2017年03月21日
時と共に
時が経つにつれ
記憶が薄れたり、付け足されたりしながら
少しずつ記憶は変化していく。
中には美化されていく記憶も少なくはない。
記憶と言うものほど曖昧なものはなく、
だからこそ、人は忘れて行く。
忘却は時に悲しくもあるが
助けてくれることも多い。
忘れられない記憶は多い。
辛い記憶に苦しめられることは多い。
時と共に、いい意味で薄れていく感情。
激しく取り乱したことはやがて想い出に変わり、
時々想い出して涙することを繰り返しながら
時と共にその形を変えていく。
AD
母と歩んだ記憶は、母が他界したことで
より一層貴重な記憶と成り代わり
常に想い出されている。
これは、母が現在元気に生きていたとしたら
起こらなかった状況とも言える。
何というか・・・母が他界したことで
母との記憶の価値が一気に上昇した。
こんなに母とのことを思い出すような人間ではなかった。
それが今はどうだろう・・・。
母のことを想い出す回数だけで言ったら
十分なマザコンである。
そんな自分を卑怯とも思う。
でも、母はきっとこんな自分を見て笑っているだろう。
時と共に色々なことに変化が起きている。
そしてそれらが新鮮で清々しい。
時と共に・・・
母と共に・・・
AD
記憶が薄れたり、付け足されたりしながら
少しずつ記憶は変化していく。
中には美化されていく記憶も少なくはない。
記憶と言うものほど曖昧なものはなく、
だからこそ、人は忘れて行く。
忘却は時に悲しくもあるが
助けてくれることも多い。
忘れられない記憶は多い。
辛い記憶に苦しめられることは多い。
時と共に、いい意味で薄れていく感情。
激しく取り乱したことはやがて想い出に変わり、
時々想い出して涙することを繰り返しながら
時と共にその形を変えていく。
AD
母と歩んだ記憶は、母が他界したことで
より一層貴重な記憶と成り代わり
常に想い出されている。
これは、母が現在元気に生きていたとしたら
起こらなかった状況とも言える。
何というか・・・母が他界したことで
母との記憶の価値が一気に上昇した。
こんなに母とのことを思い出すような人間ではなかった。
それが今はどうだろう・・・。
母のことを想い出す回数だけで言ったら
十分なマザコンである。
そんな自分を卑怯とも思う。
でも、母はきっとこんな自分を見て笑っているだろう。
時と共に色々なことに変化が起きている。
そしてそれらが新鮮で清々しい。
時と共に・・・
母と共に・・・
AD
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/6077632
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック