こうして昼間から暗い、この部屋に寝ていると、時計の音がします。
部屋の電灯は壊れ、エアコンは電気代節約でコードを抜いてありますが、
少なくとも時計は、まだ動いているようです。
無音の時計は、私にとって意味がありません。
こうしてこの部屋に寝ていると、一階で母がバタバタと歩く音がします。
母は70を超えてもまだまだ元気です。
子供の頃から、家の中の音の大半は彼女が発生させていました。
私が子供の時代から、彼女は無邪気に、私を急き立てていました。
更に耳をすませると、空の彼方でジェット機が飛んでいる音がします。
あれは、いつの頃からか、日本の空を自在に飛び回るアメリカ軍のジェット機に違いありません。
このあたりで、最も高台にある私の家の屋根を目印に、飛んでいるのです。
編隊で飛んでいるともっと大きな音がします。
向きはいつも南です。
少し意識を下げて耳を澄ますと、トラックのエンジン音が聞こえ、
それが私の家の近くでピタリと止まります。
それは、宅配便です。何故なら、ゴミの集配車なら、エンジンを切らないからです。
それに、宅配便の扉は引き戸で、ガラガラと音がします。
どこかで、自動車の扉を閉める音がします。その響きは明らかに不満そうな響きです。
二回音がしたという事は、二人で乗っていたか、荷物を別の席においていたか...
何に不満なのか分からないように不満を表明するときは、人は自動車の扉を思いきり閉めるようです。
そういう意味では、ゴミの集配車もこの音は似ています。
同じ不満を抱えているのでしょう。
ああ、あの音は郵便局の配達のバイクに違いありません。
あのジューサーのスイッチを恐る恐る、つけたり消したりするような断続的なアクセル。
嫌な報せがブレーキで、良い知らせがアクセルです。
ですから、うちに良い知らせがくることは皆無です。
耳を澄まさなくても、賑やかな音がして、小学校から集団登校の児童が帰ってきます。
歩きながら、彼らは体でも悪いのか、「うー」 とか 「げー」 と叫んでいます。
何人もいるのに、不思議と同じ児童の名前が連呼されています。
階下で、どこの王様を怒らせたのか知りませんが、檻に閉じ込められた、
我が家の可哀想な兄弟猫が、餌がもらえず、母に催促をしています。
その催促の声に交じって、兄弟猫の母親が何やら切ない声を出しています。
雨がやみ、聞こえる、小さい音に耳を澄ますと、それは名前の知らない木に止まっている
名前を知らない小鳥です。
最近は、私の唱える真言のおかげで、カラスの鳴き声はめっきり減りました。
この町には犬を飼っている人が、大勢いるはずなのに、なぜかその啼き声はしません。
あの犬たちはどこへ行ってしまったのでしょう。
或は、息を潜めて何かが起こるのを待っているのでしょうか?
外を散歩をすると、犬の散歩を沢山見かけるのに、このあたりで犬の気配がありません。
あれ、おかしいな?
私は耳で一生懸命、何かを探していました。
何かが足らないのです。
ただ、昔からその音は、しっかりと聞こえたことは稀で、それが聞こえないからと言って不安を感じたことは
ありませんでした。全くあきれるほど無関心でした。
でも今は、それが聞こえないのは困ります。
私は、何のために耳を澄ましていたのでしょう。
私は、私が生きている音を聞こうとして耳を澄ましていたのです。
ところがそれらしき音は全く感じることができませんでした
私はしきっぱなしの寝床の毛布の上に横になり、スマホを手に持ってこの文章を音声入力しています。
スマホを持つ左手の付け根に私はそれを見つけました。
僅かではありますがその付け根が静かに上下しています。
それは、わずかな動きではありますが、私が生きているという唯一の証です。
あそこを、人より高い圧力で、血が循環しているのに違いありません。
やっとこれで、あの人たちに生存報告を送ることができます。
ここまでの、生存報告を文章にして、今から世界を駆け巡るインターネットに送り込みます。
あなたはぼやくはずだ。
>あいつまだ生きている。
>まだ生きてやがる。
>打ち止めしてやったのになあ
>起き上がれないくらい、打ちのめしてやったのになあ。
こうして昼間から暗い、この部屋に寝ていると、スマホをとおして微かに、あなたのぼやく声が聞こえます。
私は、即座にスマホの電源を切り、床に投げ、それに背中を向けて眠るのです。
無事に再び目が覚めることを祈りながら....
合掌