ギリシャ発同時株安に思う

EUの構造改革が必要というギリシャのパパンドレウ首相、債務を膨らまし、実質自己破産した国ではあるが、かなり強気な発言だと思う。しかし、金融の発展ましてインターネットでの電子取引の発展の為には買うべきことかもしれない。おそらく自己破産しても、こういった発言をすることは日本人には真似出来ないでしょう。日本の金融状況では、まず信用売買の規制と規則は、ハンパないので、その辺からも活発な取引は、素人は行えないと思う。その上、少ない資金で損益を出したらと思うと怖くて手がでない、決まりを見ただけで辞めようと思う。最近では、インターネット上では、海外の証券でば実際に売買もできる。しかし、日本人にとっては、英語の壁があり、これもかなり規制となる。かといって、活発な取引というのは、必要ではあるのだろうが、これほどの金融不安を生むということは、程度問題としての検証が必要とされるのかもしれない。実際、ギリシャのパパレンドウ首相が統整合を望んでいる。
一律された規制であり、などというのも相当無理な話なのかもしれないが、通信が発達するに連れ、そういった部分も統合されるべきではないだろうか?

twitter関連

twitterに関わっていて感じること、それは使用中のアプリケーションにしか流せない情報と、連携してるアプリケーションにも自動的にUPされるシステムがあるということである。現在では、各SNSでも違うし、ポータルサイトでも違う。それぞれの特性を良く知り、わきまえで駆使すれば全域に流れると思われる。
最終的に全部繋がれば、結果的には、今まで使用していたインターネットと同じ状態になってしまうのだ。
こと広告戦略として使用する場合、需要の多いアプリケーション及びSNSサイト、及びポータルを採用し、効果的な広告戦略をとらなくてはいけない。正直なところ、煩雑際まりない行為と言わざるを得ない。
かなり、ご苦労なことであり、それは何によるかというと、先日のブログの記事(童子暇_白綴り: クラウドコンピューティング時代  http://bit.ly/dkG1dj)に委ねたい。今、リンクを貼ろうと思ったが、seesaaブログは、現在間にtwitterという媒体を介するため、うまくいかなかった。テキストの読み込みをバーsジョンアップすればいいのかとも思ったが、コピペでしのごうと思う
結局は、サービスの需要性よりもグーグルのネームバリュー

グーグルバズは、twitterを超えるかという論評は、全部連繋されてしまえば、なんの意味も無いことになるがその選択肢を取る側に委ねられることであり、広告効果でいえば、グーグルに勝てるものがなく、汎用性においてもしかり。

@配信羅列で他とシェアすると考えるのか?はたまた、自分の宣伝しやがってると考えるのか
その辺の見解で、twitterを良きものとするのか?悪しきものとするのか?に違いが生まれそうだ。
それは、twitterノミクスに委ねたいw

経済競争の原理と逆行するtwitterイデオロギーは、この先果たしてどうなっていくのだろう?
興味深く見つめたい。

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親孝行したいときには親は無し

と昔からいわれますが、書きとどめて置かないと次々忘れるペースとなりにけり。
数分の居眠りをよく繰り返す人だった。
父に似て来たと心の中で一人ほくそ笑む。
数分の居眠りをよく繰り返す人だった。好奇心のみで生きていた。
孫から新しいIT機器の情報を仕入れ、嬉々としていた昨年の今頃を思い出す。
彼は、Iphoneを狙っていたらしい。どうせ使いこなせることも無いだろうと推察するが、孫を連れ物色にいったりすることが事の他楽しかったようだ。

その酢ヶ月後に帰らぬ人になるとは、思いもよらなかったのである。
母に前夜ノート持ってこいと言ったが次の日の朝、既にCCUで自発呼吸もままならなかった。
本来ならば、その時が既に臨終だったのだろう。
ギリギリ棺桶一歩手前で、死ぬんだなと自覚したと思われる
遺言を書こうとしたらしい。
彼の持論は「人間棺桶に片足突っ込むまでどうなるかわからない」というものだった。
その時の思いたるや並大抵ではないだろうと思う。
まして、死の床の苦しみの中、そういう判断を人間下せるものだろうか?
そのことを思うといつも胸が痛む。

心配ばかり面倒ばかりかけどうしだったようにも思われ、孫との戯れがせめてもの親孝行と自分への慰めとする。

国家的推進事業 twitter考察

witterは、首相はじめ、政治家の方々、或いは各方面の要人が続々と参加および参入してきています。通信を国家的な事業として考えるなら、増して国益としてならサーバーの提供問題をと思います。日々増加する膨大な情報量の処理の対応に苦慮している状況がそこここにあり、混乱を招いてる風にも見受けられます。当分、無料のサービスには成りえないだろうと感じます。出来ないのかもしれません。 現在は、各ITのサービスや技術を提供し、トップランナーとして君臨する企業が、その技術力の高さや歴史からサーバーを提供しているという状況なのだそうです。グーグルのサーバーは実際、巨大な建造物という話を耳にします。 そういった技術を生かした、人類遺産を守ろうとする動きは歓迎するべきものと感じます。紙という媒体の保存と労力は、一体どれほどのものでしょうか?印刷物が人類にもたらされてから営々と続けられてきたわけですが、それも国家的な財産となれば、国民の血税を膨大に使うことに他ならないのではないだろうかと思います。 国会図書館の館長は、Googleの商業主義がいけないとのたまっていると朝日新聞の論壇に掲載されていました。、ヨーロッパ各国の要人からも反論が聞こえてきたことではありました。しかし、果たしてそうでしょうか?企業が文化に対し、貢献することは全く善処だと思います。むしろ、税金で必死に保守しようとすることのほうに無理があるのではないでしょうか? 先日、管大臣も言及されていましたが、血税は第一義的にはやはり、命を守るために使うべきものじゃないのかと感じます。 そういった意味においても、使い道のシフト移動がどんどん推し進められていくことを願います。

twitterというもの

ミクシィ他国内のRSSフィード連携が進んでないというような状況が今現在の日本のようだ。海外では、その壁が取り払われつつある。中国は例外だ。
今までの業界内競争履歴の軋轢か?と思ってみたりする。
だからtwitterでその壁をリアルから取っ払うという方向性はあると思うのですが・・・。
ネット内のボトムアップをするにはまずその壁が邪魔になりそうだ。
ではあるのだが、閉鎖されてるほうが掴みやすいし、なにかとやりやすいってのもあるのかもしれない。

ネット上では既に情報の命は短命だろう。一瞬も無い。

どれほどの人数に思い込みを浸透させることが出来るか?それについてもtwitterはかなり有用なのかもしれないと思う。

今までの短命作戦はインパクトしかなかったが、それがtwitterの出現により変わることを期待したい。

ケータイ活用術



オジサンとケータイしっくりこないものの代名詞のような気さえするのですが、実際年代が上がるほどケータイを活用してる人間は、少なくなるのではないだろうか?仕方なく、企業から持たされたケータイを忍ばせるというのが、凡そのスタイルだと思われます。おまけに、公共の場でも、あたりはばからず、大声で、ケータイで話をするオジサンをよく見かける気がするのは多分、私一人ではないと思うのですが、いかがなものだろう。本日何げなく、朝日新聞に目を通していたら、嬉しい記事に出会いました。藤巻兄弟のコラムなのですが、これも長寿コラムとでもいいましょうか、長年朝日新聞の紙面を賑わせてるコラムです。
藤巻健史氏といえば、MBA取得並びJPモルガン社勤務という輝かしい実績から著書も多く、ベストセラーなども書店に平積みされているのをよく見かけます。また、弟の幸夫氏は、アパレルデザイナーから、現イトーヨーカ堂の取締役であらせられ、朝日新聞のお二人のコラムは、タイトルこそ変われども、同じ相談ごとに対し、全く違う視点からの切り口が面白く、そこに兄弟のしがらみなども織り交ぜ、長らく人気を誇っているのだろうと思うのですが、今日は、ケータイの利用法についての話題でした。先ほども、書いたようにケータイは、いまや若者の体の一部のような状態なのです。オジサンに今ひとつ馴染みにくいもの、いやこれは、オジサンという年代が、頭の固さゆえ、どうにも扱いきれてないというような、状態なのかもしれないのですが、かの藤巻氏は、メモ帳代わりにし、そのまま自分あてにPCにメールを送るということでした。
年をとると、やはり物忘れが酷くなるという大方の認識ですが、実際は、やらなければいけないと思い込み、自分で増やした情報の多さについ小さな身の回りにことに注意が払えず、めがねや財布そういったものを無くしてしまうのではないかというようなことを仰っています。同感であり、またその対処方法として、メールにメモをし、自分のPCに送り、それを、写すというものでした。あ〜これは、自分が日ごろ行ってるケータイの活用法の一つだと、インターナショナルなトレーダーと同じ行為だと、いささか嬉しくなった訳なのです。藤巻氏の経歴は輝かしく、また、国際的ではありますが、トレーダーたるもの血反吐をはくまで、這い蹲って相場と対峙しろというもので、国際的であれども、なんだか武士道のようだなと思ったものでした。藤巻氏は、ご自分の投資は自己責任だが、氏の意見を参考に投資で儲けた場合は、氏の手柄だと大いに思っていただいて結構というようなことをブログに書かれていて笑いをさそったのも懐かしく思い出されました。
そのようなお人柄が朝日新聞のコラム継続のいわれたる所以なのかもしれません。




Yes Lui Can!!




待ちに待ったモバイルスタイルが実現。
USBメモリやCDなど本体から、情報を持ち出さなくとも、遠隔であっても、自分のパソコンと情報のやり取りができるという優れものがNECから発売された模様。

以下NECの製品コピーから抜粋
離れた場所からリモート操作でパソコン本体を使いこなす、それを実現したのが「PCオンデマンド」です。
超軽量ボディ約649g、最薄部15.8mm、最大約4.6時間の長時間バッテリーのPCリモーターノートタイプ。
ポケットにも入るコンパクトサイズでタッチパネル付きスライド式液晶搭載のPCリモーターポケットタイプ。
このPCリモーターだけを持ち出して、離れた場所から自宅の高性能デスクトップパソコンを操作する、これが「PCオンデマンド」が提供する新しいモバイルスタイルです。
自宅のPCを遠隔操作するLuiのPCオンデマンドなら、データを持ち出す必要がなく、PCリモーターから自宅のデスクトップパソコンのデータを直接編集できるので、面倒な同期作業から開放されます。
また、ボードセットを利用することによって、外出先や家の中のどこからでも作業をすることができるのです。
自宅のデスクトップがいつでも身近にあるなんて、理想的な環境が実現します!!

Yes We can!もといNEC YES Lui Can !


コチラは、公募CMフィルム


Yes We Can!・・・・?といえば、いわずと知れた、かなり有名な
語学スクールのコマーシャルに使われていたフレーズという気がしますが・・・。
最近では、オバマ氏の演説で、強調されたフレーズ。
この利便性は支持率が高い。
旨く乗ったCMのうたい文句と関心することしきり。
フレーズさえ、名前さえ繰り返せば、あとは検索。
これからの広告はこれでいいのかもしれないとフト思うのであった。

お知らせ

ブログを引越しいたしました。
今まで、ご訪問して下さった方々、ありがとうございました。

新しいブログはコチラです→SKY NET REVIEW

これからも、このブログ共々、宜しくお願いいたします。

遅ればせながら

明けましておめでとうございます。

ただいま、ブログの移転を画策中でありまして、残念ながらファンブログは、β版よろしく、最新技術であるところのAtomが使えないようです。
そのため、非常に手間がかかっています。
ファンブログ側では、技術革新よりも、アフィリエイトに力を入れているようなので対応するのか苦慮されるところとは思われますが、ドッグイヤーのIT進歩、これに乗り遅れることは、自分の首を絞める事に相成るのではというような、老婆心を起こさずにはいられないというのが本音です。
そんなところで、なかなか引越しもままならぬまま、年明けも、もはや過ぎようとしてる今日の漸くのUPとなりました。
悪しからずです。

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