2020年08月10日

元荒川沿いの鍛冶曲輪(岩槻城)鍛冶の由来とは

今回は岩槻城鍛冶曲輪の『鍛冶』の由来についてです。

<鍛冶曲輪>かじくるわ
shirononagori465 (3).jpg
岩槻城の鍛冶曲輪です。岩槻城の天然堀である元荒川沿いの曲輪です。

<この付近の縄張り図>
shirononagoriMAPiwa (2).jpg
[出典:岩槻城址公園説明板]
岩槻城が拡張された時に整備されたとされる新曲輪と鍛冶曲輪。新曲輪は最後に整備されたから新曲輪。分かり易いですね。では鍛冶曲輪とはどういう由来なのでしょう。

江戸時代の城下町だと、いわゆる鍛冶職人が多く住んだ地区が鍛冶町などと名付けられたりしますね。鍛冶曲輪もそのまま鍛冶屋さんを想像して良い?と思われます。

<元荒川>
shirononagori462river.jpg
元荒川が運ぶ土には砂鉄が多く含まれていると言われています。これにより、川の流域には古くから鍛冶集落があったことが確認されています。砂鉄からまず鉄の塊を造り、それを加工する職人たちの集団ですね。岩槻でも、元荒川の砂鉄を使って鋳物を製造する職人たちが存在したことは分かっています。そういう意味で、鍛冶曲輪と呼ばれる区画が、元荒川に面したところにあるというのは興味深いですね。

ところで
もともと鍛冶職人が住んでいた区画を、後から出丸として整備したから鍛冶曲輪と呼ばれたのか?あるいは、戦に備えて甲冑師とか刀鍛冶といった職人を曲輪内に配置したから鍛冶曲輪と名付けられたのか?調べましたがはっきりとは分かりませんでした。

最後がはっきりせず申し訳ございません。ただ、読んで頂いた方が、元荒川沿いには古くから鍛冶集団が点在していたことをヒントに、いろいろと想像してもらえたら嬉しいです。

<城址碑>
shirononagori465 (1).jpg
鍛冶曲輪の城址碑

■訪問:岩槻城鍛冶曲輪
[さいたま市岩槻区太田]


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posted by Isuke at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 城跡[埼玉]
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