2020年02月24日

多功城のなごり 宇都宮一族の城跡

つわものどもが夢の跡
宇都宮城の出城として機能していた城跡を訪ねました
<多功城跡>たこうじょう
shirononagori412 (11).JPG

■宇都宮一族の城■
今回訪問の多功城は、宇都宮頼綱(5代当主)の七男・宗朝により1284年に築かれました。城は宇都宮城の南側に位置し、宗朝はこの城を構えて以降は多功氏を名乗りました。更に南方には、同じ下野国のライバル・小山氏の拠点があります。宇都宮氏にとって、多功城は軍事上極めて重要な出城だったと考えられています。

■上杉謙信を追い返す■
戦国時代に突入すると、多功城の出城としての役割はますます大きくなります。同じく宇都宮氏配下の児山城・上三川城とともに、南側から北上してくる敵を最前線で食い止める役割を担いました。

1558年、あの上杉謙信(当時は長尾景虎)が下野に侵攻し、佐野氏との連合軍となって多功城へ攻め寄せました。これに対し、多功長朝(ながとも)を筆頭に、援軍を含む宇都宮勢2千は奮闘。同族で児山城の城主・児山兼朝など、名だたる武将が多数命を落としましたが、宇都宮勢は負けませんでした。上杉・佐野の連合軍は撤退を余儀なくされました。
更に、多功長朝は敗走する上杉軍への追撃を試みます。最後は太田資正(すけまさ)の仲介により、上杉側と和睦となったようです。


■小田原北条氏にも屈せず■
1585年、関東で勢力を増していた小田原北条氏が宇都宮氏の領内へ侵攻し、この時多功城にも兵が押し寄せました。しかし猛将として知られる多功綱継は、他の宇都宮一族とともにこれを退けています。1589年にも同じく北条氏に攻め込まれますが、綱継は再びこれを退けます。関東制覇間近の北条氏でも、多功城を攻略することはできませんでした

■現地訪問■
<石碑>
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石橋ゴルフガーデン駐車場内にあります

<ゴルフ練習場>
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ここが主郭の跡とされています

<盛り土>
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これも土塁のなごりと思って良いですかね。ゴルフ練習場の北側の遺構が見事と聞き及んでいますので、そちらに向かうことにしました。

<土塁>
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おお、来てよかった

<二重の堀跡>
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<微高地>
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土塁の上から城の外側を撮影。土塁の高さを差し引いても、周辺よりは高い場所のようです。ある程度は・・

<本丸跡を遠くから撮影>
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劇的な高低差はない

<多功城跡全体>
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ほぼ平城です

名だたる勢力の侵攻を何度も撃退している城です。戦歴だけで判断すると難攻不落の城!と言いたいところですが、現地は平坦な土地で、劇的な地の利があるわけではありません。

土塁と出会えたことに感謝しますが、構造としては極めてシンプルな縄張りです。それでも負けなかった。これはもう、よほど宇都宮勢の兵が強かったとしか思えません。城に籠って戦うというより、主に城下の多功ヶ原で激突したようなので、野戦と考えた方が良いのかもしれません

<バス停>
shirononagori412 (2).JPG
ところで、その多功ヶ原って具体的にはどこなんですかね?

<関東平野>
shirononagori412 (1).JPG
ここまで平なんだから、まぁ見えている範囲内のどこかなんでしょう

いずれにせよ、命掛けで戦う猛者が揃っていたら、攻め手が『ドン退き』となるのは当然のこと。宇都宮勢は死をも恐れぬ勢いで侵入者たちに挑んでいったのかもしれませんね。

■つわものどもが夢の跡■
shirononagori412 (16).JPG
宇都宮氏の重要拠点として、戦国時代に幾度となく強敵を退けた多功城ですが、天下人秀吉によって突然宇都宮氏が改易(1597年)され、出城としての役割を終えることになりました。

------■多功城■------
築城者:多功宗朝
築城年:1248年(宝治2)
城 主:多功氏
  (長朝・房朝・綱継)
廃城年:1597年(慶長2)
現 況:石橋ゴルフガーデン他
[栃木県河内郡上三川町大字多功]

-----追 記-----
<帰路>
shirononagori412 (14).JPG
来た道を戻るのもなんなんで、低地の畦道を歩きました。

<土塁?>
shirononagori412 (15).JPG
雑木林に土を盛ったような気配を感じたものの、気のせいだろうと思い、特に草に分け入ることもなく通り過ぎました。

ところが、この時の様子をTwitterに投稿したところ、城跡巡りの先駆者に、雑木林のなかにも遺構があるとを教えてもらいました。

あらら
そうでしたか

ちょっと残念ですね。でもまぁまた行く機会もあるでしょう。総じて満足な訪問となりました。


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posted by Isuke at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 城跡[関東]
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