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木村
転職100回、リストラ30回以上経験した30代男のセミリタイア放浪記。20代でマンション経営を経験し、Amazon転売せどりなどもやったのだけれど、ひょんなことから5000万円以上の詐欺に遭い、全財産を失った悲しい男の物語。現在は沖縄やタイ、台湾などで1ヶ月5万円以下で生活をしている。
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2019年11月02日

【台湾】美食の町、台南でグルメ三昧放浪生活

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台湾へ行こう。




確か二年ほど前に台湾で生活してた時「もう二度と来ることはないな」と思っていたのだが、いやはや人の心はわからないものである。



思えば北海道も沖縄も富山もタイも、どこへ行った時も同じなのだが、「二度と来ることはない」と思った時ほどまた行きたくなるのが不思議である。




台湾。冬の台湾は意外と寒い。台湾の北にある台北などは寒すぎてとても住めたものではないと思った記憶がある。


しかし、同じ台湾でも南の地域はかなり暖かく、過ごしやすかった。




俺は二年前、確か高雄という台湾第二の都市で滞在していたのだが、台北で気温が15度しかない時、高雄では普通に25度以上もあった。



しかし、高雄はなかなか空気が悪い。台湾人がデモを起こすほど空気が悪いらしい。



確かにバイクはわんさか走っているし、高雄は工業地帯なので大気汚染が進んでいても決しておかしくない。



前に高雄で滞在してた時は、そのバイクのあまりの多さに辟易していたのだが、東南アジアを放浪してきた今となってみれば、そこまで多くなかったのかもしれない(知らんけど)。

2019年09月22日

僕は本当の自由を手に入れたのかもしれない

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雨が降っている。


最近雨が多い。




サラリーマン時代は雨が嫌いだった。


朝、嫌々起きて窓を開けると雨が降っている。


そんな時は決まって仕事をサボりたくなった。



実際に僕がやっていた仕事は直行直帰の仕事が多く、面倒になったときは適当な理由をつけていつもサボっていた。



それでもどこか罪悪感があった。少なくない給料をもらっているのに、こんなにサボっていてもいいのか、という気持ちが全体の3%以下くらいの水準でいつもあった。




それから何年かした後にサラリーマンを引退することになった。


サラリーマンを引退してセミリタイア生活を送るようになってから、雨の日がそこまで嫌いではなくなってきた。




朝、起きて窓を開けると雨が降っている。


そうか、今日は雨か。じゃあ出かけるのはやめようか、という気持ちになる。



今日は1日家でゆっくりと過ごそう。


これが実家であれば母親に白い目でみられる可能性もあるけれど、シェアハウスでは誰も自分に文句をいうような人間はいない。



僕は本当の自由を手に入れたのかもしれない。



2019年09月18日

全くの赤の他人が生涯得ることのできないパートナーになる可能性

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カプセルイン札幌で一泊して、新千歳空港へ向かうことになった。


カプセルイン札幌から札幌駅までは、のんびり歩いても15分ほどで着いた。




久しぶりの札幌駅である。


4年前に北海道車中泊の旅をしている時は、近くの24時間スーパーの駐車場に車を停め、毎日のように札幌駅近くをぶらぶらしていた。




早速、札幌駅から新千歳空港までの電車に乗った。


札幌駅から新千歳空港までは40分ほどだったと思う(よく知らんけど)。



新千歳空港へ着き、僕が予約していた春秋航空(スプリング・ジャパン)というLCC乗り場へと向かった。



春秋航空は昔から名前だけは知っていたのだけど、乗るのは初めてだった。


Googleフライトで札幌から東京までの格安航空券を調べてみると、春秋航空が一番安く、諸費用やクレジットカードの手数料も含めた金額が5700円くらいだった。


北海道から東京まで、片道6000円程度で行けるのなら安いのだと思う。


ジェットスターやピーチなど、様々な格安航空券を扱う会社がたびたびセールを行っているのだけど、それらのセール価格で購入する為には運や邪魔くさい手間が必要とされていた。




フライトの時間は朝の9時半だった。


いつものように一時間半前くらいに荷物検査をして、のんびりとベンチで休むことにした。



ベンチに座り、行き来する人を眺めるのは嫌いではない。


通りすぎる人たちのことを、ああでもない、こうでもないと妄想することは、想像力を養うことにも繋がると思う。



もし、このような自分と関わりのない人たちに声をかけたらどうなるのだろう。


その時点で全くの赤の他人が、生涯得ることのできないパートナーになることは、絶対にないことだとは言い切れない。



そんなことを考えながら、僕は一人空港のベンチで行き交う人たちをぼんやりと眺めていた。

2019年09月17日

カプセルイン札幌のカプセルルームは蒸し暑くなかなか寝付けなかった

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カプセルイン札幌で一泊した。


カプセルイン札幌のカプセルルームは蒸し暑く、なかなか寝つけなかった。



フロントで借りてきた小型の扇風機を付けたのだけど、その扇風機は半分壊れていて、まるでなにかの暗示のようについたり消えたりを繰り返していた。



海外で生活していた時はカプセルのドミトリー部屋が羨ましく思えたのだけど、1度個室の生活に慣れてしまうとどうしようもなくやるせない気持ちになってしまう。



人間は慣れる動物である。一度慣れてしまうとなかなかその生活から抜け出すことができない。



やはり定期的に劣悪とも言えぬほどの悪い環境に身を置くことは、自分を戒めるという意味でも悪いことではないのかもしれない。

2019年09月15日

カプセルイン札幌の朝食は無料でマクドナルドの朝マックが食べることができた

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小樽から札幌へ移動することになった。


小樽から新千歳空港までは、なんやかんやと時間がかかり、札幌から直接新千歳空港へ帰る方が圧倒的に楽だった。



そんな時にタイミングよく、旅行サイトの「じゃらん」から期間限定クーポンが届いた。


期間限定のクーポンはいつものように500円ではなく、1000円引きになるクーポンだった。



早速、じゃらんで札幌最安値のゲストハウスを探していると、「カプセルイン札幌」という宿がヒットした。



カプセルイン札幌は「ゲリラセール」と銘打っており、通常料金の2700円よりも安い一泊2000円の料金が表示されていた。



沖縄や東京などと比べると一泊2000円という金額は決して安くはないのだけど、札幌では最安値の料金だった。


しかも、カプセルイン札幌では無料で朝食が付くという。


まあ、その朝食も期待してはいけないのだけど、朝食はマクドナルド、吉野家、ミスタードーナツで選べるみたいだった。


朝食クーポンが使える時間がそれぞれ異なる感じで、一番早い時間で使えるのがマクドナルドだった。


朝食は200円まで使えるクーポンがもらえて、マクドナルドではウインナーマフィン的なものが二個食べることができた(税込みで200円だった)。


時間的に今回は6時からクーポンが使えるマクドナルドになってしまったのだけど、時間に余裕があれば吉野家かミスタードーナツの方がよかったな。

2019年07月06日

セミリタイア生活に慣れると働くことが非日常となる

働いている時には考えたこともなかった。


働かなくなるということを。

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セミリタイア生活も佳境を迎えている。


前のリゾートバイトが終了してから早くも二年半が経過しようとしている。


そろそろ働きたくなってきてる。


セミリタイア生活を長く続けていると、基本的には働く意欲がどんどん失われていくのだけど、ある一定の期間に一度は働きたくなる奇跡のビッグウェーブが起こる。


まさに今がそのビッグウェーブが起こっている期間だ。今、働きたい。今、働きたいなぁ。


明日になったらまた働きたくなくなっているだろう。だから今、働きたいのだ。

2019年03月20日

成功と報酬を約束された一流企業を辞めてまでバックパッカーになった理由とは?

パタヤのゲストハウスで、ある一人の日本人男性と出会った。


初めて会った時は挨拶を交わした程度だった。

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日本人旅行者は基本的に人見知りをすることが多い。僕は基本的に人見知りすることが少ないのだけど、相手が話したくなさそうな雰囲気を出していたら話しかけないようにしていた。



今回出会った日本人男性も話したそうな雰囲気はなかった。だから僕はあえて会話をしないようにしていた。



それから何日が経ち、ひょんなことから打ち解けて話すことになった。お互いの出身地の話や今までの旅の経路など、話すことは山のようにあった。


パタヤという土地柄、ここでは書けないような話ばかりをしたのだけど、彼は日本人によくあるような常識さと真面目さを兼ね備えていた。



彼は一流企業と呼ばれる会社でしばらく働いていた。会社の同僚や仕事、給料にも十分満足をしていた。でも、どこか心の奥底で疑問を感じ始めていた。



「俺の人生、このままでいいのか・・」



それから何年か時が過ぎた。しかし、苦労して入社した一流企業だ。こんなところで辞めてしまうのは惜しかった。



そんな日々を過ごしていたのだけど、自分の気持ちに嘘はつけなかった。彼は突然会社を辞めた。同僚たちや上司には止められたけれど、これからは自分の気持ちに正直に生きようと思った。



「一度きりの人生だ。これからは好きなように生きよう」



会社勤めを悪く言う気はさらさらない。でも、疑問を感じながら仕事を続けることが果たして正しいのだろうか。



人生には正解も不正解もない。でも、自分の気持ちに嘘をついてはいけない。今の日本では餓死する可能性も少ない。アルバイトだけでも生きていける時代だ。



僕はすでに社会のレールから外れてしまった人間だ。でも、会社勤めをしていた時より今の方が遥かに幸福度は高いと思っている。

2019年02月16日

サラリーマンをセミリタイアする前とした後で収入の比較をしてみた結果

サラリーマン時代は収入が多かった。


当時は派遣社員として平日はフルタイムで働き、平日の夜は週5でバイトして、土日祝日にも販売のアルバイトをしていた。

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副業として不動産投資のマンション経営もしていて、僕は常に4つか5つの仕事を掛け持ちしていた(しかも更にバスケを週3でやっていた)。



当時を振り返ると本当によく働いていたな、と思う。その反動なのか今は全く働かなくなってしまったのだけど、一種の気の迷いで働きたくなることは正直多い(でも働かない)。



それではサラリーマンをセミリタイアする前とした後で、収入の比較をしてみようと思う。




【セミリタイア前】

派遣社員   30万円
アルバイト1  8万円
アルバイト2  15万円
家賃収入   60万円
合計     113万円


このくらいが毎月の手取り収入だった。今となれば月収100万円越えしていたとは思えないほどの低収入となっている。



フルタイムの仕事はルート営業やラウンダー営業の仕事が多く、手取り収入が毎月30万円ちょっとだった。これらの仕事では年2回のボーナスが30万円ずつくらいあったので、本当に割の良い仕事だった(サボってばかりだったのだけど)。



アルバイト1は焼肉屋さんやファミリーレストランなどで、平日の夜に働くことが多かった。月収は8万円〜11万円くらいはあったので、今思えばこれだけでも生活することができたんだな。



アルバイト2は携帯の販売やパソコンの販売、プリンターの販売などをやっていた。携帯の販売では歩合がつくことも多く、多い月では土日祝日だけの仕事で毎月50万円くらい稼いでいた(過去最高時給は1万円だった)。



家賃収入は毎月100万円弱の収入があったのだけど、ローンの支払いや固定資産税、管理費や修繕費、火災保険料、地震保険料などを引いた手取りの収入が、大体60万円くらいだった。




【セミリタイア後】

家賃収入 47000円



セミリタイア後は家賃収入の47000円のみである。なんとサラリーマン時代のアルバイト1よりも少ないとは驚きである。しかも、僕は毎月47000円以下で生活をしているのにもまた驚かされる(自分でも本当に驚いてしまう)。



このセミリタイア前とセミリタイア後の収入だけを比較してみると、本当に同一人物なのかと疑問が沸いてきてしまう。本当に僕がやってきたことなのか、たまに信じられないような気持ちになる。



しかしサラリーマン時代は本当によく働いたなぁ、と思う。でも今の生活に満足ができていないのとはまた訳が違う。僕はサラリーマン時代で収入があった頃より、今の低収入の生活の方が満足感や幸福度が高いと感じている。



月収が100万円以上あったところで食べる量は決まっているし、外食ばかりをしてしまってもバランスの良い栄養は摂りづらくなる。



洋服なんかは本当に好きでブランド物ばかり買って拘っていたのだけど、今では一枚300円のTシャツでも割りと満足してしまっている。



何かに拘ることが悪いことだとは言わないけれど、何にも拘りを持たなくなると本当に人間は自由になれるんだなぁ、と感じるようになった。



サラリーマンをセミリタイアするということは、がんじがらめに自分を縛りつけていたものから、少しずつ解放していくということなのかもしれないと思った。

2019年02月15日

サラリーマンをセミリタイアして良かった事と悪かったこと

僕はサラリーマンをセミリタイアしてから6年以上が経過した。


最近ではバイトすらしていなくて、毎日ダラダラと過ごしている。

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サラリーマンをセミリタイアして良かったことは沢山ある。ちょっと箇条書きしてみようと思う。



・目覚まし時計をかけなくて良い
・好きな時間に寝て、好きな時間に起きれる
・一日中好きなことをできる
・大量の本を読める
・国外問わず好きな場所で暮らせる
・節約生活に目覚めた
・ストレスがなくなった
・プレッシャーから解放された
・余裕が生まれた
・プライドを手放す術を会得した
・承認欲求が弱くなった
・小さな幸せを感じることが増えた



サラリーマンをセミリタイアしてよかった事はまだまだあるのだけど、なんとなく似たような言葉になってしまいそうなので、この辺で終わりとする。



サラリーマンをセミリタイアして一番よかったことは、やはり「好きな時間に寝て、好きな時間に起きれる」ということではないだろうか。



サラリーマン時代は出勤時間が基本的に決まっているので、大体寝る時間と起きる時間が固定されてしまう。僕は「目覚ましをかける」という行為が本当に苦手て、自分の好きな時間に起きたくて仕方がなかった。



逆にサラリーマンをセミリタイアして悪かった事はなんだろうか。



・収入が減る
・出会いが減る
・体重が増える
・怠け者になる
・不健康になる



こんなところだろうか。「不健康になる」とかは自分次第だけれど、やはりサラリーマンをセミリタイアをしてしまうと規則正しい生活からは程遠い生活になることが多い。


僕もサラリーマンをセミリタイアしたばかりの頃は、本当に不健康な生活をしていて、大体寝るのが朝の8時で起きるのが夕方の5時という完全に昼夜逆転した生活をしていた。


それから何年か経ってセミリタイア生活にも慣れてくると、自然と早寝早起きの生活リズムを取り戻すことができた。



やはり人間は「暗くなったら寝て、明るくなったら起きる」という、原始的な生活が一番健康的なのだと思った。

2018年12月29日

2018年のセミリタイア放浪遍歴を振り返ってみた

2018年も移動の多い年だった。


僕は今年の1月にどこにいたのだろうか。

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1月は台湾の高雄にいた。台湾へは始め、台北に滞在する予定だったのだけど、いつものようにトラブルが起きて気がつくと僕は高雄で住むことになった。


高雄には2017年の12月から住んでいた。滞在期間は約2ヶ月間でご飯は美味しかったのだけど、あまりにもバイクが多くて空気が悪かったのでもう台湾はいいかな、とその時は思っていた。



1月中旬から一週間だけ沖縄の那覇にいた。滞在先はいつものように「沖縄リトルアジア」というゲストハウスだった。


沖縄リトルアジアでは良い出会いがあった。といっても今回は女の子ではなかった。沖縄リトルアジアでは2017年に2ヶ月くらい長期滞在をしていたのだけど、その時僕は毎日のように恋をしていた。毎日誰かと遊んでいて、毎日誰かが僕を構ってくれた。あのとき「寂しい」と思ったことは一度もなかった。



沖縄リトルアジアに一週間滞在した後は、タイのバンコクへ飛んだ。那覇空港からスワンナプーム空港までは格安航空券ピーチで6千円くらいで行けた。



はじめはAirbnbで予約をしたバンコクの宿に1ヶ月くらい住んでいた。その後、2月中旬くらいからラオスのビエンチャンへタイVISAを取りに行った。


ビエンチャンでは10日くらい滞在していた。ビエンチャンでも良い出会いがあり、一人旅の寂しさを一時的に紛らわすことができた。



2月下旬からはタイのチェンマイにいた。チェンマイではゲストハウスのドミトリーにいて、結局2ヶ月間、同じゲストハウスで過ごすことになった。


僕が泊まっていたゲストハウスは一泊300円以下で朝食付きだった。朝食もお代わりができたので、食事代がほとんどかからなかった。



チェンマイでは1日500円、1ヶ月15000円くらいで生活をしていた。それでもまた行きたいか、と問われたら僕は考えてしまうだろう。


チェンマイのゲストハウスではよくスタッフの女の子からアプローチを受けていた。その女の子は流暢な英語を話すのだけど、僕は全くといって良いほどに英語がわからなかった。


チェンマイでは日本人観光客をみかけることが少なかった。約2ヶ月ぶりに出会った日本人の女の子に僕は恋をしていた。その女の子は僕と話をして泣いてしまったのだけど、僕も連られるように泣いた。あれはふと心が軽くなるような、優しさに包まれるような体験だった。



4月下旬から沖縄の恩納村という場所で滞在をしていた。ここは民宿の個室で家賃が1ヶ月2万円と、沖縄では考えられないほどの安宿だった(現在は1ヶ月3万円です)。



恩納村の民宿に1ヶ月いて、その後は埼玉に半年くらいダラダラと過ごしていた。「そろそろ旅に出ようか」と毎日思っていたのだけど何かしらやることがあり、重い腰がなかなか上がらなかった。



埼玉では地元の友達と沢山会った。みんな相変わらずだったのだけど、なぜか一度も呑みにいかなかったな。次に帰った時はみんなで呑みにいこうと思う。個人的に会いたい人もいるしね。



そして11月中旬から石垣島のゲストハウスで1ヶ月過ごした。石垣島の海はやっぱり綺麗で、僕は毎日海で泳いでいた。


石垣島では12月でも晴れた日は海で泳ぐことができた。石垣島の海は本当によかった。今思えば、本当によかったなぁ。



そして12月中旬からタイのパタヤに来て、とりあえず1ヶ月間滞在する予定だ。来年の1月中旬にラオスのビエンチャンにタイビサを取りにいって、その後はタイのプーケットへ行く予定である。
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