2018年02月06日

世界で一番強い国とは!第一次世界大戦が与えた影響について(経済史リポート)






世界で一番強い国とは!第一次世界大戦が与えた影響について(経済史リポート)

 第1次世界大戦は国際社会の勢力図を変えた。

大戦以前の世界はイギリスを中心とする、ヨーロッパ列強が中心となる世界である。経済的にはたくさんの植民地を獲得して、原材料を植民地から獲得して商品化して売る。貿易の利益が列強各国に集中するシステムを作り上げていた。

第1次世界大戦はヨーロッパを主戦場にした国家総動員で戦った総力戦である。
主戦場となったヨーロッパでは、たくさんの人が戦死し、国土は破壊され荒れ果てて、国民は疲弊し、国力は衰え、国家の復興は容易ではなかった。

 第1次世界大戦後の世界経済は大きく変化した。要因として、戦後たくさんの独立国家の誕生が上げられる。

新しい国が増えるということは同時に関税がかかり、商品の自由な流れがなくなることを意味している。また、鉄道の分断や新国家による新しい産業を興そうという動きがある。

人口的にはヨーロッパ列強国は大戦のためにたくさんの人命を失い人口が減少した。一方で、南ヨーロッパや東ヨーロッパでは人口が増える傾向であった。

人口は国力を示すパロメーターなので、人口動態からも列強国の国力が低下したのが分かる。しかし、現在、人口増加は貧困を示すパロメーターに変わっているのだか。

また、戦時中に武器などを調達するために、軍需生産が活発になった。だが、戦争が終われば必要がなくなり、工場設備の過剰現象が発生した。

また、戦後の世界経済は、戦前の世界経済の体制が悪い方向に作用して悪循環を引き起こしている。

一次産業の貿易条件悪化、新独立国やアメリカの工業化、世界市場の競争激化、ヨーロッパ工業国の製品に対する需要の変化、ヨーロッパ経済の停滞である。

簡単に説明すると、これまでの、イギリスを中心としたヨーロッパ列強単一の世界経済構造が壊れ、違う地域の産業の発達で、経済のバランスが崩れた。また、戦時中に金本位制を辞めた結果、紙幣の価値が不安定となって、インフレを引き起こした。


 戦後の経済を立て直すためにイギリスは資本輸出を行った。

しかし、イギリスの資本輸出は後退した。その原因はポンドの国際的な地位の低下にある。先ほど述べた通り、戦前世界でもっとも力をもった中心国のイギリスだが、戦後イギリスの国際地位は低下した。

もう一度戦前の国際地位復活を夢みて、イギリスは戦前のポンド体制の復活を目的として旧平価での金本位制の復活に踏み切った。結果はもちろん、時代の流れには勝てずに失敗に終わった。

この旧平価での金本位制の失敗によりポンドの国際地位はますます、下がりポンドの信頼制はすっかりなくなって、イギリスの資本輸出はますます後退した。


 対象的に国際的地位を高めたのがアメリカである。大戦中アメリカは交戦国への輸出量が大幅に増えた。交戦国は戦費調達のためにアメリカから資本を貸与し、それでも足りずに、戦前アメリカに投資した資産を回収して戦費として補った。

交戦国は借りた資金や回収した資産でアメリカから物資を購入した。そして、アメリカはいっきに債務国から債権国へと昇格した。

戦後は戦争によって荒れ果てた経済を各国はアメリカから資本を借りて、経済を立て直していった。


 1929年に世界恐慌が始まる。

アメリカの資本によって、世界経済がなりたっていたが、アメリカ国内の投資が増えて、国内に資本が集まった。アメリカの資本を頼りに成り立っていた世界経済は大きく混乱して世界恐慌が始まる。

1930年代のイギリスでは、世界恐慌の対策として対外投資を控えて資本の輸出規制を行って資本の流出を抑えた。

国内や自国が支配する植民地をメインとした経済圏を築きポンドで貿易を行う地域を創出した。いわゆるスターリングブロックである。経済をブロック化することによって国内産業の活発化を促し、世界恐慌を乗り切ろうとする経済政策である。


 1930年代の世界恐慌の時アメリカ合衆国でも対外投資額は減った。

特に証券投資額が大幅に減り、直接投資額は若干減った。

しかし、直接投資の中身を見ると、製造業、石油産業などの新興産業において、1930年代の前半の一時的な現象はあるものの後は、増大傾向にあるという特徴がある。

これは、不況で安定性に欠ける証券投資からこれからの時代を担う新興産業への投資変換を意味している。

そして、対外的にイギリス中心とした列強諸国が経済をブロック化していく中、世界経済市場からの締め出しに危機感を感じた。

アメリカ合衆国は自由貿易主義の転換をはかり、南北アメリカ諸国との経済協定を結んで、貿易を行った。


 19世紀の世界経済は自由主義貿易が基本で、資本の輸出は自由に行われていた。

しかし、20世紀になると第1次世界大戦や世界恐慌を経て、経済を管理して資本の輸出に規制を行い経済統制を行った。それは、スターリングブロックやアメリカ合衆国の南北アメリカ諸国との貿易協定などである。

これは、現代でも続いていることで、例えば、ヨーロッパ経済共同体など、世界にはさまざまな、経済協定が存在する。


 最後に世界1位国の地位は時代とともに変わっていく、それは、歴史が証明している。

世界1位の地位が変わる時には必ずきっかけとなる事件が発生する。それが、今回は第一次世界大戦であり、また、経済システムの変化など世界に新しい秩序が生まれるきっかけでもあった。

(アメリカの経済 春田素夫 鈴木直次 1998 岩波書店 参照)

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2018年01月07日

アメリカが戦争を続ける原因がやっと分かった!文学部史学科(経済史リポート)





アメリカが戦争を続ける原因がやっと分かった!文学部史学科(経済史リポート)

テレビや新聞、雑誌を見ていると、いろんな世界情勢のニュースが入ってくる。

その中で、アメリカの戦争の話題がたくさん入ってきて思うことは、ほんとに戦争好きってことである。大戦後では、朝鮮戦争やベトナム戦争、現代では、湾岸戦争、アフガニスタン戦争、ごく最近ではイラク戦争などである。

アフガニスタンの時はテロを受けたのでしかたがないと思ったけど、今回のイラク戦争は理由もあまり明確ではなく、理由をこじつけて戦争を行ったように思える。

この戦争好きのアメリカはどこからきたのか少し興味をもってしまった。


 第2次大戦後、世界には大きく分けて2つの思想があった。

それは、社会主義と資本主義である。

戦後の世界は旧ソ連を中心とする社会主義とアメリカを中心とする資本主義の対決構造が出来上がった。アメリカの大戦後の対外政策は対ソ連を想定して対抗することを中心の政策とした。大戦後、ヨーロッパの国力は疲弊していた。アメリカはソ連に対抗するために、ヨーロッパ陣営を自国の勢力に引き込み対ソ連に対抗しようとした。ヨーロッパ諸国の軍備増強には経済力の回復が不可欠と考えたアメリカは、ヨーロッパ諸国に対する援助制政策でヨーロッパ経済を復興へと導いた。

そして、ヨーロッパでは1949年に北大西洋条約、通称NATOが発足された。この条約の大きな意味は集団自衛である。国際社会はすでに一国だけで動かされるのもでない時代となっていた。アメリカはNATOに軍事援助を行い自国の軍事技術の指揮下に置くことで対旧ソ連に対抗した。

 また、東アジアでも戦後、旧ソ連に対抗すべく、大規模な援助政策が行われた。そして、中国の社会主義化や朝鮮戦争など、社会主義に対する危機感は高まっていった。そして、日本の再軍備などの政策で東アジアでも対旧ソ連社会主義に対する国際体制を作り上げた。
       
 アメリカの戦後の軍事戦略は旧ソ連に対抗するために、自国だけでなく、他の資本主義国をも巻きこんでの対社会主義の体制を作り上げ、資本主義国同士の関係を強化し、体系化した。そして、自国だけでなく、他の資本主義国も含めて軍備を増強して冷戦を旧ソ連陣営と行った。

これは、アメリカが資本主義世界の防衛という名のもとに、他国に軍事物資を輸出する事を意味している。アメリカは旧ソ連陣営と冷戦を行うにために、たくさんの軍事物資が必要となるため、国家財政で多額の軍事物資を生産した。

そのために、アメリカでは軍事産業が盛んになったのである。


アメリカの対社会主義の軍事戦略として、核兵器を中心とする、高性能ミサイル、航空機、最新鋭の通信機械などのハイテク兵器の充実化を図った。アメリカはこれらのハイテク兵器の開発や生産を民間の企業に依存したのである。

アメリカ政策は軍需関連企業の育成と強化が最重要視され、アメリカ政府は軍需関連企業に資金援助などの優遇政策を押し進めることになる。

もちろん、完成されたハイテク兵器はアメリカ政府に買いとられるわけで、このハイテク産業は企業にとって高収入を手に入れるビッグビジネスとなった。このアメリカ政府と軍需関連企業の関係のシステムは、両者の癒着関係を深めていくものである。

例えば、政府高官に裏金を渡して、援助金をたくさんもらう。武器生産や開発の契約を自企業が獲得するために政府高官に裏金などを渡すといった、政府役人と企業の癒着が深まっていった。


 1956年のラドフォード構想にで、軍事費が削減されたことが、経済の恐慌原因の1つの要因となった。

1958年に軍事費は恐慌対策のため上昇し、また、この時代はソ連の大陸間ミサイルや人工衛星の打ち上げの成功など対ソ連の脅威が増した時代でもあった。

そして、ケネディー大統領時代は、核に依存する戦略から、あらゆる戦争に対応する戦いに向けた軍需化を推し進めていった。

アメリカにとって、軍需産業は国をささえる重要な産業となった。


 現代冷戦が終わってもアメリカ主導の国際情勢は変わっていない。アメリカは現代では世界の警察的国として軍事大国である。

例えば、湾岸戦争の時は、不当にクエートを占領したイラクに対してたくさんの国の中心的な国となってイラク軍と戦い、今回のイラク戦争でも中心国となり、日本などの国をも巻き込んでいる。

敵国が旧ソ連からイラクに変わっただけで、戦後と現在の基本とするところに変わりはないと思う。例え、敵国がいなくなっても、新たな敵国が現れるのかもしれないので、アメリカは軍備の増強をおこたりはしないだろう。軍事産業の発展こそ、アメリカの繁栄と繋がっているのではないだろうか。

最強の軍事力を持つアメリカは世界の国々に軍事的な脅威を与えているは事実で、多大な影響力を持ち、リーダーシップを発揮している。

日本のように決して、アメリカにNOと言えない国すら存在する。


 最初冒頭で、なぜアメリカは戦争が好きなのかの問だが、アメリカにとって戦争は国が儲かるための手段ではないのではないかと思う。事実歴史をさかのぼれば、第1次大戦中の日本や古代ギリシアなど戦争によって強国化した国は数えきれずに存在する。

しかし、自国を戦場にするような長い戦いは国力が疲弊する原因となる。

アメリカは自国とはぜんぜん違う地域で戦争を行う。アメリカが行うような戦争は儲かるから、アメリカはこじ付けを付けてでも戦争をやりつづけているのではないだろうか。

(アメリカの経済 春田素夫 鈴木直次 1998 岩波書店 参照)

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2017年05月06日

サハラ砂漠、世界最大の砂漠とは?文学部史学科‐地誌学リポート





サハラ砂漠、世界最大の砂漠とは?文学部史学科‐地誌学リポート


 世界最大の砂漠といえばサハラ砂漠である。

アフリカ大陸に位置し、東西は、エジプトからモロッコ、そして、南にはスーダン、エチオピア、ナイジェリアまで続く広大な砂漠である。


 サハラ砂漠が存在する、北緯と南緯25〜30度あたりの中緯度高圧帯下では、一般的に風は乾燥しているために降水量が少ない。

そして、亜熱帯地域なので温度が高く水分の蒸発量が多いため乾燥し、砂漠が作られる。


 現時のサハラ砂漠では、中緯度高圧帯の勢力が強いために、雨が降る大きな原因となる、北側にある、寒帯前線と南側にある、北熱帯収束帯がサハラ砂漠地域に入ってくる事ができない。

そのために雨があまり降らない。


 かつてサハラは緑に囲まれていたが、この時は中緯度高圧帯の勢力が弱く、前線がサハラ地域に侵入してきたために、たくさんの雨を降らし、サハラは緑に囲まれていた。

気候というのは、時代とともに、うつり変わるものである。サハラは過去に、砂漠化と緑化を繰り返している。


 その他、サハラ砂漠の大西洋側では、カナリア寒流が流れており、沿岸地域の地表の空気が冷却されるために、逆転層が生まれ、上昇気流が発生しなくなる。

このような理由で、雨があまり、降らなくなり、砂漠化の原因の一つになる。


 まとめると、現在、サハラ砂漠で砂漠化が進んだ理由は、アフリカの川は、海に注いでいない場合が多く、沼を形成する。前線の移動などの気候の変化により、温度が上がり、雨があまり降らなくなり、地表は乾燥する。

そして、さまざまな原因が絡み合って、砂漠化が進んでいったと思われる。


 サハラ砂漠のような、中緯度高圧帯で大陸の内部に位置する砂漠は、一般的に1日の温度差がとても激しく、−3.3度〜57度という世界記録もある。

また、高緯度内陸砂漠では温度の年較差が特に大きいという特徴がある。

砂漠では一般的に温度差が激しいことが言えるであろう。

この他、砂漠では雨は極端に少ないがその代わり、いっきに雨が降り、豪雨になることが多い。


 サハラ砂漠では大平原が形成される地域が多いという特色がある。

これは砂漠の地形は、最終的には大平原となるためで、一億年を超える長い期間を経ている、サハラ砂漠ならではの光景である。

では、なぜ、大平原になるかと言うと、砂漠地域では厳しい環境のため岩石の破壊が通常の地域とくらべて早く、また、ときおり降る雨は豪雨となるので、岩や山が削られ侵食していく。

そして、山地は縮小していき、最終的に大平原になりやすいという特徴がある。


 サハラ砂漠では、たくさんの、民族が暮らしている。

サハラ砂漠の厳しい環境で生活するために、遊牧生活を営んでいる民族が多い。

遊牧生活の中で、飼育する家畜から、生活に必要な物を生産して、サハラ砂漠の厳しい環境でも生活を行っている。

家畜からは、チーズやバターなどの食糧が取れて、また、余剰は、町などで、他の食糧を買う、収入源ともなる。

また、家畜から、取れる毛皮は、衣服や移動式テントを作る材料ともなる。

この様に、遊牧こそが、サハラ砂漠の民族の生活を支えている手段である。


 サハラ砂漠の遊牧民は、わずかな、草をもとめて、砂漠の中を遊牧する。

サハラ砂漠の厳しい環境下で、移動するのには、ラクダを使う。

ラクダは砂漠の環境に適した動物でサハラ砂漠では、人間の生活にはとても重要な動物である。


 サハラ砂漠のガルダイアなどの、オアシスがある都市では、オアシス農業が行われている。オアシス農業は、あまり水を必要としない作物を栽培している。

サハラ砂漠で水量の多いオアシスには、昔から、人が集まり、都市化が進み、交易が行われ、サハラ砂漠の中心となっていった。


 広いサハラ砂漠の中で、エジプトの砂漠には外来河川のナイル川がある。

エジプトではこのナイル川を中心として、人間が生活をいとなんだ。

ナイルの賜物、まさに、エジプトでの生活はナイル川なしには語られない。


 ナイル川では7月ぐらいから10月にかけて、川は大洪水を起こす。むかしは、この時、川の灌漑などをしなかったために、ナイル川は洪水した。

ナイル川の洪水は、同時に上流からの天然のミネラルを含んだ養分を洪水地域のまきちらす効果がある。

ナイル川の洪水が終わった10月をすぎたら、毎年この洪水の地域には農業に適した肥えた土地ができあがる。

このため、人間は生活をするための食料と水を手に入れることができてエジプトの砂漠では人間が生活できた。

また、古代エジプトでは、このナイル川の洪水の時期には、住民は暇をもてあますために、国家プロジェクトである、ピラミッドやスフィンクス、神殿などの建設を行ってうまく繁栄した。


 サハラ砂漠地域では、かつては、イスラム帝国の支配下にあったことが理由で、サハラ砂漠地域にイスラム教が伝来して、現在でも、イスラム教を信仰している民族が多数いる。


 最後に人間はさまざまな環境に適応するために、いろんな工夫を行って、環境に適応していった。

そして、人間は生物が生きていくためには難しいような地域、砂漠や寒冷地などを含め広く世界中に生命の営みを育んでいる。

これは、人間、いや地球上の全ての生物が環境に適応する能力をもっているためではないだろうか。


(エジプト 鈴木八司 新潮社 参照)
(日本放送出版協会発行 緑の思考・砂漠の思考 参照)


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2017年05月04日

資本主義経済における生産や流通について‐文学部史学科(経済原論リポート)





資本主義経済における生産や流通について‐文学部史学科(経済原論リポート)


 資本主義社会において、単純な社会的総資本の再生産や流通、また、生産手段生産部門と消費手段消費部門との相互補填関係などを簡単な2つの式で表すことができる。

 生産手段生産部門 4000c+1000v+1000m=6000

 消費手段生産部門 2000c+500v+500m=3000


 資本主義経済では、生産資本が流通して新たな付加価値を含んだ商品資本なる。

生産資本はcの可変資本と労働力vによって構成されている。cに労働力が加わる事によって新たなに商品資本mを生み出す。


 そして、労働力をvと仮定し、mを資本家が手に入れる物と過程する。

しかし、生産手段生産部門の式では資本家が労働力を雇い入れる時には基本的に賃金を支払わなければならない。

賃金(貨幣)の概念が入れば複雑になるので、分かりやすくすると、資本家は労働者に消費手段という現物形態の物を支払うと考える事ができる。

生産過程では、労働者や資本家は消費手段を手に入れなければならないと言える。

すなわち、生産手段生産部門の中だけでは、労働者に賃金を支払う事ができないのである。

そのため、1度生産手段生産部門の1000vと1000mを1度消費手段生産部門に転換して、新たに転換した部分を消費手段生産部門から貰わなければならないのである。


 生産手段生産部門の式、1000vと1000mの合計は2000になる。

この2000という数字は、消費手段生産部門の2000cと一致する。

すなわち、生産手段生産部門の1000vと1000mと消費手段消生産部門の2000cが相互に過不足なく補填しあっているという事が言えるだろう。


 単純な社会的再生産の時は生産手段生産部門の式では、cが内部補填で再生産を行い、そして、消費手段生産部門ではvとmが内部補填で再生産を行う。

また、両部門間では、生産手段生産部門のcと消費手段生産部門のvとmとが相互補填を行う。

社会的再生産の進行時の生産、消費、流通と循環されていく過程ではこの3つの流れによって社会的再生産が行われる。


 以上の事柄は、単純な社会的再生産で、資本家が取り分を全て自らで消費しているとの仮定のもとに述べられている。

つまり、資本家は取り分を全て生活のために消費して、事業の拡大をまったく行っていないと考える事ができる。

もし、資本家自らが消費する以上の儲けを獲て、事業を拡大していると仮定した場合を考えていく。


 資本が増える概念が入った、社会的再生産が行われる時、まず、資本家が買い入れを行った、労働力や生産手段などの商品を消費する。

すなわち、不変資本cと不変資本vを消費していく。

商品を消費する事によって、あらたな余剰価値を含んだ商品が生まれる。

すなわち、cとvを消費する事によって、余剰価値mが生まれる。

消費する事によって、新たに増えた部分がmと考える事ができる。

この資本が増え、余剰価値mを生む現象は第1部門、第2部門に共通した現象でもある。


 この余剰価値mは資本家の取り分とも見る事ができる。

もし、余剰価値mを資本家が全て消費すると仮定すると、毎年同じ生産量の社会的再生産が行われる。

しかし、もし、資本家が余剰価値mの一部を追加資本として投資すると考えると、余剰価値mは、mc、mv、mkの3つに分ける事ができる。

この中で、mkは資本家の消費部分となり、また、mcは追加不変資本、そして、mvは追加可変資本となる。

すなわち、mkが資本家によって消費され、mcとmvとによって、事業が拡大していくと捉える事ができる。


 そして、余剰価値mの中のmc次ぎの年に追加資本としてcに投資される。そうする事によって、次ぎの年は、前年度に比べて、不変資本cの部分がmcの量だけ増えている。

この現象も第1部門、第2部門共に同じ現象で社会的再生産が行われている。


 追加資本によってcの部分が拡大すれば、それに伴って、労働力も増えていかないと、上手く機能しない。

すなわち、mvによって、vが拡大されなければならないのである。

そして、事業が拡大していくと、それだけ、資本家の総収入も増えるわけなので、資本家の消費部分も増えていく。


 そして、第1部門のvとmv、mkが第2部門のcに転換される。

第2部門のcとmcは、第1部門のvに転換される。

この時、第2部門のcとmcは、転換された第1部門の中で、労働者階級の個人消費と資本家階級の個人消費とに分けられる。

この分けられた部分の、労働者階級の個人消費が第1部門のvに生産過程として転換される。

すなわち、第2部門のcとmcを足した額に第1部門のmkを引いた額が第1部門のvになる。

結果として、第1部門のvは前年度よりも価値が第1部門のmvの量だけ増えている。

これは、第2部門でも同じくvの部分が前年の第2部門のmvだけ量が増えている。


 まとめると、第1部門、第2部門ではお互いに相互補填をしているので、追加資本mcによって、お互いに増えている。

すなわち、第1部門、第2部門ともに、相互補填しているので一方が増えると、もう一方も増えるという関係にある。

すなわち、追加資本による事業拡大の概念が入る事により、毎年同じ額での繰り返しから、追加資本によって、生産量が増えて、生産量が増えるという事は、消費量も同じく増えていき、結果としては、全ての項目が年を重ねるにつれて、追加資本によって、年々増えていくのである。


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2017年03月24日

緑の革命と食糧問題‐人類に警告その危険性とは?文学部史学科‐地誌学リポート(2005年作成)

緑の革命と食糧問題‐人類に警告その危険性とは?文学部史学科‐地誌学リポート(2005年作成)


 食料問題それは、世界における非常に困難な問題である。

それは、現在も昔も変わらず存在している。

現代の食料問題は世界的に見ると、全ての地域で十分な食料が足りているとは言えない。

とくに、第3世界と言われる地域や発展途上地域、熱帯地域などの食料問題は非常に難しいものがある。

原因として考えられるのは、熱帯地域は基本的に土地はやせている。

なぜなら、熱帯の土は変わることなく、長い年月をかけて同じ場所にあるものが多い、そして、長い年月をかけて、高温多雨が原因で、土地はやせている。

この様な土壌では比較的農作物は育ちにくい環境にあり、食料の確保は難しい。

そして、一番の原因と考えられるのは第3世界での人口の爆発的な増加である。

現在ものすごい勢いで人口増加は進み、勢いが止まらない。

近い将来世界人口は80億人を突破するものと考えられ、食料の需要も現在よりも、もっと必要となるであろう。

近い将来今以上の食料不足が考えられる。


 この様な、食料問題を解決する一つの方法として、緑の革命が現在社会において注目を浴びている。

緑の革命の歴史は最初、第二次世界大戦末期のアメリカで始まった。

第二次世界大戦は各国とも国をあげた総力戦で、各国とも食料確保に苦労した。

そこで、アメリカは戦争を優位に進めるための戦略の一環で食料に注目した。

そして、効率のよい農法の研究に取りかかった。


 その後、品種改良による新しい作物の研究が行われた。

結果、農作物の収穫量は飛躍的に増えることになった。

これが緑の革命である。

最初、緑の革命は小麦からはじまり、メキシコの地で行われた。

メキシコ政府とアメリカのロックフェラー財団が協力して、品種改良の研究を行い、そして、研究に成功した。

また、メキシコでは、とうもろこしの新品種の研究も進められ、研究は成功した。

そして、これらの、新品種は、メキシコ北部の太平洋岸地域の灌漑地方を中心に爆発的に短期間で広まり、以後、メキシコでは、小麦の生産量は今までの約3倍、とうもろこしは約2倍にまで、生産量が飛躍的にアップした。

このため、メキシコでは輸入国から一躍輸出国へと成長を遂げることとなった。

この輝かしい成果は、たちまち、世界中の注目を集め、緑の革命は世界へと広まり、食料不足の地域は特に新品種をとり入れた。


その後、緑の革命は、1962年にフィリピンで国際イネ研究所が建設し、研究された。

この研究所で開発された、新品種は、背丈が今までのイネよりも短い。

今までの品種は背丈が高くすこしでも、肥料をやりすぎると成長して、倒れてしまい、そのため、あまり収穫量はあがらなかった。

だが、新品種は草丈が短いので、肥料を大量に与えても倒れにくく、そのため、大量のイネの実をつけることができた。

また、この新品種は日照時間の変化にあまり反応したいため、いろんな地域で栽培が可能で、さらには、化学肥料の吸収率も在来種にくらべて高いという特徴も持っている。

これらの理由のために米の収穫量は大幅に増大した。

この様に緑の革命は、すごいプラスの性質を持っている。

このイネの品種は(ミラクルライス)とも呼ばれ世界中に広まり、食料問題の救世主となった。


 まさに、食料問題の救世主的存在の緑の革命ではあるが、いろいろと問題点を含んでいる。

例えば、新品種は在来品種に比べて害虫に対する免疫が欠けている。

対策として、また、新たな免疫を持った新品種の開発が進められた。

害虫に対する免疫を持った新品種は、害虫に対して効果をあげた。

だが、害虫は短期間で、新しい進化を遂げ、新品種の免疫に勝った。

そうなるとまた、人間は新しい免疫を持った新品種を開発した。

そうすると、また、害虫は進化を遂げる。

この様に、作物と害虫が、まさに、終わることのない進化の競争をしなくてはならないようになった。

これは、同じ品種の作物を作りつづけることができないことを意味し、開発費、手間、新しい害虫が現れたときの収穫量の低下などのマイナスの要因を与えた。


 その他、現代の環境問題への関心の高まりによって、緑の革命は環境を破壊する恐れがあることが指摘されるようになった。

これは、新品種が大量の農薬や化学肥料を使い栽培するために、環境への悪影響が心配された。

また、新品種は、大量の農薬や化学肥料を使い、灌漑設備の整った場所で栽培するために、ものすごく資金投資が必要なのである。

そのため、資金力のない人たちは新品種を栽培することができないのである。

結果、資金力がある人たちだけが新品種を栽培できたので、ますます両者の経済格差が広がり、二極分化が進んでいった。

このように、緑の革命はさまざまな問題を含んでいる。


 最後に、今地球では手のほどこしようのないほど、地球の環境は破壊されている。

もう、ておくれなのかも知れないが、このまま、緑の革命を使いつづけていいのかと、私は疑問に思った。

急激な品種改良の作物を人間が食べ続けるのは、人体に影響はないのかとも考えた。

そもそも、食料確保の問題から緑の革命が注目されたのだが、他によい方法があると思う。

第3世界ではなぜ、食わすことができないのに、子供を産みつづけ、人口の増加と食料不足問題を招いてしまうのかを考え、人口増加を押さえる方法で、食料不足問題を解決していくほうが、人類のためにはよいことだと感じた。


(緑の革命とその暴力 ヴァンダナ・シヴァ 日本経済評論社参照)


いつもありがとございます。














2017年02月28日

商品の物々交換から貨幣誕生まで、資本主義経済の不思議を解明‐経済原論リポート





商品の物々交換から貨幣誕生まで、資本主義経済の不思議を解明‐経済原論リポート

 現在の社会は外部から商品を手に入れないと生活ができない社会であり、このような社会では資本主義経済が必要である。


 資本主義経済でもっとも基本的なことになるのは、一般的な例として、自分自身では生産できないが生活などで必要な物や娯楽的な意味合いで欲しいものを自分自身が手に入れることである。

自分では生産できない必要な物を他者から手に入れるためには、それと同じ価値の物を相手に差し出さなければならない。

もしくは、相手が欲するものを差し出さなければならない。

そして、互いが差し出す商品をお互いが納得すれば、そこには、商品の交換が行われる。

もし、貨幣という概念があるなら、貨幣によって交換される商品の値打ちが表示され、また、貨幣と商品を交換することも可能となる。

このように、資本主義経済の基本は商品と商品の交換関係にあるので、これは、市場経済とも捉えることができるであろう。


 現代のような資本主義経済社会では、他者から商品を手に入れないと生活が不可能である。

また、娯楽品なども生活には必要不可欠な存在となっている。

人間が生きていくためにはたくさんの商品が必要であり、また、たくさんの商品を手に入れる事がひつようとなってくる。

現代の社会は、膨大な商品が集まり、そして、商品が交換されている社会とも見る事ができる。


 商品を生産するには労働力が必要であり、労働生産物が商品と言う事にもなる。

また、資本主義経済では、労働力自体も商品の一部と見ることもできる。


そして、労働は資本主義経済にとって骨格的な存在でもある。

社会を構成している人間は労働によって生産した物質的な富を消費する事によって生活をしている。


 また、資本主義的な生産では資本家が生産手段と労働力を商品として購入して、購入した商品以上の価値を、すなわち、余剰価値を生んで生産を行う。

このようにして、資本主義的な生産過程では、常に資本が増殖している。


そして、資本主義のシステムの骨格的なことを規定しているのが、資本・労賃関係と呼ばれる生産関係である。


 労働者は労働力を商品として資本家に売り、そして、労働力を売って得た賃金によって、賃労働者として生活している。

そして、資本家は資本によって、生産手段を買い、また、賃労働者から労働力を購入して生産を行う。

生産過程では、資本家が賃労働者を指揮(支配)して生産を行う。

労働は賃労働の形態をとり、また、生産手段は資本の形態をとっているのが資本主義だと考えられ、そしてこの関係が資本・賃労関係である。


 資本主義的生産の骨格となる資本・労賃関係の生産過程は資本家と賃労働者との人と人との関係とも捉える事ができる。

資本・労賃関係で生まれるものは、商品と貨幣である。

資本主義社会では、生産によって生まれた商品を労働者が労働力を商品として売って得た貨幣によって商品交換を行う。

このように資本主義では表向きに現れるものは、商品と貨幣との関係である。

すなわち、人間関係であった、資本・労賃関係が物象化して商品・貨幣として現れているという事が言えるであろう。

すなわち、商品と貨幣の研究をするという事は資本主義経済の骨格となっている資本・賃金関係をも研究すると言う事になるであろう。


 資本主義経済は商品交換である。

例えば、毛皮一枚と10gの塩が商品交換されたなら、毛皮一枚の価値は10gの塩と言う事になる。

またその逆も言え、10gの塩の価値は毛皮一枚と言う事になる。これは、自分自身の商品価値は商品の交換相手の商品によって自分の商品の価値が決まる事を意味している。


 また、毛皮一枚は10gの塩以外に一丁のナイフと一本の酒とも商品交換が行われていた場合、毛皮一枚から見たこのような状態を全体的な価値形態と言う。

全体的な価値形態の時、10gの塩、一丁のナイフ、一本の酒は毛皮一枚という同じ価値で表す事ができる。

この場合、毛皮一枚を通じて、一丁のナイフと一本の酒は同じ価値と言える。

理論的には、一丁のナイフと一本の酒は同じ価値なので、一丁のナイフと一本の酒は商品交換が可能と言えるだろう。

毛皮一枚によって、10gの塩、一丁のナイフ、一本の酒の価値を数字によって表す事に成功している。

毛皮さえ持っていれば、いずれの商品とも交換が可能と言う事である。

ここから、貨幣の概念が生まれてくる。すなわち、毛皮を使って、あらゆる商品との交換が可能であり、また、交換する毛皮の枚数によってその商品価値が決まってくる。

しかし、資本主義社会では毛皮の変わりに、主に金や銀などが、商品交換に使われ、貨幣としての役割を果すことになる。

金や銀は希少価値もあり、世界的に広く需要が高いと言える。

金や銀自体に商品としての値打ちがあり、その金や銀の量や枚数によって、商品が交換されていくのである。

貨幣の概念が生まれると全ての商品は貨幣によって、商品の価値を表すことができ、また、すべての商品は貨幣と交換が可能となるのである。


 ありとあらゆる生産物や労働力などの商品を購入する事ができ、また、自分自身の価値を表す事のできる貨幣の存在は人間に圧倒的な影響を与え、その魅力に取りつかれる。

資本主義経済は貨幣によって支配されている社会とも捉える事ができるであろう。
 

(経済学入門 南山大学経済学部編著者 NHK出版 参照)

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2017年02月25日

自然環境が人類に与える影響とは?人文地理学概論リポート

自然環境が人類に与える影響とは?人文地理学概論リポート


 地中海式気候地域は、地中海沿岸を中心とする地域が主。

その他、カルフォルニアを中心とした地域、オーストラリア大陸の南部の一部、チリ中部地方などである。

この地域の特徴は、夏の時期に、大変乾燥することにある。

冬はたくさんの雨が降る。

夏期の蒸発量は、降水量よりはるかに多く、夏の乾燥期をどの様に乗り越えるかがこの地域の課題となった。

普通では、夏期の乾燥に人間は耐えられないが、幸いなことに、この地域は山地に隣接している。

山地では夏でも、たくさんの雨が降るために、山地で得られる、水分を利用して、夏の乾燥に耐えた。


 地中海気候地域では、冬には、多雨を利用した、小麦などの栽培を行い、夏になると、平地から、山地にうつり住み、山腹に階段耕作を行い、また、羊やヤギといった、家畜の放牧や草を求めての遠距離移動の移牧を行った。

これらのように、いろんな、農業を組み合した。


 7世紀にムハンマドはイスラム教を作った。

イスラム帝国の領土拡大とともに、イスラム教は広がっていった。

イスラム教は最初、アラビア半島から、始まり、トルコ、ペルシア、北アフリカなど、広大な領地に信者を増やしていった。

そして、世界の三大宗教の1つになった。

イスラム教が主に分布している地域の北緯30度付近は、空気は乾燥して、降水量がとても少なく、気温は亜熱帯地域なので、高温である。

そのため、この地域は、大部分が砂漠地域である。

アラビア砂漠やサハラ砂漠などである。

世界地図上で考えて、砂漠が集中している、地域にイスラム教が信仰されている事が分かる。


 イスラム教の経典コーランは、宗教上の儀礼だけでなく、生活全般をも規定している。

そのため、イスラム教は砂漠の民の法的効果など、その影響は計り知れないものがある。


 人文地理学を飛躍的に進歩に導き、新しい学問として、体系的に、  人文地理学を位置付けたのは、ドイツのラッツェルである。

また、ラッツェルによって、人文地理学という名称がつけられた。

人文地理学の、創始者と言っても過言ではないだろう。


そして、ラッツェルは環境決定論を唱える。

ラッツェルは、人類社会や国家が、地理的環境と、どの様に関わっているかを研究した。

ラッツェルの思想は、ダーウインの進化論に近いと言える。

ダーウインの進化論は、生物と環境との間には、完全な調和があり、生物は、環境の影響で、進化すべき姿に変身をとげていく。

ラッツェルの思想は、これに、良く似ていて、人類の生活活動も、動物や植物と同じく、自然環境が影響を与えて、変化していくと考えた。


 また、ラッツェルは、自然は、全体的にあまり変動がなく、不変的であると考えた。

これに対して、人間社会はつねに、いろんな変化をするものと考えた。

そして、一定の不変な自然環境は、変動的な人間社会に、同一の影響を与えると考えた。


 ラッツェルの人文地理学は、自然環境と人間社会との関係が、一定の法則に基づく、いわば、自然科学的な不変法則によって、自然環境と人間社会の関係を理解しようとした。

ラッツェルは人類の歴史は、一般の動植物の歴史となんら変わらないと考え、自然環境の影響で人類は必然的に変化していったと考えた。

これは、人間社会は自然環境の影響で、レールに敷かれた、決められた道を進んでいる事を意味している。

これが、環境決定論である。


 また、環境決定論は経済の面でも、当てはめることができる。

農業の基礎は土地(自然)で、土地によって富を生だす、生産力が決定する。

だから、経済と土地(自然)との間には環境決定論が存在する。


 次に、環境可能論を唱えたのがフランスのブラーシュである。

ブラーシュは自然環境と人間社会との関係に注目した。

ここまでは、環境決定論と同じだか、中身の捉え方は少し違う。

ブラーシュは、人文地理学を生物学的な、自然環境と人間社会の関係を基礎にして体系づけたラッツェルの功績を認めながらも、環境決定論が自然環境と人間社会の諸関係をあまりにも、性急に、また、単純に解釈して、一方通行な一般論に陥っていると考えて、間違っているのではないかと指摘した。


 ブラーシュの環境可能論は、自然環境は人間の活動を規定するのではなく、単に可能性を与えるにすぎないと考えた。

すなわち、人間社会は自然環境に対して一定ではなく、能動的なものと考えた。

また、自然環境に人間社会は影響されることがあるが、どの様に、人間社会が自然環に影響されるかは、いろんな要素が絡みあって、影響すると考えた。

人文地理学において人間社会の研究をする時は、自然環境だけでなく、さまざまな、角度、物事から考え研究するのが、環境可能論である。

この考えが、環境決定論との大きな違いである。


 ブラーシュの功績は、人文地理学において、人類は生物的な存在から、さまざまな可能性を秘めた、決して決められた道を歩んでいるだけの存在ではない、社会的、歴史的な存在として、正しく掌握されたことである。

人文地理学の発展にブラーシュの功績が与えた功績は、はかりしれないだろう。


(参照 人文地理学概論 織田武雄 藤岡謙二 西村膣男 蘭書房)(自然環境と文化 山本正三 内山幸久 犬井正 田林明 菊地俊夫 山本充 大明堂 参照)(世界の気候地図 http://members.jcom.home.ne.jp/0517142701/seiin/map-kiko.html 参照)


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2016年12月17日

人口について‐世界と日本から‐文学部史学科、人文地理学概説リポート





人口について‐世界と日本から‐文学部史学科、人文地理学概説リポート


 地球上の4つの人口密集地域は、北半球にすべてある。インド、極東、西ヨーロッパ、アメリカ合衆国である。


 インドは、人口の大部分が農耕を営む、農耕民族で、たくさんの人口を養う食糧生産が可能である。

また、土地も恵まれている。ガンジス川とプラマプトラ大河の毎年の氾濫によって、たくさんの自然のミネラルを含んだ栄養分がインドの土地にもたらされる。

そして、作物の栽培に有利な高温、多湿の気候である。

これらの理由のため、インドでは、たくさんの人口を抱えることができた。1997年の時点で、インドの人口は9億人を超えており世界でも第2位の人口を誇っている。


 極東は、主に中国や東アジアの列島である。中国では西の方の山地地帯には人はあまり住んでいないが、東側の平地にたくさんの人が住んでいる。

インドと同じく農耕民族である。

広い中国では地域により土壌や気候が違うため、その土地にあった作物を上手く栽培している。

とくに、華南の長江流域の米作地帯ではたくさんの米が生産される。

これらの理由から、中国ではたくさんの人口を養うことができた。

中国の人口増加はすさまじく、1950年の時点では5億5500万人の人口が1977年の時点では12億4300万人である。

しかし、近年では中国政府は人口増加に歯止めをかけるべく、一人っ子政策などで、人口増加を抑える政策を行った。この政策は現在成功している。


 西ヨーロッパは、緯度は比較的高めなのだが、海洋の影響で暖かく、作物を育てるのに都合のよい気候となった。

また、それぞれの土地にあった、作物をうまく使い分けて栽培した。

そして、ヨーロッパ人は、たえず、土地を開墾して、痩せた土地であっても肥料を与えて作物を作れる土地にして、収穫を上げていった。

その他、ヨーロッパでは、山地も上手く使い、夏になると家畜の放牧をおこない、農業と牧畜を組み合わせて、食糧を作っていった。

そして、いち早く文明を進歩させた西ヨーロッパでは、工業化が進み、その利益により、違う地域から食糧を輸入して、農業生産だけでは養うことができない沢山の人口を養った。

これらの理由で西ヨーロッパでは、沢山人口が密集した。

しかし、現在は人口もある程度落ちついた。

たくさんの国があるので、ここではEU加盟国15国、2003年の時点での人口は約3億8000万人である。

中国と比べてもけっして多い数とは言えない。

1997年の時点で、西ヨーロッパの1つの国を対象に見ると、西ヨーロッパの国々は世界人口のベスト10にすら1つの国も入ってない状況である。


 北アメリカは、土地は豊で、大平原が多くあるため、たくさんの収穫が期待される。

そして、太平洋側の地域では、ヨーロッパの気候に、にているため、ヨーロッパの作物を簡単に馴化させることが可能だった。

この様にたくさんの作物を作ることが可能な条件がそろっていた。

また、アメリカでは、石炭や鉄鋼などの地下資源も豊富なために、ヨーロッパの様に工業化も進んでいった。

工業化による利益でたくさんの人口を養うことも可能であった。

1997年の時点で、アメリカ合衆国の人口は、2億6800万人である。


 現在、世界の人口を考えると、西ヨーロッパ、北アメリカ、日本や中国の極東では、人口は安定して、逆に減少傾向にある。

そして、インドやアジア、アフリカの発展途上国の国々では、人口が爆発的に増加しており、近い将来人口過密地域に変更が生じるかもしれない。


日本の人口は、第2大戦後、爆発的に人口が増加の道をたどった。

それは、昭和22年〜24年にかけて、始まった第1次ベビーブームがきっかけで、現在の時点で考えても、この第1次ベビーブームの時に生まれた世代の人たちが人口に占める割合は多い。

一番人口が多い昭和24年の生まれの人は実に、240万に近い人口である。


 第1次ベビーブーム後、出生率は下がっていった。それに伴い、人口増加率が、第1次ベビーブームのときは、180万を越えていたのが、100万人を切る人口増加率にまで下がった。

昭和32年ぐらいから出生率がだんだんと、回復してきた。そして、人口増加率は増えつづけた。

昭和42年のひのえうまの年を除いて、増えつづき、ついには、昭和46年〜49年の第2次ベビーブームを迎えた。

昭和48年は第2次ベビーブームの最盛期で、人口増加数は、140万人近い数となた。


 しかし、第2次ベビーブーム以後は、出生率は下がっていき、それに伴い人口増加率は、だんだんと減っていった。

平成14年の人口増加は約14万5千人で、人口増加率と人口増加数は戦後最低の数字となった。

現在も、人口増加数は減りつづけている。


 日本の人口は、1950年の時点で約8000万人 2002年の時点での、日本の総人口は約1億2700万人である。

約50年の間にかなりの人口が増えている。

世界的に見ても、日本の人口は、1997年の時点で第8位とかなりの上位である。


 日本という、小さな枠の中では、現在の人口は多すぎると思われる。

しかし、出生率の低下で、近い将来日本の人口は減少に転じることが、予想される。

第2次ベビーブ−ムの世代がすでに、現在、結婚適齢年齢にさしかかっているにも、かかわらず、出生率はぜんぜん上がらない。

もし、第2次ベビーブーム世代が出産適齢期をすぎると、もっと出生率は減るのではないかと、思われる。


 戦後の日本の人口の大きな特徴として、2つのベビーブームと、現在の出生率の低下の3つの大きな特徴がある。

この3つの特徴は今後、日本の人口問題に大きく関係してくる。

近い将来、もっとも、人口が多い代1次ベビーブーム世代が高年齢に達して人口の高年齢化が進むであろう。

そして、医学の進歩により、平均寿命は延びているため、ますます、この人口の高年齢化が進むことが考えられる。

そして、第2次ベビーブーム世代が老人になったときは、もっとすごい、人口の高年齢化が予想される。


(人文地理学序論 河上税 長島勝雄 大明堂 参照)(総務省統計局 日本国勢図会 中国情報局 海外移住情報EU加盟国編 世界国勢図会 以上のデータ参照)  


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2016年12月12日

資本主義社会における労働の役割とは?‐消費によって貨幣が増えるなぞ(経済原論リポート)

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資本主義社会における労働の役割とは?‐消費によって貨幣が増えるなぞ(経済原論リポート)


 資本という概念が入ると、貨幣で商品を購入したとき、貨幣で商品を購入することによって、商品の価値と同じ貨幣を支払っているにもかかわらず、商品の価値よりも多くの貨幣を手に入れる事ができるのである。

このもとの商品の価値よりも多くなった部分の貨幣が余剰部分と見る事ができるであろう。

商品を消費する事によって、新たな価値が生まれ、また、消費された商品の価値よりも高くなるのが資本の流通形態と言えるであろう。

また、このように、商品の消費によって貨幣がたえず増大しているのが資本主義経済の特徴とも言えるだろう。

商品を消費する事によって貨幣が増えるという、夢のような話だが、この資本の謎を解くカギを握るのが労働力である。


 資本主義社会では、賃労働者は労働力を商品として資本家に売り、そこで得た賃金によって生活をしている。

すなわち、貨幣がなければ生きて行くのは困難で、人間が生活を行うためにはお金が必要であり、お金によって、食事をし、余暇を楽しむ事ができる。

このことは、労働力を再生産するためには、お金が必要という事を意味し、お金を消費する事によって、労働力を再生産する事が可能になるのである。


 すなわち、どのような社会であっても、生産と消費は必要で絶えず、生産と消費が繰り返されている。

生産物は労働力によって生まれ、また、労働力によって、生産物は消費されている。

生産物が消費を越えればそれは余剰となる。

そして、労働力を維持していくためには、必ず消費は必要で、この労働力が絶えず再生産されるのに必要不可欠な生産物の事を必須生活手段または必須生産物、労働ファンドと呼ぶ。

そして、必須生活手段を生産するのに必要な労働を必須労働と呼ぶ。

また、必須生活手段の社会的必要時間によって労働力の価値を規定する事ができる。

また、労働者が持っている労働価値は労働力を再生産する再生産費とも見る事ができ、これは、必須労働のことでもある。

労働者の労働力の価値は必須労働で決まる事も意味している。


 資本主義的経済の労働市場では、資本家は労働力が再生産されるのに必要な必須生活手段の社会的必要時間で規定された労働力の価値を商品として労働者に貨幣によって支払う。

また、資本家は商品市場では、他の資本家から生産手段を購入する。すなわち、資本主義的経済において、余剰価値を生むためには、商品である、労働力と生産手段を購入して資本を投下しなければならないのである。


 労働者は資本家に時間極めで労働力を商品として売る。

そして、資本家は労働者から買った時間はある程度支配して、資本家の指導のもとに、契約時間の間労働力を消費して、生産をおこなっていく。

また、労働力の消費の過程は、実際に労働を行っている、労働過程と労働力を消費して、労働力の消費によって新たな価値が生まれる価値増殖過程との2つに分ける事ができる。


 労働過程の労働の事を具体的労働と言い、また、価値増殖過程での労働を抽象的労働と言う。

労働には2つの種類があり、具体的労働は具体的に行う労働を表し、労働によって、特定の物質に対して形態変化を起こさせるなどである。

この具体的労働では、価値変化は発生しない。

抽象的労働は、労働を抽象的に考え、また、労働を量で捉えて、労働力の支出を抽象的に見ていく。

この抽象的労働の時に新しい商品価値が生まれるのである。


 具体的労働では新たな価値を生まない、この事を逆に考えると、元々存在した価値の事を指している。

すなわち、具体的労働では生産手段の中に価値が移転されて、前年と同じ価値が生産されている。

この事を資本で考えると、生産される価値は生産物の中に移転されているだけなので、投資される資本の価値は変化がなく、また、生産されるのに必要な資本の事でもある。

この変化がなく、不変に生産されるために必要となる資本は、毎回同じ価値の資本なので、不変資本と呼ばれている。


 抽象的労働によって、新たな余剰価値を生み出す事になる。

抽象的労働は労働を抽象的に広く捉えている。

抽象的労働は新たに余剰価値になる部分と再生産に必要な部分とに分ける事ができる。

すなわち、抽象的労働では、労働力の価値を再生産し、そして、その労働力を再生産するのに必要となる必須労働時間と、さらにそれを越えて新たに生まれた余剰価値を生産するのに必要な余剰時間とが組み合わさっている事になる。

必須労働時間を超え、余剰労働時間が新たに増え、変化しているので、そこに、投下される資本の価値量も変化して増えているという事が言える。

そして、投下資本の価値量が変化して、増えているので、この事を可変資本と言う。


 資本主義経済は貨幣の社会でもある。そのため、生産された商品は商品市場で売る事によって貨幣に変換される。

貨幣に変換される事によって、価値を表し、価値を得た事にもなってくる。

そして、同時に、余剰価値を貨幣に転換して得る事をも意味している。

そして、労働者は労働力を商品として売り、変わりに貨幣得て、その得た貨幣を使って資本家から必須生活手段を買い生活をしていく。

そして、また、労働力を再生産する。このようにして、資本主義経済では繰り返し生産物の再生産が行われて、余剰価値を生みながら、商品の生産が行われていくのである。

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