2020年06月30日

引退試合

明日から7月。7月と言えば、大方の中学3年生の部活動の引退時期である。

コロナにより全国総体が早々に中止になり、追って県総体も中止になった。
代替大会が模索されたが、高野連のようにはいかず、結局公式な大会ななくなった。

そこで、地区専門部では、地区内の学校で引退練習試合を設定することになった。

日程を調整して、中3生に最後の花道を作ってあげようという、せめてもの救済策である。

正直、部活動どころではないというのが現状ではあるが、中学校の部活は、中3の夏の大会を目標に活動してきたわけで、何とか試合をさせてあげたいという、生徒たちを愛する大人たちの熱意である。

まさに世界的なパンデミックの中、コロナの中で生き抜く、サバイバルな教育活動も模索しなくてはならないのだろう。

単に密を避けるという生活では、原始時代に逆戻りだ。
経済活動も停滞し、世界的な大不況になり、下手をすると国家すら破綻する。

時代の端境期、エキサイティングな人生を力強く生き抜く人材を、私たちは育てているのだ。

「ほとんど練習期間がなかった学校ばかりの中、うちは通常通りやってきたのだから、いい試合をしないとね…。」

いい試合とは、『勝つべくして勝つ』ということである。
たとえ、技術的にはるかに遅れているメンバーであっても、ここ数か月の練習は相応の効果をもたらしているだろう。
本当は、対外試合を通して学びたかったが、それはかなわなかった。

「どの学校と対戦するんですか?」
「対戦校は、お任せしてあるよ。どこが相手でも同じでしょう。自分たちは自分たちのやってきた練習を信じて、戦うだけだ。」

皆が気合を入れたのだが、今日は大雨になった。
飴でグランドが使えないときは、行内で会談トレーニングになる。

前回、中1がいなかったときのトレーニングで、「先輩として、つらくても、つらいと言ってはいけないし、そういう泰治を見せてもいけない。楽しそうに笑顔でやりなさい」、と仕込んでいたので、今日は弱音を吐く上級生はいなかった。

日誌には、「少しつらいと思ってしまいました。次回は、その気持ちを振り切ります」、と書いてあった。

引退試合まで一か月を切った。
日程もまだ未確定だが、この先の期末考査を経ての試合になる。

彼らならば、試験期間中、全体練習ができなくても、練習を続けてくれるだろう。

少し成長したな…。

2020年06月29日

教育活動の目標

「教育活動の目標ってなんだろう。」
人事評定の目標シートを書くたびに、そう思う。

「生徒たちを学び、社会に役立つ大人として成長させるための一助となる」、ことが教師の仕事であるとすれば、全人格的な成長が求められることになる。

塾や予備校ならば、直近の学校への合格であったり、学校の授業についていけるようになることだったり、はたまたが学校の宿題をこなすことだったりする。
そうは言っても、彼らだって、教育者としての自信と誇りを持って、生徒たちを育てているに違いない。

親のニーズ、社会のニーズが、教育の目的であるとするならば、本来の目的から少しずれてしまうこともあり得る。社会的な『常識』が時に間違っていることがあるからだ。

「クラスの偏差値を5ポイント上げます」、と言えば、耳障りは良いが、それだけを追い求めてしまうと、点数至上主義に走る。

そんな折、教頭面談があった。
「この半年間の、よかった点と改善点をお話しください。」
毎年、このことを聞かれる。

本心から言えば、私自身、良くもなく、悪くもなく…、何となく時が流れた感じ。

敷いて言えば、再び生徒が愛おしく思えるようになったことだろう。

以前の私は、もしかしたら生徒との関係が近すぎたのかも知れない。
そういう意味では、担任も学年主任も外れた昨今、彼らと絶妙な距離になり、おおらかに彼らを見られるようになったのだろう。

「特に校長に伝えたいことはありますか?」、という質問にも、「特にありません」、と答えて面談は終わった。

こののち、校長面談が入り、授業評価のフィードバックを受ける。

かつての自分は、「定年までつつがなく、特に目立つこともせず、淡々と毎日を過ごす」ような働き方に強い嫌悪感を持っていた。
だが、昨今は、その気持ちも少し分かるようになってきた。
「自分は、そんなに優れた人間ではない」、という思いが歳を重ねるたびに大きくなってきたのかも知れない。

今の私は、授業と部活に特化している感じだ。

「あまり、学校には貢献されていないな…。」

そう。思いつつ、毎日が過ぎていく。

この倦怠感は何だろう…。
posted by 丹澤三郎 at 23:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類

2020年06月25日

しずかちゃんにはなりたくない…

今、音楽の授業で、バイオリンを弾いている。
レンタルのバイオリンを使って、中3から高2まで実習しているのだ。

学校の音楽の授業でバイオリンを弾けるとはとても驚いた。

音楽室の前を通ったら、授業準備をしている音楽の先生が。二人に一台のバイオリンを机の上に準備していた。

その姿は壮観である。

私は少々ピアノをたしなむが、バイオリンはこれまでの人生で触ったことがなく、また、「この機会に弾けるのではないか…」、という思いが、ふつふつと沸き上がったのである。

早速、音楽の先生に声をかけ、生まれて初めてバイオリンを弾かせてもらった。

四苦八苦しながらも、ようやく美しく響く調べになり、簡単な短音の曲くらいは奏でられるようになった。

私は音楽をやっているせいか、ずれた音には敏感だ。
だから、言を抑える場所がほんの少し外れた時の音が、許せない。
そう思いながら練習していると、まさに発狂しそうになるのだ。

「子供たちも、音がずれたり、不快な音が鳴ることを嫌がって、必死で練習しているんですよ。」
と、音楽の先生が熱く語る。

なるほど、安っぽいプラスチック製の吹けば音の出るリコーダーとの違いを感じているらしい。

「みんな、『しずかちゃんにはなりたくない』って、一生懸命ですよ。」

なるほど、ドラえもんに出てくるしずかちゃんのバイオリンは、子供たちにも印象深いらしい…。

そんな授業風景を動画に撮って、配信したら、学校としての宣伝にもなるかも知れない。

そんな折、学校説明会が行われ、入学希望者が音楽の授業を見学した。

保護者は奇しくもバイオリンの先生。

きっと驚きとともに、嬉しい気持ちで音楽の授業を見たに違いない。

私も、何度か練習して、少しは良い響きの音楽を奏でてみたいものだ。

そんな折、ピアノを弾いたら、音に注視している自分がいた。

タッチの差で、音の強弱が変わるピアノの音を、今までよりさらに真剣に聞いている自分を発見したのである。

だから、音楽は面白い。

2020年06月21日

ニジマスのプレゼント

中3のI君とN君が、「丹澤先生、プレゼントで〜す」、と新聞紙を持ってきた。
何で新聞がプレゼントなのかと、明けてみると、そこには30センチほどのニジマスが一匹。

「今日、Y川で釣ったんです。」
と、満面の笑みのI君。

I君は、野球部キャプテンである。練習後、午後から何キロも歩いて歩いて川に行き、初めての大物を釣り上げたらしい。

私は夕食後だったので、早速冷凍庫に入れた。

「丹澤先生、食べて下さいよ。」
と、I君。

ニジマスはきれいな魚だ。
釣りたては、さぞかし美しかっただろう…。

「寄生虫がいますから、気を付けて下さいね。」
養殖でないニジマスは、寄生虫がいるので、生食は控えなければけないと、N君。

結局、焼きニジマスになりそうだ。
家庭冷凍庫で48時間で寄生虫は死滅するらしい。
その後の解凍でしばらくかかりそうだから、食べられるのは数日後か…。

「鱗は落としときましたよ。」
「内臓も取っておきました。」
と、I君。
いやいや、さすがだ。

あとは、私が調理して食べるだけ、ということか…。

6月1日に、地元の鮎釣りが解禁されて以降、どの川も賑やかになった。
もちろん、鮎釣りの人の方が少ないのだが、コロナの自粛解除もあいまって、連日川は釣り客で賑わっている。

「本当に中学生の雑魚釣りは無料だったかな…。」
改めて心配になって、もう一度調べ直した。

世の中、まだまだ私の知らない世界だらけだ。

そんな世界を一つひとつひもときながら、人生行路を歩んでいる…。

「教師は、一生学び続けなければならない」、という言葉の重みも身に染みる。

I君とN君は、次の釣り行きの計画に余念がない。

どうやら、一度大物を釣り上げてしまうと、やみつきになるらしい。

そんな彼らが愛おしい…。

2020年06月19日

計算ブロック

東京出版の月刊誌『計算ブロック』なる記事がある。
私は、生徒たちにこのパズルを宿題として解かせているのだが、もちろん全員が解けるわけではない。
習熟度別の上位クラスの生徒は、何とか解けるのだが、中位クラスの生徒はなかなか厳しい。

そこで、この『計算ブロック』が得意な中3の生徒に、特別講座を行ってもらって、ビデオ収録した。
授業中の公開収録である。

なるほど、彼らの解説を聞いていると、難なく解けそうな気になってくる。
先輩のビデオを見せた中2中位クラスの生徒たちは、俄然やる気になった。

その時間は必死に時、さらにチャレンジをしようとしていた。

ところが、また壁にぶつかったのである。
『計算ブロック』を解くには、まだまだコツがいる。

彼らがこのパズルを解けるようになるには、まだまだ手を打たなければならないようである。

数学という学問は、なかなか人それぞれそのレベル差がある。
ヒントから関連づけて、次の問題を解く糸口にする人もいれば、すべてをお膳立てして、なお理解が進まない人もいる。

これは、次のステップを予想できるかどうか、に関わっているのだが、実はこのことが論理的思考とつながっているのだ。

何としても中位のクラスの生徒に解かせたい私は、再度ビデオ撮影をすることにした。

先輩の力を使い、何とか数学のレベルを引き上げたいのだ。

「H君、また収録を頼むね…。」
「は〜い。」

まんざらではなさそうである。

努力を重ね、自らコツをつかんだH君はさすがだ。
毎回、パズルをノートに手書きで拡大し、隙間時間にこつこつ解いている。

論理的な思考が身につきつつあるH君、定期考査でトップクラスの成績を取るわけではないけれど、このパズルを次々と埋めていく様は、壮観である。

次の収録は来週の月曜日。

H君、きっと新しいサプライズを見せてくれるに違いない…。

2020年06月16日

お山のトレーニング

梅雨の中休みで晴天に恵まれたので、行事の代休で平日といいうこともあり、野球部の生徒たちを久しぶりに山に連れ出した。

7時前には標高千数百メートルの山麓に着き、簡単なハイキング。
あたりはカッコウが響き、ヒグラシが鳴く。

抜けるような青空に、峰々がそびえる。
下界の暑さを逃れ、新鮮な自然の空気を吸ってのトレーニングだ。

少し歩いて、皆でおにぎりをほおばる。
コンビニのおにぎりでも自然の中で食べると美味だ。

足元が透けている吊り橋を渡り、渓流の源泉で水しぶきを浴び、グランドに戻ってきたのが9時半。

ここから練習を始めた。
本当は本格的に山を登りたいのだが、相応の準備ができておらず、ちょこっと山道を歩くだけにとどめた。

この山には何度も生徒たちを連れて行っているが、いつ来ても美しい。
気持ちが晴れ晴れする。

冬には、耳に氷の粒が当たるなか雪道を歩くことができるし。春は残雪、夏はトンボと遊べる。

人数が多いと、山への引率も大変だが、十人程度なら何とか私一人でもいける。

その後何事もなかったかのように練習。
梅雨の晴れ間の真夏日だ。

コロナで引きこもっていた人には熱中症対策も万全にしなければいけないだろうが、私の部活は特に休むことなく、2月末からもずっと続けているので、体力は落ちていない…。

最近、ようやく『教育を受ける権利』云々と言うようになってきた。
何ヶ月もの休校で、国民も怒り出したわけだ。

山は密ではない。
海だってそうだ。

人との距離を取り、引きこもっていれば感染しない、というのは、科学が発展してない大昔からの方法だ。それを現代社会に強いて、従わない人を吊り仕上げることまで起こった。

政治家は責任逃ればかりで、大不況を引き起こしたことなどには無頓着なのだろう。

「山道のダッシュは、足に来ますね…。」
中2の生徒が嬉しそうに言う。

「空気が薄い中で、いいトレーニングになりました。」
と中3の生徒が言う。

空気など大して薄くはないのだが、気圧が低いので、そんな気になるのだろう。

今日も楽しく部活ができた。

2020年06月14日

生徒たちの報恩

周年行事があって、多くの寄付貢献者が来校した。
今回、そのアテンドを生徒たちにやってもらった。
これがすこぶる評判が良かった。

「生徒たちのホスピタリティ、よく訓練されていますね…。」
とも言われたが、実は事前の訓練をしたわけではない。

「寄付をしていただいた方へ、心からの感謝を込めてご接待しよう。」
と話をしただけである。

私立学校である私の学校は、そのほとんどを寄付でまかなっている。
開校時にかかるすべての経費も寄付であるし、現在在学している生徒たちのかかる費用の半分の金額も寄付である。

そんな中、与えられていることに感謝し、その報恩をする機会を待っていた、と言ってもよい。
それが、今回の行事になった。

コロナのために、規模も縮小し、日程も半分になったが、それでも生徒たちは、精一杯のおもてなしができた。

シャトルバスが学校に着くやいなや、さっと補助ステップをドアに設置し、ご挨拶して、「お荷物をお持ちします」と、受付まで誘導。ここまで男子生徒。
受付では女子生徒に接待を受け、誘導係が会場までエスコートする。

こんな風にお客様をもてなしたのだ。

「人に尽くすといい気持ちになる。」
思いを込めて報恩すれば、それは、新たな感謝となって、何倍もの愛が返ってくる。
人間社会は、こうした愛の連鎖で成り立っているのだ。

与えたら無くなってしまうと思えば、与えられることもなくなっていく。
そんな連鎖は、この世の中を殺伐とした雰囲気に変えてしまう。

こうなると、先生たちは、もはや何もすることはない。
私も、ときおり現れる卒業生や、顔見知りの保護者に挨拶するだけである。

「私たちが寄付したのその結果は、見られないと思っていました。でも今日、生徒たちの姿を見て、寄付して本当に良かったと思いました。彼らの姿を見て、元気が湧いてきました。」
何人もの方から、そんな声をいただいた。

生徒たちのグループは、高2のリーダーを中心として中2までが所属する。
体育祭で築かれた絆は、こんな時にも生きてくる…。

生徒たちのエネルギーは、梅雨空を吹き飛ばす爽やかな風として、来校者の心を温かくしたようだ。

2020年06月12日

生徒に励まされる

職員会議が終わって、とぼとぼと歩いていたら、
「丹澤先生、疲れていますね。」
と、高2のH君に声を掛けられた。

普段であれば、私の方からH君にちょっかいを出すのだが、私は会釈をするだけだったのだ。
「疲れているかも…。」
そんな風に答えたら、H君は、
「そんな日もありますよ。」
と言って私を励ました。

こんな風に面と向かって励まされたのは、これまでの教育人生で、私の記憶にはない。

きっと、疲労困憊の顔つきをしていたのだろう。
毎週木曜日には夜の7時くらいまで職員会議があり、その前の火曜日、水曜日は夜の9時半過ぎまでの勤務があり、だいたい木曜日の夕方に、一週間の疲れがピークになる。
私の学校は土曜日にも授業があり、出勤日なので、週末にピークが来る訳ではない。

…という訳で、今日、金曜日は、1時間目の授業を終えてのち、午前中一杯ゆっくり過ごした。6時間目にも授業があるので、そのままオフになることはできなかったが、それでもずいぶん身体は楽になった。

普段は、疲れを表情に表さないようにしているのだが、だんだん齢を重ねるようになって、なかなか元気な演技も難しくなってきた。

人は、こうして引退していくのだろうか。

「仕事は命がけなのだ。生半可な気持ちでは真の仕事とは言えない。」
そんな声が聞こえてくる。

「時間の切り売りではない。」
「与えきりの中で、全力を尽くすのだ。」

これらは、社会人になって教えてもらったことばかりだ。

体力を回復した私、6時間目の授業は元気よくできた。

その後、雨も上がったので、お決まりの部活動…。

夜、隠れ家からほど近い小川を散歩した。

今年もゲンジボタルがやってきた。

そうそう、中1は別の蛍スポットで蛍の観察中だ。

私は自然の恵みにますます元気になる…。

2020年06月10日

習熟度のクラス替え

中間試験を終え、答案も返却。成績も入力した。
この時期、迷うのが、クラス替えである。

私の学校では、数学は習熟度別クラス。
試験範囲も、試験問題も、問題レベルも違う試験を行う。
使う教材すら違う。

学期の成績は、全体を偏差値かして、調整して上位クラスから付けられる。
そうなると、上中位のクラスで、非常に低い点数を撮ってしまった場合、調整した結果も赤点になる可能性が出てしまうわけだ。

だから、試験が終わったこの時期、彼ら成績不振者のクラスを変えるべきか、そのまま様子を見るかで迷い、悩むのである。

次回の期末考査で得点を取ってくれるならそれでいい。
この失敗を奮起にして、頑張ってくれるのなら、様子を見ることができる。

ただし、期末でも同じような点数を取られると、途端に危険ゾーンに陥る。
こうなると、赤点を救済する術がなくなってしまう…。

そんなわけで、今回の試験で、中2の中位クラスの3人をどうすべきか迷った。

ただ、下位のクラスの人数も限界で、これ以上増やせない…。

結果的には、そのままクラスに残し、きっちり警告して、放課後の補講に参加させ。もう一度復習させることにした。

中位のクラスの生徒は、下位のクラスに移動することを極端に怖れる。
だから、「先生、僕、クラス、落ちますか?」などと恐怖の面持ちで私に尋ねる。

大切なことは、失敗を生かして勉強することだ。
彼らはクラスが下位のクラスに行くことによる恥ずかしさを怖れているのいだろう。

彼らをそのままクラスに残すことで、私の授業も、さらに集中力がアップしそうだ。

中位のクラスにしてはよく勉強するメンバーなので、きっと、次の試験では輝いてくれるに違いない。

試験後の彼らは、少しだけ顔つきが真剣になった。

これだから教育は面白い…。

2020年06月05日

日本ミツバチ

5月の末に日本ミツバチが来た。
3月に巣箱を置いて、ようやくやっててくれた。
一ヶ月前、近所で趣味で養蜂をしている方から、キンリョウヘンをお借りした。
その満開にあわせるかのように、分蜂した蜂たちが私の巣箱に自然に入ってくれたのだ。

蜂というと、多くの方に忌み嫌われるものだが、自分の巣箱に収まってくれると、これまたかわいいものである。ブンブンとやや不気味な羽音にはまだ慣れないが、我が家のペットが増えた感じだ。

「いろいろな蜂がいて一日見てると、楽しいぞ。」
地元の方はそう言って、養蜂一年生の私を励ましてくれた。

ミツバチの巣箱は、家の軒下に置いてある。
自分の庭があると、こんな楽しみもあるのか、と私はやや興奮気味でもある。

スムシ対策に、底版をネットに変えたり、中にスマホを入れて撮影してみたりと、毎日が面白い。
そうそう、スズメバチ捕獲器も作らねば…。

それでも、一番の面白さは、蜂が集団でやって来るところだろう。

どこに住んでいたのか分からないが、探索蜂が群れを呼び込んで、キンリョウヘンを覆い尽くす。
そのうち、そばの巣箱に徐々に入り込み、いよいよ巣作りを始めるのだ。
その姿は壮観である。
一生のうちで、こうした姿を見ることのできる人間は、ごくわずかなのだろう。

ふと、『蜂は暗闇で蜜を作る』という言葉を思い出す。

いろいろ経験を増やすのはいいが、その中で思索を練り、さらにそれを智慧に変えていかねばならぬ。
また、こうした経験が授業で生かされなくてはいけない。

「丹澤先生、ミツバチ飼っているんですか?」
「最近飼い始めてね…。かわいいよ!」
「…。」

都会育ちの生徒たちには、ちんぷんかんぷんだ。
 蜂=怖い
というイメージしかない。
いや、今の時代の子供たちは、
 虫=怖い
というのが、普通担っている。

彼らが大人になったとき、どうなってしまうのだろう…。

『スズメバチは、大切な益虫です。あまり退治しないでください。』

養蜂のガイドブックには、そう書かれていた。
その認識になるには、私自信、もうしばらく時間がかかりそうだ…。
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