2020年07月13日

最後の改修者のなごり 高天神城の横堀

今回は高天神城に残る長い横堀の話です。
<横堀>よこぼり
shirononagori441 (1).JPG
この堀は徳川から奪い取った城跡を、武田勝頼が改修した時に掘られた横堀です。

<説明板>
sn455a (4).JPG
武田による堀であることが記されています

高天神城は三方が崖であるのに対し、西側の斜面だけはやや緩やかになっています。この弱点を見極め、高天神城を西から攻め落とした勝頼は、城を手中にするとこの弱点を克服すべく城を改修しました。

<高天神城の全体図>
shirononagori437b.JPG
[現地撮影:高天神城想像図]
この図は一城別郭(いちじょうべっかく)の代表例として扱われる高天神城が完成した状態。いわば城の能力がピークの時です。ご覧のように、西側(左手)の峰と東側の峰で、まったく別の城があるかのような構造になっています。

城は東側の峰に砦が築かれたことから始まります。城が拡張される過程で、西側の峰がどのように利用されていったか詳細は分かりませんが、勝頼の改修時に『ひとつの城』として完成しました。

<西側の守り>
sn455r (1).JPG
sn455r (2).JPG
sn455a (2).JPG
shirononagori455p.JPG
sn455a (3).JPG

冒頭の堀のみならず、後から補強された西側には、戦闘を強く意識した防衛施設が集中しています。天然の地の利に頼らず、人が意識して設けた仕掛けが盛りだくさんです。この付近で言うと堀に加えて土塁や切岸(土の壁)、そして堀切といった防衛施設が散りばめられています。あまり大きな城ではないだけに、これらを一気に見て回れるところが城好きにうけるのかもしれません。

<つわものどもが夢の跡>
砦から始まり、今川・徳川・武田それぞれの手で改修されてきた城跡です。家康は高天神城を武田から奪還すると廃城としましたので、最後の改修者は武田勝頼ということになります。

sn455a (1).JPG
勝頼の思いが形となって残っています。

■訪問:高天神城
(二の丸〜袖曲輪付近)
[静岡県掛川市]
posted by Isuke at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 城跡[中部]
この記事へのコメント
コメントを書く

お名前:

メールアドレス:


ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバックURL
http://fanblogs.jp/tb/10028526
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
検索
記事ランキング
[アクセスランキング]
  1. 1. 巣鴨駅近く 徳川慶喜ゆかりの地
  2. 2. 高天神城のなごり
  3. 3. 暗渠と城跡23 渋谷川と渋谷城
  4. 4. 伊奈一族の拠点 伊奈氏屋敷跡(伊奈町) 
  5. 5. 城跡として訪ねる豪徳寺(世田谷城)
  6. 6. 関東の連れ小便・政宗白装束の舞台 (石垣山城)
  7. 7. 難航不落 金山城のなごり
  8. 8. 慶次清水 前田慶次ゆかりの里
  9. 9. 東北屈指の名城 会津の若松城
  10. 10. 世田谷区に2つの城向橋(暗渠と城跡24) 橋跡に漂う城のなごり
  11. 11. 犬戻り猿戻り(高天神城)横田甚五郎が抜け去った尾根道
  12. 12. 火の玉不動 大宮宿の水路と刑場のなごり
写真ギャラリー
カテゴリーアーカイブ
最新記事
プロフィール
Isukeさんの画像
Isuke
もともとは無趣味の仕事人間。土日は家でゴロゴロ。本ブログは、そんな男が急に城跡巡りに目覚め、てくてくと歩き始めた記録です。
プロフィール

お城巡りランキングに参加中 [参加させて頂いた雑誌]
[当サイトお勧め本]

Kindle for PC (Windows) [ダウンロード]