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2017年06月27日

花たんとの日々(誰ひとりとして、あきらめなかった)

花たんが亡くなる2週間ほど前・・。

先生に「花たんを劇的に回復させる術がない」と言われましたが、
先生は、あきらめていませんでした。

・ 外科手術で肺血流を良くする。
・ 再度人工心肺を装着して、心臓の負担を減らし、むくみを取る。

等々の提案があがりました。
どのタイミングでそれを行うのが良いのか検討しているとのことです。

私は、本当に、感謝しました。

それでも、先生はあきらめていない。
お医者さんは本当にすごい。
どうすれば良いのか、常に常に考えてくれている。(とても迅速に)

結論としては、
「外科手術」は、現在の弱っている花たんには危険と判断され、却下・・。(時期を見ることになった、と言いましょうか。)

あらゆる薬や方法で、対応しても、
花たんはじりじりとしか回復しない。(と、いうか、平行線)

先生は、「イチか、バチか、やってみるしかない、日が来る」と言っていました。

イチだとしてもバチだとしても、
「生きる可能性」というアタリがある選択するしかない。いえ、ぜひ、したい。

ここで、手を上げて、
「ムリです」
と、言ってしまえば終わりだもの。

私も出来る限りのことをしたい。
願いが叶うという有名神社にも行きました。(こんな程度ですが・・)

言魂(コトダマ)を信じて、
花たんの耳に
「大丈夫よ!治る!治る!今日はダメでも明日は良くなるから!」
と言い続けました。
海パパと面会に行った時は、夫婦でリビングで会話しているように、キャッキャと笑い、冗談を言いました。
そして
「おうちに帰ってたら、イヤでも、ママとパパのくだらない会話を聞くことになるからね。覚悟しててよ〜!」
と言いました。

目を開けず、動かない娘。
だけど、この時期、
まつげがキレイにのびて、
ふせている目元が美しく見えました。
女子の顔をしてました。
成長した姿を見たいなぁ。
気が早いけど、
成人式には綺麗な着物を着せてあげて
「赤ちゃんの時は大変だったけれど、こんな大きくなってくれて、ママ、泣いちゃうわ!」
なんて言ってみたいなぁ。

私も、あきらめませんでした。

すると、

花たんは、また奇跡的に回復しました。

亡くなる10日程前でした。

先生から
「良い報告があります。血圧が徐々に良くなり、現在も良い状態をキープしています。心臓を助けるお薬も減らしました。」
と報告がありました。

薬をだいぶ減らしても、血圧は保たれているということです。
胸を全部閉じる、という目標が再び浮上しました。

すごい!
花たんもあきらめてなかった!

先生も、パパママも、花たんも、みんな、
生きることをあきらめてなかった!!
すごい!すごい!すごい!

医療の皆さまから、花たんから、
私の人生において、とてもとても、大事なことを教わりました。
この苦しい中での粘りは、その後、悲しみの底に沈む私を救うことになります。
そのエピソードはいずれ・・。

まだ、もう少し、
花たんの日々を書きますね。

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花たんとの日々(劇的に回復させる術がない)

大手術を終え、花たんが素晴らしい回復力を見せてから1週間は経過。

胸を全部閉めることにトライしたけど、花たんの具合が悪くなり、断念。
花たんは、むくみが増えてしまい、また回復するのを待つ状態。

花たん号は、浮いたり、下がったり・・


ここあたりから、
心臓以外の心配事が増えました。

まずは感染症。
胸がひらいたまま。
そして壊死した指。(1本だけです)

寝たきりな上、頻繁に体位変換できないので、
背中にあせもができていると聞いた。
ここもバイ菌の温床になるのだろうか・・。

妊婦の時、赤ちゃんの闘病ブログをたくさん、読んだ。
奇跡的な回復を見せた後、感染症で亡くなった子が多いことを知っていた。

心臓の手術はうまくいったのに・・。
感染症で亡くなるなんて、絶対に嫌だ・・。

心配事はそれだけじゃない。

栄養不足。

生後1カ月をすぎた花たん。生後2カ月に向けて時は過ぎていました。

体に負担をかけないことが第1だったため、ミルク投与を中止していました。

胸を閉じて回復すれば、ミルク!という話しも出ていましたが、(私もがんばって母乳をストックしましたが)
今のところ、ミルクをのめる状態ではなし。

ブドウ糖の点滴だけでは栄養が足りなくなる、と言われました。

見てて思ったのですが、
花たんは顔はぷっくらしていたのですが、腕や足は、骨と皮だけ。

赤ちゃん独特のプニプニした感じではなく、
触ればすぐに骨を感じていました。


心配事はまだまだ・・。

人工呼吸器に長く頼っていると肺が悪くなる、と先生から言われました。



怖い、怖い。
うまくいったと思ったら、また花たんに敵が現れる。


先生からは、現時点では劇的に回復させる術はない、と言われました。

花たんに、「ゆっくりがんばろうね」と言い続けてきたけど、
もう、ゆっくりしてはいられないみたいよ・・。

この子に終わりを宣告されるときって、一体、どんなシチュエーションなんだろう・・・

不謹慎にも、そんなことを考えてしまいました。

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2017年06月26日

修正しますね

昨日投稿した記事は、
タイトル違いなのに同じ内容の記事になってしまいました。
後日になりますが、修正しますね!

* 修正しました。

2017年06月25日

花たんとの日々(肺血流との闘い 3)

面会に行くと、いつもと変わらず青い姿でベッドに横たわる花たん。

なんてかわいい。青くてもかわいい。
「おはよう、今日はどう〜?」と花たんの頭をなでなでしました。

先生がやってきて、
「心臓が元気になってきましたよ。おしっこも出てますよ。前に進んでますよ。」
と、嬉しい言葉がありました。

むくみもかなり減ったようです。
良い感じになっている割には、「肺への血流が少ない」というひっかかりは残っているそうですが・・。

花たんが元気になってきているので、
開いた胸を閉じることになりました。

そんな状態になり、すぐに胸は半分閉じられました。
もっと心臓が元気になれば、全部閉めましょう、と。

先生から「花たん、がんばりましたよ!」と褒めてもらいました。

すごいすごい。花たんの底力はすごい!!!

花たんが元気になった時のために、母乳をしぼりました。
今までサボっていてゴメン!
いっぱいストックを作っておくね。
・・・あまりでなくなっていましたが。
胸にアザが残るまで絞りました。

私の母乳、まだ飲んでいなかったよね。
飲める日が来るかもしれないね。
がんばろうね。

その後の花たん、
おしっこも出ているようで、まだがんばってくれていました。

胸を全部閉じることになりました。

この日が迎えられるなんて!!!!

花たん号が、「死海」から離れ、上空を飛び始めましたか?
花たん号のプロペラ(心臓)は元気よく動き始めましたか?

ところが、でした。

胸を閉じた後、
花たんは苦しくなった様子。酸素の数値が悪くなりました。
胸は再び半分開けた状態。
花たんが回復するのを待つことになりました。

花たん、
ちょっと急ぎすぎたかな?
期待しすぎたかな?
花たん、いいよ、いいよ。
人生七転び八起きという言葉があるのよ。
7回ダメでも、8回目でOKなこともあるよ。
あきらめたら、終わり。

どうか、終わらないでね。

そんな日々でした。

花たんとの日々(肺血流との闘い 2)

心臓の逆流はなくなったのに、
また花たんは「肺血流」が問題になってました。

花たんの血流。
肺に行くの酸素は、ギリギリの低酸素でした。
肺にいく酸素が少ないと、青くなるということです。

肺に行く酸素量を多くしたら、解決する問題ではありませんでした。
酸素量が増えると、心臓に負担がかかるので、
花たんががんばりきれなくなるかもしれない。

今、
奇跡的なバランスで花たんはがんばっているということでした。

今は花たん自身がどこまで回復するか様子を見るしかない、
という感じでした。

花たんに「ゆっくりでいいからね。」「無理しないでね。」と私は花たんに言い続けました。
死んでしまったら、終わりだもの。
生きていれば、まだ、先はある。
今日がダメでも、明日がある。

そんな中、花たんの酸素は、
指先の細い血管まで届かず、
指の壊死が始まりました。

先生と看護師さんは、
新しく起こった問題や課題に対して、すぐに原因を見つけ、対応してくださいました。

「出来る限りのことは、すべてしています。」て言われました。

ありがたいことです。

そして、
これでダメなら、「できることはもうない」ということでしょうか・・。

私が頼るべきは、
もう神ではなく、
医療でしかありません。

先生が、できることすべてをしてくださっているなら、

後は「花たんの力」でしかないのです。

花たん、がんばれ!
花たん、がんばれ!

花たんに言いました。

大好きよ、大好きよ、

いっぱい言いました。

ICUに向かうまでも不安がつきず、
自宅に戻ってからも心配で、
いてもたってもいられない毎日でした。

「死海」の上の花たん号は、ひょろひょろと浮いたり落ちそうになったり。
先生達は、どんな状態でも、
「今、どうすべきがベストか」
を考えてくださっている。
その姿勢にどれだけ励まされ、感謝をしたことか。

こんな状態でも、
生きているのは、
花たん自身が1番、
生きることをあきらめたくない、
と、思っているからだ。

そう、思っていました。

花たんとの日々(死海の上を、ギリギリ飛ぶ 2)

人工心肺がとれて、ベッドの上(の、チューブ)が、スッキリしました。
ここ数日、花たんは見た目が「重病人」のようだったので、
とても、ほっとしました。

だけど、
肌色が以前より青い。(手術の翌日からのことです)

光の加減?
私の気のせい?

先生にも、看護師さんにも、尋ねました。「肌色が青くないですか?」

答えは「人工心肺をしてる間は何の負担もなかったから、肌色も良かったとは思いますけどね。」

といった曖昧な返事でした。
「青いですか?今までと変わりないと思いますけど・・。」と言う、看護師さん。

やはり気のせいかな。
私が心配し過ぎかな。
ごめんね、花たん。

と、思っていました。

今思えば、思い過ごしではなかったと思います。
私は毎日花たんの写真をとっていましたが、やはり、以前より青い我が子が残っていました。

手術後は、皆、青くなるのかもしれません。
私だけがびっくり・ビクビクしていたのかもしれません。
そこらへん、気にすべきことだったのか、気にしなくて良かったことなのか、今でもわかりません。

その時期、花たんが生まれて1カ月たった頃でした。
ICUに通うことが日常になり、
こんな時期になってようやく、機械の数値を確認するようになりました。

どこを見たら何がわかるのか、先生や看護師さんに聞きました。
毎日、自宅に戻った後、メモを残しました。

血中酸素は80前後の日があれば、
翌日には75前後、
その次の日は70前半・・。

ところが、血圧のほうは徐々に安定が見えていると言われ、おしっこも出始めてきている。

数値を見ても、何がいいのか悪いのか、よくわからず・・

「昨日より数値が・・」と
毎日先生に聞くからか、
「大手術の後だから、時間はかかりますよ。」と言われました。
看護師さんからも「人によって回復のペースはありますよ。花たんはがんばってますよ。」と、言って頂きました。

手術をしてから1週間。
良くなっている気配があるような、そうでもないような、
もやもやする状況でした。

花たんをあせらさないように、
私は心配し過ぎないようにしていました。
短い面会時間、
たくさんお話をしてあげました。

青い娘。
目は腫れぼったく、うつろ。
口元もダランと無気力。
動きそうにない、手と足。
人工呼吸器に完全に頼っている、規則的な胸の呼吸。

ピッピッピという機械音がなる中、
「ゆっくりでいいよ。ゆっくり元気になろうね。」
と頭をなでました。

何度も、低飛行から這い上がった花たんだから、大丈夫!
そう信じました。

手術後もまだ、「死海」の上をギリギリ飛んでいる花たん。

ゆっくりでいい・・

なんて言っていましたが、

ゆっくりがもたらす悪影響が次々に花たんを襲ってきました。

まずは、
手術後開いたままの胸。

早く閉じないとバイ菌がはいる心配が増える。

花たんはまだ、万全の状態に回復していない。
今、胸を閉じることで体力が落ちる心配もある、と言われました。

ああ・・苦しいな。
花たんに無理して、ダメになってほしくない。
でも、このまま低空飛行だと感染の危険がある・・。

1番苦しいのは花たんなのに、
ママも勝手に苦しくなっています。
一緒にがんばろう。
1人じゃないよ。
ママも一緒。

弁の手術を終え、逆流の心配はなくなったのに、
今度は「肺血流」との闘いがやってきたのでした。

つづきはまた。








2017年06月17日

花たんとの日々(死海の上を、ギリギリ飛ぶ 1)

手術当日。
結果が怖くて、気が気ではありませんでした。

予定の手術終了時間になる前に、
執刀医の先生自ら、「うまくいきましたよ!」と報告に来て下さいました。

先生から
・ 人工心肺を外した後、花たんの心臓は無事に動いている。
・ 何かあったらすぐ対応できるように、胸は開いたまま戻っている。
・ 次の目標は、胸を閉じること。

と話がありました。

「はい、はい」と、私は元気よくあいづちをしていましたが、
先生のにこにこした表情を見て、
ただ、その笑顔で、
ほーーーーっと、安心していました。
数日前の手術説明の時、先生はとても厳しい表情でした。

そして、覚悟を感じ始めていました。
ところが、
今、先生がにこにこの笑顔で私に話をしている。
安心感にあふれました。

先生の説明は、「良かったこと」も、「まだ予断を許さない」こともあったのですが、
もう、私、舞い上がってしまって、
よく話を聞いていませんでした。

なぜだかわからないけど、
ひざがガクガク震えて、
心臓が急にドキドキ。

庭に出て、
「うわ〜〜、やったぁああああああ〜〜〜〜!!」と叫びたい気分でした。

海パパや、身内に、「成功」を報告。

また涙がポロポロ。

不安で、悲しくて、申し訳なくて、怖くて・・そんな涙をたくさん流していたけど、
はじめてかと思うくらいの嬉し涙でした。

先生ありがとう。

そして、花たん、がんばってくれてありがとう。

ママの誇りです。
本当に強い子。
どこかで覚悟をしてたママを許して、
花たんのほうが、ずっとずっとたくましい。

機械弁が入った心臓で、花たんはがんばりだした。

本来なら、サイズもジャストとは言えず、さらに、筋肉に固い異物がついたので、
ただでさえ生まれたての赤ちゃんで、単心室で、弱いはずの、
花たんの心臓さんはがんばり始めました。

奇跡。
願えば起きるかも。
この子は奇跡を起こすかも。
そう思いました。

死ぬか生きるかの壁を越えたのだから、
あとは這い上がるだけだ!

でも、
それは
浮かれた私の思い込みであって、

ここからがまた、
花たんの闘いの最終章が始まっていたのでした。

もう、目を開けることもなく、
手足を動かすこともなく・・。

落ちたら死んでしまう、「死の海」を、ギリギリの所で、弱弱しく飛んでいる花たん。

術後は、「死の海」すれすれを飛んでいたようです。

心臓は動いていたのですが、
ダメージによるむくみがひどく、むくみがひくよう、お薬が投与されているのですが、
おしっこがでない。

そんな数日の中、
病院の皆さんも、かなり心配したそうです。

私には「昨日と変わらずです。」と言われ続けた数日だったので、「良いのか?悪いのか?」なんだかピンとしない時期でした。

数日後、花たんのおしっこが出始め、むくみもひけていきました。
看護師さんから
「こんなにしんどい状況なのに、花たんはちゃんとおしっこを出してるなんて、偉いね〜。」と褒められました。

死海の上を飛ぶ「花たん号」は少し浮上。

その後も、上がったり、下がったり。

長くなったので続きはまた・・。

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2017年05月28日

花たんとの日々(生きるか死ぬか)

大手術を終えた花たんは、相当なダメージだったようです。

手術の翌日、
ベッド横に置かれた、人工心肺装置、そこから、チューブがのび、花たんにつながっている姿は、息をのみました。
数本のチューブには赤い液体が見えて、
まるで大きな血管がむきだしになっているようでした。

看護師さんは、明るく、優しく、
「おしっこが出てますよ。」
「花たん、がんばってますよ。」
「花たんが楽になるための機械だからねぇ。」
とにっこり声をかけてくれました。

看護師さんがバタバタする様子もなく、
モニターの数値も悪い感じでもなく・・

なんとかもちこたえる、と思っていたのですが、

そう思わせられていたのは、家族が落ち込まないようにという病院の配慮だったのでしょうか、

人工心肺を外す(離脱)説明の時には、ハッキリと
「術後のダメージは大きかった」と言われました。
「どうなるかと・・」
と。

形成手術後、3日後に離脱の説明がありました。

人工心肺の副作用がなく現在に至る。
人工心肺を外してあげたい。
胸を閉じてばいきんが入らないようにしたい。

と。

ぜひ、そうして欲しい。
その時がきた。

ただ、

もし、
人工心肺を外した後、自分の心臓で持ちこたえられないなら・・・

・・・・・

ずっと人工心肺で生きていくわけにはいかない

・・・・

と、いうことは、

それ以上は、はっきり話されませんでしたけど・・

私も海パパも、

「自分の心臓で生きる力がないなら、そこで命運つきると言うことですね・・。」

と理解した。

明日の手術で、
やっと人工心肺は外れる!
血栓への恐怖は遠のく!

でも、
もしかしたら、
花たんは、終わってしまうのかもしれない・・。

早く外してほしいはずの人工心肺も、命綱のように見えました。

花たんにかかってる。

明日のことは、全く予想できない。
先生も。
花たん本人さえ。

手術の前日も家で、花たんを思うと泣けてきました。

妊婦で、お産が近づいた時、「花たんを助けられないかもしれない」という可能性を聞き、一晩中ないた日を思い出しました。

未来を夢見て、浮かれてたのに。
また、振り出し。

それでも、花たんはここまで生きている。
花たんが生きたいから、心臓を止めずに、生きているのだろう。

悩んだって、未来のことはわからないなんて重々承知してます。

神様に祈っても祈っても叶わないものは叶わない、て、ことも承知しています。

それでも、
ママには祈ることしかできなかった。

よくわからないけど、「念じる力」しか、ない、と思ってました。

祈って祈って、
それが少しでも花たんの生きる力になるなら、と。

手術当日、
フェイスブックで「花たんが手術」であることを報告し、「祈ってください」と記事を上げると、幾人かの友人から「花たん、がんばれ」とコメントが来ました。
コメントがなくても、心で祈ってくれるだけで良い。
花たんに、届け!届け!
と、思っていました。

私の心臓が張り裂けそうでした。

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2017年04月30日

花たんとの日々(形成手術)

いつかはしないといけない形成手術の話が浮上しました。
手術が耐えうる状態にまで、花たんは無事に持ちこたえてくれました。
いつ弁逆流が悪化するかわからない、じりじりした毎日の中で、本当に運の良い子でした。

そして、その弁逆流をくいとめる手術です。

(先生からは詳しい説明がありましたが、ここでは簡単にしか記載しません)
弁を縫合することで、逆流をくいとめる。
もし、それが難しければ人工弁へ。
血流路を人工血管で形成。

人工心肺を用いた大きな手術です。

毎回、親として、「NO」という選択肢はありません。
花たんが生きていくには、受け止めないいけないコトの一つです。

なんとなく思いました。
本気で何か大きなモノを得たい時は、
それだけの大きな試練を乗り越えなくちゃいけない。
出産だってそう。
我が子に会うためには「産む」という試練を乗り越えなくては。
ラクして、
大きなモノを得るなんて、
ないよね。

花たんも、大きな試練を乗り越える、
先生も、大きな手術を乗り越える、
親も・・。

その先にまた、
花たんの回復する姿があるなら、
乗り越えたい。
これまで、思った以上に試練を乗り越えてきた花たんなら大丈夫。

私の強い決意を花たんも感じてくれてるよね。
キョロキョロと目を動かしている花たんの頭をなでて、「パワー」を送りました。
頭だけでなく、手や、足にも、パワーを送りました。

手術の日はやってきました。
朝1番の手術。
待機室には、数組の家族が同じように祈りながら、呼び出しを待ってます。
1組いなくなり、2組いなくなり・・
後から入ってくる家族がやってきてはいなくなり・・・

予定していた時間よりも手術は長くかかり、
不安になって途中で「まだなんですか?」と確認に行きました。

この「まだ終わらない」が良いのか、悪いのか?
12時間が経ち、
1分1分が息詰まるようでした。
そわそわ、そわそわ。

ようやく呼ばれ、
ICUへ。

花たんは、眠り娘だった時と同じ、人工呼吸器を装着して横たわっていました。
キョロキョロした目は固く閉じ、パタパタした足は動かず。

そして、
花たんは人工心肺をつけて戻っていました。

人工血管を用いた肺動脈形成は成功。
弁の縫合はできず、人工弁に。

機械弁になっても花たんの心臓は動いてくれたようですが、術後のダメージが大きいので、極力負担がかからない状態を考慮して人工心肺になったと。

私は、
ホっとしたような、
思ってた結果と違う、というショックと、
複雑な感情でした。

でも、
先生は、花たんの命が維持できる最善の策を取ってくれているので、
人工弁になったのも、
人工心肺装着の時間が長くなったのも、
もう、これが花たんの最善なのです。

花たん、よくがんばりました。
先生も、万が一の事態が生じた中で、がんばってくださいました。

これを受け止め、
明日からの回復を信じるしかない。

帰り道、
電車の中、
声を出さずにして、
涙がたくさん落ちて行きました。

電車に乗っている部活帰りの学生さん、お年寄り、こんなにたくさんの人が生きて成長しているのに、
明日の命もわからない子がいるなんて。
それがうちの子なんて。
ひどい。
今、死にたいと思ってる人がいるなら、
どうか、その元気な心臓をくださいよ、
もったいないことしないでよ。
頭の中、わけのわからないとを考えていました・・。

翌日の面会時間の待ちは、不安で不安でたまりませんせした。
悪化してたらどうしよう。
って。

花たんの見た目に大きな変化はないように感じました。(むくみは出てます)
おしっこは順調に出ていると聞き、ほっとしました。
花たんの、底力!!
花たん、昨日の大手術の後でも、おしっこが出てるなんて、すごい、すごい。
花たんの生きる力に、ママはとても感動しました。

* 花たんの弁が形成できなかったのは、弁の長さが短かかったからです。お腹の中にいる時、弁の成長が途中で止まったようです。

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2017年04月27日

花たんとの日々(未来を夢見た頃 2)

眠り娘の花たんだったけど、目をあけていることが増えました。

キョロキョロ。

手足をパタパタ。

ああ、可愛い。

頻呼吸もあり、眠り薬を注入されることもしばしば・・。

徐々にで良いから、筋力をつけて元気になろう!!!
と花たんに「元気パワー」を送りました。

この時期、
花たんが目を開けたことで、

私も海パパも、
花たんは「成功者になる」と信じてました。

「現代の医療はすごいね。」
「昔は助からなかったかもしれないけど、今はオペでこんなに良くなるんだもん。この先、もっと良くなるかもよ。」
「花たんがお嫁に行ったら、この子もここまで来たか・・て、号泣しちゃうね。」
「家族4人で旅行に行きたいね。」
「花たんにいっぱいお外の景色を見せてあげたいね。」
「花たんとなら、どんなに大変でもがんばれるね。やっていけるね。」

未来を夢見て、笑っていました。

小さなお兄ちゃんと妹が手をつないでる姿を見て、
いつか、花たんも太陽くんと手をつないで歩く日が来ると想像しました。

寒い冬には、一緒に温かいお鍋を食べて・・
雪を追いかけて・・
春になれば桜を見て・・

花たんの笑った顔を見たいなあ
花たんの声を聞きたいなあ
花たんとお手手をつないで歩きたいなあ

そんな日が、きっとやってくると信じていました。

今思えば、1番幸せな時でした。

花たんは、順調に経過していましたが、
やはり、
命への起爆剤となるのは「弁逆流」の重さ。

弁の形成手術ができるベストな体調と月齢になるのを待っていました。

生後1カ月になる時、
その時が来ました。

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