広告

この広告は30日以上更新がないブログに表示されております。
新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
posted by fanblog

2020年05月10日

某新聞社の中途採用試験を受験

先週木曜日、某ブロック紙の中途採用試験を受験した。作文試験は制限時間が1時間で「窓」というキーワードで行われた。ストックで書いていた作文を一部改定し、本番に活用した。今回は、本番で執筆した作文の内容を公開する。

 車窓からは見たこともない光景がない光景が広がっていた。津波で地表がえぐれ、茶色な地肌がむき出しになり、鉄筋造りの建物は、残骸のように佇んでいた。場所は、2011年の東日本大震災で壊滅的被害を被った岩手県陸前高田市。学生主体の支援で訪れた6年前のことだが、被災地の有り様は忘れることはできない。
 「きっかけバス」と呼ばれる復興支援プロジェクトでは、その名の通り、バスに乗り、岩手と宮城、福島を巡った。被災地巡りだけでなく、実際の被災者から話も聞いた。宮城県南三陸町では、町役場職員が防災庁舎で津波に飲み込まれるまで避難を呼びかけるアナウンスをしていたという話を現地人の男性から直接伺った。亡くなった人は知り合いだったといい、男性は「ただただ、無念」。災害で生まれる悲しみの深さを知った。
 一方、被災地支援で得たのは、災害の負の側面だけではない。人間のレジリエンス(回復力)の片りんを垣間見たことを記憶している。復興商店街の名を冠する南三陸さんさん商店街の男性関係者は、活き活きとした表情で、「商店街を復興の活力としたい」と語っていた。それから3年後、仮説だった商店街は、常設商店街へと生まれ変わっている。男性の願いは成就したのだ。わずか数日間の体験から、被災地の現状と被災者の思いを直に学んだ。
 印象に残ったのは、まだある。どの被災地でも、現地の人たちは、バスの車窓から姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。自然災害の被害者という立場にも関わらず、だ。一時であれ、そこには支援者と被災者の双方の間に連帯感があったに違いない。ただ、記憶を美化するつもりもない。明日は我が身だからだ。南海トラフ地震など、未曾有の災害発生も現実味を帯び、私も被災者の立場になる可能性がある。その上でライターとして何ができるか。災害被害を最小限に抑えるための手段を事前に発信することだと実感している。
<< 2020年05月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
検索
ファン
最新コメント
極秘情報 by こお (01/02)
写真ギャラリー
最新記事
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
プロフィール
小村 海さんの画像
小村 海
東京と故郷島根を行ったり来たりしているライター。現在、人生の谷に直面中。
プロフィール
×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。