2019年07月10日

久地円筒分水と溝口暗渠散歩(川崎市)

今回は久々に水路の話です。

久地円筒分水くじえんとうぶんすい
<円筒分水>
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こちらは川崎市の二ヶ領用水久地円筒分水。中央の円筒から水を湧き上げ、外側の円筒の淵から溢れさせて、水路に流す仕組みになっています。思いのほか大きい!円筒は中央が直径8m、外側は16mです。

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溢れさせて

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分水されて各々の水路へ

<憩いの場所>
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円筒分水そのものは他にもありますが、ここ高津区の円筒分水はその先駆け。今では周辺も整備されて、市民の憩いの場所にもなっています。


■二ヶ領用水の分水■にかりょうようすい
二ヶ領用水とは、多摩川から引き込んだ水を川崎市内の広範囲に渡って供給する用水路で、その始まりは江戸時代初期まで遡ります。ここ久地では、古くから二ヶ領用水の水を4つの堀(久地堀・六ヶ村堀・川崎堀・根方堀)に分水していました。しかし樋(水門)による水量の調整は難しく、水をめぐる揉めごとの種にもなっていたそうです。昭和になってコンクリート製の円筒分水が造られ、円周比による正確な供給が可能になったとか。

円形なら均等に淵から溢れ出ますよね。これを予め約束した比率(灌漑面積に応じた比率)で仕切っておけば、同じ割合で水を供給し続けることができますね。ここへ流れ込む水量が変わっても、分水の比率は変わらない。なるほど、納得です。

以前から存在だけは知っていた二ヶ領用水久地円筒分水。その実物を目の当たりにすることができ、満足な訪問となりました。

■訪問
二ヶ領用水久地円筒分水
[神奈川県川崎市高津区久地]

終わり

ではなく、この日はここから先の水の行方を追いました。円筒分水から分水される4つの堀の1つ、根方堀のいまを確認しに。


溝口暗渠散歩

■根方堀■
根方堀は先ほどご紹介の円筒分水から始まり、現在の川崎市高津区南東部の平地を潤した用水路です。根方十三ヶ村堀ともいいます。ニヶ領用水を、13の村に届けるための水路ということですね。13の村とは、具体的には久本・溝口・坂戸・末永・新作・清沢・厳川・子母口・明津・ 新城・上小田中・下小田中・神地。このうち久本村溝口村のいまを確認すべく、溝口の駅へと向かいました。

と、ここまではいつも通り単独行動。このあと、武蔵溝ノ口駅改札前で街探索のお仲間たちと合流しました。川崎を愛し、川崎を知り尽くしたKさんと、同じく地元で庚申塔に詳しいSさんに導かれ、江戸時代の絵図を片手に古き溝口のいまの姿を確認して歩きました。10人を越える参加者の関心事はまちまちですが、川と水路、そしてそれらが地下に埋設された暗渠は全員共通テーマです。

■溝口探索■
大まかには溝口周辺の散策ですが、この日はリーダーKさんのチョイスで、溝口の南側にに広がる旧久本村をメインに散策しました。

Kさんによれば、久本村は多摩川の氾濫低地を水田として利用し、台地を集落や畑として利用した二段構えの構造になっているとのこと。その間を貫く『神奈川道』と呼ばれる古道、そして二ヶ領用水根方堀を辿る探索です。もちろん、寄り道を沢山しながら。以下脈略ありませんが、散策時の画像です。

<ポレポレ通り>
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人通りの多いポレポレ通りです。上手く人を避けて撮影できましたが、実際には買い物客で賑わっていました。もはや水の雰囲気は漂っていませんが、かつては水路。蛇行する自然の川とは異なり、直線に掘られた用水路のなごりです。

<南田堰>
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かつてここに用水路の堰があったようですね。根方堀がこの付近を流れ、近くにあったこの南田堰をめぐり、溝口村と久本村の間で大きな水騒動がおこったとのこと。こういった水をめぐる争いは、この地に限らず日本全国で起きていた問題です。我が国の農業は水田がメインですからね。水がどれだけ重要か、改めて考えさせられます。


<アーケードの下>
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こちらはアーケードの下に飲み屋がひしめく線路沿いのマニアックなエリア。左手の線路側は
shirononagori347c2.JPG
暗渠になっていますね。ひっそりと。南武線の線路との間を流れていく根方堀の暗渠です。この景色の情緒が人を引き付けるのでしょうか。暗渠ファンには知られた場所で、私もSNSなどで何度かこの景色を見たことがありました。そして今回ついに初訪問です。

<暗渠>
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右側は水路が埋設されている状態なので、その断面を見ただけで、道とは構造が異なるのが分りますね。

<暗渠は続くよ>
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どこまでも

<橋のなごり>
shirononagori347c5.JPG
構造上の理由で取り除かなかった橋のなごりですかね


さてさて
次は暗渠と先述の神奈川道です。

<暗渠と古道>
shirononagori347f (3).JPG
丘と低地の境界線を、ここまで寄り添うように並んでいた根方堀と神奈川道ですが、高低差の都合でお別れです。左側の物置の下が根方堀の暗渠。右手に続く道が神奈川道です。神奈川道の行き先は神奈川宿。東海道五十三次の3番目の宿場です。
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物置の向こう側に続く暗渠です。


暗渠以外にもいろいろと

<久本神社>
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高津区久本の久本神社。明治になって、久本村内にあった4社を合祀して創建されました。古くより地元民の尊崇をあつめて来た久本の鎮守です。

<庚申塔>
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こちらは通称片町の十字路にある庚申塔です。庚申信仰の本尊とされる青面金剛が、邪鬼を踏みつけているお姿。その下には見ざる言わざる聞かざるが刻まれています。また、この庚申塔は大山街道の道標としての役割も担っていました。大山街道とは、江戸の赤坂御門から始まり、ここ溝口を経て伊勢原・矢倉沢へ至る長い長い道のり。その街道沿いに立ち、道行く人に行く先が正しいことを示し続けてきたわけですね。

<濱田庄司生誕の地>
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濱田庄司は第1回人間国宝に認定された益子焼の陶芸家。ここ溝口の生まれだそうです。

<久本薬医門公園>
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立派な門です。こちらは江戸時代から8代続いた医家・岡家の屋敷跡です。地域に貢献した岡家跡地は、地元民の願いから公園として整備されています。

かなり省略しましたが、だいたいこんな感じの探索となりました。不慣れな街でありながら、効率的で、更に奥深い体験となりました。ご案内役のKさん、Sさん、そして参加者の皆さまに感謝です。

shirononagori347f (5).JPG

以上
溝口暗渠散歩でした。この後は参加者の皆さまと地元の人気店にて。

<玉井 西口店>
tamai.jpg

<金運つくね>
tamai2.JPG

昼も夜も充実の一日でした。


------お勧め暗渠本------
実は今回の溝口暗渠散歩に、暗渠ファンの間では有名な方が参加されていました。いつもなら逆に説明をする立場の方ですが、今回はご自身の関心事に集中できた様子。著書は沢山ありますが、私のお勧めは「はじめての暗渠散歩」です。著者4名のうちお一人が、今回ご一緒させて頂いた方です。さて、誰でしょうねw

はじめての暗渠散歩(ちくま文庫)
本田創/山英男/吉村生/三土たつお




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タグ:暗渠
この記事へのコメント
HORIKENさん
当日はお世話になりました。地元へ戻ってからの飲み会も楽しかったです。また宜しくお願いします!
Posted by Isuke 2020 at 2019年07月12日 22:12
お邪魔します。

当日の様子が見事に描写されてますね。素晴しいです!
Posted by HORIKEN0422 at 2019年07月12日 17:01
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