米子会社が製造・販売する小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」の2017年の世界出荷機数が前年比約87%増の43機に為ったと発表した。米セスナ・エアクラフトの「サイテーションM2」を抜き、軽量小型ジェット機の機種別で初の年間首位と為った。広い機内空間や高い燃費性能が評価された。

 ホンダジェットは最大7人乗り。カタログ価格は1機490万ドル(約5億3000万円)。独自のエンジン配置で広い機内空間を確保。機体を軽量化した他、設計の工夫で空気抵抗を減らしており、従来の小型ジェット機より速く、燃費性能も高いと云う。

 以上


 






 【管理人のひとこと】


 到頭、日本でも販売されると云うHONDA JETT。一体、日本の誰が初めに所有するのか大いに興味の沸く話題だ。ホリエモンも食指を示しているとの報道も為されているが、世界を股に掛けて飛び回る多国籍企業のオーナー辺りが打って付けだろう。そんな人が日本に居るのだろうか?
 今は失脚してしまったが、日産の元会長ゴーン氏にしたら喉から手が出るほど欲しかったのではないだろうか。残念だが、今では日本から出国も出来ず宝の持ち腐れに為ってしまう。それとも、芸能人か・・・渡辺謙氏辺りが所有すると、自由に日本とハリウッドを行き来出来る。 

 レポートでは、開発までの色々な苦労話が出て来たが、相当の時間と努力が必要だった経緯が理解できる。何事も大事を為すには、一朝一夕では不可能だと思い知らされる。ホンダには、今まで蓄積された信頼と愛着と何かへの期待感が溢れている。
 それは、ユーザーに対する強い責任感と技術力と熱意に表れているのだから、対象が空に駆け上がろうともそのまま引き継がれるだろうと期待も出来るし裏打ちもされている。HONDA JETTは、素人の目で見ても実に美しいフォルムをしている、まるで海を泳ぐイルカの様な愛くるしくさも兼ね備えている。無駄を削り機能を追い求めると、この様な美しさと可愛らしさに凝縮されるのだろうか。


 ここで話は変わるが、日本のお家芸とは一体何なのか?と思い返してみよう・・・次のレポートを参照しよう



 




 日本のお家芸「技術力」が、実は景気回復の足を引っ張っている


 国内2016.08.24 44 by 『日本の情報・戦略を考えるアメリカ通信』
 より引用 shutterstock_202364875


 バブル崩壊以降、その重度な「後遺症」に悩まされ続けている日本。技術力に関して云えば世界的に高い評価を受けている我が国が、ここまで「負けパターン」から抜け出せないのは何故なのでしょうか?
 無料メルマガ『日本の情報・戦略を考えるアメリカ通信』の著者で戦略学者の奥山真司さんは「現代社会を生き抜く為に必要な『戦略』と云うものを、日本人が正しく理解して居ない事がその本質的原因」と指摘しています。

 




 日本人は「戦略」を本当の意味で理解できているのか?


 そもそも戦略とは何か? 何故日本人はこの発想が苦手なのか? それを解決する方法はあるのか?これから、改めて「戦略」と云うものに付いての根本的な話を敢えて考えてみようと思います。少し長くなりますがお付き合い下さい。
 国際問題について解決法を示している本は幾らでもありますし、個人や組織向けの「成功本」や「ビジネス本」も沢山あります。ですが、ちっとも状況は解決していません。その問題の本質的な原因は何処にあるのか?

 一言でいえば、一般的な日本人は「戦略」と云うものを勘違いして居る様な気がして為りません。だからこそ、巷に出回っている国家戦略に関する本や「ハウツー本」を幾ら読んでもサッパリ上手く行か無いのではないか・・・戦略的な考え方は、今後の暗闇にも似た世界の中を、日本の政府や企業、そして個人が生き抜く為には絶対に必要に為ります。
 日本人は、そもそも「戦略とはどう云うものか」と云う本質的なことは絶対に習わ無いので、或る程度まで理解出来ても、根本的な処がナカナカ身に着きません。日本人が戦略を体得する為のヒントは「戦略をタテに考える」と云う事です。

 戦略は、上下の「階層」に分かれています。例えば国家が戦争をする時、先ず必要なのは、優秀な兵隊や戦車・戦闘機を支える「技術」これ等は最も具体的なもので、使い熟せ無いと意味がありません。その為に必要に為るのが「戦術」更に、幾つかの戦術を使って大きなプロジェクトを達成する為には「作戦」が必要。
 処が「作戦」だけは戦争には勝てません。勝つ為には「作戦」を幾つか束ねて軍事的に相手を圧倒する為の「軍事戦略」が必要に為ります。更にその上で、国家の資源を戦争で活用する為の「大戦略」が必要に為って来ます。

 大戦略を準備するには軍人だけで無く政治家のバックアップが絶対に必要で、その政治家は国の「政策」を決定する。そして政策の最終的な方針は、その国のリーダーが持つ「自分の国は何者で、どの様なビジョンがあるか」と云った「世界観」に決定されます。詰まり戦略と云うのは下から順に「技術戦術作戦軍事戦略大戦略政策世界観」の7つのレベルに分けられます。

 そして、ここが大事な処ですが「上位の者が下位の者を決定する」と云うの原則です。この「戦略の階層」と云う概念を個人に当て嵌めて考えてみましょう。

 語学や資格の習得等は最底辺の「技術」レベルに為ります。その為、闇雲に技術を得ようとしている人は、更に上の階層から技術習得の意味を位置付けている人には勝てません。又「戦略の階層」で国家について観ると、日本が国家グルミで提唱している「ものづくり」も、実は「技術」レベルでしかありません。これでは上から戦略を組み立てている国には勝てる訳がありません。
 「戦略」を考える際に最も役に立つこの「戦略の階層」と云う概念で基本的に言えるのは「両者が同じレベルで均衡している場合には、より上位の階層で力を持っている方が勝つ」と云う事です。この仕組みを理解すると「戦略」と云うものはかなりレベルの高い分野を扱っていることが好く分かります。


 




 新撰組が凄腕の志士達を倒し続けられた訳


 日本人が得意なレベルは、実は階層としてはかなり下に位置しています。一例を挙げると、例えば、幕末の新撰組。仮に貴方がスゴい剣術を持った幕末の志士であっても、相手に3人掛で斬り着けて来られたら勝て無い。新撰組がヤッタのは将にこれで、多摩出身の田舎侍の1人の腕(技術)よりも、3人掛のチーム(戦術)で強い相手に勝つことを狙った。詰まり彼等新選組は、相手より高い階層で勝負したから強かったのです。

 階層の仕組みが判ると、何故優秀だと考えられている日本の企業や個人が、バブル後にずっと「負けパターン」にハマっているのか? これが実に好く分かります。

 その一例が「ものづくり」です。バブル後の1990年代から国策に近い形で追求されていますが、これは「技術」レベルのスローガンで、階層では一番下です。詰まり、幾ら凄い「技術」でも上手く使う人がいないとそれ以上のレベルを使って来る相手には勝て無いのです。
 確かに日本は「技術」で未だシブトク勝てている。同じく個人でも「スキル」と云う「技術」レベルの才能を磨いている優秀な人は沢山居ます。処が日本は全然豊かに為って居ない。少なくとも、我々の生活にはバブル期以降「豊かに為った」と云う実感が無い。

 日本は技術で「勝ち」に行こうとするから負ける。これは「戦術レベルの思考」です。「戦闘」で勝っても、その上の「戦略」等のレベルで負けていると、いとも簡単に優位を覆されてしまうのです。

 出版や書籍の世界での例をみれば、皆さんも好くご存知の通りの状況があります。幾ら品質の高い本を作っても、流通を握っている某巨大販売サイトに値段を一方的に決定されれば、それには逆らえ無い。幾ら好い物を作っても販売・流通ルートを握られていたら、何時までも勝負には勝て無いのです。
 戦略学の世界で云う処の「コントロール」とは「常に優位に立って管理すること」を意味します。そして、戦略で狙うべきことは勝利では無く「コントロール」なのです。

 確かに国家間の戦争で狙われるのは、軍事的に相手に勝利すること。しかし、折角戦争に勝っても、敵との和平交渉等で不利な条件を突き付けられれば「戦争に勝って平和で負ける」ことに為る。
 日本は第一次世界大戦中に対華21カ条要求を提示しながら、欧米列強からの圧力で要求を引っ込めざるを得無く為りました。これ等はその典型です。個人では、その場で実際にやり合ってケンカには勝っても後の裁判で負け、高額の賠償金や医療費を払わされる嵌めに為った・・・等のケースも同じことです。

 戦略で狙うべきことは「相手をコントロールすること」もっと分かり易く言えば、戦っている最中も後も、自分に取って不都合に為ら無い様に「相手や状況を上手く管理すること」
 更に詳しく云えば、バトルでの勝利(これは戦術の狙い)より、戦いが行われる仕組みやルールそのものを作り、相手より「長期的に優位な状態」を保つことを狙う。

 「自分達に有利な環境づくり」これが日本人が最も不得意とすることで、日本は誰かにルールを決めて貰い与えられた枠組みなどの「環境」の中で頑張るのは得意です。しかし「環境」そのものを自分に都合好く変えると云う発想が無く致命傷と為って居ます。
 詰まり、目の前のバトル(戦術)に勝とうとするばかりに、それよりも高いレベルのルールづくり(戦略)に目が向か無い。日本は勝負自体で勝とうとすることよりも寧ろ「自分の都合の好い場」を作って相手(そして自分自身も)を「コントロール」することを心掛けるべきです。

 一般的に日本人が得意なのは、ゲームで例えてみるとゲームそのもののスキル。ですが、外国の戦略家達はゲームの腕前より、ゲームのルールを作り、最終的に自分達に有利な稼げる環境や状況を作ろうとします。
 彼等はその部分で勝負して来るのです。これではいかに日本人が地道に頑張っても、お釈迦様の手のひらの孫悟空のようなもので、幾ら頑張って働いても、どうもリッチな気分に為れ無い・・・と云うのも、或る意味で当然とも言えます。この視点を理解出来た時に、日本人は本当の「戦略思考」を初めて手に入れたと言えます。

 個人であっても話は同じです。幾ら資格や語学等「スキル」を磨いても、働いている会社の上司に評価され無かったら折角のスキルも宝の持ち腐れ。上司を超えることも出来ない。では我々に足り無いのは一体何なのか?

 




 次にキーワードと為るのが「コントロール」

 「技術」や「戦術」では無く「戦略」レベルで目指すべき「コントロール」なのです。ここからは少し発展的な話に為りますが、もう少しお付き合い下さい。

 何かを戦略的に成功させようとする場合、その全ては足った2つの遣り方に分けられます。その2つとは「順次戦略」と「累積戦略」です。
 この分類法を提唱したのは、元米海軍の将校で、旧日本海軍とも太平洋戦線で戦った経験を持つJ・C・ワイリーと云う米国の海軍少将です。ワイリー氏は「順次戦略」について、自分が参戦した太平洋戦争時の米海軍の動きに例え、洋上艦が東京の大本営に向かってスゴロク式に侵攻して行った様子で説明しています。反対の「累積戦略」は、同戦線で米艦隊が日本の潜水艦を1隻ずつ沈めて行ったのがそれだとしています。

 順次戦略は、具体的には目標の設定・数値化・データ化・バランスシートの強調・若しくは「見える化」等、極めて現代的かつ西洋的な遣り方です。
 正反対の遣り方が累積戦略で、1隻ずつ潜水艦を沈めて行く様に、前後の作戦と繋がりの無い単発の小さな成果を細かく積み上げます。「見える化」せず、手当たり次第にものごとを進めると云う、かなり古い東洋的な遣り方でもあります。

 「目の前のことを必死にやれば、何時か努力が報われ花が咲く」と云うのが将に累積戦略で、日々同じことを繰り返して小さな成果を積み重ねると、或る時点で突然爆発的な効果(「創発」と云う)が生まれるのが興味深い点です。累積戦略には個人や組織の底力を鍛える効果があり、日本でも伝統的に重視されてきました。

 この2つの戦略は夫々長所と短所があります。そこで肝心なのはワイリー氏も主張する様に、2つを同時に使わなければダメと云う事です。古いタイプの日本人は「累積」ばかりを強調します。若い人や新しいもの好きな人々は「順次」ばかりに目が行く。
 処が戦略本や成功本等で名著と誉れ高いものは、この2つを上手くミックスしてアドバイスしているものばかりで、2つは東洋思想で云う「陰と陽」の関係の様に、両方同時に使われて初めて成果を発揮するものなのです。

 サテ、かなり長々とお話して来ましたが、最後に、日本と云う国家としてだけでは無く、一人ひとり、各個人が現状を打破する為に今回、ここまで私がお話して来たポイントを4つ上げておきます。

 1.「戦略の階層」の理解(そもそも「戦略」とはどう云う構造をしているのか? を知る)
 2.「コントロール」の理解(各個の「戦闘力」よりも「外交力」こそが重要)
 3.「ルール」を作る側に回ると云う発想(自分にとって都合の良い環境を強(したた)かに構築する)
 4.「累積戦略」と「順次戦略」を両立する(東洋思想の真髄「陰陽論」の発想を活かす)

 このポイントを理解する人々が増えて行けば、日本には輝かしい未来が待っていると信じています。


 image by: Stephane Bidouze / Shutterstock.com

『日本の情報・戦略を考えるアメリカ通信』国際情勢の中で、日本の採るべき方向性を考えます。情報・戦略の観点から、又、リアリズムの視点から、日本の真の独立の為のヒントと為る情報を発信して行きます。
  以上


 





 確かに、今までと同じ考え・やり方を続けても結果は心もとない。そうであれば、考え方・やり方の本質から見直す必要もあるのかも知れません。好く、国際競技で日本が連戦連勝を続けると、国際競技委員から競技ルールの見直し・変更が出て来ます。例えば、柔道や体操にスキージャンプ等に見られたものですので、ご存知の方もおられましょう。
 凄い選手は、直ぐに新ルールに適応し逆により高いレベルに達しますが、それが困難な選手も居るのです。丁度現在の日本は、新たなルール・価値観にナカナカ馴染め無い不器用な選手の立場に居る様な感じかも。一度今までのルールを見直し新しいルールの本質を掴む必要もあるのではないでしょうか・・・





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2019年03月27日

世界の大企業に見る  成功した5つの新規事業




 【管理人】それでは、大企業なのに世界をリードしたイノベーションの成功例を取り上げ、実践の学習へと移りましょう!



 イノベーション  世界の大企業に見る  成功した5つの新規事業


 世界の大企業に見る 企業理念を体現した5つの新規事業


 Yoshiki Chijiwa ByYoshiki Chijiwa  Mar 30, 2018 • 128 Shares  より引用しています


 大企業では、イノベーションを起こすのは難しいと言われるが、大企業の持つ潤沢なリソースがあってこそ成せるイノベーションと云うものもある。
 freshtraxではこれ迄にも大企業でのイノベーションについて取り上げて来たが、本稿では特にイノベーティブなアイデアだけで無く、大企業がこれ迄積み上げて来たものを上手くレバレッジして新しいものを生み出したり、或は外部のイノベーションのタネを上手くスケールしたりした例を5つ紹介したい。

 これ等は、企業が持つビジョン若しくはミッションステートメントとも関連しており、昨今の大企業によるスタートアップとの協業の流れを活かすヒントになるかも知れない。








 1. フォード シェアバイク


 〔自動車とモビリティのリーダーシップを通じて、人々の生活をより好くする為に、リーン、グローバル企業として一丸と為って働く人〕


 中国でも一大ブームと為ったシェア・バイクビジネスだが、今ベイエリアでもシェアバイクが熱を帯びている。その火付け役とも言えるのが、アメリカ車産業のビッグ3の一角を担うフォードである。同社は昨年の2017年にGoBikeと名付けたシェアバイク事業をスタートさせた。

 ベイエリア大気管理局とサンフランシスコ・ベイエリアの都市交通委員会と協力関係にあるMotivateと云う専門の会社が運営を担当し、フォードがスポンサー役を務める形だ。ベイエリア大気管理局の広報担当によると、これはカリフォルニア州で初めての公共シェアバイク・プログラムであり、アメリカ初の地域的な取り組みであると云う。


 ford gobike 

  3-27-25.jpg 
     
              Ford GoBikes have had a rough
 

 利用法方法 このフォードバイクは、街中に設置された専用の駐輪場に停められている。利用する際はそこから自転車を借りてまた何処かの駐輪場に返却すると云う仕組みだ。
 料金は1回乗り・1Dayパス・年間会員の3プランが用意されていて、年間会員は1回45分・それ以外は1回30分利用出来る。支払いは、アプリ又は地域のパスモやスイカの様なICカードを使って行われる。駅から会社までの移動や、観光客が街を見て回るのには丁度好いかも知れない。

 フォードは今後、モーター付きの電動自転車を含め今年中にベイエリアだけで計7000台の自転車を投入する。更に、都市部の交通を意識して2016年に買収したスタートアップのシャトルバスのサービスも併せて拡大させる等、自転車だけで無く、モビリティ事業全般の投資の手を緩め無い。都市部の人口増加による交通渋滞の問題や、環境意識の高まり等から、需要は未だ広がるだろう。
 これ等は決して社会貢献事業などでは無く、営業利益率20%を見込んでおり成熟企業の成長に寄与することを期待されている。そして今回のこのシェアバイクビジネスは、フォードと云う会社を「クルマ」の会社では無く「モビリティ」の会社に変革したいと云う会社全体としての強い意志の現れとも言えるだろう。

 サンフランシスコを含むベイエリアやシリコンバレー地域では、シェアバイクの競争は加速しており、Uber(ウーバー)やLimeBike(ライムバイク)と云った会社等もこの動きに追随している。
 特徴的なのは、UberとLimeBikeの場合、駐輪場所を選ば無い「乗り捨て可能」タイプの自電車であり、スマートフォンがあれば、好きな場所から乗って好きな場所に置いて行けることだ。因みに、フォードバイクが鮮やかなスカイブルーに対して、ウーバーはエッジの効いたレッド、ライムバイクは穏やかなグリーンカラーとなっている。


 





 2. ディズニー シードアクセラレーター


  〔世界でトップのプロデューサーとエンターテイメントと情報のプロバイダーの一員であること。ブランドポートフォリオにより、コンテンツ・サービス・コンシューマープロダクトを差別化することで、我々は世界で最も創造的・革新的、そして有益なエンターテイメント・エクスペリエンスと関連商品の開発を追求します〕 


 スター・ウォーズを製作するルーカスフィルムや21世紀フォックスのテレビ・映画部門の買収、自社ストリーミングサービスの発表等、アグレッシブなニュースが絶え無いウォルト・ディズニー・カンパニー。
 ディズニーの通称で親しまれる同社は、映画やテーマパークだけで無く、メディアや音楽、製作技術等エンターテイメント全体に強い力を持っている。

 そのディズニーが2014年から始めているのがディズニー・アクセラレーターだ。所謂、シードアクセラレーターなのだが、ディズニーにしか出来ないことが存分に活かされている。
 このプログラムの選考を勝ち上がったスタートアップは、3ヶ月間ディズニーからメンタリングを受けられるだけで無く、ディズニーグループが保有する膨大なリソースとネットワークへ自由にアクセス出来る様に為る。具体的には、ロサンゼルスのディズニー社員も使うコワーキングスペースを仕事場として使えたり、投資家や各分野の専門家への紹介を受けたりすることが出来る。

 プログラムを通して得られた知的財産権は、飽くまでスタートアップ側に帰属するので会社が縛りを受ける心配は無い。大企業ならではの太っ腹である。とは言え、このアクセラレーター発の製品・サービスとのコラボレーションもディズニーから多く発表されている。投資以外の面で確りとディズニー側にリターンが還元されている点は、矢張りサスガである。これまでにアクセラレーターから生まれたコラボレーション例を幾つか紹介したい。

 •Sphero (2015)  ディズニー買収後のスターウォーズ作品でかなり目立った存在だったオレンジ色の丸いドロイドBB-8のおもちゃ。2015年のディズニーのベストセラーに為った。

  

 •Atom Tickets (2016)  

  

 映画チケットの為のスマートフォンアプリ。購入やチケットの表示だけで無く、予告の再生やどの映画を観るか友人と決めることも出来る。 

 •VOID (2017)  

   

 VRのヘッドセット装着し、実際の施設内をコンテンツに合わせて進んで行く進化型のアトラクション。本当のバーチャルとリアリティの融合。


 





 3. テスラ ソーラールーフ


 〔持続可能なエネルギーへ、世界の移行を加速する〕



 テスラはクールなデザインの電気自動車メーカーとして一躍有名に為ったが、今やテスラが提供するのはクルマだけに止まら無い。彼等は太陽光により発電した電気を家のバッテリーに一旦蓄電し、必要に応じて家庭内消費電力及び自動車の充電まで全て賄うトータルソリューションを提案しようとしている。
 2016年にテスラは、ソーラーパネルの製造から設置までを行っていたアメリカのソーラーシティを20億円以上で買収した。これによって、テスラが元々電気自動車開発で培って来たリチウムイオンバッテリーの技術と、太陽光発電の技術が組み合わさり、2社の強みを1つのパッケージとして新たな価値を創造することに成功したのだ。

 ソーラールーフとは、一般的なソーラーパネルとは異なり、見た目は普通の屋根に見える。テスラの情報によれば、ソーラールーフは一般的な屋根より強度があり30年間発電出来ると云う。驚くべきことに、Bloombergによれば、ソーラールーフの単価は従来のソーラーパネルに比べて安いと云う。但し、同じ発電量を撒かう為により多くのタイルを必要とする為、トータルコストは高く為るかも知れないと云う事だ。

 tesla solar roof  画像転載元:Tesla公式サイト
 


 





 4. アマゾン 2時間で届く新鮮なオーガニック食品


 〔お客様がオンラインで買いたいものが何でも見付かり、最安値で提供する努力をする、地球上で最もお客様を大切にする会社であること〕


 アマゾンは今年の2月からアメリカの一部の街において、ホールフーズの商品をプライム会員に向けて2時間以内に配送するサービスを開始した。しかも、35ドル以上の買い物は配送は無料である。有料オプションなら1時間で届けて呉れるが、地元の店舗から商品が運ばれる為、利用時間と地域には制限がある。今後は、順次その地域を広めて行く考えである。

 昨年全米に衝撃を与えたアマゾンによるホールフーズの買収。ホールフーズと云えば、テイラー・スウィフト等のセレブも御用達の高級オーガニック・スーパーマーケットである。買収後は一部の商品の値引きが行われた他は特に大きな変化は無かった。それが今年に入って、遂にこの2大タッグの好いとこ取りが解禁されたと言えるだろう。

 しかし、食品の配送自体は何ら新しいことでは無い。アマゾンはアマゾン・フレッシュとして食料品の配送をしていたし、それ以前にも2012年にサンフランシスコで設立されたInstacart (インスタカート)は提携するスーパーやペットショップの商品を運んで呉れるサービスを展開していた。インスタカートの提携先にはホールフーズも含まれている。
 NBCのテレビ番組TODAYでは、両者を比較する為に、同じ商品を同時に購入し同じ場所に届けると云う検証を行った。そこで分かったのは、インスタカートの料金には10%程サービス料が上乗せされるが、アマゾンには別途料金は掛から無かった。

 「本ならオンラインで頼んでも、欲しいものと違う商品が届くことは無いだろう」 

 と云う事から始まったアマゾン。アマゾン・ベイシックで家電領域を押さえ、ストリーミングでエンターテインメントにも参入し、今では最も取り扱いが難しい生鮮食品を高いレベルで提供出来るまでに成長した。アマゾンの持つ圧倒的なディストリビューション能力とホールフーズによって担保された品質。これにより、安全で健康的な食品がより、手頃な価格で買えるように為ると云う事である。

 whole foods with amazon  画像転載元:Amazon公式サイト
  


 





 5. マリオット・インターナショナル 若い世代がターゲットのホテル


 〔世界で最も愛されるトラベル・カンパニーであること〕
 


 マリオット・ホテル&リゾーツやリッツ・カールトンを含む、数々のホテルブランドを世界中で運営するマリオット・インターナショナル。
 彼等が新たなブランドMoxy(モクシー)を立ち上げるに当たって、コンセプトと為ったのがミレニアル世代と呼ばれる20〜30代の若い層である。価格帯や立地等により連想されるイメージから、見込み客のセグメントが見えて来る事はあるかも知れないし、若者向けのマーケティング施策をすることもあるだろう。しかし、ここまでの規模で世代そのものがコンセプトに為って居ることは、これまで無かったのではないか。

 モクシーの雰囲気は、お洒落なオフィスとクールなナイトクラブを足した様な感じである。現在世界に30軒程展開されていて、東京と大阪にも進出している。又、新ブランドを確立させて行く為に、館内でマリオットの赤いロゴを見ることはほぼ無いと云う。若者向けにデザインされたものとして、次の様なものがある。

 •1つ1つの部屋は大きく無く、自然と大きな共有スペースに宿泊客が集まりコミュニケーションをとるデザインに為って居る。
 •チェックイン・チェックアウトだけで無く、部屋の入退室もスマートフォンで行う。
 •テレビはネットフリックスやユーチューブ等と繋がっていて、無料のハイスピードWi-Fiが楽しめる。
 •24時間セルフサービスで無料食べ物とドリンクが提供されている。
 •インスタグラムに、#atthemoxyのハッシュタグを着けて写真をアップすると、ホームページも表示される。


 3-27-26.jpg moxy hotel


 こう云った動きは、シェアリング・エコノミーの波に乗って急成長しているAirbnb(エアービーアンドビー)に対する危機感から来るものもあるだろう。出来て10年のエアービーアンドビーは、既に90年以上の歴史を持つ世界的なホテルカンパニーの10分の1以上の売上を出している。しかも、彼等は、宿泊施設を保有して居ない。
 旅行に関するトレンドとして、宿泊費や移動費には余りお金を掛けない分、旅先での経験にお金を使いたいと思っている人達が増えている。特にこの傾向は若い世代には顕著である。加えて、若い世代はデジタル・ネイティブであり新しいいテクノロジーにも寛容でSNSや口コミ評価も重要な要素に為って居る。これ等の特徴は、エアビーアンドビーがターゲットにしているセグメントにも共通している。

 マリオット・インターナショナルのグローバルブランドリーダーでバイスプレジデントのトニー・ストークルは、若い世代の顧客体験の創造には、パーソナライズされたアプローチを取る様にしているそうだ。
 「インスタグラムに写真を挙げ無いなら、そこに居なかったのと同じ」
 と云う時代に為ったことを踏まえて、これからのホテルに求められることは「綺麗なシャワーや寝心地の良いベッドだけで無く、特有のライフスタイルに対して体験にまつわる心の繋がりを築くことに真剣に注力し無ければならない」と語った。


 




 まとめ


 今回紹介した大企業による新規事業の例は、自転車・エンターテイメント・太陽光発電・Eコマース・ホテルと内容は様々だ。只、共通して居る事として、大企業だからこそ出来る資本力・規模・信頼性がこれ等の新規事業の成長を助けているのは言うまでも無い。
 オープンなマインドセットは勿論必要だが、大企業ではイノベーティブなアイデアが出たからと言って、それが直ぐに事業化されるのは現状では難しいだろう。

 スタートアップやアクセラレーターの、外部の刺激を取り入れながらも、自社のエッセンスを活かした事業にすることで、イノベーションのタネを増やす事が出来る。上手く行きそうなものは、自社のネットワークや資金を使ってスケールすることも出来る。
 会社のビジョンやミッションから新規事業を模索して行く事で、目先の利益を追うのでは無く、長期的な視点でイノベーションを起こし続けられる組織に近づくのではないだろうか。

 参照
 •Bike share service rolls into the Bay Area today
 •Tesla’s Solar Roof Is Cheaper Than Expected
 •Watch the Disney Accelerator Demo Day here
 •Disney Accelerator Showcases 11 Startups at 2017 Demo Day
 •How Amazon’s food delivery service stacks up against Instacart
 •Interview: Inside Marriott’s Hotel Innovation Strategy 



 以上




 【管理人のひとこと】


 何度もイノベーションに関する記事を取り上げ、少し鼻に着いた嫌いが有りそうです。私はこの20年前後の日本の経済力の衰退を身をもって経験した人間として、悲しいやら悔しいやらの複雑な感情を抑えられません。
 私達(現在満73歳)は、東京オリンピック(1964年)が終わり大阪万博の時代に社会に出た、第一次戦後ベビーブームの前後の人間として、丁度経済成長著しい時代と共に生きて来た。確かに景気は悪くは無く、時には年に2〜3万円給料が上がったのを記憶しています。が、元々3〜5万程度のものが6万〜9万円に上がった時には大いに感激したものです。しかし、大企業では無かったのでボーナスは1〜3か月分以内でした。

 それでも、当時の家賃相場は、2LDK(6×2+台所+バストイレ・非水洗)で4.000〜6.000円程度でしたのでそれ程キックは無かった覚えがあります。当時としては、ラッシュアワーの地下鉄や電車の殺人的混雑で駅の入り口規制もありましたし、金は無くとも殆ど毎日飲みに行っていたのも覚えています。
 何よりも、工場では次々と新しい設備が導入されオフィスには計算機やコピー機も入りテレビも大型化しました。若い人は、先ずは車を購入し彼女を作り同棲します。そして、TV・洗濯機と揃え、やがて郊外の団地やに2LDKのアパートを求め結婚したものです。一つ一つは安価で安上がりな生活でしたが、もう少し頑張れば?との夢の在った時代でした。

 営業でしたので、車は社用車(カローラ)が個人的に貸与されて居たのですが、個人の家庭用として一番初めに買ったのがホンダN360 でした。軽自動車ですが好く走ったものです。が、直ぐに飽きが来て普通車の中古(コロナ)に乗り換え・・・次々とメーカーを替えたりしては色々乗り換えたものです。ヨーロッパを抜きアメリカに次ぐ、GDP世界第2位へと躍進したのもこの様な時代でした。
 繊維はダンダンと下火になりましたが、鉄鋼・造船は世界一でしたでしょう。造船メーカーは何年もの受注残を抱え、農協の団体が欧米やハワイへと団体旅行して騒ぎ捲(まく)ったり、韓国へ妓生(きーせん)旅行して大金を払い、今の中国人旅行者の様に大いに軽蔑(軽蔑)されたりしたものです。日本人も過去には同じことをして来たのですから、彼等をそれ程責めないでください。

 この様な無駄な豊かさは必要ありませんが、例え前年比0.5%でも成長し無ければ、日本経済、私達国民の生活の低落は止まら無いでしょう。こう云う時こそ、自分も含め、世界に負け無いイノベーションを打って出る勇気が必要なのですね・・・






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2019年03月25日

イノベーションの判り易い解説と実例



 【管理人より】


 ここで、何回と無くイノベーションに付いて取り挙げてまいりましたが、何せ管理人自体が説明する程の器量も無く、アヤフヤで未熟な解説を続けてまいりましたことを深くお詫びいたします。餅屋はモチや・・・専門家の素晴らしいレポートを探し出しましたのでここにご紹介します。
 残念にもこのレポートには、ご署名も無く無断で引用する形と為ってしまいますことを予め詫び致します。申し訳ございません








 イノベーション 本当の意味わかってる?

 身近な企業10社の事例でバッチリ納得!

 2018/04/25 2018/05/06 より引用させて頂きます


 最近ビジネスシーンで好く登場する「イノベーション」について身近なコンビニ・宅配・ゲーム等10社の企業事例を通して一つ一つ判り易く説明します。急ぐ人は最初の1分解説を、時間があったら定番のシュンペーター・イノベーションのジレンマ4類型・サービス/プロセス・イノベーション等もお読みに為ってくださいね。
 「イノベーション」と云う言葉は、元々は経済学の用語でしたが、今やビジネスの世界では勿論、行政や教育の世界までイノベーションと云う言葉が使われる様に為って来ています。では早速始めましょう。







 イノベーション 1分解説 〜お急ぎの方向け〜


 英語表記は”innovation”大きな変化や革新と云った意味です。ビジネスシーンで使う場合の意味は、従来の常識を超えた新しい方法によりビジネス的に成功したものごとを指します。
 エジソンの電気製品の発明、自動車・飛行機・鉄道等現代の我々の生活は、イノベーションのお蔭で成り立っているとも言えます。又電信⇒電話⇒携帯電話⇒スマートフォンと云った発展も、各段階でのイノベーションが起こったと云うことに為ります。

 イノベーションの多くは、技術の発展が土台と為って居ましたが、最近ではそうでは無く、新基軸のサービスや新規用途の開発も含めてイノベーションと云います。宅配便が代表例です。従来と輸送手段や運ぶもの自体は変わりませんが、ユーザーとサービス形態を常識を超えたコンセプトにしたことで新たな物流形態の登場と為ったのです。

 ビジネスは、只お客のニーズに忠実に応えて行くだけでは発展しません。馬車に対するニーズにどれ程対応しても自動車は産まれませんから。ですからビジネスの原動力は「イノベーション」だとも云えるのです。
 ビジネス用語としての「イノベーション」は、兎に角従来の発想や商品と少しでも異なったものを創造して行こうと云う意味で使われると思ってください。ビジネス現場でエジソンやステーィブジョブス並みのアイデア迄求める職場は先ず無いでしょう。








 イノベーションとは、どんな意味?


 イノベーションは英語で「innovation」と書きます。日本にはそれに該当する概念はありませんでした。 最もピッタリした日本語を選ぶとすれば「革新」又は「変革」と云った言葉に為るでしょう。世の中を変えて行く様な素晴らしい取り組みとその結果のことを云います。
 基本的にそうしたものは、多くが科学技術の発達により可能に為りますね。自動車・飛行機・ロケット等皆そうです。ですので最初は「技術」に重みが置かれ「技術革新」と云う訳語が当てられた時代もありました。
でも今は、後で述べますが、新しい技術とは直接関係の無いイノベーションの方法もあります。トヨタ自動車の在庫を置か無い生産方法〈カンバン方式〉とかも偉大なイノベーションです。
 兎に角インパクトのある『社会の変化』を結果として与えるものがイノベーションなのです。以下は皆イノベーションです。今の文明ってイノベーションのお陰なのですね。


  1 科学技術をベースとしたイノベーション

   エジソンの発明した電力システムと家電製品
   ワットの蒸気機関
   IT(コンピュータ・半導体・インターネット)

 2 制度をベースとしたイノベーション

   17世紀に出来た株式会社制度(オランダ東インド会社)
   19世紀のアメリカにおける巨大企業群の出現(カーネギー・ロックフェラー)
   マイクロ・ファイナンス(所得の低い顧客層の自立を促す為の小口の金融のインドのグラミン銀行が有名)








 イノベーションの語源


 英語の「innovation」は動詞「innovate」(革新する)に名詞語尾「-ation」が着いて名詞と為ったものです。又「innovate」と云う英語の動詞は、ラテン語の動詞「innovare」(リニューアルする)が元と為って居ると言われています。リノベーションに近い感じですね。


 イノベーションと云う言葉はどんな場面で使われるか? 

 基本は経営や経済の世界で使われてます

 経営の世界では、企業が大きく成長して行く上で、必須のものとしてイノベーションが掲げられています。イノベーションによって生まれた、技術・仕組み・商品やサービスが顧客の生活を大きく変えて行きます。その時それを担った企業は、圧倒的な支持を顧客と社会から得ることが出来、同時に莫大な利益ももたらします。

 通常の小さな改良による商品開発よりも経営的なメリットが大きい為、今や企業経営の必須の目標としてイノベーションに取り組む企業が増えています。
 経済の世界では、経済成長の原動力としての位置付けです。産業革命は将(まさ)にそうしたものでした。イノベーションによる新商品や新技術・新システムによって、雇用創出を起こしたり経済格差是正の手掛りと為って呉れることが期待されています。 







 ドンドン拡大するイノベーションの範囲

 当初は経営・経済の分野で使われていた「イノベーション」ですが、今は変革を求める多くのフィールドでこの言葉が用いられる様に為って居ます。 医療・教育・行政から福祉まで幅広く使われています。変革が必要とされ無い分野は今や無く、或る意味変革への期待を込めて「イノベーション」と云う言葉を使わせるのかも知れません。


 イノベーションの対象はモノだけでは無い?

 イノベーションは、単なるモノだけが対象では無いのです。モノ以外に実は、「仕組み」「方式」と云った形の無いものによるイノベーションもあるのです。夫々にイノベーションとしての名称もあるので説明して置きましょう。

 1 プロダクト・イノベーション(製品革新)

 これは誰もが驚く様な商品やサービスを開発し流通させることで社会にインパクトを与え変化を起こすことです。 携帯電話・スマートホン・パソコン・電車・洗濯機等、身の回りだけでも結構ありますね。

 2 プロセス・イノベーション(工程革新/製法革新)

 これは、単一の商品やサービスを指すのではありません。その商品やサービスを、用意・提供する過程(プロセス)に革新性の高い仕組みを導入して圧倒的な成果をもたらすもののことです。

 ・コンビニは、売っている商品自体はマア普通のものですが、店舗の作り・販売時間・品揃え・在庫管理等、多くの点においてそれ迄のスーパーや個人商店と全く異なる仕組みを提供し、瞬く間に7兆円の市場を創造しました。
 ・宅配便もそうです。トラックを使って輸送すると云う点は従来の物流会社と同じですが、集荷と配送の仕組みが、それ迄の物流業とは違った訳ですね。個々の家庭から同じく個々の家庭に配達する何てことはありませんでした。
 表面的には従来の産業と変わら無いのですが、仕組みや組合せの工夫が優秀で、他社が真似出来ない訳です。こちらも今後は増えるでしょう。







 イノベーションの起源

 イノベーションと云う言葉を、現在の意味で用い出したのはシュンペーターと云う経済学者です。彼は経済発展の真の要因を探ることが研究のテーマでした。そして彼は、経済発展の鍵は、人口増加や気候変動では無く、画期的な商品や画期的な経営の仕組みを創り出す事こそが経済発展の主役だと結論付けたのです。

 そして実行した人、詰まりイノベーションを起こした人を「アントレプレナー(起業家)」と定義しました。又彼は、イノベーションが既存の価値を破壊して行く事もある事を見抜いて居ました。
 例えば、自動車が生まれれば馬車は無く為ります。電灯が生まれればランプやロウソクは消えて行きます。将(まさ)しく旧来の当事者達に取っては破壊なのです。こうしたイノベーションの事をシュンペーターは「創造的破壊」と名付けました。これも言い得て妙だと思います。


 イノベーションの定義

 ではまとめとして、イノベーションの定義を引用して置きますね。

 ・新機軸・革新・新製品の開発・新生産方式の導入・新市場の開拓・新原料・新資源の開発・新組織の形成等によって経済発展や景気循環がもたらされるとする概念・・・シュンペーターの用語。又、狭義には技術革新の意に用いる。(出典:デジタル大辞泉)
 ・技術革新・新機軸 経済学者シュンペーターの用語で、経済成長の原動力と為る革新・生産技術の革新・資源の開発・新消費財の導入・特定産業の構造の再組織等を指す極めて広義な概念。(出典:大辞林 第三版)








 身近なイノベーション事例 10選



 こちらでは、我々の日常生活にも関係している身近なイノベーションの例を紹介します。


 (1)イノベーション サービス業の事例 POSレジシステム   

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      クラウド型在庫管理連動POSレジスター

 セブンイレブンが開発したレジのシステムです。商品にバーコードを貼って置く事で、支払い時に価格の入力を不要にしました。小売店での商品決済の革命とも言われました。開発元はNEC。この発明は特許料をフリーにした為瞬く間に全世界に広がりました。太っ腹に感謝ですね。







 (2)イノベーション 製造業の事例 任天堂のゲーム機

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 任天堂の最新ゲーム機

 任天堂は、以前はテーブルゲームのメーカーでした。アーケードゲームしか無かった時代に家庭で手軽に楽しめるゲーム機「ファミコン」を発売。ゲーム機の常識を打ち破りました。その後もWii・pokemonGO等全く新しいゲームの世界を世界に提供し続けています。将にゲーム機のイノベーションの担い手です。







 (3)イノベーション サービス業の事例 ヤマト運輸の宅配便

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       ヤマト運輸(クロネコヤマト)の宅配便

 ヤマト運輸の小倉昌男氏は、国内で初めて郵便局の小包しか家庭向けの運送手段が無かった時代に、独自の配送網を足った一社で作り挙げました。後に冷蔵品の宅配も可能にする等、物流の世界を変えたのです。







 (4)イノベーション 製造業の事例 クオーツ式時計・セイコー


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  時計は当初は、ゼンマイを動力とする機械式の構造でした。セイコーは、水晶の振動を利用して電力で動かすクオーツ時計を開発。時計の世界にイノベーションを起こしました。







 (5)イノベーション 製造業の事例 ウォークマン・ソニー

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 今はもうありませんが、以前はカセットテープと云う磁気テープに録音したもので音楽を楽しんで居ました。当時は携帯出来る大きさのものは世の中にありませんでしたが、ソニーは高音質でイヤホンで聴く当時としては超小形の再生機器を開発し、爆発的なヒットと為りました。現在、音楽を屋外で楽しむ文化を作ったのはソニーのウォークマンだと言って好いでしょう。







 (6)イノベーション 製造小売業(SPA)の事例 ファストファッション

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       ファストファッション時代の終焉は?

 以前、洋服の製造と販売は、担当する企業は別でした。処がある時期から製造と小売を同じ企業でヤッテしまう業態が登場します。SPA(Specialty store retailer of private label apparel)と呼ばれます。
 米国のGAP、日本のユニクロと云ったブランドが有名です。売れ残りのリスクを減らし、かつ多店舗で多くの商品を売ることで大幅な価格の引き下げを可能としました。アパレル業界のイノベーションと言えます。








 (7)イノベーション 中小企業の事例 メガネ21

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 メガネ21は眼鏡のチェーン店です。徹底して社員に対して経営をガラス張り化し、管理職は原則居らず、フラット組織にしています。又社員の多くが会社に出資しているので共同オーナーとも云える形で協働の経営を行なっています。商品自体は他と変わりませんが、マネジメント自体にイノベーションを起こした珍しい例と言えます。







 (8)イノベーション 製造業の事例 パソコン IBM

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          PCエンサイクロペディア

 パソコンが登場した当時は、ハードもソフトも1つの会社で作っていました。その後IBMがパソコンに参入した際に、パソコンのハードとソフトは全て、その組合せの技術(インターフェース)がオープンされ、誰でもが作れる様に為りました。
 その結果膨大な数の企業が参入し、大変なスピードで低価格化と高性能化が進みました。「モジュール化」「オープン化」と言われる形態のイノベーションです。








 (9)イノベーション サービス業の事例 CoCo壱番屋(ココイチ)

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 カレー専門のチェーン店として誰もが知っているココイチ。売上高は6期連続で増収、当期利益は3期連続増益、相変わらずの好調さを示しています。その好調さを支える一つが、マンガ喫茶的な時間帯を設けた事です。
 ファストフードはこれ迄いかに回転率を上げるかが勝負でした。しかし飲食店はどうしても昼と夜に客が集中します。そして昼間の時間帯は、客がいない為、入りたい客に取って入り辛く為ると云う悪循環が生じていました。
 そこで取った施策がマンガの無料貸し出しとドリンクバーの設置です。客が混み合う時間帯以外は、マンガの棚を開放し、顧客の滞留時間を増やす様にしました。これにより、新しい顧客が入り易く為り、今まで閑散としていた時間帯も客が入る様に為り売上・利益とも向上する切っ掛けと為りました。回転率の目標(KPI)を時間帯に変えると云うのは、サービスの内容によって使い分ける。







 (10)イノベーション 中小企業の事例 ロボットスーツ CYBERDYNE(株)

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           サイバーダインの医療ロボッㇳ

 ロボットスーツとは、体に装着することによって、身体の機能を助ける為の、云わば補助装置です。CYBERDYNEが作成したHAL(Hybrid Assistive Limb)は、特に障害を持った方達の身体機能の改善・拡張・補助を目的として造られた世界初のサイボーグ型ロボットです。
 装着型のロボットは、今迄にもありましたが、健常の人のパワーをよりアップすると云う発想でした。工事用、介護用、軍用等がそうです。しかし、障害を持った方の機能改善を目的としたロボットは、将にイノベーションと言えます。私も湘南ロボケアセンターにて見学しましたが、技術はここまで来たんだと云う実感を持てました。








 イノベーションと日本


 イノベーションによる経済の発展が今程求められている時代はありません。今の日本が特にそうですね。 雇用の減少・少子高齢化・賃金の上昇・市場の成熟と縮小等明るい材料が見当たりません。そう云った中で、行政が最後の切り札としてイノベーションに期待を掛けて居ます。文科省も経済産業省も、国の活力は、経済発展が原動力であると判っています。

 それを盛んにして行く為には国内の企業群にイノベーションを起こして貰わ無くては行け無い訳で、様々な施策を打って居ます。因みに今政府は「科学技術イノベーション総合戦略 2014」に照らして、世界で最もイノベーションに適した国を目指しています。
 平成27年は、この関係だけでも500億円以上の支出を計画していました。 将に国を挙げてイノベーションに取り組まざるを得ない状況なのです。








 イノベーションの四類型

 イノベーションを整理する上で、好く使われるものがあります。アパナシーとクラークが「技術革新」と「市場対応」の2軸で分類したものが最も有名で、かつ実用的です。参考に載せて置きます。 【技術革新ー市場対応の2軸によるイノベーションの分類】

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           既存技術の強化         既存技術の破壊

 新規市場の創出 (4)「通常」型イノベーション    (1)「新規構築」イノベーション
 既存市場の深耕 (3)「ニッチ」型イノベーション    (2)「革命」型イノベーション

 (1)「新規構築」型イノベーション これ迄の技術体系を破壊するレベルの技術体系で、全く新しい市場を創造するもの (例:飛行機の発明、コンピュータの発明など)
 (2)「革命」型イノベーション 既存の技術・生産体系を破壊するレベルの技術体系で、既存の市場との結び付きを維持して行くもの (例:アナログからデジタルへのオーディオの技術革新、自動車におけるマニュアルからオートマティックへの移行)
 (3)「ニッチ」型イノベーション 既存の技術・生産体系の中で、新たな市場を開拓して行くもの (例:ヘッドフォンステレオ(ソニーのウオークマン)、家庭用テレビゲーム機など
 (4)「通常」型イノベーション 技術・生産手段の改良等により、より安く高品質の製品・サービスを提供するもの。インクリメンタル・イノベーションとも呼ばれるパターン。 これも広い意味ではイノベーションに入ると云う事です。でもこれは経営学の世界だけの話です。一般的には(1)〜(3)がイノベーションと言われます。








 イノベーションの理論の紹介

 新結合(シュンペーター)シュンペーターは、イノベーションについて最初は「新しい結合の遂行」と云う言い方をして居たそう 詳しくは以下の記事を御覧ください。 シュンペーターのイノベーション (創造的破壊)|事例で解説

 7つの機会(ドラッカー)経営学の大家ドラッカーは、イノベーションについても権威です。シュンペーターの提唱したイノベーションと云う概念を企業の経営の観点から体系化を試みました。
 その為に「イノベーションと企業家精神」と云う本も出版しています。 その中で最も重要なポイントは「イノベーションの為の7つの機会」です。イノベーションを起こし易い順にその機会(チャンス)をまとめています。

 (1)予期しなかった変化  
 ・予期せぬ成功(予想して居ないのに成果が出たら、機会が隠れている)
 ・予期せぬ失敗(予想して居ないのに失敗したら、機会が隠れている)

 (2)ギャップの存在
 ・業績ギャップ(業績が大きく変化したら、機会が隠れている)
 ・認識ギャップ(認識のズレが見つかったら、機会が隠れている)
 ・価値観ギャップ(人々に価値観のズレが見つかったら、機会が隠れている)
 ・プロセス・ギャップ(何かの過程のボトルネックに、機会が隠れている) (3)ニーズを見付ける
 ・プロセス・ニーズ(何かの過程に、機会が隠れている)
 ・労働力ニーズ(労働力需給の著しい変化に、機会が隠れている)
 ・知識ニーズ(知識の穴に、機会が隠れている)

 (4)産業構造の変化(産業構造の変化の周辺に、機会が隠れている)
 (5)人口構造の変化に着目する(人口構造の変化に、機会が隠れている)
 (6)認識の変化を捉える(人々の知覚や認識の変化に、機会が隠れている)
 (7)新しい知識を活用する(最先端の科学技術の活用に、機会が隠れている)








 イノベーションのジレンマ(クリステンセン)


 「イノベーションのジレンマ」はクリステンセン氏が書いた著書のタイトルです。因みに原著のタイトルは「イノベーターのジレンマ」です。

 イノベーションの当事者である企業に起こり得るジレンマ(二つの相反する事柄の板挟みに為る事)に付いて語られています。 サテ、どんなジレンマかと云うと・・・ 或る企業(A社とします)がコツコツと既存のユーザーの為に技術開発を進めて居るとします。これは好くある事ですね。
 ですが頑張って技術を開発しても、それがユーザーの期待するものでは無かった場合は意味がありません。でも得てしてそう為る事が多いとクリステンセン氏は云います。

 一方で、A社の持つ技術とは全く別の方法で、ユーザーの悩みやニーズを適えられる別の企業(こちらをB社とします)が新たに登場するとします。そしてその技術は品質は低いが、価格はかなり安いとします。
 サア、どう為るでしょうか? マア普通は、最初はどの顧客も様子見でしょう。でも価格が安ければ、その方が好いと云う企業が何れ現れます。そうした会社はB社を選択します。そして徐々にB社の品質は向上します。そして、何時の間にか、値段は安いままで品質のレベルがA社のレベルにまで為ったらどう為るでしょう。コストパフォーマンスから考えれば当然B社が勝ちます。

 そうすると既存ユーザーの為にコツコツと技術開発していたA社は、置いてけボリを食うと云うことに為る訳です。A社としては、仮にB社の新技術に気付いていたとしても、既存の顧客を見捨てる訳には行きません。
 でも最終的には、B社に客を取られる事に為ると云う、実に虚しい結果になる訳です。この事が所謂イノベーション(この例ではイノベーターであるA社)のジレンマと云うものなのです。

 因みにA社の様なコツコツと技術開発を遣って行くのも華々しくは無いですがイノベーションの範疇(はんちゅう)に入るのですね。クリステンセンはそれをインクリメンタルイノベーション(漸進型イノベーション)と名付けてます。

 本ではハードディスク装置を例に紹介されてましたが、似た話は沢山あります。「写真フィルム」を頑張って作っていたコダックが好い例です。
 又いきなり登場して、既存の技術や仕組みを脅かす予想外のイノベーションを「破壊的イノベーション」と言います(上記の例ではB社)。大抵は低価格・低品質の製品で市場に登場します。その後次第に成長し、既存の大きな市場を脅かす様に為るのです。丁度デジタルカメラもそうでしたネ。
 こうした事が、世の常だとすると、企業はイノベーションを上手に遣って行かないと行けない、特に破壊的イノベーションのことを念頭に置いてと云うことに為ると思います。

 企業は、自分自身が破壊的イノベーションを仕掛けられる側に立た無いと行け無いのです。書籍にはその対処の方法な土が述べられています。この「イノベーションのジレンマ」は、その意外性から非常に世間受けし有名に為りました。 私も先輩から聴いて、直ぐ本を買い、面白いのでアッと云う間に読んた記憶があります。興味のある方は是非どうぞ!
 


 
 まとめ

 今回はイノベーションについての基本を判り易くまとめてみました。 イメージ的には、イノベーションとは画期的な技術と云う様に受け取られますが、色々なバリエーションがあることがお分かり頂けたかと思います。非常に範囲は広いのです。
 又企業は今後、一層イノベーションに取り組まざるを得無く為ると思います。これはスタートアップでも大企業でも同じですね。今回の記事を参考にイノベーションを意識して頂けますと、キッとより好い経営が可能と為ると思います。 お読み頂きありがとうございました。



  以上



 【管理人のひとこと】


 ありがとうございました。昔は発明とか大発見とか言って居た様な感じですかね。発明は必要の母とか習った覚えがあります。しかし、必要があってからのモノづくりでは現在では遅い様です。今現在には無い、更に他の大勢の人には思いも着かなかった・・・装置であったり機械であったりものの考え方・・・空間・場面想定等の多岐にわたる新たなものをヒックルメてのものなのでしょう。


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2019年03月23日

日韓友好は本当に必要なのか?



 日韓関係・・・この忌まわしい両国間の意識のズレや途切れることの無い日本への批判・・・業を煮やした一部の日本人は「本当に韓国と仲良くし無ければ為ら無いの?」との疑問をブツっけます。その内容を下記レポートから参照・・・


 





 日韓友好は本当に必要なのか?


 これまでの交流を振り返って考えてみる


 2014-03-09 20:434 から引用します


 今回は、韓国や日本のメディア等が「政治と民間は別、政治が対立しても民間交流はして行こう」と積極的にアピールして居る事に対する反論と為ります。詰まり「本当に韓国と仲良くする必要があるのか?」との疑問を挙げる訳です。


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 画像はイラクでの平和維持活動中、韓国軍の兵士がハングルを知ら無い自衛隊員との記念撮影で「独島は大韓民国のもの」と云うプラカードを掲げている


 サテこの10年程、日本では韓流を名目に様々な日韓交流が行われて来ました。先ずその結果何が起きたのかを紹介して行く事とします。


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            ❝❝恨みは1000年!❞❞  似非日本人・・・

 日本の市民団体「壬辰倭乱」反省集会を開催=統営
/span>http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2012/03/20/0200000000AJP20120320002500882.HTML 2012/03/20 17:29 KST

 【昌原聯合ニュース】 

 日本の市民団体が26日、李舜臣(りしゅんしん)将軍の位牌を祀る慶尚南道(けいしょうなんどう)の統営(とうえい)の忠烈祠(ちゅうれつし)で、先祖が起こした朝鮮半島祠侵略戦争・壬辰倭乱(文禄・慶長の役)を反省する集会を開く。
 統営忠烈祠(とうえいちゅうれつし)財団は20日、日本市民団体で構成された壬辰倭乱反省集会の実行委員会が、26日午前11時半から忠烈祠で「NO MORE!倭乱in統営」と題して反省集会を開くと明らかにした。実行委員会は、日本近代史を研究する川本良明牧師や在日大韓基督教会小倉教会の朱文洪(しゅぶんこう)牧師を初め約30人で構成されている。

 参加者等は1992年、人権活動家でもあった小倉教会の故・崔昌華(チェ・チャンファ)牧師の提唱で集会を開いて以来、歴史を反省し日本政府の歴史歪曲等に抗議する集会を毎年開催している。2000年以降は釜山や晋州(ふしゅう)蔚山(うるさん)宜寧(ぎねい)麗水など、戦争の遺跡が残る韓国の各地を訪れ集会を開いている。
 以上

     3-23-3.jpg 文禄・慶長の役

 豊臣秀吉が命じた朝鮮征伐(文禄・慶長の役)のことで、一体何百年前の話をしているのだろう?こんな事で謝罪させる方もさせる方だがする方もする方だ。これを先ず紹介したのは、日韓交流と云うのは本質的に「こう云うもの」だから。
 韓国人は無条件に自己を絶対的な正義の側に置き「自分達は正しいから正しいのだ」と云う循環論法(じゅんかんろんぽう)に陥っている。その為日本が韓国と交流すると、韓国人は「(朝鮮の儒教概念における)道徳的に正しい我々が、道徳的に劣った日本人に 〈正しさ〉を教えてやる場」だと考える。

 韓国人は自分達の価値観は絶対普遍の正義であり、その価値観は世界中で共通普遍だと考える。だから、こう云う発想に為る。「韓国と交流しよう」と考えている大半の日本人は、その事を全く知ら無い為、交流事業をするとこの様な事に為る。
 しかも、日本人の側も、そう云う韓国人の傲慢な態度を安易に容認してしまう為、交流を進めれば進める程韓国人の自民族中心主義を日本へと押し付けて来ることと為る。そして、その結果以下のような事が頻発(ひんぱつ)した。


  




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 「あしたのジョー」の巨匠、千葉徹也氏が来韓

 http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2005100398098 OCTOBER 03, 2005 03:16
(前略)「韓流」について聞くと、千葉徹也氏は「韓国へ行くと云う話をしたら、ガールフレンド達が連れて行って呉れと大騷ぎだった」と笑った。 韓流を卑下する内容を記して問題に為った日本マンガ『嫌韓流』(7月発売)についても聞いてみた。

 「そのマンガについては好く分から無いが、韓国文化を悪く話しては為ら無いと思います。日本には多様な文化が共存しており、日本人の血は中国・韓半島・アジア国家が夫々4分の1で、残り4分の1だけが日本原住民です。文化を尊重して交流し無ければ為りません。その本はそう云う事を好く分かっていない人が書いた様です。日本の作家を代表して謝罪します」
 以上

 2005年のこの時期、丁度日本でマンガ嫌韓流が発売され、韓国で様々な騒動が起きていたのですが、それに対してちばてつや氏がこの様な発言をしたと云うことで日本でも話題に為った。しかし、実は彼はこんな発言をしていない事が発覚。その後ちば氏が自身のHPで以下のような釈明文と、この記事を載せた東亜日報への抗議を行った。


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       ちばてつや氏「権力者に堂々とものを・・・」

 ◎東亜日報の報道について(2005.10.04)

 この度韓国を訪問し、国際イベントに日本人の一員として参加した際の新聞記事の内容に付きまして、誤解を招く表現がありましたので、事実関係と補足をさせて頂きます。
 先ず、東亜日報から取材を受けたことは間違いありませんが「嫌韓流」と云う作品について、そのインタビューの席上で質問された事実はありません。又、その記述の中に「日本の漫画家を代表して謝罪します」と云う表現がありますが、当然その様なことを言う権限等ありませんし事実話しておりません。(後略)

 今から9年も前の事で、ちば氏のHPから既に抗議文が消えているので文章のみの掲載と為ります。


 




 要するに、安易に日韓交流と云う名目で韓国人のインタビューを受けたばかりに、韓国のプロパガンダに利用されてしまった訳です。実は韓国と関わったばかりに、こう云ったプロパガンダに利用された例はちば氏以外にも数多く存在するのです。この件でも東亜日報が記事の訂正も釈明もしていないことから解る通り「言った者勝ち」でその後も利用され続ける事と為ってしまう。


 





      3-23-7.jpg 北朝鮮からの脱出者、脱北者の生活・・・

 次の事例は北の拉致被害者関連

 先ず、引用記事を読む前に事前に知って置いて欲しいのは、記事では日本の拉致被害者の会が韓国から北朝鮮へ向けて拉致問題解決の為の風船メッセージを送ろうとした処、韓国の警察と「韓国の拉北者家族の会」から妨害を受けたと云うニュースなのです。何故この様な事が起きたのか、その背景は以下の通りです。

 韓国にも北朝鮮による拉致の被害を受けた被害者達が数多く存在しているのですが、親北政権が続いた為彼等は政府の支援が全く受けられず、拉北者家族の会の崔成竜(チェ・ソンヨン)代表が日本の拉致被害者の会と日本政府に助けを求めた。
 しかし、この事を察知した韓国政府と北朝鮮政府は、崔成竜氏に「日本の行動を妨害すれば次の再開事業で便宜を図る」と約束。崔成竜氏は日本に助けを求めたことをスッカリ忘れ、日本政府による北朝鮮への制裁を批判、挙句に共同記者会見の場では「独島は我が領土」と書かれた看板を背にして記者会見を開こうとし、政治的に利用される事を嫌った日本の拉致被害者の会が会見を欠席した。そして以下の様な事件になるのです。

 日本の拉致被害者団体「特定失踪者問題調査会」と韓国内の脱北者団体「キリスト北朝鮮人連合」は10日午前、江原道(こうげんどう)鉄原郡孤石亭(てつはらぐんこいしてい)で、北朝鮮に向けて風船を飛ばし、日本人拉致被害者解決に関する情報提供を呼び掛けるビラを撒く「バルーンプロジェクト」を行なう予定だった。が、警察が阻止した為実現出来なかった。
 しかし、キリスト北朝鮮人連合のイ・ミンボク代表は「ビラ60万枚を15個のバルーンに入れており、うち9個は警察が到着する前の早朝に北朝鮮に飛ばした」と主張。イ代表は、A4用紙の大きさのビニール袋で作られたビラには、日本人拉致問題の早期解決と北朝鮮・金日成(キム・イルソン)主席の神格化に反論する内容が盛り込まれていると伝えた。

 一方、同プロジェクトを阻止する為一歩遅れて現場に着いた拉北者家族は既に警察が阻止していた為に衝突は無かった。拉北者家族の会の崔成竜(チェ・ソンヨン)代表は「北朝鮮に家族が居る女性等約20人と共にパフォーマンスを阻止する為駆け着けた」とし「10~12日開かれる8回目の南北(韓国・北朝鮮)赤十字会談で、韓国軍捕虜と拉北者問題を解決する為の協議が進むものと期待されて居るだけに、パフォーマンスを延期して欲しい」と要請した。
 警察関係者は「04年6月に行なわれた南北赤十字会談の当時、相互誹謗(ひぼう)を行なわ無い事を約束した為に同日、北朝鮮体制を批判する内容のバルーンを北朝鮮側に送る行為を阻止した」とした。

 中央日報 http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=86377&servcode=400§code=400

 その後、再会事業に赴いた崔成竜氏には「消息不明」と書かれた返事の紙が渡されただけ。日本の拉致被害者の会は、竹島問題のプロパガンダに利用されそうに為った上に、助けを求められた崔成竜氏からは後ろから撃たれ、挙句に崔成竜氏自身も韓国政府に後ろから撃たれると云う、本当に救い様の無い事態に為った訳です。善意で韓国の拉致被害者を助けようとした日本は溜まったものでは無い。


 




  次の事例は企業間の協力の件だ。先ず以下の記事を見てください。


 





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 日本の技術を盗み世界一に為った現代重工業・・・自力で盗んだのだから中国とは根本的に違う(前略)
 この時、鄭(てい)会長のした頼みは「2人だけ研修生を日本のK造船で1年間だけ引き受けて呉れないか」と云うものだった。K造船会長は気経にこの頼みを聞き入れた。鄭会長の下心は確かに見え透いていたが、巨大な造船業の実体を足った2人の研修生だけで1年以内に把握すると云う事は不可能だと云う判断であった。
 この様にして、現代造船の若い二人の職員が日本のK造船で研修を行ったのである。彼等に下された「特命」は簡単だった。「何でも役立つに値するものは全て持って来い」だった。この時から二人の職員は綿が水を吸いこむ様に次から次に記録を集め、不法も厭わ無かった。

 当時の日本は一月に一度我が国が行っている民防訓練の様に地震の避難訓練を行って居り、サイレンが鳴れば全ての職員は待避所に避難しなければ為らなかった。この時現代造船の若き研修生2人は、トイレに隠れて誰もいなくなると、K造船が見せて呉れ無かった設計図を密かに取り出してコピーした。
 退勤時にはモンキスパナも一本コッソリと懐に入れて持って帰った。何故なら造船所で使うボルトを締めるモンキスパナは一般のものとは違うからだ。こうして集めた資料を引切り無しに国内に送った。「この時持って行ったものはコンテナ2台一杯に為った」と創業の功臣は伝える。こんな過程を経て今日、現代重工業は日本の有名な造船所を追い抜き世界一の座に上ることが出来たのだ。30年前に金を貰って技術を渡した「日本人」はいなかった。(後略)

 ビューズ&ニュース(韓国語)/span>

 http://www.viewsnnews.com/article/view.jsp?code=NBB&seq=16144


  





 要するに、日本は韓国に技術援助をして挙げた結果、見事に裏切られた。そして現在の韓国は、その事を明らかな犯罪行為だと認識した上で「してやった!」と誇っている訳だ。



  




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       モデルの本田麻里絵さん

 次の事例は、実際に日韓友好を信じて韓国へ赴いたあるモデルの実体験「韓国好き」モデルが幻滅した悪口の数々「とても可愛い、絶対日本人じゃ無い」 http://www.j-cast.com/2012/08/30144518.html?p=all
    
 ファッションモデルとして活動し、韓国に語学留学の経験がある本田麻里絵さんが、韓国旅行の際の「幻滅体験」をブログで明かした。タイトルは「韓国の現実を知った旅」現在は本人の意向で非公開と為って居る。
 これ迄にも何度か渡韓しており、3か月の留学で韓国語でコミュニケーションが図れる語学力を身に着けている本田さんだけに、旅行中で耳にした現地の人の「悪口」に戸惑った様子が綴られている。

 ロンドン五輪・男子サッカーで日本代表の試合に為ると、親しくしていた韓国の女性が「日本どうか負けろ」と口にした。本田さんは信じられず「何故日本負けろと願うの?自国を応援すれば好いでしょ?」と思ったと云う。
 又、3位決定戦の日韓戦の後、韓国代表の朴鍾佑選手が「独島(竹島の韓国側の呼称)は我が領土」と書かれたカードを掲げてピッチを歩き回った件を批判すると、友人は「何がいけ無いのですか?」と真面目な顔で答えて来て本田さんを驚かせた。竹島関連では、他にも呆気に取られる様な出来事があった。

 知人の自宅を訪問した本田さんに対して、初対面の友人の母親は「『独島は私達のものだから!』と笑顔で言う」音楽イベントでも、日本人に向けて「クソ猿野郎」「独島は我が国の領土」と聞こえる様に言っていた人が居たそうだ。
 極めつけは、旅行中に何度か「とても可愛いですね、お父さんもお母さんも日本人じゃ無いでしょ?絶対」と言われたのだ。「何か見下されてるみたいで!バカにされてるみたいで凄く不快だった」と、素直に怒りの心情を吐露していた。(後略)


 現在この人のブログは様々な脅迫に遭いこの内容も消されているが、先ず考え無いといけない事は、自民族中心主義教育を受けて来た韓国人に取って、これ等の行為は悪い事とソモソモ考えていないと云う事。又、自己を絶対正義として異なる価値観の一切を認め無い彼等に取って、これは「道徳的に劣った日本人に我々が正しさを教えてやる」と云う、小中華思想から来る態度の様だ。
 そして最後の「日本人じゃ無いでしょ?」は、韓国人は学校でも家庭でも社会でも、日本人は民族として遺伝子的に劣っており、知能も低く外見も醜く背が低いと教わっている。だから、そうで無い日本人は外国人と混血したからだと思い込む訳。ハッキリと書けば、韓国は大昔の「優生学」が今でも大手を振って罷り通っている国の様だ。


 この様に韓国人は只反日と云うだけでは無く、民族主義や自民族中心主義、人種や民族への差別、血統主義と云うものが罷り通っている社会だからこそ、この様な問題が起きている。そして最後はこちら。


 




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 岩国市名所「六角亭」韓国が返還求める

 山口県岩国市の観光名所にある建築物「六角亭」を巡り、当初の所在地とされる韓国・高陽市が岩国市に返還を求めて居る事が7日に分かった。同日開かれた市議会の一般質問で市側が明らかにし「市の財産として適切に管理して行きたい」と答弁した。

 岩国市によると、高陽市は2012年頃から六角亭を切っ掛けに観光交流を進めたいと云った意向を示していたが、今年に入って六角亭の返還を強く求める様に為った。竹島や従軍慰安婦の問題を背景に挙げることもあると云う。


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       岩国で必ず行きたい!おすすめの六角亭  


 六角亭は岩国市出身の軍人で当時朝鮮総督だった長谷川好道が1918年に朝鮮から贈られ移築したとされる。現在は、改修や補修を経て公園内の施設になっている。市によると、高陽市の観光ガイド等の集団が2月、六角亭前で「返還を求める市民運動」と書いた横断幕を手に写真撮影し、韓国の報道機関に早期返還を促す動きとして取り上げられた。
 市は「2年前から視察団を受け入れ、努めて友好的に対応して来ただけに、水を差された様で残念」としている。 (共同)

[2014年3月7日19時11分]http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20140307-1267079.html


 この「努めて友好的に対応して来ただけに、水を差された様で残念」と似たような言葉は、過去日韓の交流で何度も使われて来た言葉。こう云った韓国の返還運動は、数年前に民主党政権が返す必要の無い朝鮮王室儀軌を返還したばかりに、日本各地で次々と韓国側からの要求が起きている様です。
 韓国人は常に結論ありきで思考する為「日本にある朝鮮の文化財は皆日本が奪ったものだ」と考えている。そこに根拠は無く、韓国人の中では最初から「そう決まっている」と断定します。そう云った結論ありきの思考の相手に、安易に彼等の要求通り朝鮮王室儀軌を返還してしまった為に「なら自分達も」と考える韓国人が大挙して日本へ遣って来て、少しでも朝鮮と関係があるものが存在すると「日本が奪ったんだ!返せ!」と為る訳です。


 そして、以下のニュースを見て貰えば理解頂けると思いますが、彼等の要求はどんどんエスカレートして行っているのです。


 




 日本の韓国文化財

 日本人の文化財に対する誠心誠意は、一方で執着とも見られる。日帝時代に日本が韓国から略奪して行った文化財は6万1409点に達すると調査された。1965年の韓日文化協定によって1300点余りが韓国に引き渡されて以降、日本の文化財返還は沈黙で一貫している。
 今年の三一節は国権喪失100周年に為る年と云う点で一層意義深い。その為か日本が略奪して行った文化財の還収に対する国民的関心が何時に無く熱く起きている。だが、自国の文化財に対する発掘と復元、保存には特別な誠意を見せる日本は、韓国の文化財還収に対しては前向きの態度を見せ無いでいる。文化財に対する日本の二つの顔は60年間変わら無いでいる。
 日本王室の宝物倉庫である奈良県東大寺の正倉院には、果たしてどんな韓国文化財が隠されているのだろうか。

 大田日報(韓国語)http://www.daejonilbo.com/news/newsitem.asp?pk_no=869367


 




      3-23-13.jpg 対馬仏像窃盗事件


 韓国人にとっては「日本にある朝鮮ゆかりの文化財=日本が奪った」で、そこに根拠は必要無く、それを大義名分として韓国ではあらゆる行為が正当化されている。対馬の仏像盗難も、実際の処は交流行事で韓国人を受け入れたが為に、そこから目を着けられたと云う経緯がある。だから、或る意味で安易な交流の代価とも言える。
 又、韓国は『文化財の不法な輸入、輸出及び所有権譲渡の禁止及び防止の手段に関する条約』を批准しているにも関わらず未だ仏像の返還をしていない。詰まり韓国人は国際条約を守る気が無いと云う事。韓国との交流がどれ程のリスクを伴うか、それは書くまでも無いだろう。


 以上の様に、韓国人との交流には必ず日本が一方的に損害を被るリスクが常に付き纏っているのです。そして、通常こう云った非常識な行いは国内からの批判が抑止と為るのですが、韓国はそう云った自浄作用が何も無い。民族主義が暴走しあらゆる行為が正当化され、尚且つ「自らの行いすらも他人の所為にしてしまう」と云う国民性があるので、批判等起こり様が無いと云う訳です。
 こう云った事を書くと「酷い事に為って居ない交流も存在する、安易に拒絶するべきでは無い」「良い韓国人も居る」と反論して来る人も居るでしょう。しかし、先ず知って置いて欲しい事は、ここに挙げた事例は飽くまで氷山の一角でしか無いと云う事です。

 ここで挙げた事例と似たような事例は他に数多く存在し、尚且つここで挙げた事例が特に酷い事例と云う訳でも無い。そしてその上で先ず考えて欲しいのが「韓国以外でこの様な事が起きるか?」と云う事です。当たり前の事ですが、余程の事が無い限り対韓国以外でこんな事は起き無いでしょう。詰まりこれは韓国固有のリスクと云う事です。
 世界には200近い国があり、その中で韓国は、他の国なら先ず起こり得無いリスクが非常に高い確率で起きる国と云う事です。


 




 その背景には韓国人の価値観や文化的・社会的背景に根ざした偏狭な民族主義があり、為らば、別にリスクを負って迄ワザワザ多数の国から韓国を選ぶ必要は無いのではないか?と云う結論に為るのは可笑しなことでしようか。
 殆どの日本人にとって、韓国と云うのは特別に思い入れがある訳でも無く、彼等が日本に取って特別である訳でも無い。民族主義に凝り固まった韓国人と関わると云う事は、それだけで多大なリスクを負う可能性を秘めているのです。だから「ではそんな国とは係わり合いに為ら無いで置こう」と為るのは当たり前の反応で、これは差別に為るのでしょうか?

 過去の交流の事例から既に結果は出ていると思うのです。自浄作用も無く偏狭で傲慢な民族主義者と関わって無用なリスクを負う必要は無いのです。日韓交流の問題点を私が全て把握している訳でも無いので、ブッチャケて書いてしまえば、資料整理の途中で心が折れてしまう程です。チヤんと資料の整理と体系化をして置けば、もっと確りとした内容のレポートに出来た筈なのですが・・・


 (文章・画像の一部は省略・修正しています・・・文責 管理人)

 以上




 【管理人のひとこと】

 参照頂いたレポートを要約すると「世界には沢山の国が在り、何処の国とも仲良くするのが基本だが、今までの韓国との交流の歴史から推し量ると、どうもこの国と付き合うのは考えた方が無難なようだ。何故なら・・・」と幾つかの例を挙げました。
 そして「その根本の原因は、所謂、小中華主義・儒教的影響が強く、自己肯定の強過ぎる民族観に在る様だと考えられる。自己を肯定し過ぎる余り他を否定せざるを得ず、要らぬ軋轢(あつれき)を生み出してしまうからだ」とし「この様な国民的性格が払拭(ふっしょく)され無い限り、積極的な交流は控えた方が好い」と結んで好い様です。

 これは、指摘された資料を読ま無くとも私達も大いに頷けるものもあります。確かに我々が目にし耳にする報道からは、その様な事例を含め「面倒な国民性だ、余り付き合いたく無い」と感じても仕方無いかも知れませんネ。私は10年以上大阪で生活した経験があります。
 関西方面には、数多くの在日や帰化した中国人が住まわれています。余りにも身近に生活しているので彼等に対する反感や差別は物凄く、酷い言葉で罵倒するのが日常的に行われています。言葉にするのが恥ずかしい位の汚い言葉で。
 しかし、北海道出身の私としては一人二人の在日しか知らず、彼等が模範的に真面目な人だったこともあり、尊敬してもバカにすること等はありませんでした。ですから、大阪でも何の先入観も無く何の気兼ねせず普通に付き合いました。一時の友人の彼女がそうであったり、ハッキリ朝鮮人だと名乗る店(クラブ)も馴染みとして通い、そこの娘のアパートに何度も泊まり深い関係にも進み、仲間が麻雀をするのにも何度と無く利用させて頂きました。


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 辛い物が食べたいと、彼女達と好くアチコチの韓国料理の店に行ったり、体育館の様な大きな深夜クラブに何度も遊びに行ったものです。そこは、皆が朝鮮人達で顔見知りの様でした。彼女達にアチラコチラから声が掛かり、韓国や北朝鮮へ帰った話で盛り上がっていました。
 チヂミを作って呉れたり松の実も食べたり、店のママの入院先に皆で見舞いにも行ったり、友人達や彼女達と城崎温泉へ旅行したりカニ料理の民宿へ行ったり・・・と半ば家族的交流だったのです。交流した男性の殆どが自営業者やヤクザ(残念なことに、在日の殆どの人は普通に就職が困難の為)が多く、付き合いを間違え無ければ人懐こい正直な人達だったと思います。勿論、こちらに何の悪意も無いからですが。ですから、差別も区別も無しに付き合うことは十分可能だと今でも思っています。
 深く付き合わず表面的なものしか見ていない嫌いがある、と十分に自覚していますが、初めから先入観無しで忌憚(きたん)なく向き合える日が早く来ることを願っています。
 

 



 



 



 



 




 

2019年03月22日

「日韓関係改善は15年必要」外交評論家の岡本行夫氏




 「日韓関係改善は15年必要」
 

 外交評論家の岡本行夫氏 日経ビジネス 3/15(金) 17:00配信 より引用


  
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 岡本行夫(おかもと・ゆきお)氏


 外交評論家、岡本アソシエイツ代表。1945年生まれ神奈川県出身。68年一橋大学経済学部卒、外務省入省。1991年に退官し岡本アソシエイツを設立。
 橋本内閣、小泉内閣と2度にわたり首相補佐官を務める。立命館大学客員教授、東北大学特任教授、青山学院大学特別招聘教授、MIT国際研究センターシニアフェローを兼任している(写真:菊池一郎)


 日経ビジネス3月11日号の特集「韓国 何が起きているのか」では政治から経済まで日韓を取り巻く環境の変化を取り上げた。過つてない程冷え込んだ二国間関係をどうみれば好いのか。外交評論家の岡本行夫氏に聞いた。


 ・・・国際社会の中で韓国は日本にとってどんな存在なのでしょうか?
 
 本来、韓国は日本の一番重要なパートナーに為って可笑しくない国だと思っています。国際会議で同じような立場を取り、自由貿易圏を形成し、国民の交流も増やして行くと云う相手の筈です。
 金大中大統領の時はそう云う方向に為るのかと云う望みがありました。1998年に日本の国会で「未来志向的な関係を築く」と演説した時は私も感動しました。指導者が前向きかどうかは二国間関係において大変重要です。しかし、盧武鉉・李明博・朴槿恵・文在寅各大統領は自らの政権基盤を強化する為に国民の反日感情を煽って、国内の政策を推進して行くと云う道をとりました。

 ・・・文在寅政権は過去の歴史問題に未だに言及します。日韓関係は改善でき無いのでしょうか?

 岡本 植民地支配の歴史については、日本は韓国に虚心坦懐に反省すべきだと思っています。1910年の日韓併合で日本の一部とし、彼等の国民性・国家としてのアイデンティティを奪いました。これが韓国の日本に対する怨念の淵源であり、我々はこのことをキチンと認識しないといけません。しかし戦後、日本は経済協力もし、反省もして歴史的な問題にキチンとした対応をとっています。

 処が韓国の国民性なのでしょうか。朴槿恵前大統領は就任直後の抗日独立運動の式典で「加害者と被害者と云う立場は1000年たっても変わらない」と演説し、特に若者の反日感情を煽りました。これは大きな責任があったと思います。
 そして中国に対して、伊藤博文を暗殺した安重根の記念館を共同でハルビンに造ろうと働き掛けて実現してしまいました。意図的に歴史的な怨念を掘り起こしています。それが続く限りは日韓関係の改善は無理です。

 日本政府も少し問題があると思います。例えば、どうして日本は慰安婦に日本人女性が多く居たと云う事を国際社会にキチンと言わないのでしょうか。戦場に婦女子を送ると云う野蛮な制度は勿論非難されるべきですが、韓国が主張する「性奴隷」と云うシステム等は存在しませんでした。
 実態についての日本政府の立場を事実をもって説明すれば、少なくとも欧米の印象は随分変わるでしょう。日本にとって深刻なのは韓国にどう思われているかと云う事以上に、国際社会で日本がどう思われているか、なのです。


 次も親日的な政権は現れ無い


 韓国国会議長が天皇陛下に謝罪を求める発言をしました。

 岡本 相手の歴史と国民感情を知ら無いと云う事でしょう。国会議長は本来は親日的な人なのに、日本人の神経を逆なでにする。これでは日韓関係の改善はおぼつかない。今上天皇がどれだけ戦争に対して正面から向き合って来られたか。政治サイドが忘れたようなことを天皇は自分の心の重荷としてずっと担いで来られて、日本国民全員が大変に尊敬している。それが分かっていたら出るような言葉では無い。親日層・知日層でもアンナものかとガッカリしました。

 ・・・文在寅政権の対北朝鮮、対米、対中、対日政策をどの様に評価していますか?

 岡本 北朝鮮との融和に前ノメリに為って居ることが心配です。そのことに全ての優先順位を置いているが故に、日本との関係が悪くなっている。今までの韓国の政権は米国との関係を重視して中国・北朝鮮との関係を悪くするか、中国・北朝鮮との関係を重視して、米国との関係を悪化させるかのどちらかでした。
 処が文政権は米中と上手くやっている。その代わりに日本を切り捨てている。対日関係は文大統領が改善したいと思わ無い限り前に進みません。

 米国は韓国が北朝鮮に寄り過ぎていると懸念し始めていますが、韓国が米朝協議のお膳立てをしたと云う意識はあります。日韓関係については、もう少し韓国は日本に対する態度を変えるべきと云う意見が徐々にワシントンで強く為って居ます。
 中国で次に指導部に為るのは「第6世代」と言われる、今の40代後半から50代半ばの人達です。欧米に留学し日中関係の蜜月時代の胡耀邦氏の時代に育った、日本に対して中立的な人々です。処が韓国でその世代に対応するのは60年代生まれで、80年代に民主化運動に参加した反米・反日の「386世代」。文氏から次の世代の政権に移ると、世代の平均値としては対日感情が厳しく為って行きます。

 文政権の次に親日的な政権が突然現れることは考え難く、次が保守政権であっても難しいでしょう。韓国の大統領は任期が終わると逮捕される人が何人も出る。だから国民受けする政策を執って政権基盤を盤石にしないといけなくなる。最も手を付け易いのが対日批判と云う構図は変わっていません。
 だから、当面打つ手は無いのでは無いでしょうか。関係改善には15年は必要だと思います。「好く話し合って相互理解を深めるべき、未来志向で行くべき」と言いたいですが正直な処難しい。ダメージコントロール、詰まり国際社会に説明すること等により、日本がどうしたら被害を極小化出来るかを考えるべきと思っています。
 しかし、日韓関係には期待出来る面もあります。人口が5100万人の韓国から年間750万人の観光客が日本に来ている。これは韓国の対日感情を着実に変えて行くことに為ります。日本に来てみれば徴用工や慰安婦で連想する様な日本とは全く違うことが判って貰えると思います。

 ・・・日韓関係が悪いままで、安全保障上の問題は生じませんか?

 岡本 米国も含めた東アジアの安保関係は、これから困ることに為るでしょう。自衛隊と韓国軍が共同行動をすることはあり得ません。しかし、在日米軍と在韓米軍は、共にハワイのインド太平洋司令部の基にある同じ軍隊で、夫々の役割によって日本と韓国に置かれています。
 在日米軍は韓国防衛にもあたるし、在韓米軍は日本防衛にもあたります。これは米軍の集団的自衛権の適用です。処が米軍を置いている日本と韓国の関係がこれだけギクシャクすると、それが上手く運用出来るのでしょうか。

 トランプ大統領が在韓米軍の削減の方向に向かった場合、日本の安全保障を脆弱化させます。そう云う事もあって本来、日韓の協力体制は必須ですが、それが出来る状況で無いなら、日本としては米国と協力しながら独自に北朝鮮に対する抑止力を増強することが一層重要になると思います。

 尾島 島雄


 以上




 
 日韓関係の悪化は止められ無いのか?


 日韓シンポジウムの女子高生の質問から考えた関係悪化の元凶と改善への提案

 高橋 浩祐 国際ジャーナリスト 2019年02月17日より引用


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       国際ジャーナリスト 高橋 浩祐氏


 悪化の一途を辿る日韓関係

 日韓関係が悪化の一途を辿っている。特に2018年秋以降、旭日旗問題や元徴用工訴訟、元慰安婦支援財団の解散、レーダー照射等様々な問題が噴出している。
 直近では、韓国の文喜相(ムンヒサン)国会議長による「天皇陛下謝罪」発言が日本国内の反韓感情を煽(あお)り関係が悪化。安倍首相や韓国の李洛淵(イナギョン)首相を初め、日韓の政治家達が非難や批判の応酬を繰り広げる事態に陥っている。
 日韓の専門家の間では、両国の関係が1965年の国交正常化以来最悪の状態に陥っているとの見方さえ広がっている。本来なら冷却期間を置いて関係改善の方策を模索すべきだが、そんな暇も無い程、次から次へと問題が発生しているのだ。

 日本による朝鮮半島の植民地支配は74年も前に終わった筈なのに、何故未だに日韓は歴史や過去を引きずっているのか。何故今に為って日韓関係が政治レベルでこれ程までに泥沼状態に陥っているのか。今の日韓の険悪ムードに戸惑ったり、嫌な思いをしたりしている人々もキッと少なく無い筈だ。

 聴衆の胸を打った女子高生の質問

 2月9日、慶應義塾大学である催しがあった。東アジア研究所現代韓国研究センターが開所10周年を記念して開いた日韓の公開シンポジウムである。
 そこで、高校2年の日本人女子生徒(17)が発した質問に多くの出席者は胸を打たれた。政治や軍事などの「ハイポリティックス」における日韓関係の悪化が、どんな影響を子供達に与えているか。彼女の問いはそれを鮮明に示していたからだ。
 
 質問は以下の通り

 00女子高校2年の00と申します。とても緊張していて上手く話せるかどうか分から無いのですけれども、あの、今、凄く日本と韓国の関係が悪化していると云うのを毎日ニュースとかで見てて、私自身、凄く韓国の文化も好きだし、私の友達にも在日韓国人の子も居たりして、そう云う日韓が悪化するニュースで(友達が)肩身の狭い思いをしているのも見てて私も心が辛かったりするんです。
 けど、そう云う私達の世代はとても韓国の文化とかに興味がある子が多くて、今の政治を担っている世代は、やっぱり韓国に対して、ウ〜ン、嫌な感情と云うか、そう云う感情があって、韓国の今の政府の世代も、日本に対して余り良い感情を持っていない世代と云うのを知って、今の私達がもし政治を担う世代に為ったら、どのように変わって行くのかなと云うのを、どの様に変わって行くのかなと云うか、どの様に変わるのかなと云うのを、予想でも好いのでお聞きしたいなと思います。

 この質問に「大人」はどう答えたか? 

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     静岡県立大学の小針進教授

 シンポジウムで「大人」の代表として回答した静岡県立大学の小針進教授は、50年間に800万人規模の青少年交流を行った戦後の独仏両国の取り組みを紹介しつつ「日韓の青少年交流を更に強化すべきだ」との未来志向の提言を示した。
 小針教授の提言に、会場にいた筆者は大いに得心した。大人達は、日韓関係で子供達に辛い思いをさせるより、子供達の未来に向かって、信頼醸成のアクションプログラムを少しでも作ってあげる役目を担うべきではないか。そう思った。

 在日韓国人の同級生へのいじめにつらい思い

 そもそも女子高生は何故、ここまで日韓関係に関心を持ったのだろうか?興味を惹かれ、後日、この女子高生に直接話を聞いた。
 彼女は、元々韓国の音楽やドラマ等文化が好きだったが、加えて小学生の頃の幾つかの「出来事」が韓国への関心を高めることに為ったと云う。具体的には、尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁巡視船に衝突した2010年の事件や、2012年の韓国の李明博(イミョンバク)大統領による竹島(韓国名・独島)上陸だ。
 当時、同級生の在日中国人や在日韓国人の子供達が「オ、尖閣」「オ、竹島」等と呼ばれ、苛められていたことに幼心ながら心を痛めていたと云う。
 「あの時は何もして挙げられ無かった」と悔やみ、韓国や朝鮮半島の問題に関心を持つように為ったという。

 世論の悪循環をもたらすもの

 日韓シンポジウムでは、慶應義塾大商学部に留学している韓国人学生の発言も印象に残った。

 「韓国のSNSで日本の立場を説明すれば『親日だ!』と批判される。日本のSNSで韓国の立場を説明すれば『在日だ!』等と批判される。どうしたら好いのでしょうか。双方の世論悪化で悪循環に為って居る」
 この学生だけでは無い。今や、韓国を専門にする日本人の学者や言論人が、現況を説明する為に韓国の立場を述べただけで「親韓だ!」「反日だ!」等と言われる状況にある。前述の小針教授も、こうした状況において生じる「相手国での自国理解者の苦境と離反」の問題を指摘していた。

 筆者は、日韓関係の悪化が進む背景として、一部の政治家や元外交官、そしてメディアの存在が大きいと感じている。国内向けのポーズでナショナリズムを全面に出した日韓の政治家が、互いに強い言葉で責め合い、問題を煽り助長して来たフシはないか。
 愛国心は理解するが、ナショナリスティックな発言で人気取りに走るだけで好いのか。本来、政治家には世論の暴走を抑えたり自重させたりするバランス感覚も必要な筈だ。

 日韓シンポジウムでも、韓国の峨山(アサン)政策研究院の申範K(シンボムチョル)安保統一センター長が「政治家リスク」を指摘「日韓共に政治家のレベルが低く為り、世論や大衆に迎合すると云う慣行が定着している」と述べていた。
 政治家だけでは無い。メディアも日韓対立を過度にフレームアップし、視聴率主義や発行部数増、ページビュー稼ぎと云った商業主義の罠(わな)に陥り勝ちだ。

 そんな中、日韓関係の改善を目指し底支えしているのが、昨年は1000万人を超えた日韓の人的往来、民間交流だ。韓国の音楽グループ「TWICE」や「BTS(防弾少年団)」等、若者の音楽文化交流も日韓の架け橋に為って居る。

 文政権が求める「被害者中心主義」

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             文在寅大統領

 2018年は、日韓の歴史的な和解の一里塚と為る1998年の「日韓パートナーシップ宣言」から20年周年だった。それを経てもなお、日韓関係に歴史問題が影を落とす理由は何か。
 ソウル大学日本研究所の南基正(ナムキジョン)副教授はシンポジウムで「文在寅(ムンジェイン)政権が慰安婦問題など歴史問題で被害者中心主義と云う原則を求めている」と指摘した。両親が北朝鮮からの避難民で、貧しい家庭に育ち、大学卒業後は人権派弁護士としての道を歩んだ文大統領の生い立ちも、社会的な弱者である「被害者中心主義」に向かわせているとみられる。

 又、1965年の日韓基本条約締結時、政府間で賠償請求権を互いに放棄したものの、韓国社会では「当時は軍事独裁政権の朴正煕大統領時代。今は市民は強く為った」「道徳的に正義が貫かれるべきだ」との「個人請求権」の意識が高まって来ている。
 これに対し、日本は法を重視し条約を守られ無ければ国と国との関係は成り立た無いとの立場を貫いている。日韓の社会的なメンタリティーの違いを映した「道徳・正義 vs 法」の対立だけに解決は難しそうだ。

 相性が悪い?安倍首相と文大統領 

 安倍首相と文大統領の相性の悪さも今の日韓関係の悪化に繋がっているとみられる。祖父に岸信介元首相、父に安倍晋太郎元外相を持ち「銀のスプーンをくわえて生まれて来た」名門出の安倍首相。一方、文大統領は「土のスプーンをくわえて生まれて来た」と言われ、反政府の学生運動で刑務所に収監される程の挫折を経験した左派。日韓首脳会談は国連総会の場等でのサイドライン(ついで)でしか行われず、日帰りで訪問出来る近さにも関わらず、日韓シャトル外交は2011年12月以来一度も実施されていない。

 ソウル大学日本研究所の南副教授は「到頭2019年の新年の記者会見と施政方針演説の場において、両国首脳が相手に対して最小限の言及もせず無視すると云う事態が起きた」と指摘。日韓関係が2018年に「管理から放置へと変わった」と述べている。
 南北の関係改善に伴い、韓国にとっての日本の政治・安全保障上の重要性が低く為って居ることも日韓の離反を加速する。更に、国際的な政治力や経済力の増加が韓国の自信に繋がり、相対的に力が衰退している日本軽視に向かっている面も大いにあろう。

 又、朝鮮戦争の休戦体制を終わらせ、朝鮮半島に恒久平和をもたらしたい韓国に対し、日本は、南北分断を前提に戦略的な均衡を保って来た北東アジアの安全保障を一気に激変させたく無いと云うのが本音だ。こうした構造的な地殻変動を巡る問題も、日韓関係を根っこから動揺させているとみられる。

 以上


  次にNHK解説を参照します





 

2019年03月20日

「人口が減ると経済はマイナス成長」は本当か?



 
  




 「人口が減ると経済はマイナス成長」は本当か?


 データが示すのは、それとは異なる姿だ



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 吉川 洋 氏  立正大学経済学部教授  著者フォロー 2018/06/04 6:00


 




 経済成長には、人口減少より重要な要因が存在する


 日本の将来人口は、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が5年毎に100年先までを見通して推計している。最新の推計は2017年4月に出された。
 新推計によると、1人の女性が生涯に産む子どもの数が現在と変わら無ければ、日本の人口は2053年に1億人を割り、およそ半世紀後の2065年に8808万人、更に100年後の2115年には5056万人まで減少して行く(出生中位)。
 今から100年前の日本の人口は5500万人(1918年、大正7年)だったから、この国は100年掛けて人口を7000万人増やし、これから100年掛けて今後は7000万人減らして100年前の姿に戻ると云う訳だ。


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 急激な人口減少と並行して高齢化率(65歳以上が全人口に占める割合)も上昇していく。これが様々な問題を日本の経済や社会に生み出すことは、好く知られている通りだ。既に顕在化している深刻な問題としては、財政・社会保障に与える影響、そして地域社会に与える影響、いわゆる「消える市町村」などが挙げられる。
 高齢化により年金・医療・介護保険など社会保障の給付は膨らむ一方、少子化で支え手のほうは減って行く。社会保障のファイナンスは当然難しく為る。

 今年度に入り、この4月から65歳以上の人が支払う介護保険料は全国平均で6%引き上げられ、月額5800円に為った。介護保険制度が始まった18年前に比べ保険料は2倍に為った。地域によるばらつきも大きく、最も低い北海道音威子府(おといねっぷ)村の3000円と、最も高い福島県葛尾村の9800円の間には3倍以上の開きがある。今後も団塊世代が全て後期高齢者(75歳以上)と為る2025年度には、全国平均で7200円、更に2040年には9200円と保険料は上がり続ける見込みである。


  




 共有される「人口減少=マイナス成長」



 この様に人口減少と高齢化は、確かに日本の経済・社会に深刻な問題を生み出している。しかしその一方で、人口が減り働き手の数が減って行くのだから、日本経済のこれからの成長率は好くてゼロ、自然に考えればマイナス成長だろう、と云う様な考えが広く共有されている。 こうした考えは誤りである。
 このことをメインメッセージとして『人口と日本経済』(中公新書)と云う本を2年前に書いた処、幸い多くの読者に迎えられたが、その中で幾つか真っ当な疑問が寄せられた。ここでは、その内の1つを取り上げ考えてみることにしたい。

 本の中では、1870(明治3)年から20世紀の終わりまで125年間の人口と実質GDP(国内総生産)の推移を比較した図を掲げ、マクロ経済の成長が決して人口によって決まるものでは無い、と云う事をビジュアルに訴えた。 (指定された図では、虚実にGDPの上昇と人口増加の関連性は無いと物語っている)
 この間、GDPと人口は殆ど関係無い程に乖離している。戦後の日本経済にとって最大のエピソードといっても好い高度成長期(1955〜1970)には、経済は年々10%成長したが、人口の伸びは約1%程度だった。1%という数字は、全人口、生産年齢人口、労働力人口、どれを取っても大差は無い。毎年10%−1%=9%ずつ「1人当たりの所得」が上昇していたのである。


  




 それは人口減少時代にも成り立つか?


 この図のメッセージは、幸い多くの読者のハートに届いたようなのだが、その中に「ちょっと待って」と思った人もいた。図は20世紀末で終わっているが、この図に描かれている125年間は人口が増えている時代だ。人口が減り始めたら、どうなるか分からない、と思った人がいたのである。
 これはもっともな疑問だ。人口減少は確かにそれ自体としては経済成長にとってマイナス要因である。しかし、先進国の経済成長は人口要因よりも「1人当たりの所得」の上昇によってもたらされる部分のほうが大きい、という結論は、人口減少の時代にも人口増加の時代と同じように成立するのである。

 百聞は一見に如かず。人口が減り始めた現在の日本経済の実績を見ることにしよう。厚生労働省社会保障審議会・年金財政における経済前提に関する専門委員会(2017年10月6日)の資料にある過去20年間(1996-2015)の「成長会計」の結果は次のとおりだ。
「成長会計」というのは、実質GDPの成長率を資本投入・労働投入と、それでは説明できない残差としての「全要素生産性」(Total Factor Productivity、頭文字をとりTFP、通常イノベーションないし技術進歩を表すものと解釈されている)、3つの要素それぞれの貢献に分解する手法である。


 




 重要なのはやはりイノベーションだ!


 サテ、結果をみると、1996年から2015年まで、この間には1997〜1998年の金融危機、2008年のリーマン・ショック、2011年の東日本大震災などさまざまな出来事があった。にもかかわらず、20年間の平均成長率は0.8%、そのうち資本投入の貢献分が0.2%、労働投入はマイナス0.3%であり、TFPの貢献が0.9%となっている。

 注目されるのは、労働投入の貢献分マイナス0.3%である。この期間、人口は減り始め、それに先立ち労働力人口は減少してきたから、労働の貢献は0.3%のマイナスになっている。しかし、TFP(イノベーション)の貢献0.9%により日本経済は年々0.8%ずつ成長した。人口が減っているから1人当たりに直せば、1%を超える。人口減少それ自体はマイナス要因だが、先進国の経済成長にとっていちばん重要なのは、やはりイノベーションなのである。

 以上


 



 





   人口減少は経済成長を促す要因にも為り得る

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        明治大学 政治経済学部 准教授 飯田 泰之氏


  日本の少子化傾向は歯止めが効かず、今後、人口減少は 進むといわれています。それにともなって経済もマイナス成長に為るといった悲観的な言説が一般的になっていますが、一方で、それは強調し過ぎでしょう。人口減少のインパクトは時に誇張され過ぎています。更に人口減少はネガティブな影響ばかりでは無いのです。


 




 人口減少によって日本の経済成長率は下がるが…


 飯田 泰之 日本の人口減少が、経済成長にとってネガティブな影響を与えることは間違いありません。しかし、そのインパクトについては強調され過ぎています。
 例えば、標準的な経済成長理論の手法では、成長会計の方法を使って経済成長の要因を分析します。成長会計とは、GDP(国内総生産)の成長を資本と労働の増大によって説明できる部分と、技術進歩による部分とに分解して、夫々の要因の寄与度を計算する手法です。

 先ず、人口が減少すれば、当然、労働人口が減少します。その影響は、働き手が1%減少すると、経済成長率は0.65%位下がると考えられます。現状で日本の人口が最も減少する2030年前後を考えると、先ず、労働年齢人口が1.5%減少します。一方で、女性の労働参加率の向上や、60代の労働参加率の上昇が今の傾向のまま続くとすると、実際の働き手の減少は1%少々と見込まれます。
 すると、経済成長の下押し効果は0.7%位に為る。先進国の平均的な成長率は2%弱ですから、日本の場合はここから0.7%引いた1%程が経済の基調的な成長率に為って行くと予想できるでしょう。そもそも年率10%で経済成長していた高度成長期でさえ人口増加率は1%台だったことを思い出す必要がある。
 経済成長は人口ではなく、人口以外の要因――なかでも技術進歩・効率向上によって決まる部分が大半なのです。そして、この技術進歩にとっては、人口減少による働き手不足は決してマイナスでは無い側面があるのです。


 




 歴史を見ても、人手不足が技術進歩を促進させる


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     ファクトリー・オートメーション FA


 人手不足によって技術進歩を加速させた経験を、日本は既に持って居ます。典型的なのは、1980年代のFA化(ファクトリー・オートメーション)です。当時、日本の経済の規模はかなり大きくなり、海外展開をするように為ってきましたが、団塊の世代とそのジュニア世代の狭間で、若い労働人口が減少した時期でした。
 人件費の高騰対策と、人手不足を補う為に、日本各地の工場は一斉に無人化に取組み始め、日本の工場の自動化技術は大きく発展しました。工場が無人化を目指すことで工作機械メーカーが潤い、研究開発に積極的に投資する余裕が生まれ、その結果、更に優れた技術開発が促進すると云う好循環が生じたのです。
 こうした例は日本に限りません。産業革命を起こしたイギリスも、当時は世界中に植民地を展開し、市場を拡大させて行く中で、生産力を上げる為には人手不足と為ったことが、工場機械工業を設立させた要因のひとつだとする研究もあります。


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 日本のFA化の技術進歩は1990年代の半ばくらいまで続き、世界的に見ても、日本のロボット技術の優位は明確でした。しかし、バブル経済が弾け景気が下降すると共に、人手が余剰傾向に為ってくると、企業は低賃金で働き手を集めることが出来る様になり、この様な省力化投資に消極的に為りました。
 その結果、機械技術開発にお金が回らなくなり、ロボティクス部門技術進歩は停滞するようになったのです。近年の技術進歩の一番大きな波はAI(人工知能)とロボティクスですが、見方によっては、日本はアメリカやドイツに対して、後れを取っている分野が多いと言われるようになっています。
 しかし、労働人口の減少によって人手不足が深刻に為ってくると、AIとロボティクスの技術で、様々なルーティンを回す仕組み作りを考えていかなければなりません。その時に技術進歩は大きく進展する筈です。

 ハード面の技術進歩と並行して、ソフト面の技術進歩も非常に重要です。そもそも日本に限らず先進国では、サービス業が7割以上を占め、商品そのものにも増して、サービスの部分によって商品の優位性を築くことが多くなっています。
 例えば、店舗運営にAIやロボットを活用する時、それを顧客サービスとして上手に使いこなすには、企業のワークフロー改革が必要です。このような「慣れ」や「工夫」は研究室で見つけられるものではありません。現場でトライ・アンド・エラーを延々と繰り返す中で見つけていくものです。


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        第四次産業革命 AI・ロボット


 このような活動によってAI・ロボティクス技術そのものでは無く、それを活用する知恵が集積されます。こうして集積された知恵は、ハードな技術そのもの以上に重要なこともあるでしょう。人口減少は日本だけでは無く、世界が直面する問題です。
 その対応として日本のAI・ロボット活用方法を世界に売り込んで行くとき、この知恵を基にしたマニュアルを持っていれば、技術と合わせたパッケージ商品として優位に立つことが出来るでしょう。ソフトは、非常に大きな競争力の源泉と為るのです。

 このように、成長会計の手法で経済成長の要因を分析すると、労働力の減少によるマイナスはあるものの、その労働力の減少によって起こる技術進歩は、労働力の減少によるマイナスを補って余りある効果を生み出す可能性があるのです。


 




 AIの進歩によって人のライフスタイルも変わる


 飯田 泰之 一方で、こうしたAIやロボティクスが発展した社会では、人はどうなるでしょう。日本を含めて世界中で研究されているAIは、或る程度限定された目的に対して最適な解を与える様に学習を行う「特化型AI」と呼ばれるものです。もっとジェネラルなスキルをもった「汎用型AI」が登場すると、今ある仕事の8割がなくなると云う予測があります。

 歴史を見ると、技術の進歩による失業は多々ありましたが、それは主に肉体労働の分野でした。しかし、膨大な情報をハイパースピードで処理することが出来るAIが実用化されると、例えば、難しい手術などは行わず日常的な診断を行っている医師、判例の調査などを行う弁護士事務所の法律専門事務員など、学歴や経験、熟練が必要とされて来た仕事もAIに取って代わる可能性が高いのです。汎用型AIが登場すると、その傾向は加速すると言われています。


  




 この様な世界で、人はどのような仕事を担うように為るのでしょう。マネージメント層と呼ばれる意思決定と責任を担う経営層、全く新しいア
イデアを生み出すクリエイティブ層、そして、人に癒やしを提供するホスピタリティ層に為ると云われます。
 経営層やクリエイティブ層の人員数はある程度限られているので、多くの人はホスピタリティ層に就くことでしょう。それは、収入の点で二極分化に為るかも知れません。AIの進歩は経済の成長を高めますが、最も成功したAI関連企業によるウィナー・テイク・オール、詰まり一人勝ちの可能性が高いからです。
 しかし、AIが社会インフラと為るほどに進歩、発展した時、その利益は社会全体のものという考え方が起こるでしょう。詰まり、形としてはウィナー・テイク・オールであっても、その利益は社会全体に平等に配る、再配分政策が考えられる筈です。最低限所得保障を行うベーシック・インカムなどの導入が必要になる。


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 しかし一方で、ホスピタリティの価値は今よりも遥かに高まる筈です。と云うのは、既に私達が欲するものは、ものでは無く、形の無いサービスやストーリーを求める様に為ってきているからです。
 例えば、心が癒やされる自然の眺めが味わえる、心地良い快適な旅館には、何度でも訪れたくなるでしょう。その時必要なのは、ホスピタリティであり、それを可能にするのは人なのです。効率を追い求める作業はAIとロボットに任せ、人は効率を余り求め無い働き方にシフトし、そこから商品を提供して行く社会に為って行くのではないでしょうか。

 ものの消費には限界がありますが、非物質化したサービスには消費の限界がありません。そのような価値観の下では、人口減少による国内マーケット縮小の影響も、悲観する程大きくは無い筈です。
 人口減少を悲観するばかりでは無く、それはAIが技術発展する機会と為ります。発展したAIによって人々が快適に暮らせる社会づくりに、目を向けるべきではないでしょうか。

 以上


 



 



 
 イノベーションの意味と身近なイノベーション事例7選 より引用


 本やネットで好く耳にする「イノベーション」最早ビジネス現場では聞か無い日は無い位に飛び交っている言葉の1つです。しかしあなたは「イノベーション」と云う言葉の意味を確り理解した上で使用していますか?
 今回は「イノベーション」と云う言葉について説明に加え、身近なイノベーションの事例をご紹介します。是非この記事を読んで「イノベーション」についての理解を深めてください。


 イノベーションとは

 物事の「新結合」「新機軸」「新しい切り口」「新しい捉え方」「新しい活用法」(を創造する行為)のこと。一般には新しい技術の発明と誤解されているが、それだけで無く新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革を意味する。
 詰まり、それまでのモノ・仕組みなどに対して全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出して社会的に大きな変化を起こすことを指す。(※Wikipediaより抜粋)/span>

 Wikipediaをはじめ、イノベーションの意味をネットで検索すると小難しく説明されている事が多いです。しかし分かり易く一言で言うと「在りそうで無かったもの」と定義出来るのではないでしょうか。では何故そう言えるのか、イノベーションの具体的な事例を紹介します。







 身近なイノベーション事例


 




【キーボードを無くしたことで電話を再発明したiPhone】


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 Appleに魅了され、iPhoneを持っている方は多いと思います。今までのガラケーと根本的に違う点は「キーボード」をなくし画面だけにしたことでしょう。「指で画面操作する」という誰でも簡単に操作することができる点を採用したことでこれまでのスマートフォンとは異なる斬新なデバイスを開発したのです。
既存のものから何かを引き算するという考えから生まれたイノベーションの例です。

 
  




 【友人の友人を可視化したことで世界を小さくしたfacebook】


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「スモールワールド現象」という言葉をご存知でしょうか?これはネットワーク論の1つで「平均6人以上の友人を介すと世界中の誰とでも間接的な知り合いになれる」という仮説です。
 この現象を可視化したものが今やユーザー数10億人を誇るface bookです。Face bookは「自分と相手の共通の友人やその人数」を表示してくれます。そのため自分がつながりたいと思う人を検索した時に、その人との共通の友人が表示されるとどこか親近感を感じますよね。このようにFace bookは友人の友人を可視化したことで世界を小さくしたのです。
「実名であること」「実際に出会った人としか友人にはなれない」というルールを課したことでイノベーションが生まれた例と言えるでしょう。


 

 


 【人々の行動様式を逆に利用するクレジットデビットカード】


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 クレジットデビットカードをご存知でしょうか?他のクレジットカードと何が違うのかというと購入時に口座から直ぐ引き落とされるカードです。しかも端数分を繰り上げ、切りの好い額で精算して呉れます。詰まり15,300円の商品を購入すると16,000円が引き落とされます。そして差額の700円が貯金口座に振り込まれる仕組みとなっています。
 これがアメリカ中下層に大ヒットしたのです。その理由がアメリカでは貯金出来ない人の行動を分析した処、購買機会が多いことが発見されたのです。デビットカードはこの購買機会が多い人程貯金が貯まる仕組みにした処です。貯金する為にお金を使うことを抑制するので無く、人々の行動様式を逆に利用することがまさにイノベーティブと言えるでしょう。


 




 【業界初めて成功報酬型ビジネスモデルを市場に持ち込んだJobSense】

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 タウンワークやフロムエー、anなどの紙媒体のビジネスモデルは求人を紹介する広告の枠の大きさによって掲載費が異なります。しかしそもそも求人を記載する広告枠の大きさによって広告効果が異なるのか?そう疑問を持ったのがJobSenseを運営しているLIVESENSEです。

 バイト求人を記載する企業は採用が決まることを期待しているからこそ掲載費を事前に払うという前提があります。しかし求人に対して応募が無かった場合は投資した広告に対して見返りを回収することは不可能です。求人を掲載する企業からすればこれがネックと為っていました。リブセンスは採用が決定した時に初めて掲載料を支払う成功報酬型の導入することでこの不満を解消しました。
 このモデルを採用することで企業もリスクが完全に無く為ったのです。又ユーザーに対して祝い金制度を導入したこともユニークなアイデアです。この制度を導入したことでユーザーの意欲が高まりサービスの成長を推進したと言えるでしょう。


 




 【途上国の子供達の教育支援を行うe-Education Project】


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 途上国の子供達の教育支援を行っているe-Education Projectと云うNGOが日本に存在します。この団体は途上国の教育格差を解消する為に映像教育モデルを展開しています。創業者の税所さんは自身の東進ハイスクールの映像教育の体験を元にお金や距離の問題で良いチャンスに出会えない子供達の為に最高の授業を提供しています。
 以前から途上国では先生不足に悩まされていましたが、1人の先生の授業を映像化することで解消され、子供達にも平等な教育機会を与えています。「東進ハイスクール」のビジネスモデルを途上国に輸入することで途上国に教育によるイノベーションを起こしている例です。


 




 【メガネの常識を変えたJINS】

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 以前までだとメガネは「視力が悪い人がするものだ」という認識が一般的でした。この常識を変えたのがJINSです。JINSはPCやスマホから発せられるブルーライトが多く発生していることにいち早く気付きました。それがブルーライトをカットするJINS PCです。これによりメガネをは視力矯正の役割だけで無く、「目を守るもの」という新しい常識を創造したのです。


 




【徹底的な消費者の立場に立って作られたAKB48】

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 今や国民的アイドルのAKB48。総選挙の度に私達をワクワクさせるこのアイドルグループにもイノベーティブな要素が隠されています。

 それはファンによる人気投票でメンバーを格付けすると云うゲーム的要素です。今までのアイドルグループと云うのは提供者側の理論で作られた商品でした。メンバー構成や各メンバーのキャラ付けが一方的に提供者側で操作されてる為、アイドルと云うものはテレビの中の憧れの存在だったのです。
 CDに投票券が1枚入っており、自分が誰に投票するかでその子のアイドルとしての市場価値やメンバー構成が変化します。この様にシンプルではありますが、自分の関わり方次第でアイドルの物語が変化すると云うゲーム的要素が爆発した人気を生んでいる原因の1つだと考えられています。


 まとめ

 いかがだったでしょうか?「イノベーション」に対する理解が深まったと思います。どの事例を見ても判る様にイノベーションは「アァその手があったのか!」と云うものばかりです。「ありそうでなかったもの」これがまさにイノベーションだと思います。
 決して自分には無縁の話だとは思わず、物事を色んな視点から考え直すことからイノベーションの第一歩が始まるのではないでしょうか。

 以上 



 
 





 【管理人のひとこと】


 色々と引用させて頂き、ありがとうございます。サテ、各種メディアは、少子高齢化・人口減少するから日本の将来は大いに不安である・・・と連日報道し、政府や民間の統計を示し、最後には日本は消滅してしまうのでは無いかとの不安感や焦燥感が満逸しています。確かに現実に年々人口は減り続け地方の過疎化は止まらず、子供の絶対数が減り廃校が相次ぎ、ゆくゆくは5軒に1軒は空き家に為るだろうと・・・
 この手の報道は、読者を驚かせショックを受けさせると同時に「消滅」と云う決定的文字を打ち込むことで多くの人達が二度と立ち直らさせ無い様な強烈なインパクトを与えます。記者や論者は、事例を取り上げて将来への警告・警鐘を鳴らす積りだったのでしょうが、それが独り歩きして雪だるまのように肥大化されて行きました。


 




 政府を始め多くの人達は、その対策に前のめりと為り早々に対策へと打って出ます。人口減少⇒子供を産ませよう、若い人を沢山結婚させよう、労働力減少⇒女性を働かせよう⇒保育所を増設し無料に⇒外国人を受け入れよう・・・火事場の前で右往左往する野次馬の様に、邪魔なだけのその場限りの対処療法をパチンコの当たりの様にゾロゾロバラバラと出してきます。一体、この中の何が効果を挙げたのでしょうか。
 多くの人達が一つの考えに熱中し集中すると云うことは、過去の歴史では余り好いことは無かったのです。海外侵略だとか戦争へと結びつく事例が多いのです。その様に集中することをパニックと呼び、異常であり危険でもあるのです。

 そこで、このマスコミや政府の報道を全否定するのでは無く、それを認めた上でも、その中身を精査し再評価して将来への道を指し示そうとの考えも並行して出てくるのが自然の流れです。人はどうしても一方向へと流される傾向が強いのですが、必ずそれに反する動きも出てくるのです。これが、渦巻き現象とでも云うのでしょうか、大きな流れを少しでも緩やかに押し留め様とします。実は、何時の時代でも本質は後者にあるようです。
 富国強兵政策で海外に植民地を、資源を確保しよう!と勇んでいた国民を「侵略」と否定し「平和」の大切さを啓蒙して他の道を進もうと考えた人が居ないでは無かったのですが、結局多くの国民の声が戦争へと進んだのが戦前の我が国でした。

 この様な過ちを二度と繰り返さない様、私達は、このショックからパニックを起こさない様に強い精神力を持たねば為りません。報道に一喜一憂せず、確りと物事の本質を捉え無ければ為りません。それには、多くの報道の本質を見極め、その本質を正当に解釈する力が必要です。


 



 
 サテ、今回は「イノベーション」と云う言葉が数え切れぬほど出てきました、そして、その解説も事例も参照しました。難しい定義では無く「今までなかった新しい0000」0000は、機械や装置だけで無く、思い・考え方・思想・空間も含まれるのです。
 しかし、このイノベーションの成功例は何時までも続くものでもありません。一斉に飛び付きブームを起こすと、溢れ返った現象への飽きが来てしまい直ぐに陳腐化してしまうのです。そして、別の新たなイノベーションが生まれてくるのです。

 例えば成功例としても取り挙げられた「AKB48商法」ですが、今でも多くのファンが存在しています。が、次々と同じものが生まれ今や世の中に溢れ返って居るのが現状です。ホンの氷山の一角が生き残るのでしょうが、日の目に遭えない地下アイドルが数多く存在し、過当競争廉価販売の真っ盛り。
 卓越した美人でも無く独創的な技量も無く、只の素人の集まりのグループで、ファンが彼女達を育てる「たまごっち」遊びなのが斬新なイノベーションだったのです。「育てる喜び」を求めてファンは熱心に応援するのです、親の心ですね。


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          Perfume(パフューム)


 私個人としては、アイドルと呼んで好いのかどうかパフュームを応援しています。独特な楽曲と唄に、特異な踊りに電気的効果の舞台装置・・・それらがマッチして未来の社会を想像させるイメージを膨らませるのです。或る時は彼女達はロボットの様に踊り撥ね、或る時は水の中の植物の様に揺れ動く・・・彼女達は並外れた努力と才能を磨きここまで精進を続けて来ました。
 AKB48とは少し異なったジャンルの様ですが、安室奈美恵やマイケル・ジャクソンに匹敵するエンターテイメントだと思っています。世界に活躍の場を求めても十分通るのですが、日本を忘れ無い様にお願いしたいものです・・・


   動画「不自然なガール」

    


 



 























   

 
 

 






少子高齢化は 新たなチャンスの到来!



 
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 日本の課題とは?

 米中の経済摩擦による中国経済力の鈍化が世界に影響を及ぼし、アメリカや日本を始め世界的に経済低迷へと進んでいるかの様な雰囲気が醸し出されています。トランプ氏が一方的に中国への関税を高め、貿易収支の改善を試みたのですが、米中の関係は既に切っても切れ無い程に広範囲に深化していて、中国からの輸入を減らすとアメリカ自体に直接影響する様にまで為ったのです。
 それは、世界の工場足る中国の経済にブレーキが掛かり、世界中から中国へ輸出される全てのものが減少してしまい、延いてはアメリカの産業にも広範囲に影響してしまったのです。このブログで以前に紹介した様に、日本から中国への輸出も急激に減少し、日本経済にも大きな影響を与え様としています。


  




 アベノミクスの真価が疑われ、昨今の日本の実質GDPの伸びは先進国内ではビリ、世界の中でもビリに近いものだと判って来ました。政府やマスコミでは、少子高齢化が全ての元凶であるかの様な報道が多く、何とか人口を増やせないものか、女性の労働力の増強は、その為の保育所の増設、保育所の無料化・・・と色々な政策を練っているのが現状です。
 しかし「少子高齢化がそのまま日本の生産性の低下には結びつか無い」のだとする反論が相次いで聞かれるように為りました。「少子高齢化と日本の経済低迷は無関係」だと云う考えです。

 一時は、世界を席巻した日本の電化製品やその他の高度な技術が、次々と失速し世界から取り残されるのが現状です。これは、アベノミクスの成功を演出した政府や日銀が、謙虚な気持ちで現状や将来を読み取ら無かった、読み取れ無かった、一種の意図的な職務怠慢でもあるでしよう。
 連日マスコミは、日本の将来の姿を悲観し世界に埋もれてしまうのでは無いかと危惧される報道で一杯です。希望的観測や安倍氏への忖度を除外し、真の日本の姿を探し出してこそ次への対策へと進めるのです。全ての原因は少子高齢化だから・・・と逃げ無いで、かつ少子高齢化を認識した上での根の太い力強い経済成長へとの政策転換が必要です。

 今回は、下記レポートを参照します。



 




 【特別対談】冨山和彦×山田英司


 「課題先進国ニッポン」にチャンスあり。少子高齢化に負け無い成長モデルとは? より引用します


 エネルギー問題に加え、一斉に更新時期を迎えているインフラ危機。医療、年金を初めとする社会保障制度も大きく揺らいでいる日本。高度経済成長期に作り上げた様々な社会の仕組みがあらゆる処で制度疲労を起こしており、まさに課題先進国ニッポンと言える。
 こうした閉塞感を打ち破るにはどうしたら好いのか。安倍政権の政治に期待をする声も多い。しかし、日本の本当の底力は企業にあるのではないか・・・

 そこで今回は、企業再生のスペシャリストとして日本企業の強みと弱みを好く知る冨山和彦氏と、長年、社会的課題に関わる大規模なシステム開発プロジェクトを手がけて来たNTTデータの山田英司氏の2人が「課題先進国ニッポンのビジネスチャンス」について語る。

 (取材/構成/執筆:ダイヤモンド社 出版編集部宮田和美)


  




 課題先進国ニッポンの現実


 山田英司(やまだ・えいじ)氏  株式会社NTTデータ代表取締役副社長執行役員

 パブリック&フィナンシャルカンパニー長 1955年北海道生まれ。78年日本電信電話公社入社。88年からNTTデータ通信株式会社(現:株式会社NTTデータ)。人事部長、グループ経営企画本部長、金融ビジネス事業本部長等を経て、現在は代表取締役副社長執行役員 パブリック&フィナンシャルカンパニー長を務める。


 山田 今巷では、アベノミクスの一挙手一投足に大きな注目が集まっています。円高が緩和され株価も上昇、経済状況に少し明るい兆しが見えて来ました。しかし、2年前の東日本大震災により浮き彫りになった「エネルギー問題」は、脱原発の是非をはじめ再生可能エネルギーの普及目標など日本のエネルギー未来像は未だハッキリと示されていません。
 又、中央高速道路笹子トンネルの天井崩落事故では9名の方が犠牲に。この事故は、高度経済成長期に一斉に整備されたインフラが耐用期限を迎えているという事実、詰まり「インフラクライシス」が身近に迫っていることを私達に突き付けました。

 更には「少子高齢化」と云う、日本の国力に直結する非常に複雑で大きな問題も横たわっています。それにより、医療、年金を初めとする社会保障制度そのものも大きく揺らいでいます。
 これまでに作り上げた社会の仕組みが制度疲労を起こし、数多くの社会問題となって表面化している日本のこの状況を「課題先進国ニッポン」と指摘する識者もいます。こうした、一見八方塞がりにも見える日本の現状を、冨山さんご自身はどのように捉えていらっしゃいますか?


  




 冨山和彦(とやま・かずひこ)氏  株式会社経営共創基盤(IPGI) 代表取締役CEO
 ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役社長を経て、2003年に産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、IPIGを設立、数多くの企業の経営改革や成長支援に携わり、現在に至る。1960年生まれ、東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。

 冨山 エネルギー問題・インフラ危機・少子高齢化など、それ等の問題は独立した問題では無く、複雑に絡み合った問題であると考えるべきだと思います。経済が高度に発達し、取り敢えず食うには困ら無くなって来たからこそ起こる問題です。或る意味、成熟した国では昔の常識が通用し無くなって来ています。
 ひとつ例を挙げると、先進国での貧困問題。過つては貧困といえば飢餓のことを指しましたが、例えばアメリカでは、貧困層の方が肥満率が高いと言われています。もうひとつの例は、少子化です。過つて、マルサスの人口論では「豊かに為ると人口が増える」が定説でした。しかし今は違う。
 経済が高度化すると、何故かドンドン少子化してしまう。この謎を解き明かしたら、多分それだけでノーベル賞ものだと思うんですけど(笑)。でも、現実としてそうなんですよね。


 




     3-20-3.jpg 人口将来推定



 山田 只、先進国の中でもアメリカは未だに人口が増え続けていますね。ヨーロッパの中にはフランスの様に少子化対策に成功したと言っている国もありますが。

 冨山 アメリカを初め、実はそう云う国は大抵、移民受け入れの国なんです。詰まり、移民の出生率は高いから、それが少子化の歯止めに貢献していると云う事。とすれば、移民受け入れをしていない日本において、この少子高齢化という問題は対症療法的には克服出来ない問題です。
 ヒョッとすると、もっと根深い部分、例えば私達の日常の行動とか、或は産業の構造と云った、人間や社会の本質みたいな処に起因する様な気がして為らない。そうした現実を踏まえて、私達一人ひとりが心地好く自己実現が出来、持続可能な社会構造を作れるかが、恐らく究極的な解決策なのだと思います。


    3-20-4.jpg 三世代同居


 例えば北陸地方。福井県は2位、富山県は4位、石川県は6位と、女性の就業率が全国でもトップレベル。更には出生率においても3県何れも全国平均を上回っており、中でも福井県は常に上位に位置しています。繊維業などの地場産業が盛んで、昔から共働き夫婦が多いにも関わらず三世代同居と云う居住環境で子育てを上手く賄っているのです。まさに、少子化対策としての地方型の成功モデルです。
 しかし、都市部ではナカナカそうはいきません。所得が増えたら子供も増える筈・・・その定説で作ってしまった20世紀モデルの社会保障や産業モデルでは最早上手く行か無い。そう云う意味では凄く逆説的な言い方に為りますが、日本が今直面している諸問題を解決したら、ヒョッとすると少子高齢化は止まるかも知れません。


  




 人口だけに頼ら無い、 経済成長のモデルとは?


 山田「人口ボーナス」と云う言葉がある通り、過つての高度経済成長期のように人口増加が経済成長に大きく寄与する時代もありました。しかし、現役世代が減少するという「人口オーナス」と云う時代に入った今、少子化対策を進めたとしても限界があります。
 詰まり、人口頼みの経済成長は難しいと云う事です。だからこそ日本は、そうした状況を打破する為の「イノベーション」を起こし、少子高齢化社会でも経済成長出来る道を探ら無くては為らない。むしろ、それがもうひとつの経済成長モデルであると私は考えています。


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 冨山 確かにこれまで経済成長のひとつのモデルは「人口×生産性」と言われて来ました。しかし、経済が成熟した先進国は今、人口は右肩下がりで母数はナカナカ増え無い。であれば、生産性をどう上げるかと云う事が重要に為って来ます。
 生産性の多くは人間が握っています。しかし、昔と違って教育水準が上がった今、人の能力による生産性向上には限界があります。又、ITなどの仕組みによって効率化を進めることも出来ますが、それも限界効用が下がりつつあります。
 と言った時に求められて来るのが、先程山田さんがおっしゃった「イノベーション」です。生産性そのものがイノベーションだと言えるのです。日本が今ブチ当たっているのは、生産性の壁。詰まり、イノベーションの壁なのです。


 




 山田「制約はイノベーションの母」と言われるように、課題こそがイノベーションの最大のドライバーと為ります。そう云う意味では、課題先進国ニッポンと言われる今の状況は、世界で最もイノベーションが起き易い環境にあるとも言えるのではないでしょうか。
 何れ世界の課題とも為る日本の難問を解決するイノベーションによって創造されたビジネスは、そのまま世界の課題解決に寄与するビジネスと為り得るのです。


  




 ワンステップで世界をめざす


 冨山 ただ、日本企業がイノベーションを折角起こしても、それを世界に通用するモデルに出来ない。詰まり「標準化出来ない」のが日本の弱みでもある気がします。

 山田 例えば、我々ITの世界で言うと、決済関係のシステムですね。日本の決済システムは、世界に冠たる非常に進んだシステムだと思うのですが、それがナカナカ世界標準化出来ていない。そうこうして居るうちに、他の国にキャッチアップされ、気づいたらデファクトスタンダードを取られてしまうこともあります。
 このままでは、モノづくりだけで無く、あらゆる産業で日本がドンドンとガラパゴス化してしまうのでは、と云う危機感を覚えます。冨山さんがおっしゃる通り、日本人は本当に標準化が苦手なんだと思います。

 冨山 これにはふたつの原因があります。ひとつは「日本人は何でもツーステップで考えてしまう」と云う事です。先ずは国内で確りと洗練したものを作って、それから海外展開・・・と云う感覚では最早世界のスピードに付いて行けません。
 今や日本のGDPは世界で8%しか占めていないのですから「先ずは日本で」と云う時間は無いのです。国内⇒国外と云うツーステップは物凄く効率が悪い。初めから世界同時に発売する。初めから世界標準を取りに行く。日本人、日本企業は、そうした発想の転換が不可欠です。


     3-20-7.jpg PANADES
 
    
 山田 当社においても、未だ多くはありませんが、ワンステップで世界を目指す試みが始まっています。「PANADES(パナデス)」と云う航空機の飛行経路設計パッケージソフトです。この商品は、国際民間航空機関(ICAO)が定める国際基準に準拠し、初めから世界を狙って開発したシステムです。
 2010年の発売開始後、世界中から引き合いを頂き、タイやインドネシア、ベトナムなどでの導入も始まりました。急速な経済発展によって航空業界も急成長を遂げている新興国では、経験豊富な設計者の確保が難しいと云う課題を抱えています。これに着目したワンステップの戦略が、成功に繋がったのだと考えています。

 冨山 少子高齢化により日本市場の縮小が危惧されていますが、その反面、国内市場が縮小するからこそ、ワンステップの世界展開がし易く為るとも言えます。
 これまで日本は、1億人と云う豊富な内需がありました。一方、韓国や台湾、ヨーロッパの小国は、最初から自国にマーケットが無い事を知っている。だから初めから世界を目指すんです。
 しかし、日本のマーケットも十分に小さく為って来た。だからこそ日本企業も、初めから世界を目指す時代に入ったと言えます。

 山田 少子高齢化による内需の縮小を、ダイレクトに世界に打って出るチャンスと捉えると云う事ですね。

 冨山 その通りです。そしてもうひとつ、日本が世界でナカナカ標準化出来ないふたつめの理由には「内向きな国の政策」もあります。
 世界標準化の議論というのは、ある種、国家資本主義がセメギ合うゲームの為、矢張り政府の役割がどうしても無視出来ないのです。政治家や官僚の多くは、国内の資源配分だけを見て、予算を獲った獲られたと云う話が好きですが、そんなことは好いからどうやったら日本が世界でマーケットシェアを高められるか、どうやったら日本のスタンダードを世界のスタンダードに出来るか、そちらの方に政策の重点を置いて欲しい。
 内向きの資源配分では無く、外向きの資源配分へ切り替えるべきです。だからこそ政治家や官僚には、民間の誰よりも民間的なビジネスセンスを持って貰いたい。詰まり、株式会社日本国のマーケティング営業担当の集団に変わると云う事。永田町も霞が関も、イノベーションの壁を越え無ければ為らないのです。


 




 今回の特別対談のテーマは「課題先進国ニッポンのビジネスチャンス」企業再生のスペシャリストとして日本企業の強みと弱みを好く知る冨山和彦氏と、長年、社会課題に関わる大規模なシステム開発プロジェクトを手がけて来たNTTデータの山田英司氏の2人は、今の日本の状況をどう捉えているのか?
前編では「少子高齢化に負け無い成長モデル」について。そして後編は「日本企業が目指すべきイノベーションの姿」について語る。 (取材/構成/執筆:ダイヤモンド社 出版編集部宮田和美)

 
 




 日本企業が極めるべき「連続のイノベーション」


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 冨山 日本企業は世界で標準化するのが不得手だと申しましたが、世界を視野に入れたビジネスモデルを考えるたびに何時も思うことがあります。それは、GEに出来たことが、何故日本のメーカーに出来ないのか・・・と云う事です。GEは突拍子も無いイノベーションは決してやっていません。寧ろ「捨てた」だけ、と言っても好いでしょう。ジャック・ウェルチが推し進めた「選択と集中」です。

 山田 事業の存続条件が「その産業分野でのシェアが、世界1位か2位であること」と云うポリシーですね。


     3-20-13.jpg GEガスタービン事業


 冨山 そうです。コンピュータやら半導体やら、この条件を満たさ無いものをGEは全て捨ててしまった。その結果残ったのは、藤本隆弘教授(東京大学 ものづくり経営研究センター センター長)の言葉を借りれば「熱と質量のあるとこだけ」ガスタービン事業に代表される様に、要は連続的な技術蓄積が出来るもの、つまり「積み上げが効く」事業です。

 山田 実はそれ、日本企業が一番得意とする処ですね。

 冨山 そう、そうなんです。詰まり「連続のイノベーション」日本企業はこうした得意技を持っているのに、何故GEの様に出来ないものかと・・・寧ろ、不連続なイノベーション、詰まり単なるパワーゲームの様なものを思い切って捨ててしまって、連続のイノベーションに集中すれば、それはもう世界に取って大きな脅威ですよ。メカトロニクスの分野では特にです。

 山田 GEには出来て日本企業には出来なかった。その最大の要因は何でしょうか?

 冨山 多分、ふたつ理由があると思います。先ずひとつは「スピーディーに選択と集中が出来なかった」ことです。
 日本企業は兎に角捨てられ無い。近年、日本のエレクトロニクス産業が苦境に立たされていますが、そう云った状況の中でもスピーディーに選択と集中をやった企業は、チャンと業績が上がっているんです。例えば日立製作所とか。この3、4年でそれが出来たか出来無かったかが、ここまで大きな差を生んでしまったと云うワケです。
 日本企業は業績が悪くなると、一律に希望退職を募ったりしますが、僕個人としては、寧ろバッサリと縦に切っちゃった方が好いと思っています。事業毎バッサリと切ってしまうんです。GEはそれを聖域無くやっただけ。日本企業にも、そうした「捨てる力」が必要です。


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 山田 私も経営者として、事業の選択と集中は非常に難しいと感じています。GEや日立製作所の姿を見ていると、そうした明確なイグジット・ルールの重要性も認めざるを得ないのも事実です。
 しかし当社は、社会的課題や社会インフラに関わる事業も数多く手がけています。そうしたビジネスの多くは直ぐに成果が出る様なものではありません。株主から集めた資本金で事業を行う公開会社である以上、見込みの無い事業に際限無く資金や人員などのリソースを注ぎ込むことが許され無いのは当然ですが、社会的に価値のある事業であれば、何としても成功させると云った執念の様なものも必要だと考えています。
 当社のように、課題先進国ニッポンの難問をビジネスチャンスに変え様と思うのであれば、激しく変化する時代の流れをキチンと読みつつ、腰を据えて取り組むと云う、言わば「タテを繋ぐ力」も大事にしたいと考えています。

 冨山 成る程、それはNTTデータさんらしいかも知れませんね。連続のイノベーションをどの事業で行なうか、それを見極めることが経営者の腕の見せ処と云えるでしょう。
サテ、GEには出来て日本企業には出来なかったもうひとつの理由ですが、それは「規制環境が多過ぎる」ことです。日本が今課題先進国であるなら尚更です。
 企業が、数多くある社会課題に挑戦し、それを解決することで新たなビジネスを生み出す為にも、国は規制を緩やかにし、もっと自由に動ける状況を作るべきです。言わば、マーケットをデザインすると云う事。そうした自由な環境の中で、社会実験的なトライ&エラーが出来ないと、新しい商品やサービスはナカナカ練れて行かない。その繰り返しで初めてビジネスとして進化して行くんですから。
 医療ビジネスで云えば、GEやフィリップス、シーメンスも自分達のホームグラウンドで色んな事にトライして来ている。詰まり、練れた商品やサービスを世界に持って来ているワケなんです。

 山田 そうした自由な環境が、日本企業が連続のイノベーションを極める上で不可欠な条件だと云う事なのですね。

 
 




 ビジネスのなかにどれだけ「多様性」を担保できるか


 冨山 日本企業は連続のイノベーションを極めるべきだと言いましたが、そうするとやってしまい勝ちなのが、要素技術だけを極めようとすることです。確かに日本企業の要素技術を作り出す力は高い。しかし、ビジネスとしてのイノベーション力が弱い。

 山田 で、直ぐにコモディティ化の波に呑まれてしまう。

 冨山 そう。今苦境に立たされているシャープやパナソニックはその典型です。本当に好い技術を持っているにも関わらず、それが上手くマーケティング出来ていないと云うか、ビジネスとしてのイノベーションが出来ていない。
 そう云う時僕は、或る種のオープン・イノベーションと云うのがカギに為って来ると思っています。ずっと連続的に統一的に社内で積み上げて来たものと、M&Aも含めた外からの異質なものとをどう組み合わせるか。内部資源と外部資源の組み合わせ、それでビジネスと云うものが成り立って居るからです。

 山田 確かに日本企業は、異質なものを取り入れた新たなビジネス生態系を作ること、言わば「ヨコを繋ぐ力」が弱いと言えますね。しかし、複雑な時代だからこそ、多様なメンバーの知恵を取り入れる仕組みは不可欠です。何でも自前主義を前提に、好いモノを作って居れば必ず売れると云う時代は、とうに終わってしまったのですから。

 冨山 その為にも「従業員の多様性」をどれだけ担保出来るかが重要です。兎に角、組織の壁を緩やかにすること。同質化すると、どうしてもイノベーションは起こり難く為ります。外部からの空気も含めて、組織の中に多様性を取り入れる仕組みを作れるかどうか。これが、日本企業が今一番すべき挑戦だと思います。

 



 中高年こそ、能力主義できちんと評価する



 山田 最近、イノベーションとか言うと、若者へ檄を飛ばすと云うか、日本経済や日本企業の再生を引っ張って行くのは若者だと云った論調が多いと思いますが、本当にそれだけなんでしょうか?
 私は寧ろ、高齢者を活かすことが重要ではないかと感じています。社内に大勢いる中高年をどう活性化させて行くか、それが経営者として大きな課題でもあるのです。

 冨山 実は、過つて僕は「中高年を希望退職で一斉に切ってしまえば好い」と云う事を言っていた時がありました。只最近、それは非常に危険だと思う様に為りました。何故なら、或る世代を水平に切り取ると云うリストラは、日本企業が蓄積して来た連続的ノウハウに不連続を起こしてしまうんです。
 これでは連続のイノベーションを極めることは出来ません。だからこそ最近僕は「リストラをやるんだったら、縦に切れ」と云うのが持論に為りました。切るなら、人では無く事業だと云う事です。例えば、家電メーカーのテレビ事業が苦戦しているのも、事業を売却したく無いが故に、熟練した50代を一律に切ってしまったから。そう云う人達が中国や韓国のメーカーに行ってしまえば、連続のイノベーションは結果的に他国に盗まれてしまうことに為るのです。

 山田 確かに事業ノウハウを継承して行く為にも、人材に不連続を起こすことは望ましいことではありませんね。しかし一方で、団塊世代の大量退職もあり、人手不足が既に始まっている企業もあります。そう云う意味でも、定年退職者の再活用も含めて、連続のイノベーションを極める為の人材確保が大切ですね。

 冨山 その時に重要に為るのが、中高年の能力を何処までフェアに評価出来るかです。従来の年功序列制度の中では、中高年層は一律に高コストの労働力と見られて来ましたが、中高年層こそ能力に大きな差があります。
 寧ろこれからは、この中高年層こそ極めて真剣な能力主義にして、優秀な人にはキチンと報いるべきです。反対に、若年層は年功序列で好い。20代なんて言わば給料を貰って勉強をしている世代な訳だから。マア、30代半ば位までは、従来の年功序列制でも好いのではないかと思います。
 兎に角企業は、従業員一人ひとりの能力をキチンと評価出来なければなりません。一律に55歳以上、希望退職と云うリストラしか出来ない経営は無策そのものです。僕自身の反省も込めてですが(笑)。

 山田 能力主義を若い人だけの議論にしているのはもう古いと云う事。これからは実力ある中高年層に、組織の中で大活躍して欲しいと考えます。


  




 冨山 一方で、今、会社そのものの年齢も問われています。ひとつ面白い例を挙げましょう、それはソニー。会社の年齢と時価総額の関係です。会社の年齢が上がる程、それと反比例する様に、時価総額は右肩下がりのカーブを描いています。
 因みに現在、ソニーの会社年齢は67歳で従業員は16万人。確かアップルは36歳で3〜4万人。人間でいうと、ソニーはとっくに還暦を越えています。詰まり、アップルの様な不連続のイノベ―ションを生み出すには、ソニーは歳を取り過ぎてしまったと云う事。スピード感がまるで違うのです。
 だからこそ成熟した日本企業は、勇気をもって不連続なものを捨て、経験曲線で戦える「連続のイノベーション」を極めることが大切なのです。

 山田 成熟したプラットフォームを受け継ぎ、それを更にどう進化させて行くか。その「連続のイノベーション」こそ、日本企業が再び世界で輝くカギと為る。冨山さんのお蔭でそれを強く確信することが出来ました。
 今日本が抱えている様々な課題も、やがては世界の課題と為る日はそう遠くありません。日本が世界のどの国よりも早く、そうした難問解決のチャンスを与えられたのは、寧ろ喜ぶべきことです。難問こそ、チャンス。企業に取って、そしてビジネスパーソンにとって「宝の山」である。私はそう信じています。

 (対談終了)


  






 【管理人のひとこと】


 ありがとうございました。大変に勇気付けられる対談の内容でした。確かに日本のリストラは、若年層を温存し40代以上をターゲットに人員削減するのが常でした。これでは、折角自社で培って来た貴重な人材と云う宝を単に年齢だけで切り捨てた無策なものだと云われても仕方ありません。
 彼等は、豊富な経験と知識を持て余し新たな道へと進まざるを得ず、一部の人達が中国等への技術移転へと進み、蓄積されていた高度な技術も経験も国外へと捨て去って仕舞う結果と為ったのです。これは、経営資金の確保の為、人件費の高い中高年層を先ずは叩き切ってしまうおうとの乱暴な考えだったのです。
 リストラ=全ての蓄積を投げ捨てる・・・この様な失敗を繰り返しては為りません。これは企業の発展と防衛には遣っては為らない禁じ手だったのです。この様なことを続けていては、一時は資金的に救われるが又同じことが繰り返され、結局、企業としての何の魅力も・・・技術も人材の蓄積も何も無い・・・規模の小さな脆弱な企業が生き延びるだけで、やがてこの空洞な企業も消えてしまう運命と為ります。


 




 一時、韓国の電機メーカーが世界的に躍進しました。彼等は、初めから世界をターゲットとした戦略で商品開発をしました。詰まりフンステップで海外に挑んだのです。輸出先のニーズを的確に捉え、無駄のない合理的な思考で、最低限の機能と最低限の価格で打って出たのです。日本のものは個々の技術では優れているのに、この韓国の戦略に次々と敗れてゆきました。それは、輸出先の経済規模・風習・生活感覚・・・等を熟知した彼等のマーケティングの勝利だったのです。
 それ等の一部は日本にも入って来たのですが、何故か日本では余りヒットしなかった記憶があります。安くて悪かろう・・・とのモノが入って来たのか、それとも韓国自体が日本へのターゲットを重視しなかったのでしょう。

 少子高齢化しても経済成長はあり得るのか?その答えはイエスです。海外では、数多くの国がそれを成し遂げていますし、その様に進めています。日本だけが何故か遅れをとっている様な気がして為りません。それは、何処に原因があるのか、ナニなのか? 多くの人が疑問に思っていることなのでしょう・・・



  



 






 

 


2019年03月19日

労働力人口減少と経済成長は無関係、高齢化は技術革新の元




 





 労働力人口減少と経済成長は無関係、高齢化は技術革新の元


 『NEWSポストセブン』 SAPIO 2016年12月号  から引用


 人口減少・高齢化による日本経済の衰退を不安視する向きは多い。だが、立正大学教授の吉川洋氏は「労働力人口の減少と経済成長は無関係」と、社会に蔓延する悲観論を一蹴する。

 現在約1億2700万人の日本の人口は、或る試算では2110年に4286万人まで減少する。今後、社会保障、国家財政、地方過疎など様々なリスクが増大することに為る。
 しかし「日本はこの先、人口が減るから経済は右肩下がりに為る」と云う悲観は間違いだ。先進国において、労働力人口の増減と1国で1年間に作られるモノやサービスの付加価値の総計を表すGDP(国内総生産)は無関係なのである。

 実際、日本経済は高度成長期(1955〜1970年)に年約10%成長したが、この間の労働力人口の伸びは僅か年1%程だった。それでは何が差し引き9%の成長を支えたのか?
 その答えは「労働生産性の上昇」である。即ち、1人あたりの労働者が作り出す付加価値が増えれば経済は成長するのだ。労働生産性の上昇をもたらすものこそ、広い意味での「イノベーション」(技術革新)に他なら無い。

 労働力人口と経済成長を結び着ける者は、ツルハシやシャベルを持った労働者が額に汗して働くイメージを持つ。確かにこの工事現場では労働者の数が工事の進捗に直結するだろう。
 しかし、先進国では、ツルハシとシャベルの現場にブルドーザーやクレーンと云うイノベーションが起き、100人で行っていた仕事が10人で出来る様に為った。新しい機械の発明・それへの設備投資・更に労働者の技術力向上が相まって、生産性が上昇して経済は成長するのである。

 
  




 人口減と共に進行する超高齢化も実は日本にとって大チャンスと為る。2015年の日本の高齢化率は26.7%で国民の約4人に1人が65歳以上の高齢者だ。現役世代と高齢者の人口比は、現在の約3対1から今世紀中頃に1.3対1まで低下する。
 高齢者が増えると、社会には様々な「困ったこと」が生じるが「必要は発明の母」との言葉通り、「困ったこと」は新たなニーズを生み出してイノベーションの元と為る。

 例えば、電気洗濯機のアイデアを出したのは、洗濯物に苦労していたシカゴの主婦と言われている。主婦のヒントによって企業が潜在的なニーズを発見しアイデアを製品化したのだ。
 日本でも既に高齢化に対応している産業がある。その典型である自動車産業では、安心・安全な「スマートカー」が出ている。運転に不安の生じる高齢者にとって「ドライブ・ア・カー」(車を運転する)から「ドリブン・バイ・カー」(車に動かして貰う)への転換が行われている。


  




 イノベーションはスマートカー等ハードの技術だけでは無い。「コンセプト」の刷新など、ソフト面での技術進歩も立派なイノベーションと為る。好例が、赤ちゃん用紙おむつ市場に登場した高齢者用紙おむつだ。生産技術に革新的な進化があったのでは無く「高齢者が使う紙おむつ」と云う新しいコンセプトを思い着いただけで、子供用紙おむつの出荷量を凌ぐ大ヒット商品と為った。

【PROFILE】よしかわ・ひろし●1951年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業後、イェール大学大学院博士課程修了。ニューヨーク州立大学助教授、大阪大学社会経済研究所助教授、東京大学助教授、東京大学大学院教授を歴任。現、立正大学教授、東京大学名誉教授。専攻はマクロ経済学。近著に『人口と日本経済』(中公新書)がある。


 




 
 人口減がイノベーションを起こす??



 f:id:ksakae1216:20161105001136j:plain みなさん、コウタロウです!! より引用


 人口減は好機?ちょっと前の記事ですが news.yahoo.co.jp「人口減」はイノベーションで好機に変えろとの記事・・・この記事によると人口減=経済収縮では無いとか、

 吉川洋(以下、吉川)の話です。いや、誤解無きように言っておくと、人口減少自体は間違いなく問題です。同時に高齢化も進行する為、現役世代の社会保障(年金、社会保険)の負担が大きくなる。過つては現役世代が多く高齢者が少なかったので、年金や医療費は、現役世代4人ほどの支出が1人の高齢者を支えていました。
 それが、2013年には現役世代と高齢者の比率が2.5対1となり、約3人で1人を支える騎馬戦状態になっています。そして、将来は現役世代1人が高齢者1人分を支出しなくてはいけない肩車状態になる。財政問題でもありますし、自治体の運営など人員不足で大変な問題もあります。

 人口減で且つ高齢化は社会保障の負担が大きくなる

 高齢化の問題はただ単に高齢者が増えることが問題では無い、その高齢者を介護する為働き盛りの中年が介護離職するのも問題なのだ。この記事でも書いたが毎年8〜10万人が介護離職している。ただでさえ人口が減り、労働者も減るのにそれに追い打ちを書けるように介護離職者も増えていくだろう。
 人が減ると、残った人で今までと同じ仕事量をこなさなければいけないので長時間労働で足りない分を補う為体を壊したり、精神を壊したりで日本の生産性はドンドン落ちて行くのではないかと心配になる。ここまで来ると問題だらけで日本の未来は暗いんじゃないかと思うんですが・・・

 ここからは明るい話

 日本人は宝の持ち腐れ

 村上:この成人力調査では「成人が持っている能力を日頃の仕事や生活で使っているか」も調べており、日本は「使っていない」人の割合が高いという結果が出ています。要は、宝の持ち腐れです。
 そうしたデータを見ると「宝」をうまく使えば、日本の経済は化ける可能性を秘めている。国際的に見て、これほど教育レベルが高くて、しかも職業訓練も行われているのに、その人材がここまで有効に使われていない国は珍しい。その意味で日本は特殊です。
 つまり、日本人は、OEDE加盟国24カ国の中で読解力、数的思考力は1位なのにITを活用した問題解決能力は平均まで下がるとのことです。

 ITを活用した問題解決能力がどう云う事かわかんないけど、他の2つの能力が1位なのにIT活用能力が平均までさがるのは働き方が悪いのかな?
 マア、長時間残業だったり、あきらかに無駄な仕事を振られたり、仕事しないベテラン社員がいたりで、正直、効率的からはほど遠い気がする・・・

 イノベーション

 ・・・絶対数はそうでも、人口構成で高齢者が4割近くに増えることに懸念はありませんか。

 吉川:そうじゃ無いんです。そこにこそ市場があり、イノベーションがあるんです。高齢者が増えることで、ビジネスのモデルは大きく変わります。例えば、いま物流の世界は宅配が生活の中に大きく占めるようになりました。そうした変化が高齢者対策でドンドン起こる。
 大きなものでは介護ロボットなどから、食事や小売、日用品などの身近な商品・サービスまで、高齢者向けに今とは全く違うものに変わるでしょう。

「 人口は減る、高齢者は増える」でも考え方を変えるとそこには市場がある


 高齢者向けのビジネスが今後ますます盛んになるからそこでイノベーション(技術革新)を起こして成功するチャンスをつかめる!!
 人口が減っても、現在の欧州主要国ほどで恐れることも無い。むしろ他国に無い高い教育レベルの人材を上手く活かせば、日本の経済にはマダマダ伸びしろがある。そこで重要なのはイノベーション。そのイノベーションはむしろシルバー市場に眠っている筈だ──。 人口が減っても、ヨーロッパと同じレベルだから悲観的になるな。教育レベルの高さを生かし、宝の持ち腐れで終らせずシルバー市場でイノベーションを起こす。

 少子高齢化は日本だけでは無く、他の先進国でも起きているからシルバー市場でイノベーションを起こせれば日本だけで無く世界の高齢化を迎える国(シルバー市場)にもチャンスが埋もれている。人口減でヘコむだけで無く、見方を変えれば大きなチャンスになりえるね!!

 コウタロウ (id:ksakae1216)  以上