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『安全地帯V 好きさ』八曲目、「あのとき……」です。
NHK「玉置浩二ショー」で、松井さんがゲストに招かれていたとき、青田さんが「安全地帯Vのなかで今一番歌いたい曲は?」とお聴きになったとき、玉置さんが答えたのが、この曲でした。
玉置さんと青田さんが出会ったのは、おそらく1990年ころでしょうから、この曲の「きみ」が青田さんであるはずはありません。ですから、青田さんとのどんな時間も、「あのとき」ではなかったはずなのです。
それなのに、玉置さんが、松井さんと青田さんの前で、いまいちばんこの曲を歌いたいと言ったことに、なにか因縁のようなものを感じてしまいます。そんなはずはない……いや、でも、しかし?……なんて反問するのも愚かしいほど、可能性はないでしょう。
青田さん、この曲がつくられたころは未成年でしょうし……玉置さんも「年下が好きなんです」とか何とか言ってごまかせそうな(ムリ)年齢はとうに超えていたことでしょう。
松井さんの『Friend』には、「女優との恋も彼にとってはすでに歌の物語になりつつあった」と記されています。ですから、この「きみ」は石原さんのことであって、「あのとき」とは石原さんとの恋で分岐点となったときのことだと考えるほうが、ずっと自然です。
「きみ」が青田さんであったなら……「あのとき」が青田さんとの出会いのころだったなら……この「玉置浩二ショー」の一幕は、そんなはずはないと思いつつ、ちょっと妄想をたくましくしてしまうワンシーンでした。おそらくわたくしが心の底で、「青田さんと松井さんの前で、石原さんのことを歌った歌を歌うなんて、そりゃーないぜ」と思っているから、反射的にそんな妄想をしたのでしょう。わたくしが過剰におセンチなだけで、世の中の人はもっとサバサバと「元カレ」とか「元カノ」とか言いまくっているのかもしれませんね。わたくしにはとてもそんなことできませんなあ。松井さんも苦笑するしかなかったように見えたのは、きっとわたくしの希望的観測ってやつでしょう(笑)。
さて、ようやく曲の話に入ります。
遠くから薄いシンセの音が聴こえてきて……エレクトリックピアノがジャン……ジャン……と二分音符で鳴らされ、半拍遅れて、なにか可愛らしい音色のアルペジオが入ります。このアルペジオが曲全体の基調を成しているものなんですが、情けないことにわたくしこの音色をなんと呼ぶのか知りません。シンセを丹念に一音一音チェックしていけば見つかりそうな音ではあります。なんとかスクエア、とかそんな名前でしょう。小鳥がさえずっているかのような、美しい音色です。
そして六土さんのベースが入り、玉置さんの歌が始まります。ベースはAメロの間ほとんど隠れています。そしてサビに入り、一気に惚れ惚れするような低音部を使ってリズムをとりますので、かなり目立ちます。これはベーシストになりたい!と思わせるに十分な演奏です。問題は、これからベーシストを目指すような少年はこういう曲を聴きそうもない、ということです(笑)。うーん、わたくし年少のころからさんざん安全地帯を聴いていましたが、ベーシストになりたいとは思いませんでした。ひととおりの楽器を体験し、自分で曲を作るようになって、大人になってずいぶん経ってからでないと、この魅力に気づくことができなかったのです。イヤハヤ……自分がボンクラすぎてイヤになります。「スティーブ・ハリスのベースラインこそがメイデンの曲をメイデンたらしめているんだよ」とか、したり顔で話している大バカでした。六土さん、あなたのベースは最高です。最高すぎて気が付きませんでした。
田中さんは、終始控えめなドラミングです。Aメロでは一小節に二回ずつだけ、ハイハットをわずかに鳴らしているのが聴こえます。サビでは、ハイハットを細かく……16分ですね、しかし、かなりかすかな音で、注意していないとうっかり聴き逃してしまいそうです。低音部でリズムをとる六土さんに合わせて強めに踏んだバス・ドラとリムの目立つ高音でリズムをとっていますので、ハットはかなり目立ちにくいように録音されています。なんと渋い……しかも、レコーディングはともかく、ライブでもこの音量バランスを再現するのですから、カミワザ級ですね。わたくし、こんなに静かにハイハットを刻めるドラマー、少なくとも身の回りにはいたことがありません。あ、ヘビメタばっかりやってたからそもそもドラマーも静かにハイハットを刻む機会がなかっただけなんですが(笑)。うーん、やろうと思えばできたのかもしれないですね。こういう「妙」とでもいうべき強弱の表現にわたくしが気が付いたのが、かなり後になってからのことだから、ほんとうはものすごい力量を持っていたドラマーなのに、わたくしが至らないばかりにそれに気づけなかった、といういことのほうが、よほどありそうなことです。すまなかったドラマーよ!そして、すみません、田中さん、あなたのドラムも最高なのに、ぜんぜん気が付きませんでした。
ところでギターのお二人なんですが、この曲では、もしかしてAメロではまるで弾いていないんじゃないかと思います。エレクトリック・ピアノと完全にタイミングを合わせてコードストロークをしているように聴こえないこともありませんが……ほとんど全体の演奏に溶け込んでいて聴こえないように思われます。サビの「あーのときー」の「あ」で、ジャイーンとコードを鳴らし、「いーとしさをー」の後に「トルルン」とアオリを入れているのは、比較的はっきり聴こえますので、この音色をたよりに聴いていくと、サビでは全体的にコードストロークとアオリをしていること、間奏のサックスの裏で細かいアルペジオが入っていることがわかります。しかし……わかりにくい……渋すぎです。間奏のアルペジオが矢萩さんで、サビのストロークは武沢さん、アオリはおそらくお二人で弾いているものと思われますが……自信がなさすぎて泣きそうです(笑)。
街でおいしいと評判のラーメン屋さんでも、カウンターにとつぜん海原雄山が座って「しょうゆラーメンをもてい!」とご宣下されたら、ふだんどんなに作りなれているラーメンでも「ほ、ほんとうにこれでいいのか?ねぎはこんな切り方でいいのか?」と、動揺してしまう……それと似た心境です、さっぱり意味が分からないたとえですが、要するに、ちょっとムリしようとして収拾が付かなくなっています(笑)。
さて、いまいちばんこの曲を歌いたい玉置さんですが、ライブ盤では、なんだか泣きそうな声で歌っているのが印象的なんです。「帰したく…ない……の……に……」は、ほんとうに帰したくなかったんだ!と、胸を衝かれます。これは、日本語がわからない人が聴いても「帰したくなかったんだ!」とわかるんじゃないか、というくらい真に迫っているんです。「歌の物語になった」、「あのとき」の出来事、心情は、このライブの時点では、まだ生々しかったに違いない……と思わざるを得ません。もちろんほんとうのことは玉置さんしか知りませんけれども、聴くほうがそうやって聴いてしまうんですね。玉置さんの、そして松井さんの、とてつもない力量によって、一通りの聴き方しかできないように追い込まれたと感じます。こんなに可愛らしい曲なのに、こんなにも切ないのです。「OKベイベー、わかったよ、そう、おれは日本語はわからないさ、でもこの曲は……そう、恋人が去って誰かが泣いているんだろう?それくらいわかるさ」とか、外国のタクシー運転手でも言いそうなくらい、普遍的失恋感の高い曲です。
帰らなくてはならなかったあのとき、もし、そこで何もかも後で始末をつける勇気を出せば、きっとふたりはこんな結末を迎えなかったはずなんだ……そこまでではなくとも、もう少し、ほんの少しだけ、瞳をみつめて思いを打ち明ければ……次のチャンスを待たずに、まさに「あのとき」にこそ言うことができていれば……
でも、それは後だからわかる事なのであって、リアルタイムでは「いま」が「あのとき」だとはけっしてわからないのです。
「Tonight is the night」と英語圏の人は言いますけど、英語話者だからといってそのタイミングがわかる、ということはありません。ただの景気づけに過ぎないものです。
きっと、世界中の誰もが想い出の中にもつ「あのとき」を、これ以上ない形で玉置さんと松井さんが表現した曲、といえるでしょう。このテーマなら、きっと世界中のどんなミュージシャンでも、この二人にはかなわないでしょうね。
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