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2015年05月08日

「寄生獣」と「幽遊白書(冨樫義博)」



 そう言えば、寄生獣が映画やアニメで話題になって、幽遊白書を思い出した人も多いのではないでしょうか。
 幽遊白書……というか、冨樫義博は随所に寄生獣の影響を受けていて、時には意図的にパロディをやったりもしている。
 ですが、幽遊白書は寄生獣とまた違った魅力のあるマンガですね。






 幽遊白書は、1990年から1994年にかけてのマンガです。当時、最盛を誇っていた週間少年ジャンプの中でも上位の作品で、知名度も高い。
 世界観は、「人間の住む人間界」と「閻魔大王が門番をする霊界」と「妖怪の跋扈する魔界」といったような格好です。
 ただ、その間で繰り広げられる物語の軸は、次第に変わっていきます。

 物語は、主人公である幽助が死んでしまったところから始まります。しかし、霊界にとって彼の死は予測外で、特例として試練をクリアすれば生き返ることができるという話だったのです。その試練というのは、この世には人間に迷惑をかける妖怪がいるので「霊界探偵」としてその妖怪連中をとっちめるというような種類のものだった。
 つまり、当初は、人間を主軸として、霊界を「人間の味方」、妖怪を「悪」と描いていたわけです。

 ですが、話が進むにつれ、「実は汚い霊界」とか「妖怪としてあるだけの妖怪」というような所が強調されてゆく。
 当初「悪」と設定されたものが、ただ生得的にそのものとしてあるだけのものである、と解釈されていくのは寄生獣と同様ですね。
 ですが、最終的な主人公の置き場所に違いがある。

 まず、『寄生獣』の新一は、あくまで人間として、人間の分を弁えて、この世界の循環の中で生きてゆくという終わり方になっている。ミギーも眠ってしまいましたし。
 対して、『幽遊白書』の幽助は、妖怪になってしまっているでしょう。つまり、世界を巨視観した上でその循環の中で生きてゆくのは寄生獣と同じだけれど、幽助は人間としての限界を遥か超えたものとして生きてゆくことになる。だって、彼は人間より遥かに寿命の長い妖怪なんですよ。

 よって、『寄生獣』は人間の生の活力みたいなものの中に結末が集約しているけれど、『幽遊白書』は人の儚さみたいなものが雰囲気として醸しだされていますでしょう。
 ちなみに、その「人の儚さ」はようするに幽介視点で見た人の営みです。最後に幻海師範も死んでしまったし、螢子との仲が睦まじければ睦まじいほど何か切ない感を得ますよね。
 主人公が、人間を超えたものになってしまうと、周りの人間達の無常感がいやおうなく想起されてしまうんでしょう。




幽☆遊☆白書 ARTFX J 妖狐蔵馬 (1/8スケール PVC塗装済み完成品)




幽遊白書 collective songs


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