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2014年11月30日

十三月の翼・57(天使のしっぽ・二次創作作品)




 57話掲載!!
 いよいよ次回、最終回!!
 何か、緊張している自分がいるw



トウハ(セレモニー・ドレス).jpg


                      ―十三華―


 ―さて、これにて本当の終幕となる訳だ―

 濃霧の漂う、虚ろな視界。
 前に立った”それ”が、ユロユロと揺れながら話しかける。

 ―先にも言ったが、存外に良い余興となったよ。改めて、賛辞を送ろう―

 それは結構でした。とそっけなく言うと、”それ”は苦苦苦と苦笑する。

 ―相変わらず、観客に愛想の無い事だ。まあ、今となっては詮無い事だが―

 陽炎の様にたゆたいながら、劇の余韻に浸る様に顎に手をやる。

 ―で―

 紅い描眼がキョロンと動いて、こちらを見る。

 ―「クロスズメバチのトウハ」と言う存在は、これで完結する訳だが―

 紅い目が、反応を見る様に細まる。

 ―先に汝が望んでいた結果とは、大分違ったものだ。悔いは、ないかな?―

 あると言った所で、どうするつもりもないくせに。
 皮肉たっぷりにそう言うと、”それ”は―違いない―などと言ってまた嗤う。

 ―今の汝には、対価にするものが皆無だからね。まあ、見た所それなりに満足はしている様だから、良しと言う事にしておこうか―

 そう言う”それ”の身体が一際大きく揺らいだかと思うと、周りの霧に溶け込む様に薄まり始める。
 何処に行く?と問うと、”それ”は些か名残惜しそうに答える。

 ―小生も元来、現世(この世界)の存在ではないからね。汝との”契約”が断える今、留まる事は好ましくないのさ―

 話す間にも、その姿はどんどん薄れていく。

 ―小生もまた、かの世界へ帰ろう。次の機会がいつかは分からないが、その時までまた退屈な惰眠を貪る事としよう―

 完全に消えかける影。その前に、ボソリと呼びかける。
 ―何かね?―と返る声。
 小さな声で、伝える。
 ありがとう。と。
 
 ―うん?―

 ”それ”としては珍しく、ポカンとする気配。
 やがて響く、嗤い声。

 ―奇特な事だ。魔王に感謝の念とは―

 なんのかんの言っても、自分がここまで来れたのは”こいつ”のお陰。
 伝えるべきものは、伝えておくべきだろう。
 ケタケタと嗤う気配が、遠のいていく。
 完全に消え去る刹那、”それ”が言った。

 ―さて。カーテンコールだ。思い残しのない様、伝えたい事はしっかりと伝えておきたまえ。汝の、大事な家族とやらにね―

 そして、その存在は永劫に近い時の彼方へと消えていった。


 視界が開けた時、真っ先に飛び込んできたのはあの人の顔だった。
 訳が分からないでいると、頬に温かいものが当たった。
 それが涙の粒だと分かった時、自分が抱き抱えられている事に気がついた。
 「・・・ご主人、様・・・?」
 上手く声が出ない。
 苦心して、やっと出たのは酷くかすれた言葉。
 それでも、届いてくれた。
 「トウハ・・・。」
 あの人が、微笑む。
 涙に濡れた、泣き笑い。
 それでも、初めて向けてくれた微笑み。
 嬉しくて、微かな鼓動が高鳴る。
 「・・・ご主人様、わたしに触れて、大丈夫なの・・・?」
 浮かんだ疑問を、投げかける。
 あの人が、頷く。
 ふと、自分の手を見る。
 止まらない筈の血が、止まっていた。
 ああ。そうか。
 止まったんじゃない。
 出尽くしたのだ。
 「魔力、空っぽになったから。だから、ご主人様触れるんだ・・・。」
 空っぽ。
 その意味を知っているのだろう。
 あの人が、酷く悲しそうな顔をする。
 抱き締める腕にこもる、力。
 とても、心地いい。
 「ごめん・・・。ごめんよ・・・。トウハ・・・。言ったのに・・・。僕が守るって、言ったのに・・・!!」
 あの人が泣いている。
 わたしのために、泣いてくれてる。
 それを嬉しいと思うのは、まだ少し心が歪んでいるからだろうか。
 でも、構わない。
 だって、こんなにも幸せなんだから。
 少しだけ、その想いに浸る。
 すると、視界の端で黄金(こがね)が揺れた。
 ああ。
 そうだね。
 キミも、いるんだよね。
 いて、くれるんだよね。
 ゆっくりと、瞳を向ける、
 濡れた、翡翠色の瞳。
 それが、わたしを見つめていた。
 「やあ・・・。アカネちゃん・・・。」
 大きく息を吸って、語りかける。
 応える様に、彼女の手がわたしの手を取る。
 やっぱり、温かい。
 「馬鹿だな・・・君は・・・。」
 少し怒った調子で、彼女は言う。
 「・・・もう少しで・・・もう少しで!!」
 そう言う彼女の後ろに、皆の姿があった。
 皆が皆、同じ顔をしている。
 怒っていて、それでいて泣き出しそうな変な顔。
 とても、とても優しい顔。
 嬉しくて、ちょっと申し訳ない。
 「・・・はは、蜂だからね。家族のためなら、命張っちゃうのさ・・・。」
 「・・・わたし達の事、家族って言ってくれるんだな・・・。」
 「・・・言いだしっぺは、そっちじゃん・・・」
 「・・・そうだな。」と言って笑う顔から、雫が落ちる。
 無理してるのが、見え見えだ。
 それが可笑しくて、少し笑った。
 笑い合うわたし達。と、別の声が少し離れた所から飛んできた。
 「ねえ!!どうして、どうして助けてくれないの!?」
 見れば、蛇姉さまにナナが泣きながらしがみついていた。
 「ユキ姉ちゃん、メガミ様なんでしょ!?神様なんでしょ!?なのに、どうしてトウハ姉ちゃんの事、助けられないの!?」
 泣き喚きながら、蛇姉さまの服を引く。
 苦しげな表情の蛇姉さま。
 その後ろには、同じ顔をした四聖獣達が並んでいる。
 ああ、そうか。
 わたしが気を失っている間に、彼女達が何をしようとしたのかを察する。
 「おかしいよ!!こんなに、こんなに神様がいるのに!!どうして、どうして・・・」
 「・・・ナナ、こっちへ・・・」
 泣きじゃくるその娘を呼ぼうとするけど、大きな声が出ない。
 代わりに、アカネちゃんが呼んでくれた。
 「トウハ姉ちゃん!!」
 駆け寄ってくるナナ。そのまま、お腹に体当たりする様に抱きつかれる。
 ちょっと、息が詰まった。
 「・・・あまり、無理言っちゃ駄目だよ・・・。」
 言いながら、指で青いおさげを梳る。
 「すいません・・・トウハさん・・・。」
 近づいてきた蛇姉さまが、唇を噛み締めながら言う。
 「手は、尽くしたのですが・・・。」
 「すまない・・・。」
 「全く、ざまぁねぇ・・・。」
 口々に言う四聖獣。
 憎まれ口の一つも叩いてやろうかと思ったけど、しょげかえる顔が面白くてその気も失せた。
 「・・・気にしなくていいよ・・・。」
 まあ、そういう訳にもいかないだろうけど、とりあえず言っておく。
 「・・・悪魔になった時点で、わたしの身体は現世(この世界)の理から外れてる・・・。神(あんた達)の奇跡は望めないからね・・・。」
 「仕方ない。」と伝えてはみたものの、案の定四人の表情は晴れない。
 まあ、散々邪魔してくれた事だし。このままにしておくのもいいか。
 胸の内で笑いながら、もう一度息を吐く。
 出た息は、酷く薄い。
 そろそろ、時間なのだろう。
 それなら、その前に。
 わたしはもう一度、あの人と彼女を見上げた。


 腕の中の鼓動が。
 手の中の脈拍が。
 確かに小さくなっていく事を、悟郎もアカネもひりつく様な思いで感じていた。
 そして、彼女自身がそれを察しない筈もなく。
 「・・・もう、終わりかな・・・?」
 か細い声が、そう告げる。
 場の全員が、息を呑む気配が伝わる。
 張り詰めた空気の中で、トウハが言う。
 「・・・ねえ、ご主人様・・・」
 「なん、だい?トウハ・・・。」
 悟郎が、震える声で応える。
 「・・・聞かせて・・・」
 「・・・え?」
 当惑する悟郎に、トウハは伝える。
 「・・・オカリナ、聞かせて・・・」
 悟郎が、目を見開く。
 「・・・わたし、まだ聞いてないよ・・・?・・・ご主人様の、オカリナ・・・。」
 腕の中の少女は、そう言って微笑む。
 「トウハ、でも・・・。」
 悟郎の顔が、悲しげに曇る。
 そう。オカリナはさっき、壊れてしまった。
 この娘の、最期の望みも叶えられないのか。
 悔しさに、唇を噛みかけたその時―
 ス・・・
 目の前に差し出されるオカリナ。
 「え・・・?」
 視線を上げると、そこにはオカリナを手にしたシンが片膝をついていた。
 「聖者殿、これが我々に出来るせめてもの事です・・・。」
 言葉とともに、手の中のオカリナが光に包まれる。
 光の中で、消えていくひび。
 ほんの少しの間。
 やがて、シンの手の中には元の姿を取り戻したオカリナがあった。
 「シン・・・。」
 「さあ、聖者殿・・・。」
 悟郎は頷くと、「ありがとう。」と言ってオカリナを受け取る。
 それを見ていたトウハが、クスリと笑う。
 「・・・下手だったら、笑っちゃうからね・・・?」
 「・・・馬鹿にしないでくれよ・・・。あの頃とは、違うんだから・・・。」
 その言葉にもう一度微笑むと、トウハは視線をアカネに移す。
 「・・・アカネちゃんと、皆にも、お願いがあるんだ・・・。」
 「・・・何・・・?」
 「”力”を、貸して・・・。」
 「力・・・?」
 首を傾げるアカネに、トウハは言う。
 「・・・あれ・・・。」
 向けた視線の先には、今だ口を開けたままのペテロの門。
 「・・・今は門番が抑えてるけど、あの底にはまだ泣いてる虚魄(レイス)達がいる・・・。門が閉じられるまで、彼らを鎮めないといけない・・・。けど・・・」
 トウハの手を握っていたアカネの手が、キュッと握り返される。
 「・・・わたしには、もう力がないから・・・。皆の力を、貸してほしい・・・。」
 「・・・分かった・・・。」
 アカネが問う。
 「何を、すればいい?」
 「・・・わたしの身体に触れて・・・。皆とわたしを、繋いで・・・」
 アカネは頷くと、後ろを振り向く。
 話を聞いていたのだろう。そこにいた皆が、一斉に動いた。
 トウハの手を握ったアカネ。その身に、次々に手が置かれる。
 ナナやクルミはアカネと並んで、トウハの手を握った。
 トウハを中心にして、皆が輪を形作る。
 「・・・ああ、温かいね・・・」
 そう言って、温もりを身の奥にしまい込む様に息を吸う。
 「・・・ご主人様、お願い・・・」
 「・・・うん。」
 頷いて、悟郎はオカリナに口をつける。
 少しの間。
 そして、
 ♪〜♪♪♪〜♪〜♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜
 星空の下に響き始める、優しい音色。
 悟郎と天使達。そして、トウハを繋ぐ想いの音色。
 それに身を委ねる様に、目を閉じるトウハ。
 「・・・上手に、なったね・・・。ご主人、様・・・。」
 そう呟く彼女の身体が、淡い光を放ち始める。
 光は繋がれた手を伝い、天使達の身に移っていく。
 身体を包む、温もりと安らぎ。
 その中で、アカネはトウハに訊ねる。
 「トウハ・・・。辛くは、ない?」
 「・・・うん・・・。」
 微かな、本当に微かな声が答える。
 「・・・ねぇ、アカネちゃん・・・。」
 「うん・・・?」
 「・・・キミが、キミ達がいてくれてよかった・・・。」
 握り合う手が、もう一度強く握り合う。
 「・・・ご主人様を、お願い・・・。」
 「・・・分かった・・・。」
 その答えに満足した様に、大きく息をつくトウハ。
 「・・・ありが、とう・・・。」
 紡いだ言葉の最後は、もう聞き取れない。
 少女の命の対価の様に、生まれた光。
 それはオカリナの音に乗って宙に舞い、星空の中に溶けていく。
 消えゆく存在を、せめても刻み込もうと握り締めるアカネ達。
 膝の上の重みが薄れていくのを感じながら、その想いのために奏でる悟郎。
 溢れる涙をこらえようと、ツバサが空を見上げる。
 と、その目があるものを捉えた。
 「あ・・・。」
 思わず口に出る声。
 皆が、上を向く。
 昇る光が溶ける空。
 それに代わる様に、何かが空から下りてきていた。
 最初、微かな点にしか見えなかったそれが、やがて皆の視界の中ではっきりとした像を結び始める。
 それは、華だった。

 青。
 橙。
 黒。 
 桃。 
 赤。
 黄。
 紫。
 緑。
 白。
 茶。
 水色。
 そして、黄緑。

 可憐。
 華麗。
 誠実。 
 清純。 
 情熱。
 熱愛。
 尊敬。
 労わり。
 幸福。
 純愛。
 思い出。
 そして、寄り添う想い。

 十二の月と心を彩る、十二色の華々。
 甘い香を纏うそれが、オカリナの音に踊る様に降ってくる。
 その様は、まるで静謐の夜を飾る夢色の雪。
 「・・・綺麗・・・。」
 誰かが、囁く様に呟いた。
 まるで、今目の前にある光景を、己が声で壊してしまう事を恐れる様に。
 舞い降る華達は、口を開けた門の中へと消えていく。
 それが、自分達の役目と知る様に。
 消えゆく中で、その華達の姿を見つめるトウハ。
 と、その意識があるものに気づく。
 舞い落ちる華の群れ。
 その中に混じる、見慣れぬ色。
 それは、銀色に輝く名も知れぬ華。
 他の華達に寄り添う様に降り行く銀華。
 (変なの・・・。)
 流れる音色に溶けゆく中、トウハは不思議な思いでそれを見送る。
 (十三月なんて、ないのにね・・・。)  
 そんな事を考えて、クスリと笑う。
 それが、最期。
 求め続けた音色に抱かれ。
 満たされた想いを抱いて。
 クロスズメバチのトウハと言う存在は。
 永久に、消えた。


 カラン
 手にしていたオカリナが、地に転がる。
 握り合っていた手が、空を抱く。
 しばしの沈黙。
 やがて少しずつ、溢れ出る様に悲しみの音が聞こえ出す。
 すすり泣く者。
 慟哭する者。
 抱き合い、声を詰まらせる者。
 悟郎は、背を丸めて震えるアカネを抱き締める。
 「ありがとう・・・。アカネ。トウハ(あの娘)を、救ってくれて・・・。」
 背に熱い雫が落ちるのを感じながら、アカネは絞り出す様な声で言う。
 「・・・救ってなんかいない・・・。救えてなんか、いないよ・・・。」
 とめどなく溢れる涙。
 嗚咽に引き攣る喉が、必死に言葉を紡ぐ。
 「・・・こんなのって・・・。こんなのってないよ・・・。ようやく・・・ようやく!!」
 ルルの涙のせいだろうか。
 空にはまた、雨雲が満ち始めている。
 華の雪は、まだ止まない。
 おそらく、この門が閉じるまで振り続けるのだろう。
 「・・・オレらって、なんなんだろうな・・・。」
 空を仰いでいたガイが、独りごちる様に言う。
 「犬っ娘の言う通りだよ・・・。あんなガキ、一人救えねぇ・・・。神さんが、聞いて呆れらぁ・・・。」
 「奇遇ですね・・・。僕も同じ事を考えていましたよ・・・。」
 ガイの隣に並んだレイも、深い息をつきながら言う。
 「・・・こんなにも、自分が無能に思えた事はありません・・・。今、彼女達の涙を拭う資格すら、僕達にはない・・・。」
 そして、彼は兄に問う。
 「シン。あの娘は、来世を望めますか?転生が叶うなら、あるいは・・・」
 しかし、シンは力なく首を振る。
 「理由はどうあれ、彼女は悪魔に身を堕としています。この世界の理から外れた身・・・。転生は望めないでしょう・・・。」
 「では、あの娘の魂は・・・」
 「魂の気配が追えません。行き所のない魄として、あの光とともに散じてしまったのでしょう・・・。」
 「そうですか・・・。」
 もう一度、溜息をつくレイ。
 「異端には救済の道も与えないのが、この世界の理ですか・・・。」
 その声音には、微かな怒りの気配さえ漂っていた。


 「・・・大丈夫か・・・?」
 空を仰ぐユキに、ゴウが声をかける。
 「・・・大丈夫・・・とは言いかねます・・・。」
 頬を濡らす涙を隠す事もなく、ユキは答える。
 「・・・辛い、ですね・・・。神とは・・・。こんな時、泣く事も出来ない・・・」
 「・・・なら、戻れ・・・。」
 ゴウの言葉に、振り返るユキ。
 彼女に向かって、ゴウは続ける。
 「今は、一天使に・・・。ヘビのユキへと戻れ。」
 「いいので、しょうか・・・。」
 彼女は問う。 
 「神とて、全能ではない。それくらいの事、許されずしてどうする?いや・・・」
 ユキの肩に手を置きながら、ゴウは諭す様に言う。
 「俺が、許す。例え、大神(ゼウス)が許さずとも・・・。」
 ドンッ
 言葉が終わらないうちに、胸に軽い衝撃が当たる。
 彼の胸に顔をうずめるユキ。
 すぐに漏れ始める、小さな嗚咽。
 震える肩に、そっと手を回す。
 その時―
 リン・・・
 「・・・ん?」
 微かに聞こえた音に、ゴウは顔を上げる。
 舞い落ちる華の群れ。
 その中を一枚、桜色の花弁がふわりと舞った。



                                     続く
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