2017年02月28日

商品の物々交換から貨幣誕生まで、資本主義経済の不思議を解明‐経済原論リポート





商品の物々交換から貨幣誕生まで、資本主義経済の不思議を解明‐経済原論リポート

 現在の社会は外部から商品を手に入れないと生活ができない社会であり、このような社会では資本主義経済が必要である。


 資本主義経済でもっとも基本的なことになるのは、一般的な例として、自分自身では生産できないが生活などで必要な物や娯楽的な意味合いで欲しいものを自分自身が手に入れることである。

自分では生産できない必要な物を他者から手に入れるためには、それと同じ価値の物を相手に差し出さなければならない。

もしくは、相手が欲するものを差し出さなければならない。

そして、互いが差し出す商品をお互いが納得すれば、そこには、商品の交換が行われる。

もし、貨幣という概念があるなら、貨幣によって交換される商品の値打ちが表示され、また、貨幣と商品を交換することも可能となる。

このように、資本主義経済の基本は商品と商品の交換関係にあるので、これは、市場経済とも捉えることができるであろう。


 現代のような資本主義経済社会では、他者から商品を手に入れないと生活が不可能である。

また、娯楽品なども生活には必要不可欠な存在となっている。

人間が生きていくためにはたくさんの商品が必要であり、また、たくさんの商品を手に入れる事がひつようとなってくる。

現代の社会は、膨大な商品が集まり、そして、商品が交換されている社会とも見る事ができる。


 商品を生産するには労働力が必要であり、労働生産物が商品と言う事にもなる。

また、資本主義経済では、労働力自体も商品の一部と見ることもできる。


そして、労働は資本主義経済にとって骨格的な存在でもある。

社会を構成している人間は労働によって生産した物質的な富を消費する事によって生活をしている。


 また、資本主義的な生産では資本家が生産手段と労働力を商品として購入して、購入した商品以上の価値を、すなわち、余剰価値を生んで生産を行う。

このようにして、資本主義的な生産過程では、常に資本が増殖している。


そして、資本主義のシステムの骨格的なことを規定しているのが、資本・労賃関係と呼ばれる生産関係である。


 労働者は労働力を商品として資本家に売り、そして、労働力を売って得た賃金によって、賃労働者として生活している。

そして、資本家は資本によって、生産手段を買い、また、賃労働者から労働力を購入して生産を行う。

生産過程では、資本家が賃労働者を指揮(支配)して生産を行う。

労働は賃労働の形態をとり、また、生産手段は資本の形態をとっているのが資本主義だと考えられ、そしてこの関係が資本・賃労関係である。


 資本主義的生産の骨格となる資本・労賃関係の生産過程は資本家と賃労働者との人と人との関係とも捉える事ができる。

資本・労賃関係で生まれるものは、商品と貨幣である。

資本主義社会では、生産によって生まれた商品を労働者が労働力を商品として売って得た貨幣によって商品交換を行う。

このように資本主義では表向きに現れるものは、商品と貨幣との関係である。

すなわち、人間関係であった、資本・労賃関係が物象化して商品・貨幣として現れているという事が言えるであろう。

すなわち、商品と貨幣の研究をするという事は資本主義経済の骨格となっている資本・賃金関係をも研究すると言う事になるであろう。


 資本主義経済は商品交換である。

例えば、毛皮一枚と10gの塩が商品交換されたなら、毛皮一枚の価値は10gの塩と言う事になる。

またその逆も言え、10gの塩の価値は毛皮一枚と言う事になる。これは、自分自身の商品価値は商品の交換相手の商品によって自分の商品の価値が決まる事を意味している。


 また、毛皮一枚は10gの塩以外に一丁のナイフと一本の酒とも商品交換が行われていた場合、毛皮一枚から見たこのような状態を全体的な価値形態と言う。

全体的な価値形態の時、10gの塩、一丁のナイフ、一本の酒は毛皮一枚という同じ価値で表す事ができる。

この場合、毛皮一枚を通じて、一丁のナイフと一本の酒は同じ価値と言える。

理論的には、一丁のナイフと一本の酒は同じ価値なので、一丁のナイフと一本の酒は商品交換が可能と言えるだろう。

毛皮一枚によって、10gの塩、一丁のナイフ、一本の酒の価値を数字によって表す事に成功している。

毛皮さえ持っていれば、いずれの商品とも交換が可能と言う事である。

ここから、貨幣の概念が生まれてくる。すなわち、毛皮を使って、あらゆる商品との交換が可能であり、また、交換する毛皮の枚数によってその商品価値が決まってくる。

しかし、資本主義社会では毛皮の変わりに、主に金や銀などが、商品交換に使われ、貨幣としての役割を果すことになる。

金や銀は希少価値もあり、世界的に広く需要が高いと言える。

金や銀自体に商品としての値打ちがあり、その金や銀の量や枚数によって、商品が交換されていくのである。

貨幣の概念が生まれると全ての商品は貨幣によって、商品の価値を表すことができ、また、すべての商品は貨幣と交換が可能となるのである。


 ありとあらゆる生産物や労働力などの商品を購入する事ができ、また、自分自身の価値を表す事のできる貨幣の存在は人間に圧倒的な影響を与え、その魅力に取りつかれる。

資本主義経済は貨幣によって支配されている社会とも捉える事ができるであろう。
 

(経済学入門 南山大学経済学部編著者 NHK出版 参照)

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2017年02月25日

自然環境が人類に与える影響とは?人文地理学概論リポート

自然環境が人類に与える影響とは?人文地理学概論リポート


 地中海式気候地域は、地中海沿岸を中心とする地域が主。

その他、カルフォルニアを中心とした地域、オーストラリア大陸の南部の一部、チリ中部地方などである。

この地域の特徴は、夏の時期に、大変乾燥することにある。

冬はたくさんの雨が降る。

夏期の蒸発量は、降水量よりはるかに多く、夏の乾燥期をどの様に乗り越えるかがこの地域の課題となった。

普通では、夏期の乾燥に人間は耐えられないが、幸いなことに、この地域は山地に隣接している。

山地では夏でも、たくさんの雨が降るために、山地で得られる、水分を利用して、夏の乾燥に耐えた。


 地中海気候地域では、冬には、多雨を利用した、小麦などの栽培を行い、夏になると、平地から、山地にうつり住み、山腹に階段耕作を行い、また、羊やヤギといった、家畜の放牧や草を求めての遠距離移動の移牧を行った。

これらのように、いろんな、農業を組み合した。


 7世紀にムハンマドはイスラム教を作った。

イスラム帝国の領土拡大とともに、イスラム教は広がっていった。

イスラム教は最初、アラビア半島から、始まり、トルコ、ペルシア、北アフリカなど、広大な領地に信者を増やしていった。

そして、世界の三大宗教の1つになった。

イスラム教が主に分布している地域の北緯30度付近は、空気は乾燥して、降水量がとても少なく、気温は亜熱帯地域なので、高温である。

そのため、この地域は、大部分が砂漠地域である。

アラビア砂漠やサハラ砂漠などである。

世界地図上で考えて、砂漠が集中している、地域にイスラム教が信仰されている事が分かる。


 イスラム教の経典コーランは、宗教上の儀礼だけでなく、生活全般をも規定している。

そのため、イスラム教は砂漠の民の法的効果など、その影響は計り知れないものがある。


 人文地理学を飛躍的に進歩に導き、新しい学問として、体系的に、  人文地理学を位置付けたのは、ドイツのラッツェルである。

また、ラッツェルによって、人文地理学という名称がつけられた。

人文地理学の、創始者と言っても過言ではないだろう。


そして、ラッツェルは環境決定論を唱える。

ラッツェルは、人類社会や国家が、地理的環境と、どの様に関わっているかを研究した。

ラッツェルの思想は、ダーウインの進化論に近いと言える。

ダーウインの進化論は、生物と環境との間には、完全な調和があり、生物は、環境の影響で、進化すべき姿に変身をとげていく。

ラッツェルの思想は、これに、良く似ていて、人類の生活活動も、動物や植物と同じく、自然環境が影響を与えて、変化していくと考えた。


 また、ラッツェルは、自然は、全体的にあまり変動がなく、不変的であると考えた。

これに対して、人間社会はつねに、いろんな変化をするものと考えた。

そして、一定の不変な自然環境は、変動的な人間社会に、同一の影響を与えると考えた。


 ラッツェルの人文地理学は、自然環境と人間社会との関係が、一定の法則に基づく、いわば、自然科学的な不変法則によって、自然環境と人間社会の関係を理解しようとした。

ラッツェルは人類の歴史は、一般の動植物の歴史となんら変わらないと考え、自然環境の影響で人類は必然的に変化していったと考えた。

これは、人間社会は自然環境の影響で、レールに敷かれた、決められた道を進んでいる事を意味している。

これが、環境決定論である。


 また、環境決定論は経済の面でも、当てはめることができる。

農業の基礎は土地(自然)で、土地によって富を生だす、生産力が決定する。

だから、経済と土地(自然)との間には環境決定論が存在する。


 次に、環境可能論を唱えたのがフランスのブラーシュである。

ブラーシュは自然環境と人間社会との関係に注目した。

ここまでは、環境決定論と同じだか、中身の捉え方は少し違う。

ブラーシュは、人文地理学を生物学的な、自然環境と人間社会の関係を基礎にして体系づけたラッツェルの功績を認めながらも、環境決定論が自然環境と人間社会の諸関係をあまりにも、性急に、また、単純に解釈して、一方通行な一般論に陥っていると考えて、間違っているのではないかと指摘した。


 ブラーシュの環境可能論は、自然環境は人間の活動を規定するのではなく、単に可能性を与えるにすぎないと考えた。

すなわち、人間社会は自然環境に対して一定ではなく、能動的なものと考えた。

また、自然環境に人間社会は影響されることがあるが、どの様に、人間社会が自然環に影響されるかは、いろんな要素が絡みあって、影響すると考えた。

人文地理学において人間社会の研究をする時は、自然環境だけでなく、さまざまな、角度、物事から考え研究するのが、環境可能論である。

この考えが、環境決定論との大きな違いである。


 ブラーシュの功績は、人文地理学において、人類は生物的な存在から、さまざまな可能性を秘めた、決して決められた道を歩んでいるだけの存在ではない、社会的、歴史的な存在として、正しく掌握されたことである。

人文地理学の発展にブラーシュの功績が与えた功績は、はかりしれないだろう。


(参照 人文地理学概論 織田武雄 藤岡謙二 西村膣男 蘭書房)(自然環境と文化 山本正三 内山幸久 犬井正 田林明 菊地俊夫 山本充 大明堂 参照)(世界の気候地図 http://members.jcom.home.ne.jp/0517142701/seiin/map-kiko.html 参照)


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2017年02月18日

西洋の哲学者たち‐文学部史学科‐西洋哲学史リポート

西洋の哲学者たち‐文学部史学科‐西洋哲学史リポート


 デカルトの哲学史での位置付けは、デカルトが持つ精神、物質二元論や機械論的自然観などの思想が、近世哲学時代から近代哲学・近代科学へと移り変わる時代の根本的な基礎となったことであろう。

近代哲学はデカルトから始まったと言っても過言ではないであろう。

デカルトの二元論は絶対的な存在として神の存在を認め肯定している状態で、実態は精神と物体の2つであると考えた。

例え人間の体であっても、自然の一部であり、物体と捉える機械論的思想も含んでいる。

デカルト哲学は、機械論的世界観や科学研究を取り入れるなどの近代的な思想と非現実な神の存在を肯定する近世、中世的な思想とが混じった哲学と言えるだろう。

すなわち、近世と近代が混合した哲学といえる。


 デカルトは哲学のみでなく、あらゆる学問の共通の方法論を説いた。

それは、幾何学的、数学的なものは全ての学問に共通し、また、数学的なものから得られる原理は確実な知識であると考えた。

デカルトの数学的、神秘性を秘めたア・プリオリ的な経験に依存してなくても良い哲学は合理論と呼ばれ、のちの哲学家に影響を与えていく。

また、合理論は経験論と対立する。


 合理論と対立している思想の経験論とは、経験に依存することを必要とした考え方の思想である。


経験論は主にイギリスを中心として唱えられた説である。

この経験論を唱え、イギリス経験論の基礎を作り、哲学の世界に新しい流れを作ったと考えられている人物がロックである。

ロックはオックスフォード大学時代に哲学だけでなく、医学や自然科学も学んだと言われている。

また、医学者としての経験もあり、腕の良い臨床医として有名だった。

また、ボイルなどの有名な科学者とも親交があり、ボイルが行った科学実験にも参加し、科学に対しても強い関心があったと思われる。

すなわち、ロックと言う人物は医学と科学の知識を兼ね備えている人物と思われる。

ロック哲学は物事を医学的、科学的に見ることができる、観察と実験を重んじた実証的経験主義の哲学と言えるだろう。


 ロックは「人間悟性論」によって、イギリス経験論の基礎を作ったと言われている。

この著者の中では、神の存在を合理論的に認めているのだが、しかし、神から貰った悟性能力は、その後、その人次第で大きく変わっていくと考えた。

すなわち、神から与えられているものを人間が使うか使わないかなどは自由に決定する事ができ、また、どのように使っていくかは、人間が決めることである。

神は最初のきっかけを与えている存在にしか過ぎず、人間の進むべき道はその人の経験に依存していると考えた。


 また、「市民政府ニ論」のなかで、述べられている、市民より信託された権力を乱用する統治者に対して市民は抵抗する権利を持つとする考え方は名誉革命に理論的な根拠を与えただけでなく、近代ヨーロッパ市民社会の代表的な思想となる。

ロック哲学を簡単に述べると、人間の自由を解いた哲学と考える事ができる。

自由と言う言葉はさまざまな意味を含んでいるが、人間は決められたレールを歩く存在でないと言うことである。


 カントの哲学の世界に与えた影響は、大陸を中心とした合理論とイギリス経験論の2つを統合する形で新たに批判哲学を確立したことである。

カントによれば、これまでの形而上学は宇宙の根本的原理や物事の根源、魂、神の存在など、人間では回答を得る事ができないことを論理的に追求することを考えてきた学問である。

答えがでないことを追求していくのが形而上学であるので、学問として成立する事は難しいとカントは考えた。


 カントは従来の形而上学に反対する立場をとりながら、従来の形而上学と、現象の形式を問題とする数学的な形而上学との関係を明らかにすることを考えた。


 カントの考え方は、数学的な知識であっても、本来人間に生まれながら備わっている能力に依存している。

すなわち、数学的な判断は経験に依存していない総合的な判断だという考え方をしていた。

そして、この考え方をもとにして、カントが目指した形而上学は経験に依存しなくても総合判断が可能な新しい形而上学である。


 カントの形而上学はその後、フィヒテに受け継がれることになり、そして、発展していく。

また、カントの形而上学は現代の形而上学にも大きな影響をあたえていく。


 ヘーゲルはカント哲学の流れを受けて、新たにドイツ観念論哲学を大成した人物である。

しかし、ヘーゲルの哲学は同じカントの流れを汲む、フィヒテの超自我哲学やシェリングの同一哲学とは違った独自性のものであった。


 ヘーゲルの哲学は、弁証法哲学と言われ、事物を不変と捕らえ、その事物の内なる力によって、事物が動き、更なる発展を遂げながら進んでいくと捉えている。

この発展的運動の論理を説いた弁証法哲学は、まさに、歴史の論理であり、歴史哲学とも繋がっていくのである。

ヘーゲルの歴史哲学は後世に大きな影響を与えていく。


 ヘーゲルの哲学の世界での位置付けを考えると、古典的な哲学はヘーゲルによって完成されたと考えることもできる。

それは、ヘーゲルの弁証法哲学が、哲学、自然、歴史、宗教などあらゆる分野の精神活動の論理を説くことができるからである。


 本来答えが絶対にでない哲学を完成へと導いたヘーゲル、また、完成されたものを批判することで、新たな哲学がうまれていく。

それが、現代の哲学と言えるだろう。


(西洋哲学史 今道友信 講談社 参照)


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2017年02月10日

生徒にとっての理想の教科書と記憶との関係‐法政大学通信教育部教職課程‐教育心理学リポート

生徒にとっての理想の教科書と記憶との関係‐法政大学通信教育部教職課程‐教育心理学リポート


 全ての生徒が自ら学ぶ力をつける理想の教科書を作るためには、生徒自ら教科書を作ってはどうだろうか。

他人が作った教科書では、なんの関連性もなく、ただ意味なく、暗記学習に陥りやすく、自ら学ぶのではなく、テストのためにしかたなく、教科書を暗記するに留まってしまうのではないだろうか。


 そして、暗記学習は、記憶研究の知見から考えると、エビングハウスの忘却曲線実験によって証明されるように、意味のない暗記の記憶は短期間で急激に忘れ、その後は緩やかに忘れていくのである。

最終的には大部分の記憶が時間の経過によって、ほとんど忘れ去られるのである。

これは、試験のために、1夜づけで、勉強して知識を詰め込む学習が、その後の人生にあまり意味をなさないことを意味しているのではないだろうか。


 ここで、少し記憶のメカニズムについて、説明すると、記憶には感覚貯蔵庫、短期貯蔵庫、長期貯蔵庫の3種類がある。

これらの貯蔵された記憶の事を感覚記憶、短期記憶、長期記憶と言う。

最初人間のすべての感覚からもたらされた情報は無意識的に感覚蔵庫に保存されるが、1秒以内に消えてしまう。

そして、感覚蔵庫に入っている情報の中で、意識している情報だけが、短期貯蔵庫に入る。しかし、短期貯蔵庫の情報はもってせいぜい20秒ぐらいである。

短期貯蔵庫の情報を半永久的に記憶するためには、長期貯蔵庫に入れなければならない。

長期記憶にするためには、短期記憶の段階で何度も繰り返してリハーサル(復唱)を行う必要がある。

勉強に励むときは、この長期保存記憶に情報を保存する必要がある。

何度もこつこつと学習を繰り返せば長期記憶として、自分の身につくことになる。

しかし、先ほどのエビングハウスの実験で分かるように、せっかくリハーサルによって長期記憶に記憶が入っても、そのほとんどが、時間の経過とともに忘れ去られる。

これを防ぐには記憶に意味を付けてやることである。

記憶に意味を付ければ、記憶が短期記憶から長期記憶に移りやすく、また、記憶を忘れにくいのである。

効率のよい記憶術はたくさんある。


 そして、この方法の1つが最初に述べた、自分自身の手によって教科書を作るである。

生徒自ら教科書を作ることによって、教科書に意味付けがなされて、長期記憶になりやすく、また、忘れにくくなるのである。

生徒自身の手によって教科書を作るという事は、生徒自らが体験や経験を行って、自分の手で物事を調べるために、きっと、生徒自身が自ら学習をする動機づけにもなるのではないだろうか。

だれにも強制されずに、自発的に学習する事ができれば、自ら学ぶ力をつける理想の教科書であると思う。


 実際に、生徒自ら教科書を作るとは、どのようなことか説明すると、生徒が実際に体験したことや調べたことを教科書に書き綴る方法である。

例えば、生物なら、実際に蛙を解剖して、体の構造を見て調べて、自らの教科書に蛙の体の内部の絵を書いたりして、自ら書き綴ってはどうだろうか。

科学の時間なら、生徒自ら科学実験を行ってこの作業手順や実験の経過や結果を教科書に書き綴っていけばいいと思う。

地理の教科書作りなら、実際に生徒自らが学習する現地に足を運んでその土地の風土を堪能して、写真をとり、自らの教科書に貼り付ければ良いと思う。

もし、場所が離れていて足を運べない場合は、図書館や旅行書、インタ―ネットなどあらゆる手段を使って自らの力で調べてみるのもいいのではないであろうか。

歴史なら生徒自身の手で調べて空白の年表を埋めるのもいいかもしれない。

他にも例を上がればたくさんある。

この生徒自ら教科書を作るというアイデアはあらゆる科目に適応されるアイデアではないだろうか。


 生徒自らの手によって作られた教科書は、生徒一人一人同じではない。

若干内容が変わってくる、例えば、科学の実験結果は多少違いも出てくるし、同じ蛙でも個体差もある。

また、生徒が写真をとるにしても、写真技術で個人差はでてくるし、スケッチする技能も生徒によって違うし、写真や絵、文字のレイアウトも人によって代わってくる。

物事を調べるにしても、参考にした資料によって、若干の違いはでてくる。

まさに、世界に1つしかない教科書ができる。


 生徒自らの手で造られた教科書は、後で読む時も、まるで、日記を読むように、教科書を作ったときの苦労などを思い出しながら楽しく学習できるのではなかろうか。

生徒自らの手で作った教科書なら、試験勉強以外でも読む気持ちにもなれると思う。


 しかし、ここで、重要となることは、教科書の内容が生徒によって全く違ってくれば問題があるので、教師がある程度のマニアルを提示する必要がある感じる。


 その他、生徒の想像力を働かすのもやる気をもって学習するのに効果的だとおもう。

例えば、数学で、5+3=○、と問い掛け答えの8を求めるよりも、○+○=8、のように、8を求めるために、いろんな組み合わせで○の中に入る数字を考えるほうが面白いのではないかと思う。

答えは1つでない。


 まとめると、がちがちの答えが1つしかないような事柄を暗記してしまう教科書ではなく、生徒がつねに考え想像しながら学習できる教科書が理想と言えるだろう。


(教育心理学 徳田克巳 高見令英 2003年 博文社 参照) (教育心理学概説 会田元明 内野康人之 横山朋子 1996年 ミルヴァー書房 参照)
 

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2017年02月04日

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