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2018年04月30日

花たんのお葬儀3

花たんが火葬場に移動してからのお話です。

花たんとの思い出の中で1番悲しい時間でした。

花たんの棺は、火葬場のレールに置かれました。

葬儀場の方から、優しい口調で説明がありました。
私は、もう涙が止まらなくて、どうしていいのかわからない状態でした。

心の中で、

いかないで、いかないで、と何度も叫びました。

でも、お別れの時間が来ました。

花たんの棺はゆっくりとレールにそって、細長い向こう側へゆっくりと移動していきました。

とても不思議だけれど、

その様子は、

花たんが手術をするために、NICUを出て、
小さなコットに乗って、
ゆっくりと開いた、手術室の扉の向こうへ先生方と移動していく姿に見えました。

扉の向こうまで親は入れないので、海パパと、小さくなる花たんを見送った日を思い出しました。

その時、花たんに「花たん、大丈夫だよ、がんばって!!」と言い続けた私。


ゆっくりと、レールの向こうにいく花たんは、
また、1歩前進していくようで、

私の知らない世界をどんどんクリアしていく花たんをママとして応援してあげないと・・という気持ちになりました。

そして、私は、叫ぶように花たんに届けと声を出しました。

「花たん、ありがとう!花たん、生まれてきてくれてありがとう!!」

花たんのお耳がまだあるうちに・・・もしかしたら、まだ聞こえているかもしれない。

おなかの中で、ママの声をいっぱい聞いてたんだもの、生まれる前から耳は聞こえていたんだもの。

死んでしまっても、耳だけはまだ生きてるかもしれない・・

勝手にそう信じて、扉が閉まるまで、「花たん、花たん」と名前を呼び続けました。

私のきょうだいが、私を後ろから抱きしめていました。

扉はしまり、

赤ちゃんなので、大人よりお骨になる時間が早いと告げられました。


花たんを待つ間は、気がそわそわしていました。

一人にしてほしい気持ちと、誰かのそばにいたい気持ちと、ヘンな感じでした。

1番いらないのが、励ましや、慰めの言葉でした。

何も言わず、そっとしてほしいと思いました。

私の実家の家族が、私のそばについてくれて、最近会った出来ことなど、歓談してくれました。
私を無理に笑わそうとするわけでもなく、私を囲んで楽しい時間を作ってくれました。

海パパも、私と同じような感じでした。

笑える心境ではないけど、親戚たちが来てくれたことに感謝をしつつ・・。


時間になったと告げられ、
お骨になった花たんをみました。

なんだか、おなかの中にいたときのエコー写真に戻ったみたい。

赤ちゃんだし、健康的に生きたわけではないので、お骨が残らなかったらどうしようと思ったけど、しっかり残っていました。

心臓に入れた人工弁があれば、形見にしたいな、と思ったけど、ありませんでした。

解剖の時に、先生が取っていたのかな・・。

お骨は小さな小さな骨壺に入り、これで葬儀は終わりました。

海パパが、皆へのあいさつの時、「私たちは、4人家族です。」と、言ったのが嬉しかった。

親戚の方には特に、願いたいのです。

どうぞ、花たんが親族の一員であることを忘れないでください・・。

花たんの写真と、お骨を家に持って帰り、準備していた棚に飾りました。


終わった・・。

葬儀が終わって、終わったと思ったのか、
花たんがいなくなって、花たんにしてあげることが終わったと思ったのか、よくわからないけど・・。

とりあえず、晩ごはんはどうしようか、と、海パパと普通に話していました。

太陽くんも、久しぶりにお家に戻って、くるくる走って遊んでいました。


花たんに、会いたい・・。

太陽くんのそばに行って、ギューっと抱きしめました。

花たんにしたいことは、太陽くんにしてあげよう・・。

太陽くんも、ママと離れてばかりでゴメンね。


翌日は、太陽くんとパパママとで、遊びに行くことにしました。

太陽くんは大喜び。
こどもが喜んでいる姿を見て、空ママも大喜びでした。

その夜から、空ママは、毎晩のように、こどもを亡くしたお母さんが書くブログを読んでいました。

どうやって立ち直ったのだろう・・。

その話はまた。。

2018年03月01日

花たんのお葬儀2

花たんのお葬儀に、親戚が集まってくれました。

花たんを抱っこしてくれたり、涙をぬぐってくれました。

私は、どうしても生きていた時の、目をパチパチさせていた花たんを見てほしくて、デジカメを用意していて、来てくださった方に見せました。

だって・・
この先、この動画を見せるタイミングはもう無いから・・。

お式が始まり、名前が呼ばれる順番にお焼香をしました。

花だんを抱っこしたまま、
花たんが入る予定の棺の前に立ち、
花たんの写真を見て、
一礼。

腕の中にいる花たんに

「ねえ、花たん。花たんはここにいるのに、ヘンだね。ふふ。」と心で笑いあった気分でした。

海パパと空ママは、前の席に座り、花たんを腕に抱き、ゆらゆら揺らし、おしりをポンポンとしながら、お焼香をする親戚を見つめました。

覚悟はしてるけど、実感がいまいち・・。

そこに現れたのが、
おばあちゃんと手をつないだ、お兄ちゃんの太陽くんでした。
なんだか、よくわからない表情で、おばあちゃんとお焼香の場所に来て、よくわからないまま、またおばあちゃんの膝の上に座りました。

もしかしたら、「ママのところに行く!」とか、状況に反応して大泣きするかと思っていましたが、おばあちゃんのお膝で静かにしていました。

太陽くんのその姿を見て、また涙が溢れました。

4人家族になりたかった・・。

かわいい兄妹が、手をつないだり、ケンカしたり、そんな姿を見たかった・・。

そして、

花たんを棺に入れる時間が来ました。

進行されるままに、ここまで来ました。

そして、棺に入れて、

覚悟ができているはずなのに、

「ご両親からお花を入れてください。」と言われ、

花たんのお顔の近くにピンクのお花を置いたとき、

ああ・・この子は死んでしまったんだ・・

という自覚が出て、

押し殺していた悲しみが溢れてきました。

親族の方々が、花たんに色とりどりのお花を飾ってくれて、それが埋め尽くされて、
花たんが可愛くなればなるほど、
花たんが天国に近づいていることが、どうしようもくつらく悲しく、

棺にすがって、泣きたい・・
いやだ、いかないで、と言いたい。
どうしよう、
言いたい
いかないで、この子を私から離さないで、やめて、と言いたい・・

と、理性がきかなくなっていく自分がいて、
気がおかしくなってきました。

棺の蓋が閉められ、

私の心は葛藤しました。

どうしよう。
いやだ、いかないで、と言いたい。

もっと、花たん、大好き、と言いたい。

まだまだ、花たんと一緒にいたい、

それを言い出す、ギリギリでした。

ちゃんと、母親として見送らなくては、という気持ちと、
しっかりしていられない自分と、
ぐちゃぐちゃでした。

棺は海パパが持って、
私は花たんの写真を持って、
火葬場へ。

長くなったので、ここで止めます。
続きはまた・・。

お葬儀の記事は、泣きながら書いています・・。

2018年02月25日

花たんのお葬儀

※ 現在は花たんが亡くなって1年たちました。
  その間、葬儀についてなかなか記事にする心境にはなれませんでした。
  いまさらな記事ですが、少しずつ記録を残したいと思います。


花たんのお葬儀の朝。

覚悟はできていました。
まるですやすやと眠っているような、わが娘。
体がこの世からいなくなってしまう・・。

花たんに「おはよう」と声をかけ、たくさんなでなでしました。
体温のない体は2月のせいか、さらに冷たく。
ずっと眠り娘ではあったけれど、病院で花たんに触れた温かさはありませんでした。

喪服に着替えてる間、
何をやってるんだろう、私?
という感覚でした。
黒い鞄に数珠を入れ、黒いパンプスを靴箱から出し、

今から行く葬儀は、自分の子供の葬儀だなんて・・・

と、苦しい心境でした。

でも、白い服を着た花たんは、病院で愛用していたピンクのバスタオルにつつまれ、微笑んでいるようでした。

お葬儀屋さんが迎えに来てくれて、赤ちゃんを抱いた家族が車に乗り込む・・

近所の人が、「誰が亡くなったんだろう・・」という顔で、じっとお葬儀屋さんの車を見ていました。
まさか、私が抱いている赤ちゃんとは思わなかったでしょうね。

車が葬儀場に向かうまでの間、花たんにお外の景色を見せてあげたり、
たくさん話しかけました。

生きてないのはわかっているけど、私の手はずっと花たんのおしりをポンポンとうっていました。
赤ちゃんをねんねさせるかのように・・。
そのおしりの感触がたまらなくかわいい。
ああ・・・
ずっと赤ちゃんをこの腕であやす日を、ずっとずっとずっと待っていたのに。

あと数時間で終わっちゃう・・。

母親として、しっかりしなくては、という思いと、
悲しい、悲しい、悲しい、と叫びたい思いとがグルグルしてました。

葬儀場につくと、きれいに祭壇が飾られていました。

そこに、立つ、花たんの名前。

良かったね、花たん。とてもきれいな祭壇だね。すてきだね。

なんで、なんで、私の子の名前がここにあるの。なんで、こんなことになってしまったの。

ここでも、葛藤する私がいました。

腕の中の花たんがやはりかわいくて、私は、赤ちゃんをあやしすように体を揺らしながら、冷静を保っていました。
それ以上に、花たんにずっと話しかけ、微笑みました。

「花たん、みんな来てくれたね。嬉しいね。」と。

長くなったので続きます・・。


※ 広告コメントがたくさんあったので、削除をしましたところ、また未承認のコメントを承認にしてしまったようです。私が承認はしないと言っていたからコメントをくださっていた方は本当にごめんなさい。

  今後も、ゆっくりペースですが、時を進めていこうと思います。
  花たんを失った後こそ、どのように前へ進んでいけたのか、記しておかないといけない、と感じることがありました。
  そして、今後は、コメントに対して、不快なものでなければ、承認し、コメントにお返事していこうかと思います。コメントにはとても救われました。そのことは、また記事にしますね。(お返事は、本日以降にいただいたコメントからにいたします。)

2017年09月18日

花たんと最後の夜

花たんが家に戻って2日目。
葬儀の1日前です。

朝、目覚めると、横に我が娘がいる!!!
幸せ!幸せ!幸せ!

花たんに、「おはよう」と声をかけました。

朝のいつもの時間。
それは、病院にいる花たんに会いに行く時間・・。

ああ、そうね。
もう、病院にはいかなくていいのね・・。

毎日、病院に行っていたのに、
妙な感じでした。

この日も、花たんに会いに、親戚が来てくれました。

昨日来てくれたおばあちゃん達も、もう一度。

そして、この日はおばあちゃんに預かってもらっていた、お兄ちゃんの太陽くんが来ました。

初めて見る妹だね。

写真でしか見たことがなかったもんね。

まだ、たくさんおしゃべりできない太陽くん(1歳)。

花たんを見て、すぐに頭をなでて、
そばにあったガラガラで、花たんをあやしてくれました。

怖がるかと思ってたけど、全然。

寝てるとしか思ってないようです。

花たんに自分のおもちゃを見せていました。

かわいい兄と妹の光景でした。

花たん・・

生きた花たんに、お兄ちゃんを会わせたかったよ。
お兄ちゃんの声を聞かせたかったよ。

お腹にいる時から、太陽くんの声を聞いたら、ポコポコお腹を蹴って、合図をしてたよね。
「花たんは、太陽くんの声が好きみたいね」
と、妊娠中によく話をしてたことを思い出しました。

家族4人の写真を撮りました。

今後、3人家族だったとしても、「本当は4人」だよ。その証拠。

楽しい時間、幸せな時間はあっという間に過ぎました。

花たんは亡くなってしまったのに、
幸せだなんて変だとは思いますが・・
花たんのそばにいて、その体を遠慮なく触ってあげれることが、たまらなく幸せだったのです。

ずっと、このまま寝かせておきたい・・・。

でも、時間が経つにつれて、

少しずつ、青く緑色になる手足。

お顔は綺麗だけど、やはりずっと一緒にはいられないんだと感じました。

女の子だから、最後までキレイでいたいよね。

お腹にいる時、仕事が忙しくて、
お腹にいる花たんを、大事大事にしてあげられなかったから、

花たんが生まれたら、いっぱい楽しいことをして、
幸せにしてあげたかったんだ。

花たんともっと暮らしたかったな。

もっと花たんを抱っこしたかったな。

目を開けたところみたかったな。

ゴメンね。

よくがんばってくれてありがとう。

大好きだよ。

でも、さみしがらないで。

へんな言葉だね。

いつも一緒だよ、忘れないよ。

いつもと同じように、頭をなでながら。

花たん、
また明日ね。

そう言って、おでこにキスしてお寝んね。

続きます。

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花たんが家に帰ってきた

花たんが初めて家に帰宅した日の話しです。

病院から、海パパの車で自宅に向かいました。

「晴れ」男、「晴れ」女の娘、花たん。
退院の日は晴天でした。

私の腕に抱かれ、眠ってるようにしか見えない。

いっぱい抱っこができて、本当に幸せで幸せでたまりませんでした。

病院の中しか知らなかった花たんに「お空」を見せてあげました。

やっと、お空が見えたね・・。

私は仕事をしていたので、近所の人と会う時間がズレていて、何人が私が妊娠していたことに気づいてたでしょう?

いつかは、赤ちゃんを抱いて、「生まれたんですよ。」て見せたかったけど、

この日は、誰とも会いたくはありませんでした。
そして、運良く、自宅の中に入るまで、誰にも会うことはありませんでした。

家に戻り、
海パパも私も、舞い上がっていました。

肌着だけだった花たんに、服を着せてあげました。

入院中のほとんどがオムツいっちょ
だったもんね。

着せたかった服がいっぱいあるんだよ。

花たんの肌着を見ると、少し血がにじんでいました。
解剖をした場所はテープでふさいであったけど、ほんの少しの出血はもれていたようです。

いろんな服を着せたかったけど、
「花たんは生きていない・・」
と冷静になると、

お宮参りに着せたかった、白の服だけ着せました。

とても、かわいい。

病院では携帯カメラが禁止だったので、ここぞとばかりに、携帯カメラに写真をおさめました。

どう考えても寝てるようにしか見えない。

たくさん花たんに話しかけました。

いっぱい抱っこをして、

花たんが寝る予定だった赤ちゃん用お布団に寝かせました。

食事を作る間、

花たんがリビングにいることが嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。

そうこうしてるうちに、
お葬儀屋さんが来てくれました。

赤ちゃんのお葬儀にとても慣れている方でした。
どんな質問をしても的確に答えてくれ、安心でした。

それからほどなくして、
親戚のたくさんの人が花たんに会いにきてくれました。

病院では面会制限があったので、
花たんに会えなかった方も、
初対面。

私は、なぜか、
悲しいけれど、
かわいい、かわいい、花たんが、皆に会えたことを嬉しく思いました。

だから、
私は、
「来てくれてありがとうね」
と笑顔で対応しました。

第3者からみたら、母親の私は泣き崩れてるかと思ったでしょうが・・・

私は、花たんが家に帰ってきたこと、
お鼻やお口に管がついてない状態のお顔を見てもらえることが
嬉しかった・・。

神妙な顔で、
皆、
花たんに、手を合わせ。
涙をぬぐいました。

「辛かったね」
なんて、声をかけられて、我に返りました。

花たんは、
亡くなってしまった・・・

親しい親戚は、
花たんがまるで寝ているかのように接してくれました。
抱っこしてあやして。

夜遅くまで、かけつけてくれる人がいました。

昨夜から丸1日寝ていないパパと私。
でも、本当に、花たんといる時間が幸せで、
この日に残された写真は全部笑顔です。

まるで生きているかのような気持ちで、ずっと話しかけました。
たくさん歌を歌を歌いました。
そして、体がくさらないように、保冷剤をまめに変えてあげました。

花たんは病院でも眠り娘だったから、
ずっと寝てる姿は見慣れてる。

だから、余計に、寝てるようにしか見えないの。

花たんと一緒に横になる。

我が子と一緒に寝る、なんて、
出産をしたらあたりまえにあると思っていた光景。
この日がいつ来るのかと、待ち通しくてたまらなかった。
その幸せが今、やっと、ここにありました。

ほほやおでこにたくさんキスをしました。

花たんも、
この日を待ち望んでたかな?
きっと、待ち望んでたよね?

奇跡が起こればいいのに・・。
生きかえればいいのに・・。

続きます。

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コメントについて

宣伝?なのか、
この記事へのコメントとは関係ないコメントを一気に消そうとボタンをポチポチ押していたら、
一部の方達のコメントが一時「承認」となり、
掲載してしまいました。

私が、「未承認」だと謳っているので、
表に出ないからコメントをくれた方もいるかもしれないので、あわてて、
表に出たコメントを閉じました。(削除はしていません)

もしかしたら、
まだいくつかコメントが承認されて掲載されているかもしれません。
ゴメンなさい

2017年09月16日

初盆を過ぎ・・(近況)

しばらく、記事更新をご無沙汰していました。
あまり、近況を書くことはありませんが、
久しぶりなので、空ママの近況を少し。

今は仕事を再開して、
どんどん成長する太陽くん(長男)に、毎日笑わせてもらっています。
海パパも元気です。

花たんが亡くなってから、

仕事を再開する心境になれるのか、
これから会う友人にどのように接すればいいのか、(接せられるか)
わからず・・・

自分がどうしたいのかわからず、
先のことがわからず、

もう、とにかくわからず、

流れるままに時を過ごしていました。

その流れの中で、

友人の気づかい、
職場の気づかい、
いろいろと、人の温かさに触れながら、

生きていれば笑える日ってあるね、

と、海パパと話をしています。


花たんの葬儀のあと、
今年は我が子の初盆をするのか・・
と、
憂鬱だった、その「初盆」

おばあちゃんや、私達の兄弟姉妹が集まってくれて、にぎやかでした。

無事に終えました。


花たんに毎日話しかけていたけど、その回数も減ってきてるのが事実。
闘病の日々が過去になっていってると感じます。


新しく出会った人に、

「2人目は?」

なんて聞かれると、

ああ、花たんが生きてたら

「2人目はいますよ。」

て言えるのに。

ふっと、

なんで、花たんは死んじゃったんだろう・・

なんて思って、

目からとめどなく涙がこぼれます。

仕事中でも、おかまいなく、です。

花たんが生まれた時刻を見ると、

分娩室の光景、
すぐに手術室に運ばれていく花たんの姿、
「がんばれ、がんばれ」と、花たんを見送った私の姿が鮮明に浮かびます。

どんどんおしゃべりが上手になった太陽くんは

夜は必ず、
「花たん、おやすみ。」

と、言ってくれます。

お気に入りのおもちゃを花たんの遺影に向けて

「花たん、見て見て〜。」

と、言います。

家に到着すれば

「花たん、ただいま〜。」

です。

とても、嬉しくなります。

太陽くんは
「花たんはいつ帰ってくるの?」
と聞きます。
なんて答えたらいいのか、悩むところ・・。
「どこにいるの?」
の問いには
「お空だよ。」
と、答えています。


話しは戻りますが、

「2人目は?」
て、聞かれることに慣れました。

「女の子もかわいいよ〜。」と言われることも、慣れました。

「2人、子どもがいましたけど、1人を亡くしました。」
「ええ、私にも娘がおります。亡くなりましたけど・・。」

そう私が答えた後、
相手に絶句される瞬間も・・・

慣れました・・

(申し訳ないです・・

* 花たんが家に戻ってからの記事を書きます。

* コメントは承認していませんが、読ませていただいています。
  後日、返事を記事にしたいと思います。

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2017年07月08日

本音を書くには・・

花たんが闘病している時期に、
リアルタイムのエピソードを記事にしなかったこと、
病気や治療についてアバウトにしか書かなかったこと,
には、理由があります。

それは、
花たんに関わるどなたかが(特に病院の方)が、
このブログを見た時に、

あれ、
これって花たんのことだよね?

て、わからないようにしたいな、と思ったからです。

病気が病気なので、
リアルタイムで治療の内容や説明、
先生や看護師さんの発言、
を、記事に上げると、

誰とのやり取りか、すぐにわかるでしょう。(苦笑・・)

逐一、先生の発言をネットを使って拡散しているようで、なんだか申し訳ないな、という気持ちがありました。
私自身も、先生の説明を正しく理解してるかあやしいものだったので。
同じ病気の子を持つ方に、間違った情報を与えてもイヤだな、と思いました。

まあ・・
考え過ぎかもしれませんけど。(慎重過ぎ?)

そして、
私が、病院に対して、不信感を感じた時に、
本音等をブログに書きにくくなる、
という思いも・・。
不信感を抱くことは、全くありませんでしたけどね。

そんなこんな、な思いで、
どこのママか、どこの花たんか、わからないように・・ひっそりと・・・ブログをつけていました。

ここ最近、細かいエピソードも追記したので、
もし、もし、もし、もし!!!

花たんに関わりのあった方が、このブログを見つけて、
「あれって??」
て思われても、

「たぶん、あの人だな。」
と、心にそっと、しまっててくださいませ。(きっとバレてる

いえ、
別に、
何が困るというわけではありませんが・・

あまりにも、
自分にひたりすぎな記事が多いので、

誰かに気づかれたら、恥ずかしさ極まりないな・・と
思ったからです。(小心者)

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ブログ村に参加してるくせに、「ひっそりブログを・・」て、
どゆこと??
と、1人ツッコミです。

次回は、帰宅してからの花たんについて書きます。




病院とお別れ、お見送り

花たんが病院を出る時のエピソードです。

花たんは沐浴を終え、帰り支度が始まりました。

看護師長さんから、霊安室を通って退所することになると説明があり、花たんは霊安室へ連れて行ってもらい、私と海パパは車を裏口に移動させました。

霊安室に入ると、
祭儀場のようになっており、花たんは寝ていて、台にはお焼香、そして、私と海パパが座れるイスがありました。

そこに、主治医の先生はもちろん、関わりがあった先生、看護師さんが来て、お焼香をあげてくださいました。
びっくりするくらいたくさんの方々でした。

ICU・・心臓手術に関わってくださった方々・・
手術の後、浮いたり沈んだりな花たんを守ってくださった。応援してくださった。「花たんはすごい!がんばりやさん!」と言ってくださった。

NICU・・花たんが生まれてすぐに、容態が悪化しないように繊細に管理してくださった方々・・
弁逆流があり、明日はどうなるかヒヤヒヤした時期の中、私を励まして下さった。
私も産後でメンタルも不安定・・泣いてばかりでした。

さらに、産科の主治医の先生、花たんを取り上げてくださった助産師さん、そして、心疾患を最初に見つけた個人病院の先生が「この先生は心疾患に強いから」と紹介して下さった先生(部長?)も手を合わせに来て下さいました。
花たんがこの世に生まれるために、尽力をつくしてくださった、感謝すべき方々でした。

私の赤ちゃんを産ませてくれてありがとうございました・・
でも、亡くなってしまいました・・・

私の声にならない声を、気づいてくれたのか、泣いてくださっていました。

あまり細かいエピソードを記事にすると、個人が特定されるので、書きませんが、
(なので、伝わりにくい文章になるかもしれませんが・・)

とても、とても、優しい心臓の先生(女性)で、
花たんが生きていけますようにと、とても応援してくださった先生がいました。
感動させられるやりとりがありました。
その先生が、お焼香の時に、「花たんを抱っこして良いですか?」と言ってくださり、
花たんを抱っこしてくださりました。

先生に抱っこされている花たんを見て、

花たんが嬉しそうにしてると感じました。

ねえ、花たん
先生、優しかったね。
花たんも、先生が大好きだよね。
良かったね、先生にも抱っこしてもらえて。
嬉しいね。

車に花たんを乗せ、走り去る時、
先生方が頭を下げて見送って下さいました。

手術は毎日のように行われ、
忙しいはずの先生方がこんなにたくさん、
花たんのために時間をさいて、手を合わせてくださったこと。

本当に、申し訳ない気持ちと、素直に「ありがとうございました。」という気持ちです。

(医療の方々に対する思いはまた記事にしようと思います。)


この大々的なお見送りは、
病院で亡くなった方すべてにされているのでしょうか?
花たんが赤ちゃんだから?
海パパと
「最後まで病院の方々、親切だったね・・。」
と、今でも言っています。

それをして頂いた、家族からすると、
「感謝」でしかありません・・。

生きている花たんを知ってるのは、面会に来ていた限られた身内と、病院の人だけ。

花たんのがんばりを知っている病院の方が、
花たんの死を惜しんでくださり、花たんのがんばりを讃えてくださったことを、
嬉しく思います。
花たんも、喜んでいると思います。

「先生、ありがとう。」

て、花たんも一緒に言ったよね。

後日談になりますが・・

花たんのお葬式を終えた後、
花たんに会いたくて、

私は 「病院に行けば、花たんがいるんじゃないの?」 と、
変な気もちに襲われることがありました。
でも、
病院のことを思い出すと、
花たんに手を合わせる主治医の先生の姿や、
頭を下げられた大勢の方々の姿を思いだし、
「いいや、病院にはもう、いないわ・・。」
と冷静になれました・・。

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初めての沐浴

花たんを初めて沐浴したエピソードです。

花たんが病理解剖から戻ってきてから、
看護師さんに
「パパ、ママ、
 花たんの沐浴をされますか?」
と、聞かれました。

びっくり!

まさか、花たんを沐浴できるなんて!

喜んでOKの返事をして、

丸裸の花たんをベビーバスに入れ、洗ってあげました。

海パパも私もウキウキでした。

お湯はちょっと熱くないかな?なんて、気にして見たり。
花たんのお股を見て、
「女の子だから、太陽のくんのようにゴシゴシ洗わないようにね!」と海パパに注意を促したり。

花たんはまだ温かく、皮膚の色もキレイで、本当にねんねをしてるだけのようでした。

だけど、抱きあげた時、
首がダランとなり、あわてました。
首がすわってなく、ふにゃふにゃなのはもちろんのこと、
亡くなっているので、力など全く入っておらず、本当にふにゃふにゃ・・。

そして、胸には、解剖により、縦、横に、大きく切られた跡があり、
テープを張っていましたが、
体を動かすたびに、少し血がにじむ感じがしました。
花たんががんばった「傷痕」を、私はしっかり目に焼き付けました。

海パパと私は、慎重に慎重に、花たんをベビーバスにつけ、
泡をつけ、ガーゼでやさしく拭きとりました。

ああ・・・
小さい。
まだ生まれて58日目の小さな赤ちゃん。
可愛い・・。

明日も、明後日も、
毎日、お風呂に入れてあげたかったよ・・。

NICUにいた時、
沐浴をしてるママを見て、どれだけ羨ましいと思ったことか。

私も、やっとやっと、花たんを沐浴できた。

まるで生きてる子のように、「気持ちいいね」と声をかけてあげて、
服を着せてあげました。

とても嬉しかったです。
花たんも嬉しかったよね。

あたりまえのことが、こんなに嬉しいなんてね。

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