2019年03月28日

玉姫稲荷神社(台東区)

浅草七福神の次が「吉原神社」。
そうです、あの遊郭があったあたり。
江戸時代、家康が江戸に散在していた(それらの)ものをここいら辺に集めた。
昭和まで続いたんですね。
昭和33年の売春防止法の制定によりその歴史は終わる。となっています。
今、現在もそれらしきものはあるようなのですが、私にはよくわかりません。
なにしろ、精神年齢が3つですから。

話は戻ります。
石濱神社を出て「吉原神社」に向かうには、また橋場不動尊方面に向かう。
そこを通り過ぎて「橋場二」交差点を隅田川と逆方向に向かう。
(ビギナーなので、ご紹介の順番に行きました。行って戻って、また元の場所からその先へ・・・。)

その通りの途中に神社がありました。
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鳥居がすごいことになっています。
3月ではありますが、4月の末の???
これが「下町パワースポット」でしょうか?

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改めてご紹介いたします。
「玉姫稲荷神社」です。
このあたりの通りにもフラッグがあります。
「こんこん」=「お稲荷さん」で正しいのか?

神社に入りまして、
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絵馬です。

その先には、摂社の「口入稲荷神社」が。
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衣食住の三つをお守りしています。
元々は、吉原の高田屋(今の職安=ハローワークにあたる場所だそうで)の庭先に鎮座していたそうです。
安永年間(1770〜80年代)に高田屋の主人の夢の中に口入稲荷が現れて「玉姫稲荷の境内に遷せば今以上に参拝の人々にご利益を授けて願いごとをかなえる」と告げたそうです。そのようないきさつがあっていまの玉姫稲荷神社の境内に祭られています。

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「神額(しんがく)」は八代目 松本幸四郎さんの字で書かれていました。

さあ、「末社」は?
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全部で八社が合祀されています。

と! ここでですが「出会って」しまいました。
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たぶん、この辺のどこかで出会うのではと思っていましたが。ここでした。
葉子さんもいますね。
(この間、ネットで見たら1967年(昭和42年)の暮れにスタート。50年を超えちゃうんですね。
 でも、ここなら「人気キャラ」も「独り占め」されることがありません。)

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本殿ですが横からすぎました。
鳥居から移した方がよくわかるな〜。
今一度。あの写真を。
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写真右は、横からの出入り口です。

玉姫稲荷
 創 健:天平年間(720〜740年代)。奈良の東大寺、唐招提寺の時代です。
 ご祭神:宇迦之御魂命(うがのみたまのみこと)
 勧 請:創建時、京都伏見稲荷神社の御分霊を祀る。
 住 所:台東区清川2−13−20


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明治通りを歩いていた時にこんな標識がありました。
今回は行けなくてもそのうちに・・・、と思っていました。
図らずも、今回はここを訪れることができました。
他では、「おばけ地蔵」なんか気になるな〜。

通りにもどりまして、この辺の街並みを。
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今週末は、「桜橋花まつり」だ!

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「七福神そば」、どんなでしょうね?

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柳川(どじょう)鍋! 食いてぇ〜!

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さあ、吉原は近いぞ!!!

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