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2017年11月11日

妻が椎茸だったころ

拝啓



「妻が椎茸だったころ」
料理は魂に通づる。


昨日、久方ぶりに図書館に来て徘徊している中、この本を発見しました。そして、借りた、というか、借りざるを得ませんでした。だって「妻が椎茸だったころ」という表題のインパクトたるや凄いじゃないですかとw。という訳で、私は表題に持って行かれたくちです。で、著者が中島京子さん。あ、FUTONの人かと気づいたのは、借りた後でした。


本作は、
■リズ・イェセンスカのゆるされざる新鮮な出会い
■ラフレシアナ
■妻が椎茸だったころ
■蔵篠猿宿パラサイト
■ハクビシンを飼う


の5編。感想としては、どれも”癖がある”ということです。其々のタイトルで癖があるなぁというのは良く分かるのですが、読んでも「あぁ。癖があるなぁ」となる短編が揃っています。この癖が馴染むかどうかが読者の評価を分けると思います。


まず「リズ・イェセンスカのゆるされざる出会い」。タイトルで何となく結末がどんなものになるか想像しやすい短編ですが、そのオーソドックスな結末をユーモラスな文長で書き上げています。ユーモラスな展開の中に潜む人間に対する偏愛ぶりがぞわっとさせます。英語が得意ではない主人公はわからなかっただけで、実はその偏愛ぶりは初めから会話に出ていたのではないかと想像させます。


「ラフレシアナ」は、植物愛が爆裂しています。キーマンは立花一郎。その立花に巻き込まれる女性が主人公ですが、この2人がラフレシアナを中心に吸い寄せられるような展開になります。というか、立花は既に吸い込まれ済みだとは思いますがw。終盤の展開の謎が、最後に解けた気がしました。人間と植物の関係性もここまで来るとは、まさに変態。


一番好きなのは「妻が椎茸だったころ」。というか、他がいまいちしっくりこなかった分、この短編が異質に見えてしまったという。「妻が椎茸だったころ」というユニークで本当に妻が椎茸だったころを想像するとどこかチャーミングに思えるこのタイトルの意味が、分かってくる展開が良いです。


「蔵篠猿宿パラサイト」のキーワードは、猿と石。「ハクビシンを飼う」は、おばとハクビシン。個人的に、後者は一番謎が残りました。「え!?そんな展開になるの!?」と思ってしまう。


という訳で、一番のお勧めは、表題の「妻が椎茸だったころ」。独身な私でも身に沁みました。料理と人がつながっていく。ちょっと料理したいなーなんて。



敬具







posted by kansasyoshi at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) |

2017年11月06日

図書館革命

拝啓



「図書館革命」
むず痒いどころではないね。


「図書館戦争」「図書館内乱」「図書館危機」「図書館革命」の全4巻で構成される図書館シリーズのラストです。随分前に3巻までは読み終えていましたが、すっかりこちらを積読に回してました。別冊の方は、読んだかどうかすら忘れました。架空の法律でメディアの自由が規制された日本における壮大なSF、というよりはひたすらむず痒いばかりの恋愛小説なのが、この図書館シリーズの正体であり、醍醐味であり、そしてついていけない部分でもあるわけです。


図書館シリーズを構成する歴史的なあらすじは、
公序良俗を乱し、人権を侵害する表現を規制するための「メディア良化法」が制定されたことにより、あらゆる創作物が不適切とされ、メディア良化隊(メディア良化委員会の執行機関)による検閲・摘発を受ける

彼らによる摘発は、武力により実施され(メディア良化法による創造物の破壊に並び、この圧倒的な武力が、図書館シリーズをSF観満載にしています)。国民は、限られた情報しか得ることが出来ず、本来のメディアの在り方が徐々に歪んでいく

正し、この目に余る暴挙に対抗する組織が、存在した。それが図書館である。「図書館の自由に関する宣言」を元に「図書館の自由法」を制定し、本の自由のため、メディア良化隊とランボーやコマンドー並の戦いを繰り広げ、昭和→正化をまたぐ長い闘争に入っていくのだった。


といった感じ。そんな歴史の流れに乗り込んでいったのが郁。図書館の使命に燃えるだけではなく、幼少時代、大好きな本を守ってくれた図書隊員(王子さま)を目指していく。といっても王子さまはさくっと見つかるんですけどね。


「図書館革命」では、大規模な原発テロ事件がテーマ。このテロは貴様が引き起こしたんだ!としてある作家をとっ捕まえようとするメディア良化委員会。対する図書館は、メディア良化委員会が如何に横暴なのかを国民に証明しようとしてありとあらゆる策を講じます。作戦実行→見破られる→再度実行→また見破られる派手な争いの中で、郁と堂上教官は距離を縮めていく。好き好きオーラがダダ漏れで、ほっといたらやばいんじゃないかレベルだ。


メディア良化委員会vs図書館のメディアの自由をテーマに戦うという真面目な要素に加え、少女漫画並みのLOVE要素の組み合わせ。絶対、後者の方がこぼれ過ぎだと思いますが、これが味ですね。すっきりな終わり方にしている点も良い所です。


このシリーズは、恋愛小説強めと思って読めば、十分楽しめる作品だなと改めて思いました。



敬具







こんなのも。




posted by kansasyoshi at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) |

アキラとあきら

拝啓



「アキラとあきら」
どっちがカタカナでどっちがひらがななのか。


WOWOWでドラマ化されてました、アキラとあきら。


1人目のあきらは、山崎瑛。零細工場の息子であり、経営難の際、銀行より支援を受けられず、一時は家庭が崩壊しかけ、瑛も大学進学を諦めようとしていた。しかし、そんな家族を助けたのも銀行、正確にはある熱意ある銀行員、であった。再起を期す父が勤める会社に融資を決断したのだ。それも父と寝ずの対策を講じ、厄介な会社重役を相手にして。その結果、瑛は大学に進み、産業中央銀行に入社する。


2人目は、大手海運会社東海郵船の御曹司である階堂彬である。御曹司あるあるの"父の会社に入れ、それか修業先を充てがうからそこで数年働いて戻ってこい、どちらにせよ会社を継げ"という縛りを嫌がり、産業中央銀行に入社する。少しあるあると違うのは、祖父を尊敬し、その祖父が認めていた父(弟2人も系列会社社長)を、継げ継げ発言から疎ましくありながらも認めている部分があるところでしょうか。


やがてそんな2人が銀行ともに同期になる。これが本作の根源です。そこからは、いつもの銀行畑のシーンが展開され、更にちゃんとした悪役も登場します。いつも思っちゃうんですが、こんな強引な銀行員、危険過ぎる。あり得ない。。。


個人的には、銀行での研修が良かったです。彬がちょっとやるじゃんの流れになるかと思いきや、瑛の方とは。粉飾を織り込んだテーマも意外でした。池井戸作品では、主人公が2人でそれぞれの視点で話がすすむこと、更に2人が対等で描かれていることは、レアだと思います。そんなレアだからこその研修風景だったかなと。更に言えば、時系列の進みも早く、それぞれ(主に彬)の立場が変わっていく点もレアでした。


もちろん、彬と瑛がそれぞれが抱える問題や葛藤を解決して前にすすむ(悪役に対峙し、最後は人に貸すというポリシーのもと、複数の人間が団結し、彬は一族問題を集結させ、すっきり終わらす)形での勧善懲悪は変わりなし(多少薄めではあるけど)。最後、瑛で締めたのは良かった。


700ありますが、中盤からは読みが加速します。ドラマはどうだったんだろう。



敬具







posted by kansasyoshi at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) |

ルビンの壺が割れた

拝啓



「ルビンの壺が割れた」
ある日、突然送られてきた元恋人からのメッセージ。


「ルビンの壺が割れた」は、友人たちとの集まりで聞いた話を基に小説的嗜好を加えたものだそうです。


ある日、未帆子はSNSを通じて水谷という男からメッセージを受け取る。彼は元恋人であり、元婚約者でもあった。しかしながら約30年もの間、水谷とは出会ってもいなかった。そんな彼からのメッセージに戸惑いながらも返信をする未帆子。二人の会話は、近況報告から始まり、昔話に花を咲かしていくが、次第に水谷は、未帆子が結婚式当日に式場に現れなかったことに言及していく。


以上があらすじになります。加え「この小説、衝撃過ぎてコピーが書けない」というキャッチコピー。カバー裏にもびっしりと本作の感想が並んでいます。要は、凄い小説らしい。


感想としては、確かに結末は衝撃ではある。ただ、例えば、伏線が張ってあり、それを回収した結果、「きっとこんな結末だろう」と読者に思わせる。が、しかし、回収したと思った伏線には実は別の捉え方があり、もしくは隠れた伏線があり、その結果、「本当はこういうことでした」といったことを読者に思わせる。そのような類からくる衝撃ではないです。


それよりは、唐突である故の単純な驚きが強い。いきなりポーンと結果が降ってきた感じでした。確かに水谷は、やばそうなニオイがぷんぷんしていましたが、最後の結末に紐づけるような伏線は張ってあったのか?となると無かったかなと思いますし、未帆子も未帆子でもったいぶった言い方で結局何を言いたいのかわからず、中盤までお互いでごちゃごちゃしあうという展開でした。


そもそも最後の結末からすると、2人のやりとりが発生する理由が良く分からない。結末ありきで逆算して書いてあっても、それであれば伏線が必要だったと思いました。


キャッチコピーは、ちょっと強すぎますね。期待値を上げすぎです。



宿野かほる⇔担当編集者【公開往復書簡】
覆面デビュー、なぜですか?――『ルビンの壺が割れた』刊行記念インタビューは以下
https://www.bookbang.jp/review/article/537292



敬具



posted by kansasyoshi at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) |

2017年10月25日

騎士団長殺し:第1部 顕れるイデア編

拝啓



「騎士団長殺し:第1部 顕れるイデア編」
主な舞台は、小田原市郊外の山中に建つ一軒家。


「1Q84から7年」、そんな経っていたか・・・と思ったけど、新潮社から出た村上春樹の長編小説が7年であり、その間に”多崎つくる”が発売されてました。それをカウントすると4年振り?の様です。出版社毎に年を弄った所で読者へのインパクトって大したものを期待できないと思うので、普通に統一した表記にして欲しいです。


漸く1部を読了しました。久々の一人称”私”が主人公。”私”は、6年ほど共に結婚生活を送っていたユズと離婚調停中、外で男を作っておりいきなりのByeBye発言を喰らうというおまけつき、の絵描きであり、高名な日本画家である雨田具彦の旧アトリエ兼住居に引っ越した。


因みに、離婚調停中ということで相当落ち込んでいるかと思いきや、複数の女性と夜な夜なSEXを繰り返しているようでそこまで落ち込んでいない模様。となると男は性が無いと自我を保てないと言いたげのような村上春樹の大好きな手法が出てきそうだなと思いきや、やっぱり出てきました。村上春樹小説あるあるですね。


それは置いといて、前作”多崎つくる”と比べると「騎士団長殺し」は、随分とファンタジーになったなと感じました。ファンタジーのポイントになったのは、雨田邸に眠っていた1つの絵。彼の未発表作である「騎士団長殺し」です。如何様にも読み取れるこの絵には、歴史上の事件や雨田本人やその恋人やら色んな秘密が詰まっています。


極めつけは、その騎士団長を模して突如姿を現すイデアです。”私”の全てを見ていると言われ、SEXも見られていたのかとあたふたする”私”。勿論、「僕は僕を理解することは簡単じゃない」と絵画教室の教え子に話していた、まさにそれを実現する道を1歩1歩歩き始める。ここら辺は、どこか観念的でもありました。


不気味なファンタジーという点では、免色渉を語らずにはいられません。谷をはさんで向かいの山に建つ白い邸宅に住むこの中年男ととあるきっかけで交流を持つ”私”。そのきっかけとは、旧雨田邸付近で聞こえてくる”ある音”なのですが、「もしあなたが穴の中にいたのならば、私はそのままにしていたかもしれません」など言われたら怖くて今後付き合えないです。この不気味さの一方で、多面的な物事の見方を示唆する辺りは、役割としては重要な存在ではあると思うんですけどね。


慌ただしい次の日曜日は、第2部へ。



敬具







2部はこれ。



posted by kansasyoshi at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) |

2017年10月24日

その女アレックス

拝啓



「その女アレックス」
おまえが死ぬのを見たい。男はそう言って女を監禁した。


14年注目作を今さら読了。とにかくパワーある小説でした。


全3部構成。アレックスとカミーユチーム(警察)の視点で進んでいきます。3部それぞれはページ数が適切でテンポも良く非常に濃厚。特に1部は、約180ページで濃厚且つ綺麗に収めきっていて凄いなーと。この濃さだったら250ページに引き延ばす小説って結構あると思います。文章においても表現が秀逸でぐぐっと惹き付けられました。例えば、ネズミの描写。アレックスの緊迫した監禁状態を現わすネズミの毛やしっぽ、目の描写、、、。あいつらだけでアレックスの感じる恐怖と環境の不衛生さ・脱出できないという諦めがヒシヒシと伝わってきます。


カミーユチームのメンバーもキャラクターが立ち、捜査も個性が出ており、飽きさせる要素がないです。ルイ、アルマン、そしてル・グエン。彼らとカミーユの連携も見事で、特に3部で大いにそれは発揮されますが、それは捜査ではなく人間関係においても発揮されてます。てっきり、ル・グエンとカミーユの関係性が主になると思いきや、最後のカミーユとアルマンのくだり 等、ばっちりですね。


しかし、このサスペンスの真髄は、アレックスです。トラリユーに拉致されて以降のアレックスだけではなく、それ以前の彼女の全ての時間を以て、この小説は成り立っています。サスペンスとしてのひっくり返しも見事なのですが、何者でもない1人の女性として、アレックスは本当は何を思って行動してきたのか。そこを思うと非常に重く辛いです。読み終わった後、どんよりとなってしまいました。特に、アレックスの最後の描写を思うと。


「この作品を読み終えた人々は、プロットについて語る際に他の作品以上に慎重になる。それはネタバレを恐れてというよりも、自分が何かこれまでとは違う読書体験をしたと感じ、その体験の機会を他の読者から奪ってはならないと思うからのようだ」とあとがきにありますが、これは言いえて妙。


そして、”我々にとって大事なのは、警部、真実ではなく正義ですよ”。この言葉にも触れない訳にはいきません。すっきりとは言えないかもしれないですが、私としては、心情的にカミーユチームのこの決断に異議を唱えることはできないです。


サスペンスとしては読み応えはもちろん、重々しさでも非常にインパクトが強い一冊でした。読んで辛かったけど後悔はなし。



敬具







他、関連作。







posted by kansasyoshi at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) |

2017年10月23日

教団X

背景



「教団X」
神とは何か。運命とは何か。絶対的な闇とは、光とは何か。


図書館での予約待ちが300超だった故、遂に文庫本が出てしまう時期になってしまいました。中村文則の作品の中で最長且つ最高傑作と言われている本作は、最近発売された「R帝国」の前編みたいな立ち位置でもあります。そんな本作のあらずじは、以下。


楢崎は、付き合っていた女性(立花)が、突如目の前から消えたことを不審に思い、見習い探偵に彼女の行方を捜すよう依頼する。調査の結果、彼女は生きていること、今はある団体に出入りしていることが判明する。楢崎は、その情報を頼りに彼女の行方を追い、ある団体にたどり着く。それは、松尾という老人が率いる率いる宗教団体だった。


楢崎は、施設の人間から立花が出入りしていたこと、彼女は既にここには居らず「教団X」という団体にいること、そして松尾を詐欺に嵌めたということを聞かされる。団体の話すこと全てを鵜呑みにしないよう気を付けていた楢崎だが、松尾の話を聞くうちに不思議な感覚に襲われていく。そして、松尾と対面しようとする時、立花が所属する教団Xからよもやの誘いを受けてしまう。楢崎は、危険を感じながらも彼らの後についていき、次第に教団Xに染まっていくことになる。


宗教に興味が無い楢崎という主人公の視点からは、宗教に染まっていく恐怖を、立花、松尾、そして教団Xの祖である沢渡を始めとする教徒の視点からは、なぜ人は宗教に染まるのか(染まっていったのか)を語っています。次第に神や光といったモノをと様々な側面から語り、如何に自分達が正しい位置にいるのかを膨大な言葉で説明してきます。時に政治的・歴史的に、時に科学的に、そして性的に語る教徒たち。


特に、沢渡の教団の反組織がテロを起こそうと動き出すところからは、語りが一気に分厚くなっていきます。悪く言えば、自分の行動をあらゆる面から言い訳しているだけなのですが、よく言えば多面的な視点は持っているともいえる。とにかくよくしゃべる。彼らの考え方を多面的なものであると捉えることが出来れば、この「教団X」という小説を楽しめると思いますが、読者の皆が皆、面白い!となるとは思えません。そういう考えあるよね!とはなっても、自分しか見えていない語り口(教徒なので当たり前かもしれないが)である為、圧が凄い訳です。


個人的には、色々な見方を語る上では宗教というテーマはぴったしで、宗教に染まる背景もリアルな部分もあり、宗教団体同士のぶつかりも松尾というキャラクターが祖っぽくなかった分、入り込みやすくはありました。人は人と比べられないということが最終的なメッセージかなとも感じましたし、全体的な印象もそこまで悪くはありません。


でも、教徒の背景を含めて性の描写ばかりで辟易もしました。政治や化学、歴史など多面的な語り口調はいいものの、教団Xの根本が性の解放であるため、描写に力が入っています。これぞ宗教の力ということを表現する上ではとてつもないインパクトがありました。この描写だけで宗教の恐ろしさが伝わりますからね。その後の楢崎の更生の難しさを容易に想像させます。でも、まあ辟易はしちゃいましたねw


教団Xからを抜け出したが、松尾の団体には属することになる楢崎がどのような人生を歩むのかは非常に興味があります。教団Xの性という宗教と松尾の団体の何とも言えない宗教、この2つの流派を学んだ?といえる楢崎は、自分の考えをもって生きていけるものなのか。共に生きましょうとあるけど果たしてこれって良いことなんでしょうか。考えさせられます。



敬具



posted by kansasyoshi at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) |

2017年10月14日

熊と踊れ(上)

拝啓



「熊と踊れ(上)」
レオ、フェリックス、ヴィンセントの3兄弟。


これはスウェーデンを震撼させた実話をモデルにした小説です。その実話は、銀行強盗。犯人は、レオ、フェリックス、ヴィンセントの3兄弟+ヤスペル。連続する容赦ない襲撃に対峙するは、市警のブロンクス警部。随分骨太な仕上がりになっています。


印象としては、骨太に加え、暴力。レオ、フェリックス、ヴィンセントの生活の根底にあるのは、父から受ける暴力であり、母も粗暴な父に怯え、彼ら3人はどうしても暴力がしみ込んでいく。そんな生活からするとレオ達はトンデモナイ奴らになるだろう・・・と思いきや、成人したレオは自分で工務店を経営し、弟2人と幼なじみのヤスペルを使って仕事をすることになります。


この時点では真っ当に生きようとして、そこからきっと父に巻き込まれてしまうんだろう。たきつけられて銀行強盗をさせられるのだろう。と思っていたところそうではなかった。念密な銀行強盗計画を練っていた訳です。どうやって銀行を襲うかだけではなく、何を使って襲うかという点を熟考する辺り、凄まじい。まさか軍の武器庫から銃器を盗むなんて世界でも稀にみる武器を武装した強盗団だったんじゃなかろうか。レオ達は、暴力に育てられてしまい、暴力を使って銀行を襲うまでになってしまいました。


暴力という印象を強めているのは、ブロンクス警部もです。正義側のブロンクス警部が醸し出すことにより、警察vs銀行強盗をより骨太にしています。兄が子供達を暴力で支配しようとした父親を殺し、無期懲役囚として服役していることから、ブロンクス警部は非常に暴力を憎んでいます。憎んでいるからこそ、鼻が利き、強盗事件からレオ達の存在を嗅ぎ分ける。そして、兄弟であることまで突き止めるのです。


一方、その頃、レオ達の父親はというと・・・。やはり、この父親は、暴力しかないようだ。そして、意外と鋭い。ここからレオ達の計画が徐々に綻んでいく。兄弟だけだとまだしも、幼馴染はそうはいかない訳です。


緊迫した状況が続く中、レオは、最後の銀行強盗を計画し、それが終わったら足を洗おうとするが・・・。下巻に続く。なんかヤスペルがやらかしそうな気がするな。



敬具



posted by kansasyoshi at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) |

2017年10月08日

ホワイトラビット

拝啓



「ホワイトラビット」
予測不能の籠城ミステリー。


仙台の住宅街で発生した人質立てこもり事件。逃亡不可能な状況下、新手の乱入者に思わぬ住人が加わり、犯人は予想外の要求を警察に繰り出す。そこから息子への、妻への、娘への愛が交錯して、展開は思わぬ方向に。鍵は、オリオン座とレ・ミゼラブル。肝は、正義。


あとがきによると、ああでもないこうでもないと考えている内に、ホステージ、ダイハード、交渉人が混ざり合ったもの、伊坂幸太郎なりのホステージになったとあります。


ホステージは、完全無欠のセキュリティ付館が舞台だったけど、立てこもり犯からすれば、セキュリティ=人質だったのだろうか。家族を人質にとられていたウィルスウィルス=家族を失った(過去から離れられない)夏之目って部分はあるのかな。など考えてみたものの、よくわかりません。


個人的には、レ・ミゼラブルを盛り込んだところに伊坂幸太郎なりの新しい試みを感じました。立てこもり犯、SIT、泥棒、人質(黒澤含む)、それぞれをスポットにした形式にあれやこれやを物申すスタイルを見て、新た世界観のある小説を書いてくれそうだなと。


また、黒澤がこのように主体的な行動(びしばしアグレッシブな)を取るのも珍しい。最も今回は、オリオン座と半々でしたが此処も新鮮。


なにより立てこもりの「実はこうなってました」の部分が見事でした。黒澤が大活躍なのですが、人質となる親子の背景や立てこもりに置ける役割もしっかりあり、オリオン座マニアのオリオのキャラクターもそういう意味があったのね、となるものでした。どうやって立てこもりから話終わらすのだろう。それこそダイハードみたくやるのかなと思いきや、こうなるとはしてやられました。


キャラクターに通じているのは、正義。真っ直ぐな正義ではなく、自分なりの正義。正しいと思うもの、という表現が近いですが、それが各々のキャラクターにあります。夏之目や黒澤の正しいと思うもの(黒澤のはいつもの気まぐれ)、オリオのオリオン座への愛など。


表の物語に実はこうなっていた裏の物語が上手く噛み合った小説です。新たな試みもあり、でもいつもの伊坂幸太郎らしさで最後には落とし込んでる一作。個人的には、ダイハードや交渉人みたいな伊坂幸太郎小説が読みたいですw



敬具



posted by kansasyoshi at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) |

素敵な日本人 東野圭吾短編集

拝啓



「素敵な日本人 東野圭吾短編集」
素敵という枕詞をどう捉えたらよいのだろう。


"寝る前に一編。夢中になってイッキ読み。寝不足必死のサスペンス。それも良いけど、読書は、もっと優雅なものでもあるのです"と言う言葉が、帯に並ぶ九編の短編集。


意外性に富んだ短編もあるが、素敵な、と題名に付けた意図が知りたいですね。ずうずうすぎて、素敵だと皮肉を込めたいものや、純粋に素敵だとなるもの、恋は盲目で大抵トラップだなと具体的な仕掛けに素敵だとなるもの。色々な意図を込めた素敵な短編があったかなと思いました。これが狙いなのか否か、単純に知りたい。


ずうずうすぎて素敵だ(呆れ)と思っちゃう「正月の決意」は、これぞあるあるを上手く表現した短編だと思いました。この人ら良くもまああそこ迄ずうずうすしくなれるなと呆れることは、一度は誰しもが思うこと。そんな腹立つことで、まさか命を救うことになるだなんて、まあこの人らは思ってないわけで。出だしの伏線の回収され方も好みでした。


「今夜は一人で雛祭り」は、父の娘への想い、母の父への想いが混ざり合った純な話。旦那の母から受ける嫌がらせに見える扱いに耐えた妻を想い、申し訳なく思う旦那。ただその思いは少し違っていた。妻の返しが見事な短編です。ただ、それと娘の未来は別だから、なんか不安なんだけどね。


さて「壊れた時計」は、どの意味で素敵な日本人なんだろうか。個人的には、時計を久しぶりに直せたと喜んだ店主の仕事心が素敵だと言うことだろうか。


落ち着いた読み応えある短編が揃ってます。




敬具



posted by kansasyoshi at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) |
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