2017年01月18日

チェーン・ポイズン

拝啓



「チェーン・ポイズン」
本当に死ぬ気なら、一年待ちませんか?人気絶頂のバイオリニスト、陰惨な事件の被害者家族、三十代のOL。三つの自殺に不思議な関連性を見出した週刊誌記者・原田は、“死のセールスマン”が運んだらしき、謎のメッセージの存在を知る。「命の取り引き」がもたらす意外な結末とは?


この「チェーン・ポイズン」は、「ある日1人のOLが自殺をする。すると彼女の前後にも2人の自殺者がいた。自殺は毒殺により共通している、しかし3人には過去も接点も無い。それでも、記者である原田が疑問を持ち、取材を開始する」という流れで進んでいきます。


この流れでも中心は原田とOLである自殺した高野悦子の2人です。彼ら2人の視点を中心として、自殺をしようとする人物の心理と自殺を不審に思う人物の心理を読むことが出来ます。しかし、ここで驚きもあります、実は高野悦子には伏線が張ってあるんです。


私は最初の「死のセールスマン」の辺りでの伏線を拾っていませんでしたw(というか読み返してみても伏線がない気がしますが、まだ拾い切れていないんでしょうかw)


そんな出だしにおける伏線に気づけるかが肝だと思います。他にももしかしたらあるかもしれません。


この作品の良い所は「死にたいという気持ちとそこから見る視点の現実性」です。3人のうち、バイオリニストの死への関心はなかなか共感できるものですし、恐らく真のプロであるとありえそうなことです。そして高野悦子です。


何故生きるのか?何故死にたいのか?そして何故生きたくなったのか?


そんな彼女の死への懇願と心理の変化が非常に現実性を持っています。だからこそ彼女の行動一つ一つには共感を感じました。


そして最後驚くべき展開があります。なんとなく読み取れた部分はあるんですけど、最後がああいう展開で締めるのならば、最初のアレはどうなるんだろうか?ということが気になりますw



敬具







次はこれが気になる↓



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危険なビーナス

拝啓



「危険なビーナス」
巨乳な美人に男は例外なく弱い。


☆あらすじ☆

弟が失踪した。彼の妻・楓は、明るくしたたかで魅力的な女性だった。楓は夫の失踪の原因を探るため、資産家である夫の家族に近づく。兄である伯朗は楓に頼まれ協力するが。



弟の妻は、明るくしたたかで魅力的とあるが、肉感的ですこぶる美人。手島伯朗は、明らかに前者ではなく後者に惹かれ出す。でも、女好きな癖に特に積極的ではなく、心の中でただただ惹かれるというイマイチはっきりしないキャラクター、そんな伯朗が主人公です。


そんな伯朗は、獣医師として働いているのですが、勤め先である医院長と出会ったのが、居酒屋で、しかも注文したししゃもについてのクレームだなんて、なかなかユニーク。また、医院長には、跡取りがおらず、伯朗についで欲しいと思っており、病院の名義を変えるために養子になるのが手っ取り早いと説得される伯朗。継ぐだけならば、何も養子にならんでもとは思うんだけど。


そんな伯朗の唯一に近い見せ場としては「科学の発展のためには何かを犠牲にしなければならないこともある。それが動物の命という場合も。どうせ保健所で始末される命なら、人類のために役立てた方が有意義だ」と言い放つ弟の親族に対して「その台詞の99%は人間の身勝手ないい訳だ」と反論するとこです。


最後になって楓のキャラクターが特異な理由、弟
の失踪理由も明らかになり、伯朗にとってもハッピーな展開が待ってそうな感じで閉まるのですが、私としてはイマイチ。東野圭吾としては、んー、面白さが乏しいかなと。


伯朗が、取り敢えず、じろじろ女性を見定めてるとこしかインパクトが無かったようなw。楓も、危険なビーナスにも見えなかったです。



敬具







次はこれ!↓



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2017年01月13日

グアルディオラのサッカー哲学

拝啓



「グアルディオラのサッカー哲学」
強さと美しさを兼備したバルセロナを創り上げたグアルディオラの哲学とは。


グアルディオラは、バルセロナの監督就任初年度に6つのタイトルを獲得し、その後のバルセロナ最強時代の誕生に大きく貢献した人物である。そして、彼が率いたバルセロナは、世界最高のチームとなった。


本書は、最も美しく最も攻撃的でハングリーなチームを創り上げたグアルディオラ(通称ペップ)の監督としての人間としての魅力に迫ったものとなっています。


基本的に、バルセロナ関係者や同業者はペップをべた褒めしています。例えば、ピケは、


「ペップは、選手のモチベーションを高める能力が凄い。彼の話を聞くと、グラウンドに飛び出して、絶対に試合に勝ってタイトルを獲る!と思わされる」と言い、


ガブリエル・マスフロルFCバルセロナ財団副会長は、


「ペップは、彼の目指すサッカーの追求と共にバルセロナのDNAを継承しながらその価値を未来の世代にしっかり繋げていくという難しいプロジェクトに挑戦が待っているが、彼はそのプロジェクトを成功させる為に生まれてきた人物だ」


と言う。極めつけは、シャビの「ペップは監督として満点だ」という激賞であり、ベンゲル(現アーセナル監督)の「サッカーを愛すれば、必然的にバルサを愛することになる」という賞賛がペップの凄さを端的に表していると思います。


ペップは、モチベーターとして戦術家として育成者として、そして統率者として最高の部類に入る存在であるのは間違いないです。2009年CL決勝に向けて、チームメンバー全員が活躍しているシーンを収めた映像を流し、選手を鼓舞したエピソードは、優れたモチベーターの一面を表しているに過ぎないし、就任当初は、当時の大エースであったサミュエル・エトーに戦力外通告をしたことから、チームの最高責任者としてバルセロナを統率するという意識を感じました。


しかし、彼の一番凄い所は、学べることであり過ちを認める所ではないかなと。例えば、エトーの戦力外通告の件は、普通の監督なら、エトーをトップチームから外し、飼い殺しにしても不思議はありません。戦力外通告をした選手は当然不満分子化する可能性が高いからです。


しかし、ペップは、プレシーズンでエトーにチャンスを与え、そのプレーを認め、引き続きトップチームの主軸を任せました。


他チームへの売り込みの為にプレー機会を与えたという側面もあっただろうけど、不満分子化する可能性大の偉大な選手をもう一度チームに取り込むのには勇気がいりますし、何よりも自分の判断を翻し且つエトーのモチベーションを上げる必要があるのですから、その難しさは私には計り知れない。


そう、ペップは、自分の判断が間違ったなら、間違ったと認めることが出来るのです。しかし、だからこそイブラヒモビッチ(現パリ・サンジェルマン)をバルセロナに取り込めなかったのは、個人的に悔いが残ります。


イブラヒモビッチは、ペップを哲学者と比喩していますが、確かにペップはその一面が出過ぎる場合があるのかも知れません。イブラヒモビッチのようなバルセロナの選手とは違い過ぎるメンタリティを持った偉大な選手を取り込めていれば、もう少しペップのバルセロナは世界を席巻していたかも。


現在の監督は、マルティーノ。アルゼンチンで華麗なサッカーを実現してきたように欧州より南米での実績が豊富な監督です。故に、地味な印象は否めないし、カンテラ出身でもないから、バルセロナのサッカーを進化させられるのかという批評があったことはありました。


しかし、今のバルセロナを見てもらったら分かると思いますが、ペップ時代のバルセロナは失われたのでしょうか?


否。


第5節ラージョ戦でボールポゼッションは49%と、約5年4か月振りに相手を下回ったからと言って、ペップ・バルセロナの代名詞を捨てた訳ではない。むしろピケが言うように、ポゼッションの奴隷から解放されたことにより強さを増す可能性もある。


唯一の懸念は、怪我が目立つようになったメッシ。彼を休ませながら勝ち続けることがマルティーノの課題となります。個人的に期待したいのは、ネイマールとテージョ、ソング、そして、デウロフェウ。


デウロフェウは、現在エバートンにレンタル中だけど、冬に帰還して活躍する姿を是非見たい。


10月26日は、共に新監督を迎えた同士のクラシコ。さて、楽しみだ。



敬具







次はこれが気になる↓



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レ・ブルー黒書 フランス代表はなぜ崩壊したか

拝啓



「レ・ブルー黒書 フランス代表はなぜ崩壊したか」
レ・ブルーの崩壊。


2010年6月20日、南アフリカ、サッカー、と言われて皆さんは何のことかお分かりだろうか。分かった人は、サッカーファンだろう。


この日は、フランス代表が崩壊した日、前代未聞のW杯中の代表主将エブラ(マンチェスターユナイテッド)が絡んだトレー二ングボイコットが起きた日である。EUROとW杯を制した誇りを背負い、チーム一丸で意味のない批判(フランス代表は、ハンドが絡んだ勝利で予選突破を決めた)を振り払うべきだった彼らは何故崩壊したのか。本書は、6月20日から書き起こされ、EURO12開幕前に完遂された(買おうかと悩んだが、図書館でゲット)ノンフィクションである。


6月20日の運命の日の前に何が起きたか振り返って見よう。まず、19日に活躍を期待されたアネルカ(WBA)が試合中ハーフタイムに監督ドメネクを侮辱、19日にはその衝撃の言葉はレキップ紙で報道され、同日中にアネルカは代表を追放された。さらに20日朝には、ドイツW杯で彗星のごとく現れたリベリ(バイエルン)が生放送中のテレビに駆け込み、突如代表の内情を話し出したのだ。


そしてボイコットを迎えた訳であるが、そもそもこの他にもリベリのグルキュフ(リヨン)への嫉妬や妬みからのいじめ疑惑やリーダーシップを発揮するべきだったアンリ(ニューヨーク・レッドブルズ)の存在感のなさ、さらに監督ドメネクの求心力の低下など(そもそも08EUROの失態で解任されるべきだった)数々の爆弾をレ・ブルー(フランス代表の愛称)は抱えていました。だから、遅かれ早かれ崩壊はあり得た訳ですが、まさかW杯真っ最中に崩壊とは・・・。


この事件は多くの涙を残しただけだったと思います。エブラにもぐら(ちくり屋)を疑われたジャン=ルイ・ヴァランタン代表遠征団団長、エブラを説得しようとしたロベール・デュヴェルヌフィジカルコーチ、15年に渡りレ・ブルーを支えてきたマニュ・ディファリア機材担当総務長らの涙は忘れるべきでは無いと思います。


誰が悪かったのかという犯人捜しはあまり意味をなさないと思います。しかし、多少の同情の余地はあるが選手のエゴを抑えれなかったドメネクとその彼を見下し、エゴを増大させた選手は、猛省すべきであると思わずにはいられない。


だからといって彼らに全てを押し付けることは出来ない。フランスサッカーの代表に関わった全ての人が、この失態から学び、次に生かすしかないはずです。


幸い現在のレ・ブルーを率いるのは、選手時代、98W杯と00EUROを代表のボスとして制覇したディディエ・デシャン。彼は、クラブでも活躍し、監督としても実績を積んできたレジェンドです。


彼の最大の魅力は、統率力。どんなに才能があってもチームを混乱させる選手は許さない冷徹な一面を持ち、レ・ブルーのユニフォームを着るならば、国の誇りを持ってチームの勝利の為に戦うことを彼は求める。


なぜならそれこそフットボールで勝つ為に必要だと知っているから。フットボールを壊すエゴはいらない。彼には、それを選手に分からせる力があると思うのです。


10W杯で崩壊したレ・ブルーを正常に導いた栄光時代の盟友ブラン(パリ・サンジェルマン監督)の後を継いだデシャン達は、現在14W杯予選でスペインに次ぐ2位。恐らくプレーオフに回るだろうが、彼が率いるレ・ブルーならば、必ずブラジルにやってくるだろう。そして、王国で花咲くシャンパンサッカーを見たい。


因みに、本書は事件の3ヶ月後に出版され、サルコジ大統領を始め多くの登場人物達が地団駄を踏んで悔しがったに違いない詳細なエピソードに溢れている傑作であったが、著者デュリュック氏は政治やスポーツにおける権力によって葬られるどころか、かえってその権威と影響力を高めた所にフランス人とフランスジャーナリズムの健全さが現れていると思います。


日本じゃこうはいかないだろう。



敬具







彼も忘れてはいけない!↓



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愛の流刑地(上)

拝啓



「愛の流刑地(上)」
一世を風靡した作家と彼の大ファンである人妻のエロス。


男と女のエロス、それが上巻の全てかなと思います。一時は売れっ子として活動していた小説家・菊治は、自身の大ファンであると言う冬香を紹介され、直ぐに彼女の虜になる。冬香は冬香で菊治を愛し、次第に性を解放していく。


お互いがお互いを求めるだけだったセックスが徐々に変化していく、それが実に怖く、性に溺れ、喜び、探求していく様は実にリアル。このリアルさが無かったら、本作はただセックスするだけの退屈なものになると思います。まぁ、少し飛ばしましたがw


最初はお互いを愛しているから恐らく菊治と冬香は対等。しかし、冬香が性に目覚めたことで、徐々に性に置ける立場が変わっていく。それが怖い。


菊治は冬香を満足させているつもりだろうが、絶頂を知った彼女が菊治のセックスに満足しなくなるのではないかとついつい心配してしまう。その心配に当然菊治は気づかない訳で、これは後に引けなくなるのではないか(実際そうなるのだけど)と思いながら菊治が頑張っている姿を見ていると、遂に冬香が絶頂に達する時に、私を殺してと呟く。更に、彼女はこんな体にしたのはあなたのせいよとも呟くのだ。


こんな言葉をセックスの際に聞いたら、普通は実に怖い。しかし、菊治は少し戸惑いはするけど、喜びや愉しみも同時に感じてしまうのだ。この時点で、冬香は性の序列(そんなものはないはずなのに)において菊治を上回ったように感じました。


上巻は、菊治が妻と離婚する所で終わります。下巻は、いよいよあの場面。一体何故ああなったのかしっかり見届けないと。



敬具




posted by kansasyoshi at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) |

2017年01月11日

蜩ノ記

拝啓



「蜩ノ記」
秋谷の清廉さと罪が結びつかない庄三郎。果たして結末は如何に。


城内の御用部屋で筆の墨が隣席の水上信吾の顔に飛んだ。親友であった庄三郎は、思わずその顔を見て笑ってしまう。しかし、水上信吾は、許せなかった。裃の紋にまで墨が飛んでいたのだ。その紋が羽根藩初代藩主から頂戴したものであり、それが汚されながら黙って下がるわけにはいかなかったのだ。信吾は、奏者番を探そうと立ち上がった庄三郎を逃げると思い込み追いかけ、庄三郎を斬りつけようと刀を振る。


躱した庄三郎は、思わず居合を放ってしまう。信吾は、よろけて転んだ。庄三郎の脇差が信吾の右足を切っていた。この不祥事により、庄三郎は切腹を命じられるはずであったが、ある責務と引き換えに切腹を免れることになる。彼に与えられた仕事は、向山村に幽閉中の元郡奉行である戸田秋谷の監視と彼が起こした密通事件の真相探求であった。


以上が、大まかなあらすじ。密通事件の真相探求がメインかと思いきや、武士と百姓間にあるわだかまりに端を発した事件が発生し、秋谷は悲痛な事態に遭遇することになります。


テーマは、武士の心。「武士として領民と藩のために」という信念が秋谷にあり、友の為に家老に直談判しようとする息子にも同質ではないが「武士としての心」がある。武士としてあるべき姿を貫き通す姿は百姓と対比されることで余計に異質ではあるものの「いつか秋谷の息子がわしの前に現れるだろう。それまで家老にしがみつかねば」という悪役としては文句ない台詞を吐く家老を前にすると秋谷の武士の心が少し儚く思えてしまいます。しかし、これが当時代の武士だったのだろうと。終わりとしても秋谷の清廉さを証しており、特に異論はないです。


その秋谷以上に印象深い人物であったのは、秋谷の息子である郁太郎の友達「源吉」です。嫌なことがあっても笑い飛ばせる心持ち、妹であるお春をかばう男気、「世の中には覚えておくべきことは多くない。その中の1つは友人(郁太郎)だ」と言える素直さに加え、父を愚弄した役人に対して石を投げようとした郁太郎を制することが出来る大人な面も併せ持ち、ダメな父親万治が役人殺しの犯人と疑われる中、大人になったら万治を迎えに行っちゃると言い逃がすところ 等、これが齢十の少年なのか。源吉よ、と。


彼も秋谷とは違う武士だったと思います。故に、万治の情けなさが一層際立つ。



敬具



posted by kansasyoshi at 17:41| Comment(0) | TrackBack(1) |

2017年01月09日

屍(し)の命題

拝啓



「屍の命題」
とある湖畔の別荘に集められた6人は、やがて全員が死体となって発見された。


屍の命題と書いて、シノメイダイと読む。アガサクリスティの小説の中で最も評価が高いとされる"そして誰もいなくなった(And Then There Were None)"。その不朽の名作の根を成すクローズド・サークルを基に書かれたミステリーです。


舞台は、主要登場人物の篠原、蓑田、真標の大学時代の恩師であった故・教授の館。彼ら3名を加えた6人は、教授夫人の招待を受けて館にやってきた。しかし、当の夫人は館には居らず、招待状はいつも筆を使う夫人らしくなくワープロ打ちで簡素なもの。館には、ギロチン台を始めとする拷問兵器と主人公のバラバラに標本にされた昆虫が飾られており、帰ろうと思った時には全ての車のタイヤがパンクしており・・・という設定。


登場人物の1人が推理小説を書いており、真標との会話の中で「推理小説においては、リアリティも重要だが、最低限のリアリティに留めたあっと驚くトリックの方が、読者は記憶に残りやすい」というものがあります。この会話を体現しようとした小説がこの「屍の命題」かと思いました。


よくよく読めばおかしいポイントを盛り込んでいるため、何かおかしいと気付けるようになっており、どんどん追い詰められていくところは、クローズド・サークルとしては王道です。メインとしては、篠原と推理小説作家視点を中心に進められていくのですが、その中で自分以外を疑う心理が出てきて、というか、推理小説作家はいきなり感が凄いが、人間関係も描かれています。ただ、そこまで深く書いているわけでもなく、事件とはあまり連動性が無い感じです。


気になるといえば、中盤まで話がスローなところ。ボリュームは結構ありますが、序盤は大分カットできたのではないかなと。また、犯人の動機という点でも蓋然性が無いため、しっくりこないですね。ただただ、真標が可哀そうという気持ちだけが残りました。ちょっと、ひどい。


クローズド・サークルものが好きな人で、トリックは論理的なものよりも記憶に残るのも大事だよ!という方は気にいるかも知れません。ただ、動機について納得がいかないとなる可能性も十分に秘めていると思いますw



敬具



posted by kansasyoshi at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) |

ハッピーエンドにさよならを

拝啓



「ハッピーエンドにさよならを」
望みどおりの結末になることなんて、現実ではめったにないと思いませんか。小説の企みに満ちた、アンチ・ハッピーエンド・ストーリー。


歌野昌午といえば、島田荘司のエッセイを参考に島田宅を訪れ、それをきっかけに島田の推薦により1988年に『長い家の殺人』でデビューした所謂「新本格第一世代」の一人であり、当然発表する多くは推理小説です。


しかしながら、これは推理小説ではありません。ホラ−です。名前も「ハッピーエンドにさよならを」なんて一瞬洒落た中にも哀しみがあると思いきや、この小説には理解できない殺意も織り込まれています。うーん、ぞくっとするものもあれば、なんか悲しいものもある。



★おねえちゃん★
一見良くある家庭の話かと思いきや、トップバッターを飾るだけあり、クソアンハッピーな結末だが、叔母がケーキを食べる締めがユーモアを漂わせる。そもそもこの事件は防げたのではないか?という突っ込みは置いときましょう。
★サクラチル★
東大に落ち続ける息子とそんな息子を諭せない母の物語。ホラー感満載だけど、ちょっと哀しい。
★天国の兄に一筆啓上★
これは書いてしまうとネタバレしてしまうため割愛です。最悪の殺意がここにある。
★消された15番★
最愛の息子・恵太少年が立とうとしている甲子園とある殺人事件の話。次々と入ってくる事件の速報とそれにより途切れる甲子園の映像、次第に途切れる間隔が長くなりにつれ募る紀美恵の苛立ち。消された15番というタイトルの意味が最後にわかります。これもホラーよりも物悲しい物語だ。
★死面★
ほんの些細なことから始まる、粉末ジュース、座敷牢、そして大きな箱に入ったお面。この落ちはまさしくホラーです。



他、6編を収録した短編集です。歌野昌午の推理小説ばかり読んでいる人には、ちょっと毛色が違う小説として楽しめると思います。ただ、めちゃくちゃおススメという感じでは推せないかなー。



敬具



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2017年01月06日

人形館の殺人 <新装改訂版>

拝啓



「人形館の殺人 <新装改訂版>」
第4の館。


★あらすじ★

父が飛龍想一に遺した京都の屋敷。顔のないマネキン人形が邸内各所に佇む「人形館」。街では残忍な通り魔殺人が続発し、想一自身にも姿なき脅迫者の影が迫る。彼は旧友・島田潔に助けを求めるが、破局への秒読みはすでに始まっていた!?



十角、水車、迷路に続く第4の館が舞台となった館シリーズ。十角は読んだのですが、水車、迷路を吹っ飛ばしてしまいました。読まなくても十分楽しめるのですが、やはり第3の館まで読んでいたほうが良かったと少し後悔。というか、十角の館の主人公が、島田潔だったことも忘れてしまっていたのですがw


なぜ、第3の館まで読んでおいたほうがよかったかというと、十角の館を建築した建築士・中村青司が人形の館も建築したのではないかということが物語のベースになっているから。島田潔の存在も、人形館で起こる殺人に非常に密接な役割を果たすのですが、カオナシのマネキンが、館の至る所に設置されている、仮にからくりを好む中村青司が建築したのであればなぜそのような建築を行ったのか。中村青司の存在が、キーになっていきます。


ただ、そのまま中村青司がキーになっていくと思いきや、ずっとではないところが館シリーズの醍醐味なのか。徐々に苛酷になっていく想一への脅迫と戻りゆく想一自身の過去から、次第に館で起こり続ける事件の真相が見えてきます。展開としては、予想できるものではありましたが、ぐぐっと引き付ける魅力は、十角の館と変わりません。


島田潔の使い方も、個人的には面白かったですね。事件の真相と密接に関わっている為、深くは述べれませんが、この事件の犯人の動機にも必要な使い方だったかなと思います。


書かれた当時を考えれば、トリックは秀逸ですけど、個人的に犯人の動機の使い方の方がうまいなーと思いました。


ちょっと水車の館を読もうかな。



敬具



posted by kansasyoshi at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) |

2017年01月05日

陸王

拝啓



「陸王」
老舗足袋屋が、立ち上がる。


来年ドラマ化される陸王、テイストは、下町ロケットみたく仕上がるのだろうか。原作が、なかなか読み応えある出来になっている為、ドラマにも注目したいところ。


主役は、宮沢を社長とする「こはぜ屋」。埼玉県行田市にある百年の歴史を有する老舗足袋業者である。老舗と言えば聞こえはよいが、実態は従業員二十名の零細企業で、業績はジリ貧で銀行から融資を引き出すのにも苦労する日々。


そんなある日、宮沢はふとしたことから新たな事業計画を思いつく。それは、足袋業者のノウハウを生かしたランニングシューズ「陸王」を開発してはどうかというものだ。しかし、異なる業界に新規参入し、成果を挙げるにはいくつもの壁が立ちはだかる。宮沢達は、それらをものづくりへの情熱、チームワーク、仲間との結びつきで立ち向かう。


池井戸潤の小説の王道、対大企業を背景にした熱い小説です。今回は、シューズ、それも競技用のものをテーマにしており、銀行の出番はなさそうと思いきやしっかり小悪党として活躍します。本作品では、悪役とそれと闘う者がはっきりとなっており、宮沢達に感情移入し易くなってます。


新鮮な点は、銀行が小悪党だけではないところ。こはぜ屋を当初担当していた坂本は、宮沢を業務としてだけでなく、新規事業へのアドバイスなど、真摯な対応で陸王チームをバックアップします。池井戸作品では、銀行は大抵悪役であり、味方となる部下が出てきても、役割は小さい。しかし、坂本の役割は、とても大きいです。彼がいなければ陸王は完成しなかったでしょう。それだけに、中盤以降出番が減っていったのは残念。もう少し彼にスポットを当てても良かったのでは無いだろうか。


陸王は、ランニングシューズであり、それを履くのは茂木裕人というダイワ食品陸上部に所属するランナー。将来有望なランナーだった彼は、大学時代のライバルであるアジア工業の毛塚との戦いに敗れ、復活を期す。この茂木の復活とこはぜ屋のじり貧からの脱却を重ね合わせた所が、熱くなるポイント。


陸上が舞台になる中で、もちろん、競技も描かれます。白熱シーンではあるんですが、しっくりこない所もありました。


例えば、ニューイヤー駅伝六区(12.5km)での毛塚と茂木のデッドヒートが、約15minに及び、残り15min程度(予想タイムは37minほど)となる中から茂木が毛塚を抜き去り、更に毛塚の前のランナーをも抜き去って七区平瀬にタスキを繋ぐ迄の展開ですが、これが3ページ程で書かれてます。ただ、そこに時間経過が記されていないので、残り15minが3ページに凝縮されてしまい、茂木が抜き去る展開と15minの時間軸がどうも合わないのです。書き振り(茂木のラストスパート)からすると、最後の最後で毛塚達を抜き去ったかのような具合なので、とすると時間軸で残り15minてのがちょっと腹落ちしないんですよね。


と、個人的に?なところありましたが、一難去ってまた一難、一人一人仲間が増えていく、冨久子さん、あけみさんをはじめとするこはぜ屋の仲間、宮沢の息子大地の成長と、色んな読み応えポイントが詰まっており、500ページ超となる量でも飽きさせないものになってます。


ドラマ化前に是非ご一読を。



敬具








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