2017年05月05日

古代ギリシアの哲学者たち‐文学部史学科‐西洋哲学史リポート

古代ギリシアの哲学者たち‐文学部史学科‐西洋哲学史リポート


プラトンは哲学史に多大な影響を与えた人物である。

それは、プラトンが書いたと言われる書物がたくさん残っており、後世の人が書物からプラトンの思想を読み取ることができることも1つの理由である。

また、プラトンは政治にも興味を持っていた。

理想の国家を作るためには、その統治者階級となるべき人には徹底した教育が必要であると考えた。

そのため、プラトンは、学園、アカデメイアを創設する。

学園でプラトンは理想国家の統治者になるべき人間を育てていく。

学園を作った事は、プラトンの思想をたくさんの人に知ってもらうきっかけともなるし、また、学園の創始者プラトンの思想に影響を受ける人も増えるのである。


 プラトンは幼少の頃からソクラテスと親交があり、ソクラテスの思想の影響を受けることになる。

その後、各地を旅し、いろんな人に出会い影響を受け、また、自分自身の哲学を作り出していく。

プラトンの功績はタレス以来のギリシア哲学を1つの集大成としてまとめあげた事にあるだろう。


 プラトン哲学の中心となる思想はイデア論である。

イデアとは形相の事で、視覚的なものと中身は違うと考えた。

例えば、美しいと感じる物があったとするなら、その美しいと感じる物のなかには、永遠不変の美のイデアが存在していると考えた。

また、イデアは高貴な神によって創造され、また、神の意志や思想を帯びたものであると考えられた。

この非現実的で神秘性を秘めたイデア論は後に、中世キリスト教の思想や教義とも結びついていくのである。


 アリストテレスもプラトンに影響を受けた人物の1人である。

イデア論はソクラテスが考え始め、プラトンが完成し、アリストテレスが引き継いで影響を受けた事になる。

アリストテレスは宇宙の万物は、神の影響の元にあり、また、神の意志によって動かされていると考えた。

このアリストテレスの神秘的な思想は、プラトンのイデア論の影響を受けていると見る事ができるだろう。


 しかし、アリストテレスの功績は、プラトン哲学を引き継いだことではなく、哲学や学問の世界に新たな道を作ったことである。

アリストテレスの学問領域はとても広く、様々な学問を紐解き、さかのぼって行くとアリストテレスに行き当たるのである。

万学の祖と言われる由縁である。

また、アリストテレスは豊富な知識をもとにヨーロッパで初めて学問の体系分類を試みた人物でもある。

そして、最大の功績と考えられるのは、哲学の分野に実証という概念をとり入れた事である。

それは、自然観測や観察をもとにして研究を行い、証拠を上げてから、理論を作っていく方法である。

プラトン哲学は実証性に掛けているが、アリストテレス哲学は実証性と神秘性を結びつけた哲学とも言える。

この実証的な学問のやり方は、現代でも通じるところがある。

哲学に実証の概念を取り入れた事から、そこから、自然科学と言う新しい学問分野も生まれてくる。

アリストテレスによってギリシア哲学は完成期を迎えたと言っても過言ではないであろう。


アウグスティヌスはプラトンの思想影響を大きく受けた人物の1人である。

アウグスティヌス哲学は、自然に関することはあまりなく、神や魂と言った神秘的な部分を重要視している所である。

この神秘的な部分がプラトンの影響を受けた部分と考えられる。

そして、アウグスティヌス哲学の特徴は、自然哲学を省いている変わりに時間の概念を取り入れている所である。

時間の概念を取り入れる事は歴史哲学に繋がっていく。

歴史哲学はギリシア哲学ではあまり考えられる事がなかった分野なので、ギリシア哲学に新しい要素を加えたとも見る事ができる。

時間と魂や神を考える哲学と言う事は、魂の行く末や人間の未来、歴史の行方、国家の行方などを考える事である。

人間の行方を考える所から、救済の問題も出てくる。

人間はどの様に生きていれば救われる事ができるのだろうかなどである。

この救済の概念から宗教哲学に発展していくのである。

そして、アウグスティヌス哲学は、中世キリスト教(カトリック)の教義と結びついていくのである。

そして、カトリック教会の教義は中世ヨーロッパ社会を思想的に支配して、ヨーロッパ中世社会形成の中核的役割を担っていくのである。

カトリック教会の教義が中世ヨーロッパ社会を支配した事は、カトリック教会の教義に影響を与えたアウグスティヌス哲学が一般の人々にまでその影響を与えた事を意味している。


 トマス・アクィナスは宗教と結び付つき形式化してきた哲学に新しい分野を切り開いた人である。

トマス・アクィナスの生まれた13世紀はキリスト教の教義が社会を支配し、ギリシアなどの異教徒の古典文化は危険視されていた時代である。

そのような時代の中、ギリシア哲学のアリストテレスの研究をしていきました。

トマス・アクィナスの功績はキリスト教とアリストテレス哲学とを結び付けたことであろう。

宗教と結びつき非現実的で形式化されてきた哲学の世界に、実証的で科学的なアリストテレス哲学をとり入れた事は新しい道を切り開き、また、停滞していた学問の発展を促すきっかけともなった。

また、異教徒のギリシア古典文化をとり入れた事は、後に始まる、ルネサンスの先駆となっているのかもしれない。


(西洋哲学史 今道友信 講談社 参照)(ギリシア・ポリス社会の哲学 岩崎充胤 未来社 参照)


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2017年05月04日

資本主義経済における生産や流通について‐文学部史学科(経済原論リポート)





資本主義経済における生産や流通について‐文学部史学科(経済原論リポート)


 資本主義社会において、単純な社会的総資本の再生産や流通、また、生産手段生産部門と消費手段消費部門との相互補填関係などを簡単な2つの式で表すことができる。

 生産手段生産部門 4000c+1000v+1000m=6000

 消費手段生産部門 2000c+500v+500m=3000


 資本主義経済では、生産資本が流通して新たな付加価値を含んだ商品資本なる。

生産資本はcの可変資本と労働力vによって構成されている。cに労働力が加わる事によって新たなに商品資本mを生み出す。


 そして、労働力をvと仮定し、mを資本家が手に入れる物と過程する。

しかし、生産手段生産部門の式では資本家が労働力を雇い入れる時には基本的に賃金を支払わなければならない。

賃金(貨幣)の概念が入れば複雑になるので、分かりやすくすると、資本家は労働者に消費手段という現物形態の物を支払うと考える事ができる。

生産過程では、労働者や資本家は消費手段を手に入れなければならないと言える。

すなわち、生産手段生産部門の中だけでは、労働者に賃金を支払う事ができないのである。

そのため、1度生産手段生産部門の1000vと1000mを1度消費手段生産部門に転換して、新たに転換した部分を消費手段生産部門から貰わなければならないのである。


 生産手段生産部門の式、1000vと1000mの合計は2000になる。

この2000という数字は、消費手段生産部門の2000cと一致する。

すなわち、生産手段生産部門の1000vと1000mと消費手段消生産部門の2000cが相互に過不足なく補填しあっているという事が言えるだろう。


 単純な社会的再生産の時は生産手段生産部門の式では、cが内部補填で再生産を行い、そして、消費手段生産部門ではvとmが内部補填で再生産を行う。

また、両部門間では、生産手段生産部門のcと消費手段生産部門のvとmとが相互補填を行う。

社会的再生産の進行時の生産、消費、流通と循環されていく過程ではこの3つの流れによって社会的再生産が行われる。


 以上の事柄は、単純な社会的再生産で、資本家が取り分を全て自らで消費しているとの仮定のもとに述べられている。

つまり、資本家は取り分を全て生活のために消費して、事業の拡大をまったく行っていないと考える事ができる。

もし、資本家自らが消費する以上の儲けを獲て、事業を拡大していると仮定した場合を考えていく。


 資本が増える概念が入った、社会的再生産が行われる時、まず、資本家が買い入れを行った、労働力や生産手段などの商品を消費する。

すなわち、不変資本cと不変資本vを消費していく。

商品を消費する事によって、あらたな余剰価値を含んだ商品が生まれる。

すなわち、cとvを消費する事によって、余剰価値mが生まれる。

消費する事によって、新たに増えた部分がmと考える事ができる。

この資本が増え、余剰価値mを生む現象は第1部門、第2部門に共通した現象でもある。


 この余剰価値mは資本家の取り分とも見る事ができる。

もし、余剰価値mを資本家が全て消費すると仮定すると、毎年同じ生産量の社会的再生産が行われる。

しかし、もし、資本家が余剰価値mの一部を追加資本として投資すると考えると、余剰価値mは、mc、mv、mkの3つに分ける事ができる。

この中で、mkは資本家の消費部分となり、また、mcは追加不変資本、そして、mvは追加可変資本となる。

すなわち、mkが資本家によって消費され、mcとmvとによって、事業が拡大していくと捉える事ができる。


 そして、余剰価値mの中のmc次ぎの年に追加資本としてcに投資される。そうする事によって、次ぎの年は、前年度に比べて、不変資本cの部分がmcの量だけ増えている。

この現象も第1部門、第2部門共に同じ現象で社会的再生産が行われている。


 追加資本によってcの部分が拡大すれば、それに伴って、労働力も増えていかないと、上手く機能しない。

すなわち、mvによって、vが拡大されなければならないのである。

そして、事業が拡大していくと、それだけ、資本家の総収入も増えるわけなので、資本家の消費部分も増えていく。


 そして、第1部門のvとmv、mkが第2部門のcに転換される。

第2部門のcとmcは、第1部門のvに転換される。

この時、第2部門のcとmcは、転換された第1部門の中で、労働者階級の個人消費と資本家階級の個人消費とに分けられる。

この分けられた部分の、労働者階級の個人消費が第1部門のvに生産過程として転換される。

すなわち、第2部門のcとmcを足した額に第1部門のmkを引いた額が第1部門のvになる。

結果として、第1部門のvは前年度よりも価値が第1部門のmvの量だけ増えている。

これは、第2部門でも同じくvの部分が前年の第2部門のmvだけ量が増えている。


 まとめると、第1部門、第2部門ではお互いに相互補填をしているので、追加資本mcによって、お互いに増えている。

すなわち、第1部門、第2部門ともに、相互補填しているので一方が増えると、もう一方も増えるという関係にある。

すなわち、追加資本による事業拡大の概念が入る事により、毎年同じ額での繰り返しから、追加資本によって、生産量が増えて、生産量が増えるという事は、消費量も同じく増えていき、結果としては、全ての項目が年を重ねるにつれて、追加資本によって、年々増えていくのである。


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2017年04月23日

お金は無いけど大学卒と教員免許を取得する方法!通信制大学の勧め

お金は無いけど大学卒と教員免許を取得する方法!通信制大学の勧め

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2017年04月07日

仏像の歴史変遷とは‐文学部史学科日本美術史リポート

仏像の歴史変遷とは‐文学部史学科日本美術史リポート


 日本は外国の文化の接取のために仏教を取り入れる。

その流れで、仏像も日本に入ってくる。

仏像に人は何を求めるのだろうか。

おそらく、安らぎや清らかさ、神秘性、ご利益感など、さまざまな概念を仏像に求めると思われる。


 仏教という宗教はインドで始まりいろんな国に伝わっていく。

国や地域性、捉え方の違いによって仏教は違った形で信仰されることになる。

それは、仏像も同じ事で、伝わった国や地域によって、仏像に求める姿や形が違ってくるのである。

日本でも、仏教伝来当初の仏像は、大陸的な様式の仏像だが、しかし、時代を重ねていく間に、徐々に日本的な独自の仏像が作られるようになる。


 飛鳥時代の代表的な仏像として奈良法隆寺の釈迦三尊像がある。

この仏像は、現存する最古の仏像と言われており、きわめてアジア的な日本の仏像とは様式の異なった仏像である。

釈迦三尊像の源流は従来北魏の仏像様式が百済から日本に伝わったと考えられてきたが、しかし、近年は中国南朝から百済、そして、日本へと仏像様式が伝わったとも考えられている。

細かい部分はまだ解明されていないが、大陸の仏像様式が百済経由で日本に伝えられたと考える事ができる。


 釈迦三尊像の特徴は、木製の台座の上に座禅を組んで座っている。

そして、両脇にはそれぞれ脇侍菩薩が配置されている。

台座の下側を底辺とし、舟形光背の頂点を結ぶと二等辺三角形の形になり、その中に三体の像が入る形となる。

見る人にとって安定感のある作りと言える。

仏像は全体的に痩せた細身感がある。

これは、日本の仏像の特徴である、ふくよかな肉体感のある仏像とは対照的な仏像と言える。

顔は、面長の印象を与える。

大きな鼻も印象的と言える。

目は杏仁形と言われる深く細長い目をしている。

口は大きな鼻のためか大きく感じる。

唇は仰月形と呼ばれるものである。

イメージとして聡明で高貴な感じのする顔立ちだと思う。


 飛鳥時代の仏像の特徴的な様式は以上げたような様式の仏像が多いと言える。

様式として日本的な特徴のある仏像の様式ではないため珍しいと言える。

しかし、その珍しさは私からみれば、神秘的な仏像というイメージをより与えてくれるものである。


 その他、飛鳥時代の代表的な仏像として百済観音像と夢殿観音像がある。

それぞれ、若干違った様式の仏像で、飛鳥様式の仏像でも、流派のようなものがあったと推測される。

百済観音像はクスノキの一木造りである。このクスノキの一本造りの技法は当時のとしては主流の造り方と言える。

百済観音像の私が見たイメージは、不気味な恐さがあったが、しかし、その中にやさしさを感じたイメージであった。

夢殿の観音菩薩像の特徴は厳格な左右対象と鋼のようにはりつめた線で構成された像身にある。

イメージとして、力強さを感じ、飛鳥仏像のイメージと少しかけ離れていた。

後、気になったのが、不思議でなんとも言えない笑みが特徴的だと言える。


 白鳳時代に入ると仏像にも変化が出てくる。

白鳳時代の仏像は日本人が知る仏像の姿に近くなり、日本的な仏像の原点を見る事ができるであろう。

歴史的にも仏教が外国のものから日本のものに変わってきた時代とも言える。

仏教も浸透を始め、国家政策とも結びつくようになってきた。

また、日本に仏教を伝え、影響を与え続けてきた百済が滅亡したことも大きな事件である。

このように、日本の内外で仏教を取り巻く環境が大きく変化したことも仏像の様式が変わってきたことと関連していると思える。


 全体的なイメージとして、顔は面長からやや丸みやふくらみがでてきた。

胴体に関してもややふくらみと丸みを帯びてきたように思われる。

素材は、木や銅以外に、塑や乾漆の像が作られるようになってくる。


 なぜ変化が起きた理由として、北魏の影響から唐の影響への変化が考えられる。

しかし、それ以外に私が思うに、国内の変化で、仏教に救済を求める思想が生まれたのではと考える。

そして、仏像に救済を求めるなら、細身な仏像より、ふくよかな仏像に対して安心感がでるのではと考えた。


 白鳳時代の代表的な作品として、法隆寺夢違観音像がある。

この像は悪い夢を良い夢に取り替える像として信仰された。

また、鋳造技術が高く、三面の宝冠と台座は別の鋳で、本体は1つの鋳で造られている。

見た感じのイメージは、しっかりした造りと体のラインがよくでていることである。

そして、率直な第1印象は雰囲気的に、日本の古代以前に出土されている土偶のイメージとだぶって見えた。

それは、神秘的でもあり、宇宙的なイメージでもある。


 天平時代は遣唐使などによる大陸文化の接取や律令国家体制の確立、平城京への遷都などに見られるように唐の影響を受けた時代である。

国家のシステムだけでなく仏教もまた唐の影響を受けたと推測される。

そして、国分寺の建設にみられるように、仏教に対しての鎮護国家思想が定着した時代である。

仏像も多数作られ、仏教の文化が花開き、仏教美術も最盛期を迎えたと言えるだろう。


 代表的なものとして、東大寺の建設とそれに伴う多数の仏像である。

有名な東大寺の大仏はこの時代に作られた。

東大寺の大仏から分かるように巨大な仏像を作る技術が進展した。

また、興福寺の阿修羅像に見られるような写実的な表情の変化もうまく捉える事ができる技術も進歩したと言えるだろう。

(美術の本9 中国/日本の美術 講談社 参照)(原色日本の美術2 法隆寺 久野健
鈴木嘉吉 小学館 参照)



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2017年03月24日

緑の革命と食糧問題‐人類に警告その危険性とは?文学部史学科‐地誌学リポート(2005年作成)

緑の革命と食糧問題‐人類に警告その危険性とは?文学部史学科‐地誌学リポート(2005年作成)


 食料問題それは、世界における非常に困難な問題である。

それは、現在も昔も変わらず存在している。

現代の食料問題は世界的に見ると、全ての地域で十分な食料が足りているとは言えない。

とくに、第3世界と言われる地域や発展途上地域、熱帯地域などの食料問題は非常に難しいものがある。

原因として考えられるのは、熱帯地域は基本的に土地はやせている。

なぜなら、熱帯の土は変わることなく、長い年月をかけて同じ場所にあるものが多い、そして、長い年月をかけて、高温多雨が原因で、土地はやせている。

この様な土壌では比較的農作物は育ちにくい環境にあり、食料の確保は難しい。

そして、一番の原因と考えられるのは第3世界での人口の爆発的な増加である。

現在ものすごい勢いで人口増加は進み、勢いが止まらない。

近い将来世界人口は80億人を突破するものと考えられ、食料の需要も現在よりも、もっと必要となるであろう。

近い将来今以上の食料不足が考えられる。


 この様な、食料問題を解決する一つの方法として、緑の革命が現在社会において注目を浴びている。

緑の革命の歴史は最初、第二次世界大戦末期のアメリカで始まった。

第二次世界大戦は各国とも国をあげた総力戦で、各国とも食料確保に苦労した。

そこで、アメリカは戦争を優位に進めるための戦略の一環で食料に注目した。

そして、効率のよい農法の研究に取りかかった。


 その後、品種改良による新しい作物の研究が行われた。

結果、農作物の収穫量は飛躍的に増えることになった。

これが緑の革命である。

最初、緑の革命は小麦からはじまり、メキシコの地で行われた。

メキシコ政府とアメリカのロックフェラー財団が協力して、品種改良の研究を行い、そして、研究に成功した。

また、メキシコでは、とうもろこしの新品種の研究も進められ、研究は成功した。

そして、これらの、新品種は、メキシコ北部の太平洋岸地域の灌漑地方を中心に爆発的に短期間で広まり、以後、メキシコでは、小麦の生産量は今までの約3倍、とうもろこしは約2倍にまで、生産量が飛躍的にアップした。

このため、メキシコでは輸入国から一躍輸出国へと成長を遂げることとなった。

この輝かしい成果は、たちまち、世界中の注目を集め、緑の革命は世界へと広まり、食料不足の地域は特に新品種をとり入れた。


その後、緑の革命は、1962年にフィリピンで国際イネ研究所が建設し、研究された。

この研究所で開発された、新品種は、背丈が今までのイネよりも短い。

今までの品種は背丈が高くすこしでも、肥料をやりすぎると成長して、倒れてしまい、そのため、あまり収穫量はあがらなかった。

だが、新品種は草丈が短いので、肥料を大量に与えても倒れにくく、そのため、大量のイネの実をつけることができた。

また、この新品種は日照時間の変化にあまり反応したいため、いろんな地域で栽培が可能で、さらには、化学肥料の吸収率も在来種にくらべて高いという特徴も持っている。

これらの理由のために米の収穫量は大幅に増大した。

この様に緑の革命は、すごいプラスの性質を持っている。

このイネの品種は(ミラクルライス)とも呼ばれ世界中に広まり、食料問題の救世主となった。


 まさに、食料問題の救世主的存在の緑の革命ではあるが、いろいろと問題点を含んでいる。

例えば、新品種は在来品種に比べて害虫に対する免疫が欠けている。

対策として、また、新たな免疫を持った新品種の開発が進められた。

害虫に対する免疫を持った新品種は、害虫に対して効果をあげた。

だが、害虫は短期間で、新しい進化を遂げ、新品種の免疫に勝った。

そうなるとまた、人間は新しい免疫を持った新品種を開発した。

そうすると、また、害虫は進化を遂げる。

この様に、作物と害虫が、まさに、終わることのない進化の競争をしなくてはならないようになった。

これは、同じ品種の作物を作りつづけることができないことを意味し、開発費、手間、新しい害虫が現れたときの収穫量の低下などのマイナスの要因を与えた。


 その他、現代の環境問題への関心の高まりによって、緑の革命は環境を破壊する恐れがあることが指摘されるようになった。

これは、新品種が大量の農薬や化学肥料を使い栽培するために、環境への悪影響が心配された。

また、新品種は、大量の農薬や化学肥料を使い、灌漑設備の整った場所で栽培するために、ものすごく資金投資が必要なのである。

そのため、資金力のない人たちは新品種を栽培することができないのである。

結果、資金力がある人たちだけが新品種を栽培できたので、ますます両者の経済格差が広がり、二極分化が進んでいった。

このように、緑の革命はさまざまな問題を含んでいる。


 最後に、今地球では手のほどこしようのないほど、地球の環境は破壊されている。

もう、ておくれなのかも知れないが、このまま、緑の革命を使いつづけていいのかと、私は疑問に思った。

急激な品種改良の作物を人間が食べ続けるのは、人体に影響はないのかとも考えた。

そもそも、食料確保の問題から緑の革命が注目されたのだが、他によい方法があると思う。

第3世界ではなぜ、食わすことができないのに、子供を産みつづけ、人口の増加と食料不足問題を招いてしまうのかを考え、人口増加を押さえる方法で、食料不足問題を解決していくほうが、人類のためにはよいことだと感じた。


(緑の革命とその暴力 ヴァンダナ・シヴァ 日本経済評論社参照)


いつもありがとございます。














2017年03月11日

教職を続けながら複数免許を取得する方法!通信制大学へ入学しよう

教職を続けながら複数免許を取得する方法!通信制大学へ入学しよう

中学、高校の教師は各教科にわかれて採用がある。

当然と言えば当然だが、中高の教師は自分が取得している教科でないと授業が出来ない。

複数の免許を持っているほど重宝されることは言うまでもない。



●複数免許を取得する方法
→大学に入学して必要単位を習得するしかない。

考られる方法は科目履修生として大学に入学する方法。

当然、教師の仕事をしながら、通学生の大学に通うことは困難を極める。


●働きながら教員免許を取得する方法
→通信制大学に入学する。

これしかないと思います。

私自身も、教員として働きながら、自身のスキルアップの為に通信制大学に再入学して新たな免許を取得しました。

資料の請求はここから出来ます。














2017年03月03日

ゆめをかなえるのはここから

ゆめをかなえるのはここから

現在私は小さい頃からの夢をかなえて、高校の教師として働いている。

しかし、それまでの道のりは波乱万丈であった。

大学受験の失敗、進路変更、調理師としての社会人生活、厳しい修行、お店の経営、破たん、無一文、闘病生活など。

一時期、私は人生のどん底を味わっていました。

法政大学の通信教育部に入学した事が、夢をかなえるきっかけとなった。

働きながら、大学卒と教員免許を格安で取得する事ができた。

こんな夢のようなシステム、早く知っていれば良かった。

いろんな人に知ってもらいたい。

現在私は高校教師として充実した生活を送っています。

大好きな歴史の授業、金八先生のようなクラス担任としての仕事

全ては通信制大学に入学した事がきっかけです。

夢をかなえるのはここからです。














2017年02月28日

商品の物々交換から貨幣誕生まで、資本主義経済の不思議を解明‐経済原論リポート





商品の物々交換から貨幣誕生まで、資本主義経済の不思議を解明‐経済原論リポート

 現在の社会は外部から商品を手に入れないと生活ができない社会であり、このような社会では資本主義経済が必要である。


 資本主義経済でもっとも基本的なことになるのは、一般的な例として、自分自身では生産できないが生活などで必要な物や娯楽的な意味合いで欲しいものを自分自身が手に入れることである。

自分では生産できない必要な物を他者から手に入れるためには、それと同じ価値の物を相手に差し出さなければならない。

もしくは、相手が欲するものを差し出さなければならない。

そして、互いが差し出す商品をお互いが納得すれば、そこには、商品の交換が行われる。

もし、貨幣という概念があるなら、貨幣によって交換される商品の値打ちが表示され、また、貨幣と商品を交換することも可能となる。

このように、資本主義経済の基本は商品と商品の交換関係にあるので、これは、市場経済とも捉えることができるであろう。


 現代のような資本主義経済社会では、他者から商品を手に入れないと生活が不可能である。

また、娯楽品なども生活には必要不可欠な存在となっている。

人間が生きていくためにはたくさんの商品が必要であり、また、たくさんの商品を手に入れる事がひつようとなってくる。

現代の社会は、膨大な商品が集まり、そして、商品が交換されている社会とも見る事ができる。


 商品を生産するには労働力が必要であり、労働生産物が商品と言う事にもなる。

また、資本主義経済では、労働力自体も商品の一部と見ることもできる。


そして、労働は資本主義経済にとって骨格的な存在でもある。

社会を構成している人間は労働によって生産した物質的な富を消費する事によって生活をしている。


 また、資本主義的な生産では資本家が生産手段と労働力を商品として購入して、購入した商品以上の価値を、すなわち、余剰価値を生んで生産を行う。

このようにして、資本主義的な生産過程では、常に資本が増殖している。


そして、資本主義のシステムの骨格的なことを規定しているのが、資本・労賃関係と呼ばれる生産関係である。


 労働者は労働力を商品として資本家に売り、そして、労働力を売って得た賃金によって、賃労働者として生活している。

そして、資本家は資本によって、生産手段を買い、また、賃労働者から労働力を購入して生産を行う。

生産過程では、資本家が賃労働者を指揮(支配)して生産を行う。

労働は賃労働の形態をとり、また、生産手段は資本の形態をとっているのが資本主義だと考えられ、そしてこの関係が資本・賃労関係である。


 資本主義的生産の骨格となる資本・労賃関係の生産過程は資本家と賃労働者との人と人との関係とも捉える事ができる。

資本・労賃関係で生まれるものは、商品と貨幣である。

資本主義社会では、生産によって生まれた商品を労働者が労働力を商品として売って得た貨幣によって商品交換を行う。

このように資本主義では表向きに現れるものは、商品と貨幣との関係である。

すなわち、人間関係であった、資本・労賃関係が物象化して商品・貨幣として現れているという事が言えるであろう。

すなわち、商品と貨幣の研究をするという事は資本主義経済の骨格となっている資本・賃金関係をも研究すると言う事になるであろう。


 資本主義経済は商品交換である。

例えば、毛皮一枚と10gの塩が商品交換されたなら、毛皮一枚の価値は10gの塩と言う事になる。

またその逆も言え、10gの塩の価値は毛皮一枚と言う事になる。これは、自分自身の商品価値は商品の交換相手の商品によって自分の商品の価値が決まる事を意味している。


 また、毛皮一枚は10gの塩以外に一丁のナイフと一本の酒とも商品交換が行われていた場合、毛皮一枚から見たこのような状態を全体的な価値形態と言う。

全体的な価値形態の時、10gの塩、一丁のナイフ、一本の酒は毛皮一枚という同じ価値で表す事ができる。

この場合、毛皮一枚を通じて、一丁のナイフと一本の酒は同じ価値と言える。

理論的には、一丁のナイフと一本の酒は同じ価値なので、一丁のナイフと一本の酒は商品交換が可能と言えるだろう。

毛皮一枚によって、10gの塩、一丁のナイフ、一本の酒の価値を数字によって表す事に成功している。

毛皮さえ持っていれば、いずれの商品とも交換が可能と言う事である。

ここから、貨幣の概念が生まれてくる。すなわち、毛皮を使って、あらゆる商品との交換が可能であり、また、交換する毛皮の枚数によってその商品価値が決まってくる。

しかし、資本主義社会では毛皮の変わりに、主に金や銀などが、商品交換に使われ、貨幣としての役割を果すことになる。

金や銀は希少価値もあり、世界的に広く需要が高いと言える。

金や銀自体に商品としての値打ちがあり、その金や銀の量や枚数によって、商品が交換されていくのである。

貨幣の概念が生まれると全ての商品は貨幣によって、商品の価値を表すことができ、また、すべての商品は貨幣と交換が可能となるのである。


 ありとあらゆる生産物や労働力などの商品を購入する事ができ、また、自分自身の価値を表す事のできる貨幣の存在は人間に圧倒的な影響を与え、その魅力に取りつかれる。

資本主義経済は貨幣によって支配されている社会とも捉える事ができるであろう。
 

(経済学入門 南山大学経済学部編著者 NHK出版 参照)

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2017年02月25日

自然環境が人類に与える影響とは?人文地理学概論リポート

自然環境が人類に与える影響とは?人文地理学概論リポート


 地中海式気候地域は、地中海沿岸を中心とする地域が主。

その他、カルフォルニアを中心とした地域、オーストラリア大陸の南部の一部、チリ中部地方などである。

この地域の特徴は、夏の時期に、大変乾燥することにある。

冬はたくさんの雨が降る。

夏期の蒸発量は、降水量よりはるかに多く、夏の乾燥期をどの様に乗り越えるかがこの地域の課題となった。

普通では、夏期の乾燥に人間は耐えられないが、幸いなことに、この地域は山地に隣接している。

山地では夏でも、たくさんの雨が降るために、山地で得られる、水分を利用して、夏の乾燥に耐えた。


 地中海気候地域では、冬には、多雨を利用した、小麦などの栽培を行い、夏になると、平地から、山地にうつり住み、山腹に階段耕作を行い、また、羊やヤギといった、家畜の放牧や草を求めての遠距離移動の移牧を行った。

これらのように、いろんな、農業を組み合した。


 7世紀にムハンマドはイスラム教を作った。

イスラム帝国の領土拡大とともに、イスラム教は広がっていった。

イスラム教は最初、アラビア半島から、始まり、トルコ、ペルシア、北アフリカなど、広大な領地に信者を増やしていった。

そして、世界の三大宗教の1つになった。

イスラム教が主に分布している地域の北緯30度付近は、空気は乾燥して、降水量がとても少なく、気温は亜熱帯地域なので、高温である。

そのため、この地域は、大部分が砂漠地域である。

アラビア砂漠やサハラ砂漠などである。

世界地図上で考えて、砂漠が集中している、地域にイスラム教が信仰されている事が分かる。


 イスラム教の経典コーランは、宗教上の儀礼だけでなく、生活全般をも規定している。

そのため、イスラム教は砂漠の民の法的効果など、その影響は計り知れないものがある。


 人文地理学を飛躍的に進歩に導き、新しい学問として、体系的に、  人文地理学を位置付けたのは、ドイツのラッツェルである。

また、ラッツェルによって、人文地理学という名称がつけられた。

人文地理学の、創始者と言っても過言ではないだろう。


そして、ラッツェルは環境決定論を唱える。

ラッツェルは、人類社会や国家が、地理的環境と、どの様に関わっているかを研究した。

ラッツェルの思想は、ダーウインの進化論に近いと言える。

ダーウインの進化論は、生物と環境との間には、完全な調和があり、生物は、環境の影響で、進化すべき姿に変身をとげていく。

ラッツェルの思想は、これに、良く似ていて、人類の生活活動も、動物や植物と同じく、自然環境が影響を与えて、変化していくと考えた。


 また、ラッツェルは、自然は、全体的にあまり変動がなく、不変的であると考えた。

これに対して、人間社会はつねに、いろんな変化をするものと考えた。

そして、一定の不変な自然環境は、変動的な人間社会に、同一の影響を与えると考えた。


 ラッツェルの人文地理学は、自然環境と人間社会との関係が、一定の法則に基づく、いわば、自然科学的な不変法則によって、自然環境と人間社会の関係を理解しようとした。

ラッツェルは人類の歴史は、一般の動植物の歴史となんら変わらないと考え、自然環境の影響で人類は必然的に変化していったと考えた。

これは、人間社会は自然環境の影響で、レールに敷かれた、決められた道を進んでいる事を意味している。

これが、環境決定論である。


 また、環境決定論は経済の面でも、当てはめることができる。

農業の基礎は土地(自然)で、土地によって富を生だす、生産力が決定する。

だから、経済と土地(自然)との間には環境決定論が存在する。


 次に、環境可能論を唱えたのがフランスのブラーシュである。

ブラーシュは自然環境と人間社会との関係に注目した。

ここまでは、環境決定論と同じだか、中身の捉え方は少し違う。

ブラーシュは、人文地理学を生物学的な、自然環境と人間社会の関係を基礎にして体系づけたラッツェルの功績を認めながらも、環境決定論が自然環境と人間社会の諸関係をあまりにも、性急に、また、単純に解釈して、一方通行な一般論に陥っていると考えて、間違っているのではないかと指摘した。


 ブラーシュの環境可能論は、自然環境は人間の活動を規定するのではなく、単に可能性を与えるにすぎないと考えた。

すなわち、人間社会は自然環境に対して一定ではなく、能動的なものと考えた。

また、自然環境に人間社会は影響されることがあるが、どの様に、人間社会が自然環に影響されるかは、いろんな要素が絡みあって、影響すると考えた。

人文地理学において人間社会の研究をする時は、自然環境だけでなく、さまざまな、角度、物事から考え研究するのが、環境可能論である。

この考えが、環境決定論との大きな違いである。


 ブラーシュの功績は、人文地理学において、人類は生物的な存在から、さまざまな可能性を秘めた、決して決められた道を歩んでいるだけの存在ではない、社会的、歴史的な存在として、正しく掌握されたことである。

人文地理学の発展にブラーシュの功績が与えた功績は、はかりしれないだろう。


(参照 人文地理学概論 織田武雄 藤岡謙二 西村膣男 蘭書房)(自然環境と文化 山本正三 内山幸久 犬井正 田林明 菊地俊夫 山本充 大明堂 参照)(世界の気候地図 http://members.jcom.home.ne.jp/0517142701/seiin/map-kiko.html 参照)


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2017年02月18日

西洋の哲学者たち‐文学部史学科‐西洋哲学史リポート

西洋の哲学者たち‐文学部史学科‐西洋哲学史リポート


 デカルトの哲学史での位置付けは、デカルトが持つ精神、物質二元論や機械論的自然観などの思想が、近世哲学時代から近代哲学・近代科学へと移り変わる時代の根本的な基礎となったことであろう。

近代哲学はデカルトから始まったと言っても過言ではないであろう。

デカルトの二元論は絶対的な存在として神の存在を認め肯定している状態で、実態は精神と物体の2つであると考えた。

例え人間の体であっても、自然の一部であり、物体と捉える機械論的思想も含んでいる。

デカルト哲学は、機械論的世界観や科学研究を取り入れるなどの近代的な思想と非現実な神の存在を肯定する近世、中世的な思想とが混じった哲学と言えるだろう。

すなわち、近世と近代が混合した哲学といえる。


 デカルトは哲学のみでなく、あらゆる学問の共通の方法論を説いた。

それは、幾何学的、数学的なものは全ての学問に共通し、また、数学的なものから得られる原理は確実な知識であると考えた。

デカルトの数学的、神秘性を秘めたア・プリオリ的な経験に依存してなくても良い哲学は合理論と呼ばれ、のちの哲学家に影響を与えていく。

また、合理論は経験論と対立する。


 合理論と対立している思想の経験論とは、経験に依存することを必要とした考え方の思想である。


経験論は主にイギリスを中心として唱えられた説である。

この経験論を唱え、イギリス経験論の基礎を作り、哲学の世界に新しい流れを作ったと考えられている人物がロックである。

ロックはオックスフォード大学時代に哲学だけでなく、医学や自然科学も学んだと言われている。

また、医学者としての経験もあり、腕の良い臨床医として有名だった。

また、ボイルなどの有名な科学者とも親交があり、ボイルが行った科学実験にも参加し、科学に対しても強い関心があったと思われる。

すなわち、ロックと言う人物は医学と科学の知識を兼ね備えている人物と思われる。

ロック哲学は物事を医学的、科学的に見ることができる、観察と実験を重んじた実証的経験主義の哲学と言えるだろう。


 ロックは「人間悟性論」によって、イギリス経験論の基礎を作ったと言われている。

この著者の中では、神の存在を合理論的に認めているのだが、しかし、神から貰った悟性能力は、その後、その人次第で大きく変わっていくと考えた。

すなわち、神から与えられているものを人間が使うか使わないかなどは自由に決定する事ができ、また、どのように使っていくかは、人間が決めることである。

神は最初のきっかけを与えている存在にしか過ぎず、人間の進むべき道はその人の経験に依存していると考えた。


 また、「市民政府ニ論」のなかで、述べられている、市民より信託された権力を乱用する統治者に対して市民は抵抗する権利を持つとする考え方は名誉革命に理論的な根拠を与えただけでなく、近代ヨーロッパ市民社会の代表的な思想となる。

ロック哲学を簡単に述べると、人間の自由を解いた哲学と考える事ができる。

自由と言う言葉はさまざまな意味を含んでいるが、人間は決められたレールを歩く存在でないと言うことである。


 カントの哲学の世界に与えた影響は、大陸を中心とした合理論とイギリス経験論の2つを統合する形で新たに批判哲学を確立したことである。

カントによれば、これまでの形而上学は宇宙の根本的原理や物事の根源、魂、神の存在など、人間では回答を得る事ができないことを論理的に追求することを考えてきた学問である。

答えがでないことを追求していくのが形而上学であるので、学問として成立する事は難しいとカントは考えた。


 カントは従来の形而上学に反対する立場をとりながら、従来の形而上学と、現象の形式を問題とする数学的な形而上学との関係を明らかにすることを考えた。


 カントの考え方は、数学的な知識であっても、本来人間に生まれながら備わっている能力に依存している。

すなわち、数学的な判断は経験に依存していない総合的な判断だという考え方をしていた。

そして、この考え方をもとにして、カントが目指した形而上学は経験に依存しなくても総合判断が可能な新しい形而上学である。


 カントの形而上学はその後、フィヒテに受け継がれることになり、そして、発展していく。

また、カントの形而上学は現代の形而上学にも大きな影響をあたえていく。


 ヘーゲルはカント哲学の流れを受けて、新たにドイツ観念論哲学を大成した人物である。

しかし、ヘーゲルの哲学は同じカントの流れを汲む、フィヒテの超自我哲学やシェリングの同一哲学とは違った独自性のものであった。


 ヘーゲルの哲学は、弁証法哲学と言われ、事物を不変と捕らえ、その事物の内なる力によって、事物が動き、更なる発展を遂げながら進んでいくと捉えている。

この発展的運動の論理を説いた弁証法哲学は、まさに、歴史の論理であり、歴史哲学とも繋がっていくのである。

ヘーゲルの歴史哲学は後世に大きな影響を与えていく。


 ヘーゲルの哲学の世界での位置付けを考えると、古典的な哲学はヘーゲルによって完成されたと考えることもできる。

それは、ヘーゲルの弁証法哲学が、哲学、自然、歴史、宗教などあらゆる分野の精神活動の論理を説くことができるからである。


 本来答えが絶対にでない哲学を完成へと導いたヘーゲル、また、完成されたものを批判することで、新たな哲学がうまれていく。

それが、現代の哲学と言えるだろう。


(西洋哲学史 今道友信 講談社 参照)


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