<< 2017年09月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索
最新コメント










最新記事
カテゴリーアーカイブ
記事ランキング
  1. 1. 『ヨハネス・コメニウス 汎知学の光』の刊行を寿ぐ(四月十日)
  2. 2. no img 『羊皮紙に眠る文字たち』『外国語の水曜日』(三月十九日)
  3. 3. no img コメンスキー――敬虔なる教育者、あるいは流浪の飲んだくれ(九月廿七日)
  4. 4. no img すべての功績はピルスナー・ウルクエルに(一月廿六日)
  5. 5. no img 「トルハーク」再び(三月廿日)
  6. 6. no img トルハーク四度(十月二日)
ファン
タグクラウド
リンク集










ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2017年09月24日

マサリク大統領あれこれ(九月廿一日)



 今から80年前、1937年9月21日に、チェコスロバキア第一共和国の初代大統領トマーシュ・ガリク・マサリクの葬儀が行われた。亡くなったのは一週間前の9月14日のことで、場所は大統領の別邸となっていたプラハから西に30キロほど離れたラーニの城館である。ラーニの城館はもともとハプスブルク家出身の神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ二世によって建設されたものらしい。
 マサリク大統領の墓も同地の墓地にあり、共産主義の時代には、墓参が禁止されていたわけではないが、秘密警察によって厳重に監視され誰が墓参したのかがチェックされていたのだと言う。チェコテレビのニュースによれば、マサリク大統領が残した最後の言葉が封印して残されており、それは今から8年後、没後88年目になららないと開けられないのだとか。

 マサリク大統領は、モラビアのスロバキアとの国境の近くホドニーンの町にスロバキア人の父とチェコ人の母の間に生まれ、両親がドイツ系の農場主のもとで働いていたこともあって、マサリク自身もドイツ語で教育を受けたらしい。その後ウィーンの大学を卒業してプラハの大学の教授になるのだが、政治運動に身を投じることになる。
 オーストリア議会議員の選挙にモラビアのバラシュシュコ地方から立候補したのだが、そのときに発送された支援を訴える葉書を見たことがある。コメンスキー研究者のH先生の曾祖父さんがマサリク大統領と懇意で、残されていた手紙を見せてくれたのである。チェコ語の筆記体が達筆すぎて外国人には内容までは読み取れなかったのだけど。
 その後、国を出てチェコ、チェコとスロバキアを合わせての独立運動の中心人物となっていくわけだが、マサリク大統領が日本を訪れたことがあるのを知っている人はどれだけいるだろうか。日本滞在時には、日本ではそれほど話題にならなかったようだが、マサリク大統領と出会ってその行動に感動して伝記を執筆して出版したという人がいた。今手元にはないのだけど、昔神田の古本市で手に入れて読んだことがある。

 第一次世界大戦直後に起こったシベリア出兵の口実とされたのがチェコスロバキア軍団だった。チェコスロバキア軍団は、オーストリア・ハンガリー帝国軍に従軍していたチェコ人、スロバキア人の捕虜の中から同じスラブのロシアとともに戦う義勇兵を募って編成した部隊である。ドイツ軍、オーストリア軍との戦いで戦果を挙げ、部隊の規模も大きくなっていくわけだが、ロシア革命が起こってはしごをはずされてしまう。
 チェコスロバキア軍団は、ソビエト政府との交渉の結果、シベリアを経由してウラジオストックに向かいそこから船でヨーロッパへと戻ることになっていた。しかし、移動が予定通りに行かなかったこともあって、対立が生じ暴動からソ連軍との戦闘が発生してしまう。そのチェコスロバキア軍団を救出するという名目で、日本、、アメリカなどがシベリアに軍を送ってソ連と戦ったのがシベリア出兵で、ロシア革命の影響が広がることを防ぐことを目的としていたと言われる。

 マサリク大統領は、このチェコスロバキア軍団の名目上の指導者となっていたので、軍団がヨーロッパに戻るのに日本を経由することができるように交渉するために日本を訪れたらしい。シベリア出兵が始まる前で、チェコスロバキアの独立も達成されていなかったし、日本側はそれほど重要な人物だとは考えていなかったようだ。
 それでも、チェコスロバキア軍団の一部は日本を経由してヨーロッパに戻っている。そのうちの一人が、ドラマ「チェコニツケー・フモレスキ」の主人公アラジムで、ウラジオストックから日本に向かうときに日本の役人に繰り返し聞かされた日本語の文を覚えていて、それがある事件の解決のきっかけになるというエピソードがあったりする。その日本語の文について、チェコ語から日本語にするのを手伝ったのは、ちょっと自慢である。嬉しさをわかってくれる人はあんまりいないだろうけど。

 それにしても、マサリク大統領がもう少し長生きしていたら、1938年のミュンヘン協定はどうなっていただろうか。ドイツ系の住民の中からも尊敬を勝ち得ていた大統領が健在だったら、ドイツもあそこまで強引な手は取れず、友好国だったフランスも簡単にはチェコスロバキアを見捨てたりはしなかったのではないかなどと考えてしまう。考えてみてもせん無きことではあるのだけど。
 ハベル大統領と並んで、チェコ人にとって最高の大統領であったマサリク大統領の衣鉢を継ぐような大統領が、来年の大統領選挙で選ばれることを願ってやまないのだが、候補者を見渡す限り、難しそうである。

 いつも以上にぐだぐだになってしまった。
2017年9月23日24時。
 





2017年09月23日

師のオロモウツ滞在記3(九月廿日)


その他の外国語 エトセトラ (ちくま文庫) [ 黒田 龍之助 ]





 その後、スロバキア語の夕食、ポーランド語の昼食、チェコ語の酒宴を経て、チェコ語での講演が行われる。その日本語訳も収録されているのがうれしい。チェコ語で講演するのに、日本語で書いたものをチェコ語に訳すのではなく、最初からチェコ語で書いたというのは、さらっと書いてあるけれども、実はすごいことなんじゃなかろうか。
 このブログの文章ぐらいだったら、最初からチェコ語で書くのもそんなに大変ではないけど、いや一部与謝野晶子について書いた文書とか、小右記について書いた文章とか、内容的に難しく、思う付いたままに垂れ流すのではなく、全体の見通しを考えながらかなければならなかった文章については、最初からチェコ語で書く自信はない。
 パラツキー大学での通訳についても講演も、全体を通して最初からチェコ語で書くのは大変だったろうなあと思わせる内容である。それだけでなく、面白い。大事な話の間に、くすぐりが出てきて、この辺チェコ人笑うだろうなあという場所が何か所もある。話す場合でも、文章を書く場合でも、こういう緩急をつけるというのは大事なのだ。

 講演では通訳をする際に気を付けなければならないことが、実例を交えながら説明されるのだが、学生時代にこんな話を母語で聞くことができたというのは幸せなことである。そのことに気づくのは、大学を卒業して日本語を使った仕事を始めてからになるかもしれないけど。個人的にもチェコ語を勉強して始めての通訳の仕事をする前に聞いて、いや読んでおきたかったと思う。
 注意すべき点の一つに、動物の名前、植物の名前は、訳しただけだと相手を満足させられないこともあるから、「〜の一種」とか「日本の〜」という表現を使ったほうがいいというのがある。これについては、以前、チェコに住む日本人と、チェコのČápと日本のコウノトリは本当に同じものなのかという話で盛り上がったこともあるので、その通りだと思っていた。同じ動物、植物だけど日本のとは見た目が微妙に違うとか、同じように見えるけど実はちょっと違う種類だとかいう例はいくらでもあるし、全く同じものだと言われても確信が持てないから、例えば「さくらんぼ」ではなく、「さくらんぼの一種」と言われた方が安心するという面があるのだ。

 それが、先日、この考えとは合わない体験をしてしまった。九月の初めに頼まれてツアーでオロモウツに来た人たちのガイドをした。このツアーは、普通の観光ツアーではなくて、山登りやトレッキングを目的としてチェコ、スロバキア、ポーランドをめぐるという特殊なツアーだったらしく、チェコの最高峰スニェシュカに登り、スロバキアとポーランドの国境にそびえるタトラ山地に向かう途中で、オロモウツに一泊したようだ。せっかくだからオロモウツの観光もということで、こちらにお鉢が回ってきたのである。
 ご本人達の言葉では、シルバー軍団だと言うのだけど、ただのシルバーではなく、元気なシルバー軍団で、アルプスなんかのヨーロッパの有名どころは大半歩いたので、穴場のチェコにやってきたという人が多かった。こういう方々を相手に、街中だけを回っても喜んでもらえないのではないかと考えて、八月の初めに知人を案内したコースから始めることにした。つまり最初に向かったのはオロモウツ城を、オロモウツの城壁を見上げることができる城下公園だった。
 黒や茶色のリスが走り回っているのはよかった。日本のリスとまったく同じものなのかはわからないけれども、いかにもリスだったしみなさんリスだということで納得していた。今思えば、ここで日本のリスと同じなのかなとならなかった時点でこの人たちが普通の観光客ではないことに気づくべきだったのかもしれない。

 その後、公園に生えている木の名前を聞かれたのだが、日本語でもチェコ語でもなんと言うかわからなかった。準備不足などというなかれ、事前に公園に出かけて生えている木の種類を確認する必要があるとは思いもしなかったし実際必要なかったのだ。
「あれ、これ姫リンゴだわ」
 質問された方が自分で葉っぱや生っている実を見て、何の木なのか気づいてしまわれた。日本だと盆栽にして小さく育てることが多いという話まで教えてもらってしまった。

 マロニエの実を拾った方は、
「これって栃のみなんだよね。ヨーロッパの奴は日本のとはちょっと違ってマロニエっていうことが多いけど」
 なんてことを教えてくれた。マロニエは知ってたけど、栃の実が近縁種だとは知らんかったぜ。やっぱり日本語でも言葉でしか、知識としてしか知らないものを、見ただけでそれが何かわかるというのは至難の業なのだよなあ。

 今回案内した方々は普段から山を歩いて自然に触れているから、その結果として自然に自然に対する観察眼もが鋭くなっているのだろう。そうなると、通訳やガイドには出る幕がない。
 だから、動植物の名前を訳すときには、「〜の一種」とか「日本の〜」という表現を使ったほうがいいというアドバイスには、ただし例外もあると付け加えさせてもらう。その例外は、ガイドされる人たちの方がガイドよりもはるかに動植物について詳しい場合である。その場合にはもう白旗をあげて任せてしまうしかない。かなり希少な例外にはなると思うけどね。

 本についてはほとんど書かないままこんなところまできてしまったので、この件、もう少し続く。このブログにまともな本の内容の紹介や、書評めいた文章を期待してはいけないのである。
2017年9月22日23時。



posted by olomoučan at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 本関係

2017年09月22日

師のオロモウツ滞在記2(九月十九日)

その他の外国語 エトセトラ (ちくま文庫) [ 黒田 龍之助 ]






 昨日に続いて、『その他の外国語 エトセトラ』(今気づいたけど、文庫版では書名も増補されていた)、いやその増補された第四章についてである。
 オロモウツのパラツキー大学で講演をすることになった経緯、日本での準備を経て、オロモウツについて最初に登場するのは、日本語が上手なスロバキア人のベロニカさんである。仕事がらオロモウツの日本語ができるチェコ人、スロバキア人の知り合いは多いのだけど、どのベロニカだろう。宇都宮大学に留学したという話だからあれかななどと読み進めていると、さすが、と膝をたたきたくなるような記述が出てきた。

 会話志向の外国語学習者は珍しくないが、多くの学生がスラングを覚えたがる。くだけた口調で同世代とペラペラやってみたいという願望が非常に強い。だがはっきりいって、そんなものは何の役にも立たない。(str. 340)


 力強く断言してくれているのが心強い。友達同士でぺらぺら意味もないことを喋り散らせればそれで満足というのなら、勝手にしろだけれども、将来学んだ言葉を仕事に使いたいと考えているのなら、くだけた表現、スラングを身につける意味はない。でも、日本語を勉強しているのなら、日本に行って変な日本語を使う変な外人と言う立場でテレビタレントになるという形でなら生かせるかもしれないか。
 くだけた言葉遣いもできるというのなら、状況に応じて使い分けられるというのを前提にしたうえで、意味がなくはない。しかし、くだけた言葉遣いしかできないのであれば、仕事で使うのには役に立たない。せいぜい同レベルの言葉遣いしかできない連中と内容のない会話をくだくだ繰り返すだけに終わるだろう。そんな話をするためなら、苦労して外国語を勉強する意味はない。

 想像してみてほしい。仕事で、仕事じゃなくてもいいや、あまりよく知らない外国人にいきなり「あんたさあ」とか、「いいじゃんそれ」とか言われたら、どんな印象を持つだろうか。外国人ではなく日本人であったとしても、こいつとは近づきたくないと思うに違いない。スラングやくだけた表現は、知ってはいても普段は使わないと言う姿勢が求められるのである。
 チェコ語にだって、知っているけど使わない表現はいくらでもある。「ty vole」や「do prdele」なんかの意味は、よく知っているし、チェコ人が使うのを聞くこともよくある。でも自分では絶対に使わない。それは、自分のチェコ語を下品なものにしたくないからだし、通訳として仕事をする人がそんな言葉を使ったら信用されないのではないかと考えるからでもある。

 それに、現地の人が使うスラングは、現地の人が使うからこそかっこよく響くのであって、関係のない人間が使ったら滑稽に響くだけである。関西出身じゃない人間が関西方言でしゃべるのに通じる痛さがあるといえばわかってもらえるだろうか。聞くに堪えないのである。プラハ人みたいに「dobrej」なんて言うのは、自分の口から出たと想像するだけでもおぞましい。
 だから、ブルノのハンテツという方言から広まって使う人の増えた「シャリナ(=トラム)」も、オロモウツの人間としては使えない。ただ、トラムの定期券だけは、ほかにいい言葉がないので「シャリンカルタ」と言ってしまうことが多かったのだけど、最近職場まで歩くことで定期券を買わなくなったので使う必要がなくなった。歩くのは健康にいいだけでなく、精神衛生上もいいのである。

 下品な表現はともかく、多少のくだけた言葉を意図的に使う場面がないわけではない。それは、仕事とは関係のない雑談をしていて笑ってもらう必要があるときである。通訳なんかの仕事をする際に、一緒に仕事をする人たちとは、ある程度打ち解けた関係が作れた方が効率がよくなることが多いので、休憩時間なんかに日本人ともチェコ人ともあれこれ雑談をするのだけど、そんなときに多少くだけた表現を使って話すと、外国人がこんなことまで言うというので笑ってもらえるのである。
 その場合に方言を使うこともある。「Já sú z Olomouca(=私はオロモウツの出身です)」なんて言うと喜んでもらえることが多い。他にも驚いたときに使う「Ježíš Maria」の代わりに、「Kristova noho」、「Samozřejmě」の代わりに「Baže」なんて言うと結構笑ってもらえる。外国人がスラング、くだけた表現を使うってのは冗談にしかならないのである。

 その点ベロニカさんの日本語は上品で、「皇室や大臣を迎えて通訳をしても、まったく問題ないレベル」だというから素晴らしい。パラツキー大学には、今後も上品な日本語、端正な日本が使えるチェコ人、スロバキア人の学生を育てていってほしいものである。
2017年9月21日23時。



 親本もまだ生きているみたいである。9月21日追記。

その他の外国語 役に立たない語学のはなし [ 黒田龍之助 ]








posted by olomoučan at 06:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 本関係

2017年09月21日

師のオロモウツ滞在記1(九月十八日)





 日本に行っていた知人がお土産として、黒田龍之助師の著作を二冊持って帰ってきてくれた。ありがたいことである。ついつい旧作に手を伸ばして、斜め読みのつもりが読み込んでしまって仕事に支障が出ているのだけれども、師の本を読むのは仕事に優先するのである。椅子に座ってコンピューターでする仕事というのは、誘惑が多くていけない。

 一冊は『寝る前五分の外国語』で、白水社から2016年に出版されたものである。白水社のPR雑誌「白水社の本棚」に2003年から2010年にかけて連載された語学書の書評をまとめたものだという。語学書の書評ってことは、チェコ語の教科書についてもあるかなとぱらぱらめくってみたら、一冊だけ取り上げられていた。旧版の『エクスプレスチェコ語』(str.134-135)である。とりあえず、そこだけ読んでみた。
 この教科書、日本語の「ある/いる」もしくは「だ」にあたる動詞「být」の現在変化ではなく、未来変化から文法の説明が始まるという入門書にあるまじきものなのだが、「わたしは恐れをなし、ほとんど開くことがなかった」と書いてあるのに、ちょっと安心してしまう。スラブ語に属する言葉をいくつも勉強している黒田師にしてこうだったのだ。英語すら物にならなかった外国語音痴が第一課を見た瞬間に購入したことを後悔し、本棚に放り込んだまま、なかったことにしたのも仕方がないことだったのだ。

 末尾に「『エクスプレス』には日本のチェコ語教育の未来があったのかもしれない」と書かれているけれども、そんな未来は嫌だ。『エクスプレス』シリーズが初心者を対象とした入門書であることを前提とするのなら、やはり文法事項は、つまらないと言われようとオーソドックスな並びであるべきである。『エクスプレス』でチェコ語の基本を身につけた人が、復習するための教材なら未来形から始めるという並びも悪くない。第八課にまとめられているらしい挨拶なんかはすっ飛ばしてもいいくらいだけどさ。
 そもそも、外国語の未来という時制は日本語に対応するものがないのである。かつての英語教育では、未来形を日本語に訳すのに「だろう/でしょう」を付けさせるという無茶なことをやっていた。「だろう」は本来推量の助動詞で未来なんてものとは何の関係もないのにさ。そんなことをするから子供たちの日本語がおかしくなっていくのだ。今ではそんな珍妙なことをさせる先生はいなくなっていると信じたい。

 目次を見る限り、自分で使ったことのある教科書、辞書は一冊もない。学校の授業以外で、自分で教科書を買って勉強したのはチェコ語しかないのである。チェコ語の『エクスプレスチェコ語』(旧版)は本当に買っただけだし、学校で勉強した英語とドイツ語は義務で勉強しただけなので、自分で教科書を探して買ってまで勉強しようなんて気にはならなかった。日本の中学高校で推奨されるようなものを著者の黒田師が取り上げると思えない。
 現時点では、いくつかの教科書への書評をつまみ食い的に読んだだけだけど、読んだだけでその外国語を、いやその教科書を使って勉強した気分にさせてくれる。真面目な読者なら、その教科書を使ってみたいと思うのだろうが、外国語はチェコ語だけで十分だと言ってはばからない人間としては、書評を読んで勉強した気になれれば、それでお腹一杯である。チェコ語を勉強したときのことを、今更他の言葉で繰り返したくはない。

 そして、持ってきてくれたもう一冊が、今年の春に筑摩書房から刊行された『その他の外国語』の文庫版である。現代書館から2005年に刊行された親本は持っている。持っているだけでなく、その中の一節を元にこのブログの記事を書いたこともある。でもこの文庫版は、ただの文庫版ではなくて増補版なのである。
 その増補された部分が第四章の「十一年目の実践編――チェコ共和国講演旅行記」で、「十一年目」ということは、2005年を一年目とすれば、2015年に黒田龍之助師がオロモウツに滞在してパラツキー大学で講演をされたときのことが、さまざまな特に言葉に関するエピソードを交えながら書かれているのである。
 これはもう、全てを放り出して読むしかないということで、本来は巻頭から読み始めるべきところを、第四章だけ先に読んでしまった。個人的には、チェコ語だけでもその海でおぼれかけているわけだし、ここまで多言語な世界に放り込まれるのは勘弁してほしいところなのだが、黒田師が描き出すさまざまな言葉とのふれあいは魅力的である。

 本題であるこの「十一年目の実践編」については、例によって例の如く長くなったので稿を改める。
2017年9月20日15時。










posted by olomoučan at 06:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 本関係

2017年09月20日

日付(九月十七日)



 チェコとの国際親善交流をなさっていると言う方からコメントをいただいた。ここに垂れ流している文章が国際交流に役に立つようなものだとは自分では思えないのだが、貴重かどうかはともかく、面白いと言っていただけるのはありがたいことである。
 眠くて朦朧とした頭で何とか書き上げたものを推敲もしないでそのまま投稿してしまうことも多いので、自分で読み返して何でこんなことを書いたんだろうと思うことも少なくない。以前は間違いを発見したらこまめに修正をしていたのだが、最近は記事が増えすぎたせいもあって、チェコ語の文法の間違いとか大きな間違い以外は放置してしまっている。怠慢極まりなく申し訳ないことである。

 さて、コメントを頂いた記事で気になったことがある。それは、「九月十二日」付けの記事にコメントを頂いているのだが、今年の九月ではなく、去年の九月の記事にコメントされている点である。毎日書く日記ということで、題名の後ろには必ず日付(必ずしも書かれた日と一致するわけではない)を付けるようにしている。しかし、考えてみればすでに一年半以上続いていて、一年の三分の二以上は、同じ日付の記事が存在しているのだ。

 このことに全く気付いていなかったというわけではないのだが、あまり深く考えたくなくて、ここまで放置してきた。今後も続く、いや続けるつもりであることを考えると、題名の後の日付を外すか、何年というのを入れるかしたほうがいいのかもしれない。おんなじ日付が三つ以上もあるのは、あんまりよくなさそうだし。
 でもなあ、日付に「廿」「卅」なんて普通は使わない文字を使っている以上「2017年」にはしたくないし、「平成廿九年」というのも何だか芸がない。それで、昔よく使っていた年号に干支を付けて年を表す方法を使おうかと考えた。今年はたしか「平成丁酉」になるのかな。でも、毎日「平成丁酉九月十日」とか書いていくのは一般的だったのだろうか。

 いっそのこと「猛春、仲春、季春」で月を表してみようか。「平成丁酉季秋朔日」とか、「平成丁酉季秋晦日」だったら、それなりに見えるけれども、「平成丁酉季秋二日」なんて数字が入ってくるとあんまり見てくれがよくない。一般的な月の異名を使って「平成丁酉長月二日」というのも落ち着きが悪いし、こんなのを採用するなら日付そのものも旧暦を採用したほうがいい。外国に住んで、中国ならともかく、チェコで旧暦の日付に基づいて文章を書くというのは無理がある。時々でてくる日付ネタで自分自身が混乱することになりそうだ。

 思い出してみれば、二年目に入ったときにこんなことをちょっと考えたような記憶もある。途中で考えるのが面倒くさくなって、後で考えようと思ってそのまま考えなかったという落ちだな、これは。では、これからどうすしようか。とりあえず、末尾の書き終えた日時に年を追加してみようか。これでしばらく様子を見ることにして、今日の記事は短くおしまい。
2017年9月19日16時。





posted by olomoučan at 06:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ

2017年09月19日

情報公開(九月十六日)



 まずは、このページをご覧頂きたい。
https://www.fio.cz/ib2/transparent?a=2501277007
 これは、ミロシュ・ゼマン大統領が、来年の大統領選挙に向けて選挙運動を進めていくに当たって開設した公開用の銀行口座の入金の記録である。大統領選挙に立候補する人は、選挙資金の透明性を高めるために、支持者からどれだけの寄付をもらったのかを公開しなければならないことになっているのだそうである。
 これを見たとき、最初に思ったのは、そこまでやるかというのと、また無駄なことをというものだった。候補者が本気で不正をやろうと思っているのであれば、銀行の口座への送金という公開が前提でなくても入金の記録が残るようなものを使うわけがあるまい。

 これで不正な選挙資金が減るなどと考える人がいたら、おめでたいと言うしかない。日本のロッキード事件を見ても、チェコのラート事件を見ても、不正な金は現金でやり取りするものである。むしろ公開などさせずに、極秘に警察が候補者の銀行口座を監視できるようにしておいて、入金、出金の記録が残る自分名義の銀行口座を不正な資金のやり取りに使用する間抜けがいることを期待した方がよほど不正の摘発には役に立つような気がする。
 しかし、こんなのはプライバシーの侵害という理由で認められることはあるまい。銀行の口座のお金の出入りがプライバシーだというのはまだ理解できるが、理解できないのは、スピード違反を摘発するためにレーダーを設置するときに、「ここでは速度計測中」という表示がなければ行けないという法律である。こんな計測していないところではスピード違反してくださいと言わんばかりのルールがチェコだけで決められるはずがないから、EUの指示に基づいているのだろう。
 これに限らず、ドイツに牛耳られたEUの定めるルールには、日本人の目からすると冗談でしょうと言いたくなるものが散見される。麻薬の売買は犯罪だけど、個人使用のために所持するのはかまわないとか、東南アジアの麻薬に悩まされている国々にしたらふざけるなと言いたくなるだろうものまである。

 こんなヨーロッパ的な価値観で高く評価されようが低く評価されようが気にしてもしょうがないだろうに、日本のマスコミの中にはヨーロッパ的な価値観を、ちゃんと理解しないままに絶対視している向きがあって嫌になる。あらゆる面で日本の方が優れているというつもりはないが、ヨーロッパも、日本で言われるほど優れているわけではないし、日本も日本で言われているほどひどくはないというのがこちらに来て感じることである。
 ヨーロッパの社会が日本よりも、それほど優れているのなら、極右の政党が国政で議席を取るところまで支持を増やしたりはするまい。表向きだけは正論で形をきっちり整えている裏側で、軋みを上げているのが今のヨーロッパなのだ。日本は借金で首が回らなくって軋みを上げているみたいだけどさ。

 話を戻そう。冒頭に掲げたゼマン大統領の銀行口座の入金情報を見ると「0.01」というのが頻出するのに気づくだろう。そうなのである。1コルナではなく、1ハレーシュ寄付するという嫌がらせをする連中が大量にいるのである。利子がつく際とか、外貨で送金されてコルナに換算して口座に入れる際に、端数がでてハレーシュが必要になるのはわかる。しかし、貨幣も回収されて使用できなくなってしまったハレーシュ単位で、送金できるようにしておく必要はあるのだろうか。
 ゼマン大統領への抗議の意味を込めてのハレーシュ送金らしいが、コメントを書き込めるようになっていることもあって、何度も何度も1ハレーシュの寄付をしている人もいる。そこまでしてもゼマン大統領には蛙の面にションベンだろうにさ。むしろ、31ハレーシュとか中途半端な額を寄付して、コメント蘭にいくつかの使い道に分けて寄付したと書かれているのの方が気が利いている。

 1ハレーシュ送金するのに手数料は取られているのだろうか。取っているとすれば、銀行大もうけのはずである。外資に買収されたチェコの銀行は、かつては外資がチェコ人たちから手数料を巻き上げるための機関と化しており、ささいなことにも手数料を取っていたものだが、最近チェコ政府の頑張りにより(EUの指令ではない)、外資の母国でのサービスに近づきつつある。そう考えると、手数料は取られていないと考えたほうがいいかな。妙なところでけちなチェコ人が、手数料を払ってまで何度も1ハレーシュの寄付を繰り返すとも思えない。
 この選挙用の銀行口座を公開しているのは、ゼマン大統領だけではない。そして1ハレーシュ攻撃にさらされているのもゼマン大統領だけではないらしい。チェコ人も暇人が多いねえ。

 いまだ立候補の締め切りもきておらず候補者も確定していないというのに、すでにうんざりした気分にさせられる来年の大統領選挙、あまり盛り上がらずに終わりそうである。いや変な方向に盛り上がって前回以上に後味の悪い選挙になる可能性もあるか。チェコ人ならぬ身には選挙権もないから、傍から眺めて楽しむことにしよう。
9月18日23時。





2017年09月18日

如何に名詞の性を誤認せしか、或は男性名詞活動体落穂拾い2(九月十五日)



 前回も触れたhttps://studentmag.topzine.cz/11-slov-ktera-spousta-lidi-sklonuje-spatne-nechybujete-v-nich-i-vy/で、ゼウスの格変化の次に、間違えやすいものとして取り上げられているのが、「génius(=天才)」である。人間を指し子音で終わっているので、男性名詞の活動体である。これも多少特殊なので紹介しておいた方がよかろう。

1格 géni-us     géni-ové
2格 géni-a     géni-ů
3格 géni-ovi    géni-ům
4格 géni-a     géni-e
5格 géni-e     géni-ové
6格 géni-ovi    géni-ích
7格 géni-em     géni-i

 「-us」で終わる名詞は、それを取っ払ってから格変化の語尾を付けるのである。語尾は硬変化と何変化を混ぜ合わせたような変なものになっているが、これは「i」と「y」を連続させられないチェコ語の規則によるもので、硬変化で「y」の語尾が出るところだけ軟変化の語尾を取るのである。具体的には複数の4格と7格である。単数は硬変化で、複数は軟変化と考えてもいいか。

 あれ、「-us」で終わる名詞は原則として中性名詞じゃなかったっけ。「génius」が男性名詞ってことは、他の「-us」で終わる名詞も男性という可能性もあるのかなと不安になって、辞書で確認してみたら……。共産主義は男性名詞だった。「komunismus」などの「ismus」で終わる名詞は、「us」を取って、男性名詞硬変化の語尾をつけるのである。

1格 komunism-us
2格 komunism-u
3格 komunism-u
4格 komunism-us
5格 komunism-e
6格 komunism-u
7格 komunism -em

 何とか主義ってのにもゼウスと同じで複数形はないだろうけれども、同じように「-us」を取ってから格変化する名詞に「glóbus(=地球儀)」がある。こちらは複数の可能性はあるわけだけど、外国人が地球儀について話す機会がそうそうあるとも思えない。むしろありそうなのは地球儀ではなくスーパーマーケットのグローブスである。
 その「グローブスに行く」と言う場合に、地球儀と同じ格変化であれば、「Jdu do Globu」となるはずなのだが、実際には「Jdu do Globusu」と言われることが多いようだ。これは「o」が長母音か短母音化という微妙なものであるとはいえ、つづりが違っていて別単語だと認識されているからかもしれない。地球儀とスーパーは別物という論理なら、アルベルトの人名とスーパーが別物扱いにならない理由がわからない。

 では、どうして自分がこの手の「-us」で終わる名詞を中性だと勘違いしていたのかを考えると、これはもう外来語で数も多くないために、チェコ語の教科書でも最後のほうで扱われているからだと言うしかない。最初のほうで勉強した名詞については、勉強の際にも繰り返して書いて覚えたし、使う機会も多いので、勘違いしていてもすぐにそれに気づいて直せる。しかし、最後のほうで付け足しのようにして勉強したことは、繰り返しの回数が足りていないし、普段使う機械もほとんどないため、間違いを訂正する機会が少ないのである。
 教科書で「-um」で終わる中性名詞と一緒に説明されていたのも勘違いの原因である。同じ外来語で、1格の語尾をとった上で各変化させるという点でも共通しているところから、一まとめに説明がなされるのだろう。そのことの是非を云々する気はないのだが、「muzeum(=博物館)」の印象が強すぎて、「-us」で終わる名詞まで中性だと思い込んでしまったのである。

 思い返せば、ずっと昔の話になるが、何かで人前で日本について話をさせられたときに、共産主義の二格を「komunismu」ではなく、中性風に「komunisuma」とやって、間違えていると言われたんだったか、方言と同じ形だと言われたんだったかしたことがある。今回間違いに気づくまではすっかり忘れていたけれども、あのときも、共産主義を初めとする何とか主義は男性名詞だと改めて覚えこもうとしたはずである。それでもまた中性だと思い込んでしまったのだから、最初の思い込みというものは簡単には消えないものである。

 これで、今度こそ男性名詞の各変化について、書くべきことはすべて書いたはずである。またなんか変なのが出てきて追加で書くことになるかもしれないけど、昨日今日の記事に書いたことも含めて、例外中の例外ということになるから、間違えたとしても、いや、覚えられなかったとしても特に気にすることはない。この手の外来語の格変化は、チェコ人の中にも怪しい人が結構いるものだし、完璧に覚えられたら凄いぐらいの気持ちでいればいい。外国人が日本語で「き」と「けり」を使い分けられるぐらい凄いという喩えを思いついたのだけど、こんな喩えじゃあ却ってわかりにくいよなあ。
9月17日16時。






2017年09月17日

如何に名詞の性を誤認せしか、或は男性名詞活動体落穂拾い1(九月十四日)



 飲み屋の名前に使われる「U+2格」について書くために『チェコ語の隙間』をぱらぱらとめくっていたら、ついつい関係ない文章まで読みふけってしまって、肝心の記事を書くのが進まなくなってしまった。黒田師の文章には、読み始めると止まらなくなるという魔力がこもっている。翻って我が文章を顧みるに、道はまだまだ、果てしなく遠い。
 ポーランド語にあるという男性名詞人間形が、チェコ語の男性名詞活動体とどう違うのかも気になったけれども、「ひなどりと伯爵」という文章に、それがあったかと思わず声を挙げそうになってしまった。ここまで男性名詞活動体についてあれこれ書いてこれ以上書くことはないと思い込んでいたのだが、伯爵が残っていたことに気づかされたのである。伯爵だけじゃなくて侯爵もだけどさ。

 チェコ語で爵位を持つ人を表す言葉は、公爵が「vévoda」、シュバルツェンベルク氏を呼ぶのに使われる侯爵が「kníže」、伯爵が「hrabě」、男爵が「baron」で、子爵は知らん。すべて男性名詞活動体で、公爵と男爵については、問題ないはずである。しかし、侯爵と伯爵については、「e」で終わるからと言って、「soudce」と同じ格変化にはならないのである。
 この二つの名詞は、中性名詞の「kuře」と同じような変化をする。それが「ひなどりと伯爵」という文章に書かれていることである。「kuře」は、鶏のヒヨコと成鳥の中間ぐらいの、ブロイラーでつぶして肉にするようなレベルの成長度合いのものをさす。ちなみにヒヨコには指小形の「kuřátko」を使うことが多い。
 ここで中性名詞の格変化表を紹介しても意味がないので、「hrabě」の格変化を紹介すると、以下のようになる。

1格 hrab-ě
2格 hrab-ěte
3格 hrab-ěti
4格 hrab-ěte
5格 hrab-ě
6格 hrab-ěti
7格 hrab-ětem

 厄介なことにどこからかTが出てきてそれに語尾を付けることになるのである。男性名詞の活動体でありながら3格と6格の語尾に「-ovi」が出てこないのは注意が必要である。中性名詞の「kuře」との違いは4格で、中性名詞は必ず1格と同じになるが、男性名詞の活動体なので2格と同じ形をとる。
 さらに厄介なのは、単数では男性名詞活動体であるが、複数になると中性名詞扱いとなり、格変化だけでなく前につく形容詞なども中性名詞につくときの形にしなければならないことである。単数と複数で姓が変わるものとしては、単数では中性で「kuře」と同じ変化をする「dítě(=子供)」が複数では女性名詞になることを知っている人もいるだろうが、伯爵は男性から中性に変わるのである。
 幸いなのは伯爵型の男性名詞活動体がほとんど存在しないことである。いや、固有名詞を除けば伯爵と侯爵の二つしかないはずだし、こんな時代錯誤な言葉は滅多に使うものではないので、覚えていなくても仕方がないのだと、失念していたことを自己弁護しておく。

 ただし、伯爵もそうだが、中性名詞の「kuře」型の変化をする言葉が、特に動物の子供をさすものが多いのだけど、姓として使われていることがある。もちろん男性を指すのでその場合には、「kuře」ではなく、伯爵と同じように格変化させなければならない。女性の名字について言えば、男性の「Dítě」さんが女性の「Dítětová」さんになり、「Hrabě」さんが「Hrabětová」さんになるというように、名字の女性形を作る際にもTが出てくるのである。これについては例外もあるらしいけれども。
 こんなの覚えたくないという人は、この手の名字の人とは知り合いにならないか、名字を拒否して名前で呼び続けるしかない。

 こんなことを考えていたら、男性名詞活動体にはさらにとんでもないものがあるのを思い出した。それはギリシャ神話に出てくる神様ゼウスの格変化である。男神なので男性名詞活動体なのは問題ないのだが、1格から2格以降の変化が全く想像もできないのである。2格以降は普通の男性名詞活動体と同じだからそれはいいのだけど、ゼウスが格変化したものだとは思えない。複数が存在しないのをこれほど喜びたくなる名詞は他にはあるまい。

1格 Zeus
2格 Di-a
3格 Di-ovi
4格 Di-a
5格 Di-e
6格 Di-ovi
7格 Di-em

いかがだろうか。母音に格変化の語尾の母音が直結しているあたりも気持ち悪いと感じる人がいるかもしれない。それは多分チェコ語の格変化になじんできた証拠である。こんな気持ちの悪い母音の連続は原則として外来語にしか発生しない例外なのだから。
 ゼウスなんて言葉は、チェコ語でギリシャ神話について読んだり話したりしない限りは必要のない言葉である。チェコ人でも知らない人もいるだろうから、嫌がらせに質問してみるのも楽しい。

 このゼウスの格変化を確認するために使ったのが
https://studentmag.topzine.cz/11-slov-ktera-spousta-lidi-sklonuje-spatne-nechybujete-v-nich-i-vy/
で、これを見ていて、自分の勘違いに気づくことになるのだが、これについては稿を改めることにする。
9月15日17時。





2017年09月16日

下院総選挙5(九月十三日)



承前
28 Dělnická strana sociální spravedlnosti
 こちらは、がちがちの極右、ネオナチ政党である。もともと「Dělnická strana(労働者党)」として活動していたのが、裁判所の解散命令を受けて改組して、名前を多少変更して、つまり「社会的公正さ」という言葉を付け加えただけで、活動を続けているものである。
 国政選挙では議席を獲得したことはないが、地方選挙、どこかの町の議会の選挙で議席を獲得したことはあるらしい。この党と連立を組む組まないで地方組織と中央がもめた党があったと記憶している。
 ユダヤ人、ロマ人の後は、スラブ人の撲滅も計画していたというナチスを、スラブ人のチェコ人が崇拝し、ドイツのネオナチと手を組むのは全く理解できない。


29 Svoboda a přímá demokracie - Tomio Okamura (SPD)
 ウースビットを追い出されたオカムラ氏の政党である。自由直接民主主義党でいいや。ウースビットは候補者を立てていないようだが、この党も、特に党首が意味不明なことばかりやっているので、そろそろチェコ人も飽きるんじゃなかろうか。
 チェコの日本大使館ではかなり丁重に扱っているようだが、このオカムラ氏が政治家をやっていることで、日本にメリットがあるかと言われると疑問である。チェコに住む日本人にとってはデメリットしかない。チェコ人がゼマン大統領の言動について恥ずかしいと言うのと同じレベルで恥ずかしさを感じさせられることが多い。これがオカムラとかいう日本の名字ではなく、ノボトニーとかチェコの名字だったら気にもならないのだけどさ。


30 Strana Práv Občanů
 略称がオカムラ党と似ているゼマン党である。オカムラ党がSPDなのに対してこちらはSPO、似ているだけではなく最近はなぜか協力関係にあるようである。
 この市民権利党(へんな訳だ)は、大統領選挙に破れて政界を引退し隠棲していたゼマン氏が、初めての直接選挙による大統領選挙に向けて政界復帰するのを準備するために、結成された党である。当初は「ゼマノフツィ(ゼマン支持者たち)」なんて呼ばれ方をすることも多かった。不偏不党が原則の大統領になって、直接の関係はなくなったようだが、今でもゼマン党だと思われている。今回の選挙にこの党から立候補したフランティシェク・リンゴ・チェフ氏は、ゼマン支持者の自分がゼマン党から出るのは当然だと語っていた。


31 Národ Sobě
 これまた訳しようのない党名である。「民族は自らのために」と直訳しても党名にはならないし、トランプ大統領に倣って「民族ファースト」なんていうのも気持ちが悪い。名称だけでなく、実態も不明だから、どうでもいいか。


 以上計31の政党、政治団体が候補者を立てている。

 チェコでは下院の選挙には無所属で立候補することはできない。ただし、党員でなくても候補者として立てることは可能なので、各党の候補者名簿の中には、非党員の候補者もいるはずである。当選した後は、非党員のままその党の議員クラブに所属する場合もあるし、入党することもある。でも、こういうのは無所属とは言えんよなあ。
 現実問題として、この31の団体のうち、議席を獲得するのが確実なのは、ANO、社会民主党、共産党、市民民主党の4つだろうか。議席を取る可能性が高いのが、キリスト教民主同盟とTOP09の二つで、取ってもおかしくないのが市長無所属同盟といったところか。緑の党や海賊党、オカムラ党やゼマン党は、5パーセントを越える選挙区は出るかもしれないが、チェコ全土で5パーセントという議席を獲得するためのかなり厳しいラインを越えるのは難しそうである。

 他の政党は泡沫政党なのだけど、極右のネオナチとつながりのある政党にどれだけの票が流れるかは、チェコ社会の今後を占う上でも注目する必要がある。スロバキアでは、マリアン・コトレバ氏の創設した極右政党我らがスロバキア人民党が昨年の国会の選挙で議席を獲得し、中欧スロバキアのバンスカー・ビストリツァ地方ではコトレバ氏を知事として擁して与党の座を占めているのだ。この流れがチェコに入って来ないとも限らない。
 放置しておくと極右に流れかねない右派の層を引き受けられる右側のまともな政党が必要なのだけど、既存の政党で一番右に来るのが市民民主党だからなあ。ということは、将来オカムラ党が右翼の支持者を取りまとめて躍進する可能性もなくはないのか。救いはオカムラ氏の言動が結構支離滅裂で、本物の右翼からすると支持しにくいところか。

 あとは、すでに書いたことだけれども、「SPORTOVCI」が議席を獲得して、素人の立場から政治をひっかきまわしてくれないかなあ。政治の世界では常識として、誰も取り上げないような無駄な政治家の特権に疑問をさしはさんだり、何かのインタビューのときに自慢して暴露するとかしてくれんかな。アントニオ猪木的な方向に進んでもらったら困るけどさ。
 このスポーツ選手の政界進出から、将来大統領が誕生してくれるといいのだけど。政界の汚濁にまみれた政治家大統領よりは、チェコの大統領の地位を考えると、ど素人で問題発言をしたり問題行動をしたりしたとしても、世界的にも知名度の高いスポーツ選手が大統領のほうがましである。今からじゃあ来年の選挙には間に合わないだろうけどさ。
 無駄に長くなってしまった本件はこれでおしまい。
9月15日15時。






2017年09月15日

下院総選挙4(九月十二日)



承前

21 ANO 2011
 言わずと知れたバビシュ党である。チェコでは最近法律で選挙に使える資金の上限が決められたが、選挙と関係のない部分での政党の広告費には特に制限はない。なので、ANOのような資金に余裕のある政党、政治家は選挙がないときにも、道路沿いの巨大な広告スペースにポスターを張り出している。もちろん一番目に付くのが、ANOのポスターである。ポスターが多いほうが選挙に勝つというわけではないし、2000年代の初めの選挙が始まると町中のいたるところにポスターが貼られたり、破られたりして景観を破壊していたのに比べるとましにはなっているのだけど。
 現在ひんぱんにチェコテレビのニュースで公開される各社の世論調査によれば、このANOの支持率が圧倒的に高い。今年の初めぐらいまでは、社会民主党も10パーセントぐらいの差で追っていたのだが、今では倍ぐらいの差になってしまっている。これはANOがどうしたというより、社会民主党が自滅したというのが正しい。最近はソボトカ首相の退陣が決まっていらい多少支持率の揺れ戻しはあるようだが、ANOが選挙で勝つのを阻止するのはむりだろう。
 ゼマン大統領は、選挙で勝った党の党首に組閣の命令を出すと断言しているが、それがそのまま組閣が成功することを意味するわけではない。第二党である社会民主党が三位、四位に入った政党と連立を組んでバビシュ首相の誕生を阻止する可能性もなくはないのだ。ただ、共産党と組むのを嫌がる党は多そうだし、TOP09とキリスト教民主同盟も組むのは難しそうだ。
 バビシュ首相で大統領がゼマン氏以外、首相はバビシュ以外でゼマン大統領、どちらの組み合わせがましなのだろうか。


22 Dobrá volba 2016
 「良き選挙2016」でいいのかな。単数だから「良き選択2016」のほうがいいか。詳細はもちろん不明である。


23 Sdružení pro republiku - Republikánská strana Československa Miroslava Sládka
 「共和国のための連合」でいいかな。規模的には連合よりも「会」のほうがいいかもしれない。副題は「ミロスラフ・スラーデクのチェコスロバキア共和党」。
 怪しい名前とは裏腹に1989年のビロード革命の頃に設立された政党で、90年代には国会議員も擁していたようだ。その後はじり貧というやつで、倒産したり、解散したり、あれこれあったものが2016年に再建されたものである。中心人物のミロスラフ・スラーデク氏の名前が冠してあるのは、かつてのメンバーから名称の変更の要求があったのかもしれない。
 分離してからすでに25年、今でもチェコスロバキアという名称を使用する政党があることは、それなりに感慨深い。それが何の意味を持ちえないものであったとしても。


24 Křesťanská a demokratická unie - Československá strana lidová
 ここにもチェコスロバキアを冠する政党があった。というか正式名称が、キリスト教民主同盟―チェコスロバキア人民党だということを知らなかった。ニュースなどでは前半を「キリスト教民主党」という形で使うことが多いし、後半を使うときでも人民党の部分が使用されるのである。最初は「リドフツィ(人民党員たち)」が、キリスト教関係の政党と同じなのが理解できなかった。「人民」というとどうしても「人民共和国」を思い浮かべてしまうのである。
 もともとは二つの政党の連合だったのかもしれないが、現在では完全に一つの党として機能している。TOP09のところでも書いたように、2010年の選挙で失った議席を、2013年に取り返し、今回の選挙で更なる躍進を求めて、TOP09と組んでいた市長無所属連合を引きはがして取り込もうとしたのだが、失敗に終わった。この失敗が選挙結果にどんな影響をもたらすだろうか。
 個人的には、シンボルカラーらしい黄色が、どぎつすぎて目が痛くなるので、もう少し柔らかい色にしたほうがいいと思う。この政党のシンボルカラーも、ウクライナのオレンジ革命に触発された社会民主党が大々的に活用するまでは、存在しても、共産党の赤以外はそれほど目にはつかなかったのだけど、最近はちょっとうんざりするぐらい使われていて食傷気味である。


25 Česká strana národně sociální
 「チェコ国家社会主義党」と訳すと、ナチスを思い起こすので、チェコ民族社会党と訳しておこうか。ナチスは「国家」と「社会主義」に「労働者」も加わるんだったかな。「社会主義」も「労働者」も左翼の政党に似合いそうなのに、極右の政党が使う論理がいまいち理解できない。ナチスに似ているからと言ってこの党が、極右の政党だとは限らないのだけど。
 以前社会民主党を飛び出したパロウベク元首相が設立した政党「LEV21」も、正式名称はナチスっぽい名前だったんだよなあ。パロウベク氏は今年の夏に社会民主党への復党を願い出て拒否されていたからLEV21は消滅したのかもしれない。こっちは多分左翼政党だったはずである。
 

26 REALISTÉ
 直訳して、「現実主義者たち」ではあれなので、現実主義党としておこうか。2016年末に設立された新しい党である。それ以外はよくわからない。


27 SPORTOVCI
 こちらも直訳して「スポーツ選手たち」では話にならないので、スポーツ党としよう。実は密かに5パーセントの壁を越えて議席を獲得してくれるのではないかと期待している。問題は、こっそり、ひっそり立候補したので、スポーツ選手たちが選挙に出ることがほとんど知られていないことである。スポーツ出身の下院議員というと、パロウベク氏に引っ張られて社会民主党から出馬して当選したアイスホッケーのシュレーグル氏が有名なのだけど、この人が出馬したときは結構ニュースでも話題になった。それなのに今回の元スポーツ選手たちの出馬は、立候補が締め切られるまで全く話題にならなかった。
 候補者名簿を見たわけではないので、実際に誰が立候補しているのかはわからないが、新聞の記事に取り上げられていただけでも、元サッカー代表のペトル・ラダ監督や、元サッカー選手で解説者というよりはサッカーファンの立場からコメントすることが多いビーゼク氏なんかの名前が見られた。他のスポーツからも立候補している人がいるようで、スポーツ界の現在の政治への不満を集約することができたら、結構いいところまで行くんじゃないだろうか。
 みんな政治は素人だろうけど、当選したら緑の党や海賊党とは違って、いい意味で政界を混乱に陥れてくれることが期待できる。できればさらに踏み込んで、来年の大統領選挙に誰か立候補してくれんものかね。長野オリンピックの英雄ドミニク・ハシェクとか、元サッカー協会会長のイバン・ハシェクとか人材はいそうなんだけどねえ。

 この件、もうちょっとだけ続く。

9月14日21時。







プロフィール
olomoučanさんの画像
olomoučan
プロフィール


チェコとスロヴァキアを知るための56章第2版 [ 薩摩秀登 ]



マサリクとチェコの精神 [ 石川達夫 ]