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2017年10月29日

―皐月雨―・3(半分の月がのぼる空・しにがみのバラッド。・シゴフミ・クロスオーバー二次創作)

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 作成絵師:ぐみホタル様(https://skeb.jp/@Gumi_Hotaru

 半月クロスオーバー二次創作、「皐月雨」、3話目掲載です。




                ―白夢―


 リン
 澄んだ鈴の音が、朦朧としていたあたしの意識を覚醒させた。もっとも、こんな状態が覚醒なんて言えるかは疑問符がつく所だろうけど。とにかく、その時、あたしが”あたし”という存在を明確に認識した事は確かだった。
 「ここは……?」
 自分の置かれた状況が分からずに、周りを見回す。でも、その混乱はすぐに収まった。周りを囲んでいたのは、白い壁に白い天井。ピッピッと光を刻む機械。シューシューと呼気を漏らす酸素吸入器。ポツポツと雫を落とす、点滴。そして、白いシーツに冷たいステンレスのベッド。あまりにも、見慣れた光景。
 ――病院――
 そうだった。あたしはあの時、学校で美術室に向かう途中だった。その階段の踊り場で、引き攣れる様な胸の痛みに襲われてそのまま……。
 ベッドの上を見ると、そこにはもう一人のあたしが横たわっていた。沢山のコードや、チューブにつながれて。この姿も、あたしには見慣れたもの。もっとも、こんな客観的な視点で見た事はなかったけど。ふと、こっちの自分の手を見る。うっすらと、透けて見えた。思わず、笑いが漏れる。なるほど、そういう事か。空想の描写だとばかり思っていたけれど、どうしてどうして。人の想像力とは、侮れないものだ。
 ……そう……。
 あたしは、理解した。あの後、自分がどうなったのかを。冷静に理解できる程に、心は凪いでいた。何故なら、これはずっと前から分かっていた事だから。いつかは来ると、覚悟していた事だから。そう。それがちょっと。そう。ほんのちょっとだけ、思っていたより早かっただけの事だから。
 ベッドの傍らには、椅子に座ったママが俯いて目を閉じている。腰を屈めて耳を寄せると、静かな寝息が聞こえた。多分、疲れて眠ってしまったのだろう。ご苦労様。長い間、支えてくれて、ありがとう。苦しむ様を見せずに逝けるのが、せめてもの救い。どうか、母親(このひと)の残りの人生(時間)が、安らかなものであります様に。ママの頬にキスをして、身を起こす。ピッピッピッ。心電図の機械は、まだあたしの鼓動を刻んでいる。本当の”その時”が訪れるのには、もう少し間があると言う事なのだろう。
 「ちょっと、ごめんね」
 横たわる自分にそう言うと、あたしはベッドの端に腰を下ろした。
 ハァ……
 一息、息をつく。カーテンの隙間に目をやると、窓を滴る水滴が見えた。朝降っていた雨は、今も振り続けているらしい。出来れば最期に、綺麗な月でも見たかったんだけど。
 心残りがないと言えば、嘘になる。もっと語り合いたい、友達がいた。もっと見たい、世界があった。もっと感じていたい、光があった。”あの頃”のあたしなら、こんな思いは抱かなかっただろう。白い病室と、本。それだけが、世界の全てだったあの頃だったなら。でも、今のあたしにはあまりにも大事なものが多過ぎた。あまりにも多過ぎて、素直に成仏出来る自信がないくらいだ。全く、なんて事だろう。本当なら、立つ鳥は何とやら。何の未練も残さず、スッキリと逝く予定だったのに。これは一体、どういう事だ?誰のせいだ?誰のせい?そんなの、決まってる。あいつだ。あいつのせいだ。馬鹿で間抜けで三枚目でヘタレのくせにいいカッコしいで。従順で犬みたいで臆病なくせに無茶ばっかりして。心配性で、口煩くて、優しくて、温かい、あいつ。あいつが、あたしに教えたのだ。世界の美しさも。光の眩さも。人の、温かさも。そう言えば、ここにはあいつがいない。どう言う了見なのだろう。あたしがこんな事になっているのに、側にいないなんて。まぁ、確かに病院には基本親族しか宿泊できないものだけど。そんなの関係ない。あいつは、ここにいなきゃいけないのだ。いるべきなのだ。でないと、最後に我侭の一つも言えない。さようならも出来ない。ありがとうも言えない。抱き締めてもらう事も、出来ない。
 ……そう。あたしは、抱き締めて欲しかった。抱きしめられて、逝きたかった。彼の、腕の中で終わりたかった。
 「裕……一……」
 知らずのうちに、彼の名が口をつく。
 「裕一……」
 彼の名を呼ぶうちに、乾いた笑いがこみ上げてきた。
 もうどうしようもないのに、諦めきれない自分。
 そんな自分が滑稽で、ただ笑い続けた。
 どうしてなのだろう。ずっと。ずっと、こうだった。あたしの大切なものは、みんなあたしの腕の中をすり抜けていく。それでも、ずっと我慢してきた。仕方ないのだと。どうしようもない事なのだと、自分に言い聞かせてきた。なのに。なのに。神様というのは、つくづく酷いヤツだ。きっと、どうしようもないロクデナシに違いない。どうして、最期の願いくらい聞いてくれないのか。分らず屋のひとでなしめ。こんな事を思ったら、天国じゃなくて地獄に蹴落とされてしまうかもしれない。けれど、構うものか。どうせ、彼のいない世界なんて、地獄と大差ありゃしない。覚悟しろ。神様。もっと毒づいてやる。もっと悪口を言ってやる。せいぜい、辟易するがいい。
 あたしが、笑いながらそう思ったその時――
 ――リン――
 また、あの鈴の音が響いた。そして、
 「大丈夫だよ」
 その声が、聞こえた。
 思わず上げた、視線の先。そこに、”彼女”はいた。


 最初に目に入ったのは、白。粉雪の様に白い髪と肌。そして服。
 次に目に入ったのは、赤。雪原に咲く薔薇の様に真っ赤なシューズ。
 そして、最後に気づいたのは黒。”彼女”の肩に乗る、一匹の黒猫。その首にかけられた、大きな赤い首輪。それに下げられた大きな鈴が揺れる度、澄んだ音色がリンリンと鳴った。
 いつの間にか、あたしの前に真っ白な女の子が立っていた。
 「大丈夫だよ」
 幼いけれど、妙に大人びた声で彼女は言った。
 「彼はちゃんと病院(ここ)にいるから。ちょっと違う場所にいるけれど。あなたが呼べば、すぐに飛んでくると思うよ」
 女の子の声は、ひどく優しくあたしの鼓膜を震わせる。
 「……裕一の事、知ってるの?って言うか、あたしが、見えるの……?」
 そう。だって、今のあたしは……。
 「う〜ん。その認識は、ちょっと違うかな?」
 あたしの問いに、女の子はそう答える。
 「正確には、あなたがあたしを見える様になったの。今のあなたは、あたしと近い存在だから」
 「近い存在……?」
 そこまで言って、あたしはある事に思い当たる。そう。巷ではよくある話。
 「ああ、そういう事……」
 「?」
 妙に納得した様なあたしの顔を見て、女の子が小首を傾げる。そんな彼女を、しげしげと眺める。そうと思えば、薄闇に浮かび上がる白い姿は、まさしく”それ”のイメージにピッタリだ。思わず、フフッと乾いた笑いが漏れる。
 「なるほど。病院には多いって言うもんね。新しい”お仲間”に会いに来たんだ」
 アハハ。
 そうかそうか。あたしもとうとう、”そっち”の仲間入りか。でも、それもいいかもしれない。神様なんかの元なんて、最初っからごめんだし。このままお化けになるのも、一興かもしれない。どうだろう。折角だし、この娘(先輩)にこれからの心構えでも指導してもらおうか。
 そんな事を考える自分が馬鹿らしくて、ますます笑いがこみ上げてきた。目からは、相変わらず涙がこぼれている。それを拭いながら、あたしはアハハと声を上げて笑った。
 「……ねえ。この娘、何か勘違いしてない?」
 不意に、そんな声が響いた。聞いた事のない、男の子の声。目の前から聞こえてきたけど、白い女の子の声じゃない。当然、あたしの声でもない。
 笑うのをやめて目を向けると、あたしを見つめる金色の瞳と視線が合った。それは、女の子の肩に乗っていた黒猫。そこだけ白い尻尾の先端を振りながら、その子は口を開いた。
 「おい、お前。僕らの事、幽霊か何かだと思っていないだろうな。だったら、凄い間違いだぞ。それ」
 猫が喋った。ちょっと驚いたけれど、まあお化けの飼い猫だし。それくらい、アリなのかもしれない。
 「……その子、喋るんだ」
 そう訊くと、白い女の子はニコリと微笑んで応じる。
 「うん。ほら、ダニエル。挨拶しなさい」
 ダニエル、と言うのが黒猫の名前らしい。なかなか、洒落ている。
 「へえ。ダニエルって言うんだ。よろしく。ダンちゃん」
 「あ、どうもよろしく……じゃなぁああああい!!」
 一度頭を下げてから叫ぶダニエル君。なかなかのノリツッコミだ。
 「ダンちゃんって呼ぶな!!ボクは天上に名だたる仕え魔を輩出した名家、「アラーラ家」のダニエル・ド・アラーラだ!!大体仲間友人にならまだしも、お前みたいな赤の他人にそんな呼び方される筋合いはないぞ!!」
 ギャアギャアと喚きながら憤慨する、ダニエル君。どうやら、なかなかの出自らしい。不用意な発言で、プライドを傷つけてしまったのかもしれない。ちなみに、さっきから背中に蝙蝠みたいな翼を生やして飛び回っている。でも、もう驚く事ではない。お化けの飼い猫だし、そんな事もあるだろう。
 「ほらほら、騒がないの。落ち着いて。”ダンちゃん”」
 飛び回るダニエル君を捕まえた女の子がそう言ってあやすけど、ダニエル君は「だからダンちゃんて呼ぶなぁああああ!!」と叫んでますますヒートアップしている。多分、いや、絶対わざとだろう。
 このコンビ、見ていると心が和む。さっきまで胸を満たしていた悲しさや虚しさが、少しだけ収まった。お化けと言ったら、もっと湿っぽくて陰気なものを想像していたのだけれど、実際に会ってみないと分からないものだ。でも、いつまでも見ている訳にも行かないのかもしれない。多分。きっと。
 だから、あたしは問う。
 「ねえ」
 「ん?」
 「あたしは、これからどうしたらいいの?どうなれば、いいの?」
 その言葉に、ダニエル君を弄っていた女の子がこっちを見た。黒目がちな眼差しが、あたしを見つめる。その綺麗さが怖くて、あたしは少し視線を逸らした。
 「……あなたは、どうしたいのかな?」
 白い女の子が訊き返してくる。でも、あたしに答える術はない。そもそも、こんな身になった自分に、何が出来るかなんて分からない。でも、ちょっとだけ思う所はあった。
 「……あたしは……」
 言うより先に、女の子の口が動いた。
 「……”彼”の傍に、いたい?」
 「……!!」
 まるで、あたしの思考を読む様な言葉だった。
 そう。この期に至っても、あたしはまだ彼の事を諦めていなかった。諦められて、いなかった。もしも。もしも、叶うならば……。
 あたしは、ゆっくり頷いた。
 それを見た女の子は、目を閉じて大きく息をついた。とても。とても悲しそうに。
 「……彼の事、大事?」
 「……うん。大事」
 ほんのちょっと躊躇してから、しっかりと言葉にする。それを聞いた女の子が、少し目を細めた。
 「強い、想いだね」
 「そうかな?」
 「強いよ。あなたを迷わせるくらいに」
 「迷わせる?」
 小首を傾げると、女の子は黒い瞳であたしを真正面から見た。
 「人の強い想いは、時として魂を迷わせる。迷わせて、魂を地上に縛ってしまう」
 物凄く、真剣な表情。さっきまでダニエル君とじゃれていた、女の子相応のそれとはまるで違う。凄く大事な話をしているんだという事が、如実に分かった。だから、あたしも真剣に訊く。
 「そうなると、どうなるの?」
 「永遠に、彷徨う事になる」
黒い瞳を揺らしながら、女の子は静かに話す。
 「想いに縛られた魂は、道を失う。天に昇る事も、次の生を受ける事も出来なくなる。想いに引きずられて、彷徨って、いつか壊れる」
 ……壊れる。その言葉に少し心がゾクリとした。
 「壊れた魂は、違うモノになる。”違う存在”になって、未来永劫、泣き続ける」
 「……それって、悪霊とか怨霊とか……そういうのになるって言う事?」
 「人間(あなた達)の認識で言うなら、そういう事かな」
 そう言う女の子顔は、少し悲しそうだった。ひょっとして、過去にそうなってしまった魂達を悼んでいるのだろうか。優しいんだ。素直に、そう思った。思いながら、今聞いたばかりの話を反芻する。
 「……今のままだと、あたしもそうなるの?」
 「そうだね。可能性は、強いと思う」
 あたしが悪霊に?考えた事もなかった。そもそも、死んだ後の自分なんて、気にした事もなかったし。人にとっては、生きている時間だけが全て。それが終われば、後は消えてなくなるだけ。ずっと、そう思っていた。実際、パパは消えた。残ったのは、小さな欠片だけ。会いに来てくれた事も、声を届けてくれる事もなかった。幼いあたしが、どんなにそれを望んでも。
 「それは、あなたのお父さんが何の想いも残さずに散華したから」
 女の子が言う。まただ。たまにこの娘は、心を先取る。でも、今回はそれが少し癇に障った。
 「……パパが、ママやあたしの事を気にしてなかったって言うの?」
 「そうじゃない」
 少なからずの憤りを込めた言葉を、だけど女の子は静かに受け止める。
 「あなたのお父さんが想いを残さなかったのは、あなたのお母さんと、あなたの未来を信じていたから。決して、あなた達を軽んじていたからじゃない」
 「どうして、あなたに分かるの?」
 「そういう、ものだから」
 よく分からない答え。でも、その前に分かった事が一つ。それを確かめるために、あたしは女の子に言った。
 「……想いが残らなければ、魂は消えちゃうんだね」
 「消える訳じゃないよ。次の命へ、渡るだけ」
 意味のない答え。あたしは続ける。
 「同じ事じゃない。今のあたしは、いなくなる」
 「………」
 否定がない。肯定と受け取る。
 「でも、想いを持ち続ければ、あたしはあたしでいられる」
 「………」
 無言。肯定。だから、続ける。
 「あたしでいられるなら、あたしは今の想いを忘れない。忘れないでいられる」
 「………」
 また無言。肯定。それなら、次の言葉は決まってる。
 「――なら――」
 「駄目」
 あたしの言葉を先取る様に、女の子が言った。でも、止まらない。

 「――あたしは、このままでいい。このまま、ここにいる」

 女の子の顔から、表情が消えた。でも、構わない。
 そう。それが、あたしの選ぶ道――


 「………」
 「………」
 たっぷりの沈黙の後、女の子が口を開く。
 「それは、あるべき形じゃない」
 想像通りの言葉。静かに。諭す様に。だけど、
 「そんなの、知らない」
 拒絶する。
 「いつか壊れるって言った」
 また言った。止める様に。思い直す様に。けれど、
 「それでも、あたしはあたし」
 どこまでも、拒絶する。
 「あたしは、あたしでいたいから。それを選んで壊れるっていうなら、あたしはそれで構わない」
 言いたい事は、それだけ。そしてあたしは言葉を終えた。終えようとした。
 けれど。
 だけど。
 女の子が、ゆっくりと首を振った。
 「……少し、違うね」
 言葉と共に、全てを見通す様な黒い瞳があたしを射抜く。
 「あなたは、自身の事なんてどうでもいい。忘れたくないのは、彼の事。彼の事だけを、想ってる」
 見透かされてる。でも、それならそれでいい。あたしは薄く笑って、答える。
 「……分かるんだ」
 「分かるよ。考える程の事でもないから」
 そう。あたしは失いたくなかった。裕一を。裕一への、今の想いを。それに比べたら、次の命に渡る事も、自分が壊れる事も、天秤の秤に乗りすらしなかった。だから、抗う。突き放す。
 「分かっているなら、邪魔しないで。放って、おいて。あたしは、ここにいるから。裕一と、同じ所にいるから」
 女の子の顔が変わった。今までの、優しい顔じゃない。冷たい、能面の様な顔だった。一瞬、ドキリとした。だけど、引く事なんて出来る筈もなかった。
 「……変わらないんだね」
 さっきまでとはガラリと変わった冷たい声で、女の子が言う。あたしも、負けずに返す。
 「変わらないよ。何度も言わせないで。あたしは、裕一と一緒にいる」
 バッサリと、切り捨てた。捨てた、つもりだった。


 それは、一瞬だった。
 ほんの一瞬だけ、泣きそうな顔をして。
 だけどすぐに、冷たい顔に戻って。
 女の子は、あたしを見つめた。


 「おい、コラ」
 突然、ダニエル君が割り込んできた。
 蝙蝠の羽でパタパタと羽ばたきながら、あたしに食ってかかる。
 「お前!!ちょっと我侭だぞ!!こっちは心配して言ってやってるのに!!何だよ!?その態度は!!」
 ギャアギャアと憤るダニエル君。だけど、あたしはそっぽを向く。
 「知らない。そっちが勝手に心配してるだけ。関係ない。大体、君達だってお化けじゃない。同じ事してるのに、どうこう言われる筋合いない」
 「な、何だと―――!!」
 憤慨極まると言った感じで、ダニエル君が尻尾を膨らませる。まるで、ブラシだ。
 「お前、まだボク達の事幽霊だって思ってるのか!?」
 「だって、お化けでしょ?君だって、話すし、空飛んでるし」
 「違う!!そんな理由で幽霊扱いするな!!そもそも、九官鳥だって話すし飛ぶじゃないか!?」
 「じゃあ君、九官鳥なんだ」
 「ちーがーうー!!もう!!何て言ったら分かるんだよォオオオ―――ッ!!」
 頭を抱えて空中を転げ回る、ダニエル君。あたしはツンとそっぽを向く。
 その時、
 急に伸びてきた手が、空中を転げまわるダニエル君の尻尾を捕まえた。「ふぎゃ!!」と言って宙吊りになるダニエル君。
 手の主は、女の子だった。ダニエル君をぶら下げたまま、彼女はあたしに向かって言った。
 「……自己紹介、まだだったよね」
 「……え?」
 急な言葉に、戸惑うあたし。一方、それを聞いたダニエル君が、ニュッと身体を起こした。
 「やるの?やるんだね!?」
 「やるけど、そんなに力まないでよ」
 やる気満々のダニエル君に比べて、女の子は何か嫌そうだ。って言うか、何をやるつもりなのだろう。
 ダニエル君は「いいか!!よく見てろよ!!」と言うと、クルリとその身を丸めた。尻尾を足元から前方に持ってきて、前足で器用にそこだけ白い尻尾の先端を掴んだ。丁度、ダニエル君の身体が輪を作る形になる。
 「いいよ!!」
 「うん」
 そう声をかけられると、女の子は猫の輪の中に手を突っ込んだ。それを見たあたしは、思わず息を呑む。
 ダニエル君が作った猫の輪。その中に差し入れられた女の子の腕が、こちら側に突き抜けてこない。当惑するあたしの前で、女の子は輪の中をまさぐる様な仕草を見せる。
 「えっと……。どこだっけ?」
 「ひゃっ……!ちょっ、激しすぎ!!あふっ!!」
 「……こんな時にまで、リアクション取らなくていいってば」
 「ふひゃあぁあああああああ」
 変な声を出して身をよじるダニエル君にブツブツ言いながら、女の子は輪の中を探る。その間、ずっと喘ぎ続けるダニエル君。なるほど、これは嫌かもしれない。
 「ああ、あったあった」
 そう言うと、女の子は輪の中から手を引き抜いた。
 「ひぁあ!!」
 断末魔の叫びを上げたダニエル君が、ヘロヘロと床に落ちる。
 床で伸びるダニエル君を無視して、自分の手を見やる女の子。その手には、白いカードケースの様なものが持たれていた。華奢な手が、ケースの蓋をパカリと開ける。
 「はい」
 そう言って、取り出したカードを一枚こっちに飛ばしてきた。思わず受けとると、床の上で硬直していたダニエル君が、「いいか〜。目ぇ開いてよく読めよ〜」などと呪詛を唱える様に言ってきた。言われるままに、手の中のカードを見る。それには大きめの女の子の写真と、何やら文字が印刷されていた。身分証明書だと気づくのに、時間はかからない。印字された文字に、目を走らせる。

 『死神「A」の100100号』

 そこには、そんな文字が書き込まれていた。
 一瞬、呼吸が止まった。
 「しに……がみ……?」
 「100100号が呼びにくいなら、モモって呼んでいいよ。100と100だから」
 呆然と呟いたあたしに、女の子――モモが言う。その声に顔を上げたあたしは、凍りついた。
 いつの間にか、モモの右手に一本の棒が握られていた。彼女の背丈の倍はある、長い棒。その先端で、大きな逆L字型の刃が不気味な鈍色に光っていた。
 それは、巨大な首狩り鎌。死を、象徴するもの。
 ガタッ
 思わず立ち上がったあたしを、モモの視線が追う。ようやく立ち直ったらしいダニエル君が、「どうだ〜!!これで分かっただろ〜!!」と勝ち誇る様に言った。
 「死神……?あなたが……?」
 「身分証明書(それ)に、書いてあったでしょ?」
 後ずさるあたしに、モモが淡々とした口調で話す。さっきまでとはまるで、別人の様だ。
 「……騙してたの?」
 「騙してないよ。あなたが、勝手に勘違いしてただけ」
 言いながら、大鎌をブンと振る。鈍い光が、あたしの喉元に突きつけられた。
 幽かに感じる冷気に、背筋が総毛立つ。
 「あたしを、連れていくつもり……?」
 乾いた喉から、絞り出す言葉。冷えた声で、モモが答える。
 「そうだね。あなたがそんな事を望むなら、あたしはあなたを連れて行かなきゃならない」
 壊れると分かってる魂を、放っておく事は出来ないから。
 優しく、だけど冷たくそう言って、モモは鎌を持つ手に力を込めた。
 「―――っ!!」
 死神の大鎌が、天井近くまで振り上げられる。その切っ先が狙うのは、違う事なくあたしの脳天。
 「怖がらなくていいよ。痛くはないから」
 そんな言葉、何の慰めにもなりゃしない。
 「……言ったでしょ。あたしは、逝かない」
 せめてもの抵抗の様に、あたしは訴える。
 「無理。あなたは死ぬんでしょ。それなら早く、行くべき場所に行った方が楽になれる」
 「裕一のいない場所なんて、行ったって意味ない!!」
 必死の叫びも、もう届かない。
 「それは、執着だよ。あなたの魂を、縛り付ける。そんなのは、ただ不幸なだけ」
 抑揚のない声で、モモが言う。無慈悲に。切り捨てる様に。
 「うるさい!!」
 叫ぶ。振り払う様に、喚き散らす。
 「縛られたっていい!!不幸だって言うなら、言えばいい!!それでもあたしはいたいの!!裕一と一緒にいたいの!!」
 「エゴだね。そんな想いは、彼も不幸にする」
 「!!」
 その言葉が、加熱した頭に冷水をかけた。
 「裕一を……不幸にする?」
 「そう」
 見つめてくる、モモの目。それが、一瞬悲しげに揺らいだ。
 「壊れた魂は、もう自分を止められない。想いのままに暴走して、周りを巻き込んでいく。思う相手も、それに関わる人も、果ては行きずりの人までも、全部全部、不幸にしていく」
 「あたしは……あたしは、そんな事……」
 言い訳を探す。でも、そんなものは見つからなくて。
 「無理だよ。どんなに頑張っても、行き場をなくした魂はいずれそうなる。理屈じゃない。そう言う、ものだから」
 最後の宣告。足から、力が抜けた。カクリと膝が折れて、座り込む。抗う言葉も、術も、道理さえもが、もうなかった。それでも、最後の足掻きの様に呟く。
 「……どうして……どうして……?裕一だけなのに……あたしは、裕一と一緒にいたいだけなのに……」
 「それは、あなたが死んでしまうから」
 透麗な声が、言った。俯いていた目を上げる。鈍色に光る、死の象徴。それを掲げたモモが、あたしを見つめていた。その眼差しが、とても辛そうに見えたのは気のせいだろうか。
 「人は死んでしまったら、それで終わり。その人と言う存在は、終わり。次の命へ渡るか。それとも、彷徨って壊れるか。二つに一つ。それだけの話」
 さっきまでの、冷淡な囁きとは違う。何か、今にも泣き出しそうな、そんな声だった。
 「人は、死ぬ事では何も得る事は出来ない。死んだ人が輝いて見えるのは、その人が一生懸命に生き抜いて、その果てに”遺す”ものが出来るから。遺したものが輝いて、その人が生きた証になる。全部、生きたからこそ、生き抜いたからこそ、出来る事。死の向こうで手に入るものは何もない。例え、その想いがどんなに純粋で気高くても。死んでしまえば、全ては終わりになるの」
 そして、モモは口を噤む。
 あたしは、言うべき言葉を失う。
 一時、深い沈黙があたし達を包んだ。
 キリリ……
 その中で、冷たい音が耳に響く。
 見上げると、掲げられた鎌が傾ぎ初めていた。あたしに向かって。ゆっくりと。色のない声で、モモが言う。
 「……もう、いいね」
 「………」
 抗うべき言葉はなかった。見つからなかった。
 けど。だけど――
 ――終わりになるの――。その言葉が、心を貫いていた。痛く、冷たく、貫いていた。痛みは疼きとなって。疼きは滾りとなって。そして――
 「……たくなかった……」
 知らずのうちに、口が言葉を紡いだ。
 鎌が、落ちてくる。その前に、せめて叫びたかった。

 「死にたくなんて、なかったわよ!!」

 ガツッ
 逸れた刃が、鈍い音を立てて床を突いた。でも、それにも気づかなかった。あたしは、叫び続ける。
 「死にたいなんて、思ってなかった!!死にたくなかった!!」
 喉が壊れるんじゃないかと思った。自分の中に、こんなにも激しい感情があるなんて知らなかった。自分でも、怖いくらいの激情。でも、止めようとは思わなかった。ただ。ただ。最後にこの思いを。本当の自分を。さらけ出したかった。
 「生きたかった!!もっとあそこにいたかった!!裕一の傍に、いたかった!!」
 叫びと共に、目から雫が落ちる。目を拭うけど、溢れ出したそれは止まらない。たまらず、両手で顔を覆う。ポタポタ。ポタポタ。雫が落ちる。
 「死にたくない……死にたくないよ……嫌だ……やだよ……」
 もう、恥も外聞もなかった。ただ、泣いた。泣きじゃくった。いつか、彼の胸でそうした様に。
 ……ずっと、モモの視線を感じていた。彼女は、子供の様に泣きじゃくるあたしを、
黙って見つめていた。床に当たった鎌は、動かない。まるで、その役目を終えた様に。
 「ねえ、モモ。もう、いいんじゃない?」
 そんな、ダニエル君の言葉が聞こえた。
 「そうだね。ダニエル。もう、大丈夫みたい」
 答える、モモの声が聞こえた。
 その声が、そのままあたしに向かう。
 「ねえ。生きたい?」
 問いかけてくる、声。
 考えるよりも早く、身体が動いた。頷く、あたし。
 「そう」
 何処か嬉しそうな声で、モモが言った。
 「じゃあ、生きなくちゃね」
 「……!!」
 思わず上げる視線。涙に潤む視界の中で、白い死神が優しく微笑んでいた。


                                     続く
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