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2017年04月29日

狙いはハジメ 古より響く闇の嘶きH (ナオシーさん作・学校の怪談二次創作)




 ナオシーさん作・学校の怪談二次創作、第9話!ラストに向けて、スパートです!!


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どんな困難であっても。

それが想う人の為であるなら。

心強い仲間と一緒であるなら。

人は乗り越えていけると信じている。

その道は、決して楽なものでなくても。

明けない夜は来ないのだから。

朝は必ず、やって来るのだから。




深夜闇に溶け込む病院は、これまた深夜の学校に負けないほど不気味な雰囲気を醸し出している。


時折、急患で飛び出す救急車のサイレンが、その場の緊張感をより一層高めている。


さつきは、母を亡くした記憶から病院というものにトラウマを持っている。


母佳倻子もあの日、突然体調が急変し、そのまま還らぬ人となった。
その記憶が、今も時に脳裏を掠め、さつきや敬一郎の胸に暗い影を落とす。

しかし、また同じように大切な人を失いたくないという気持ちが、今のさつきを突き動かしている。

四人は再びハジメの入院する病院へと戻ってきた。


「やはり、病室にヤツは現れるのでしょうか?」
「直接ハジメさんの魂を奪うのであれば、その可能性は高いですわね。」

そこは夜の病院の駐車場。

四人は病院に入る前に、最も鵺の現れそうな場所を軽く議論する。
とにかく時間が惜しい。

「なら、どうにかして病室に行かなきゃ!」

しかし、この時間に、急患でもないのに病院に入れてもらうのは難しい。
友達のお見舞いといっても、面会時間が過ぎていると断られるのが関の山だろう。

増して、妖怪がハジメを狙っているなどと言えば、自分たちがその場で入院させられてしまうのではないかと思われた。

それでも、行かなければならない。

「ねえお姉ちゃん、僕が病気になったフリをするから、それで病気の中に入れないかな?」

敬一郎の提案に、三人は目を丸くした。
なかなか、良い案ではないか。

「ナイスアイデアですよ敬一郎くん!それなら、とりあえず病気の中には入れてもらえるでしょう。」

無論のこと、何時までも騙し通せるものではないが、その隙にハジメの病室まで行くのは決して不可能では無いように思えた。

「それで行きましょう。私が敬一郎くんに付き添います。さつきちゃんとレオさんは、その隙にハジメさんの病室へ。私たちもその後、どうにかして病室に向かいます。」

桃子の言葉に、さつきとレオは、うん、と強く頷く。

簡単な打ち合わせを終え、四人はいよいよ病院の入り口へ向かおうとする。


しかし、駐車場から出ようとしたその時。

ヒョー… ヒョー…

突然、四人の周りに凍るような風が吹き荒れ、あの闇の嘶きが聴こえた。

嫌な汗が、額を伝う。

「こ、この感じは…!」

レオが頭上を見上げると、真っ黒な妖雲がどろどろと空にとぐろを巻くように渦巻いている。

ーーおまえたちを奴の許へは、行かせぬーー

あの低い声が響き渡り、黒雲の塊が彼らの前に降りてくる。

そのおどろおどろしい塊の中から、あの男が再び姿を現した。

「鵺…!!」

さつきは矢を向け、敬一郎とレオはゴルフクラブとバットをそれぞれ構えた。

よく見ると、男の片目は潰れている。
切れ目のある顔立ちは流血に染まり、先ほど相対した時の彼から感じた余裕は、もうその顔には無い。

それだけではない。

品の良かったスーツは所々破れ、身体中に傷を負い、荒い呼吸で肩を上下させている。

天邪鬼が激しく抵抗したのであろう。

しかし。

「カーヤを…カーヤをどこにやったんだ?!」

敬一郎が鵺に向かって叫ぶ。
そう、そこに肝心なあの黒猫の姿は見えない。

「カーヤだと?ああ…天邪鬼ことか。ふん…思いの外、やるものだな。我が魂が不足しているとはいえ、ここまで抵抗されるとは思っていなかったぞ…。」

しかし、と男は荒げた呼吸を整えて続ける。

「所詮はあれが限界よ。古より生きる我に敵うはずもなかろう。今頃はボロ布のように校庭に転がっているだろう。」
「そんな…カーヤが…カーヤが…!」

敬一郎の瞳は涙を湛え、レオや桃子も悔しそうに肩を落とす。

「そう嘆くな。すぐに同じ場所へ送ってくれよう。」

一方の男は、そんな彼らを冷笑する。
命を何とも思わぬようなその冷たい笑み。

その男の顔に、さつきの胸に、再び焔が灯る。

「…許さない…。」
「…なに?」

俯いたまま、低い声でさつきが呟く。
男はさつきに向きなおった。

「大切なカーヤを…天邪鬼を…そしてハジメを…。こんな目に遭わせるあんたなんて、絶対に許せない!」

燃えるような瞳で男を見据えると、さつきは矢を構え、男に向かって走り出す。

「さつきちゃん!」

なりふり構わず突撃するさつきに、桃子が思わず叫ぶ。

「まだ勝てると思っているのか…。諦めの悪いのは嫌いではないが…。」

男は、自分に向かってくる少女に対し、狙いを定めるように手を突き出す。

しかし、さつきは脚を止めない。

そして、走りながら"あの呪文"を唱えた。

「"夜は明け、朝が来る!""夜は明け、朝が来る!"」

突如、男の顔が苦痛に歪み、重しがのしかかったように、片膝をついた。

「ぬ!?ぐ…がが…が…!?」

身体の自由を奪われ、さつきに向けていた手も下される。

思った通りだ。

すもともと魂が少なくなっていた上に、天邪鬼と対峙し、しかも朝が近づいてきた鵺は、思った以上に焦燥している。

力の弱っている今なら、天邪鬼から教わったこの呪文も効果があるかもしれない。

霊力のない自分でも、例え霊眠は叶わなくても。

(隙くらい、出来る!)

その隙に、破魔の矢を深く深く打ち込む。

それがさつきの狙いであった。

(今だ!)

予期せぬ呪文の呪縛に苦しむ男の額を定め、さつきは矢を突き出す。


だが、古の魔獣はそう甘くはなかった。

「させぬわ!」

あと少しで矢が届く、という距離まで迫ったさつきに対し、片目をギロリと怪しげに光らせた。

途端、全身に衝撃が走った。
さつきの身体をはドンと突き飛ばされるように宙に浮き、その場から何メートルも弾き飛ばされる。

「きゃっ!」
「お姉ちゃん!」
「さつきさん!」

妖力による衝撃波だ。

弾き飛ばされて倒れ込むさつきを、敬一郎とレオが抱き起こす。

「痛っ…!敬一郎、レオくん、ありがとう…。」

はぁはぁと苦しく息を吸い込むが、弾き飛ばされた痛みが強く、うまく立ち上がることが出来ない。
それでも痛みに耐え、さつきは二人に礼を言いながらも、男の方へ顔を向けた。

奴は呪文の重圧による苦しみから解放されつつあり、憎々しげな眼でこちらを睨んでいる。

失敗だ。

(もう少し…だったのに!)

さつきは思わず、地面を叩く。
その翡翠の瞳に、悔しさから涙が滲む。

これは賭けでもあったのだ。
自ら相手に近づき、油断させ、その呪文を唱えた苦しんだ時に、矢を突き立てる。

恐らく、二度と同じ手を奴は食わないだろう。


「諦めてはいけませんわ、さつきちゃん!」

しかし、桃子がさつきを励ますように強く声をかける。

「あの呪文は間違いなく、鵺に効きました。今なら、鵺を弱らせることが充分に出来ますわ!」

藤色の髪を揺らし、今度は桃子が男に向かって呪文を唱えた。

「"夜は明け、朝が来る!""夜は明け、朝が来る!"」

再び男の顔に苦渋の色が浮かぶ。

「うぬ…ぬ…き、きさま…!」

呻きながら、がくりと再び膝をつく。

その片眼は、もはや人のそれを留めておらず、赤く煌々と光り、桃子を激しく睨み据えていた。

「い、今です!」

それを見たレオが、うおおおお!とバットを上段に構え、先陣切って飛び込んで行く。

どんなことでもいい。少しでも鵺を弱らせるのだ。

「僕も行く!」
「私も!」

レオに続き、敬一郎と桃子も、男に立ち向かっていく。

(みんな…!)

その心は一つであった。

皆が、逃げ出したい恐怖に耐えて、この時を逃すまいとばかりに、果敢に鵺に挑んでゆく。

"諦めるのはダメだった後だ!"

ふと、胸に"諦めの悪い"彼の言葉が去来する。

痛みに耐え、ふらふらとさつきは立ち上がり、額に浮かぶ汗を拭う。
そして、右手に破魔の矢を握り締める。

(私だって!)

心に決めたのだ。彼を救うと。

さつきも再び走り出す。


しかし無情にも、彼らの攻撃が男に届くことはなかった。

「小賢しいっ!!」

もう少しでレオの振り下ろしたバットが、敬一郎のゴルフクラブがその身体を捉えるというところで、男は全身から妖力を解放した。

物凄い衝撃に、堪らず四人は吹き飛ばされる。

「うわぁ!」

その衝撃にレオのメガネは割れ。
その手からバットが落ち、何処かにコロコロと転がる。

敬一郎も桃子も吹き飛ばされ、身体を強かに地面に叩きつけられた。

「敬一郎!」

さつきはすぐに立ち上がり、今にも衝撃の痛みで泣き出しそうな弟の許へ走ろうとする。

しかし、ごおっと風を切るような大きな音がしたかと思うと、男が猛烈な勢いでさつきに飛びかかってきた。

「!」

さつきがそれに気付いた時には既に遅く。

男は片手でさつきの首を締め上げ、軽々とその身体を持ち上げる。

「う…!く…!」

ギリギリと首を締め上げられる。
脚をバタつかせ、その身体を蹴るなどして、なんとかその手から脱しようとするが、男は意に介することない。

「手こずらせおって…。だが約束通り…おまえを殺してやる。おまえが死ねば…あやつの心は折れるであろう。その時、我はあやつの身体と魂を手にするのだ。」

男は残酷な笑みを浮かべ、首を絞める握力を更に強めていく。

「さつきさん!」
「さつきちゃん!」

さつきが危ない!

「お姉ちゃん!」

敬一郎も普段なら泣きじゃくるほどの痛みに耐え。
身体を無理やり起こし、落としていたクラブを拾い、姉を救いに行こうとする。

しかし。

「邪魔をするな。」

赤い眼が、また怪しい光を放つ。

その光を浴びると同時に、突然、敬一郎の身体が鉛のように重くなる。

「か、身体が動きません…!」

「こ、これは金縛りです…!」

桃子もレオも同様だ。

鵺の強力な神通力に三人の身体は絡め取られ、動くことが殆ど出来なくなってしまった。

「ふん…大人しくそこでこの娘が死ぬところを見ておれ。」

動かなくなった三人に一瞥をくれて、男はさつきに向きなおる。

「安心しろ。おまえも中々の魂を持っていた。あやつを手に入れた後は、おまえも喰ろうてやる。そうすれば、我の中で永遠に魂は一つよ。」
「…誰が…あんたの中でなんか…!」

息が出来ない中で、必死に掠れた声を紡ぎ出す。

さつきは最後の力を振り絞り、右手に持っていた矢を振り上げ、男に突き刺そうとする。

しかし、その右手は、あっさりと男の左手により止められてしまった。

「無駄なことを。」

そのさつきの最後の攻撃を、男は嘲笑った。

さつきの視界がぼやけ、薄れてゆく。

(もう…ダメ…)



薄れゆく意識の中、さつきが見たものは、夢とも現実とも分からぬ光景。



母と料理をしていたさつき。

敬一郎と泥だらけになるまで遊び、家に帰る。

初めての小学校への登校。

母を亡くしたあの日。
その日から飼うことになった黒猫。

親子三人で囲む食卓。

天の川小学校への転校。

母の霊眠させたオバケたち。

新しい友や天邪鬼との出会い、そして別れ。

そして、いつしか秘めた想いを寄せるようになった、彼の姿。


(ごめんね…いつも…私を…助けてくれたのに…。)

私は、救えなかった。

もう二度と、彼の顔を見ることは出来ない。

自分に素直になれなくて、胸にその気持ちを秘めたままひた隠しにして、伝えることが出来なかったこの想い。

そして、見ることが出来なかった彼の本気の走り。

今更のように、後悔ばかりが回顧する。


でも、もし出来ることなら。

最後に一言でよい。

一目でもよいから。

彼の声を聴きたい。

彼に、会いたい。

さつきの頰に、一筋の涙が伝った。

(ハジメ…!!)






「……ぅおっりゃあああー!!」

ガキーン!!!

遠のく意識の中。

すぐそばで鈍い音が、聴こえた。

同時に首を圧迫していたものが無くなり、身体がふわりと宙に浮く。

どさーっと、何かが激しく転がる音がして、次の瞬間、浮いた自分の身体が抱き留められた。

懐かしい匂いがさつきを包む。

「さつき!おい、しっかりしろ!さつき!!」

うまく呼吸が出来ず、けほけほと咳をする。

人の持つ温もりと、その懐かしい声が。

失われていたさつきの意識を少しずつ覚醒させる。
眼はまだぼやけているが、耳ははっきりしている。


「は、ハジメ…。」


掠れた声で、声の主を、彼の名を呼ぶ。


何故彼がここにいるのか。

そんなことは頭に浮かびもしなかった。

今はただ彼に会えたことだけが、さつきの胸を満たす。

そして、その温かさを確かめるように、彼の頰を手で触れた。


「ハジメ兄ちゃん!」
「ハジメさん!」

同時に鵺の呪縛が解けた。

敬一郎と桃子が驚きの声を上げ、二人に駆け寄る。

目の前で起きた、あわやというシーンに、レオはその場でどさりと腰をついた。

身体が動かない中。
さつきが絞め殺される、そう観念して眼を閉じた瞬間、気合いの入った雄叫びと、鈍い音を聴き、レオは再び眼を開けた。

そこには、自分が落としたバットで、男……鵺の顔を思い切り強打する、親友の姿があった。

突然のことに男は弾き飛ばされ、激しい音を立てて横転した。

さつきはハジメに、立てるか?と声をかけられ、彼の肩を借りて立ち上がった。

どうやら無事のようだ。

(しかし、なぜここにハジメが…?)

安堵と同時にレオの胸に浮かんだのは、至極当然な疑問であった。
彼は今、最も苦しんでいるはずではなかったのか。

その疑問は、呪いをかける張本人も同じのようだった。

「ぐが…が…き、きさま…なぜ、"ここ"にいる?!なぜ起きているのだ?!」

男は苦しげに起き上がる。
ハジメに渾身の一撃を殴打された顔は醜く歪み、かつての切れ目のある端正さはもう微塵も感じない。

煌々と赤く光る眼の一つは既に潰れており、なんと今の打撃により、もう片方の目も殆ど潰れていた。

ふらふらと、足許も覚束ないが、そこは妖怪。
そこに誰がやってきたかぐらいは、眼が見えなくても分かるようだ。

「知らねえよ。ただ、おまえの見せる夢の中で、"夜は明け、朝が来る"って聞こえたんだ。急に真っ暗だった夢が晴れていったと思ったら、すっと身体が軽くなって、気が付いたらベッドの上で寝かされてた。」

ハジメはさつきを守るようにして、バットを男に向ける。
余程強力なスイングだったのか、バットも歪んでいた。

「起きた後も胸騒ぎがするから外に出てみたら、真っ黒な雲が渦巻いてた。直感で、おまえがここにいるって思ったぜ。おまえが鵺だろ?おまえ、大分弱ってるんじゃねえか?」

その勝ち誇ったかのような言葉に、ギリギリと男は歯軋りをする。

天邪鬼に足止めされ、呪文による束縛を受け、更に夜明けを迎えようとしている。

ハジメの言う通り、鵺の力はどんどん失われている。それも、彼にかけた呪いが解けるほどに。

もはや、鵺にとっては予断を許さない状態であった。

男のそばに黒雲が集まりつつある。

「…もはや貴様の身体を奪うことは叶うまい…。だが…せめて貴様の魂だけは貰い受ける…。その肉体ごと、魂を喰らい尽くしてやるわ!」

その言葉に反応するかのように、黒い塊が、どろどろとまたも男を包み込んでゆく。


「な、なんだ?何をする気だ?」
「あの男の姿は、鵺の仮の姿よ。あいつ…変身するのよ…!」


ようやく声を出せるようになったさつき。
そのさつきの言葉通り、渦巻いた黒雲の中から、ズシリと重い音を立てて、あの魔獣が再び姿を現す。


両眼は潰れてしまっているものの、あの気味の悪い嘶きや、鋭い牙や爪、虎の身体に蛇の尾はをした化け物ぶりは、未だに健在である。

「げ!なんだあれ!」


その醜悪な怪物の姿に、思わずハジメは顔を引きつらせ、後退りした。

「なんだあれって…あれが鵺よ!」
「聞いてねえぞ、あんな怪物だったなんて!」
「聞いてないって、レオくん説明してたじゃない!顔が狒々で、身体が虎で…ええっと尻尾が…」
「お二人とも!元気なのは結構ですが、こんな時にまで漫才かましてる場合ですか!」

レオが二人をキツいツッコミを入れる。

"グワァァァァァ!!"

鵺は巨大な咆哮をする。

今までとは明らかに違う、怒りに満ちた、身も竦むような咆哮。

ハジメとさつきも、改めて緊張した面持ちで鵺を見据える。

鵺はだらだらと涎を流しながら、見えない眼で彼らを睨みつける。
そして、身体を深く沈め、五人にぐわっと飛びかかってきた。

「逃げろっ!」

五人は蜘蛛の子を散らすように離散し、鵺の突進を回避する。

目標がずれた鵺は、勢いあまり駐車場の壁に激突する。
辺りに白煙があがり、ぐるるると獣特有の唸りをあげ、恨めしそうに鵺は立ち上がる。
頑丈な壁が粉々に砕け、その破壊力を物語っていた。

あんなもの、人間が食らってはたまったものではない。

鵺は正確にハジメの場所を認識出来ているわけではないようだ。しかし、だからと言って油断は全く出来ない。

"眼は効かずとも、貴様らの居場所くらい臭いで分かるぞ…。"

鼻をヒクヒクさせ、臭いを頼りにハジメの居場所を探っている。

「こんなの、どうやって倒すんだよ?!」

先ほどまでの勝ち誇ったような表情は消え、さすがのハジメの顔にも焦りの色が浮かんでいる。
どう見ても、子供になんとか出来る相手ではないような気がしてならない。

「霊眠方法はあるわ!この矢をあいつに突き刺して、さっきあんたが夢の中で聴いた呪文を唱えるのよ!」

さつきは手にしていた矢を再び、鵺の方に向ける。

「突き刺すって…どうやって?!」
「どうにかするのよ!こいつは明け方になればなるほど力を失うの。だから、その隙を狙って…」

二人の場所を特定した鵺が、再度飛びかかってくる。

「危ねえ!」

咄嗟にハジメはさつきの手を引いて走り、鵺の攻撃を避ける。

ズドンと、派手な音を立てて壁に突撃する鵺。

"どうした?逃げてばかりでは我は倒さぬぞ。その矢で我を倒してみよ。"

立ち込める土埃の中から、鵺は二人を挑発する。

何を!と挑みかかるハジメをレオが止める。

「挑発に乗ってはいけません!こちらには呪文があるのです!」

「そうですわ!全員で唱えれば、先ほどよりも更に鵺を苦しめることが出来るかもしれません!」

例え倒すことはまかりならなくても、鵺を苦しめるだけの力を持つ言霊。
それを皆で唱え、鵺の自由を奪えば、あるいは矢を突き立てる機会もあるかもしれない。


しかし、同じ手を何度も食うほど、鵺は甘くはなかった。


"鬱陶しい!"


皆に呪文を唱えられる前に、鵺が再び、全身から妖力の衝撃波を発する。

「うおっ?!」
「きゃあ!」

爆発のような衝撃に五人全員が弾き飛ばされ、壁に、あるいは地面に叩きつけられる。

その衝撃に、さつきの鞄が開き、中に入れていたものが散らかる。
そして、さつきが持っていた破魔の矢も、咄嗟のことに落としてしてしまう。

「いけない!」

痛みを堪えて立ち上がり、さつきは落としてしまった矢を拾いに行こうとするが。

その彼女めがけて、鵺が飛びかかろうとするがハジメの視界に入った。

「さつき!!」

鋭いハジメの声の声がしたかと思うと、さつきはハジメに押し倒され、ほぼ同時に、二人の頭上を魔獣が通り過ぎる。

そして、その着地した場所には、さつきの落とした破魔の矢があり、矢は鵺の足に踏み潰さ、無残な形骸となってしまった。

「破魔の矢が!」

天邪鬼が託した、鵺に対抗する唯一の武器が、粉々に破壊されてしまった。

「ぐっ…!」

呆然とする自分の身体の上で、ハジメの苦痛に歪んだ声が聞こえ、その身体はさつきに力無くのしかかった。

「ハジメ?!」

鼻腔を刺激する鉄錆の匂い。

嫌な予感に、さつきはぐったりと重くなった彼の身体を抱き起こす。

「わ、悪い…。大丈夫か…?」

強がるハジメだが、見ると彼の左腕に大きな裂傷が走り、どくどくと鮮血が滴っている。

さつきを庇った時に、鵺の爪を受けたのだろう。

「酷い…!ハジメ…しっかりして!」

さつきは蒼ざめた顔で、その血を止めようとハンカチをその傷口に当てる。

だが、さつきのハンカチに対し、傷が大き過ぎる。

出血は止まるどころか、勢いを増し。
ハンカチだけで無く、さつきの手もすぐに真っ赤に染まり、苦悶するハジメの顔が徐々に土気色に変わってゆく。

一方の鵺は、その爪に付着した彼の血を満足そうに舐める。

すると、みるみるうちに潰れた鵺の両眼が再生し、その身体から邪悪な気が満ち溢れた。

"やはり、極上の魂よ…。僅かな血でここまで力が漲るとは…。貴様の魂一つで、ここ百年は何もせずとも良さそうだ。"

そう言うと、鵺はあの不気味な嘶きを始める。

ヒョー… ヒョー…

その嘶きに応呼するように、空に邪気を帯びた黒雲が集まり始め、ゴロゴロと低い音を立て、彼らの上空を真っ黒に染め上げる。

ピシャッ!!

眩く激しい光とともに、落雷が起きる。

「敬一郎くん!危ない!」

桃子が敬一郎を守るように、身を挺して、敬一郎を伏せさせた。

レオも眼を固く閉じて、破魔の護符を握り締める。

かつて、天下を脅かした古の怪物の圧倒的な力。

抵抗する、術がない。

"貴様らに朝など来ぬぞ。この我を相手によくやったと褒めてやろう…。しかし、これが我の本来の力…!所詮は霊力もない人間の子供…我が力の前に何ができる!"

鵺の起こす落雷は、そんな彼らを弄ぶように、何度も、何度も落ちる。
まるで、彼らの逃げ場を無くすように。

絶望が、彼らの心を支配した。

唯一の武器であった破魔の矢も、もう既になく、鵺は力を取り戻し、ハジメは重傷を負っている。

その傷を必死に抑えていたさつきの瞳から涙が溢れ、ぽたぽたと雫が膝に落ちる。

「もう…ダメよ…。勝てっこない…。」

最悪と言ってもよい状況、もうそこに希望など見出すことは出来なかった。


霊力もない自分では、鵺の言うように所詮勝ち目などなかったのかもしれない。

(ママ…やっぱり、私には…。)

だが、苛むさつきの身体がふいにふわりと温かさに包まれる。

その温もりが、人の、ハジメの身体が与える温もりによるものだと気付くまで、数秒はかかっただろう。

さつきは、ハジメに抱きすくめられていた。

突然のことに思わず涙が止まる。

「…大丈夫だ。諦めるなよ…。まだ、終わってねえ…。」

耳元で紡がれる掠れた声。
その顔には色濃く死の色が刻まれていた。

しかし、失われつつある生気とは裏腹に、その言葉は強い心に満ちていた。

「諦めるのは…ダメだった時だ…。最後の最後まで…諦めるなよ…。」

抱きすくめられたさつきは、何の抵抗も無くその身を預け、そのまま静かに彼の胸に顔を埋める。


そんな二人を、鵺は嘲笑う。

抵抗の意思を見せない二人を見て、諦めたものだと思っているのだ。

"そうだ。死ぬ時くらい、潔くするものだ。さて…そろそろその魂、全て貰おうか…!"

鵺が二人に向けて、前傾の姿勢をとる。

ギラギラと残酷な光を放つ牙や爪。

それを見て、さつきはぎゅっと強く彼の身体を握りしめる。

「お姉ちゃん!ハジメ兄ちゃん!」


動くことのできない敬一郎が、ゴルフクラブを鵺に向けて力一杯投げつける。
しかし、それに鵺は一暼もくれることも無く、尾を司る大蛇がパシンとそれを弾く。


乾いた音を立ててクラブは地に落ちた。


(このままじゃ、お姉ちゃんもハジメ兄ちゃんも…!)


目の前で大切な二人を失ってしまう。


目に涙を浮かべながらも、泣いている場合ではないと堪え、自分に何が出来るかと必死に考えた。





ーー敬一郎!ーー



その時、何処からか自分を呼ぶ声が聴こえた。

懐かしく、何よりも温かい、あの声。

聞きたくても二度と聞けないと思っていた、優しく慈愛に満ちた声。

「…ママ…?」

その声に、敬一郎はポツリと呟く。
桃子も何かを感じたのか、ふと顔を上げる。

「佳倻子さん…?」

ハッとして、桃子は咄嗟に敬一郎が投擲したゴルフクラブを付近を見る。

そこには、先ほど鵺の衝撃波によりさつきの鞄から飛び出した、赤い表紙の日記があった。

日記は、暗闇を照らすかの如く、美しい輝きに包まれている。

「…っ!敬一郎くん!」

桃子が、敬一郎の名を呼び、彼も振り返る。

「敬一郎くん、おばけ日記を!」

桃子の指差すおばけ日記を見て、敬一郎は考えるよりも先に、脇目もふらずに走り出した。

"まだ足掻くか。"

幾分ウンザリとした顔で、鵺は敬一郎の方へ視線を移す。

鈍器を拾って、また無駄な攻撃をするつもりかと、思ったのだが。

ふと、光輝く物がその眼に入った。

少年はゴルフクラブではなく、その物体に一直線に向かっている。

"小僧!"

なにやら嫌な予感を感じた鵺は、さつきたちから敬一郎へと身体の向きを変えた。

日記を拾おうとする敬一郎に、鵺が飛びかかる。
が、その攻撃は空振りに終わる。

「危ない!」

その動きに気付いたレオが、間一髪のところで飛び込み、敬一郎を地面に伏せさせたのだ。

「レオ兄ちゃん!」

飛び込んだ際に空に浮いたレオの帽子が、鵺の爪により引き裂かれる。
勢い余った鵺は、二人の頭上を通り過ぎた。

しかし、倒れた敬一郎はしっかりと日記を手にしていた。

「は、早く日記をさつきさんに…!」

レオに促され、それを抱き抱え、姉の許へ急ぐ。

「敬一郎!」
「お姉ちゃん、おばけ日記だよ!ママの声が聴こえたんだ!」

弟から、姉に手渡させるおばけ日記。

その日記は、かつて逢魔を封印した時のように、温かく、眩しい輝きに満ちている。

ーーさつき!ーー

ふとさつきの耳にも、懐かしい声が響く。

(ママ…!)

それは手にしたおばけ日記から直接聴こえてくるようであった。

ーー諦めてはダメ。まだあなたは鵺を封じる力を持っているのよーー

「封じる、力…?」

ーー大丈夫、あなたなら出来るーー

途端に、さつきのポケットから、日記に負けないほどの神々しい光が溢れた。

「な、なんだ?」

苦しげながら、ハジメもその光に目を奪われる。
まるで、生きる気力が湧いてくるような、強く、そして優しい光。
気のせいか、傷が塞がっていくような気もした。

さつきが、その光り溢れるものをポケットから取り出す。

それは、破魔の護符であった。

「レオくんから貰った…破魔の札?」

"貴様らぁ!!"

尋常ではない事態を悟った鵺が、凄まじい形相でさつきたち三人へ突進してくる。

「まずい!」

ハジメが、さつきと敬一郎を庇うように抱き締める。

思わず三人も眼を瞑った。

バリバリバリッ!!!

が、その牙が、その爪が、三人に届く前に、巨獣は凄い音を立てて、弾き飛ばされた。

"何だと?!"

吹き飛ばされた鵺は信じられないという面持ちであるが、それは三人も同じである。

護符が、さつきたちを包み込むほどの霊力を放っている。


霊力のない彼らが、それを強く感じるほどに。


この力が、鵺を近付けさせなかったのだ。


(これは、ママの力…?)


さつきは、その光に、懐かしさともいえる温かさを感じた。


"たかだか…人間の小僧どもが!"


恨めしく彼らを睨むと、鵺は巨大な声で咆哮し、再び突進の体勢をとる。


「さつき!」


ハジメの言葉に、さつきも今度は力強く頷く。

破魔の護符を、鵺に向けて掲げる。

ぐわぁぁぁ!と、身体中に真っ黒で物凄い邪気や雷を纏いながら、怒り心頭に突っ込んでくる鵺。

刹那、神々しい霊力と、禍々しい妖力の激しい衝突が起きる。

鵺渾身の突進。

その勢いに押され押されそうになるさつきの身体を、ハジメと敬一郎が支え、さつき自身も歯を食いしばり、必死に体勢を保つ。

バチィン!!

弾けるような音ともに、鵺はさつきの掲げる護符の結界を破ることは出来ず、またもや吹き飛ばされた。

"おのれ…!何処にそれ程の霊力が…!"

完全に己が攻撃を封じられる様に、鵺は憎々しげに呻いた。

"だが、守るだけでは我は倒せんぞ…!"

暗黒と雷に包まれる鵺は、改めて攻撃体勢をとった。

しかし。

「させるか!!」

その前に、小さな黒い影が鋭く降り立った。

途端に、鵺の動きが止まる。

「カーヤ!」

敬一郎が涙を滲ませて叫んだ。

身体中傷だらけで、ボロボロになりながらも、カーヤこと天邪鬼は生きていた。

全身の毛を逆立たせ、鵺を睨み据えている。

さつきの胸にも、安堵の気持ちが宿る。

「けっ、おまえたちがあまりにノロノロしてやがるんで、わざわざケリを付けに来てやったんだよ。おいこら鵺!やっぱりおまえは三下だぜ…。俺様にトドメも刺さずにどっか行っちまうとはな…。こうやって、ツケが返ってくるわけだ!」

隙を突かれ、天邪鬼の妖力に絡め取られた鵺は動くことが出来ない。


"うぬ…!どこまでも…邪魔をしおって!貴様如きの妖力でいつまでも我を封じておけると思うたか!"

天邪鬼の神通力に、鵺も激しく抵抗する。

しかし、天邪鬼も全身全霊を持って鵺の動きを封じる。

「おい!長くは持たねえ!いい加減、ここでケリを付けろ!」

その言葉にさつきが強く頷き、護符を握り締める。

何度も地面に打ち付けられた身体中が、痛みで悲鳴をあげている。

本当は歩くことすら、辛い。

しかし、決着をつけるのは天邪鬼が鵺の動きを封じている今しかない。

鵺の方へ一歩一歩、足を進める。

"小娘が!図に乗るな!"

そんなさつきを拒むように、動けぬ鵺がさつきたちに向けて突風を起こす。

ごうごうと荒れ狂うような風が、さつきを、天邪鬼を襲う。

「ぐっ…!往生際の悪いやつめ…!」

鵺の動きを止める天邪鬼では、耐えるのが精一杯であった。

眼を開けていることすら出来ない。

(ここで…負けちゃダメ!)

それでも、さつきは前へ前へと進む。

"おのれぇ…!!"

更に風が強くなる。

ふわりと片足が浮く。

もう少しというところで、その強風にさつきは吹き飛ばされそうになった。

しかし。

ふと、身体が誰かに支えられる。

「…大丈夫だ。」

それを支えたのは、ハジメ。

「ハジメ…。」
「おまえ一人じゃねえから…。一緒に…ケリを付けようぜ。」


互いをかばい合うように、二人はゆっくり、しかし確実に、鵺の許へと歩む。

もう、恐ろしさなど感じはしない。

みんなが、彼が傍にいるから。

きっともうすぐ朝が来るから。



二人はあがらう鵺の額に、ぴしゃりとねじ込むように、破魔の護符を叩き付けた…。



                               続く
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