2019年02月17日

渋沢庭園、そして・・・。

青淵文庫を出ました。外に出て目いっぱい空気を吸って歩きます。
また、右足と左足・・・。

ここで、今一度地図をば、
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おさらいかな?
本郷通り(図では下になります。)から公園に入った。まずは「多目的広場」。(ここは「噴水公園」とも呼ばれています。)
そして、児童エリアです。(都電なんかがありました。)
「紙の博物館」そして「渋沢資料館」(つ2つの建物)。
点線の部分が渋沢庭園になります。
飛鳥山古墳のあたりまでがそのエリアです。

「山形亭」跡。
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六角堂とも呼ばれていました。六角形の土台の上に自然木を巧みに組んだ柱で山形をした帽子のようね屋根を支えていたことから名づけられたようです。

「兜稲荷社」跡。
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もともとは、日本橋兜町(第一銀行内)にあったようですね。
明治30年(1897年)、第一銀行の改築を期にここに移されたようです。
1966年(昭和41年)に破損がすごいということで撮り壊れれました。
(もともとの由来は三井組の為換座(かのせざ)として新築の折三井の守護神である向島の三囲(みめぐり)神社から分霊を勧請し兜社と名付けられたそうです。
その後に第一(国立)銀行に引き継がれたそうです。

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灯篭? がおひとつお休み?

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ここは、意図的に残されたものと思います。
ある宮司さんに聞いたのですが、元神社の跡地。
更地になっても、買い手がつかないところが多いみたいです。
沢山の参拝の方が訪れる。お祈り? お願いこと?
思いがいっぱいに詰まりすぎて、普通の人ではやばい・・・?
濃いんでしょうね。
(そんな話を聞いたことってあります?)

「飛鳥山古墳」。
平成になってから明らかになったようで・・・。古墳時代の遺跡です。
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この辺までが渋沢庭園。
しっかりとした区切り目はなかったけど飛鳥山公園へと・・・。

船津翁の碑。
養蚕業にて功績を残された方のようです。
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ちょっと歩くとこんな場所が、
image1 (9).jpeg image2 (8).jpeg
「京浜東北線」が見えました。

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こっちは? 新幹線? この辺走ってたっけ?

どうやら近くに、お食事処がありそうです。

(つづく)
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