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2019年07月29日
ヘレン・ケラーや松下幸之助が教えてくれたゴルフも人生も自分が作る限界は限界ではない!
おはようございます、とっちゃんです
いつも有難うございます。
さて、人生に関わる名言も面白いものが多くありますのでそれから始めてみます。
◆顔をいつも太陽のほうにむけていて。影なんて見ていることはないわ。
ヘレン・ケラー(米国の教育家、社会福祉活動家、著作家 / 1880〜1968)
<とっちゃん解説>
言葉というものは、誰が発したのかによって大きく捉えられ方が違ってくる場合があります。
まさにこの言葉はあのヘレン・ケラーだからこそより心に響きます。
彼女はご承知の通り、視覚と聴覚の重複障害者(盲ろう者)でありながらも世界各地を歴訪し、障害者の教育・福祉の発展に尽くした人物です。
障害者をはじめ世界の多くの人々がこの言葉にどれだけ励まされ勇気づけられてきたことでしょう。
私たちも落ち込んだり、悩んだりしたときにはまずこの言葉を思い出してみましょう。
人生を変えてくれる一言になるかもしれません。
◆四方八方ふさがれば、それで終わったと言う前に天を仰ぐことです。「ああ、空がまだあるな」とね。
和田一夫(ヤオハンジャパン)
次の言葉も同じような意味を持ちます。
◆万策尽きたと思うな。自ら断崖絶壁の淵にたて。その時はじめて新たなる風は必ず吹く。
松下幸之助(パナソニック創業者)
<とっちゃん解説>
ともにそれぞれの業界を代表する人物だからこその言葉でもあります。
この言葉通り、そう簡単に人に限界などはやってきません。
すべての道が閉ざされたと思っていてもまだ道はある、諦めてはいけません。
「限界は自分で決めるな、探せよ!! さらば与えられん」、ってところでしょうか。
人生においても苦しみぬいた経験を持つ人には大きな共感が得られる言葉です。
もしそこが地下室だったらどうするの? とかいう人にはこの言葉は理解できません。
一生穴倉に入って悩んでいなさい・・
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さて本題のゴルフの名言に移りましょう。
◆ゴルフを見れば見るほど、わたしは人生を思う。いや、人生を見れば見るほど、わたしはゴルフを思う
ヘンリー・ロングハースト
<とっちゃん解説>
私は、ゴルフから人生を思うことはあっても、人生からゴルフを思うことはあまりありません。
あの「ゴルフ唯一の欠点はおもしろすぎることだ」との名言を残した人物だからわかる気がしますが、どういう人物なのか改めて調べてみました。
Golf Digest TVによればこう紹介されています
イギリスで1-2位を争うゴルフ評論家。
自身の腕前も相当なもので、1936年のドイツ・オープンではベストアマに輝いたこともある。
ラジオ解説、新聞評論で人気を博した。
ユーモアとエスプリに溢れた口調の解説は、彼がひとたび語っただけで、名勝負になるといわれたほどだ。
なるほど彼は言葉の魔術師ですね、しかも天才です。
もうひとつ
◆ショート・パットというものは、ロング・パットと同じくらいにミスするものだ
トム・モリス
<とっちゃん解説>
この言葉はトムモリスシニアの方です。
あの全英オープンは彼がキッカケで始まり、4回の優勝を飾っています。
ジュニアの方も4勝していますので親子で全英オープン8勝!!
これはすごいです。
シニアは全く整備されていないオールドコースを79で回ったとされていますが、今に換算するとなんと59の実力だそうです。
特にマッチプレーでは敵なしだったとか・・
◆まとめ
今回は、生きる道は違っていてもやはり一流と呼ばれる人たちの言葉には共通点があると感じました。
ゴルフにおいてはパットは総仕上げの作業です。
このパットの上手い下手ですべてが決まると言っても過言ではありません。
私はロング・パットは自分の勘を信じて、ショート・パットは勇気をもって打つべきものだと思っています。
これを経営や人生に置き換えた場合、長期の経営方針や人生設計は自分がこうありたいと思う未来の姿を信じて、そして目の前にある目標は勇気をもってチャレンジしていくことだと言えます。
例えば一つの花瓶をみる場合でも真上、斜め左右、真横、下から斜め左右、底からなど観察できる視点は実は無限にあるのです。
人はここが限界だと思ったところがその人の限界なのです。
明後日、家内と次男とで灼熱の中ラウンドをしてきます。
これが遺作とならぬよう祈るばかりです。
ハイ、今日はここまで・・・
2019年07月15日
バートランド・ラッセルの言葉は今でも僕の胸に沁みてくる
いつも有難うございます、とっちゃんです。
半月ほど前に腰を痛めてしまいましたが、思い切って先週コルセットを巻いて恐る恐るラウンドをこなしてきました。
しかし意外や意外、44、42の86でした。
体調万全の時よりスコアがいい・・
ゴルフとはなんて不思議なものでしょうか。
あと何年出来るか分かりませんが、リハビリのつもりでゴルフを楽しんでいます。
さて本日は、この名言を一緒に考えてみましょう
●現代の郊外にある家庭における父親の居場所はとても小さい。特にゴルフをやる場合は
(バートランド・ラッセル)
ご存じの方も多いと思いますが、このバートランド・ラッセルという人物は、
イギリスの論理学・数学・哲学者であり、ノーベル文学賞受賞者でもあります。
さすがに、この人物は心に沁みる数多くの名言を残しています
その一部をご紹介しますと、
●他人と比較してものを考える習慣は、致命的な習慣である
●浪費するのを楽しんだ時間は浪費された時間ではない
●幸福になる一番簡単な方法は、他人の幸せを願うことです
●希望というものは、絶望から生まれるのです
●私たちが愛する人の幸福を願うのは当然です。しかし、自分の幸福を捨ててまでこれを願うべきではありません。
●人間、関心を寄せるものが多ければ多いほど、ますます幸福になるチャンスが多くなる
どれもこれも現代でも私達の胸に沁みてくるものばかりです。
彼の名言だけで何ページも費やしてしまうほどの言葉を残しています。
彼は、1916年に平和運動、婦人解放運動に熱中したため、ケンブリッジ大学を解任されています。
また、生涯に4度結婚し、最後の結婚は80歳のときであった、と紹介されています。
数多くの名言は、波乱万丈の彼の人生が生み出したものに違いありません。
彼を研究している人も多いようですので、哲学的な解釈は専門の方に任せておきたいと思います。
私は、単にこれまでの自分の生き方振り返りつつ、反省と冷や汗を流すこと位しかできません。
仮にそこに見解の相違があったとしても、決して間違いではないのです
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■まとめ
では最初に戻りましょう・・・
徹底的に調べてみましたが、ラッセルはゴルフに関しては冒頭のひとつの名言しか残していません
英語では、こう表現されています・・
The place of the father in the modern suburban family is a very small one,
particularly if he plays golf.
このParticularlyという言葉が「特に」という意味の副詞として訳されています。
以下は私見です・・
父親の居場所がとても小さいというのは・・
1つは、当時はまだゴルフそのものが市民権を得られておらず、ゴルフをすること自体に肩身の狭い思いをしていた
もうひとつは、ゴルフはお金がかかるものなので、苦しい家計の中でゴルフをやるなんて、と経済的理由から家族からも反対されていた
と解釈できます。
更に面白いのは、わざわざ「郊外にある家庭に」と断っています
これは何を意味するのでしょうか?
こういう考え方ができます。
都市部は土地や家の値段が高くて手がでない
やっと、少し離れた郊外にマイホームを持ったのに・・・
という前提がつくのであれば・・・
やはり、返済のための奥様の家計のやりくりが大変になってくるので肩身が狭い・・という説がますます有力になってきますね。
それだけゴルフには不思議な魔力があるのだと考えられます。
このように勝手に解釈してみるのも楽しいもので、その時代の市民の生活やゴルフの社会的地位が分かるような気がして、いい勉強になります。
さて今回のバートランド・ラッセルの名言と私の独自解説はいかがでしたか?
ハイ、今日はここまでとします。
2019年07月04日
しっかりと足元を見つめて着実に歩むことが大切だと教えてくれた言葉!!
いつも有難うございます。
とっちゃんです。
ゴルフも人生もなかなかうまくいきません。
そんな時に是非思い出して欲しい言葉をお届けしたいと思います。
ひとつはこれですが長い言葉なのでエッセンスだけ理解してみて下さい。
グリップ、スタンス、スイングそのほかすべての点がうまくおこなわれているのにショットがうまくゆかない場合は、まずボールを見ているかどうかを自問自答してみることだ。
なぜならそういう場合、九分九厘、ボールをよく見ていないことが原因しているからだ。
だが、漫然とボール全体を見ているのではボールを見ているとはいえない。
精神を集中して、打とうとするボールの一点を凝視するのだ。
ボールの上ではなく、ボールのま横だ
(ジェイムス・ブレイド)
この言葉はややゴルフの技術的かつ具体的な話になるのでゴルフを余り知らない方にとっては「なんのこっちゃ!!」となるかも知れませんね
しかも、現代では実に様々なゴルフ理論が存在しますのでここでは敢えて触れない事にします。
むしろ私達の日常生活の中に目を向けてみましょう。
皆さんはこんな経験はありませんか?
「見ているようで見ていない」
「聞いているようで聞いていない」
意識を集中していないとこんな現象が発生します。
英語の方が分かり易いかも知れませんね
●Watch→意識して何かをじっと見るとか観察するという意味があります
例えば、毎日このテレビ番組を見ます、という具合です
●See→これは見える、目に入ってくるという意味で使われます
例えば、ここからは、奇麗な景色がみえる、ですかね
人に会う場合もSeeを使いますね。
●Look→目をむける、とか見つめるといった場合に使われます
例えば、こっちを見て!!、とか私は彼女をじっと見つめた、というケースですね
ゴルフボールは観察対象にはならないので、この名言では、Lookあたりが妥当ではないでしょうか。
むしろ、Seeを戒めているという解釈のほうが正しいかもしれません。
しかし人生ではここぞという時にしっかりと集中できないと成功者としての資質はないと判断されます。
したがってビジネスや社会においては日頃からのWatch(観察)する能力が求められていると思います。
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もうひとつは、これです
ゴルファーの最も崇高な目的は、人を驚かすような素晴らしいショットではなく、ミスをひとつ着実に減らしてゆくことである
(ジョン・ヘンリー・テイラー)
まったく心にズシンとくる言葉です・・
特に朝一番の第一打はとても緊張するものです。
そして誰でも皆が驚くようなショットを打ちたがるものです
しかし、ティーショットをミスしてもうまいアプローチでパーを取れば、素晴らしいことです。
おそらくこの言葉は、ゴルフとはミスをするスポーツである、だから、そのミスをいかにすれば減らせるかを考えることのほうがひとつの素晴らしいショットよりも大切だと言っているのでしょう・・
ゴルフは「上がってなんぼ」のスポーツですから結果がすべてとなります。
ビジネスでも、いくら素晴らしい企画書を作ったとしても社内や商談で採用されなければ何にもなりません。
これを私は自己マン企画書と呼んでいます
野球に例えるならば、たまに豪快なホームランを打つ2割台前半のバッターより、ホームランは少ないが着実にチャンスにシングルヒットを打てるバッターの方に私は期待します
また、仕事に例えるならば、たまに大きな商談をまとめてくる部下よりも、毎月着実に自分の前年実績をコツコツとクリアしていく部下の方を信頼しますね。
何故ならば、後者の方が真の実力を持っていると判断できるからです。
それは常日頃から自分が何をなすべきかを理解し、しっかりと足元を見つめて着実に階段を昇っているからこそ発揮できる力だからです。
一歩ずつでいいのです。
それぞれ、人には個性があってここは意見が分かれるところかも知れませんが、少なくともこの言葉はそうした事を示唆しているのではないかと私は学びました。
さていかがでしたか?
なかなか奥の深い言葉が多いですよね
ハイ、今日はここまで・・