2018年03月23日

不運は改善へのきっかけといえるでしょう

病があろうが、運命が悪くなろうが、それを感謝と喜びにふりかえることです。
そもそも病とか不運とかというものの原因を考えてください。何にも自分に落ち度がなくして、病や不運がくるはずがないのであります。つまり、原因あっての結果。
ですから、おまえの生き方に誤りがあるぞ、と自覚を促すために病なり不運なりが与えられたとしたら、これは大きな恵みですわ。それを考えたら、恨みどころか感謝にふりかえ、喜びで誤りを是正する方へと自分の心を積極的にふり向けることが一番必要でしょう。
『中村天風一日一話』財団法人天風会編 PHP研究所 55頁

不運があると嘆き、悲しみ、挙句の果てには恨みが生じますが、このような生き方がそもそも間違っていると指摘されています。

不運には、その人の生き方に間違いがあるから生じるのであって、何にもないところに生じるものではないということです。

間違った生き方をして、再び、間違った生き方を繰り返すのではなく、誤りは誤りとして認識し、感謝、喜びをもって、改善に勤しむのが正しい生き方といえましょう。

不運がありますと、落ち込みます。それは仕方がないことですが、いつまでも落ち込んでもいられませんので、自分の至らないところを認識できたとの喜びを得ながら、感謝の念を持ち、より高次の自分に至るよう精進することですね。

また、不運に見舞われるということは、ある意味、厄落としともいえるわけで、不運を呪うより、不運によって助かったと考える方が価値的でしょう。実際、考え方という次元だけでなく、本当に厄落としになっているというのが実相かもしれませんね。

この程度の不運でよかった、というわけです。

早め早めに厄は落としておいた方がよいですね。

そう考えますと、不運は、ありがたく、感謝、喜びへとつながっていきます。
posted by lawful at 08:07| 生き方

2018年03月04日

悪いことを重要視しなくてもよいでしょう

つらいこととか、悲しいこととか、苦しいこととかいうのは、自分の心で決める評価なんだから。つらいことがあっても、
「ああうれしい!こうして生きていられる」
と思ったら、ニコニコして暮らしていけるじゃないか。殺されるよりいいじゃないか。
私はそういうふうにして、自分自身を作り上げる序の口とした。
『中村天風一日一話』財団法人天風会編 PHP研究所 46頁

人は、マイナスの状況、つまり、つらいこと、悲しいこと、苦しいことの方を重要視する傾向があるようです。

私自身も思い当たるふしがありますね。

しかし、生きていればいいこと悪いことがあるのは当然のことで、取り立てて悪いことの方を重要視する必要はないでしょう。

ただ、マイナス方向へ人の関心が向かいがちであり、つい、悪いことをメインに評価を下すようです。よって、よりつらく、より悲しく、より苦しむというわけです。

そうはいっても、つらい、悲しい、苦しいだけでは身が持ちません。

実際、悪いことを重視しても、それよりもよいことも多く、少なくとも生きているという現実がある限り、そう嘆く必要はないでしょう。

別に命を取られているわけではないのですから、不必要に煩悶することはないでしょうね。

ただ、金銭を失うということのダメージは大きいですね。

それこそ想定外の状況で金銭はなくなるものです。

予想していれば、別に、想定内のことですからいいのですが、想定外ではパニックになってしまいます。

そして、より一層、金銭を失うという悪循環にはまるのですね。

自分自身というものがいかに脆いのかが身に沁みます。
金の苦労によって人間は鍛えられる。
『森信三一日一語』寺田一清編 致知出版社 29頁

まさか、金の苦労をするとは思っていなかったのですが、金銭を失うという苦しみは、自分を鍛える試練と捉えるのがよいかもしれません。

漫然と生きていたことを反省しますね。

そうはいっても、命がなくなっているわけでもなく、言ってみれば、単にお金が少なくなっただけのことで、あまり失ったお金の事ばかり考えず、そのことを重要と評価しすぎず、生きているだけでも有難いと思うべきでしょうね。

世の中を見渡しますと、災害、事故、病気等々で苦しんでいる人がたくさんいますが、その人たちの苦労に比べると、いくらかの金銭がなくなったところで、どうしたというところでしょう。片腹痛いわ、で笑われてしまいます。

お金は所詮お金という風にドライに考えるのがよいでしょうね。

最終的には、自分の心が那辺にあるかということでしょう。

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posted by lawful at 14:46| 生き方

2018年01月01日

正月を祝う

十字一百まい・かしひとこ給い了んぬ、正月の一日は日のはじめ月の始めとしのはじめ春の始め・此れをもてなす人は月の西より東をさしてみつがごとく・日の東より西へわたりてあきらかなるがごとく・とくもまさり人にもあいせられ候なり。
1491頁

正月を祝う人は、徳がまさり、人に愛されるという。

ならば、正月を祝おうというわけではありませんが、祝うということをさりげなく行える人は徳がある人であり、人から好かれるということでしょうね。

新春を素直に祝う。とても簡単なことですが、さり気なく行えるかどうか、ここにその人の境涯が現れるといってよいでしょう。

仰々しくしても、白々しいですし、斜に構えてもしょうがない。

祝うべきは祝う。それでよいように思います。

年が変わりますと潮目が変わります。昨年はいろいろありましたが、そういったことも新年を迎えることで一新されるわけです。

新たな次元がスタートするのですね。このことを祝うということですね。確かに祝いたくなります。そして、徳がまさり、人に愛されるならば言うことなしです。
わざわいは口より出でて身をやぶる・さいわいは心よりいでて我をかざる。
1492頁

正月を祝い、徳がまさり、人に愛されるといっても、悪口等を言うと身が滅びるという。

災いは、勝手に飛んでくるものではありません。自分の口から発生するのですね。要らぬことは口にせぬこと。これを今年の行動規範にしておくことですね。

そして、心豊かに生きていきたいものです。幸せは、棚からぼた餅のように落ちてくるものではありません。自分の心から生じるのですね。

それこそ、心を仏の次元にもっていくことが肝要でしょう。

つい、地獄界程度の心に堕落するものですが、ここを戒めておくことですね。
法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし
同頁

最後は、信仰心でしょうね。信仰あるところ、幸いあり、ということでしょうか。

万里の外より幸いを集めるという、壮大な観点から信仰をしていきたいものです。
法華経を信ずる人は・せんだんに・かをばしさのそなえたるがごとし
同頁

このようになれるような信仰者でありたいですね。

いい香りが広がるように、他の人にも、さり気なく、いい影響を与えるほどの人間になることですね。

そうしますと、自分自身も、さらに幸せになり、また、他の人にいい影響を与え、さらに幸福になるという好循環が理想的な形ですね。
posted by lawful at 00:33| 御書

2017年12月31日

代替案を準備しておくこと

When the collapse of the banking system made it clear that economic orthodoxy had become political suicide, Roosevelt had his alternative ready. He therefore had a policy.
Yet without a prepared alternative, Roosevelt was as totally lost as the German General Staff or the Tsar of the Russians.
The Effective Executive Peter F. Drucker HarperBusiness p.151

こうしてルーズベルトは、金融システムの崩壊によって、オーソドックスな経済政策への固執が政治的な自殺行為を意味することが明らかになったとき、代わるべき代替案を用意していた。つまり、彼はとるべき政策の代替案をもっていた。
もし、その代替案を準備していなかったならば、ルーズベルトも、ドイツの参謀本部やロシアの皇帝と同じように、途方に暮れたに違いない。
『経営者の条件』上田惇生訳 ダイヤモンド社 1995年

こうして銀行制度の崩壊によって経済の正統主義を固執することが、政治的自滅行為をとるに等しいということが明らかになったときには、ルーズベルトには、ちゃんとこれに代わるべき他の方法の準備が終わっていた。つまり、彼にはとるべき政策がはっきり立てられていたのである。
しかし、このような他のとるべき方法が準備されていなかったとすれば、ルーズベルトもおそらくドイツの参謀幕僚たちや、ロシアの皇帝と同じように、まったく途方にくれたことであろう。
『経営者の条件』野田一夫・川村欣也訳 ダイヤモンド社 1966年

これは、生き方にとっても重要ですね。

仕事にしても、一つの仕事だけであるならば、その仕事がなくなった際、すべての収入源が失われることになります。

仕事においても、代替案を準備する必要があります。

収入源は、複数準備しておくことですね。

細かい収入源も見逃してはいけませんね。

ある意味、勤め人であっても、その勤め先をひとつの取引先のように考えておくことが重要でしょう。

複数の取引先、複数の収入源という方向に意識を向けることですね。

そうしますと、株式の配当なども、ひとつの収入源です。

また、FXもひとつの収入源となるでしょう。

その他にも収入源となるものがないか、リサーチしておく癖を付けておくことであり、自分自身を常に動ける状態にしておくことですね。
posted by lawful at 23:55| 生き方

住みにくき人の世を芸術により乗り越える

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。矢張り向う三軒両隣りにちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。
『草枕』夏目漱石 新潮文庫 5頁

自分の置かれた環境を嘆き、さっさと退散しようと考えることがありますが、よくよく考えてみますと、どこに行こうが嘆きはなくなるわけでもなく、どこに行っても、あまり変わらないというのが現実でしょう。それどころが、もっと酷くなる可能性すらあります。

所詮、人の世を作ったのは、唯の人なのですから、唯の人以上の世を夢想したところで、夢想は夢想であり、現実とは違います。

現実は、住みにくいのが人の世ということであり、逃れることはできないことを悟ることでしょうね。

まずは、悟る。ここが肝要でしょう。

その上で、漱石が言うように、詩、画、音楽、彫刻等々の芸術によって、住みよい世にしていけばよいということですね。
あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。
同書 5頁〜6頁

芸術により、心を豊かにし、住みにくい人の世の荒波を泳いでいくことが大切ですね。

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posted by lawful at 23:10| 文学

世間、他人の評価を気にしても仕方がありません

恐ろしく我の強い男だったが、今度の事で、己の如何にとるに足らぬものだったかを沁々と考えさせられた。理想の抱負のと威張って見たところで、所詮己は牛にふみつぶされる道傍の虫けらの如きものに過ぎなかったのだ。
『李陵・山月記』中島敦 新潮文庫 123頁〜124頁

宮刑にあった司馬遷に関する記述です。

司馬遷程の人間が取るに足らないもの、道傍の虫けらの如きものであるならば、私など、もっと、取るに足らない、虫けらということになりましょう。

人間は、つい、思い上がってしまいます。また、自己評価は常に甘くなります。甘々という場合がほとんどでしょう。

取るに足る人物と思っているのですね。しかし、世間、他人は厳しく、評価は惨憺たるものです。

取るに足らない、虫けらという扱いですね。

世の実相は、このようなものです。

思い上がらず、冷静に自己を見つめることですね。

その上で、自分が為すべきことを粛々と為すというのが好ましい生き方でしょう。

世間、他人の自分に対する評価は、取るに足らない、虫けらということは、はっきりしているわけですから、評価を求めても仕方がありません。

司馬遷も修史という仕事に従事しており、ただただ、自分の為すことを為せばよいということですね。

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posted by lawful at 18:01| 文学

大器晩成がよいですね

大器晩成という言葉があるが、人は自然が晩成した大器だ。(高等動物の中で)一番後で作ることに成功した。まあ、大器といってよい。まさに大器晩成で、大自然という偉大な創造者が何十億年もかかってやっと作ったもの。だから、自然の法則は人間においても同じく、人間は、早成する、早く物になるというほど危ないことはない。
人間もなるべく晩成がよい。まあ、死ぬ頃なんとか物になるというくらいの覚悟でぼつぼつやるがよい。
『安岡正篤一日一言』致知出版社 228頁

若い頃は、早くに成功することがよいことと思っていたものです。

それなりに年を取ってからも、早く成功することがよいことと思い続けていたものです。

効率のよい人生というものを考えていたのでしょうね。

成功は早いほどよいという、ある意味、宗教的信仰に近い感覚があったのかもしれません。

しかし、ほとんどの人間にとって、早くに成功するということはあり得ず、成功しないまま人生を終える人の方が多いといえましょう。

あまりにも早く、早くと焦るばかりで、大した努力をしてこないところに根本的な問題があるのですが、焦っている時には気付かないものです。

安岡正篤氏が言うように、早くに成功すること、早成することは、非常に危険ということですね。今から思いますと、早く成功したいなどと思っている人間が運よく成功しても、そもそも、人間として立派なわけはなく、思い上がったまま、転落していくのですね。

ある意味、運よく早成しなくてよかったと、ほっとするところです。

死ぬ頃になんとか物になるという表現はおもしろいですね。まさに、最後の最後が勝負ということでしょう。

慌てて物事が成るということはなく、地道に努力するほかないと思いますね。効率も大事ですが、効率よくいかないのが人生というものでしょう。

世の中を観察しますと、若くして成功した人の末路は、やはり、悲惨である場合が多いですね。思い上がりが見受けられます。思い上がった人間に、人は好意をよせることなく、その思い上がった人間が少しでも下降状態になった途端に、一斉に攻撃を仕掛け、転落させ、それを楽しむといった図式でしょうか。

世間というものは、手厳しいものですから、思い上がらないよう、自制しておくことですね。

いずれにいたしましても、ぼつぼつやるのがよいようで、慌てず、じっくりと、地道に、そして、楽しく自分自身を磨いておけばよいですね。

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posted by lawful at 17:34| 生き方

不平と不満とを感謝と感激とに変換すること

金殿玉楼の中にあって暖衣飽食、なおかつ何らの感謝も感激もなく、ただあるものは不平と不満だけという憐れな人生に比較して、まことや、人生のいっさいを感謝に振り替え、感激に置き換えて活きられるならば、截然としてそこにあるものは、高貴な価値の尊い人生ではないでしょうか!
否、こうした心がけの現実実行こそ、活きる刹那刹那に、なんとも形容のできない微妙な感興おのずから心の中に生じ来たり、どんなときにも生活の情味というものが当然味わわれることになる。
『中村天風一日一話』財団法人天風会編 PHP研究所 213頁

あるものは不平と不満だけという憐れな人生とは、手厳しい指摘ですね。

感謝、感激はないが、不平と不満とは、たくさんあるというのが愚かな人間の姿なのですが、得てして、そのような愚かな状態に陥ってしまうものです。

生活、人生を思い返すと、不平と不満とに充満していることに気付きます。

この時、上記の文章に触れますと、ハッと気付かされるのですね。

少なくとも、現在の日本に住んでいるという事実からして、世界的に見れば、金殿玉楼の中にあって暖衣飽食の環境にあるといってよく、通常であれば、感謝、感激に満ち溢れるはずですが、そうはならず、不思議なことに不平と不満とに満ちている。

不平と不満とが何かを生み出すことはなく、マイナスの作用しか及ぼしません。

感謝と感激とであれば、より豊かな人生となるでありましょう。

そうしますと、感興、情味といった風情を感じながら生きていくことができます。

自分の心の中に不平と不満とが出てきた時には、上記の文章を思い起こし、感謝と感激とに変換しながら、生きていくことですね。

人間は、金殿玉楼の中にあって暖衣飽食にすら、すぐに慣れてしまう。そして、不平と不満とを噴出させる。それは憐れとしか言いようがなく、情けない姿です。

そうならないためにも、感謝、感激の心持ちがある人間となることですね。

所謂、人間性の問題といえましょう。
posted by lawful at 16:18| 生き方

高い次元に生きる

念々死を覚悟してはじめて真の生となる。
『森信三一日一語』寺田一清編 致知出版社 215頁

何となく生きていますと、死を覚悟することはないですね。ダラダラとした人生となります。

死という問題からしますと、日々の出来事などあまりにも小さい。

しかし、この小さい事柄に煩悶しているのが人間の愚かさといえましょう。

ここで、死を覚悟することにより、小さい事柄に囚われることなく、悠々と生きていくことが大切です。

日蓮においても「臨終只今」との言葉があるとおり、今まさに死があるとの認識、覚悟がより良い人生を形作る基礎となります。

生きていることが当たり前なのではなく、常に死と共に生があるとの実相に思いを馳せながら生きていくことですね。そうしますと、程度の低い人生を超えて、次元の高い生となるでありましょう。

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posted by lawful at 15:57| 生き方

2017年09月30日

お金の貯め方

権藤 で、何が知りたいって?
花村 どうしたら金貯まるかって、もういいよ。
権藤 いや、せっかくだから教えてあげるよ。金貯めようと思ったらね、花村さん、使わないことだよ。あんた、葬式がありゃ1万、結婚式がありゃ2万と出すでしょう。そんなもんを出してたら、金は残らない。100万あったって使えば残らない。10万しかなくても使わなければ、まるまる10万残るんだからね。あんた、今、ぽたぽた落ちてくる水の下にコップ置いて水溜めてるとするわね。あんた、のどが渇いたからって、まだ半分しか溜まってないのに飲んじゃうだろ。これ最低だね。なみなみ一杯になるのを待って、それでも飲んじゃだめだよ。一杯になって、溢れて、垂れてくるやつを、これを舐めてる。我慢するの。そうすりゃコップ一杯の水は・・・。
映画「マルサの女」1987

この後、本棚の後ろの金庫がばれてしまい、台詞はここで終わってしまいますが、続けるとするならば、「コップ一杯の水は、そのまま残る」ということになるでしょうね。

「マルサの女」が公開されて30年になりますが、色褪せない映画ですね。

お金を貯めるには、使わないこと。確実な方法ですが、これを実践できる人はほとんどいないでしょうね。

いくら大金を持っていても、浪費家ではお金は貯まらない。逆に借金を拵える場合すらあります。

給与が少なくとも、支出を工夫し、お金を貯めれば、それなりに貯まります。時間が経つにつれて、その金額は膨らんでいきます。結果として、なかなかの貯蓄額になるのですね。

コップの水の例えがありましたが、一杯になるまで待つことが必要です。待つことができない人間にお金を貯めることはできないということですね。

ある意味、株式配当などが、一杯になって、溢れて、垂れてくるやつといえるでしょう。と言っても、相当な金額を株式に投資しなければ、大量の垂れてくるやつを得ることはできませんね。

いずれにしても、まずは、どんな小さなコップであっても、一杯になるまで待つことですね。貯めることと待つことは同義と考えてよいでしょう。

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posted by lawful at 23:26| お金
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