広告

posted by fanblog

2015年05月09日

そう言えば「クローズ」高橋ヒロシ



 そう言えば、『クローズ』というマンガが少し前に映画化されていましたね。私、映画は見ていないのですが、このマンガは好きでした。




 このマンガの軸は、主人公の「坊屋春道」の無際限な強さと、優しさにあります。そして、その強さや優しさの発揮される舞台にドラマがあり、正義がある。また、彼の一種アクション的な活躍は躍動感のあるもので、一つの場面の一連の絵を見るだけでも格好良くシビれます。しかし、そうした活躍や強さも、これを裏打ちする正義が根底になければ、物語として成り立っていない。

 このマンガのテーマ、正義のようなものは、大人のしきたりに従わない一見不良に見える少年達の中でも、「不良少年的正義」みたいなものがあるというというものです。つまり、大人のしきたりに沿うことと、良い悪いの基準は別にあるということですね。もっとも、そうした「正義」を描くのも単調で非現実的な筋では薄っぺらさが目に付くようになる。要は、「正義してます」という正義は、偽善のように見えますでしょう。そこが正義の難しいところですね。

 そもそも大人のしきたりに従わない少年達は、大人のしきたりには正義はないと考えているわけです。例えば、良くテスト勉強をするからといって「イイヤツ」とは限らない。でも、大人のしきたりに従わない不良少年が常に「イイヤツ」とも限らないですね。つまり、大人のしきたりが正しいとは思わないけど、何が正しさかどうかも分からないわけです。

 しかし、そんな不良少年達も、彼らの周りの仲間を大事に思うということはどうやら「正しい」と察せらる。そして、そこに腰を据えた者は「イイヤツ」ということになる。これは現実世界でもそうでしょう?
 ただ、「イイヤツ」が必ずしも「正義」であるとも限りません。「イイヤツ」に「力」が備わって始めて「正義」になる。そういうものです。
 現実では、イイヤツに必ずしも力が備わっていることは限りませんね。むしろ、イイヤツはイイヤツが故になかなか力は備わりにくい。特に、大人の社会ではそうです。普通、力とは非・イイヤツの方が得やすいようにできている。

 しかし、不良少年の世界では力とは単に「暴力」ですから、イイヤツが圧倒的暴力を持つという事が理論上可能でしょう? 勿論、圧倒的暴力が必ずしもイイヤツに備わっているかという事も言えないのですが、少なくとも理論上はあり得る。
 現実に、理論上ありうると考えられる正義であるから、坊屋春道の正義は薄っぺらくない。そして、薄っぺらくない正義が闘いの舞台の前提に描写されているから、その暴力が光輝いて見えるのではないでしょうか。


クローズ(CROWS)×WORST スネイクヘッズ ロンソン タイフーンライター RONSON



クローズ×WORST BLACK LIST OF THE NEXT 坊屋春道 Ver.S.W.R



この記事へのコメント
コメントを書く

お名前:

メールアドレス:


ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバックURL
http://fanblogs.jp/tb/3639672
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
最新記事

漫画・アニメ ブログランキングへ
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
最新コメント
<< 2015年05月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
プロフィール
荒川瑞樹さんの画像
荒川瑞樹
自営業。 およびライター。
ブログ
プロフィール
×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。