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2020年05月05日

《異例の安倍批判? 只の嫌中?》コロナショックで「保守界隈」は分裂したのか?




 《異例の安倍批判? 只の嫌中?》

 コロナショックで 「保守界隈」は分裂したのか?


          〜文春オンライン 古谷経衡 5/5(火) 18:00配信〜

 〜今次コロナ禍では、社会のアラユル階層を巻き込んだ大きな悪影響が大波の如く押し寄せて居るのは自明である。にも関わらず迷走するかに見える政府の対応に、これ迄安倍首相を熱心に応援し続けて来た保守界隈にはイヨイヨ動揺が観られる様に為って居る。彼等は、遂に安倍全面批判に走るのだろうか?〜

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                古谷経衡氏 コピーライトマーク文藝春秋

 「アホの集まりか」口火を切った百田氏の政権批判

 今年1月に入って、中国湖北省発の新型コロナウイルスが猛威を振るい出すと、保守界隈の一部から早期の中国人入国禁止を求める声が上がった。「兎に角中国人を締め出せ。何故中国人を入国させるのか。そこ迄経済優先なのか」と声高に主張し、その先鋒に居た象徴的存在が、今や保守界隈の「重鎮」と為った作家の百田尚樹氏である。
 アメリカ政府は1月31日に厚生省のアザー長官がホワイトハウスの記者会見で公衆衛生上の緊急事態を宣言。武漢の在る中国湖北省に滞在した自国民の隔離措置、並びに過去2週間に中国に滞在した外国人の入国拒否等の措置を矢継ぎ早に執った。

 百田氏はこの段に為っても思い切った「対中隔離策」を採ら無い日本政府と安倍首相に付いて〈安倍総理には危機管理能力が欠如して居るのが明らかに為った・・・1月30日Twitter投稿〉と猛批判を繰り返したのである。その後、感染が拡大しアベノマスクと海外からも呆れられた布マスク2枚配布が決まった際には、再び百田氏から、

〈一つの家庭に2枚の布マスク?なんやねん、それ。大臣が勢揃いして決めたのがそれかい!アホの集まりか。全世帯に郵便で2枚のマスクを配るって・・・そんなことより、緊急事態宣言とか、消費税ゼロとか、金を配るとか、パチンコ店禁止とか、エイヤッ!とやることあるやろ・・・4月1日Twitter投稿〉

 と云う声が上がる等、これ迄強力な安倍首相支持を続けて居た保守界隈からの政権批判は、その後も大きく取り上げられるに至った。今では、コロナ禍で保守界隈の風向きも変わったのでは無いかと云う指摘迄出て居るのである。

 保守界隈の批判の原動力は・・・

 一方で、新型コロナウイルスの感染拡大と云う世界的な危機に対しても、日本の保守界隈ではお馴染みの光景が繰り広げられて居る。そのひとつが「反中・嫌中」と云う「隣国嫌悪」である。
 思えば、前述した通り早期に中国からの旅行者や帰国者の入国制限措置を講じたアメリカの感染者数は、世界で最も多い約114万8000人・死者6万6700人(5/4日現在)を記録した。航空機全盛でヒト・モノが広範囲に一瞬で移動するグローバル社会では、仮に早い段階で当該地域からの入国者を謝絶しても、瞬く間に潜伏期間に有る人々が接触者にウイルスを感染させる。

 その意味で、今次新型コロナウイルスはその発生地コソ中国湖北省武漢市で在るが、結果だけ見れば中国だけに拘って警戒するのでは、水際対策として不十分で在ったと言わざるを得無い。確かに事実上の島嶼国家で在る台湾等ではそう云った措置が奏功した例も在る。が、それは国のサイズが小さいからコソ著効した対策で、アラユル方面から人々が流入して来る大陸国家や大国では余り意味を為さ無かった。
 我々は、世界中からの瞬間的な人の移動と感染を考慮し無ければ為ら無い、と云う21世紀社会の難問に直面して居たのである。にも関わらず、保守界隈は殊更に中国が全て悪玉であると「戦犯」狩りを続け責任を追及した。
 彼等が先の大戦を「太平洋戦争」では無く「大東亜戦争」と金科玉条の如く呼称し続けるが如く、保守界隈では現在でも新型コロナウイルスを頑なに「武漢ウイルス」「武漢肺炎」と呼び続けて居る。理屈では無く中国への感情的な嫌悪が批判の原動力に為って居ると見做さ無ければ為ら無い。

 新型コロナウイルスは生物兵器なのか

 更に保守界隈では「武漢ウイルスは同地の研究所から流失した生物兵器」と云うトンデモ論が、マルで事実の如く語られる迄に為った。
 この新型コロナ生物兵器説を一度落ち着いて考えてみよう。4月14日、アメリカのワシントン・ポストに、在中アメリカ大使館職員が武漢の研究施設を訪問した際、安全管理への懸念を報告して居たと云う寄稿記事が掲載された。トランプ米大統領も「徹底的な調査を進めて居る」と語った。一見すると、生物兵器説が後ろ盾を得た様に見えるが、アメリカ政府は「流出した可能性を調査する」とは云って居ても「生物兵器だ」とは云って居ない。

 そもそも、生物兵器説は、イギリスのタブロイド紙・デイリーメールに端を発したものであり、それですらも当初はそこ迄断定的な書き方では無かった。処が記事が拡散されるに連れ「武漢の研究所から流失した」が「武漢の研究所から流失した中国の人工的な生物兵器である」等と置き換えられ、欧米の陰謀論者の間で次第に尾ひれが着いたものである。
 生物兵器としての実際の運用でキモに為るのは、局所的にバラ撒いて敵軍兵士を感染させ致死させる事だ。感染力が強過ぎると自軍兵士迄が感染する恐れがある。又兵器としての有効性を考えると、致死率はウンと高く無ければ為ら無い。詰り生物兵器には「低感染力・高致死率」が求められるのだ。しかし、新型コロナウイルスの致死率は、群を抜いて高い湖北省やイタリアでも10%強。日本や韓国では1%台と低い。一方で感染力は強いのである。

 世界中の専門家がゲノム(塩基)配列を分析した結果、人工的にウイルスが加工された可能性はホボ完全に否定されて居る。WHOもこの見解を支持して居る。しかし保守界隈では、医療関係者でも感染症の専門家でも無い人物に依って「武漢ウイルスは生物兵器の一種」で有るかの様な言説が雑誌媒体で撒き散らかされて居る。

 保守界隈の「伝統芸」に変化無し

 「反中・嫌中」の他にも、新型コロナ禍に託(かこつ)けた野党揶揄も「ルーチン」の如く保守界隈から聞こえて居る。曰く、立憲民主党を中心とした野党は「このコロナパニックに於ける非常時に、桜を見る会の追及ばっかり遣って居る」と云う定型文句である。
 又、朝日新聞批判にも抜かり無い。2020年5月号の保守系雑誌『月刊Hanada』の鼎談「武漢肺炎大闘論!」でも櫻井よしこ氏等が、朝日新聞は政府の対応を後手後手だと云いながら全国の小中高校等への一斉休校要請の時は唐突だと批判して居たと強調して居る。要するに「野党や朝日新聞は批判有りきで建設的では無い」と云う事なのだろう。
 嫌中・野党揶揄・朝日新聞批判・・・保守界隈のこうした攻撃は、既に「伝統芸」である。新型コロナウイルスと云う難題を前にしても「お家芸」が続き、大きな変化が有る訳では無い。結局の所、コロナ禍に仮託した「左翼批判」の「伝統芸」「お家芸」が継続されて居るだけだ。

 本当に保守界隈が「分裂」して居るのか

 こうしてコロナ禍に直面した保守界隈を俯瞰すると、百田氏の様に一部で政権を批判する存在が目立って見える一方、他方ではこれ迄通りのネット右翼的姿勢を執り続けて居る。一見するとコノ現象はモザイク的とも言え、保守界隈の中に溝や分裂が起こって居るかの様に観察する事が出来る。しかし、本当に保守界隈が「分裂」して居るのだろうか。
 政権を批判して居る様に見える一方で、彼等は「ポスト安倍」への言及や他に持ち上げる相手を見付けられて居ない。百田氏も〈安倍総理の緊急事態宣言の会見は好いものだったと思う。多くの国民は覚悟も出来たし、共に頑張って行こうと思ったと思う・・・4月7日〉と云うツイートでも分かる様に、根源的に「安倍離れ」して居る訳では無い。

 一部では百田氏のこう言ったツイートを指して「安倍政権と云う泥船から真っ先に逃げ出した保守」と揶揄されて居るが、私からすると全く彼等は泥船から逃げ出す兆候は無い。政権批判が飛び出しても、結局は「安倍一択」と云う状況は変わって居ないからだ。
 更に、百田氏等一部のビッグネーム以外に政権批判して居る人物がホボ居ないのも特徴である。保守界隈の「ムラ」の仲間内から離脱しても経済的に困ら無いビッグネーム以外には、政権を批判すると云うリスクは取れ無い。それ故に批判が一部に留まって居るのである。

 ソモソモ、百田氏等の政権批判の主張が目立つのは、政権に批判的に為って居る一般世論と、百田氏の主張がコロナ禍で重なった事で、メディア(取り分けスポーツ紙)に大きく取り上げられ、実態以上に保守界隈からの政権批判が肥大して見えたに過ぎ無い。
 実はこれ迄も、保守界隈から政権に批判が出る事は数多く有った。取り分け象徴的なのは、朴槿恵政権下に於ける日韓慰安婦合意(2015年12月)である。飽く迄「従軍慰安婦」では無く「売春婦・・・*保守界隈呼称・追軍売春婦」だと云う立場を堅守して居た彼等に取って、日韓合意は「従軍慰安婦」の存在を日本側が認めたと云う事実に於いて、或る種の「屈服」と映った。

 それ故、合意発表直後から保守系市民団体らが議員会館・首相官邸・外務省前等で抗議活動を繰り広げたり、保守系雑誌で「安倍さんには失望した」「又韓国に土下座外交か」等の批判が相次いだのである。しかしそれ等は国民感情や常識的な日本人の歴史認識とは全くシンクロしないから保守系メディア以外で注目される事も無く、結局暫らくすると立ち消えに為って行った。
 これらを踏まえると「保守界隈が分裂して居る」とはとても云え無い。何を言っても安泰で、保守ムラの利権と良い意味で縁の薄い百田氏以外、保守界隈の自称論客は直接政権を叩く事が出来無い為、彼等の大部分は「反中・嫌中」のお家芸に走るか「布マスク2枚を批判する野党は、何か対案を出したのか? 朝日新聞の通販サイトでも3,300円で布マスクが売られて居るぞ」等と野党・朝日新聞叩きに問題を擦り替え、マタゾロお決まりの「左翼口撃」に走るのが関の山である。今次コロナ禍でも、保守界隈の実相とはこの様なものである。

 繰り出されるで有ろう「君側の奸」理論

 現状の保守界隈には、確固とした主義主張が有る訳では無い。増してE・バークの「保守主義」に根付いた思想や価値観と云うものは殆ど絶滅して居る。単にそこに有るのは、彼等が勝手に「左翼的」「反日的」だと認定したものへの反発と逆張りである。
 それ故、彼等の敵視する「左翼」が安倍政権に批判的で有る限り彼等は政権を支持する。この基本路線はこの8年、揺るぎ無く変わら無い。仮に安倍政権が保守界隈の「主流的意見」と外れた事をしても、勝手に脳内変換を行って政権擁護を続ける

 「君側の奸」と云う言葉がある。主君は英邁で民草の事を思って居るが、主君の傍に仕える奸臣(かんしん)の所為で主君の理想や慈悲は骨抜きにされ、以て悪政が蔓延ると云う意味である。1936年、世に云う「2・26事件」で決起した皇道派青年将校はマサにこの発想に取り着かれて居た。
 昭和天皇は恐慌で失業や餓死・身売りをする下層農民等民草の惨状を心痛憂いて居る。だが「君側の奸」たる重臣や財閥等が天皇陛下のお心を邪魔して居る。だから我々はその奸臣を実力で除去し無ければ為ら無い・・・こうした価値観の下で行われた「2・26事件」のスローガンこそ「尊皇討奸(そんのうとうかん)」であった。

 所がこの「君側の奸」思想は単なる妄想に過ぎ無かった。他でも無い昭和天皇自らが、決起将校の鎮圧を命じたのである。保守界隈は、この「君側の奸」理論に基づいて安倍首相を正当化し続けるだろう。事実、困窮世帯に30万円給付と云う当初案が、一律10万円に急転変更された際も「元来安倍首相は国民生活を偲び無く思って居たが財務省が邪魔をして居た」と云う「君側の奸」理論が界隈でもう出回って居る。
 処が実際は、支持母体に支えられた公明党に依る「連立離脱」の最終カードをチラ着かせた官邸への突き上げが変転の原因で在った。

 実はこの「君側の奸」理論は、安倍首相が消費増税を決断した際にもネット右翼・保守界隈で盛んに吹聴・拡散されたのである。「安倍首相は民草の窮状を心得て消費増税には反対だが、財務省の苛烈な妨害に在った」と云うもの。手垢の着いた財務省悪玉論であるが、結局安倍首相と財務省の増税路線が一致しただけ、と云うお話であった。
 更にコロナ禍が一服するや「この危機が民主党政権だったら、その人的被害は数倍・数十倍に悪化して居た。安倍政権だからこの程度で済んだ」と云う〔架空の民主党政権論・この程度で済んだ論〕と云う妄想的安倍擁護が一斉に噴き出すで有ろう事を、コロナ禍の只中に有る今から予言して置きたい。


          古谷 経衡 Webオリジナル(特集班)     以上




















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