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2017年07月08日

初めての沐浴

花たんを初めて沐浴したエピソードです。

花たんが病理解剖から戻ってきてから、
看護師さんに
「パパ、ママ、
 花たんの沐浴をされますか?」
と、聞かれました。

びっくり!

まさか、花たんを沐浴できるなんて!

喜んでOKの返事をして、

丸裸の花たんをベビーバスに入れ、洗ってあげました。

海パパも私もウキウキでした。

お湯はちょっと熱くないかな?なんて、気にして見たり。
花たんのお股を見て、
「女の子だから、太陽のくんのようにゴシゴシ洗わないようにね!」と海パパに注意を促したり。

花たんはまだ温かく、皮膚の色もキレイで、本当にねんねをしてるだけのようでした。

だけど、抱きあげた時、
首がダランとなり、あわてました。
首がすわってなく、ふにゃふにゃなのはもちろんのこと、
亡くなっているので、力など全く入っておらず、本当にふにゃふにゃ・・。

そして、胸には、解剖により、縦、横に、大きく切られた跡があり、
テープを張っていましたが、
体を動かすたびに、少し血がにじむ感じがしました。
花たんががんばった「傷痕」を、私はしっかり目に焼き付けました。

海パパと私は、慎重に慎重に、花たんをベビーバスにつけ、
泡をつけ、ガーゼでやさしく拭きとりました。

ああ・・・
小さい。
まだ生まれて58日目の小さな赤ちゃん。
可愛い・・。

明日も、明後日も、
毎日、お風呂に入れてあげたかったよ・・。

NICUにいた時、
沐浴をしてるママを見て、どれだけ羨ましいと思ったことか。

私も、やっとやっと、花たんを沐浴できた。

まるで生きてる子のように、「気持ちいいね」と声をかけてあげて、
服を着せてあげました。

とても嬉しかったです。
花たんも嬉しかったよね。

あたりまえのことが、こんなに嬉しいなんてね。

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おばあちゃんと花たん

花たんに死亡時刻が告げられ、
花たんについていた管がすべて外されてからのこと。

同じICUの景色とベッドの上に、
花たんは、普通の赤ちゃんと同じようにねんねしていました。

お顔にも、手にも、足にも、管はありません。
入院中の花たんに用意していた可愛いバスタオルにくるまれていました。

不思議と肌色が青かった花たんは、何事もなかったかのような、色白のお肌をしていました。

本当なら、

出産した後、

なんの管もついていない、色白の花たんを、

抱っこして、あやす日が来ると、

信じていた・・

その光景が、やっと、今、目の前にありました。

花たんを抱きあげ、

もう、泣いてくれない、我が子を、
海パパとともに、あやしました。

私たちは、泣きながら、笑っていました。

亡くなったのは悲しいけれど、
パパとママの腕に抱かれて、花たんも喜んでくれているかな・・
そう思いました。

この幸せな時間が長く続かないこともわかっていました。
お葬式をどうすべきか、という課題が頭をかすめましたが、
今はただ、花たんを普通に抱っこできる時間に喜びをかみしめていました。

そこへ、
花たんのおばあちゃん(私の母)が、かけつけました。

予告なしなので、びっくりました。

看護師さんが、「中に入ってもらっても良いですか?」と私に断りを入れて下さりました。

正直な気持ち、

誰にも気を使いたくない・・
私が花たんの抱っこをずっとしていたいのに・・
と、複雑な気もちでした。

おばあちゃんに入ってもらうと、

見たことのない不安げな顔で病室に入り、

「花たん、花たん・・」と名を読んで、
花たんをなでなでしました。

花たんはおばあちゃんに抱っこをされました。
おばあちゃんは花たんを抱っこするのは初めてでした。

「こんなにかわいいのにね、花たん・・。かわいいのにね。
 温かいね。
 寝てるみたい。
 寝てるみたいね・・。」

と、おばあちゃんは泣きながら、花たんを優しく揺らして泣いていました。

私は、その姿を見て、
また泣きました。

妊娠して病気がわかってから、
身内が心配の声をかけてくれるたび、
私は気丈に振る舞いました。

でも、
ここでは、もう、その気力さえなく、泣きました。

そして、
私の母が病室に来てくれたことに感謝をしました。

花たんが、
おばあちゃんの腕の中で、
喜んで眠っているように見えたからです。

私が娘を思いっきり抱きたかったように、
おばあちゃんも、産まれてきた孫を抱きたくてたまらなかったことに気づきました。

そして、
これから数日間花たんと過ごす時間を、
誰のジャマも入れないようにしたいなんて、
私個人のエゴでしかないことにも気づきました。

花たんは、たくさんの人に愛してもらっているから、
花たんに会いたと、これからやってくる人に、
たくさん、抱っこしてもらって、たくさん、なでなでしてもらおう・・。

そう思いました。

おばあちゃんはその後、「あの時、かけつけて良いのかとても迷ったんだけど・・。どうしても花たんに会いたくてたまらなかったのよ・・。」と、私にも「ごめんね。」と言いましたが、
私は、今でも、遠い病院まで来てくれたことを感謝しています。

花たん、

花たんのことが大好きなのは、
パパ、ママ、だけでなく、
おばあちゃん、おじいちゃん、お兄ちゃん、
おじちゃん、おばちゃん、
私の友人、
このブログを見て、応援してくれた人、
いっぱいいるのよ。

次は、花たんを初めて沐浴したエピソードです。

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2017年07月02日

花たんとの日々(闘い終わり、花たんと心臓さんはお空へ)

ある日、ICUへ行くと
「処置中なので少しお待ちください。」
と言われました。
またイヤな予感がしました。

予感は的中。
花たんの血圧は40台まで下がり、命を落としかけていました。
先生が処置をしてくれ、
なんとか落ちつきましたが、

予断を許さない
再度、急変したら、もう、難しい

と言われました。
多量の薬でつながった命でした。
心拍の乱れをペーシメーカーで保ちました。

主治医の先生から、今後について、

医療で治す限界を超えた
積極的な治療はしない
会いたい人は会いに来てもらってください

と言われました。

ついに、
あきらめなかった先生から、
生きるための「選択肢」を出されない日が来ました。

ここあたりから、リアルタイムで日記をつけていたので、
そちらを見て頂けたらと思います。(重複すると表現がズレるかもしれないので・・)

花たん、急変

1人になるより2人がいい

モニターに一喜一憂

スパゲティーなベッド

花たん、亡くなりました

花たんが、亡くなった日のことも、日記に書いてあります。

心臓が止まった日のこと1 (病院から呼び出しが来るまで、です)

心臓が止まった日のこと2 (病院にかけつけた後、少し花たんの状態が落ち着くまで、です)

心臓が止まった日のこと3 (花たんが亡くなるまで、です)

心臓が止まった日のこと4 (体についていた管が外された時のこと)

花たんの闘病は未来へ

花たんとの日々シリーズはこれで終わりますが、
花たんが、おうちに帰って来てから、お葬式をするまでの、
ことも、記事にしますね。

花たんとの日々(おそれていた感染症になる)

先生から「感染症」を言われた日、
その日も花たんの血圧は60台でした。
血中酸素は70台、
むくみは昨日より増えている。
青い姿・・。

血圧は、高圧剤で助け、
昨日に比べると、感染の値が少し下がったと、聞きました。

胸が開いているので、
心臓を洗浄し、調べると、心臓はキレイだったということです。

抗生物質で対応し、
何の感染かわかれば、その感染にあう抗生物質を投与するとのことでした。

無脾症なので、感染はきびしい・・といったことを言われました。

脾臓は病原菌から身体を守る役割があるそうです。
花たんは、それが無い子・・。

病原菌によって、苦しい状態が続く中、
ただでさえ、心臓が弱いのに、がんばれるのだろうか・・。

心配や不安ばかり大きくなるけど、

すやすや眠ったままの花たんの頭をなでると温かい。
指の爪も随分と伸びて。
こんな状態でも、この子はまだ生きてる。

先生も、感染の居所をつきとめて、対応策を考えているし、
まだ終わりじゃない。

どうか、助かりますように。

この子が苦しくありませんように。

私は、祈るしかありませんでした。

それから2、3日。
先生方の治療のおかげで血圧は安定しました。
薬が増えたからか、
むくみが増え、
またまぶたが腫れていました。

花たんは肺炎をおこしていました。

長く人工呼吸器をつけているとバイ菌の温床になりやすいようです。

でも、まだまだ人工呼吸器がとれそうにはありません。

心配させても、這い上がるのが花たんだ、と信じていました。

花たんが亡くなる3日前。

花たんは、危険な状態に陥りました。

つづきはまた・・。

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花たんとの日々(イヤな予感)

奇跡的に回復をした花たん。

心臓も元気に動きだしました。

上がったり下がったりしながらも、
がんばっていける、
そう思いました。

青かった花たんの肌色に赤みが出た気がしました。

そんな状態が続いたのもほんの数日でした。

ある日のこと。

「今日はもっとむくみもひいて、肺血流も良くなっているかな。」

と、期待を込めてICUに行きました。

機械の数値を見ると、

安定を保っていたはずの血圧が60台。
血中酸素は70前半。
むくみもふえている。

何か処置をしたのかしら?

待てども、先生からも看護師さんからも説明はない。

不安・・

ICU内には、いつも花たんの説明をしてくれる先生が、モニターを見て
難しい顔をしていました。

花たんになにかあった?
それとも別の子のことで?

なにか、あったら、きっと、話をしてくれるはず。

だから、まだ大丈夫。

先生も看護師さんも忙しい日だったんだ。

今日はたまたま数値が悪かったんだ。

私、1人であせってるんだ。

きっと、大丈夫。

大丈夫。

花たんにも、自分自身にも言い聞かせるように、ICUを出ました。

外は雪が降っていました。

幼い兄弟が、雪をすくってぶつけあいっこをしてました。

大丈夫、
大丈夫、

花たんも、来年はこの雪をすくって太陽くんと遊ぶことができるはず。

あきらめたくない未来を夢見ながらも、
不安につぶされ、
涙を流しながら、雪の中を歩いていました。

家に帰ってからも、
今、花たんはどうしているのだろうか、
落ちついているだろうか、
何かあれば、先生は連絡をしてくれるはず、
携帯がならないから、きっと大丈夫・・

と、1人で気を落ち着かせようとしていました。

低い血圧の数値・・
難しい先生の表情・・
何も声をかけてくれなかった看護師さん・・

思い出しながら、もんもんとした夜を過ごしました。


翌日は、「気のせいであってほしい」と祈りながらICUに向かいました。

この日、先生がやってきて、

「花たんは、昨日から血圧が下がっている。
 感染しているようです。」

と告げられました。

恐れていた感染症になってしまいました。

ああ・・
イヤな予感の方が当たった・・

花たんが亡くなる1週間前のことでした。

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2017年06月27日

花たんとの日々(誰ひとりとして、あきらめなかった)

花たんが亡くなる2週間ほど前・・。

先生に「花たんを劇的に回復させる術がない」と言われましたが、
先生は、あきらめていませんでした。

・ 外科手術で肺血流を良くする。
・ 再度人工心肺を装着して、心臓の負担を減らし、むくみを取る。

等々の提案があがりました。
どのタイミングでそれを行うのが良いのか検討しているとのことです。

私は、本当に、感謝しました。

それでも、先生はあきらめていない。
お医者さんは本当にすごい。
どうすれば良いのか、常に常に考えてくれている。(とても迅速に)

結論としては、
「外科手術」は、現在の弱っている花たんには危険と判断され、却下・・。(時期を見ることになった、と言いましょうか。)

あらゆる薬や方法で、対応しても、
花たんはじりじりとしか回復しない。(と、いうか、平行線)

先生は、「イチか、バチか、やってみるしかない、日が来る」と言っていました。

イチだとしてもバチだとしても、
「生きる可能性」というアタリがある選択するしかない。いえ、ぜひ、したい。

ここで、手を上げて、
「ムリです」
と、言ってしまえば終わりだもの。

私も出来る限りのことをしたい。
願いが叶うという有名神社にも行きました。(こんな程度ですが・・)

言魂(コトダマ)を信じて、
花たんの耳に
「大丈夫よ!治る!治る!今日はダメでも明日は良くなるから!」
と言い続けました。
海パパと面会に行った時は、夫婦でリビングで会話しているように、キャッキャと笑い、冗談を言いました。
そして
「おうちに帰ってたら、イヤでも、ママとパパのくだらない会話を聞くことになるからね。覚悟しててよ〜!」
と言いました。

目を開けず、動かない娘。
だけど、この時期、
まつげがキレイにのびて、
ふせている目元が美しく見えました。
女子の顔をしてました。
成長した姿を見たいなぁ。
気が早いけど、
成人式には綺麗な着物を着せてあげて
「赤ちゃんの時は大変だったけれど、こんな大きくなってくれて、ママ、泣いちゃうわ!」
なんて言ってみたいなぁ。

私も、あきらめませんでした。

すると、

花たんは、また奇跡的に回復しました。

亡くなる10日程前でした。

先生から
「良い報告があります。血圧が徐々に良くなり、現在も良い状態をキープしています。心臓を助けるお薬も減らしました。」
と報告がありました。

薬をだいぶ減らしても、血圧は保たれているということです。
胸を全部閉じる、という目標が再び浮上しました。

すごい!
花たんもあきらめてなかった!

先生も、パパママも、花たんも、みんな、
生きることをあきらめてなかった!!
すごい!すごい!すごい!

医療の皆さまから、花たんから、
私の人生において、とてもとても、大事なことを教わりました。
この苦しい中での粘りは、その後、悲しみの底に沈む私を救うことになります。
そのエピソードはいずれ・・。

まだ、もう少し、
花たんの日々を書きますね。

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花たんとの日々(劇的に回復させる術がない)

大手術を終え、花たんが素晴らしい回復力を見せてから1週間は経過。

胸を全部閉めることにトライしたけど、花たんの具合が悪くなり、断念。
花たんは、むくみが増えてしまい、また回復するのを待つ状態。

花たん号は、浮いたり、下がったり・・


ここあたりから、
心臓以外の心配事が増えました。

まずは感染症。
胸がひらいたまま。
そして壊死した指。(1本だけです)

寝たきりな上、頻繁に体位変換できないので、
背中にあせもができていると聞いた。
ここもバイ菌の温床になるのだろうか・・。

妊婦の時、赤ちゃんの闘病ブログをたくさん、読んだ。
奇跡的な回復を見せた後、感染症で亡くなった子が多いことを知っていた。

心臓の手術はうまくいったのに・・。
感染症で亡くなるなんて、絶対に嫌だ・・。

心配事はそれだけじゃない。

栄養不足。

生後1カ月をすぎた花たん。生後2カ月に向けて時は過ぎていました。

体に負担をかけないことが第1だったため、ミルク投与を中止していました。

胸を閉じて回復すれば、ミルク!という話しも出ていましたが、(私もがんばって母乳をストックしましたが)
今のところ、ミルクをのめる状態ではなし。

ブドウ糖の点滴だけでは栄養が足りなくなる、と言われました。

見てて思ったのですが、
花たんは顔はぷっくらしていたのですが、腕や足は、骨と皮だけ。

赤ちゃん独特のプニプニした感じではなく、
触ればすぐに骨を感じていました。


心配事はまだまだ・・。

人工呼吸器に長く頼っていると肺が悪くなる、と先生から言われました。



怖い、怖い。
うまくいったと思ったら、また花たんに敵が現れる。


先生からは、現時点では劇的に回復させる術はない、と言われました。

花たんに、「ゆっくりがんばろうね」と言い続けてきたけど、
もう、ゆっくりしてはいられないみたいよ・・。

この子に終わりを宣告されるときって、一体、どんなシチュエーションなんだろう・・・

不謹慎にも、そんなことを考えてしまいました。

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2017年06月26日

修正しますね

昨日投稿した記事は、
タイトル違いなのに同じ内容の記事になってしまいました。
後日になりますが、修正しますね!

* 修正しました。

2017年06月25日

花たんとの日々(肺血流との闘い 3)

面会に行くと、いつもと変わらず青い姿でベッドに横たわる花たん。

なんてかわいい。青くてもかわいい。
「おはよう、今日はどう〜?」と花たんの頭をなでなでしました。

先生がやってきて、
「心臓が元気になってきましたよ。おしっこも出てますよ。前に進んでますよ。」
と、嬉しい言葉がありました。

むくみもかなり減ったようです。
良い感じになっている割には、「肺への血流が少ない」というひっかかりは残っているそうですが・・。

花たんが元気になってきているので、
開いた胸を閉じることになりました。

そんな状態になり、すぐに胸は半分閉じられました。
もっと心臓が元気になれば、全部閉めましょう、と。

先生から「花たん、がんばりましたよ!」と褒めてもらいました。

すごいすごい。花たんの底力はすごい!!!

花たんが元気になった時のために、母乳をしぼりました。
今までサボっていてゴメン!
いっぱいストックを作っておくね。
・・・あまりでなくなっていましたが。
胸にアザが残るまで絞りました。

私の母乳、まだ飲んでいなかったよね。
飲める日が来るかもしれないね。
がんばろうね。

その後の花たん、
おしっこも出ているようで、まだがんばってくれていました。

胸を全部閉じることになりました。

この日が迎えられるなんて!!!!

花たん号が、「死海」から離れ、上空を飛び始めましたか?
花たん号のプロペラ(心臓)は元気よく動き始めましたか?

ところが、でした。

胸を閉じた後、
花たんは苦しくなった様子。酸素の数値が悪くなりました。
胸は再び半分開けた状態。
花たんが回復するのを待つことになりました。

花たん、
ちょっと急ぎすぎたかな?
期待しすぎたかな?
花たん、いいよ、いいよ。
人生七転び八起きという言葉があるのよ。
7回ダメでも、8回目でOKなこともあるよ。
あきらめたら、終わり。

どうか、終わらないでね。

そんな日々でした。

花たんとの日々(肺血流との闘い 2)

心臓の逆流はなくなったのに、
また花たんは「肺血流」が問題になってました。

花たんの血流。
肺に行くの酸素は、ギリギリの低酸素でした。
肺にいく酸素が少ないと、青くなるということです。

肺に行く酸素量を多くしたら、解決する問題ではありませんでした。
酸素量が増えると、心臓に負担がかかるので、
花たんががんばりきれなくなるかもしれない。

今、
奇跡的なバランスで花たんはがんばっているということでした。

今は花たん自身がどこまで回復するか様子を見るしかない、
という感じでした。

花たんに「ゆっくりでいいからね。」「無理しないでね。」と私は花たんに言い続けました。
死んでしまったら、終わりだもの。
生きていれば、まだ、先はある。
今日がダメでも、明日がある。

そんな中、花たんの酸素は、
指先の細い血管まで届かず、
指の壊死が始まりました。

先生と看護師さんは、
新しく起こった問題や課題に対して、すぐに原因を見つけ、対応してくださいました。

「出来る限りのことは、すべてしています。」て言われました。

ありがたいことです。

そして、
これでダメなら、「できることはもうない」ということでしょうか・・。

私が頼るべきは、
もう神ではなく、
医療でしかありません。

先生が、できることすべてをしてくださっているなら、

後は「花たんの力」でしかないのです。

花たん、がんばれ!
花たん、がんばれ!

花たんに言いました。

大好きよ、大好きよ、

いっぱい言いました。

ICUに向かうまでも不安がつきず、
自宅に戻ってからも心配で、
いてもたってもいられない毎日でした。

「死海」の上の花たん号は、ひょろひょろと浮いたり落ちそうになったり。
先生達は、どんな状態でも、
「今、どうすべきがベストか」
を考えてくださっている。
その姿勢にどれだけ励まされ、感謝をしたことか。

こんな状態でも、
生きているのは、
花たん自身が1番、
生きることをあきらめたくない、
と、思っているからだ。

そう、思っていました。
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