2019年03月31日

鷲神社(台東区)

さあ、次です。
「鷲(おおとり)神社」。

普通に漢字変換しようとすると「鷲=わし」です。
この字から「おおとり」は無理、・・・でした。

そういうった込み入った事情はありますが、スタートです。
image2.jpeg image1 (2).jpeg

image2 (1).jpeg
ここでも、例に漏れず「酉の市」で賑わうようです。

image1 (1).jpeg image2 (2).jpeg

さあ、中へと!
image1 (5).jpeg

image2 (3).jpeg image1 (6).jpeg
「さぎのみや」と読めます。

image2 (4).jpeg

image1 (7).jpeg

image2 (6).jpeg image1 (8).jpeg〇〇
自称か他称かは不明ですが、「発祥の地」です。
(悪くいうつもりは、まったくありません。
 いろいろと見ていく、調べていくといろいろあるんです。
 日本三大祭りとか東京(江戸)三大祭りとか、自称を含めると3つじゃ足りない。
 内政干渉するつもりはないんです。
 わかりにくいかな? と。)

image1 (13).jpeg

image1 (9).jpeg

image2 (8).jpeg

「拝殿」。お賽銭はこの口の中にですね!
image1 (18).jpeg image2 (17).jpeg

image1 (19).jpeg image2 (16).jpeg
「なるほど!」。そのような「ご利益が!」

参拝を終えて「周囲」を見回すと。
image2 (12).jpeg

image1 (14).jpeg
「いっちゃ〜ん、ここにおったかや〜」(樋口一葉さんですね。)

image2 (13).jpeg
「子規」の碑です。

image2 (15).jpeg image1 (15).jpeg
芭蕉の「丁稚(でっち)」じゃなかった。「弟子(でし)」の宝井其角(たからいきかく)さんじゃあ〜りませんか!

社務所の方へと、
image2 (7).jpeg

image1 (10).jpeg

image2 (9).jpeg image1 (11).jpeg

image2 (10).jpeg

image1 (12).jpeg image2 (11).jpeg
「神社マップ(台東区):無料」(写真右)。
ここは正月に配り始めて3日でなくなったそうです。
「早っや〜!」
う〜ん、残念! (運よく他で入手できました。)

image1 (17).jpeg

image2 (18).jpeg image2 (19).jpeg

image1 (20).jpeg
御朱印:500円です。

ご祭神:天日鷲命、日本武尊
   参考ー「ヤマトタケル」これは「日本書紀」の表示ですね。古事記だと「倭建命」になります。
七福神は「寿老人」になります。
(ご由緒等、後で追加予定です。すみません。)

ご祭神の一柱の天日鷲命。父は天手力男命です。天照大御神が天の岩戸に隠れたときに岩戸を開いた神です。
日本武尊は、東征の帰途に当社の松に熊手をかけて勝ち戦のお礼参りをされたそうです。
(これがのちのちに「酉の日」につながっていくようですね。)
七福神である「寿老人」。開運、延寿、叡智の福神として尊ばれています。

さあさあ、浅草七福神も残りがあと1つです。
さくっと行きますか!
(次回ご期待のほどを)


2019年03月30日

吉原弁財天(台東区)

「吉原神社」関連です。
場所もすぐ近く。

image1 (5).jpeg image2.jpeg

image1 (1).jpeg image2 (1).jpeg
「吉原弁財天」です。

image1 (10).jpeg image2 (5).jpeg
関東大震災の時には逃げ遅れた「遊女」が多数犠牲になりました。
死者を慰霊する「観音像」です。

「奥宮」です。(右が「額束(がくづか)」。)
image1 (11).jpeg image2 (6).jpeg

image2 (7).jpeg
光に包まれて・・・!

image1 (13).jpeg image2 (8).jpeg

image1 (14).jpeg image1 (12).jpeg

「弁天池」です。
image1 (16).jpeg

image2 (12).jpeg

image1 (18).jpeg

image2 (10).jpeg
(以上が「奥宮」です。)


image1 (22).jpeg image1 (8).jpeg
「遊女の墓」と「お地蔵さん」。

人が亡くなると、彼岸(ひがん)へと旅立ちます。
十三体の仏様が導いてくれるみたいですね。

そんな紹介もされていました。
image1 (2).jpeg image2 (2).jpeg
初七日:不動明王、二・七日:釈迦如来。

image1 (3).jpeg image2 (11).jpeg
三・七日「文殊菩薩」、四・七日「普賢菩薩」。

以下、
 五・七日「地蔵菩薩」、
 六・七日「弥勒菩薩」、
 七・七日「薬師如来」、
 百日忌「観音菩薩」、
 一周忌「勢至菩薩」、
 三回忌「阿弥陀如来」、
 七回忌「阿悶如来」、
 十三、二十三、二十七回忌「大日如来」、
 三十三回忌「虚空蔵菩薩」と「千手観音」。
以上。

吉原は、文化の発祥の地でもありました。
image1 (19).jpeg
浮世絵」、今でいう「ブロマイド」です。

他には、「歌舞伎」、「芸者」、「落語」、「言葉(ありんす言葉)」、「食品」=きんつばなど、
    「吉原繋ぎ」(代表的な江戸紋様です)、「吉原細見」(現在のガイド本のようなもの)
と、この「吉原」から多くの「庶民文化」が育ちました。。

といったところで「吉原弁財天」をあとにします。
image1 (20).jpeg

七福神巡りはまだ続く・・・!

吉原弁財天
 ご祭神:市杵島姫稲命
 住 所:台東区千束3−20−2

2019年03月29日

吉原神社(台東区)

玉姫稲荷を出ました。

浅草七福神の続きです。
向かうは「吉原神社」です。

途中、道行く花に見とれました。
image1 (2).jpeg

image1.jpeg image2.jpeg

image1 (1).jpeg image2 (3).jpeg

image2 (1).jpeg

image2 (2).jpeg

image1 (3).jpeg
奇麗ですね〜。
春になると、途端にいろんな色の花が咲きますね。

人間もコート姿(似通った色ですよね。)からコートを脱いで個性的なファッションに切り替わってゆきます。

やっぱり、こういった花を眺めている女性がいます。
声をかけました。(わりと、というか結構な美人さん。)
(地図は持ってるけど)「ここから、一番近い駅はどこでしょうか?」
ぶっちゃけこの辺りは駅からもある程度・・・、なのですよ。
知ってて声をかけちゃう、この大うましか野郎!
って、誰? あ〜、俺だ!(かなり白々しいです。)
女性の方、あんまり詳しくないようでした。
(仕事の外回りの方でした。)
ちょこっと会話をいたしまして。失礼のないようにその場を立ち去る。
日常の平凡な光景ですよね。

さて、どのような道筋をたどってきたかです。
image2 (5).jpeg image1 (5).jpeg
「アサヒ商店街」と「日の出会商店街」です。

下町ってわりと「アンニュイ」です。
そういうところが気に入ってます。

と、そうこうしているうちに・・・?
image2 (6).jpeg image1 (6).jpeg

image2 (7).jpeg
「見返り柳」です。

場所は?
image1 (7).jpeg image2 (8).jpeg
「吉原大門」。

image1 (8).jpeg image2 (9).jpeg

image1 (9).jpeg image2 (10).jpeg
浅草、春のお祭り。3〜5月にかけて行なわれているようです。

ここで、ちょっと内緒の話です。
トーンを小さめになのですが、目的地に着くまでに「ソー〇ランド」が軒を連ねるようにいっぱいありました。
まだ、真昼間なのにギンギンに灯りをともして、入り口には呼び込みのお兄さんがた〜くさんいました。
これが、パンフで紹介してるルート???

ご安心ください。
私は、「自由恋愛」が好きです。

以上、内緒のお話でした。

さあ、いよいよです。着きました。
image1 (10).jpeg image2 (11).jpeg
ちょっと、一文字隠れちゃうのが残念です。

入ってすぐには!
image1 (11).jpeg

image2 (12).jpeg
「逢初桜」。(行った時期)桜の開花には早かった。
かつては「遊女」たちが出会いの祈願をこめた桜がありました。
今の(写真)は、2013年にシダレザクラを植樹したものとなっています。

そして、
image1 (15).jpeg

image2 (17).jpeg
「お穴様」。
招福のご利益があるようです。

この2つは、パワスポとしてよく紹介されています。
(女子力up! として)

image1 (13).jpeg

image2 (15).jpeg

image1 (14).jpeg
地図です。いにしえの。

image1 (12).jpeg image2 (14).jpeg

image2 (16).jpeg

image1 (16).jpeg

image2 (18).jpeg
「吉原神社」。
 ご祭神:倉稲魂命(稲荷神)、市杵島姫命(弁天様)
 住 所:台東区千束3−20ー2
 御朱印は七福神と神社のものが各500円でした。

吉原の遊郭には、古くから鎮座されていた「玄徳(よしとく)稲荷社」、郭内四隅の守護神である「榎本稲荷社」、「明石稲荷社」、「開運稲荷社」、「九郎助稲荷社」が祀られていました。
この五社が明治5年に合祀されて「吉原神社」として創健されました。

五社の中でも「九郎助稲荷社」の創健は、和同4(711)年と古い歴史があります。

この神社の七福神は、おわかりと思いますが「弁財天」。古代インドのサラスパティ(サラスワティ)という女神です。
知恵、技芸、財物の福徳を有するといわれています。
悪声を川のせせらぎのような美声に変える神徳があると信じられていて「妙音天」とも言われているようですね。
(「ヒマラヤ聖者の生活探究」という本に似たような話がありました。この本では、ある「岩」でいくら「悪口」をいってもその悪口が奇麗な言葉に代わってしまう・・・、といった何ともおとぎ話のようなストーリーとなっています。)

さあ、次なのですがすぐ近く(約1分)に地図では「吉原弁財天」と呼ばれている場所があります。
神社(吉原神社)の方たちは、「奥宮」と呼んでいました。
観音様と弁天様を祀っているそうです。

そちらに向かいます。

2019年03月28日

玉姫稲荷神社(台東区)

浅草七福神の次が「吉原神社」。
そうです、あの遊郭があったあたり。
江戸時代、家康が江戸に散在していた(それらの)ものをここいら辺に集めた。
昭和まで続いたんですね。
昭和33年の売春防止法の制定によりその歴史は終わる。となっています。
今、現在もそれらしきものはあるようなのですが、私にはよくわかりません。
なにしろ、精神年齢が3つですから。

話は戻ります。
石濱神社を出て「吉原神社」に向かうには、また橋場不動尊方面に向かう。
そこを通り過ぎて「橋場二」交差点を隅田川と逆方向に向かう。
(ビギナーなので、ご紹介の順番に行きました。行って戻って、また元の場所からその先へ・・・。)

その通りの途中に神社がありました。
image1 (1).jpeg
鳥居がすごいことになっています。
3月ではありますが、4月の末の???
これが「下町パワースポット」でしょうか?

image2.jpeg image1 (3).jpeg
改めてご紹介いたします。
「玉姫稲荷神社」です。
このあたりの通りにもフラッグがあります。
「こんこん」=「お稲荷さん」で正しいのか?

神社に入りまして、
image1 (6).jpeg
絵馬です。

その先には、摂社の「口入稲荷神社」が。
image2 (3).jpeg
衣食住の三つをお守りしています。
元々は、吉原の高田屋(今の職安=ハローワークにあたる場所だそうで)の庭先に鎮座していたそうです。
安永年間(1770〜80年代)に高田屋の主人の夢の中に口入稲荷が現れて「玉姫稲荷の境内に遷せば今以上に参拝の人々にご利益を授けて願いごとをかなえる」と告げたそうです。そのようないきさつがあっていまの玉姫稲荷神社の境内に祭られています。

image1 (7).jpeg image2 (4).jpeg

image1 (8).jpeg
「神額(しんがく)」は八代目 松本幸四郎さんの字で書かれていました。

さあ、「末社」は?
image2 (6).jpeg image1 (9).jpeg
全部で八社が合祀されています。

と! ここでですが「出会って」しまいました。
image2 (5).jpeg
たぶん、この辺のどこかで出会うのではと思っていましたが。ここでした。
葉子さんもいますね。
(この間、ネットで見たら1967年(昭和42年)の暮れにスタート。50年を超えちゃうんですね。
 でも、ここなら「人気キャラ」も「独り占め」されることがありません。)

image1 (11).jpeg image2 (8).jpeg

image2 (7).jpeg image1 (10).jpeg

image1 (12).jpeg
本殿ですが横からすぎました。
鳥居から移した方がよくわかるな〜。
今一度。あの写真を。
image1 (1).jpeg

image1 (15).jpeg image1 (13).jpeg
写真右は、横からの出入り口です。

玉姫稲荷
 創 健:天平年間(720〜740年代)。奈良の東大寺、唐招提寺の時代です。
 ご祭神:宇迦之御魂命(うがのみたまのみこと)
 勧 請:創建時、京都伏見稲荷神社の御分霊を祀る。
 住 所:台東区清川2−13−20


image1 (4).jpeg
明治通りを歩いていた時にこんな標識がありました。
今回は行けなくてもそのうちに・・・、と思っていました。
図らずも、今回はここを訪れることができました。
他では、「おばけ地蔵」なんか気になるな〜。

通りにもどりまして、この辺の街並みを。
image1 (16).jpeg
今週末は、「桜橋花まつり」だ!

image2 (1).jpeg image1 (5).jpeg
「七福神そば」、どんなでしょうね?

image2 (2).jpeg

image2 (10).jpeg image1 (14).jpeg
柳川(どじょう)鍋! 食いてぇ〜!

image2 (11).jpeg image2 (14).jpeg


さあ、吉原は近いぞ!!!

2019年03月27日

石濱神社(荒川区)

不動院から今一度白髭橋方面へ。
隅田川沿いの道、白髭橋から少し先へ。
image1.jpeg image2.jpeg
見えてまいりました。「石濱神社」。
724年に鎮座。聖武天皇の時代です。

image1 (2).jpeg

image2 (1).jpeg
神社の手前には公園があります。
(ちっちゃな子供向けかな?)

image1 (4).jpeg image2 (2).jpeg
そして、七福神ののぼりがあります。

image1 (5).jpeg
お隣は「東京ガス」のようです。

image1 (7).jpeg image2 (5).jpeg
2つ目の鳥居。

image2 (6).jpeg image1 (8).jpeg

image1 (9).jpeg image2 (7).jpeg
この木は目立ったなぁ〜。

image1 (10).jpeg

image2 (8).jpeg image1 (11).jpeg
左右には、脇からの出入り口がありました。

image1 (12).jpeg

image2 (9).jpeg
「手水舎」。龍は横にいます。

「摂社」、「末社」は?
image1 (15).jpeg

image2 (10).jpeg image1 (14).jpeg
この形といえば「山岳信仰」。
「富士山」だったり「浅間」だったりと。

image2 (11).jpeg
ここは「富士山」です。

image1 (16).jpeg
そして、「招来稲荷(おいでいなり)」。
ご祭神:豊受姫神
真先稲荷の奥宮です。

image2 (19).jpeg
前後しましたが、「真先稲荷」。
ご祭神:豊受姫神。

image1 (24).jpeg image2 (17).jpeg
「江戸神社」と「北野神社」。
江戸神社のご祭神が「素戔雄尊」、北野神社のご祭神が「菅原道真公」です。

江戸神社は天文年間に鎮座(16世紀)。江戸太郎重長がおまつりしていた「牛頭天王社」です。
北野神社は明和4年(1767年)に菅公の27代目の子孫が所持していた像を勧請。
東都の北に位置するために北野天満宮と呼ばれる。

といくつか紹介させていただきました。

image2 (14).jpeg image1 (23).jpeg

image2 (15).jpeg image1 (17).jpeg

image2 (18).jpeg image2 (16).jpeg
七福神では「寿老人」です。

image1 (20).jpeg
石濱神社、
 ご祭神:天照大御神、豊受大御神
 住 所:荒川区南千住3−28−58
御朱印は、神社のものと七福神のもの各300円です。


次は「吉原神社」へと向かいます。
その途中にありました「神社」を明日は紹介させていただきます。


2019年03月26日

橋場(寺)不動院(尊)(台東区)

延命寺から泪橋に向かって左折、隅田川へと目指しました。
(直線で行けます。間違う方も少なかろうと・・・。)

image1 (2).jpeg image2.jpeg

image1 (1).jpeg
春ですよね! 歩いているといろんな花が目に飛び込んできます。

image2 (1).jpeg
「泪橋」の交差点。
昔の漫画で「あしたのジョー」。ご存知のかたは懐かしいんじゃないでしょうか。

ちなみに、私の親父(「丹下団平」ではありませんね。)は「あしたのジョー」を「あたしのジョー」と言い放った! おいおいひとりじめするんじゃねぇぞ〜! です
さらに、「キリンレモン」を「ンモレンリキ」と言いだすわ・・・。(しっかりと逆から読んでるよな。だけど、「固有名詞」で「ン」から始まる言葉ってあるのかい?)
ただただ、身内には厳しく「つっこみ」を入れねばならぬのかな? と。

image1 (5).jpeg

image2 (3).jpeg
明治通りです。きれいな花が咲いてます。

image1 (4).jpeg
歩いていると「平賀源内」の・・・、がありました。

image2 (2).jpeg
川(隅田川)の手前には、「明治天皇」の!

image1 (6).jpeg

image2 (4).jpeg
「三条実美」のお見舞いですか。

image1 (7).jpeg image2 (5).jpeg
「白髭橋」です。渡らずに右へと。(台東区)です。
(左は、「荒川区」です。)

image1 (8).jpeg
「橋場不動院(尊)」です。


image2 (6).jpeg image1 (9).jpeg

image2 (7).jpeg

image1 (10).jpeg

image1 (11).jpeg

image2 (9).jpeg image1 (12).jpeg
納経所、七福神は「布袋尊」。

橋場不動尊(不動院)
 760年、奈良東大寺建立に尽力した寂昇(じゃくしょう)上人により開創されました。
 当初は法相宗(はっそうしゅう)でしたが今は天台宗となっています。
 鎌倉時代は浅草寺の末寺でしたが、今は比叡山延暦寺の末寺とのこと。

 ご本尊は「不動明王」です。(不動の秘仏とのこと、拝観ができないようです。)
 明治末期の大火、関東大震災、第二次大戦の東京大空襲でも災禍を免れたことで霊験あらたかとして、広く庶民に尊信されています。

 現代の本堂は1845年の建立で、小堂ではあるものの江戸時代の建築様式を保って美しくも簡素なたたずまいを見せてくれています。

 不動院の七福神は「布袋尊」。
 布袋様、中国で10世紀初期に実在した「禅僧」です。
 常に笑みをたたえて、体躯肥大、粗衣をまとう姿は物事にこだわらず人格の大きさを感じさせてくれたようです。
 いつも「布袋」を肩に、喜捨を求めて諸国を遊行。
 童子とよく戯れ、邪気、憂慮がいささかもなかったそうです。
 (なんか「良寛」さんみたいだね。)
 豪雪の中で寝てもその体が濡れることがなかったとか。
 (「暖房」じゃなくて「段ボール」のお世話になっていないかい? と勘ぐってしまいたくなりました。大変に失礼な「発言」ではありますが。)
 917年に寂滅。世人は「弥勒菩薩」の化身ではないかといわれたそうです。

 不動院の「布袋様」。肩に袋がなく、お腹は袋がわりをした珍しいものです。

以上、長々と。

さらに七福神巡りは続く・・・。


2019年03月25日

延命寺(荒川区・南千住)

浅草七福神めぐりの続きです。
次は南千住駅から近いです。
秋葉原から日比谷線を使って南千住駅へと。
image1 (2).jpeg
駅のすぐ近くにお寺がありました。「延命寺」です。
(お初です、荒川区! 当ブログの14区目となります。)

image2.jpeg image1 (1).jpeg
よく見たら、昔の刑場跡に出来たんですね。

後で調べたら、この近くにも刑場にちなんだところがありました。
それが、「小塚原回向院」。
そこに眠っているのが、「橋本佐内」、「吉田松陰」などなど。
桜田門外の変の水戸浪士なんかも眠ってます。

余談となりますが、江戸時代の処刑場はいくつかあるんです。
例えば、鈴ヶ森(品川区)。
こういった場所は、江戸の中心部から遠い場所に配置されました。
image2 (1).jpeg

image2 (3).jpeg

image2 (2).jpeg

image1 (4).jpeg image2 (5).jpeg

image1 (6).jpeg image1 (7).jpeg

image2 (7).jpeg image1 (8).jpeg

image1 (3).jpeg image1 (9).jpeg
「首切り地蔵」。東北大震災のときに破損したそうで、今のお地蔵さんは平成24年に修復が完了しています。
高さ約4メートル、1741年に出来たとか。

image1.jpeg

ここから「泪橋」の交差点へと向かいます。
(本来は、処刑者が「泪橋」でこの世にお別れをして処刑場へと向かった場所のようですね。私は、どうやらその道筋を逆へと向かったようです。)
「泪橋」の交差点で左折、明治通りを歩きます。
目指すのが「隅田川」の「白髭橋」。その手前の道を歩くと「浅草七福神」の次の場所へと到達します。

<おまけ>
 秋葉原の周辺です。
image1 (11).jpeg

image2 (9).jpeg
近辺の散歩道コースの紹介。
やっぱり、足で得る情報って大きいのかも?

image1 (12).jpeg
昔は「砂地」の公園も、今は・・・。

image2 (10).jpeg

image1 (13).jpeg image2 (11).jpeg

image1 (14).jpeg
公園の近くに、そば屋とスパゲティのお店。

image2 (12).jpeg
日比谷線で秋葉原から5つ目(9分)。お隣の「北千住」だと足立区になってまいります。

(つづく)

2019年03月24日

於満稲荷(中央区・日本橋)

確か東京駅に向かっているはずでした。
で、なんで日本橋?
と言われそうです。

日本橋、八重洲のすぐ隣です。
東京駅を目指して八重洲からちょっと、ただそれだけのことです。

そうです、有楽町から東京駅へと向かう道筋。
image1 (2).jpeg image2.jpeg
すみません。もうガード下に入ってました。
昔風の美女?
いけてます。こういった方にお酌を・・・! と思うのは私だけ?
(大方の期待を裏切りまして、ダイエットは成功しつつあるように見受けられます。シルエットではありますが。ご存知の方にのみ通用する話題となります。)

image1 (3).jpeg
ここが有楽町から東京へと向かうガード下の入り口です。

image2 (1).jpeg image1 (4).jpeg
通ったのが14〜15時ぐらいでした。
まだ、早かったです。
おそらく夕方くらいから大方の店が始まるのでしょう?
空いてる店の方が少ない・・・感じでした。

image2 (2).jpeg
とんかつカレー! 安っ!

八重洲、そして「養珠院通り」です。
image1 (5).jpeg image2 (3).jpeg
目的地が木の陰に・・・。

image2 (6).jpeg image1 (6).jpeg

image2 (4).jpeg

image1 (8).jpeg
「於満の方:於満=養珠院」ってご存知でしょうか?

徳川家康の側室(奥御前)だった方です。
二人の子を産みます。
一人が頼宜さん。そしてもう一人が頼房さんです。
頼宜さんは徳川紀州家の開祖に、そして頼房さんは徳川水戸家の開祖になりました。
(かくして、徳川御三家ができました。)
徳川8代将軍の徳川吉宗公、水戸黄門である徳川光圀公は於満の方の子孫なんですね。
この神社はこの地の商人によって建てられたそうです。
慕われていたのですね。
(そして、「養珠院通り」の名は平成17年に中央区によって名付けられました。)

image2 (7).jpeg
遠目から。

image2 (8).jpeg
通りにはこんなものも!(ちょっと目立った)

於満稲荷:住所は中央区日本橋3−3−3

(完)

2019年03月23日

有楽町ガード下そして有楽稲荷(千代田区)

銀座から有楽町へと向かいました。
(銀座からだと「新橋」や「築地」なんかへと向かったりもしますが。)

いったんガード下をくぐるのですが・・・。
最初の洗礼です。「女性」を語るこの方は? たぶん、あの方ではないかと思うのですが。
image1.jpeg

image2.jpeg

image1 (1).jpeg
次々と時代の最先端と思われるものが・・・、
(いつの時代も、お初は「最先端」!)

image2 (6).jpeg image1 (2).jpeg

image2 (2).jpeg
カレー、黄色の提灯! なかなか見ないな〜!

image2 (3).jpeg
ガード下、「コンコース」と呼ぶべきか?
(迷うな〜)

image1 (4).jpeg
作家「童門冬二」さんの有楽町の紹介です。
かつては、都庁に勤めていたんですね。
(都庁、今は新宿ですがかつては丸の内にありました。近場ですね〜。氏の作品は、随分と読みました。一時「上杉鷹山」はブームになりましたね。)

image2 (4).jpeg

image1 (6).jpeg
こういう地図っていいな〜!

image1 (7).jpeg

image2 (9).jpeg image1 (10).jpeg
ガードを出て外から。けっこう古めかしいたたずまいです。

ここから(ガード下を出て)見える位置にあるのですが・・・、
ありました。
image1 (5).jpeg image1 (8).jpeg
有楽稲荷:ご祭神ー宇迦之御魂神
     創 健ー安政6年、摂津高槻藩の上屋敷内に邸内社として創建されました。
住  所:千代田区有楽町1−7−1

image1 (9).jpeg

image2 (7).jpeg

image2 (8).jpeg

image2 (5).jpeg

有楽町の町名は、織田信長の(実)弟であります「織田(有楽斎)長益(おだ(うらくさい)ながます)」 (1547年〜1621年)に由来するんですね。
これも、徳川家康(方)に属したからこそですね。
戦争なんかでも勝つ側につくのと負ける側につくのでは雲泥の差があります。
(学校の運動会のように勝って「優勝」、負けたら「準優勝」というわけにはいかないのは、第1次大戦や第2次大戦の結末を見てもよくわかります。)

ガード下のお店のお値段はどうなのでしょう?
総じて「安い」です。
次回、東京駅へと向かうガード下でご紹介させていただきます。

ガード下のお店で気を付けなければいけないのが「火事」。
なんたって、上はたくさんの乗客を乗せた電車が走るから
それに、電車(会社)の土地を間借りしているわけでもありますから。
(いろいろと、話には聞きますが。)


さあ、次は東京駅を目指しまして。

2019年03月22日

豊岩稲荷(銀座7丁目)

image1.jpeg image2.jpeg
みゆき通りを出てすずらん通り。

「みゆき族」って、知ってます?
(1960年代)銀座で流行ったらしい?

私のころは、原宿の「竹の子族」の方が近いかな?(1980年代)

image1 (2).jpeg image2 (1).jpeg
「豊岩稲荷」入り口からその先っぽまで・・・、
狭かったんですよ。


image1 (3).jpeg image2 (2).jpeg
ご祭神:稲荷大神。
御由緒:江戸初期から火防(ひぶせ)、縁結神として信仰を集めました。
    銀座7丁目町会の守護神として篤い信仰を集めたそうです。
    (ピッカピカのアイドルですね。)
    ここの、お稲荷さんは「明智光秀」の家臣「安田作兵衛」によって祀られたようなのです。
    その後は、芸能関連の信仰が厚かったみたいですね。

帰り道。桜肉(馬の肉)のお店。
子供のころに食べた記憶が・・・。
最近は、めっきり・・・です。
image1 (5).jpeg image1 (6).jpeg

銀座の街を縦横無尽とまではいかないですが、歩きました。

その余勢をかって、余計に歩いてしまいました。
「銀座」から「有楽町」。そして「有楽町」から「東京」へと・・・。
(攻めあがっちゃいましたね、身分もわきまえずに。
 あらら、そうしたら? 帰り道は「東京」から? もしかして?)

ガードもくぐりました。そんな風景もあわせてご紹介をしようかなと。

さあさあ、明日は銀座から有楽町(千代田区)へと・・・。

image2 (4).jpeg
(有楽町、四月には! まだ、早い?)
にほんブログ村 地域生活(街) 東京ブログ 東京都情報へ
にほんブログ村
ファン
検索
<< 2019年03月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
最新記事
写真ギャラリー
最新コメント
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
月別アーカイブ
プロフィール