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2012年12月05日

霊使い達の黄昏・8

318638-1.output.png


作成絵師 ことかす@Youtuber様(渋 user/2734137 スケブ https://skeb.jp/@NNPS_KM_SONYA)


 はい、皆様こんばんわ。土斑猫です。
 今回より「霊使い達の黄昏」は、水曜日に引越しです。
 どうぞ御了承ください。
 それでは改めまして、

 今回の作品は、前作の「宿題」シリーズに比べて、全般的にシリアス路線になる予定です。
 さて、上手く話を繰れるかどうか、どうぞしばしお付き合いくださいませ。
 

黄昏2.jpg


                      ―8―


 カチャ・・・カチャ・・・
 薄暗い部屋。燭台の灯りだけが灯る広間で、シャドウとエリアルは一つの儀式の準備をしていた。
 広間の床に描かれたのは、彼らリチュアの象徴、『儀水鏡』を模した魔法陣。
 その中心には、ギゴバイトの亡骸が無造作に置かれている。
 「さて、これで準備は良しじゃな・・・」
 魔法陣を描き終わったシャドウは、その身を起こすとトントンと腰を叩く。
 「やれやれ、この作業は腰に響くわい。」
 と、
 「ふ・・・。百戦錬磨の外法師も、よる年波には勝てないか?」
 そんな声が響き、部屋の暗がりから一人の若い男が現れる。
 「おぉ、お主か。ヴァニティ。」
 「キャー、ヴァニティー!!」
 エリアルが黄色い声を上げながら、ヴァニティと呼ばれた男に抱きつく。
 「どうやら、またノエリア様に奉げるおべっかの種を見つけたらしいな。何を企んでいる?」
 絡み付いてくるエリアルを適当にあしらいながら、『リチュア・ヴァニティ』はその端整な顔に酷薄な笑みを浮かべる。
 「クポポ、これは人聞きの悪い。全てはノエリア様の御愉しみのためじゃよ。」
 「ノエリア様のためが聞いて呆れるよ。この冷血爺。」
 また別の方向から声がした。
 サララ、と布が床を擦る音がする。
 現れたのは、黒いマントを羽織った小柄な人影。
 見れば、まだあどけなさの残る顔をした少年。しかし、その目は獲物を狙う猛禽の様に鋭い。
 「おお、アバンス。お主も来たのか。」
 少年―『リチュア・アバンス』は、不快そうにフンと鼻を鳴らす。
 「馴れ馴れしく呼ぶなよ。冷血爺。ノエリア様のためとか言いながら、その実腹の中じゃあ何を企んでるかわかりゃしない。」
 言いながら懐から何かを取り出すと、それをシャドウに放ってよこす。
 「そら。」
 「おおっとと。」
 飛んできたそれを、おどけた調子で受け取るシャドウ。
 その手の中に飛び込んで来たのは、儀水鏡とは違う、しかし禍々しい意匠の鏡。
 「これこれ。手荒に扱うでない。『写魂鏡(これ)』も、儀水鏡に並ぶリチュア我らの秘宝ぞ。」
 「ふん。」
 聞き耳を持たぬと言わんばかりに、そっぽを向くアバンス。
 「やれやれ。嫌われたものじゃ。」
 苦笑いするシャドウ。
 「ふ。お前の様な腹の底が見えぬ者。好く奴などそうはいるまい。」
 まとわり付くエリアルをあしらいながら、ヴァニティが言う。
 「クポポ。手厳しいのぅ。しかし・・・」
 シャドウの口調が変わる。
 おどけた好々爺体のものから、暗く鋭い策謀家のものへと。
 「ならば、お主達は何のためにここにおる?この好かぬ爺の元に。」
 「どうという事はない。」
 4つの鋭い視線を受けながら、ヴァニティは平然と返す。
 「お前の“座興”の手伝いをしてやれとのノエリア様の命だ。気は進まんが、手を貸そう。」
 「クポポ。なるほど。それで“おこぼれ”にあずかろうと寄ってきた訳か。まるで大魚に付きまとう雑魚じゃのぅ。」
 「大魚に巣食う寄生虫よりは、マシだと思うが?」
 「クポポ。言ってくれよる・・・。」
 周囲に流れる、引きつる様な空気。
 しかし、それも一瞬の事。
 すぐにシャドウが相好を崩す。
 「まあ、よかろう。これは大呪。手勢は多い方が良いからの。」
 そう言って、シャドウは改めて辺りを見回す。
 「うむ。準備はこんなものかの。残るは・・・」
 『・・・お呼びならぁ、ここにぃいるんですけどぉ・・・。』
 唐突に上から響く、気怠げな声。
 皆の目が、上を向く。
 薄暗い大広間。
 唯一、月明かりの通る大窓。
 ステンドグラスで飾られたその縁に、一つの人影が腰掛けていた。
 「げ!?」
 それを見たエリアルが、変な声を上げる。
 件の人影、見た目は少女。
 エリアルとよく似た、魔術師風の衣装を身に着けている。
 けれど一つ、異なる事がある。
 その姿には、影がない。
 月光を背から受けているのに、伸びるべき影がない。
 それどころか、降り注ぐ月光はその身を透して床に落ちる。
 半透明な身体。
 明らかに、生身の人間ではない。
 「何だ、エミリア。来てるなら、最初っから出てこいよ。」
 少女に語りかけるアバンス。
 その口調に、先の様な険はない。
 『本当はぁ、出て来たくなんてなかったんですけどぉ〜。顕界ってぇ、ゴチャゴチャ面倒だしぃ〜。』
 この世のものではない身体を揺らし、少女―『リチュア・エミリア』は語る。
 「・・・じゃあ、何で出てきたのよ?」
 『“ママ”に言われた訳でぇ〜。マジ、メンドイんですけどぉ〜。』
 何か嫌そうな、エリアルの問い。
 ブツブツ答えながら、エミリアはふわりと舞い降りる。
 その足先が音も無く床に着くと、そのままスルスルとエリアルとヴァニティに近寄っていく。
 「ちょっ!!こら、近づくな!!」
 突然、慌てたような口調でヴァニティの後ろに隠れるエリアル。
 しかし―
 『無駄なんですけどぉ〜』
 そんな言葉と共に、エミリアがスルリとヴァニティの身体を通り抜ける。
 伸ばした腕が掴んだのは―
 「うみゃ〜〜〜〜〜っ!!」
 響くエリアルの悲鳴。
 彼女に抱きついたエミリアが、その身をエリアルに擦り付けている。
 肌が擦れ合う度、エミリアの身体がエリアルの中に沈み込む。
 その度に襲う、例え様もない怖気と不快感。
 所謂、”霊障”というやつである。
 『あ〜、やっぱり”身体”はいいしぃ〜。色んな感覚が、ビリビリくるぅ〜。』
 「みゃあああっ!!キモい!!寒い!!おぞましい!!入ってくんな出て行けこの怨霊娘〜〜〜!!」
 悲鳴を上げながら転げ回るエリアル。
 「大体、何でいっつもアタシなのよ〜!?他の奴に憑きゃいいでしょうが〜!!」
 『良い身体してるけどぉ、頭は相変わらずおバカだしぃ〜。エミリアは女の子だからぁ、女の子の身体が一番しっくりくるに決まってるんですけどぉ〜。て言うかぁ、男なんてキモいしぃ、人外なんか論外なんですけどぉ〜。』
ケタケタと笑うエミリアの手が、エリアルの手に重なる。
 途端、白い手がビクンと跳ね上がった。
 「へ?」
 『こうしてぇ〜、ドコが”イイ”かも知ってるしぃ〜』
 そんな言葉と共に、あらぬトコロに手が向かう。
 意図を察したエリアルの顔が、一気に赤くなった。
 「ちょ!!おm!!何考えてんのよ!!こんな場所で!!」
 『いいからいいからぁ〜。良くしてやるけん。ほら、全部委ねてぇ〜。』
 「バカ言え!!この色情霊、やめろ!!やめないと除霊すんぞー!!」
 『出来もしない事で脅されたって、怖くもなんともないんですけどぉ〜。』
 「いや――っ!!やめて―――っ!!」
 エリアル、半泣き。
 エミリア、ニンマリ。
 何か、色々やばそうな雰囲気が漂ってきたその時―
 スパコーン
 『ンギャア!!』
 飛んできた何かが、エミリアの後頭部を”直撃”した。
 勢いで彼女の身体がエリアルからスポンと抜ける。
 そのまま吹っ飛んでいくエミリア。
 彼女を包む蒼白い燐光が、箒星の様にキラキラと散った。
 「やれやれ・・・。悪ふざけも大概にせんか。」
 『八咫鏡』を投げつけたシャドウが、呆れた様に溜息をついた。
 魔法道具マジック・アイテム、『八咫鏡』。
 本来、霊体スピリットが装備するための道具。
 当然、霊体スピリットに触れる訳で、よって殴る事も普通に出来る。
 「全く。若い身空で逝くとロクな事にならんのう。情が強くて暴走ばかりしよる。・・・これ、アバンス!!」
 突然呼ばれたアバンス。
 思わず飛び上がる。
 「な、何だよ!?」
 「何をボケ〜っとしとる!?エリアルを止めんか!!」
 「へ?」
 見れば、震える手で八咫鏡を振り上げたエリアルが、それを昏倒しているエミリアの頭に振り下ろそうとしているところだった。
 「死ナス・・・。」
 恐ろしい形相で呟くエリアル。
 正しく、修羅羅刹の如くである。 
 「う、うわ!!ま、待て!!待てって!!」
 慌ててエリアルを羽交い締めにするアバンス。
 「放せー!!ヴァニティのいる前でよくもあんな醜態を!!この淫魔、現世からも冥界からも永遠に除外してやるわー!!」
 「落ち着け!!落ち着けって!!」
 「うるさい!!”元”自分の女だからって、かばう気か!?ならアンタも敵よー!!」
 「え!?うわ、ちょ!!やめ、やめろって!!」
 「死ね!!死ね!!死ねー!!」
 ブンブンと鈍器を振り回すエリアルから逃げ回るアバンス。
 「やれやれ。血の気の多い・・・。全く、若いのう・・・。」
 呆れた様に息をつくシャドウ。
 「・・・いい加減、事を進めないか?」 
 いつまでも続く喧騒に、流石にウンザリしながら呟くヴァニティだった。


 薄暗い広間。
 天井につけられた、大きな天窓。
 その中心には今、ユラユラと揺らめく蒼白い満月がかかっていた。
 「・・・頃合じゃの。」
 それを見上げていた、シャドウが呟く。
 呟きながら、陣の上空でむくれているエミリアを見る。
 「これ、いつまでもむくれているな。大人げない。」
 しかし、赤髪の少女の霊は仏頂面のまま。
 『ふん。折角出てきたのに、お楽しみがない上に頭どやかされて、普通でいろって方が無理ですしぃ〜。』
 「仕方あるまい。自業自得と言うものじゃ。それに・・・」
 シャドウの口調が変わる。
 「これ以上駄々をこねると言う事は、ノエリア様のお楽しみを邪魔するのと同義じゃぞ・・・。」
 『う・・・!!』
 ノエリア。
 その単語が出てきた途端、エミリアの顔色が変わる。
 「それがどういう意味か、分からぬ訳ではあるまい?」
 『・・・・・・。』
 煮え切らぬ顔をしながらも、頷くエミリア。
 「そうじゃ。存在を続けたければ、せいぜい仕える事じゃ。あの方の、興のためにな。」
 そう言うと、シャドウは手にしていた写魂鏡を放る。
 黙ってそれを受け取るエミリア。
 シャドウはペタペタと湿った足音を響かせながら自分の“場”へと足を進める。
 見れば、魔法陣の四方にはすでに陣取った皆の姿。
 「それでは、始めるぞ。」
 そして、異形の老爺は厳かに宣言した。


 「・・・にしてもよ・・・。」
 「何じゃ?」
 アバンスの声に、シャドウが答える。
 「“あんなもん”にこんな面倒な術使って、どうする気だ?」
 そう言って、陣の中心を指差す。
 そこには、無造作に転がされたギゴバイトの亡骸。
 「やれやれ、皆同じ事を訊きおる。」
 溜息をつくシャドウ。
 「いい加減、説明するのも疲れたわい。黙ってやれば良い。そうすれば事の次第は洗い浚い分かるというものよ。」
 「ああ、そうかい。じゃあ、せいぜい楽しみにさせてもらうさ。」
 そして、アバンスは瞑想する様に目を閉じる。
 しばしの間。
 「皆、準備はよいな?」
 その声に、全員が頷く。
 それを確認し、シャドウは自分の杖を構える。
 「イビル・イビリア・イビリチュア・・・」
 込める念とともに、紡がれ始める呪文。
 場にいる皆が、それに倣う。
 「昏き泉に迷いし御魂 黒き水面みなもに堕ちし禍月 其は架け橋 其は導 汝を望むは我が御神 汝が求むはかの慈愛 其が導きに身を委ね 虚ろの地より戻り来れ 在りし真理を欺きて 冥主が地より逃げ来たれ」
 ポゥ・・・
 言葉の結びと共に、それぞれが持つ儀水鏡が銀色の光を放ち始める。
 そして、
 ドロリ・・・
 光は、まるで液体の様に儀水鏡からあふれ出し、魔法陣の内側へと流れ込んでいく。
 四つの儀水鏡から流れる光。それが、見る見るうちに魔法陣の中を満たしていく。
 その様は、まるで巨大な鏡。
 そこに、中天にかかる月から煌が堕ちる。
 煌は魔法陣の鏡に反射し、再び天に昇る。
 と、その煌を、今度は鏡の中心に浮いていたエミリアの写魂鏡が受け止めた。
 煌を受ける鏡に映るのは、横たわるギゴバイトの亡骸。
 合わせ鏡。
 動かぬギゴバイトの姿が、幾重にも連なり映る。
 そして、その奥に―
 『つかまえた・・・。』
 呟く様な、エミリアの声。
 その瞬間、
 ボウッ
 上下幾重にも連なる鏡の奥。
 そこに、蒼白い光が灯る。
 『さぁ、おいで・・・。』
 その声に答える様に、光が鏡の中を動き始める。
 ボッ ボボボボボボボボッ
 ギゴバイトの亡骸に向かって迫る、光の塊。
 そして―
 ボンッ
 上下の鏡から飛び出した光が、挟み打つ様にギゴバイトの身体にぶつかる。
 一瞬、宙に浮くギゴバイト。
 ポタリ
 その身が落ちると同時に、床に広がっていた鏡が消えた。
 それを見届けると、
 「・・・プハァッ!!」
 「ああ〜、しんどかった。」
 口々にそう言いながら、床に崩れるアバンスとエリアル。
 「クポポ、情けないのう。これしきの事で。まだまだ修行が足りん証拠じゃ。」
 笑うシャドウ。
 汗まみれになりながらも、その足取りには微塵の揺らぎもない。
 「・・・うっせぇ!冷血爺・・・!」
 「あんたみたいな化け物と一緒にしないでよね・・・。こちとらか弱い女の子だっつーの・・・!!」
 口々に毒づきながら、アバンスとエリアルは床の上のギゴバイトを見る。
 「・・・で、上手くいった訳?これで“失敗でした〜”なんて洒落になんないんだけど?」
 「・・・心配ない。」
 エリアルの問いに、一人平然としているヴァニティが答える。
 「手ごたえはあった。見ろ・・・。」
 そう言って指し示す先で、ギゴバイトの身体がビクンッと跳ねた。
 ビクンッ ビクンッ
 降り注ぐ月明かりの中。もの言わぬ骸であった筈のその身体が、陸に上げられた魚の様に何度も跳ねる。
 そして―
 『あ゛、あ゛ぁああああ゛あああ〜・・・!!』
 大きく開けられたその口から、呻きとも悲鳴ともつかない声が発せられた。
 それを聞いた皆の顔に、笑みが浮かぶ。
 「魂(こん)と魄(はく)、滞りなく戻り宿った様じゃな。『儀水鏡の反魂術(リチュア・ウテーロ)』、成功じゃ。」
 シャドウは満足気にそう言うと、クポポ、と冷たく笑った。


 『儀水鏡の反魂術(リチュア・ウテーロ)』。
 リチュアが有する、禁呪の一つ。
 転生術の一つでありながら、其が属するは闇の領域。
 離れた魂魄を肉体に戻す代わりに、その精神や心を犠牲にする。
 本来、生き傀儡(フレッシュ・ゴーレム)等の素材を作り出すための術であり、逝きし者を悼み、その想いを成就させるために行われる他の蘇生術や転生術とは根本的に袂を分かつ代物である。
 今、それを施されたギゴバイト。
 彼も例に洩れず、ただ“生きているだけ”の存在として暗い床の上でのたうっていた。
 『ああ゛ぁああ゛ぁぁあぁあ・・・!!』
 「五月蝿いわねぇ。で、この後どうすんの?まさか、フツーに人形(労働力)にする訳じゃないでしょう?」
 絶え間なく上げられる奇声に顔をしかめなが、エリアルが訊く。
 「そう急くな。物事には順序と言うものがあろう。」
 汗を拭き拭き答えるシャドウ。
 エリアルは、露骨にウンザリした顔になる。
 「はぁ?ここまで来て、まだ引っ張るってか?下手な芸人じゃあるまいし、いい加減にしてよね!!」
 余程イラついたのだろう。エリアルはのたうち回るギゴバイトに近づくと、八つ当たり気味に蹴り飛ばそうとする。
 と―
 宙を彷徨っていたギゴバイトの視線が、エリアルに合った。
 途端、
 『あ、あぁ・・・え・・あ・・・』
 「は?」
 『えり・・・エリ・・・ア・・・エリ、ァア・・・!!』
 半開きの口が確かにそう紡ぎ、空をかいていた手がエリアルに向かって伸ばされる。
 「ほ?」
 「な!?」
 「ほう・・・?」
 『え!?』
 その場にいた全員が、声を上げる。
 「こいつ、“心”が残ってるのか!?」
 「その様じゃのう・・・。これはまた奇異な・・・。」
 驚きを隠せないアバンスにそう頷きながら、シャドウはギゴバイトに近づいていく。
 『エリア・・・エリア・・・エリァア・・・!!』
 「・・・どうも、エリアル(お主)の事を呼んどる様じゃのう?知り合いじゃったか?」
 シャドウの問いに、エリアルはあからさまに嫌な顔をする。
 「知らないわよ!!こんな貧相な蜥蜴なんか!!だいたいあたしは“エリア”じゃなくてエリアルだっての。」
 嫌悪も露なその態度に、苦笑いしながらもシャドウは続ける。
 「ギゴバイト(こやつ)、そう馬鹿にしたものでもないぞ。ほれ。」
 そう言うと、シャドウは自分の杖をギゴバイトに押し付ける。
 淡く光り、魔力を発し始める杖。禍々しい光が、ギゴバイトの中へと流れ込んでいく。
 すると、ギゴバイトの身体に変化が現れ始める。
 メキ・・・メキメキ・・・ゴキ・・・
 「え!?えぇ!?」
 「な、何だぁ!?」
 『な、何事〜!?』
 驚く皆の前で、小さなギゴバイトは精悍な体躯を持つ『ガガギゴ』へと変貌を遂げていた。
 「ほい。」
 プシュ〜
 シャドウが杖を離すと、ガガギゴの身体は見る見る縮み、ギゴバイトへと戻る。
 「あ〜ビックリした。何よ?今の。」
 「今行ったのは、”擬似契約”じゃ。」
 「”擬似契約”?」 
 目を丸くしているエリアルに、シャドウは言う。
 「一部のモンスターに見られる特性じゃがな。特定の主に使役し、魔力の供給源を得た場合、それによって急激にレベルアップするのじゃ。」
 「へぇー、何それ。結構面白いじゃない。」
 エリアルの顔に、初めて興味の色が浮かぶ。
 感心の息を漏らしながらしゃがむと、横たわるギゴバイトの顔を覗き込む。
 虚ろな目がエリアルを映し、戦慄く口がその言葉を紡ぐ。
 『エリ・・・ア・・・エェリィ・・・ア・・・』
 「はーい。エリアはここでちゅよー。良い子でちゅねー。よちよち。」
 すがる様に手を伸ばすギゴバイトに己の手を握らせながら、エリアルはからかう様に笑う。
 そんな様を見ながら、シャドウは頷く。
 「ふむ・・・。丁度良い。エリアル。この玩具、お主にくれてやろう。」
 「へ?良いの?」
 ポカンとするエリアル。
 「うむ。」
 「だって、これはノエリア様のための座興だって言わなかった?」
 「その座興のために必要な事なのじゃ。お主にはこやつ用の魔力ブースターになってもらう。」
 「・・・どういう事?」
 エリアルはシャドウの言葉に、頭を捻るばかり。
 「すぐに分かる。今はとりあえずこやつに証印を押せ。お主の使い魔にするのじゃ。」
 「はぁ。何考えてんのか知らないけど、そういう事なら遠慮なく。」
 そう言って、エリアルはギゴバイトの胸に自分の杖を押し付ける。
 杖が魔力の光を放ち、ギゴバイトにリチュアの証印を刻み付けた。
 『う・・・うぅ、あ・・・エリ・・・アァ・・・』
 「何?まだ何か言いたい事あんの?」
 耳を寄せるエリアルに向かって、戦慄く声が言う。
 『ち・・・ちか、ら・・・』
 「ん?」
 『ち・・・から・・・ちから・・・』
 「力?」
 『ほし・・・い・・・ち、から、が・・・ほ・・・しい・・・』
 「・・・ほう?」
 その言葉を聞いたシャドウが屈み込む。
 「お主、“力”が欲しいのか?」
 焦点の合わない目。
 それが頷く。
 「そうかそうか・・・。ならばその願い、叶えてやろうぞ。」
 その顔に老獪な笑みを浮かべながら、シャドウは言う。
 胸に下げられた儀水鏡がギゴバイトを映し、妖しく輝いた。


 シャドウとエリアルがギゴバイトを連れて去った後、残された三人は彼らの消えた通路を見据えながら佇んでいた。
 「まったく、あの冷血爺、えげつない事考えやがる。」
 「だが、確かに面白い・・・。」
 嫌悪も露に毒づくアバンスに対し、相変わらず冷静な口調のヴァニティ。
 「成功すれば、ノエリア様に奉げる座興としてはなかなかのものになるだろう。」
 言いながら、クルリと踵を返す。
 「けどよ。アイツ、それをノエリア様のために使うとは限らないぜ。」
 懐疑的なアバンスの言葉に返るのは、しかしクックッという酷薄な笑い声
 「放っておけばいい。大方、“この間の失態”を取り戻すのに必死なのだろう・・・。」
 歩くヴァニティの姿が、部屋の闇の中へと溶け込み始める。
 「何かを企んでいるとしても、所詮は多少知恵が回るだけの老いぼれ。事が起こればその時叩き潰せばそれでいい・・・それに・・・」
 白い親指が、肩越しにシャドウ達が去った方向を指差す。
 「“あいつ”にも、いつまでもただ飯を食わせておいてやる道理はないのだからな・・・。」
 そして、またクックッという笑いを残し、ヴァニティの姿は闇の中へと消えた。
 「・・・チッ!!」
 苛立たしげに舌打ちをすると、アバンスは腰に挿した剣を抜き一閃させる。
 パララ・・・
 燭台に挿された蝋燭が根元から絶たれ、床に散らばる。
 落ちた蝋燭の火が、絨毯に燃え移って大きな炎を上げる。
 『・・・やめなよ。みっともない。』
 そんな言葉とともに、白い手がかざされる。
 それに制される様に炎は勢いを失い、消えた。
 『気持ちは分かるけど、荒んだ所で何にもなりゃしない。』
 「・・・ああ・・・。悪かったよ・・・。」
 ガラリと口調の変わった“彼女”に向かって、アバンスは言う。
 そして、しばしの間の後彼はもう一度口を開く。
 「けど、それはお前もそうだろ。あんな真似、やめてくれ。見ていて、辛い。」
 『はは・・・。少しは、サービスになったかな?』
 「馬鹿!」
 声音を少しだけ荒げ、彼は言う。
 『ごめん・・・。でもね、最近は正気を保つのも辛くて・・・。』
 「・・・・・・。」
 『たまに、分からなくなる・・・。今の自分が正しいのか、道化でいる自分が本当なのか・・・。』
 「それは・・・」
 『御免ね・・・。貴方はこうやって、頑張ってくれてるのに・・・。』
 「・・・・・・。」
 もう、言葉は続かない。
 彼は黙って彼女に近づくと、その身体をかき抱く。
 腕の中にあるべき温もりは、空気の様に虚ろだった。



                                       続く

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