2020年08月31日

それでも逃げ続ける…

若いときは、概して自己中心的になる。
それを、大人たちにたしなめられ、「それではだめだ」と叱られる。

都合が悪ければ人や環境のせいにし、できない理由を他のものにする。
そうすると、自分が正当化され、気持ちが楽になるのだろう。
ただ、そうした習慣を確立してしまうと、「進歩」のできない、『逃げ』の人生になってしまう。

昔から、「上手くいったの人様のおかげ、上手くいかないのは自分の努力不足」、と言われるが、まさにその通りで、自ら努力を放棄した者の未来は拓けないものだ。

中学生や高校生はしばしば「自己中心的」になる。
思春期特有の心の乱れにより、自分ではどうすることもできなくなって、その原因を他に求めるのである。そして、それがエスカレートすると、「○○さえなければ、上手くいくのに…」、とマイナスのスパイラルに突入する。

等の本人たちは、それに築かず、どんどん墜ちていく。
昨今は、そうした悩める子供たちの姿を見て、親たちもが、苦しみの原因を他のに求めようする。

「親なのだから、子供が苦しんでいたら、なんとかしてあげたい」、と思うのは当然のことだが、親であっても、思春期の子供を育てるのは初めての経験であることもあり、事情はなかなか複雑だ。

言い訳だと、分かっていても、自分を抑えられず、泣いたり、暴れたり、自暴自棄になったりするのが、子供である

よくできたと覆われる中高生であっても、あるとき、突然、キャパオーバーになって、爆発することだってある。

我慢してしまうタイプの人は、我慢の限界を超えると爆発する。

「やってもやってもできない」、と思うのは思春期の常。
その悩みを大きく膨らましすぎるのも思春期の常。

思い通りにならないことは、大人になっても変わらない…。

『愛されたい。認められたい。自分のことは自分でししたい。」
というのが、若者の特注である。

ふと、私自身が大学生時代に書いた小説を思い出した。
あの頃の私は、逃げてばかりいた。
自己防衛反応で、つねに安全地帯を作ろうとしていた。
逃げても逃げてもだめだと分かっていながらも、逃げ続けた。

そのときの小説のタイトルが、「それでも逃げ続ける…」であった。

誰もが通る道、ということか…。

2020年08月30日

誕生日祝い

高3のY君が言う。
「日曜日がM君の18歳の誕生日なんですが、ここ何年か祝ってもらえないらしく、けっこう落ち込んでいるようなのです。」
「それじゃ、バーベキューでするか」、ということで、私の隠れ家の離れの囲炉裏でバーベキューをすることになった。

言い出しっぺのY君が、米炊き、囲炉裏の掃除や炭の火起こしなど、事前に準備をしてくれたので、私は、他の3人を昼前に隠れ家に連れて行くだけでよかった。

今朝は、朝練をし、高校野球が遠征のため、高校野球のグランドで練習。
熱すぎる身体を冷やすためにも、プールで泳いでから練習を終えたのだ。

「誕生日おめでとう!」
私を含めて5人だけの、ささやかな誕生日祝い。
猛暑の中で、炭火で焼き肉をするのも狂っているかもしれないが、肉は炭で焼いた方が美味しい。
「独身一日目、って,お祝いメールが来ました。」
と、M君。
まんざらでもなさそうだ。

昨今は、感染対策のために、人と人との接点が希薄になりつつある。
この傾向は、ただでも近所付き合いのない都会では特に顕著だろう。

大学だって、ほとんどがオンライン授業で、それなら通信制と変わらないではないか、という状況だ。
コロナへの恐怖心は、毎日のマスコミの報道とあいまって、ますます広がっている…。

「ご飯と肉、足りる?」
Y君が気を遣う。
「もう喰えません!」
皆が口をそろえた。

ほんとにささやかなパーティなので、私がなにか手料理を振る舞うこともなく、デザートもない。
でも、何となく至福の時を過ごせたような気がした。

私は、こうして教え子たちと過ごす時間がたまらなく好きだ。

「丹澤先生、いつまでこの家に住むんですか?」
「死ぬまでだよ…。」
「立て替えたり、庭の整備をしないんですか?」
「2000万くらいかかるかもね…。」
「ほう…。」
「資金提供してくれる?」
「もう少し待って下さい!」

こんなたわいない会話をH君とした。
頼もしい生徒である。

こんな風だと、私もかすかにこの学校の役に立っているのかな?、などと錯覚する。

朝、中2の生徒が、「丹澤先生、僕たちがいる間は辞めないで下さいね」、と言う。
ちょっと嬉しい気持ちになった…。

2020年08月29日

酷暑の中で

この夏一番の暑さになった。
土曜日なので、練習は午後から。
だが、今が一番暑い時期でもある。

黙っていても汗が吹き出す。
運動する環境ではないし、熱中症の危険度は高いはずだ。

私の地域では8月になって、梅雨明けと同時に猛暑が訪れた。
以来、一ヶ月間、涼しい日はなかった。
毎日が、真夏のじりじりとした日差しが続いた。

そんな中で、野球部の練習を続けたので、選手たちも、けっこうたくましくなった。
その彼らでさえ、辛そうにしている。
それは、暑さが理由ばかりではない。
早々に決まった、秋の新人戦の中止も、その原因だろう。
人は、目標がぼやけてくると、踏ん張りがききにくい。

薄めているとはいえ、氷で冷やしたスポーツドリンクを飲んで命をつないでいる感じだ。
実家から送ってきた梅干しを食べさせたところで、焼け石に水のようにも思える。

私自身、彼らと一緒に動くわけではないが、それでも汗だくになる。
汗の臭いに加齢臭が混ざり、気持ち悪い…。

気温も35℃あたりになると、「運動して爽やかな汗」ではなく、「日なたには居たくない、身体が悲鳴を上げている汗」になる。

集中力も切れやすいので、少し早めに練習を終えた。
夕立でもあれば涼しくなるのだろうが、今日はそれも望めまい…。

野球部員たちは、8月を過ごし、幼顔がなくなり、わずかながら精悍な面持ちになった。

「いずれ、秋が来て、冬が来る。そうなったら、午後から氷点下になるから…。」
と、励ましたところで、彼らは実感が湧かないだろう。

暑さのためにブヨがいのないが、その分、アブが元気だ。
しばしば噛まれる…。

いずれにせよ過酷な部活動だ。

よその学校はどうしているのだろう…。

2020年08月26日

体幹トレーニング

月に一度、野球部、中高合同で体幹トレーニングを行っている。
近隣の外部講師を招き、一時間強、徹底的な筋力トレーニングをするのだ。

このところ高校野球部の部員が少ないこと、そして中学野球部の元気があること、活動は中高一貫でありたいことが幸いして、春から一緒にトレーニングをしている。

中高合同で行う効果はいくつかあるが、その最たるものは、中学生も高校生も「泣きを入れられない」ことだろう。

高校生は中学生の前で弱音を吐くことができないし、一方で中学生も高校生の前でわがままをいうことができない。

講師のトレーナーも、次から次へと、易しい語り口でトレーニングを課して行く。
「無理しなくていいですよ。痛かったらやめていいですよ…。」
と、言いつつ、上手に励まし、トレーニングをなさしめてしまう。

実際、高校生の叫び声が響き、中学生も、必死で耐える…。

蒸し風呂医のような柔道場でのトレーニングが終わることには、畳は汗でびしょびしょになる。

教えて下さっているトレーナーも汗だくだ。

「水分をとってください。汗かいているから、思っている以上に飲んで下さい。」
と言うトレーナーの声が、唯一の休憩時間だ。

当然、各所が筋肉痛になる。

ただ、彼らには、このキツいトレーニングを成し遂げたという自負が芽生える。
どうも、「俺たち、きついトレーニングしているんだぜ」、と人に言いたくなるほどの誇りになるらしい…。

新たに中学野球部のキャプテンになったT君、高校生に負けじと頑張っている。

終わった後、「T君、高校生より頑張ってますね…」、と高校野球のコーチが言う。
T君は、対抗意識むき出しで、滝のような汗をかいていた。

キャプテンが誰よりも頑張る姿はいい…。

弱音を吐くのは簡単な事。
途中で諦めることも簡単な事。
それをせずに歯を食いしばり、必死で立ち向かった者だけに、今までとは違った世界が見えてくるはずだ。

いつもよりも早く練習を終えた、トレーニング後、T君が言う。
「みんなで素振りするぞ!」

2020年08月25日

夜の仕事

週に二度、夜の学習会の仕事がある。
教室で勉強させている生徒の指導をするのである。
中学生の終了時間は21時20分。
担当の先生も、そこまではお仕事の時間。

それに加えて、月に一度くらいの頻度で、日直が回ってくる。
校舎の施錠は22時。
全校を回って、戸締まりをして回るのがこの時間なのだ。

普段から22時前にはベットに入ってしまう私にとっては結構つらい。
部活後、学習会前に、急いで入浴と夕食を済ませて、終わったらすぐに寝られるように準備もする。
途中で眠くならないように、コーヒーも飲む。

気のきいた生徒からは、「丹澤先生は、もう寝る時間、過ぎていますよね…」、などとねぎらってくれる。

そういえば、ここ一週間は、半分くらいは寝坊した。
朝の4時ぴったりに起きられなくなったのだ。

日の出の時間が遅くなり、4時では外が真っ暗になってしまったこともある。
夜の寝付きが悪いことも、夏の疲れが溜まっていることもある。

朝に目覚ましをかけることはないので、目覚めたときが起床時間だが、4時半を過ぎることもあった。
早起きをするのは、隠れ家にいる愛犬3匹を散歩させ、餌をあげるためでもある。
小一時間の仕事を終えて、5時半過ぎにはまた戻ってくる。

今の季節、天高く火星が輝き、東の空高く明けの明星が光る。
そろそろ白んでくる空には、オリオン座が見え、おおいぬ座のシリウスも光る。

犬たちも、その時間になると起きて,私を待っているようだ。

他校でも、遅くまで残業している先生方も多いと聞く。
朝の7時には職員室に来ている私は、夜の仕事があるときは、21時半までかかる。

この生活、だんだん歳をとってきたこともあり、すこしキツくなってきた。

この先は、あまり時間に拘束されたない仕事をしたいな…、と思う。
ただ、元来の怠け者の私が、自分でコントロールしながら仕事をこなすことができるかどうか、あまり自信はない。

以前、通勤に2時間近くかかる学校に勤めていたとき、22時過ぎに帰宅したときは、さすがに帰宅後は寝るだけの生活だった。
あの頃も、今よりも一時間くらい起床時間は遅かったように記憶している。

やっぱり夜の仕事はつらいな…。

2020年08月24日

校歌斉唱

私の学校では、始業式の最後に校歌を歌う。
かつて私が通った学校では、一番だけとか一番と三番だけを歌う、というスタイルだったが、今の学校では、フルで歌うのである。

校歌は、学校の顔。
在校生にとっては誇り。
卒業後も忘れない、魂に刻まれるものである。

今日は始業式であった。
久しぶりに全校生徒が集まった。いよいよ二学期が始まる。

一切の休校をしていないので、例年通りの学期始まり。
近隣の学校はすでに学校が始まっている。

校歌を一緒に歌いながら、ふと考えた。
全国の学校、学期の初めにどれだけの学校が校歌を歌えているのだろうか。

これまで『当たり前』であったことが、『当たり前でない』世の中になった。

今年入学してきた中学一年生。
ほぼ100%、卒業式で校歌を歌っていない。
放送で流れただけだろうが、悲しい卒業式だ。
保護者も在校生も参列しない、形ばかりの卒業式だったという。

アメリカの国力低下と、大統領でトランプを再選させないためとはいえ、中国共産党は、とんでもないウイルスをばらまいたものだ。

今でも私は、小学校、中学校、高校の校歌を歌うことができる。

音楽の授業で歌うときは、フェイスシールドをつけるのだろうか…。

なんとも不自由な世の中になった。

先日テレビを見ていたら、ある小学6年生が、「行事がすべてなくなった勉強ばかりの学校はつまらない。」と、地域で署名活動を始めたことが取り上げられていた。

確かに、学校から授業以外の行事や集団活動を取り除いたら、学校としての機能は三分の一くらいになってしまいそうだ。

その小学生は、「最後の小学校時代がつまらなくなってしまったので、僕たちにもう一回小学6年生をやらせてください」、というものだった。

この発想にはびっくりした。

休校ばかりで大して勉強もせずに、学齢だけで卒業させてしまった彼らが、大人になったとき、ゆとり世代以上のダメージを日本社会に与えてしまうことになるだろう。

その責任は、国家の政治にある。

卒業後、何年経とうとも、堂々と校歌を歌える国民でありたい…。

2020年08月23日

三角比

中3の夏期講習では、「数学T」の三角比の解説をしてみた。
「2次関数」の授業が終われば、すぐに学習する分野ではあるが、三角比の導入とその利用法および基礎について3回の講義で扱ってみたのだ。

私が教員になった頃との違いは、中学生が筆記体の学習を必須ではなくなったことである。
私の学校では筆記体も教えるが、通常ほとんど利用することがないので、ブロック体と大きく異なるsやzはあまり覚えてはいない。

以前は小学校で教えていたリットルの記号(小文字のエルの筆記体)も大文字のブロック体で表すようになったが、直線を表すときはやはり筆記体を使うことになる。このとき、mとnの区別もつきにくい、という弊害もある。

私は数学の授業では旧態依然としてbも筆記体で書くが、新学期には、「先生、その記号は何ですか?」、ということにもなる。
その都度、数学で使う筆記体を説明することになる。

直角三角形でサインの式を覚えるには、sの筆記体による覚え方がとても便利なので、ここでもう一度確認ということになるのだろう。

直角三角形による三角比の定義は、平方根と三平方の定理を学んだ上での単元なので、これ以上の前倒しはできないが、数学が測量等、いろいろな計測に使われるとてもわかりやすい例なので、授業展開がなかなか面白くなる。

三角比の値は、今でこそ関数電卓を使って一発で求められるが、私の中高生の頃には、まだ本屋に「三角関数真数表」なるものが売っていた。
有効桁数と角度の精度を上げれば上げるほど、その冊子は厚くなる。
今ほど安価に関数電卓が手に入らなかったのだろう。
のちに、パソコンが現れ、桁数に制限はあったものの、三角関数の値も瞬時に求められるようになった。

三コマの講義では、単位円の定義には及ばないが、三角比の有用性は理解させることができたのではないだろうか。

実際、正規の授業でもう一度取り扱うので、この口座の反省点を生かして、授業に備えよう。

そういえば、かつてNHKのみんなの歌で紹介されていた『算数チャチャチャ』では2番で三角比が登場する。
残念ながら、三角関数の相互関係を3コマ目に習った彼らには、問題を解くことは未だ困難であろう。

sinθという記号は、彼らにとって初めての複数文字による数学記号。
何となく、高度な数学を学んでいるようで、楽しいではないか…。
posted by 丹澤三郎 at 23:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 数学

2020年08月22日

大雷雨

8月になってから雨らしい雨が降っていなかったので、農家も大変だろうと、同じ集落の知人と言葉を交わしたのが、四、五日前。
「土日は降るらしいぞ」、と期待していた言葉を思い出す。

今日は夕方から大雷雨になった。

午後も晴れていたが、発達した積乱雲が見えたので、雨も時間の問題と思われた。
積乱雲の雨は、局所的なことも多く、これまでこの地域はかすってきたのだが、今日は違った。
雷鳴と共に、北や東の方からどんどんと雲が押し寄せ、15時過ぎには全天を覆い、16時には冷たい風が吹き始めた。

その後、大雷雨となった。
一番近いアメダスのデーターによると、一時間当たり41mmとのことで、さながら集中豪雨である。
雷鳴と轟き、久しぶりの大雷雨になった。

雨の前に練習を終えたのだが、学校に戻ったときには、雷雲の直下。
それこそピカドン状態。
昇降口手前1mに車をつけたが、それでも彼らはびしょびしょに濡れた。

校舎前にバンを停め、校舎に戻ることすらはばかられるほどの雷風雨だ。
「傘をさして歩いたら、雷に打たれるかな」、と思って、傘を差さずに校舎に鵜戻った。

平地での雷は、さほど怖れることはないが、それでも、雷雲の真下では危ない。
毎年、何人もの人が雷に打たれて命を失っている。

「静電気が溜まるとすごいな…。この電気、もったいないな…」、と思いながらも、稲妻を見ていると、改めて自然の力の偉大さを感じる。

科学万能主義に陥っている昨今、人間の力が全く及ばない自然災害も数多く発生している。
これも、神の警告かも知れない…。

大雨は、二時間ほどで止んだ。空気が入れ替わり、気温も10℃下がった。

たわわに稲穂を付けた稲田で、多くの稲が倒れてしまった。

「今年の米は順調なのですか?」と訪ねたら、「まずまずだ」、とのこと。
「台風が来なければいいですね」、と言ったら、大雷雨になって、稲が倒れてしまった。

それでも一歩一歩、秋が近づいている。

野球部の連中は練習を終えてもなお、全員でどこか場所を探して、素振りをしている…。
秋の大会も消えてしまったが、彼らはいつ試合があっても困らないように、新キャプテンを中心に熱心に練習している。

ふと、北の空に、夕焼け空が見えた。

明日からは少し涼しくなるかな…。

2020年08月21日

夏期講習始まる

夏期講習が始まった。
全校生徒の三分の一くらいが参加している。
あと数日で二学期に始業式がやってくる。

例年通りの夏休みとなったが、やはり夏休み中は、生徒がいないことへの、何とも言えぬ寂しさがあった。
私にとって生徒たちと離れるのは、とても苦しいことのようだ。

以前は、夏休み中には生徒と全く会わない時期もあったが、そんなときには、ふと、卒業生にメールをしたりして、寂しさを紛らせていた。

長く教員生活をしていたからか、それとも、こんな風だから教員生活を続けられているのか…。

ある高3が私に言う。
「丹澤先生、生きていましたか? てっきり家で倒れてしまっているかと思いましたよ。」
失礼な発言だが、この暑さの中、まんざら非現実な話ではない。
世の中では、熱中症で毎日数多くの人が死亡している。
瞬発的にはコロナより志望者数は多いが、その対策はほとんどないに等しい。
「熱中症にお気を付け下さい」、と注意を促すだけのように見える。

みなさんこんにちは。
元気で、また出会えたことを、とても嬉しく思います。
私は毎年、夏休みになると、君たちと会えなくて、淋しくなってしまいます。
気がつくと、卒業生にメールしたり、電話したりしているのです。
嘘みたいな話ですが、本当です。
君たちと、毎日出会えることが、当たり前で、幸せで、私にとっての喜びになっているのだと思います。
だから、こうした夏休みが終わり、再び学校が始まってしまうことは、君たちにとってはとても残念なのかも知れませんが、私には喜びです。
本来、寂しがり屋なのかも知れません。
最近の言葉の、「かまちゃん」なのかも知れません。
一緒にご飯を食べ、一緒に出掛け、一緒にお風呂だって入る。君たちから見れば変な先生かも知れませんが、それが私です。
もうこの生活を三十年以上続けています。
もしかしたら、この仕事を終え、君たちのような若者と別れて暮らすようになったときのために、犬を飼い始めたのかも知れませんね。
いずれにせよ、君たちとまた出会えて良かった。
元気でいてくれてよかった。
また新しい学期がはじまりますが、これからもよろしくお願いします。

そう、彼らに話そうと思ったが、少し恥ずかしいのでやめた。

この思いは、心に秘めておこう…。
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