2017年02月10日

生徒にとっての理想の教科書と記憶との関係‐法政大学通信教育部教職課程‐教育心理学リポート

生徒にとっての理想の教科書と記憶との関係‐法政大学通信教育部教職課程‐教育心理学リポート


 全ての生徒が自ら学ぶ力をつける理想の教科書を作るためには、生徒自ら教科書を作ってはどうだろうか。

他人が作った教科書では、なんの関連性もなく、ただ意味なく、暗記学習に陥りやすく、自ら学ぶのではなく、テストのためにしかたなく、教科書を暗記するに留まってしまうのではないだろうか。


 そして、暗記学習は、記憶研究の知見から考えると、エビングハウスの忘却曲線実験によって証明されるように、意味のない暗記の記憶は短期間で急激に忘れ、その後は緩やかに忘れていくのである。

最終的には大部分の記憶が時間の経過によって、ほとんど忘れ去られるのである。

これは、試験のために、1夜づけで、勉強して知識を詰め込む学習が、その後の人生にあまり意味をなさないことを意味しているのではないだろうか。


 ここで、少し記憶のメカニズムについて、説明すると、記憶には感覚貯蔵庫、短期貯蔵庫、長期貯蔵庫の3種類がある。

これらの貯蔵された記憶の事を感覚記憶、短期記憶、長期記憶と言う。

最初人間のすべての感覚からもたらされた情報は無意識的に感覚蔵庫に保存されるが、1秒以内に消えてしまう。

そして、感覚蔵庫に入っている情報の中で、意識している情報だけが、短期貯蔵庫に入る。しかし、短期貯蔵庫の情報はもってせいぜい20秒ぐらいである。

短期貯蔵庫の情報を半永久的に記憶するためには、長期貯蔵庫に入れなければならない。

長期記憶にするためには、短期記憶の段階で何度も繰り返してリハーサル(復唱)を行う必要がある。

勉強に励むときは、この長期保存記憶に情報を保存する必要がある。

何度もこつこつと学習を繰り返せば長期記憶として、自分の身につくことになる。

しかし、先ほどのエビングハウスの実験で分かるように、せっかくリハーサルによって長期記憶に記憶が入っても、そのほとんどが、時間の経過とともに忘れ去られる。

これを防ぐには記憶に意味を付けてやることである。

記憶に意味を付ければ、記憶が短期記憶から長期記憶に移りやすく、また、記憶を忘れにくいのである。

効率のよい記憶術はたくさんある。


 そして、この方法の1つが最初に述べた、自分自身の手によって教科書を作るである。

生徒自ら教科書を作ることによって、教科書に意味付けがなされて、長期記憶になりやすく、また、忘れにくくなるのである。

生徒自身の手によって教科書を作るという事は、生徒自らが体験や経験を行って、自分の手で物事を調べるために、きっと、生徒自身が自ら学習をする動機づけにもなるのではないだろうか。

だれにも強制されずに、自発的に学習する事ができれば、自ら学ぶ力をつける理想の教科書であると思う。


 実際に、生徒自ら教科書を作るとは、どのようなことか説明すると、生徒が実際に体験したことや調べたことを教科書に書き綴る方法である。

例えば、生物なら、実際に蛙を解剖して、体の構造を見て調べて、自らの教科書に蛙の体の内部の絵を書いたりして、自ら書き綴ってはどうだろうか。

科学の時間なら、生徒自ら科学実験を行ってこの作業手順や実験の経過や結果を教科書に書き綴っていけばいいと思う。

地理の教科書作りなら、実際に生徒自らが学習する現地に足を運んでその土地の風土を堪能して、写真をとり、自らの教科書に貼り付ければ良いと思う。

もし、場所が離れていて足を運べない場合は、図書館や旅行書、インタ―ネットなどあらゆる手段を使って自らの力で調べてみるのもいいのではないであろうか。

歴史なら生徒自身の手で調べて空白の年表を埋めるのもいいかもしれない。

他にも例を上がればたくさんある。

この生徒自ら教科書を作るというアイデアはあらゆる科目に適応されるアイデアではないだろうか。


 生徒自らの手によって作られた教科書は、生徒一人一人同じではない。

若干内容が変わってくる、例えば、科学の実験結果は多少違いも出てくるし、同じ蛙でも個体差もある。

また、生徒が写真をとるにしても、写真技術で個人差はでてくるし、スケッチする技能も生徒によって違うし、写真や絵、文字のレイアウトも人によって代わってくる。

物事を調べるにしても、参考にした資料によって、若干の違いはでてくる。

まさに、世界に1つしかない教科書ができる。


 生徒自らの手で造られた教科書は、後で読む時も、まるで、日記を読むように、教科書を作ったときの苦労などを思い出しながら楽しく学習できるのではなかろうか。

生徒自らの手で作った教科書なら、試験勉強以外でも読む気持ちにもなれると思う。


 しかし、ここで、重要となることは、教科書の内容が生徒によって全く違ってくれば問題があるので、教師がある程度のマニアルを提示する必要がある感じる。


 その他、生徒の想像力を働かすのもやる気をもって学習するのに効果的だとおもう。

例えば、数学で、5+3=○、と問い掛け答えの8を求めるよりも、○+○=8、のように、8を求めるために、いろんな組み合わせで○の中に入る数字を考えるほうが面白いのではないかと思う。

答えは1つでない。


 まとめると、がちがちの答えが1つしかないような事柄を暗記してしまう教科書ではなく、生徒がつねに考え想像しながら学習できる教科書が理想と言えるだろう。


(教育心理学 徳田克巳 高見令英 2003年 博文社 参照) (教育心理学概説 会田元明 内野康人之 横山朋子 1996年 ミルヴァー書房 参照)
 

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2017年01月28日

人口と食糧問題の関係について‐現代社会の光と影に迫る‐教職課程、地歴科教育法リポート

人口と食糧問題の関係について‐現代社会の光と影に迫る‐教職課程、地歴科教育法リポート


 最初に世界の人口や日本の人口が地域によって、どのような変化をしているのか、理解し、人口の移り変わりが、現在から未来にかけて、食料問題にどのような影響を与えるか考える。

そして、食糧問題がどれだけ、危険な立場にあるか、理解してもらい、次の時代を担う子供達に、この問題を考えてもらいたい。


 日本を含めて、世界の人口は現在もなお、ふえつづけている。日本では、近年出生率の低下から、人口増加率が低下をたどっている。

近い将来日本の人口は減少に転じる事が予想される。


 日本の食糧事情は現在どうなっているのだろうか、コンビニに代表されるように、大量生産そして、賞味期限が過ぎれば、大量廃棄を行う。

このような、大量生産大量廃棄社会によって、日本の経済が成り立っていると思われる。

違う見方をすれば、食糧を含めた物を無駄に使っていることが分かる。

問題点としては、日本の穀物自給率は非常に低く、約26パーセントぐらいである。

日本国内だけでは、日本の人口を養うことは不可能なのである。

それにも、かかわらず、現在でもなお、減反政策が行われているのが、おかしなことではなかろうかと思われる。


 食糧の不足分は、大量生産大量廃棄社会から、生み出される経済力で、食糧供給を他の地域からの輸入に頼っているのが現状である。

経済大国である、日本が食糧危機になる可能性はないと思われるが、どうなるかはわからない。

もし、仮に他の地域が輸入をストップした場合である。

原因の可能性としては、食糧輸出国の不作などによる食糧危機、国家間の不仲による、国際的な孤立による、輸出のストップ、戦争などによって、輸出ルートの閉鎖などなど、いろいろ可能性は考えられる。

その他、日本での出生率の低下は、近い将来の高齢化社会の到来を告げる原因となる。

もし、第1次ベビーブームと第2次ベビーブームの世代が老年期になった時、働ける世代が極端に少ない社会になるだろう。

そうなると、現在の経済力を日本が維持できるのかどうかは、非常に難しくなるのではないかと思われる。


 子供達に分かってもらいたい、ポイントは、日本の社会がこれまでのように、裕福で物に溢れた社会で、いられる保証はないこと、また、今までのような、大量生産大量廃棄社会で本当にいいのだろうかなどの問題意識を持ってもらって、これから、どのような日本社会を作っていかなければならないかを、考えてもらいたい。
 

 現在世界の人口は爆発的な増加の現象にある。

しかし、全ての地域で人口増加現象があるのかというと、そうではないのである。

各地域によって、いろんな、人口問題を抱えている。
 
かつて、世界には人口の密集地域があった。

ヨーロッパやアメリカ、日本を含めた極東などである。

現在でもこれらの地域の人口は多いのだが、人口増加率はかなり少なくなってきて、人口の減少も見られる。

言い替えると先進諸国では、人口増加はあまりみられず、減少傾向にあることである。

そして、爆発的な人口増加が見られる地域は現在、アジア、アフリカなど、第3世界と言われる発展途上地域である。近い将来、人口の密集地域の変化が起こるであろう。

かつて、人口の多さは、その国が、どれだけの国力を保有しているかの、重要なバロメーターとなっていたが、現在は反対に貧困をしめす、バロメーターになっているのではないかと思われる。

それは、国の経済が安定している地域では人口は増えずに、経済が安定してない地域では人口が増えていることである。

なんともおかしな現象である。


現在から未来にかけての、世界の食糧事情はどうなのであろうか?

日本のように、食糧が溢れている地域もあれば、食糧不足で困っている地域もある。

食糧不足地域の例をあげると、現在、いろんな報道手段をつかって、アフリカなどの発展途上国に募金を呼びかけて、食糧を含め、人、物資、資金など、いろんな援助が行われている。

このように、世界では食糧は不足している。

今後、もっと、深刻な食糧不足に陥ることが、予想される。


 食糧不足の原因は、人口の増加、農業生産の低下、異常気象などが考えられる。

人口はなぜ、増えるのだろうか? 

人間も動物の一種、食物連鎖の食物ピラミッドの頂点に立つわけだが、本来なら、食糧となる、他の動物や魚、植物の数が減少すれば、その割合に応じて、人間の数もうまく調節されるはずである。

過去の歴史を見ても、人口が増加すると、疫病や飢饉の大量発生などの要因により、人口は調節されてきた。しかし、現在は、医療技術の爆発的な進化、人間の高齢化などのために、人口が急激に増加した。


 農業生産の低下原因は、砂漠化、井戸を掘ったことによる地下水の減少、ダム建設の弊害、塩害、などである。

農地を増やすために、森林の伐採が行われるが、これまた、いけないのである。

森林の伐採は、地球の温暖化、永久凍土融解、土地が腐る、などの要因となる。

地球の温暖化は異常気象や砂漠化の原因ともなる。

このように、さまざまな要因が絡み合い悪い方向へと、地球は進んでいる。

地球の土地は劣化していき、農業生産はどんどん、下がっていくことが、今後も予想される。


 食糧供給の救世主として、品修改良である、緑の革命がある。

食糧問題の救世主的な存在ではあるが、危険性もある。化学肥料を大量に使うために、環境への懸念、品種改良をつづけた、品物を食べつづけることの危険性などである。


 子供たちに分かってもらいたいポイントは、日本のように、食糧に満ち溢れている地域もあれば、その裏に、アフリカなんどの、発展途上国の食糧が不足して、たくさんの餓死や貧困があることである。

そして、これらの地域では、養うこともできないのに、人口が増えていることである。

よく報道で発展途上国に対する資金援助の募金やボランティアの募集、などを見かける。

集まった資金で、食糧や病気のワクチンやボランティア活動による、井戸の建設、農地の建設などを行うことに、どのような意味があるかを考えてもらいたい。

子供達それぞれに、さまざまな意見があると思われる。

それぞれに意見をクラス中の人にだしあってもらって、さまざまな意見があることを分かってもらって、今後どのようにしていけばよいのか考えてもらいたい。

今までどうりでいいのか?  

もっと、他によい、解決策はあるのか? 

どちらにしても、問題意識の1つとして、子供達の心に残してもらいたい。


 ここからは、私の個人的な意見ではあるが、人間も含めてだが、生き物の命はもちろん、尊いものである。

しかし、一時的な救済に意味はないと思う。

根本的な解決が必要である。

食糧がないのに、増えつづけている人口増加を抑えることが、最重要課題ではないのかと思う。

それには、教育ってものが必要ではないのかと思われる。 


(人文地理学序論 河上税 長島勝雄 大明堂 参照)(総務省統計局 日本国勢図会  世界国勢図会 以上のデータ参照)  


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2017年01月21日

教師の仕事とは?法政大学通信教育部教職課程、教職入門リポート

教師の仕事とは?法政大学通信教育部教職課程、教職入門リポート
 

人間は知識なくしては生きていく事はできない。

人間が自分の力で生きていくためには、さまざまな知識や技能を身に付けていかなければならない。

子供の時なら、場合によっては、親が面倒をみてくれるために知識や技能がなくても生きていく事ができるかもしれない。

しかし、将来自分自身の力で生きていくためには知識や技能が必ず必要となってくる。


人間が生きていくために必要な知識や技能を子供達に身に付ける1つの方法が学校制度である。

学校制度の中で教師が補う役目となるのが、生徒に生きるために必要な知識や技能をみにつけさせることである。

教師の仕事は大きく分けて、勉強を教える学習指導、生活全般に渡って指導する生徒指導、そして、学習指導や生徒指導に関連した学級経営である。

これら、3つ上げた項目は、いずれも、生徒が将来生きるために必要となる技能や知識を教えることに関係している。


 学習指導は教師が受け持つ科目を生徒に教えることである。

学校で教える各科目にはそれぞれ、生徒が将来生きるために必要となる要素を含んでいる。

私自身が担当する事になる社会科で考えると、社会科を勉強することによって、世の中のさまざまなシステムや制度などを知る事ができる。

きっとその知識は将来の生活に役に立つであろう。

また、歴史や地理を学ぶ事によって、国際社会に生きる日本人としての資質や技能をみにつけることができるであろう。

そして、社会科を学ぶ最大の理由として考えられるのが民主主義の力を養う事にある。

日本は民主主義の国なので、民主主義を養う事は重要な役割となる。

民主主義とは話し合う社会である。社会科の授業を通じて、話し合う力を身につけることが重要な教科目標となる。

学習指導の時に、一方的に生徒に知識を詰め込ませるだけではだめである。

生徒が学習に興味を持つための興味付けを行うのも教師としての重要な仕事となる。


 日本では生徒指導に関しての教師の仕事は幅広いものとなる。

アメリカなどの学校では教師は教科指導に専念して、生徒指導は専門のスクールカウンセラーが行うシステムができあがっている。

日本では教育という仕事は、勉強以外の部分にまで及んでいる。

生活指導において、どこまでの領域を教師が踏みこんで生徒に指導するのかは難しい問題である。

生活指導において、基本となる考えは、生徒が将来良い大人になるための教育である。

例えば、どうでも良いような校則を生徒に守らせるための生徒指導は、将来良い大人になるための教育と繋がっている。

大人になって、社会に出れば、法律に縛られた生活をおくらなければならない。

法律の中にはどうでも良いような法律もたくさんあるが、しかし、日本社会に生きる以上、どうでも良いような法律でも守らなければならないのである。

学校教育で校則を守ることは、将来社会に出た時に法律を守ることに繋がっている。

生活指導で難しい点は、(将来良い大人になる)という事柄の定義が難しいことである。

なにが良いことで、なにが悪いことなのかは人それぞれの価値観によっても、生まれた環境によっても変わってくる。

教師は定義がはっきりしないことを生徒に教育していかなければならないのである。

教師の仕事に求められる資質はかなり高度なものと言えるだろう。


 もう1つ教師の仕事で重要となるのが学級経営である。

学級の経営は学習指導や生徒指導を円滑に行う役割がある。

また、人生を生きるためには組織の中で生活することを意味している。

大きく区切れば、国、小さく区切れば、会社や地域など、人間は組織の中で生きる事になる。

学級という1つの組織の中では、生徒たちが役割を決め、リーダを決定し、学級単位で競争も行う。

学級は組織社会の要素が詰まった空間とも言える。

生徒にとって学級での活動は、将来組織社会で生きる時の訓練の場とも言える。

教師は、学級経営において、速やかでスムーズに学級経営が行われるように指導、監視、調停などをおこなってうまくコントロールする役割をはたす。


 教師の仕事はありとあらゆることを含んでいる。

教育をつかさどるとは、人生の先輩として、人生にとって必要なことを生徒に教育することにある。

生徒にとって学生時代は人生を生きるための訓練期とも捉える事ができ、その中で、教師は、生徒が人生を生きるための力をえるための手助けをする存在とも言える。

特に現在の世の中は、両親の共働きが一般的になり、親が子供を教育することが困難な時代と言える。

この傾向は今後もっと加速すると思われる。

また、地域の横の繋がりも薄くなり、地域単位で子供を教育するシステムもなくなりつつある。

子供を教育する場がすくなりつつある現在の世の中において、子供の教育に与える影響力は、学校で行う比重が多くなるのが現在の社会の特徴になる。

そうなると、教師の教育をつかさどる職務の重要さがますます大きくなるのである。


(学校って何だろう 苅谷 剛彦 講談社 参照)


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2017年01月14日

教職入門リポート・教師になる意味とは?法政大学通信教育部教職課程

教職入門リポート・教師になる意味とは?法政大学通信教育部教職課程 

 教育をつかさどる教師の仕事は非常に重要である。

教育は時として危険な存在にもなる。

教育は人間の人格を作るもので、その方法が間違えば危険な人間ができてしまう可能性がある。


 第二次世界大戦後の日本の教育は、戦前の反省を踏まえたものである。

戦中は教育が国家のために利用された社会である。

戦中の日本国家は、植民地獲得のために戦争を行いつづける軍国主義国家である。

それは、天皇を中心とした中央集権体制のもと、国民が1つとなった国家でもある。

戦中の教育でもっとも重要なのが国家のための教育、国家のための教員である。

教育を行うのは国家の意思を国民に伝えるためで、日本国家にとって、扱いやすく、国家のために忠誠を尽くせる人間を育てるために教育制度が利用され、また、教師の資質として、国家の意思を子供にたたきこむことが教師の資質となった。

そして、戦時中ともなると、教育は、軍人を作る養成機関の役割をはたして、教育が武力と密接に結びつくものとなった。

 私が担当する社会科教育でも、国の意思が大きく影響された。

真実の歴史とは言えず、天皇の神格性の意味付けとして歴史を系統的に学習する内容で、天皇を神として、国家に忠誠を尽くせる人間を育成していった。


 日本は、植民地主義により、内外に多大な損害を蒙り、終戦を迎えた。

第二次世界大戦の敗北は、日本の国家政策が過ちを犯していたことに気付かせ、日本の国家政策を支えた教育もまた、過ちを犯していたことに気がついたことになる。


 戦後は、戦前の過ちを反省し、2度と同じ過ちを繰り返さない理念を踏まえた国家政策を行うことになる。

そして、日本国憲法が作られた。

日本国憲法は、占領国のアメリカ主導のもとに作られた憲法だが、しかし、平和と人権を考えた、戦前の反省点を考慮に踏まえた、徹底した平和憲法である。

そして、日本国憲法に促した形で教育基本法が作られた。

教育基本法の理念は、平和、個性である。

平和教育とは、戦争がなく、物事の紛争は武力じゃなく、言葉を使って民主的に解決することができる人間を育てることにある。

戦争と暴力で物事を解決していた時代の反省と言える。

戦後の主権は天皇から国民へ変わった。

これは国民によって国家が運営される民主国家のことであり、そして、主権者の国民を教育するのが教師の役割である。

次ぎの時代を担う、子供達に平和や民主主義を教育することは、平和で民主的な国家を作ることにも繋がる。


 個性豊かな人間を育てることは、戦前のような、言論の自由も奪われ個人の自由もままならない、統一的な思想を持った国民教育への反省からきている。

もちろん、現在の社会でも、さまざまな規制やモラル、価値観などがあり、実際に個性豊かな人間を育てる教育を行うのは難しく、自由な社会だとは思えない。

しかし、個性豊かな人間を育てるのは理念としては良いものである。

個性豊かな人間を認めることは、その人が持つ人間性を認めることであり、人それぞれが持つ人権を尊重することにも繋がっている。

教師の役割は、本来さまざまな価値観や考えを持っている人間の個性を伸ばすことにある。

個人が持つ個性を伸ばすことによって、人間にはそれぞれ侵す事のできない人権があり、人それぞれの尊厳もある事が認識されるであろう。


 教師になるということは、現在の日本国家がのぞむ平和を重んじる個性豊かな国民を育てる使命を果たす事である。

現在の教育も国家の意思がすくなからず入っていると考える事ができる。

国家が望む平和という価値観が本当の意味で正しいのか、正しくないのか私には分からないが、しかし、思うに、平和を望む個性豊かな人間を育てる使命はすばらしいことであり、世の中、戦争もなく平和に暮らせたら、それが人間にとって良い事だと思う。

そして、そう願いたいものである。


 日本国憲法は非常にすばらしい理念であると思う。この素晴らしい理念をもとに教育が行われるのは大変良いことであるが、平和と言う理想論だけでは世の中通用しないこともある。

平和と武力の関係、例えば平和を維持するための自衛隊の存在など、現実的な問題も考えていかなければならない。

教師になるということの意味は、理想論だけの平和ではなくて、実際の生活に密着した形での現実的な価値観で平和を考えられる個性豊かな人間を育てることにある。

そして、平和な国家を築き、平和な世界を築き、人々が幸せに暮らせる世の中を作ることが教師に課せられた使命だと私は思います。


(新しい社会・地理・公民の教育 大森正 石渡延男 梓出版 参照)



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2016年12月31日

1988年(平成元年)の教育改革‐法政大学通信教育部教職課程(地歴科教育法リポート)





1988年(平成元年)の教育改革‐教職課程(地歴科教育法リポート)


 平成元年、この時代は、世紀末であり、21世紀を目前に控えていた。

多様化する国際情勢、国際化の世界の流れは、これから先もっと、大きくなるであろう。

世の中の急変な流れの中、社会は変わりつつあった。今までの教育では、もう、限界が見えてきた。


 そして、21世紀を目指し、激動の多様化する国際情勢に対応できる、国際感覚があり、広い視野で物事を感じ、豊で臨機応変な人間の教育を目標として、平成元年の1988年に、文部省は高等学校学習指導要領の改正と学校教育施行規則の一部改正に踏み切った。

 
高等学校の社会科科目をもっと、専門的、系統性に分け、日本の歴史文化を理解し、尊重しながら、世界の歴史文化を理解できるような、国際社会にも対応できる人間の育成に応えるために、社会科を歴史地理、公民に再編成した。


中学校の社会科は、歴史、地理、公民の三つの部分に分かれている。歴史部分は、主に日本史がメインである。世界史の扱われている部分はあまりなく、日本史の部分に関連した所が扱われているにすぎない。

21世紀の国際社会に対応できる人間を目指すためには、世界史の学習が必要である。

平成元年の社会科科目改正は、その、段階を踏んで実行に移された。最初は、来たる国際化の時代に向けて、昭和58年に、中央教育審議会教育内容等小委員会は、1、自己教育の育成、2、基礎、基本の徹底、3、個性と創造力の伸長、4、文化と伝統の尊重の4視点から、今後の科目編成の変更案を検討した。

そして、昭和58年から昭和62年にかけて、臨時教育審議会によって、21世紀に向けた新しい、今後の教育の3つの観点が示された。

これによると、1、個性重視の原則 2、生涯学習体系への移行 3、変化への対応である。

審議会の中で、社会科科目について、歴史、地理、公民などを、1つの社会科と言う枠に収めるべきではなく、構成に問題があるとの意見がでた。

また、従来の通り、歴史、地理、公民などを社会科の枠に収めると言う意見もあった。


 このような新しい教育のあり方が問われた、世の中の流れの中、昭和60年、文部大臣の要請を受けた教育過程審議会は、これまでの教育の改革にのりだした。

そして、1、豊かな心をもち、たくましく生きる人間の育成を図る。 2、自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成を重視する。 3、国民として必要とされる基礎的・基本的な内容を重視し、個性を生かす教育の充実を図る。 4、国際理解を深め、我が国の文化と伝統を尊重する態度の育成を重視する。以上4つの方針を基にして、各教科・科目編成・授業時間数、などの教育全般に渡る改革に着手した。


 結果として、改革によって、高等学校の社会科は、地理歴史・公民に分かれ、実際には、平成元年にこの改正案が実施された。


 そして、高等学校の地理歴史科目の中の歴史については、日本史A 日本史B 世界史A 世界史Bに分かれた。

履修科目として、世界史Aと世界史Bの中から1科目、日本史A、日本史B、地理A,地理Bの中から1科目の合計2科目4単位以上が必須となった。

注目する点としては、世界史が必修科目となったことである。

これにより、全ての高校生が世界史を勉強することとなった。

世界史が必修になったことの狙いは、中学までの歴史は日本史がメインである。

日本の歴史を理解した上で、世界の歴史を勉強することにより、国際化社会に対応できる、資質を養うことが狙いである。


地理歴史の4科目を詳しく説明すると、世界史Aは、世界の歴史は1つの地域が単独で独自の発展をしたのではなく、常に世界の地域が相互に影響を与え、交流を行いながら発展していき、現代の世界を作り上げた。全世界の歴史を一体化して歴史を考える。

そして、近現代を中心に国際社会はどのようにして、できたのかを考え、国際社会に生きる日本人としての自覚と資質を養うのが目的の科目である。


 世界史Bは、改正以前の世界史に近く、世界の各地域の特色ある文化や歴史を学習する。

また、各地域の文化、歴史の発展や現代世界の成り立ちの歴史的過程を考える。

この学習によって、世界の文化の多様性、各文化の違い、文化の交流や関連性、各文化の特色を知ることによって、歴史的な教養を身につけ、国際社会に生きる日本人を育成し、日本人としての自覚と資質を養うのを目的としている科目である。


 日本史Aは、日本の歴史を世界の視野にたって、勉強する。

日本史を古代〜現代まで学習する。

内容は、近現代を中心に学習して、近現代日本がどのように、世界と関わることによって、社会を作っていったかを、世界史的な立場から日本史を考える。

そして、日本史Aを学習することによって、子供達にこれからの、国際社会の中の日本はどのような課題、役割があるのかを、世界史的な立場から考えられる能力を身に付けてもらうことに、この科目を学習する狙いがある。


 日本史Bは、日本の歴史を学習して、日本独自の文化、伝統について、学んで、日本人としての誇りを、世界的な視野から考察する。

そして、日本文化の大切さを知ったうえで、日本人としての自覚を育て、これからの国際社会の中に生きる日本人の資質を養うことに、日本史Bのねらいがある。
 

 以上が社会科における平成の教育改革である。


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2016年12月25日

鎖国からくる江戸時代のつくられたイメージと幕府の対外政策‐法政大学通信教育部(公民科教育法リポート)

鎖国からくる江戸時代のつくられたイメージと幕府の対外政策‐法政大学通信教育部(公民科教育法リポート)


 鎖国という言葉のイメージは国交を完全に閉ざして外国とは付き合いをしないというイメージがある。

これは、江戸時代と聞いて日本人が連想する、閉ざした世界のイメージを植付け、閉ざした世界によって日本は世界の流れから大きく取り残されてしまうというイメージを作るものだった。

このイメージが定着することによって、後に続く明治維新の評価を価値あるのにしている。

明治維新によって、日本は外国との国交を回復して、文明の開花を行って、世界の流れから取り残されない国を作ったというイメージを作り上げた。
 
明治維新によって日本は飛躍的に文化の進んだ国に成長したと言う事を強調するために江戸時代の鎖国のイメージが必要だったのではと思われる。


しかし、西洋化=文明の発達と捉えてもいいのかという疑問がある。

機械や兵器の上では進歩したと言えるが、日本の古来の文化を古く、遅れているもとして、西洋の文化は進んでいるという考え方は、間違った認識である。

これも鎖国が持つ暗いイメージがこの考えを助長していると思える。


江戸時代の鎖国のイメージを捉える時、外国との国交を閉ざしたのではなく、一部国交を閉ざしたと考えるべきである。

江戸幕府は鎖国ではなく、むしろ積極的に外国と関係をもつことを望んでいたようにも思える。

本来、江戸幕府は大きな利潤を生むので積極的に西洋の国と貿易を行いたいが、しかし、貿易とセットになっている、キリスト教が日本に布教されるのはいやである。

このため、仕方なく、キリスト教が日本に入ってこないように、貿易に規制を掛けたのである。

江戸幕府の対西洋各国の対外政策としては、貿易の利潤よりも、キリスト教の禁止を対外政策の最優先事項にしたのである。

そのために、ポルトガルやスペイン、イギリスなどキリスト教が貿易とセットになる国は排除する必要があったのである。

また、キリスト教の布教と貿易を切り離して考えてくれたオランダに対しては、江戸時代を通じて、貿易を行ったのである。

当時の日本にとってキリスト教は非常に危険な思想と受けとめられていることが分かる。

このように、少し書き方を変えるだけで従来の鎖国のイメージとだいぶ違ってくるのである。


 次ぎに鎖国のもう1つの側面である長崎の出島に対するイメージである。

従来のイメージだと長崎の出島という、閉ざされた世界でのみオランダと中国のみと関係を日本が持って、その他の場所ではいっさい外国と関係を持たなかったというイメージがある。

当時の日本は徳川家の幕府、その他の大名、天皇など、日本の国の中にたくさんの国が存在して、その代表が徳川家の江戸幕府である。

江戸幕府の政策の1つに武家諸法度や参勤交代などのように幕府以外の領主の力を削ぎ、また、力をつけさせないことに政策の重点を置いている。

長崎の出島を幕府の直轄領にすることによって、大きな利潤を生む外国との貿易を幕府のみが掌握して、他領主に力をつけさせないことに、その目的があったのではと思われる。


 次ぎに隣国に対しての対外政策について考える。

従来の教育だとオランダや中国とのみ長崎の出島で貿易を行ったと教えられた。

しかし、北のアイヌや南の琉球、西の朝鮮についての内容はほとんど省かれて教えられてきた。

江戸幕府の隣国に対する対外政策としては、豊臣政権のように外国を侵略して日本の領土を広げる野心はなかった。

琉球に関しては、実際に兵を送って支配したのだが、あくまでも、目的は中国との国交を再開することにあった。

実際に支配したのは、兵を送った薩摩藩で、江戸幕府の琉球の位置付けとしては、あくまでも、日本と交流のある日本に従属した通信国としての位置付けである。

これは、幕府に次ぐ勢力をもつ薩摩藩の利潤と中国との国交回復を目的とした考えの両方が共存する難しい情勢なのである。

北のアイヌに対しての対外姿勢は、異民族として夷と捉え、松前藩を通じて幕府との関係を持った。

東の朝鮮は、豊臣秀吉の朝鮮出兵以来関係は最悪であった。

江戸幕府の対外政策の中心となったのは、朝鮮出兵の戦後処理を行って朝鮮との国交の回復をおこなって、そして、朝鮮ルートから中国との国交の回復を狙うことが政策の中心となった。

この時、対朝鮮政策の仲介となったのが宋氏である。

朝鮮とは幕府の努力が実り国交を回復して通信の国としての位置付けとなった。


 江戸時代における日本と外国との関係の位置付けは、日本的な日本流の華夷思想で、それによって日本の国としての国家の姿勢や自国意識を作ることになる。

 江戸幕府には豊臣政権のような外国に打って出て大帝国を作る野望や西洋諸国のように自らが世界の海に進出する野望もない。

あくまでも、隣接国や自国と関係のある国と友好関係を持って交易を行うのが目的にある。

そういう意味では、消極的な対外政策といるかもしれないが、当時の情勢になって考えてみると、ごくごく普通の考え方なのである。

豊臣秀吉や世界の海に進出した西洋諸国のほうが当時としては珍しい考えかたと捕らえたほうがいいのではと思う。

もちろん、西洋諸国と比べれば日本は消極的な対外政策であった。

また、近世は現代のような情報もあまりなく、交通手段や船の技術なども進歩していない時代に海を渡って、広大な世界の国々と積極的に関係を持つ考え方は一般的な思想とは言えない。


 日本の歴史教育は、世界の1地域にしか過ぎない西洋的な史観で歴史を考えているから、当時の江戸時代の日本は閉ざされた国だという鎖国のイメージが作れたのではと思われる。

(江戸開幕 集英社 藤井譲治 参照)
(天下泰平 横田冬彦 講談社 参照)


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2016年12月14日

公民科授業実践・アメリカ軍によるイラク捕虜の虐待について‐法政大学通信教育部教職課程(公民科教育法リポート)

公民科授業実践・アメリカ軍によるイラク捕虜の虐待について‐法政大学通信教育部教職課程‐公民科教育法リポート(2005年作成)


 若者の平和に対する意識を考えると、まず、資料1では、イラク派遣で自衛隊入隊辞退者が続出しているとの事です。

自衛隊は国の仕事であり、国家公務員として、収入の安定した人気の職業です。

私自身も高校時代、航空自衛隊の試験を受けた事もあり、また、同級生も何人か自衛隊の採用試験を受けていました。

自衛隊の入隊辞退者が続出したと言う事は、イラク派遣によって、戦争の危険性が高まったと言う事が原因だと思われる。

自衛隊入隊を希望した若者は、安定職として自衛隊を選んだだけで、戦争はしたくないという事であろう。

資料1から若者は戦争には行きたくない、また、平和を望んでいると言う事が言える。

ちなみに、私の母校でもあり、教育実習に行った高校では、今のところ自衛隊入隊希望者はいないとの事です。


 次ぎに、資料2では、高校生の憲法意識調査を行っている。

この資料では、戦争を放棄した憲法第9条について取り扱っている。

資料2では若者は、約4割以上の人達が9条を変えない方がよいとなっている。

また、自衛隊のイラク派遣についても、半数近い人達が反対を唱えている。

若者の意識として、戦争を反対し、戦争には行きたくない、また、平和を望んでいると言う事が考えられる。

そして、日本の平和が現在保たれている理由に関しても、平和憲法の存在が1番となっている。

しかし、日米安全保障条約の存在が2番になっている事は、抑止的な武力は認めるという意味にも取れる。

これらの事をまとめると、若者は、日米安保や自衛隊の存在を認めているので、武力の保持に関しては認める。

しかし、保持した武力は使うべきではなく、戦争は絶対にしてはいけないものとして捉えている。

若者は戦争の無い平和な世の中を望んでいると言う事が言えるでしょう。


 今回の授業プランは、若者のもっと平和に対する意識を持ってもらいたくて作りました。

戦争というものはいかに残酷でぜったいにしてはいけない行為である。しかし、人間の歴史は戦争を繰り返してきました。

でも、戦争を繰り返してきた歴史から、人類は国際法という戦争の中にも人権的な秩序を考える思想を手に入れました。


 授業のポイントとなるのは、国際法の存在とイラク戦争で、明らかに国際法違反をしているアメリカの行為である。

国際法の中で捕虜に関する項目は主にジュネーブ諸条約の第三条の中にある。

内容は、捕虜は敵対行為をしないように自由を奪われることはあるが、しかし、捕虜はつねに人道的に待遇され、不法な加害行為から保護されなければならない。

そして、例えどんな罪を犯している捕虜であっても、捕虜としての権利を認めなければならない。

生徒にはジュネーブ諸条約の内容を提示することによって、授業の最初に配る捕虜虐待の写真から推測すると、あきらかに、アメリカ軍がジュネーブ諸条約違反をしていることを分かってもらえると思う。


 しかし、授業の本当の目的は、アメリカ軍によるイラク兵捕虜虐待問題ではない。国際法の存在にある。

国際法は国際間の法律である。

例えば、国家間の紛争時の取り決めや防衛、制裁、また商業的な取り決めなどあらゆる目的の国際法が存在している。

捕虜に関する事も国際法の一つに明記されている事柄である。

捕虜に関する国際法律の最初は、発行こそされなかったが1874年のブリュッセル宣言である。

以後、捕虜に関する法律は作られていき、そして、世界大戦の経験を通じて、1929年にジュネーブ諸条約ができた。

このようにジュネーブ諸条約は、人類の人権にたいする目覚めや戦争の悲劇などを通じて、施行作後を繰り返しながら作られたかけがえのないものであることを知ってもらう。

そして、身近な問題として過去の日本の国際法を無視した非人道的な捕虜の扱いも紹介して、戦争に対する問題点を知ってもらう。

 今回の授業の分野は現代社会の国際情勢の項目で行う。
 

今回の授業は高校生を対象に考えた授業プランである。
 
導入―― 学習内容@ アメリカ軍によるイラク人捕虜虐待問題 

 学習活動――用意した(資料3)イラク兵捕虜虐待現場の写真のコピーを生徒にくばる。

・生徒と自由な会話のやりとりをしながら説明していく。

 展開――学習内容@ 捕虜虐待について、生徒に意見を求める。
     学習内容A なぜ捕虜を虐待したらいけないのか?
     学習内容B 国際法の存在
     学習内容C 国際法の歴史

 学習活動――@ 生徒と一緒にアメリカ軍による捕虜の虐待について考え、生徒一人一人に自由で率直な意見を求める。

 学習活動――A人間は10人いたら10人の考えかたがあるので、なぜ捕虜を虐待したらいけないのかという意見もあると思われる。そして、この問いに対して、生徒にそれぞれに自由な意見を求める。

 学習活動――B学習活動Aの問に対する答えを私が考えたのが国際法の存在である。生徒に学習活動の答えの一例として、資料4を生徒に配り、資料4が捕虜の扱いに関する法についての資料である事を生徒に告げ、国際間には国際法という法が存在する事を生徒に分かってもらう。資料4は国際法の中の一つジュネーブ諸条約の捕虜に関する項目を整理して、また、捕虜に関する条約の一部を記載しているものである。資料4に記載されている記述を考えていくと、明らかにアメリカ軍は国際法違反を行っていることを生徒に分かってもらう。

学習活動――C捕虜に対する虐待は今回のアメリカ軍によるイラク兵捕虜虐待問題が初めてではなく、歴史をさかのぼっていけば過去幾度となく捕虜の虐待は行われてきた。捕虜虐待事例として身近な所から旧日本軍の第2次大戦中の行いを説明する。日本軍はジュネーブ諸条約を無視して、捕虜の虐待を行った。例えば、労務の酷使で、多くの捕虜を死なしてしまった。日本軍に捕まった捕虜の約4人に1人が死亡したと考えられている。この日本軍の捕虜に対する扱いを生徒に言葉と黒板への板書によって説明していく。

 そして、捕虜虐待の歴史に対する反省から、国際法の中で捕虜に関する条約が作られていく。そして、国際法は人類が過去の反省を踏まえて、人間の人権を尊重し守るために作られた大切な法律であることを分かってもらう。

まとめ――@ 学習活動@本日のまとめと人権問題への関心

 学習活動――A 今日のまとめを行う。そして、今日の授業からアメリカ軍によるイラク兵虐待問題は決して許されるものではないことを生徒に分かってもらい、例え戦争という特殊な空間であっても、また、どのような情況下の人間であっても、人には人権があり、その権利はだれであってもけっして、侵してはいけない大切なものであることを生徒に知ってもらう。
 
参考文献
(国際法第3版 有斐閣 1997年)
http://www4.ocn.ne.jp/^tishiki/junebujouyaku.html ホームページ)
(日本とイギリスの「苦い過去」 小管信子 歴史書懇話会)





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2016年11月01日

ゆとり教育について‐教育原理リポート(2004年製作)(2016年考察)

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    近年教育改革は凄まじく進んでいる。これまでの、教育は大学入試を目的とした、統一的な詰め込み形の暗記重視の教育であったように思われる。


     近年の教育改革で文部科学省は子供達に求めたものは、新しい学力である。

    新しい学力とは、ゆとりのある教育によって、生徒の自主性を重んじ個性を豊かな人材の育成を目的としていた。

    説明すると、これまでの教育は詰め込み式で、授業のペースは早く、覚えることも多いので、ゆっくりと時間をかけて学習するのは非常に難しかった。

    そのため近年の教育改革では、覚える内容を整理して、ゆとりを持って学習することを目的とした。

    ゆとり教育によって、さまざまな教育改革が実行された。


     しかし、教育改革の弊害として生徒の学力低下が社会的な問題となっていく。

    近年教育改革でもっとも学力低下問題に関わってくるのが週休2日制の実施であると私は思う。

    私の時代は土曜日が半日授業で日曜日が休日の週休1日制であった。

    週休2日制は土曜日と日曜日が完全に休日となる。

    これは、文部省が考えるゆとり教育が精神となった改革で授業時間を減らすことによって、家庭での学習や生徒がゆっくりと確実に学ぶ事を目的としている。

    しかし、問題点として、これまで、週に6日学校に登校していたのが、週に5日に減ってしまう。

    これは、言いかえると1日分の授業時間が減るということを意味し、また、生徒が学習すべき内容が減ることも意味している。

    そのため、生徒の知識量は授業時間が減ったので、その分少なくなってしまう。言い換えると、学力が低下してしまう事でもある。


     文部省の狙いは1日減った授業時間を使って、生徒自身が自宅で、自主学習やクラブ活動、習い事、疲れを癒し、生徒がのびのびと過ごす環境を作ることにある。

    しかし、現実はどうであろうか。もちろん、休みになった土曜日を使って学業やスポーツ、家族や友達、恋人との触れ合いで土曜日を有意義に過ごす人もたくさん存在するのは事実である。

    しかし、文部省が1995年に実施した土曜日の過ごし方の調査では、小中高でいずれも上位に位置するのが、ゆっくり休養である。

    ゆっくり休養とはいろんな意味が取れるが、家で半寝状態のままだらりと過ごしたり、テレビや音楽を聞いたり、なにもせずに過ごす状態ではないだろうか。

    よい意味で捉えると、日ごろの学問やスポーツ、ストレスを解消するための時間と取れるが、言いかえると怠惰でむだな時間の過ごし方でもある。

    もちろん休息は必要であるが、若くエネルギッシュな世代であるのに、非常にもったいない時間の使いかたである。

    この文部省の調査からも分かるように生徒の大部分は土曜日に勉強を行っていないので、土曜日の休みが学力低下の原因となっている。


     また、学校という場所は、学業だけを教える場ではない。

    学業以外でも今後の長い人生を生きる上で必要になってくる技能や経験をたくさん身につける場である。

    例えば、気が合うクラスメート、気が合わないクラスメート、先輩、後輩、教師、恋人などを通じてさまざまな人間関係を学ぶ場でもある。

    また、部活動を通じても、礼儀、上下関係、勝つ喜びや悲しみ、団体行動などを学ぶことが出来る。また、授業のチャイムや廊下を走らないなどのいろいろな校則から社会のルールを学ぶ。

    この様に学校が教育に貢献する例を上げればきりがない。

    このように、学校はいろんなことを教えてくれる場である。


     また、長い人生において、学生時代はもっとも大切で楽しい時間である。

    いろんな事を吸収しやすく、いろんなことに興味が持てる期間でもある。

    そして、先ほどの文部省の土曜日の過ごし方でも分かるように大多数の学生が土曜日を無駄に過ごしている現実は、本来学校に登校していれば、いいことも悪いことも含めてさまざまな事を経験するチャンスを自ら逃している事になる。

    そして、家で怠惰に過ごせば様々な事を経験する機会には恵まれない。

    これは、土曜日が休みになることは、学力の低下だけでなく、人生経験の低下にも繋がり、広い意味では学力が低下したことになるだろう。


     週休2日制による土曜日の使い方に関しての生徒間の違いは、例えば、土曜に勉強や部活動に積極的に取り組んだ生徒はいろんな経験をつんで自分自身をスキルアップしていくが、怠惰に過ごした生徒はあまり成長しない。

    このことは、生徒の個人差を広げる原因ともなり、できる生徒とできない生徒との差を深めることになる。できる生徒が増える反面、できない生徒が増えるので、生徒の学力が低下したと言えるだろう。


     週休5日制によって、もっとも、学力が低下してしまったのが、理系科目である。私の時代もそうであったが、理系科目は難しい。

    授業時間が減ったことで、理系科目の時間数が特に減り、また、選択科目制では、難しい理系科目はやらないという問題点が発生する。

    1982年にゆとりの教育を掲げて高校の理科科目の選択制を大幅に拡大した。

    私は1982年以後の高校入学者なので、体験談を述べると、実際に高校1年の時は中学の復習的な要素の強い理科1を学習した。高校2年からは生物を勉強した記憶がある。

    化学や物理をほとんど勉強していない。今、感じることは、生物を勉強するにしても、物理の知識は必要である。

    これから、時代はもっと、あらゆる分野で科学化が進み、そして、国際間の経済問題が進むはずである。そうした時代にもっとも、役にたつのは理系科目ではないのかと思う。

    また、理系科目を理解する為に必要な事は何度も繰り返して問題を解くことである。

    本来、理系科目はたくさんの時間を取るべき科目なのである。宇宙の法則を公式化する物理や数学を学校であまり学習しなくなることは、基礎的な数字を扱う能力が低下することを意味している。

    実生活においても基礎的な数字の学力は必要な能力だと感じる。
      

     生徒の自主性を重んじた、新学力の現実は難しいと思う。

    人間と言う生き物は、私を含め、楽な方に逃げる傾向がある。

    だから、教師が授業で勉強をしっかりと教え、宿題をだして、生徒を導かないといけない。

    そして、私が思うに、真の学力とは基礎で裏付された、専門的な知識なのではないだろうか。

    小中高などでは、やはり、基礎をきっちりと勉強する必要があるのではと思う。

    学力が低下する生徒が増える半面、週休二日の良い部分は、自由な時間を使って、できる生徒が増えることにある。


    (現2016年投稿時の感想と実態)
     2016年の現在、ゆとり教育は完全に失敗だったと認知されている。

    現在は、土曜日の授業を再開する学校や夏休み、冬休みなどの長期休暇を縮小して授業数を確保する学校が増えている。

    ゆとり教育の本当の狙いは、出来る人間と出来ない人間とに分け、日本の国を引っ張るリーダーを育成する目的があったと言われている。

    結果として、現在日本の国内では格差や貧困が大きな社会問題となっている。

    また、競争原理を教育から排除した、ゆとり教育の様々な弊害は日本社会を蝕んでいる。



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    2016年10月23日

    三度の自由教育路線‐通信教育部(教育過程論リポート)

    10.jpg「教科書に載らない歴史」はここをクリック 高校で普段行っている授業の実践記録や日記集、研究など、教科書に載っている事だけを授業するなら教員なんていらない。誰も知らないことを授業で取り上げる事に意味がある。教科書では語れなことや取り扱って欲しい内容を取り揃え、日本人としての心を取り戻す教育、その一部を紹介します。







    三度の自由教育路線‐法政大学通信教育部(教育過程論リポート)

     近年教育が大きく変わろうとしている。

    生徒に対する評価の方法や、総合学習の取り組みなどである。

    例えば、高槻市のある小学校では、総合学習の時間を利用して地域の担い手を育てるために地元のポンポン山と開発問題について学習している。

    総合学習の利点はそれぞれの学校がテーマを自由に設定できることである。そのため地域問題など生徒の関心度が高い課題から学習できる可能性を秘めている。


     現在の地域を主体に考えた自由な教育路線は過去に日本の歴史を紐解くと3度目の試みになる。

    最初は明治初期の学制制度に変わる教育令が出された初期段階、2回目は、終戦直後のやまびこ学校の時代、3度目が近年の教育改革路線である。

    最初と2度目の特徴は、両者とも自由教育路線が早い段階で打ちきられ、後の教育路線があまり評価できないことにある。

    最初の場合は、教育が戦争と結びついた国家統制に利用されたこと、2度目は教育が受験と結びついたことである。

    もし、今回、自由な個性を重視した教育路線が早い段階で打ちきられたとしたら、過去の例から考えると、後の教育路線が間違ったものになる可能性が非常に高くなると言えるだろう。

    近年の教育改革は3度目の試みであり、過去の失敗を乗り越えなければならないと思う。

    その為には、総合学習などの新しい試みに関しては、長い目でその教育成果を見る事が重要だと思う。教育成は直ぐに効果でるものでは無い。

    近年の教育改革は新しい試みであるので、最初は戸惑うかもしれないが長い目で見る事も重要である。

    そして、学力の低下問題や受験への対応不足などさまざまな問題点を含んではいるが、全てを否定するのではなく、施行作後を繰り返しながら、悪い部分を修正して、良い部分をのばしていく必要を感じる。

    そうすることで、必ず良い教育成果が上がると期待できる。


     明治初期、日本は近代国家の仲間入りをするべく、国民全てに教育を行う政策をはじめる。

    1871年には教育令が出されて、地域住民の声を聞き入れた自由教育路線が始まった。

    しかし、この自由教育路線は問題点を沢山含んでいた。

    まだ、この時代日本では教育に対する重要性があまり浸透しておらず、地域によって教育に対する考え方がばらばらであった。

    教育に対する価値観が低い地域では、学校の建設を中止、教員の数を減らす、教員の給料を減額するなど、自由教育路線のマイナス面がでていた。

    思うに、この時代江戸時代から明治時代になったばかりなのでしかたのないことなのかもしれない。

    もっと、国民の間に教育に対する価値観が高まるまで、この自由教育路線を続けるべきだったと私は感じている。

    そして、不幸なことに日本ではこの時代自由民権運動の過熱を問題点として、日本の支配者層の人達は、教育を自由から統制に変えて行くのである。

    ここから、日本の教育はおかしくなる。

    自由民権運動は人権思想や啓蒙思想などを主体として、国民の人権を守り、国民が政治に参加できるように、国会の開設などを要求した運動である。

    言うなれば、自由教育路線と重なる部分がある思想である。皮肉にもこの自由民権運動が統制教育の引きがねとなったのである。


     自由民権運動を抑えるために考えられたことは、教育システムを利用して、まだ、純粋な子供達に国家に対して忠実になるための思想を植え付けることであった。

    天皇を絶対的な存在として国に忠誠を尽くす臣民を作り出していく。

    そして、学問の自由もなくなり、統制されていく。

    それは、天皇を中心とした中央集権的な国民国家の建設のため、天皇の権威付けや正当性が学問の主流となる。

    例えば、ひとつの説にしかすぎない単一民族国家説を採用して日本はひとつの民族によって構成された国家であり、天皇が一貫して統治してきた国であるとした。

    また、南北朝問題などの天皇にとって都合の悪い歴史を排除して、天皇の国家支配に都合の良い歴史を系統的に学習するなど、教育が利用され、また、教師の自由も奪われていく。


     教育が国家に利用された結果、日本は空想的な軍国主義の日本へと変貌していく。

    国民の民意が戦争を後押し、出口の見えない戦いに国民はかりだされていく。たくさんの尊い命が失われて、日本国内や近隣諸国でも数多くの悲劇がうまれた。

    結局、教育が国家に利用された事が間違いである事が証明されたことになる。


     戦後日本は全てを失い、なにも無い所からの出発となった。

    空襲で焼けた学校では青空のもとで授業を行った学校もある。悲惨な戦争を体験した国民は平和を願い、平和な教育を求めていく。

    そして、平和憲法である日本国憲法が制定されて、これに基づき教育基本法が制定されて新たな教育が始まる。

    教育基本法前文で唱えている事は、主に平和、民主主義、個性ゆたか、個人の尊厳などである。

    これは、戦前教育の反省を考慮にしていると思われる。

    戦後復興の中、困難を乗り越えて、教育の現場では、地域それぞれに、独自の教育が試行錯誤されていく。

    やまびこ学校の時代と言われ、生徒が住む地域に密着した自由な教育路線が展開された。

    しかし、システム的には確立しておらず、問題点も多く含んでいた。

    日本は戦後復興を果し高度経済成長期を迎えると、教育の内容も変わっていった。

    社会システムの変化で、地域社会の繋がりが弱くなってきた事や受験戦争の始まりなどにより、また、新たな教育路線を始めることになる。


    (日本近代の出発 佐々木克 集英社 参照)(未来をひらく総合学習 梅原利夫 西本勝美 ふきのとう書房 参照)(新しい社会・地理・公民の教育 大森正 石渡述男 参照)













    2016年10月17日

    戦後教育について‐通信教育部教職課程(教育過程論リポート)

    戦後教育の変遷


    戦後教育について‐法政大学通信教育部教職課程(教育過程論リポート)

     戦後の教育は戦前の反省から始まった。

    日本は敗戦によりたくさんのものを失い、これまでの教育が間違いであったと気づいた。

    戦前の教育は国家による統制である。戦後は統制から自由へと教育路線が変わった。


     そして、法的にも、戦後に作られた教育基本法の前文によって、個人の尊厳を重んじ、また、個性豊かな文化の創造を目的とした教育が基本的な形となっている。

    個人を重んじ個性豊かな文化を創造すると言う事は、教育は国家が一方的に押しつけて統制するのではなくて、生徒1人1人の個性を大事にして、生徒の個性を伸ばす自由教育と見ることができる。

    戦後に行われた教育は、教育基本法の理念に近い教育が行われた。

    それは、コアカリキュラムと呼ばれる、自由な教育実践である。生徒の状態や、地域性、学校性を踏まえた、独自の教育実践は非常に価値あるものだと思われる。

    しかし、問題点として、教育システムの弱さや科学的な教育ができなかったことが問題として考えられる。

    日本は、敗戦直後なので、教育システムの充実に力を注ぐことが困難な状態であった。

    逆に言うと、敗戦直後で、たくさんのものを失っているから、国民は自分が住む地域や日本を復興したいという強い気持ちがあり、教育は地域と学校が一体となって、将来の地域の担い手を育てる、実践的な教育が行われたと考えられる。

    子供達は地域と関わりを持つことによって、自分達が住む地域の問題を見つけ、自らの関心から、それぞれに問題を見つけ考えていく、そんな生徒主体の自由な教育であった。


     しかし、1950年代に入ると日本は復興を果たし、教育に対する考え方も変わってくる。

    すなわち、経済が復興して高度経済成長になってくると、日本の社会は、地域から都会に変わってくる。

    若者は職や学校を目指して、地域を離れ都会へとやってくる時代がくるのである。

    すなわち、地域に根ざした教育は土台を失っていく時代になったのである。地域に根ざした実践的な教育から良い学校に入るための教育、または、全国統制的な教育に変わってくるのである。

    この国家による教育の統制路線を物語るものは、1958年の、文部省告指でだされた学習指導要領でみる事ができる。


     1960年代になると、学歴社会となり、受験のための教育になってくる。

    そして、高度経済成長によって、日本の社会は大きく変わってくる。家では、おじいさんやおばあさんがいない核家族が増えてくる。

    また、転勤族も増加してきた。

    こうなってくると、地域との繋がりが非常に薄い社会ができる。地域に根ざした教育が難しくなったと言えるだろう。

    極端な言い方にはなるが、学校の存在意義は、良い点数をとるための受験のテクニックを教える事であり、受験戦争に打ち勝つ事ができる生徒を育てるのが大事な使命となってくる。

    問題点として、勉強をする事に関して、悪い事だとは否定する事はできないが、しかし、受験のための勉強、すなわち、ただ暗記するだけのあまり意味のない勉強になりがちなところが問題点と言えるだろ。

    意味を持たない暗記はすぐ忘れるし、実生活にもあまり役に立たない。


     1970年代後半以降ぐらいからの教育問題として、受験学力競争の歪が徐々にでてきた事である。この時代になると、ますます、受験学力競争が激化していき、第2次ベビーブーム世代の受験がそのピークとなった。

    受験競争の歪として、生徒の校内暴力や家庭内暴力、落ちこぼれの増加、いじめの増加、不登校、学級崩壊など、生徒のストレスが原因と見られるさまざまな病理的現象が社会問題となった事である。


     教育の問題点を背景として、中曽根総理時代に臨時教育審議会(1984〜1987)が発足して教育の問題点を考えていった。臨時教育審議会はゆとり教育の先駆のような存在となった。


     ゆとり教育は、受験目的の一方的な詰め込み教育の反省から考えられたものである。

    ゆとり教育は教育の自由化を考え、生徒の個性を重んじ、生徒がゆとりをもって教育する所に特徴がある。

    週五日制や総合教育、絶対評価などさまざまな改革が上げられる。週五日制による授業日数や授業時間の減少など、また、総合の時間などによって教科学習の時間が減る事から学力の低下問題が浮上してくる。

    また、生徒を評価する時、教科テストの点数だけで評価するのではなく、人格的な部分を踏まえて生徒を評価する事は良い事でと思う。

    しかし、危険性も含んでいる。なぜなら、生徒の人格的な部分にまで介入してしまうことは、本当の自由にはならないこともあるからである。

    生徒に国が求める人格を強制的に求めてしまう事は国家による教育の統制とも受けとめる事ができる。

    また、もし、受験とリンクしてしまったら、大変な事が起きてしまう。なぜなら、推薦入試に有利になるためや指定校推薦を勝ち取るために、本人の意思とは無関係に学校に忠誠を尽くす事を強要してしまう危険性がある。

    本人の意思とは無関係にボランティア活動などに参加して、ボランティア活動が受験の一部となってしまうことも考えられる。

    本来自由であるはずの総合学習などの時間が実は受験勉強とリンクしてしまう可能性も出てくる。


     現代の教育改革はさまざまな問題点は含んでいるものの生徒の個性を重んじる理念は良いと私は思う。

    また、今現在でも教育改革は早い流れで変わっているので、今後も慎重な分析が必要だと思う。

















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    法政大学文学部史学科通信教育部を4年で卒業して、同時に教員免許も取得した。現在は高校教師教師として、働いています。
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