2018年01月14日

制度の大きな変更と2年目の通信制大学

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制度の大きな変更と2年目の通信制大学

2年目に入り、定期的なペースでリポートの提出をすることが出来ました。また、単位修得試験もほぼ毎月受験をしました。

2年目以降スムーズにリポート作成ができた理由は、作成に慣れたこともありますが、制度の変更が大きかったです。

リポート提出に関して、2年目以降に大幅な制度変更があり、それまで、1単位1リポートの提出が、なんと、2単位で1リポートの提出に変更されました。これは大きいこと、ラッキーです。実に半分の労力で、リポートの提出が出来るようになりました。

半月に1回のペースでリポートを提出、1か月で1科目は提出できる計算です。

再提出を気にせずに、とりあえず書いて出すことを繰り返しました。1年目はほとんど再提出でしたが、2年目以降から徐々に再提出になる割合が減りました。再提出になっても、ほとんどの科目は、2回目で合格できました。

単位修得試験に関しては、テスト前の一週間で、リポートの課題を中心に復習をしていました。最初のころの合格率は50%ぐらいでした。試験を受ける度に、試験問題を持ち帰れるので、ある程度試験問題がたまってくると、試験問題を予想できるようになりました。そうなると、試験の合格率も徐々に高くなってきました。

試験問題を100%当てた時のそうかいかんは今でも忘れられません。

最終的に、大学卒業の単位数と教職単位を4年間で159単位取得しました。
けっきょく、2年目以降、年間平均50単位以上は取り続けた計算になります。

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2017年12月10日

20代後半の世間の評価、非正規雇用と正規雇用




・20代後半の世間の評価、非正規雇用と正規雇用

 大学時代私はよく、就職して早く落ち着いたらと、いろんな人から言われていた。大学に通っている事を内緒にしていたので、ほとんどの人からはフリーターだと認識されていた。

大学に通っている事を知られてしまった人からも、教員免許が取れても、教師にはなれないとか、早く現実を見た方が良いと言われた。また、大学に通っている事を理由に、仕事をする事から逃げているだけだと言われたりした事もあった。悔しい思いをしたが、それに対して言い返す事は行わなかった。ぐっと、自分の腹の中に抑えた事を今でも思い出してしまう。言い返すなら教師になって結果を残してからだと思った。この世の中は結果が全てである。

現在でこそ、格差社会の進行で、非正規労働が当たり前になっているが、しかし、当時は二〇代後半で正規雇用でない人に対する世間からの偏見は凄まじいものがあった。

この時思ったことは、夢があり、その目標を達成するために努力している若者に対して、なんて酷い閉鎖的な世間なのだろうと言う事である。私は教師になって若者の再チャレンジを心から応援したいと心に誓った。いやな事が多々あり正直世の中にうんざりしていた。

しかし、いろんな意味で本当に厳しい時代ではあったが、今思うと夢に満ち溢れる、充実した日々でもあった。

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2017年11月12日

高校時代でもっとも大事な教科とは?




・高校時代でもっとも大事な教科とは?

高校時代の事を思い出していた。
「社会科だけできても駄目、漢字が大事だからその勉強をしておかないとこれからの人生で困るよ」
とよく高校時代の担任の先生に言われた。

その頃の私は漢字なんて書けなくても人生には困らない、古典なんて今後の人生で使う事もないと思っていたので、この先生何を分けの分からない事を言っているのかと思っていた。今思えば本当に馬鹿で愚かな世間知らずの高校生だったと思う。

もし、今その頃の自分に会えるなら、おもいっきりひっぱたいていたと思う。もう少し、古典や漢字をしっかりと学習しておけば困ることはなかったと、高校生までの自分に言いたいが、今となっては後の祭りである。

私が歴史に興味を持ったきっかけは、ファミコンソフトの信長の野望をプレイした事である。そこから、日本の戦国時代に大変興味を持ち、続いて、三国志のファミコンソフトをプレイしてからは中国の三国志にも興味を持った。その延長で、歴史が好きになり、現在は歴史を教える高校教師として仕事をしている。

大学に入学した当初は大好きな日本史の戦国時代か中国の三国志の研究をしたいと思っていたが、古文書と漢文の壁に阻まれて、日本の戦国時代と中国の三国志の研究を行うのを断念した。授業の中で古文書の単位と漢文の単位を取るだけで精一杯だった。それ以上の研究は私のこの時の能力では到底無理があった。

自身の現時点の能力で研究できるテーマを探すことが急務となった。

古文書をマスターするという選択肢もあったが、それ以上に、高校教師になることが自分にとっては優先事項であった。

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2017年10月15日

大学生活、高校とは違う勉強とは?





・大学生活、高校とは違う勉強とは?

 大学生活であるが、これほど勉強をした事は、これまでの人生では無いぐらいに勉学に打ち込んだ。大学は文学部の史学科で、歴史の研究者を育てる学部であった。歴史が好きだった私にとって申し分ない進学先だと思っていたが、現実はそれほど甘くなかった。

歴史の研究者を育てる学部なので、第一文献を読めることが絶対的な条件になった。誰かが研究した文献を勉強するのが高校までの内容で、誰も研究していない事を調べるのが文学部史学科の学生である。

すなわち、日本史なら古典が得意でなければ厳しいものがあった。古文書と呼ばれる昔の人が崩して書いたわけの分からない文字を読み説く事ができなければ日本史を研究する事ができない。また、中国史なら中国漢文、西洋史なら英語で原文を読み解く力がなければ、大学を卒業する事はできなかった。

また、一年次からの入学なので、英語や理数系の科目などを履修する必要もあり、大学での勉強は困難を極めた。

高校生の時は英語が苦手であったが、卒業後に英語を独学で勉強していたために、なんとか授業についていく事ができた。また理数系科目に関しては、計算などはあまりできなかったが、それを補うために論述問題に関しては誰にも負けないように勉強をして試験に対応した。
 難しい勉強もあったが、自分が知らない新しいことが知れて、知への探究心が高まり、充実した大学生活を送れたと思う。一つ一つだが、確実に知識を深めていき、苦手な科目の単位も修得していった。

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2017年09月18日

大学時代のアルバイト、うどん屋での日々!通信制大学生の日記




・大学時代のアルバイト、うどん屋での日々

 二六歳の春、かつてからの夢であった大学生としての生活をスタートさせた。
いい歳だったので、サークル活動などの楽しい大学生活とは縁の遠い、地味な大学生活となった。

金銭的な問題で学業とアルバイトの両立が必要であった。夜はうどん屋、深夜に工場で働いた。工場の方は一年ぐらいで辞めて、うどん屋に関しては、けっきょく四年間続けた。

企業化されたうどん店なので、麺は毎日工場から送られ、また、出汁やその他の具材もほとんどが宅配されてくる。私自身、飲食店の経験者なので、それほど業務は難しくなく、あらゆる仕事を簡単にこなす事ができた。

また、学業を優先させてもらい、私のわがままを聞いてくれて、便宜を図ってもらった職場でもあった。そして、うどん屋での日々が二年を過ぎた頃には、アルバイトながら、社会保険の加入を許されて、時間帯の責任者にまでなった。私自身、社会保険に加入するのは初めてで、少しは保障された生活が送れると思った。

 飲食業界では、大企業が経営している大型店では正社員が社会保険に加入できるのは当たり前だが、個人が経営している飲食店で、社会保険に加入できるケースは稀であった。私自身が経営していた飲食店でも、もちろん、社会保険という概念はなかった。そのため、飲食店で正社員で働いた経験は何度かあるが、社会保険には加入したことがない状況になっていた。いかに飲食業会がブラックかと言うことが分かってもらえると思う。

うどん屋での日々はそれなりに、やり甲斐もあり楽しかったが、いい年をして、うどん屋でアルバイトをしている現実がとても恥ずかしいと感じていた。なので、知り合いにはうどん屋でアルバイトを行っている事を黙っていた。
また、現在そのうどん屋は外国にまで出店する大企業にまで成長している事には驚きだ。

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2016年12月16日

誰にも言えなかった大学進学‐26歳の大学一年生





誰にも言えなかった大学進学‐26歳の大学一年生


法政大学文学部史学科に入学する事が決った。

自分の条件にピッタリと合う大学で、この選択肢は結果的に正解であった。

大学進学に関しては、年齢的なものもあり、親や知り合いには大学進学のことを黙っていた。

定職に就かない若者に対して、世間の目は冷たい。

話をした所で、馬鹿にされて、話は終わるだろう。

また、入学した時点では本当に卒業できるのか、そして、教師になれるのかは未知数であった。

もし、途中で夢を挫折するような事があったら、恥ずかしい思いをするのは自分自身であった。

夢が実現するまでは誰にも知られない方が良いと思った。

まともに、大学の事を言えるようになったのは、卒業がほぼ確定された4年後の事であった。

今思えばもう少し早めに打ち明けて、金銭的な援助や協力をしてもらったほうが良かったと思う。

変な意地は人生にとってマイナスにしかならないと感じた。










2016年11月13日

調査書を取りに8年ぶりに母校に行く‐26歳で大学に入学して得した事(回想録)

調査書を取りに8年ぶりに母校に行く‐26歳で大学に入学して得した事(回想録)


・大学出願時に必要な書類

大学の出願には、願書の提出と調査書が必要になる。

願書は、大学側から出される資料に必要事項を記入して郵送するだけで大丈夫。

近年はネット上で処理する大学もある。

問題は調査書、この調査書は高校が発行する書類で、言わば、成績表のようなもの。

8年ぶりに母校に行き、調査書を発行してもらった。(有料)

まさか自分が、卒業から8年後に母校に行き調査書をもらいに行くなんて、高校時代からは想像もできなかった。



・進路が決まった高校3年生に対して

現在私は高校教師をしているが、進路が決まった3年生は、緊張感が無くなり、成績の事をあまり気にしなくなる。

(3年の2学期で進路を決定する場合、1学期までの成績で調査書を作成する)

そんな3年生に対して、「卒業後に調査書が必要になった場合、3年生の3学期までの成績で調査書が作成される。

人生は何が起きるか分からないよ」「私は26歳の時に大学に入学したので、その時、調査書を高校に取りに行った」と言う。

卒業後に大学に進学する場合、3年生の3学期までの成績で調査書が作成される。

3年生の2学期と3学期で極端に成績を落とすと、卒業後に進学するときに不利になるという訳である。

「進路が決定されても、その後も成績を意識して勉強しよう」

人生回り道をしたおかげで、実体験に基づいた指導ができる。

教員として働いていると、このように、26歳で大学に入学したメリットが多々出てくる。(デメリットも多々あり、例・給料)


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2016年11月10日

法政大学を選んだ理由‐通信教育は特に学校選択が大事(大学生日記)

法政大学を選んだ理由‐通信教育は特に学校選択が大事(大学生日記)

私が大学を選んだ基準は、社会科の教員免許が取れて、なおかつ、歴史の勉強が出来る事であった。

また、就職と自己満足の為に、ある程度ネームバリューのある大学が検討された。

せっかく大学に進学するなら、今まで住んだことがない関東地方の大学へ行きたいとも思った。

最終的に、選ばれた候補は、慶応大学と法政大学であった。

両校のパンフレットを請求し、検討を行った。

両校とも、全国的に有名な大学である。

慶応大学の方は、願書提出時に作文提出があった事と少し自分には重すぎると思い、願書を出さなかった。

法政大学の文学部史学科が、何故か自分に合っていると感じ、願書を提出した。

入学が許可され、中学社会科、高校地理歴史、公民の免許取得と、大学卒業の資格を目指す事になった。

ネームバリューもあり、昔から、東京六大学に対しては強い憧れがあったので、通信教育とはいえ、法政大学入学は夢の様な出来事であった。


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2016年11月09日

大学への進学を本気で考える日々‐大学の多様な学び方(大学生日記)

大学への進学を本気で考える日々‐大学の多様な学び方(大学生日記)


一番なりたかった高校教師という夢をかなえるための大学選びがはじまった。

退院後、はやる気持ちで本屋に行き、通信制大学の専門書を購入した。通信制大学がある事と、このような専門書が売られている事にも驚いた。

ついこの間まで、お店が閉店し、会社が倒産に追い込まれ、体は病魔に蝕まれ闘病生活まで経験し、人生のどん底を経験した自分だが、夢を実現するために前向きな人生を歩む事ができた。

夢や目標を持つことによって、人は有意義に生きていけるのだと思った。

これまで、私は大学と言えば高校三年生で受験して昼間に通うものだと思っていた。

しかし、大学で学ぶ方法は多岐に渡っており、通学制以外に夜学があった。

年令層もバラバラで、10代の若者から定年後の老人まで多様な年令の人が大学で勉学に励んでいる事が分かった。

また、入学する方法も多岐に渡っており、編入や社会人枠など個々の状況に応じて大学進学の道が開かられていた。

これまで、金銭面や年齢、大学受験の失敗などで諦めていた大学進学への夢、しかし、自分のような人間でも、手軽に大学に行く事ができる。

そう考えると、これから過ごす未来が楽しみでしかたなかった。

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2016年10月07日

通信制大学入学を考えた瞬間とは? ・入院生活は人間を成長させる人生のターニングポイント

自分にはこれしかない!

通信制大学入学を考えた瞬間とは?
・入院生活は人間を成長させる人生のターニングポイント

 通信制大学の存在を知らなかった私が、通信制大学の入学を考えるには、様々な偶然の重なりが必要であった。

居酒屋を経営し、店長として働いて約3年、お店は何とか切り盛りできたが、体に異変を感じるようになっていた。

いつの間にか病魔が体を蝕んでいた。

病院に行くと、手術をしないと完治は不可能と言われ、入院を余儀なくされた。

入院生活は至って平穏であった。

これまでの人生を振り返り、人生をゆっくりと考えるには最適の時間となった。

 この入院は人生について考える時間をくれる運命の神様からのプレゼントとであった。

また、生命保険を掛けていたので、後から保険料が支払われ、お金を回収する事ができたので、いたれりつくせりだった。

しかし、手術後の数日間は本当にきつかった。全身麻酔により頭はふらふら、切った所は痛すぎる。尿道には知らない間に管を入れられ、違和感は半端ない。

もう二度と手術はごめんである。

だが、日にち薬で、日が経つにつれて、違和感はなくなり、身体につながれている管の数も減っていった。

食べ物に関しては、手術後は流動食が続いた。

どうしても、我慢が出来なくなり、病院を抜け出して、うどんを食べようしたが、食べる事すら出来なかった。

この時は悲しかった。

入院生活で一番困った事は、当時私はへビースモーカーで喫煙歴が非常に長くタバコが吸えない事が一番きつかった。

院生活では、特にする事もなく、たまにテレビを見たり、本や漫画をよく読んで過ごした。今までの忙し過ぎる生活が嘘のような穏やかな日々であった。

そして、ベットの上で、この有り余る時間を使って今後の人生について悩んだ。

回復後飲食業を続けるのか、まったく違った事をするのかなどを考えた。考えても、考えても答えはなかなかでなかった。


●通信制大学に入学して高校教師になろうと決意した瞬間

普段テレビをあまり見ない私だが、たまたまテレビの電源を入れた。

この時に放送されていた番組が私の人生に大きな影響を与える事になろうとはこの時はまだ、分からなかった。

その番組は身体の不自由な車椅子に乗った青年のドキュメンタリー番組であった。

テレビの中でその青年は大学に通っていた。大学は慶応大学の通信教育部であった。

身体のハンデを乗り越えて、学問に挑戦する姿勢、堂々と生き生きとした顔つきで自分の事を語るその姿に、自分自身の心は大きく揺さぶられた。

この時にとても不思議な感覚に陥り、自分自身の体中に電流が走り、これだと思った。

また、慶応大学に通信教育がある事にも驚きを覚えた。

大学は様々なニーズにあった学びの方法がある事を知り、もっと大学の事を詳しく知りたいと思った。

これまでの価値観としては、大学は高校を卒業したばかりの若者が行く所で、社会人や年配者が通うようなイメージは私にはなかった。

その番組はいろんな意味で、私に衝撃を与える番組になった。

もしかして、自分でも大学に進学する事が出来るかもしれない、そして、憧れの教師になる事が出来るかもしれない、そう思うと人生を前に進める事ができた。

退院後、直ぐに本屋に走り、通信制大学の参考書を購入して一気に大学進学へと心を動かした。


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