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2020年05月05日

新聞社 作文練習「平和」

今日のテーマは、汎用性のある平和というキーワードを設定。戦争体験者から聞いた話を中心に構成してみた。

 2020年は、戦後85年の節目の年だ。しかし、戦争体験者の高齢化が進み、死の恐怖と隣合わせだった戦争の記憶は忘れ去られようとしている。平成生まれの筆者も、戦争が縁遠い人間の1人だが、東京に住んでいた頃、折しも戦争体験者から直接話を伺う機会があった。
 2人いて、1人は、調布市在住のTさんという女性だ。80代半ばで、幼少期から思春期にかけて戦争を体験した。筆者の祖父も同年代で戦争を経験していない訳ではないが、島根は激しい空襲に遭ったという話を聞いたことがないため、Tさんの口から出る「学童疎開」や「東京大空襲」という言葉は新鮮だった。
 特に、空襲の話は生々しかった。Tさんによると、葛飾区に住んでおり、東京大空襲で被災。Tさん自身は難を逃れたらしいが、友人を空襲で亡くしたという。亡くなった友人たちの多くは防空壕に逃れたものの、焼夷弾によって出口が塞がれ、窒息死したという。また、Tさんは、戦中に父親を亡くしている。都内で行われたマラソン大会に参加しているさなか、軍の装甲車に引かれ、轢死。延命の余地もなく、即死だったそうだ。失った大切な家族に、友人。戦争が憎くなかったと聞くと、「受け入れるしかないのよ」。凄みも感じ、返す言葉がなかった。
 もう1人は、シベリア抑留の経験者だ。地域の有志が開いた座談会に登壇した、Tさんという90代の男性だった。旧制中学を卒業後、国鉄で働いていたが、二十歳頃に軍隊に召集された。戦争を生き抜いたものの、ソ連によってシベリアに連行。3年程度、強制労働を強いられたという。極寒と戦った日々、何年も風呂に入れない生活など、証言にはTさんと同様、現実味があった。しかし、不思議とそこには悲壮感がなかった。戦争、そして抑留から生還した誇りと知恵があった。非戦争体験者にはない生命力の片りんも感じた。
2人から聞いた戦争体験。現代人には、先人の体験を後世に語り継ぎ責務がある。だが、人は忘れる生き物だ。紙であれ、ネットであれ、文字に落とし込むのは必須だろう。平和が当たり前になった今、ライターとして、ある種の使命感に駆られている。
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小村 海
東京と故郷島根を行ったり来たりしているライター。現在、人生の谷に直面中。
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