2020年09月30日

一斉休校のつけ

この春、安部前首相が、全国一律の一斉休校を発動した。
その知らせに、一時期喜んだ生徒もいたのだろうけれど、その期間が長くなるにつれ、親も子も、不安だらけになったはずだ。

緊急事態宣言が解除され、学校が再開されたが、コロナの感染者が一人でも出ると、学校は一斉休校になってしまう。
こんなことで良いのだろうか

ある私立中高一貫の校長先生が言う。
「私の学校は、たとえコロナの感染者が出たとしても、一斉休校にはしたくありません。」

すでに学校は、従前の教育活動が崩壊しているのだ。
「これ以上、破壊させないでくれ」、というのが学校としての切実な願いだ。

一斉休校のダメージは大きい。
学業的にも、精神的にも、家庭に大きな衝撃を与え、傷をつける。

学校行事が軒並み中止になり、かわいそうな生徒たちを励まそうと、サプライズで校庭から打ち上げ花火を上げたり、修学旅行の代わりに、学校に宿泊したり…、といろいろなイベントはあるが、それには変えられない大きなものを失ってしまった。

この衝撃は国民全体に波及し、今もなお、立ち直れずにいる。
もしかしたら、安倍前首相の退陣理由は、この全校休校なのかも知れない。

「インフルエンザ並みでいいと思うんです。インフルエンザの患者が一人出たくらいで、学校全体を休校にしますか?」

現状のコロナの感染力や状況を見ると、確かにその通りなのだろう。

学校が学校としての役割を果たすことができないまま、生徒たちを卒業させなければいけない状況にある。

人と人との関わりを希薄になった学校は、もはや学校ではない。

そもそも経済活動にしても、政府や自治体に自粛を強要する権利などない。
それこそ、国家社会主義のなせる技である。

自粛をすることで、本当に感染が防げるのかの検証もない。
ましてや、少額の保証金を配ったところで、各店舗には焼け石に水。
店じまいをせざるを得なくなっても、政府や自治体が責任をとることもない。

サバイバル時代を生き抜く術は、各人に委ねられているのだ。

政府屋自治体も破産寸前のはずである。

我々が教えるべきは、この時代を生き抜く術であり、人と人との温もりであり、自助努力によって、未来は拓けると信じる心を育てることであろう。

先日、地元のお祭りも中止になったという連絡が入った。

「いい加減にしなさい。祭りは御神事だぞ。」
私はそう叫んだ…。

2020年09月29日

おおいぬ座

おおいぬ座の一等星シリウスは、全天で一番明るい恒星である。正式は光度は−1.46等。
距離8.6光年と、地球からかなり近い距離にある星である。
星の色は青白。主系列星を見ても、若い星であると言える。

冬の星空に、ひときわ明るく輝くシリウスは、古代エジプトでも、豊穣の女神として知られ、ナイルの氾濫の予測にも使われていたという。
ギリシャ語では、「光り輝く者」、「焼き焦がす者」が語源とのことで、さすがにその明るさに古代人も、何らかの天意を感じていたのだろう。

今、冬の星座あたりには、明るい惑星がなく、まさに全天一の明るさを誇っている。

このところ、朝の犬の散歩時に見える冬の星座が綺麗だ。
冬の星座は華やかだ。
明るい星が多いということもあるが、一方で空気の澄んでいる時期に見える星々であり、なおさら輝いて見える。

ギリシャ神話では、神犬であったり、オリオンの番犬であったりするが、私は、犬たちと散歩しながら、おおいぬ座を見上げて、ふとほくそ笑む。

「ほら、空にも犬がいるよ…。」
私の犬たちは、地面ばかりを見ているので、星の存在には気づかない。
私は、散歩の途中に、ふと立ち止まり、夜空を見上げる。

ときおり流れ星が見えたり、ISSが飛んだりする。

そのたびに、犬たちは、私の足元でじっと待っている。

「この星空を、子供たちにも見せてあげなければ…。」
そんな思いが、強く湧いてくる。

宇宙を感じた人間は、ちっぽけな悩みだと吹き飛んでしまう。
星空にはそうした偉大な力がある。
一度でも満天の星を見た子供は、その人生が変わってゆくのではないだろうか。

今は、5時半には日の出なので、あっという間に空が白んでくるが、もうしばらくすれば、満天の星空を見ながら、犬の散歩を楽しむことができるだろう。

新聞配達のバイクが通り、あたりの農家の家には電気がついている。

「ほら、今日も星がきれいだよ…。」

犬たちは無反応だが、そこには当たり前の世界があった…。

2020年09月28日

体育のマラソン

体育のマラソン

体育の授業でマラソンが始まった。
校内の長い坂道を往復する。概ね2.5kmくらいである。
地区の駅伝大会がタイムレースになったので、その大会に出場する選手の選抜を兼ねるという。

今日は中2が走ったので、私は結果を聞いてみた。
すると、結果学年上位10以内は、すべて野球部かその助っ人だった。
さすがに走り込ませているだけはある。

前日、校内一位のT君が、「明日のマラソン、めんどくさい。雨が降って欲しい」、と言ったので、私は厳しく叱責した。

普段から運動をしている者が、そういうことを言ってはいけない。ましてや、一番早い人がそんなことを口に出してはいけない。そんなことを言ったら、運動の習慣がない人はどうすればいいのだ。やる気にならない人までの気持ちを高めさせるのが、日頃から鍛えている君たちの役割ではないか。

その指導が効いたかどうかは分からないが、今日の彼らは一生懸命走った。

たいてい、面倒がって何人かがだらだらと真面目に走らなかった姿を、私はこれまでにも何度も見ているからだ。

運動部ならば、体育の授業くらいは活躍して欲しいし、運動が苦手な人をも巻き込んで、スポーツの楽しさを教えて欲しいものだ。

先頭集団は10分もかからずに戻ってくるのだから、時間を持て余した彼らはコースを戻って、あとから来る人の応援をし始めた。

「歩くな、走れ!」
確かに、途中出歩くともっと辛くなるし、タイムはどんどん落ちる。
まさに、自分との戦いでもある。

「走るだけで楽しい」、と思える人は少ないのかも知れないが、それでも、走ることで体力は上がり、足腰も心肺機能も強化される。たいていの内臓疾患も改善に向かうようだ。

人間そんなに柔じゃない。

コロナの関係で市内駅伝やら地区のマラソン大会が中止になったので、彼らが走る機会は、体育のマラソンだけになってしまった。

「みんな上位で、なんか気持ちいいですね。」
T君が微笑む。

少し涼しくなって、まさにスポーツの秋なのに、中体連関係の大会だけは、相変わらず中止のまま。

将来、このツケは、いろいろ大きく影響するに違いない…。




2020年09月27日

Y先生嫌いです

近隣の高校の野球部員が合同講習会のため来校したので、その中のN中出身のH君に声を掛けてみた。
「今度、中学生がN校と試合するんだよ。Y先生だったろ?」
「はい。でも、僕、Y先生嫌いです…。」
Y先生は、野球に対してはとても熱心なのだが、その思いの強さが、一部の生徒には反発を招いているのだろう。

「N先生は、本当や優しくていい先生なんだよ。グランドに入ると人が変わるけど…。」
「そうなんですよ…。」
と、H君。

私はY先生とは、合同チームを組んだこともあり、よく話をした。
指導は厳しく、時に「やりすぎ」感もあるが、それでもチームを勝ちに導く指導と、技術はなかなかのものだ。審判技術もすばらしい。

一方で、卒業して2年してなお、「嫌い」のままであるのはどうだろう。

「所詮、教員なんてものはそんなものだ。良いも悪いも、彼らの成長期のほんの一時期、社会の厳しさを教えているにすぎない。」

そんな考えもあるだろう。
もしかしたら、卒業して何十年も経ったとき、どこかで、その先生の良さを発見することもあるかも知れない。

もちろん、記憶から完全に消え、あるいは封印するということもあるだろう…。

それでもH君が、好きな野球を続け、高校野球で頑張っているのは素晴らしい。
「好き・嫌い」は別にして、野球をY先生から教えてもらったことは事実だ。

スポーツの世界は、ある意味不条理なことが多い。
併せて、勝負の世界は命がけだ。
かつての武士の世であれば、負けることは『死』を意味する。
野球は『武士道』にも通じ、だからこそ『野球道』と言われたりもする。

一方で、アウトは『死』という言葉が使われる。

先日来校した、スリランカ人は、
「アメリカはベースボール、日本は野球。野球は日本の方が強いのです。」
と力説されていた。

Y先生の指導方針は、「嫌われること」を厭わない。
指導したことだって、忘れてしまうだろう。
それは私も同じだ。

「たとえ嫌われようとも、彼らの人生の糧になればそれでいい…。」
多くの教師たちは、そうした気概で日々格闘しているはずだ。




2020年09月26日

成功者の条件

スリランカから来日し、自己実現に成功している若者の講演を聴いた。
野球がしたくて日本にやってきて、甲子園に出たくて道を探し、結果、外国人として初めて甲子園で高校野球の審判員を務めた青年である。

「夢を持つことは素晴らしいこと。その上で、その夢を実現するには、どうしたらよいかを考えに考えて、その方向に向かって努力する。そうすると、たとえ回り道であってあっても、必ず夢はかなうのです。」

そう流暢な日本語で語るその言葉には重みがあった。

こうした成功者に共通することは、陰で並々ならぬ努力を重ねていることである。
「夢が実現するまで、諦めない」という姿勢も人一倍だ。
しかし一方で、「私はこんな努力をしました」、と努力をひけらかすことはしない。
むしろ、人知れず重ねた努力を、夢が実現するまでの一過程として、努力とは思っていないのだ。

「絶対に夢を叶えるのだ」という強い意志があれば、日々のコツコツとした精進のモチベーションはなくならない。
それが、「当たり前のこと」であり、その「当たり前のこと」を「当たり前にする」というルーチンが、傍目には努力し続けた姿に見えるわけだ。

「自分が本当にやりたいことを見つけること。それを見つけられたら、誰にも負けないのです。そのやりたいことに向かっていく力は、他の人が何と言おうと、覆るものではありません。一見、不可能と思うことであったも、必ず解決の道があるし、実現する方法があるのです。それを探し、その道を歩むだけです。」

思えば、世の成功者たちは、皆同じなのだろう。

「努力即幸福」の境地にすら達している人もいる。

その対極にあるのが、私のような怠け者であるのだが、そんな私が、「成功のための努力論」を説いたたところで、あまり説得力はない。

ふと、「私が教師として子供たちに伝えられることはなんだろう」、と思う。

「常にポジティブであることも大切です。何があっても、良い方向に進むと考えるのです。そういう考えの中では、すべてが学びの材料。失敗などありません。」

たとえ失敗したとしても、それは教訓として学び、経験値として蓄積されていくのだから、次に同じ失敗はしないし、その失敗が、成功への道を歩むためのヒントにもなる、と言う。

中学生の総合的な学習の時間で講演と質疑応答を行ったが、誰が聞いても、「ためになる」話しであるに違いない。

まさに成功者の条件を目の当たりに学んだように思う…。





2020年09月24日

校歌に思う

最近、私の学校では「生徒総会」なるものが行われていない。

他校のように(?)、喧喧諤諤、部活予算を取り合うこともないし、生徒提案の学校改革案を生徒全員で議論するような場もない。

それが適切かどうかは別として、生徒主体の生徒会活動、部活動の発表の場は欲しい。
という訳で、「部活動理念共有会」という位置づけの生徒集会が行われた。

朝の時間に行うので、二日に分けての開催となる。

その最後に、「校歌斉唱」があった。
久しぶりの校歌ではあるが、私はふと、開校前の準備を思い出した。
それを思い出していると、何だか声に詰まり、今日は黙って生徒たちの校歌を聴いていた。

「校歌ができました!」
という知らせを聞いた私たちは大喜びした。
その歌詞で感動し、その曲で感動した。

そこで、「今日は、一日中、校歌を流しながら仕事をしましょう」、ということになり、その日は終日大音量で校歌が流れていた。

私は、歌詞を噛みしめるたびに、うるうるしてしまい、半分涙目で開校準備の仕事をしていたのを覚えている。

今から、もうずいぶん前のことである。

「あの頃の、初心を思い出さなければいけないな…。」
校歌を聞きながら、自らを省みる。

感動しながら、学校の仕事に携わっていた当時の情熱は、今は薄らいでいるのではないか。

歳をとったということもある。
この先の人生を意識し始めた、ということもある。

教育への情熱がなくなったとは言いたくはないが、『全身全霊』ではなくなっていることは事実だ。

「若い人も活躍できるようになってきたし、もう自分自身はいらない存在になっているのではないか…。」
そんな思いもよぎる。

「もうひと頑張りしないと、後悔するぞ!」
そんな心の奥底の声も聞こえてくる…。

そんな風に揺れながらも、毎日時は過ぎてゆくのだが…。





2020年09月23日

こんな練習でいいのかな

部活で野球の練習を見ていると、ふと、
「こんな練習でいいのな…。」
と、思う。

野球部を始めたばかりの頃は、私も勉強しまくって、どんどん野球の知識が増えていたが、最近はそれも怠り、なんだか過去の貯金で指導している感じもする。

併せて、当初は高校野球が隣で練習していており、ベテランの重鎮監督が指導していたので、その目も気になり、「適当な練習はできないな…」、「こんな練習では笑われるな…」などと意識したものだ。

新チームになり、最近はキャプテンが練習メニューを決めている。
私も、やりたいことがあるときは、それを差し置いて練習させるが、基本練習としては、まずまずのメニューになっている。

だが、試合数も少なくなっている昨今、彼ら選手たちのモチベーションに加えても、「このままでいいのかな…」、といいう疑問はよぎる。

やはり対外試合がないと、進歩が遅くなる。
大会でトーナメントで勝ち抜いていくチームは、一試合ごとにレベルをアップしていく。
試合での課題を、次の試合までに詰めていくからだ。

その意味では、短期集中の大会だと、それがやりにくい。

一方で、選手たちは、放っておくと、どんどん自己流になる。

ある意味、プロの選手たちは、それぞれが自己流なのだが、それは基本的な動きに裏付けされている上での各人のスタイルであり、そこに至るまでの多くの努力の結晶でもある。

だから、格好いいプロ選手の真似をしたところで、簡単にできるわけではないのだ。

「投げ方は、一人ひとり違うから、私は教えられない。」
今の高校野球の監督は、そう私に告げる。

確かに、人によって腕の長さや筋肉の付き方、体系などが違い、その人にあった適切な投げ方というのは、それこそ千差万別なのだ。

だからといって、一般的な指導を拒否するわけではないが、その本質までをに関わることは難しいということなのだろう。

私は、毎日彼らの日誌を見ている。
その中で、「今日の練習は充実していた」と書かれることがある。

毎日が同じメニューであっても、その充実感は日々違う。

だが、その充実感は、実は個人の、練習に取り組む「意識」から生まれるのだ。
つまり、いろいろと「意識」して練習する中に、その手応えと達成感が得られたときには。「良い練習だった」ということになるのだ。

だから、「やらされている練習」では上達はきわめて遅い。

その意味で、一人ひとりの意識を高めさせることが、我々教員(指導者)の仕事なのだろう…。

2020年09月22日

水槽の魚たち

自宅の水槽の川魚が一匹になって厳しくなるので、釣り好きの中3のI君にお願いしたら、N君と一緒にこの連休に何十匹も捕ってきてくれた。

小さいのでよく判別できないが、カワムツやらウグイであろうと思われる。
私の家の裏には川があり、そこにはたくさんの釣り客がやってくる。

すでに渓流魚の禁漁期間になったが、今でも朝夕にはバス釣りとおぼしき彼らが竿を垂らす。

選集I君は、「何匹くらい欲しいんですか?」、と訪ねてきたので、「十数匹は居ないと、水槽が淋しい…」、と答えたところが、私が野球部の練習を見ている間に、川で釣ったり、すくったりして、自宅に戻ると、水槽は魚でいっぱいになっていた。

なかなか壮観である。
しかも、美しい。
ライトアップすると、何だかわくわくする…。

5センチにも満たない、小魚だが、元気よく水槽を泳ぎ回っている。

「人間の癒やしになれば、彼らも仕事をしたことにもなろう…。」
私は、魚たちを捕まえて、水槽で飼っていることを正当化する。

「丹澤先生、すごいもの捕ってきましたよ。見て下さい。」
Tシャツを即席の袋に変形したその中には、20センチほどの鮎が一匹。
「弱って居たので、手で捕ってきちゃいました。」
と、N君。
おそらく落ち鮎と思われる

「焼いて食べましょう。」
とI君。

早速、我が家のガスコンロのグリルで鮎を焼く。
私も一口食べたが、美味だった。

この地には、こんな自然の恵みがある。
本来捕ってきてはいけないのだろうが、そのまま命尽きるくらいなら、人の心を癒やす方がよかろう。

人はあの世から生まれ変わって、この世で生き、またあの世に帰って行くという。
この世は修行の場だから、不自由な世界。
あたかも、水槽の中を生きているようだと言う。

水槽を見ながら、「神様は、そんな気持ちで、私たち人間を見ているのだろうか…」、と思う…。

魚たちを大切に育てよう。

2020年09月21日

グランドの草刈り

野球部の練習で外部のグランドの行くと、私は数十分間だが、雑草抜きをする。
一雨ごとに雑草は大きく成長するので、もはや人間の手で一本一本抜くというレベルではなくなっている。
そこで私は、長い柄の「三角草取り」を斜めにしながら、ささっと雑草を抜いていくのである。

外野は、グランド外の草は、刈払機で処理する。
幸い、今のところ高2のM君が、チップソーとナイロンコードを使い分けながら、広大な敷地の草を刈ってくれている。

彼はときおりグランドにやってきて、ひたすら草刈りをしている。

それを見ている地元の方は、
「あの草刈りをやっているのは誰だい?
と聞く。

私は、
「あの子は高校生です。農家の息子なので、草刈りが好きなんです…。」
と答えることにしている、

もちろん「好き」ではなかろうが、草ボウボウの状態で放置しておくのが嫌らしく、草が伸びた頃になると、さっと表れ、刈ってくれるのだ。

私もたまにやるが、すぐに疲れてしまうので、本当にありがたい。

草を刈らないと、どんどんボールが行方不明になってしまうので、定期的な作業は必要だ。
その上、使用料無料とは言え、借りているグランドなので、そのメンテナンスや手入れもきっちりやっておきたい。

近隣の方も、元気な子供たちの声が聞こえてくるのは、うれしいだろうし、応援もしてくださる。

田舎の集落はいい…。

「先日の甘唐辛子、おいしかったですよ。」
と、地元の方に声を掛けたら、「そうか、じゃあ、まだ採ってきてやるよ」、と、すぐに畑から袋いっぱい収穫して下さった。

グランドに一番近い家のご老人は、ときおり練習を見に来ては、「毎日来な…」と、声を掛けて下さる。
八十歳を超えたであろうと思われる方とは、会話は成立しないが、その思いは伝わってくる。
生徒たちに差し入れを持ってきて下さったことだってある。

過疎化が進む地域にとっては、子供たちの存在は宝なのだ。

日本ミツバチの巣箱を置いている地元の方も、「俺らは勝手に使っているけど、手入れしとけば、何も言われねぇ」、とときおり巣箱周辺を草刈りしてる。

「生徒たちの元気な声を絶やさないように、ここでの練習を続けていかなければ…」、と思うことしきりである。

だが、私のできる恩返しは何だろう…。

いつも、もらいっぱなしだ。

2020年09月20日

聖職者の生き方

先日『サラメシ』というテレビ番組を見ていたら、若い牧師さんの生活が紹介されていた。
教会の二階に住み、毎日のお勤めや、日曜礼拝を行っている青年である。

その中で、彼は、
「私は主の代理で、お勤めをしています。畏れ多いことですが、魂としての喜びがあります。」
と言う。

これには脱帽である。
まさに聖職者だ。

そういう敬虔さが、信者を獲得し、さらに若者への感化も生まれるのだろう。

仏教、キリスト教、イスラム教、その他多くの諸宗教には、多くの聖職者たちがいるが、彼らのどのくらいの者が、こうした考えで聖務を行っているのだろうか。

「どのくらいの給料なのですか?」、というテレビ局のゲスな質問には、
「大卒の初任給よりは低いです。」
と、併せて、「年齢にかかわらず、一緒なんですけどね…」、とも…。
そして、「慎ましく生きれば、やっていけます」、と堂々と答えていた。

彼ら牧師たちは、教会に派遣されているので、一時期、止宿はしているが、しばらくすれば、また別の教会に派遣される。だから、個人としての持ち物も、必要最低限だ。

彼ら聖職者は、神に命を差し出しているのだ。
仏教的に言えば、仏に命を布施しているということになる。

給料が低いとか、自由な時間がないとか、行動が制限される、などというこの世的な価値観を超えて、神のために尽くしているのである。
そしてその姿が、人々に勇気を希望を与え、結果的に人々をも救っていることになる。

いつの時代にもこうした存在はいる。
決して目立つことはないが、すべてを捧げ、信仰に生きている人々である。

私も、そんな彼らと同じ世界に生きているにもかかわらず、少しわがままが過ぎたようだ。

思えば、与えられていることばかり。
思い返せば、不自由など、それほどない。

私自身の自戒を込めて…。




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