2015年03月20日

サンチアゴ航空513便事件

1954年9月4日に西ドイツを飛び立ち行方不明となっていた飛行機が、1989年10月12日、ブラジルの空港に突如現れ着陸したが、乗客乗員全員は白骨化していた、というもの。ソ連の飛行場に白骨死体の乗ったナチスドイツの戦闘機が着陸したというものもある。これらは逆バミューダ現象だとされることが多い。


【概要】

2001年9月放送のTBS系列のバラエティ番組「USO!?ジャパン」で、以下のように紹介された(初出は『ムー』1990年3月号であると言われる)。

1989年10月12日、ブラジルのポルトアレグレ空港に1機のロッキード・スーパーコンステレーションが、管制塔の許可を得ずに着陸した。機内を調べると、乗客乗員あわせて92名全員が白骨死体となっていた。フライトレコーダーを調べてみると、同機は1954年9月4日、西ドイツのアーヘン空港からポルトアレグレ空港に向かっている途中で行方不明になっていたサンチアゴ航空513便だと判明した。

この事件はまったくの架空の物であった。この番組自体が必ずしも事実とは限らないオカルト的な話題を数多く取り上げていた。しかしながら、日本の一部ではこのエピソードを事実であるように取り上げるメディアもあった。情報が伝達される過程で、作り話(フィクション)があたかも事実(ノンフィクション)であるかのように誤認された、「情報伝達上の事件」である。

このエピソードは、バミューダトライアングルに消えた航空機が帰ってくる「逆バミューダ・トライアングル現象」としても紹介されている。しかし、現在では、バミューダトライアングルでの消滅現象自体が単なる事故であったことが証明されているため、このようなエピソードも架空の物とされている。


【架空の事件の証明】

* 「サンチアゴ航空」という会社は存在しない。

* アーヘン空港からポルトアレグレ空港の直行便は存在しない。

* 自動操縦による初の着陸は1966年のことである。従って1954年当時、旅客機の自動操縦装置による着陸は出来なかった。また、離陸後3分間と着陸前8分間は航空機事故が集中する「クリティカル・イレブン・ミニッツ(Critical 11 Minutes)」と呼ばれ、操縦士の制御が必要である。よって、操縦士が白骨死体になっていた場合通常の着陸はほぼ不可能である。

* 自動着陸装置を持った最初の旅客機はホーカー・シドレー トライデントで、これは1964年に路線就航している。故に、それよりも前に路線就航しているスーパーコンステレーションは自動着陸出来ないはずである。またフライトレコーダーが搭載されはじめたのも同時期である。

* そもそもこの事件が存在したとの当時の報道、事故報告などの情報源は未だに示されたことが無い。ブラジルの新聞やテレビニュースにそのような話題はなかったことは確認されている。その意味では都市伝説のひとつである。
posted by 都市伝説のまとめ at 21:04 | 交通の
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