2020年05月25日

反抗期のS君

運動会明けでも6時から練習した。
普段は高校野球が占有しているので、グランドが使えるのがこの時間だけなのだ。

ところが高校野球部がオフであった。
最近、こんな風にすれ違いが多い。

そんなわけで、高校3年生にノックを打ってもらった。
中学生の線湯たちは、グランドが使えるだけでも大喜びなのに、その上、先輩にノックを打ってもらって、ますます気合が入る。

だが、中3のS君はだけは違う。
どうやら、最近反抗期のようで、遊び感覚でプレーし、待っているときも関係ない話をして後輩を巻き込んでいる。

「余計な話をするな! 練習中だぞ。」
そう先輩にたしなめられても、動じない…。

そのうえ、後輩のプレーが稚拙なために、自分のプレーがうまくいかなかったりすると、後輩に当たったり、くさしたりする。

総体も中止になり、代替大会の有無も未定の中で、目標を見失っているのだろう。
それでいて、「高校野球に行ったら…」などと豪語するものだから、完全に後輩たちの信頼を失っている。

かつてはこのチームのキャプテンだったのだが、体育祭でエネルギーを使い果たしたのか、このところだいぶ落ちてしまった。

そんな中、立派なのが中学2年生である。自分たちでミーティングを開き、これまでどれだけS先輩にお世話になったかを確認し、先輩たちが気持ちよく最後の試合に臨めるよう、徹底的にサポートしようと、動いている。

どうやらチームの代替わりが近づいているようだ…。

「僕はS先輩が嫌いです。本当に嫌いです。心の底から嫌いです。でも、S先輩にはこれまでお世話になってきましうた。だからいい思いをして引退してもらおうと思っています。」

S君としょっちゅうぶつかる中2のT君が、そう日誌に書いていた。

もう試験が近づいているので、全体練習はできなくなるのだが、中2以下の生徒たちはこれまでのように、自主練を続けるのだろう。

やはり、目標は大切だ。




2020年05月24日

運動会終る

今年の運動会は、保護者も四分の一にして、時短で行った。
私は、毎年、この運動会に涙する。

今年は4団で優勝を競ったのだが、勝負へのこだわり以上に、他の団への思いやりの心が大きいのである。

競技なので順位がつく。もちろん勝てば全身で大喜びする。応援している他の学年も飛び跳ねて喜ぶ。だが、たとえ負けた団であっても、彼らはエールを送るのである。そして、負けた団も、飼った団を祝福する。

本当は悔しくてたまらないだろう。
泣きたいくらいだろう。
今まで練習してきたのは、何だったんだ、と思うだろう。
だが、彼らはぐっと涙をこらえて、買った団をたたえるのである。

このスタイルは、開校以来の伝統になっている。

時に、協議中互いにムッとして、けんかになりそうになることだってある。
だが、彼らは、協議が終ると、互いに歩み寄り、いくらかの言葉を交わし、またも元通りになる。

この姿は、私の学校の運動会を初めて見た者を驚かす。

全力で、必死に戦っていながら、彼らは阿修羅にはなっていないのだ。

保護者だって、全員を応援する。
今年は、わが子ばかりを見てはいられない事情がある。
それは、見に来ている保護者は、代表であるからだ。
来たくても来られなかった保護者が、1000人近くいる…。
だから、今回の保護者は、生徒全員を応援してくれた。

「まるで一人ひとりがわが子のように愛おしい…。」
とさえ、言ってくださる方もいた。
多くの保護者が涙を流しながら、生徒たちの協議を見てた。

立ち入りエリアも制限していたので、保護者ですら、生徒たちの席には入れない…。

本当は、活躍している姿を、親に見てもらいたかった生徒がたくさんいただろう。
団長らリーダーたちの親だって、保護者枠が足りずに、来られなかった方もいる。

そんな制限だらけの運動会だったが、雨続きの中、当日だけは晴天に恵まれ、無事実施できた。

ただただ感謝である。

誰もが天に祈る。

そんな運動会になった。

2020年05月22日

トイレに隠れたS君

中学時代から不登校だったS君も、高2になった。

運動会の集団演技が苦手で、そのプレッシャーによって、練習にも参加できずにいる。
ただ、本人としては、自分に一緒にやりたいと、全体の練習には参加はできないものの、個別で練習し、本番に備えていたのだ。

だが、いよいよ本番が近づいてきた今、フォーメーションのために、S君が全体練習に参加する必要性が出てきたのだ。

だが、S君はそのプレッシャーからトイレの個室に閉じこもってしまったのだ。
なんとしても練習に参加させたいT君とR君が、S君を迎えに来た。

トイレでT君の必死の説得が始まるも、S君は反応なし。
生徒会役員でもあり、全員で体育祭を迎えたいT君は、それで語りかけ、とうとう泣きながら話し始めた。

さすがにその様子を感じ、S君は心を動かされたようで、個室のカギを開け、ドアを少し開けた。

そのとき皆でドアを開け、S君を個室から外へ誘導したのである。
S君もR君も泣いていた。

さながらアマテラスの岩戸隠れのようにして、S君を連れ、T君とR君は応援練習に向かった。

S君は、中学校時代から長く学校を休み、ほとんど投稿できなかったこともあった。
何とか、高校に進学したももの、不登校傾向は変わってはいない。
だが、得意な合唱では、だれよりも大きな美しい声で歌う。

中学だけしか見ていなければ、「不登校」として切り捨てられてしまいそうな生徒かもしれない。
中学を卒業させ、ほっと胸を撫でおろす、そんな先生もいるに違いない、と思われる生徒である。

その意味では6年間継続して指導できるのはいい。
中学と高校で、大きく化ける生徒も多い。

今回S君を説得したT君も、中学時代は、ありとあらゆるいたずらを繰り返し、また怠惰な生活を重ね、はたまた授業も抜け出すような、いわゆる不良といわれそうな生徒であった。
それが、中3あたりからガラッと変わり、今では生徒会で学校全体を引っ張っている。

子供時代のひと時は、本当にわからないものだ。
可能性を信じて、祈り、拝み続けるしかないのかもしれない…。

運動会当日、おそらくS君は、応援合戦に入るのだろう。
はたから見ても、目立たない、全体の中の一人にしか見えないが、そこには大きな光がある。

学校行事はこんな風にして、形作られるのだろう。

だからこそ、面白い…。




2020年05月21日

運動会の使命

運動会の白団から、『白団 〜ガイドブック〜』なるものが届いた。
白団の団長ら首脳陣が作ったと思われるリーフレットで、裏面には赤字で、「絶対に無くさないように!」とある。

この中に団長の言葉ある。

今年はコロナの関係でたくさんの句な困難が世界の人々の前に立ちはだかっている。
当たり前だったことが当たり前じゃない世界。
そんな中、僕たちは当たり前のように学校があり、勉強ができ、運動会ができている。
こんな素晴らしい環境は、日本、世界のどこを見てもない。
先の見えない世界に生きている世界の人々に、今までたくさんのものを与えられてきたものを恩返しする時が来た、と思う。
こんなにたくさんのものを与えられている僕たちは、本当に感謝しなければならないと思う。
今年は例年以上に数えきれないくらいたくさんの人が応援してくれて、支えてくれている。
だから、僕たちはそんな人たちの希望の光になる使命があると思う。
(中略)
僕が、別の学校に通っていたら、こんな状況の中、コロナに負けずに全力で運動会をしているなんて、「すごい、かっこいい!」、と思って、「自分もコロナに負けずに頑張ろう」、と絶対に思うはずだ。
だから、今年の運動会には、果てしなく大きな使命がある。
自分が変わったら、1000人もの人が救われる。
僕は、本気でそう思っている。
自分たちが思っている以上に、僕たちは、今、日本、世界の希望だ。

高2の団長は、高1以下、中1までをまとめ上げる。
中1は、高校生のペースについていくのに必死だ。
中2は、去年の経験を生かして、何とかしがみつく。
中3は、中学をまとめようと、四苦八苦する。
高1は、来年のリーダーを見据えて、徹底的に高2のサポートをする。

そんな風にして応援団が作られ、応援合戦が繰り広げられるのだ。

今週は雨続きなのだが、準備は順調に進んでいる。
あるクラスは、廊下に無数の「てるてるぼうず」がぶら下がっている。
別のクラスは、おひさまマークに思いを込めたメッセージが貼られている。

朝の朝会で、窓の外に向かって、「晴れろ!」と叫んでいるクラスもある。

まさに直前。
コロナなんて吹き飛ばせ。

子供たちの元気な姿は、多くの人を幸せにする。

涙の運動会は、もうすぐだ!

2020年05月20日

大会中止

コロナのために地区総体も中止になった。
6月から休校が解除されることに加え、夏休み短縮、そして練習不足による怪我のリスク、さらには熱中症対策などによる。
まさに、『できない』理由はいくらでも挙げられるのだろう。

これにより、中3の大会は春に引き続き、夏の大会もなくなったことになる。
今年の中3も受難の年になりそうだ。

私の学校の生徒たちも、口には出さないけれども、ショックは隠せない。
もしかしたら、ミニ大会のような、彼らを成仏させるためのイベントが行わる可能性鵜もあるが、今の段階ではわからない。

今年は、「明日どうなるかもわからない」ようなことが、次々と起こる。

学校における安全対策は重要だが、もはやリスクゼロでは、休校の解除は不可能だ。
だが、彼らは、この先の未来を担う存在。
長きにわたり、学校教育を放棄するのは、この先の国自体を危うくするものだ。
彼らには、将来の日本や世界を背負っていかなければならないミッションがある。

人類はこの危機を必ずや乗り越えてゆくだろうが、そのためには数多くの悲しみと苦しみを背負うことになりそうだ。

まさに、当たり前のことが当たり前ではなくなった時代に突入した感がある。

この時代、環境の中で、『できる』ことを見つけるのは難しい。
そして、それよりも、『どうやったらできるか』、を見つけ、対策を考える方が、さらに難しい。

しかし、私たちは、こうした知恵と工夫を求められている。
家に閉じこもっているだけでは、人類は生きいくことはできないのだ。
今こそ、『どうやったらできるか』を熟慮し、実行しなくては、この国の未来は危うい。

恐怖に怯え、責任回避をする人々の判断は、決して正しいとは思えない。

各部では、総体の中止をどう生徒たちに伝えるかについて苦慮している。
私の部ではすでに伝えたが、おそらくショックは大きいだろう、

せめて彼らが中学の部活を成仏して終えられるように、何らかの手を打たねばならないだろう。

夏の甲子園大会も中止になった。

全世界の人々の試練は、まだまだ続きそうだ。

「サッカー部の中3に、どう伝えるかな…。」
顧問がそうつぶやいた…。




2020年05月18日

感謝を伝える

「僕たちよりも。何倍も頑張っているのは、高2の団長を初めとする先輩たちだと思うんです。だから、僕たち中学生は、もっと協力して、テキパキ動いたり、声を出したりしたいんです。」

中学3年生の応援リーダーが、中学校の朝会で、皆に訴えかけた。

今週末には、運動家が行われる。

4団に分かれた格段は、その種目と応援合戦の練習に四年がない。
早朝はもちろん、昼休みも、ちょっとした空き時間にも、彼らは清秋に精を出す。

この時期、私は自分の非力さを痛感する。
生徒たちの方が、何倍もパワフルで、思いも強く、理想や目標に向かって邁進しているのだ。
その言動は、私のそれは比べものにならない。

一生懸命一つの目標に向かっている姿は、多くを感動させる。

「感謝からはじまり、感謝で終わる運動会は、他の学校にはないんです。」
以前、そんな風に校長が紹介していたが、見学したがっていて、予定も空けていてくれた地元の教育長も、昨今のご時世のため、ご遠慮願った。

中国発の新型コロナウイルスは、ありとあらゆるものを破壊している…。

今年の中3は元気がいい。
リーダーシップ力もある。
例年になく、よくやっている。

それに釣られて、後輩である中2も中1も引っ張られている。
またさらに彼らの絆が深まった感じがする。

もちろんトラブルはある。
悩み苦しみ、そして時に泣き、そして笑う。

「みんな一生懸命だから、その方法を巡って、意見の対立でぶつかり合うんだよ。それを乗り越えた団が、真に強くなるんだ。」

私は、そんな風に彼らを励ます。

もはや私たち教師にできることは、彼らを見守り、励ますくらいしかない。

高2は、これまでリーダー業の集大成。
高3は、学校生活最後の運動会になる。

私は今年も、彼らの勇姿に、波ながらシャッターを切るのだろう…。




2020年05月15日

学校教育を再開させよ

緊急事態宣言が解除されたが、県内の学校再開は6月からとのこと。
一体いつまで、学校を閉校にし続けるのだろうか。

この機に9月入学に移行すべき、などという意見もあるが、要は休校にしたことによる責任回避である。

休校により教育を過程に丸投げし、子供たちの教育を受ける機会を奪ってしまった。

もちろん、他の業種も企業活動を停止させ、国家を混乱に陥らせた。
全国的な緊急事態宣言など、果たして本当に必要だったのだろうか。

コロナウイルスの収束には、おそらくは何年もかかる。
それまで活動を停止すれば、「人類は原始生活に戻る」ことを意味する。

学校が始まったとしても、心配は保護者は登校させないかも知れない。
そうした判断もよかろう。
学校としては、出席扱いにするなどして、個別対応すればいい。
いろいろ考えるべき課題も多いが、ゼロリスクで生活するのは、もはや不可能なのだ。

今、学校を再開しても、たとえそれが一ヶ月後、三ヶ月後、一年後であったとしても、おそらくは状況は余り変わらない。

感染は、油断や隙のあるところには起こるだろうし、知らないうちに感染し、無症状のうちに抗体ができている人も増えていくだろう。

国民に対して、感染症予防の一定の知識を身をもって体験させたことは間違いないが、その功罪はマイナス面の方が遙かに大きいはずだ。

人類は、感染のリスクと戦いながら、この先生活を続けることになる。
生活スタイルは、少しずつ変わっていくのだろう。

マスコミは、これ以上人々に恐怖を煽らないで欲しい。

私の学校では、運動会に向けて、生徒たちが全力で練習している。
教室で学び、そして外で身体を動かす。
その中で数多くの学びを得る。

これが本来の教育活動だ。

「生徒のことを考えると…」
という大人たちの決まり文句は、私は責任回避にしか聞こえない。

中国の責任はあるが、ここまでくると、感染云々は誰のせいでもない。

自然の摂理であり、科学万能主義になって傲慢になった人類への警告である。
医学もなすすべがなく、助かる人は助かり、助からない人もいる。

何がそれを分けているのかを、考えなければいけなくなってくるだろう。

今日も生徒たちの元気な声が響く…。

それが、全国津々浦々に広がっていくことを望む。

2020年05月08日

集合写真

教室の廊下に、入学式から一週間後あたりに撮ったとおぼしきクラスの集合写真が貼ってある。
初々しい中学一年生のそばに、担任が立っている。
一番の笑顔は担任だ。

その笑顔からは、これから始まる中学生活を、素晴らしいものにしようという意気込みに加え、その新鮮さと、任せられた責任。そしてなによりもクラス担任である喜びが見て取れる。

果たして、私がそこに写っていたら、誰よりも美しい笑顔で、そこに立つことができるのだろうか、と考えた。

私は写真を撮られるのが嫌いである。
そこに写る私の姿が美しくないからでもある。
身体が曲がったり、首が斜めになっていたりする。
その上、作り笑顔なのだ。

いつか、美しく写真に写りたいものだ、とは思うものの、写真に写り込むことが少ない私は、なかなか写りのいい写真にはならない。おそらくは、心が汚れているのだろう。

ふと、太宰治の小説の冒頭、『私は、その男の写真を三葉、見たことがある。』を思い出した。

彼の小説『人間失格』のように、自分自身を卑下し続け、さらにおとしめる気持ちはないが、その写真の世界が、何だかとても遠い世界のように思えてしまうのだ。

その若い担任の笑顔は美しい。
それに呼応するかのように、子供たちも満面の笑顔なのである。

コロナ自粛で、入学式後の記念撮影が、ネットの双方向配信の顔写真になったというニュースを見た。
「ハイチーズ」、と教師が促し、画面の中の生徒たちがポーズをする。
「これが、君たちの記念撮影だよ」、と語る。

誰がこんな世の中にしたのだろうか。

政府による官製不況も着実に進んでいる。

私立学校では、親の収入が断たれれば、学費の工面がつかなくなり、退学や転校を余儀なくされる生徒が出現する。

何年かあとに、集合写真を見て、
「あいつは、いなくなっちゃったんだよな…。」
などということが起こる。

一方、当の本人にとって見れば、いたたまれない写真になってしまうのだろう。
一瞬を切り取る写真は、あるときは残酷な思い出にもなる。

高校の担任が叫ぶ。
「先生、聞いて下さい。T君が来て、新学期になってはじめて全員がそろいました。」
ようやく全員がそろったクラスで、記念写真を撮ったらしい。

担任が写真を撮ったので、喜びのあまり興奮状態の担任は写ってはいないが、何事もなかったかのようにT君は中央に鎮座している。

これも思い出の中の、貴重な一枚になるはずだ。
きっと卒業アルバムの一ページを飾ることになろう…。





2020年05月07日

心を育てる

GWが終わり、また平常授業が始まった。

GWは5日間の休みにしたが、この間も外部からの接触を断ちつつも、めいいっぱい生徒たちのストレスを発散させた。

私の部活動も毎日早朝から、概ね午前中行った。
外部のグランドが使えず、高校野球の練習が始まる前の隙間を狙ったのだ。

毎日の午前中練習で、選手たちはずいぶん上手くなった。
春の大会は中止になり、夏の大会もどうなるか分からない中で、皆が一生懸命練習している。

先日訪れた近隣の学校の先生は、
「うちは三ヶ月間、部活をやっていません。」
と、言っていたので、その意味でもありがたいこと。

野球技術に加え、心も鍛えることができるからだ。

スポーツの世界では、時に、上手な選手が天狗になる。
自分勝手になり、思い通りにならないと、起こったりすねたりして、チームワークを乱すのだ。

その中で、いいチームワークができたチームが勝つ。
競ったときには、チームワークの力が最大の武器になるからだ。

私のチームのT君も、運動神経抜群、野球技術もなかなかだ。
だが、心のコントロールができず、苦しんでいる。

それでも最近は、毎日の日誌に、自分の課題として認識し始めたので、練習態度がずいぶん変わってきた。

「こいつはモノになるぞ…。」
そう、高校野球の監督が言うくらいの選手なので、大事に育てなければなるまい。

練習中は、あいかわらず「わーわー」言っているが、夜になって日誌を書きながら、自分の言動や、心の状態を振り返っているようである。

最近は、後輩の面倒もよく見ているので、先々楽しみだ。

「私が、彼の心を育てますから…。」
先日私は、そう豪語した。

できるかできないかではない。
「やる」のである。

心を育てれば、その先、どんな道に進んでも、成功を収める可能性がある。

我々教師は、来るべき未来のために、そうし仕事をしているのだ。





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