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次女カイちゃんと私↑パタヤにて
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妻はタイ人、娘ばかり3人も!

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■近況

2009年の9月15日に脳梗塞を発症、右手が少し不自由になりました。
MRAで脳梗塞の部位を特定でき、素早い処置をとれたので大事に至りませんでした。
快復にむけてリハビリ中です。
(2011/01/01更新)

■自己紹介・リンク

[ はじめに ]
タイのスラチャイです。
英語学習に王道はありません。
毎日毎日の地道な努力の積み重ねが必要です。
スラチャイはNHKのラジオ英語会話で現在の英語力を身につけました。
一日僅か15分の学習でも数年間継続すれば相当な学習効果が期待できます。

[ 名前 ]
松井 清 (スラチャイ)

[ 略歴 ]
・福岡県出身
・国立高知大学卒業
・準大手建設会社に就職
・50歳で会社を早期退職
・99/10 タイ全土を旅行
・00/10 タイに移住
・03/07 カイちゃん誕生
・07/06 シーファーちゃん誕生
・現在タイ国コンケン在住

[ 座右の銘 ]
Slow and steady wins the race.
遅くとも着実な者が勝利する
(NHK基礎英語芹沢栄先生)

[ 学習の手引き ]
・音読して耳から英語を吸収
・Think in English.
・ネイティブ発音付辞書活用
・英英辞典を活用(英和も)
・翻訳和文で専門用語確認

[ English Newspapers ]
Yomiuri
Mainichi
Asahi
Japan Times
Washington Post
Newyork Times
Bangkok Post
The Nations
Phuket Gazette

[ 英字新聞の英和対訳学習 ]
英字新聞(読売)
英字新聞(毎日)
英字新聞(朝日)
英字新聞(朝日2)

[ スラチャイ編集の辞書 ]
タイ日辞書(改訂版)
日タイ辞書(改訂版)
ラオ日辞書
日ラオ辞書

[ 英字新聞リンク ]
ocn cafe
fc2
goo
yahoo
ameba

 
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2010年09月09日

チャイヤプームの自宅にて

9月1日〜5日までの5日間チャイヤプームの自宅に戻っていました。
チャイヤプーム滞在中に書いたミニエッセイです。

教え子がやって来た:

7年前までここチャイヤプームの超僻地村バーンノーンヤーコーンで生活していた。
毎年2回、子供達の学校が休みになる時期、スラチャイは自宅で子供達の学習を手助けしていた。学習科目は英語と数学、生徒は10名くらい集まっていた。ここは貧しい農村、無償で奉仕した。
今日の午後、教え子の一人がうわさを聞きつけてスラチャイの自宅まで押しかけてやって来た。当時小学校4年生だった娘も今では16才、見違えるような美しさをしている。身長160cm、体重は35kgくらいであろうか、スラリとした肢体に美しさが宿っている。スラチャイは息を呑んでこの娘の成長を見つめていた。娘がなつかしそうに挨拶してきた。私は娘の美しさに飲まれて生半可な返事を返すことしかできなかった。娘の名前はタック、数学が苦手で、当時スラチャイがどんなに一生懸命に教えても理解できなくて泣き出すこともしばしばであった。当時は気軽に抱っこしてあげた娘も、もはや私の手の届かない世界まで到達しているのを実感させられて少しだけ淋しい思いをさせられた。
わずか7年されど7年、歳月の重さを実感しました。

楽園の王様:

ここはタイでも気候が涼しくてとても過ごしやすい。ここではエアコンは不必要だ。
NHKの朝の連続ドラマ「ゲゲゲの女房」で水木しげるが楽園の間というのを自宅に作っている様子が放送されているが、ここはスラチャイにとってまさしく楽園の間、心休まる場所ではある。難点は超僻地ゆえに携帯電話の無線がここまでまだ到達していないこと。7km離れた隣村まで電波は届いているので、ここにもやがて電波は到達するものと思われる。短気なスラチャイは無線のアンテナを購入、ここでインターネットができるように準備を行っている。次の休みにはここでインターネットができるはずだ。
1000坪の敷地に囲まれて庭一面は果樹園と化している。
庭には放し飼いの鶏たち、朝は生みたての卵とアツアツのご飯で卵ご飯。
最高の贅沢、幸せですね。
娘たちが成長したら夫婦はここに戻り余生を楽しむ積もりです。
スラチャイはこの楽園の王様の地位をなんとか堅持できています。
posted by srachai at 14:37| Comment(0) | エッセイ

2010年03月11日

思いつくままに

父は今から約15年ほど前に他界しました。
徴兵検査で体重が40キロくらいしかなかったので乙種合格、
体がひ弱だったので陸軍の衛生兵に配属させられました。
中国の青島(チンタオ)で4年ほど兵役、ここで終戦をむかえました。
人生とはまったく皮肉なものですね。
体の強健な兵隊さんたちは戦争の最前線に送られてそこで戦死しました。
体のひ弱だった父は九死に一生の思いで中国から帰国、
北九州市の旋盤工場に就職、
やがて母と恋に落ち私が生まれました。
父が戦死しておれば当然私は生まれてこなかったので、
人生の苦しみを味わうこともなかったのです。
人の運命とは全く不思議で不可解なものですね。
生をまっとうするということは本当に辛いものであることを実感しています。
日本では年間4万人あまりの人たちが自ら命を絶っているという記事を見ました。
本当でしょうか。
陸軍部隊の中に布施班長(実名)がいて父や同僚は毎日彼から往復ビンタをくらっていました。
テレビで歌手の布施あきらさんがでてくると、父は血相を変えてこう罵っていました。
「今度どこかで出会ったら殺してやる」
戦争は多くの若者たちの運命を根こそぎ崩壊させました。
二度と繰り返してはいけません。
しかし戦後60年、もうアメリカのつくった仕組みより飛び立つ時期ですね。
そういえば、私の中学時代に番長が1人いて往復ビンタをくらったのを思い出しました。
私は相撲が強かったので彼の相撲のお相手を何度もさせられました。
彼が転校していった後、安堵のため息を漏らしたのを覚えています。
文武両道、これから先の日本人は喧嘩(武力)も強くならなければ世界の中で落ちこぼれていくのではないでしょうか。

srachai from khonkaen, thailand
posted by srachai at 13:40| Comment(0) | エッセイ

2010年02月16日

ご心配をお掛けしております

二人の娘たちカイちゃん6歳、シーファーちゃん2歳を授かっていなかったら、
70年代フォークで活躍したフォーククルセダーズの加藤和彦さんのように自分で命を絶っていたかも知れません。

2ヶ月間リハビリに専念するうちに苦しみに慣れてしまったというのが本音です。
右手が不自由になりギターが弾けないギタリストなんて絵になりませんからね。
エレキギターに転向しようかとも思いましたが、ピックギターでも右手の中指と薬指は使用することが多いですね。ちょっと無理かも知れません。
右指が快復するまではMIDI編曲のみで我慢しなければなりません。

高速タイピングも全く出来なくなってしまい、音声入力に切り替えようかとも考えています。
名前は忘れましたが有名な宇宙工学の天才学者が筋肉が徐々に衰えていく病気にかかり、指1本だけでコンピュータの助けを借りて会話していましたね。
私も病状が進んで同じような状態になるのではないかととても心配です。

どうか神様お願いです。
娘が成人するまで今の体の状態を保たせてください。

srachai from khonkaen, thailand
posted by srachai at 12:51| Comment(0) | エッセイ

2009年12月03日

松本亨先生(博士)

1962年、私は中学校の一年生でした。
この年、芹沢栄先生のラジオ基礎英語の勉強を開始、すぐに松本亨先生のラジオ英語会話もあわせて聴取するようになりました。
芹沢栄先生の座右の銘は 「slow and steady wins the race (遅くとも着実なものが勝利する)」 でした。
週替わりで英語の歌もたくさん教えていただきました。マイボニー懐かしいですね。

松本亨先生のラジオ英語会話は1972年、講師が代わるまで聞き続けました。
思えば10年間も、この一日僅か15分の番組を聞き続けたことになります。
芹沢栄先生の座右の銘はその正しさが自分の体験を通して実証されました。
大学受験のとき、英語だけは特別に時間を割かなくともそれで通用しました。

松本亨先生が英語学習に対する情熱を次の言葉で何度も表現されるのを聞きました。
"Think in English"(英語で考える、翻訳しないで)
その通りだと思いましたが、翻訳英語がすっかり身に着いているので切り替えはなかなか難しいのです。
それから 「生きた英語 living English」 という言葉も何度も耳にしました。
ラジオ英語会話は英語だけで放送されるので、松本亨先生が日本語を話すのを聴いたことがありません。

つい最近、英語教育(研修)を専門業となされているカプラン石綿誠先生のブログに以下のような記事が掲載されていました。

(石綿先生のブログより抜粋)

「そして読解力を高めるには、松本博士のモットーしかないと考えます。ラジオ英会話で有名になったので、会話の先生としてのイメージが大きかった博士ですが、座右の銘は"Read, Read, and Read"だったそうです。
また、このモットーを博士はこのように和訳しています。「多読、速読、直読」です。この3つを実践していくことがリーディングでは必要だということを、意味しているわけです。」

松本亨先生の後任、とうごかつあき先生(漢字忘れました)が松本亨先生の読書量、保有されている蔵書の多さに圧倒されたという話をされていました。

松本亨先生は1979年に逝去されたそうですね。
ご冥福をお祈り申し上げます。(感謝をこめて)

srachai from khonkaen, thailand
posted by srachai at 13:20| Comment(0) | エッセイ

2009年11月20日

養女たちへの熱い思い

私には養女が二人いる。
それぞれ22歳と18歳になる。
上の養女はコーンケーンの私立大学に進学させ、来年卒業予定だ。
人の子供を大学まで進学させて頭がおかしいんじゃないのか、という人もいる。
私はそれは違うと思う。
いずれ遠からず私も死ぬ日がやってくる。
実子カイちゃんとシーファーちゃんはまだ幼い。
私がいなくなった後、娘たちの面倒を見てくれる人たちは多いほどよい。
はるか遠くを見据えた将来への投資といったところでしょうか。
義父として養女たちへの愛情も芽生えてきている。
これでいい。
私は正しい路を進んでいると確信している。

srachai from khonkaen, thailand
posted by srachai at 09:37| Comment(0) | エッセイ

2009年05月16日

どうなる日本?

少子高齢化、景気の停滞、地球温暖化にオゾン層の破壊、日本はこの先どうなっていくのでしょうか?
私は特に若い人の年金が心配です。
年金受給年齢を60才から65才に5年も繰り下げてしまって、とんでもないことだと思っています。
この5年間のうちに、経済的に成り立たなくなって命を絶つ人が出ないことを願っています。

srachai from khonkaen, thailand
posted by srachai at 19:44| Comment(0) | エッセイ

2009年05月14日

旅の終りに

どんなに楽しい旅であっても、終りのない旅はない。
また、どんなに苦しい旅であっても、終りのない旅はない。
どんな旅であっても、終りはかならずやってくるのだ。
旅は人生の縮図であるともいえるし、
旅とは実は人生そのものだということもできる。

スラチャイの家族は5月21日より家族旅行に出かけていました。
ラヨーンのメーラムプンビーチは有名なサメット島に対面するビーチですが、ここ数年はこのビーチで長期滞在するのが我が家の習慣となっています。
娘のカイちゃんが幼稚園に進学するまでは、1年のうち3ヶ月もここで生活していたので、タイ人の妻は私に「お父さん、そんなにビーチが好きなら、いっそこのビーチのコンドミニアムを購入したら」と嫌味を言うほどでした。
今回の旅行の後半で家族全員風邪をひいてしまい、ラヨーンの有名な私立病院で治療を受けましたが、困難を克服することで家族の絆(きずな)はいっそう深まったのを実感しています。

srachai from khonkaen, thailand
posted by srachai at 10:18| Comment(0) | エッセイ

2009年02月22日

どこまでいけるか

1999年10月に会社を早期退職してタイに移住してから、もう今年で10年目。
いろんなことがあった。
苦しいこともたくさんあった。
ひとつひとつ困難を乗り越えることで、人間としても成長していった。
もうダメだ、これいじょうはできない、たちあがれない、と何度思ったことだろう。
妻はタイ人、3人の娘たちに恵まれた。
どこまで行き着くことができるかわからない。
けれども今、優しいタイ人妻と娘たちに囲まれて、毎日にぎやかだ。
お父さん、やっとわかった。
ああ、これが幸せっていうもんだなと。

srachai from khonkaen, thailand
posted by srachai at 17:39| Comment(0) | エッセイ

2009年02月18日

死ぬ前に

もし明日死ぬなら何をする?

私の妻はタイ人、タイ東北地方の貧しい農家の娘だ。
結婚して10年になる。
10年前にイサーン(タイ東北地方)Iを旅行したことが、その後の私の人生を変えることになる。

どうしてタイに住み着き、タイ人と結婚したのか?
↓↓↓
http://www.geocities.jp/srachai2000_2/marriage/marriage.htm

もし明日死ぬ予感がするときには、

すべての銀行キャッシュカードの暗証番号をタイ人妻に教える

私の死後、タイ人妻と二人のまだ幼い娘たちが、日本の遺族年金を受け取れるように記入した書類を渡す。私の死後、バンコクの大使館に死亡届と、遺族年金申請書を届けさせる。
死亡届も自分で記入しておかなければならない。
タイ人妻でも日本で入籍していれば、配偶者年金や遺族年金を受け取ることができることを、つい先日確認しました。書類を準備中。(まだ死にませんよ)

タイ人妻に向かって、「お前のおかげで、いい人生だった」と、一言だけお礼を言う。

さあ、これからが本番、
お父さん明日死ぬかもしれないので、最後にもう一度お願いします。」
タイ人のお母さん曰く
おとうさんって、やっぱりそればっかしなのね」
(会話は全部タイ語ですが必要な人にはタイ語の表現を公開します)

お父さん、今年でようやく60才、年金受給がこの6月より出来ます。
めでたし、めでたし。www

posted by srachai at 20:16| Comment(0) | エッセイ
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