2017年07月29日

伊奈一族と玉川上水

玉川上水といえば玉川兄弟だろ。はい、その通りです。
伊奈一族の城跡を二つ訪問してみて、いろいろ調べるうちにちょっと思うところがあり、今回軽くふれさせて頂きます。基本的には城跡好きですが、水路好きでもあります。共感頂けると嬉しいです。

<玉川上水>
tamagawajosui kodairatsuda.jpg
名前は有名ですね。江戸時代の大事業。現在の羽村市から始まり、新宿区四谷まで続く総距離約43qの水路です。現在でも都内でその姿を見ることはできますが、「昔の玉川上水の雰囲気」が再現されていると聞き、この地を訪問しました。場所は小平市津田町(いわゆる津田塾の津田)。玉川上水沿いが緑に囲まれた小路になっていて、のんびり散歩するのに最適です。

<駅近く>
tamagawajosui kodaira 2.jpg
駅でいうと西武国分寺線の「鷹の台」駅近く。歩いてすぐです。


■大事業です■
玉川兄弟の仕事として有名ですし、実際にそうです。ただ、小さな村で小川から田畑まで水路を掘ったとか、そういうスケールではありません。これは江戸の街にとっての一大事業。とても二人ぼっちでは無理。兄弟とともに現場に参加した人たちは勿論ですが、幕府の許しを得たり、資金を調達したり、人を集めたり、関係する利害関係者と調整したりと、すべき仕事はたくさんあります。

■フォーメーション■
総 奉 行 :松平伊豆守信綱(老中)
水道奉行:伊奈忠治★(関東代官)
工事:庄右衛門・清右衛門兄弟(町人)
※功績により兄弟には玉川姓が与えられました

あまり知られてませんが、こういうフォーメーションとなっています。玉川兄弟は町人に分類しましたが、まぁもうちょっと具体的に言えば当時の土建業のプロフェッショナルですかね。で、松平伊豆守は一旦「偉い方」で済ますとして(いろいろご苦労されたと思いますがすみません)、ここでは中間的な立場で役割を担った伊奈氏について。

伊奈忠克ただかつ
この人は上に記載した伊奈忠治の長男。通称半左衛門。父から関東代官と赤山城を拠点とした所領七千石を引き継ぎました(弟たちに知行を分け与えたことから、忠克本人は四千石)。

<赤山城跡> ↓ここです
sirononagori ina kawaguchi (1).jpg
[埼玉県川口市赤山]
父・忠治が赤山領の拠点として築城した城跡。長男忠克はこの地で生まれ、この地を引き継ぎ、関東の治水、新田開発に尽力しました。 (赤山城に関する記事はこちらになります→「伊奈一族の城跡」)

■仕掛中の大仕事■
伊奈一族の仕事として有名な利根川東遷事業(荒川と合流して江戸湾へ注いでいた利根川の流路を、東側へ変更する事業)ですが、父・忠治から始まったものの、完成したのは忠克の時です。そして今回のテーマである玉川上水についても、スターティングメンバーとしては忠治が名を連ねますが、まさにこの工事の最中に没してしまったため、完成に導いたのは忠克ということになります。

伊奈忠治は、度重なる工事失敗の責任をとって切腹したという話もよく耳にしますが、これは事実ではないようです(病没) 。

■玉川上水誕生■
そもそもこの事業はどうして必要だったのでしょうか。これは一言でいえば急激な人口増加。江戸の街は人が増え続け、飲料水不足が深刻になりつつありました。小石川上水ほかの既存インフラではまかなえず、更に地形の高低差で水が届きにくいエリアもあり、玉川上水が掘られることになりました。大変な事業ですが、工事開始から8ケ月で完成したそうです。1653年の出来事。将軍家が既に四代家綱になっていた頃のお話です。

■あまり有名じゃない■
これだけの事業に尽力したんですがね。伊奈忠克の名を見聞きすることはありません。そもそも、関八州の幕府直轄領の管理を任されていた伊奈一族そのものが、仕事のわりにマイナー。せいぜい初代の忠次と三代目の忠治の名を目にすることがあるくらいですかね。やはりいつの時代でも、管理する仕事というのはあまり注目されませんね。そして立場においても、総責任者とリアルな現場は注目されますが、その間に位置する人は語られることもありません。結構苦労すると思うんですがね。

<笹塚駅付近> 渋谷区
tamagawajosui keiosasa.JPG
ここも綺麗に残されていますね。ただこの景色がずっと続くわけではありません。

<上の画像のつづき> 暗渠(あんきょ)
tamagawajosui ankyo.JPG
ここから先は暗渠。玉川上水は地下に隠れ、地上は緑道となっています。ちなみに、右側の階段部分ですが、これは三田用水へ分水していたなごりです。つまり分水地点というわけです。便利な玉川上水。のちに沢山の分水が造られました。

<新宿御苑内> 新宿区
tamagawajosui shinjukunaito.jpg
新宿御苑内の玉川上水・内藤新宿分水散歩道。何となく昔の水路の雰囲気を味わえる場所です。玉川上水の歴史的価値を伝える目的で整備されました。ここの説明文にもある通り、水路は多摩川の羽村堰から43q、土を掘りぬいただけの開渠(かいきょ)で造られました。つまり山をくぐるトンネルとか、谷を渡るための水道橋とかは無し。掘るだけです。羽村と四谷の標高差は僅か100m程度。水は低い方へしか流れませんから、高さを維持しながら、平坦であるはずのない台地を削って造ったということですね。建設機械もポンプも無い時代の話です。この現場力、凄いですね。やはり「玉川上水=玉川兄弟」で語られても仕方ないような気もします。

■老中・松平伊豆守と伊奈氏■
先述した偉い人。川越藩主でもあります。大変出世した方ですが、もともとは松平家の出ではなく、大河内家からの養子です。父は大河内久綱といいます。伊奈忠次配下の代官でした。出身も伊奈忠次屋敷付近と推定されています。

<伊奈氏屋敷跡>↓ここです
shirononsgori ina (3).jpg
[埼玉県伊奈町大字小室]

伊奈氏は社会インフラの整備だけでなく、それに関わる人材の育成でも社会に貢献しました。大河内久綱もその一人です。そして、なんとその息子が、やがて幕府の中核となりました。玉川上水プロジェクトでは、伊奈氏の上司的な存在です。地味な存在ですが、社会に及ぼした影響が大きい。伊奈氏とはそういう一族、地味なつわものどもだと思えます。

今回はやや強引にまとめました。
こんな個人的な思い込みを最後までお読み頂き、ありがとうございます。


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タグ:伊奈一族

2017年05月05日

暗渠に架ける跳ね橋 (堀に囲まれていた蕨宿)

蕨(わらび)城跡訪問後、せっかくですので宿場跡も探索してみました。

<中山道の宿場町>
Warabi (4).jpg
日本橋から出発して二つ目の宿場です。一つ目が板橋三つ目は浦和。蕨は江戸を通じて宿場町として栄えます。この地が選ばれるのには様々な要素があったと思われますが「もともと城があり、城下にある程度の街があった」ことと無縁ではないようです。

■そもそもの話として■
徳川幕府により五街道の整備が始まり、中山道も整備されました。先ほど板橋宿の次は蕨宿といいましたが、当初の予定だと浦和宿だったようです。ただ板橋から距離が有り過ぎることと、戸田で川を渡る必要があり、困難な場合なども考慮され、もともと城跡付近に街があった蕨が選ばれたようです。結果として、蕨宿は浦和宿や大宮宿以上に栄えました

Warabi (3).jpg


城郭のような蕨宿
宿場の周囲には「」が廻らされていたそうです。まるで城郭ですね。
防衛のためと考えるのが自然ですね。「逃げ出さないため」という説もありますが、ここでは防衛のためということで。

跳ね橋
目的があって堀が巡らされいた訳ですが、出入りは不便になりますよね。そこで、かつては城郭でも良くみられる「跳ね橋」が設けられていたそうです。昼は橋、夜は橋を引き上げるといった使い方ですかね。

その再現をしてくれている場所を見つけました。

<再現された跳ね橋>
Warabi (5).jpg
個人のお宅のようなので撮影をためらいました。しかし蕨市観光協会さんのページでも紹介されているようです。こうして伝えてもらえるのは嬉しいですね。中央の板状のものが跳ね橋。引き上げた状態です。

堀は無い?
確かに、跳ね橋を架けるべき堀はなく、すんなり通れる歩道になってますね。

ただまぁ良く見て下さい。跳ね橋の手前は今でも水が流れています。

<堀暗渠に架かる跳ね橋>
Warabi (6).jpg
歩道はいわゆる暗渠(あんきょ)ですね。つまり、溝の上に蓋がしてある状態です。

暗渠工事(川や水路に蓋をしたり、地下に埋設する工事)により、そこに架かっていた橋がそのまま取り残されている例は沢山あります。当ブログでも「川の無い橋」といった表現で何度か紹介させて頂きました。暗渠マニアの方々も「暗渠に架かる橋」といった表現を多用しています。
しかし、ここは暗渠に敢えて架けた橋。よくある事例と順番が逆になります。

明日に架ける橋♪
Bridge over Troubled Water

ではないですが

暗渠に架ける橋!
Bridge over Buried River
です

正確には「暗渠に架ける跳ね橋
Drawbridge over Buried River
ということになりますかね。(直訳)

かなりマニアックで恐縮です。こんなくだらない拘りは良いとして、蕨の「跳ね橋」、せっかく再現してもらっていますので、かつての宿場を訪ねた際には立ち寄ってみては如何でしょうか。

[埼玉県蕨市北町]


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タグ:暗渠 跳ね橋

2017年04月27日

暗渠登場「ハルさんの休日」 Eテレ

ふるカフェ系 ハルさんの休日」という番組をご存じでしょうか?
俳優の渡部豪太さんが、全国の古民家カフェをドラマ仕立てで訪ね歩く番組です。
昨日の放送で、当ブログでも紹介した桃園川(ももぞのがわ)が紹介されました。

舞台はこのカフェ
momozonoriver (2).jpg
モモガルテンMOMO Garten
桃園川緑道付近の城跡(中野城山)を訪問した帰りに立ち寄りました。
(その投稿はこちら↓暗渠と城跡6)
http://fanblogs.jp/shirononagori/archive/33/0

モモガルテンの店内
momozonoriver (1).jpg
緑で覆われていますが、店内は明るい。料理が評判ですが、すみません、私はアイスコーヒーだけでした。
番組で知りましたが、築およそ70年の二軒長屋を改築したカフェとのこと。

桃園川緑道
5nakanoshiro (2).jpg

カフェの前は緑道。これがかつて川だったことや、だから曲がりくねっていたり、橋の跡が残っていたりすること。番組ではそういった事が分かり安く説明されました。
ドラマ仕立てなので、主人公ハルさんが、カフェの外に一人で座っている男性に気付くところから暗渠のコーナーが始まります。ハルさんは何を見ているのか尋ねますが、彼は感じているのだと答えます。

彼は姿なき川に、流れを感じていたのですね。

意味を理解したハルさん。心を研ぎ澄ましてみると、ハルさんにも桃園川のせせらぎが聞こえました。

テーマはあくまでカフェの方です。ただこの暗渠(あんきょ)のコーナー、短いですけど分かり安い。私の下手な説明では伝わらない感覚が上手に表現されているので、共有してもらえるチャンスと思い紹介させて頂きます。
再放送は下記の通りです。

ふるカフェ系 ハルさんの休日
「東京・中野 大都会の人情・二軒長屋」
再放送:2017年4月30日(日曜)
午後6時30分〜7時00分


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タグ:暗渠

2017年04月25日

エールを送りたくなる川 

暗渠を知って以降、街のあちらこちらを横断している見えない川に敏感になりました。

桃園川(ももぞのがわ)の暗渠
5nakano.jpg

稲付川(いなづけがわ)の暗渠
FAN Akabane INA (4).jpg

出井川(でいがわ)の暗渠
ShimurasanchomeHAru (1).JPG

烏山川(からすやまがわ)の暗渠
BL setagaya10river (2).jpg
(どれも当ブログで紹介済の暗渠)

どの川も完全に街に溶け込んでます。日本の治水のレベルは本当に高いですね。

ただヘンなもので、関心する一方で、街で「整備が未完の川」を見つけると、何やら愛おしく思えてなりません。

暗渠が途切れたところ
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ある日、暗渠に沿って歩いているうちに、こんな景色と出会いました。
私が立ち止ると、ザリガニが慌てて泥の中へと隠れ、驚いた魚が四方へ散っていきました。そんな光景を目にするのは久しぶりです。
この川、護岸に人の手が加えられている以外は、自然の川に極めて近い状態。川底もコンクリではありません。

何となくホッとします

まぁ僅か数十メートル下流は既にコンクリ暗渠。ここもいずれはコンクリで固められ、蓋をされるのでしょう。そして誰も川だと思わなくなる意識すらされなくなる
そう予感するからなのでしょうか。放っておかれたようなこの状態が、妙に愛おしく思えてなりません。
まだ人の都合と同化しきれていない姿に、どういうわけかエールを送りたくなります。


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2017年04月24日

川の無い護岸 唱歌「春の小川」のその後

<春の小川>
harunoogawa (5).jpg
説明なしだと、ただの線路沿いの道。しかも狭くて、人と人がすれ違うのにも気を使う路地です。
ここは文部省唱歌「春の小川」の舞台であったとされる場所です。

<解説>
この歌の作者(作詞を担当した高野辰之)が、東京府豊多摩郡代々幡村に住んでいたことから、当時の田園地帯に流れる宇田川の支流である「河骨(こうほね)川」が歌のモデルの川と推定されています。場所は現在でいうと代々木3丁目。昔の雰囲気どころか、川の姿もありませんね。

■春の小川■
春の小川は、さらさら行くよ。
岸のすみれや、れんげの花に、
すがたやさしく、色うつくしく
咲けよ咲けよと、ささやきながら。
(以下省略)

口語調に変更される前はこんなです

■春の小川(オリジナル)■
春の小川はさらさら流る。
岸のすみれやれんげの花に、
匂いめでたく、色うつくしく
咲けよ咲けよと、ささやく如く。
歌え歌えと、ささやく如く。
(以下省略)

なるほど、、
オリジナルより、自分が聞きなれた方がしっくりきますね

<現地画像>
harunoogawa (4).jpg
岸のすみれやれんげの花もありませんね

harunoogawa (2).jpg

harunoogawa (3).jpg
付近はなんとなく川のなごりが漂う場所ではありまが、これがあの唱歌「春の小川」の現在の姿です。

この衝撃的な事実。暗渠に詳しい人の間では、既に有名な場所となっています。私もテレビや雑誌ではなく、その筋の皆様(暗渠界?)のFacebookで知りました。
とりあえず現地へ行ってみましたが、目の当たりにして、やや寂しくなりました。

<個人的感想>
作者の高野辰之さん。長野県の出身で、上京は大学進学時とのことです。手掛けた唱歌は「春の小川」以外にも多数。代表作にはあの故郷(ふるさと)も含まれます。

兎追ひし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
・・・

私が地方の出だからでしょうか。感情移入できる川は少年期の記憶ばかり。そんな感覚ですので、「春の小川」も故郷の川に思いを巡らして創作したような気がしてなりません。仮にこの代々木の川がモデルだとしても、川を思う豊かな感性は、きっと故郷の川によって育まれたものでしょう。何となくそう思いました。

<川の痕跡>
harunoogawa (1).jpg
これ護岸の跡ですね。
まぁ春の小川のモデルがどこであれ、この代々木の小路が川だったことは間違いありません。その痕跡が、こうして黙って伝えてくれています。



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2017年04月23日

川の無い橋 (川の跡)

川の跡

痕跡を見つけて「そこに本来あったもの」を想像する。
これは廃城巡りの楽しみでもあります。

数年前、あるきっかけで「暗渠」という世界と出会ってしまいました。
それが城跡巡りと共通点が多かったことから、いまだにその世界に留まっています。

「暗渠」
普通なら見慣れないこの字では「あんきょ」と読みます。
いろんな定義がありますが「地下に埋設された川」という意味に受け取って下さい。
まぁ「もうなくなっちゃった川」とか「人の都合で本来の姿でなくなった川」といった感じになります。

とある林の中
kamidatenkshiro (6).JPG
土塁の跡ですね。開発されずに放っとかれたから残ったのでしょう。城だった痕跡です。

とある街の中
Kawanonagori shirokane (2).jpg
橋の欄干の跡ですね。工事の都合で残ったのでしょう。 川だった痕跡です。

どちらも「そこに本来あったもの
そのなごりと言えるのではないでしょうか。


<川の無い橋>
kawanonagori.jpg
意識するかどうかは別にして、皆さんも街でこんな橋を見かけているのではないでしょうか?橋はあるのに川はない。良く考えたらヘンな光景ですよね。

<暗渠の道>
kawanonagori2.jpg
川の姿はありません。ただ正確に言うと、このコンクリの下にあります。そう、地下へ埋設されました。
川の名は谷端川(やばたがわ)。豊島区・北区・文京区を流れていた川です。今も残る橋はそのなごりです。

田舎で育ったので、あるがままの川を沢山見てきました。その感覚でこういった暗渠を見ると、なにやら相当窮屈に感じてなりません。まぁ開発の都合で止むを得ないことですが、誰もその「存在にすら気づかない」ということが、廃城となって歴史に埋もれてしまった城跡と情緒的に重なってしまいます。

本来あった姿

それはきっと、それそのものが最も輝いている姿

そんな思いで、川だった痕跡を街中で見つけると、ふと足を止めてしまいます。


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もともとは無趣味の仕事人間。土日は家でゴロゴロ。本ブログは、そんな男が急に城跡巡りに目覚め、てくてくと歩き始めた記録です。
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