2020年02月14日

バレンタインデー

今年もバレンタインデーがやってきた。
いつの頃からか、日本では女性が男性にチョコレートを送るようになったが、お菓子業界としても、こうしたイベントは需要が高まりよろしかろう。

この日に合わせて、女子たちはチョコレート菓子作りに精を出す。

「これが食い物か…」、というレベルから、「お店で出せるんじゃねぇ」、というレベルまで、その技量は様々だが、この機に合わせて、彼女たちは腕を振るうのである。

担任もなくなったので、今年は女子生徒からの貢ぎ物が少ないかと思ったが、例年並みにチョコをいただいた。

一方で、女性の先生方も、この日には男性の先生たち全員にプレゼントする。
年中行事になったとはいえ、大変なことだ。
もちろん、ホワイトデーには、逆のことが起こる。

そんな中で、中1の男子生徒のG君が、私にチョコレート菓子を持ってきた。
「日頃お世話になっている感謝の気持ちを込めて…。」
と書いてあった。

「授業を担当しているだけで、何かお世話したかしらん」、と思ったが、確かに野球部には助っ人として練習に来ている。
プレーも下手くそだけど、なんだが一生懸命やっている姿は、微笑ましく思う。

助っ人として練習に出て、試合に出るメンバーは10人近くいるのだが、その中でも熱心な生徒の一人ではある。
そうした助っ人たちには、まずチームの帽子を渡す。
まずは、「帽子をもらえるか」が、熱心さの指標になっている。
そして、しばらく練習に参加したのとには、ユニフォームを与えている。
ユニフォームを着れば、もう他の野球部員と変わらない。

「そろそろG君にもユニフォームを渡さないといけないかな…。」
私はチョコレート菓子一つで買収されたようである。

彼のメッセージはさらに続く。
「喜んでもらえたら災いです。」
とあった。

「幸い」と「災い」の字を間違えたのだ。
意味は正反対になる。

このことを、G君に伝えるべきか否かは迷っているが、G君も、大人への階段を上りつつあることだけは事実だ。

彼がくれたのは昔懐かしのチョコボールだ。
さぞかし美味であろう…。

2020年02月13日

スポーツ大会

中学校のスポーツ大会を行った。
毎年、中3がリーダーシップをとって、中学全体で行うイベントである。

「彼らのリーダ体験樹御油です。先生方、どうか目をつぶって下さい。」
担任が職員打ち合わせ時に叫ぶ。

総合学習の発表会を週末に控える中、準備には大わらわだったに違いない。

私が授業を担当しているK君も、毎時間行っている小テストの勉強が十分でなかったので、
「スポーツ大会の準備でいっぱいいっぱいなんだろ…。」
と投げかけると、
「いや、あの…。」
とどもったあとに、
「そうです。」
と素直に認めた。

このスポーツ大会はK君がリーダーなのである。

朝の雨が心配されたが、昼前には晴れ渡り、春のような天気になった。
午後の2時間かけて行われたスポーツ大会は、大いに盛り上がった。

私は負傷者なので、遠巻きで見ていただけ。

「彼らもストレス発散になりましたね…。」
先生たちも満足そうだ。

ある中2男子が、
「中3が仕切るなら、俺、保健室で休みます…。」
などと豪語していたが、結局はグランドに出て、大いに身体を動かしていた。

今年の中2と中3は、あまり仲が良くない。

クラスでも、「どんな中3になるべきか」、を話し合わせても、
「今の中3がやっていることの反対をやればいい…。」
という意見が出る始末。
反面教師にしようというわけで、それはそれで、学びにはなる。

卒業が近づき、「最後には先輩らしいことをしてみたい…」、という思いで企画された企画されたイベントだが、一部のリーダーたちの育成には役立った。

いつもやんちゃで、ムードを壊す連中は、結局たむろして、だらだらしていたように見えた。
それでも、グランドに出て、何となく居場所を確保していた。

「よかったよね…。」
先生たちの評価は概ね良好である。

いつもは凍えるような寒さの中で行われるスポーツ大会だが、今年はゴールデンウィークのような陽気。

天気も一役買ったかも知れない。




2020年02月12日

チャイム着席

教務主任が職員会議で言う。
「最近、チャイム着席が出来ていないので、皆さんチャイムと同時に授業を始め、チャイムと共に授業を終えるよう、改めてお願いします。」

いつの間にやら、「生徒たちも先生たちもだらしなくなってきていた」、ということだ。
私の学校のチャイムが長い。
なり始めてから一分半くらいしないと終わらない。
だから、「先生、まだチャイムが鳴り終わっていませんよ…」、などと、自らの遅刻を正当化しようとする生徒も出る。

「体育の後は、たいてい遅れてくるんです。」
ある若手の先生が、会議で訴えた。

思うに、おそらくは着替えたとしても、次の授業に間に合うように体育の授業は終わっているのだ。だが、彼らは楽しい体育の余韻に甘え、のんびり教室に戻ってくるのだろう。
次の授業の担当者も、「まぁ、体育だったから仕方ないか…」、と半ば諦め、叱ることもしない。
そうした積み重ねが、どんどん時間にルーズになっていくのだと思われる。

体育の後が、厳しい先生の授業だと、みんなきちんと間に合っているのだ。

とかく教員人生は、若いと時でも遠慮しては駄目だ。
自分のポリシーは貫くべきだし、その積み重ねが、「筋の通った先生」、として生徒たちからも信頼を得る。

「教員主導ではなくて、生徒会をからめて、チャイム着席運動をしたらいいと思います。」
高校所属の先生は、たいていそういう流れにしようとする。
それも良いが、中学生にはある程度徹底させることも大切だと思う。
学齢期に併せたアプローチが大切だ。

チャイムが鳴っている最中に教室に走り込んできて、「セーフ」、などとちゃらけている生徒には、厳しく指導しなくてはならない。

そんなときに、
「○○君、遅れちゃ駄目だよ…。」
などと、甘い声を掛けても、教育効果は少ないのではないだろうか。

若手の先生が厳しく指導するのは、ハードルが高いのかも知れないが、確固たる自信と信念で、自分の思いを生徒にぶつけて欲しいと思う。

そうした思いのアタックが、時に生徒たちの心に響く。

教育にはそういう厳しさも必要だ。




2020年02月11日

球界の偉人、逝く

野村克也さんがあの世に旅立った。

私が野球に関わってから、いつも彼の言葉が私を励ましてくれた。

今の中高生は、たとえ野球に関わっていようと、今や、知る人は少ないようだ。
だが、日本の野球界をリードし、多くの無名の選手を育て、強豪チームと互角かそれ以上に戦う集団を作り上げたことは、球界史上永遠に刻まれる偉業だ。
私も、「こんな立派な人がいたんだよ…」、と野球部の生徒たちに伝え続けねばならないだろう。

野村氏は、あまり人を褒めなかった、というイメージがある。
彼の名言の一つに、『一流は非難。二流は称賛。三流は無視』というものがある。

プロ野球関係者の方々の弁だが、この理論でいくと、彼らは、「一流」であったか、「三流」であったのだ。野村氏の場合、一流の選手を獲得するのは難しかっただろうから、おそらくは「三流」と言われた選手たちが、努力に努力を重ねて、「一流」に登っていったということなのだろう。

私が野球に関わって、初めて知った彼の言葉は、『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』であった。

以前の勤務校で、野球部のお手伝いをしていたとき、監督をしていた先生が、生徒に熱く語った言葉に、そのフレーズがあった。

負けたときには、なかなか自分たちの責任を認めたくならないものだが、負けたときにこそ、その原因と対策を調べ、次に生かすべきであろう。これは野球に限らない。

時に、「審判のせいで負けた」、ということもあるのだが、それでもなお、「そうしたジャッジをされたとしても、それでも勝てるチームを作らなかった自分たちの責任がある」わけだ。

野村氏は、最近、「高校生を指導したい」、と話されていたそうだ。
「夢に向かって突き進むのは、とても楽しいことだ」、と語りながらも、そのまなざしは真剣だった。
私も、彼が高校生に指導し、成長してゆく姿を見てみたかった…。

王、長島時代に現役であった彼は、自らを「かすみ草」と例えた。
だが、その奥には、努力の継続によって裏付けられた確固たる自信があったに違いない。

弱いチームが強いチームを打ち負かすことができるのも、野球の醍醐味である。
そのためには、周到な準備と、洗練された戦略と、作戦を成功させんとする選手の強い気持ちが必要だ。

もう一度、彼の著作を読み返し、私の弱小チームからの成長の糧にしようと思う。

日本の野球界に多大の功績を残した野村氏の冥福を祈る…。




2020年02月09日

卒業生からの電話

スマホに卒業生からの着信があった。
正直に言うと、登録されていない着信番号は、ネットで調べることにしているので、最初は卒業生だということが分からなかった。

「ネットでは検索されないなぁ…」、と思っていたところ、今度は家の電話がかかってきた。

「今、携帯に電話したか?」
第一声がそんな風になってしまった。

野球部の教え子である。
中学野球、高校野球を経て、大学生となり、この4月からは札幌に就職するという。

久しぶりの卒業生の声は嬉しかった。
私は、ぎっくり腰が続き、元気ではないのだが、今週末に友人を連れて、隠れ家に泊まり、私に会いに来るという。

私としては、何をどう、もてなして良いのか分からないが、出来る範囲で歓迎してあげようと思う。

きっと何か、お互いの学びがあるだろう。

「野球部指導最初の年の教え子たちで、私には言いたいことがたくさんあるのだろうな…。」
と思う。
以前彼らに、高校卒業時、
「中学の時は、殺されるかと思いましたよ。」
と言われたことがある。
「その甲斐あって、高校野球を続けられた」、と続くのだが、私自身、「そこまでだったか…」、と驚いた。
その頃は私も若かった。

先日、学校に、退任された高校野球部監督の連絡先を教えて欲しい、という連絡があった。
早速、前監督に尋ねてみると。「知っている教え子だ」、ということになり、連絡先を伝えた。

聞けば、県下の野球強豪校に入ったが、人間関係で上手くいかず、結局退学。
その後、前監督の勤務校に再入学し、野球部で指導した、と言うのだ。

親子共々、前監督を人生の恩人として、尊敬しているそうだ。
その前監督が、いよいよ現役を退任するとの新聞記事を見て、いても立ってもいられなくなったとのことだ。

「野球を通して、真の教育者だった方なのだなぁ…」
と、改めて尊敬する。

私など、その足元にも及ばない。
ただただ、若いときは勢いで、そして今は、惰性でやっているだけのように思える。

卒業生と会って、私も何かしらの刺激を受けたら、明日への活力になるのかも知れない…。




2020年02月08日

中2立志式

今年も立志式が行われた。
さすがチームワークのよい中2学年。
生徒たちの発表も立派だった。

私の学校では全員が、壇上で1分ずつ志を発表する。
全員が発表すると、一時間以上はかかるのだが、一人ひとりの発表はどれも新鮮で、思いが込められ、感動を生むスピーチとなった。

誰もが共通していることがある。
それは、「単に○○になりたい…」にとどまらず、その置くに利他の精神がある。
つまり、「世の中に役に立つために、○○をしたい」、「困っている人を助けるために、○○になりたい」、という具合だ。

これまでの教育の成果なのだろうが、そうした心の奥深くにある奉仕の精神、愛の心が、聞く者にも感動を与えている。

このところ立志式では、生徒たち全員の幼少期の写真が映し出される。
これは、保護者にお願いして、生徒たちには内緒で写真を提供してもらい、サプライズとして流しているものだ。

だが、これを見ると、親たちの愛が伝わってくる。
このベストシーンの写真を撮るときの保護者の気持ちが、写真から伝わってくるのだ。
次々と映し出させる写真を見ると、その思いがどんどん大きくなって、涙が溢れてくるのだ。

「こうやって大切に育てられたお子様たちを、私たちはお預かりしているのだ。」
と思えば、さらに襟を正さねばなるまい。

そしてその後、生徒全員に親からの手紙が渡される。
これも、生徒に内緒で親に書いてもらったものだ。

おそらくは、親から子供への愛が詰まった文面で綴られているのだろう。
「ここまで大きく育ってくれてありがとう。私たちに愛を与えてくれてありがとう。」
そんな文で溢れているに違いない…。

そして、一人ひとりの発表と続くのである。

午前中の総合学習の発表といい、立志式の発表といい、いずれも大変立派なものだった。

講評でも、校長も涙ながらに語る。

最後に、学年合唱。
昨年の秋から折に触れて歌っているが、今回のハーモニーが一番良かった。

歌は、親への感謝の思いが込められている。
その思いは、保護者に確実に伝わっている。

役立たずの私は、ひたすら写真撮影。
今日も、大して役には立てなかった…。




2020年02月07日

続・ぎっくり腰

結局、欠勤することになった。
ぎっくり腰がさらに悪化し、ほとんど動けなくなったのだ。

一番のミスは、初動の失敗。
身体が冷えているからだろうと、がんがんに暖めたのだ。
確かに、ぎっくり腰になるときは、たいてい冬の時期。身体が冷えているに違いない。
だが、今朝になってネットで調べてみると、
「お風呂も湯船に浸かってはいけない。ぎっくり腰の初期は、とにかく冷やすこと。暖めると、痛みが増す」、とあった。

時すでに遅し…。
結局ベットから起きるのがさらに困難になり、学校を休んだ。
幸い授業も一コマだけで、迷惑も少ない。

午前は、保冷剤で徹底的に冷やして、午後からは、「動かないと治りが遅くなる」、とのことで、少し動くようにした。
部活は休みにしたがが、犬の散歩には高校生を連れて出掛けた。

運転時間は10分にも満たないので、運転席に座ることも何とか耐えられる。
愛犬の散歩で、強く鎖を引かれると危険なので、たいていは高校生を連れて行く。
私は小屋でえらの準備をしながら待つ、という具合だ。

ふと不安になったことがある。
「今は周りに生徒たちが大勢いるが、いざ一人でクラス用になったら、もしかしたら孤独死かぁ…」。

そういう心配をしているうちは、大丈夫なのだろうが、本当に必要なのは、犬のためのカメラではなく、私自身の生存確認のためのカメラなのかも知れない、とも思う。

人生100年時代とすれば、ようやく折り返し地点を過ぎたに過ぎない年齢だが、ここ数年、体力にはめっきり自信がなくなった。

腰が痛いと、何となく気分も滅入ってしまい、何だか、どこもここも調子が悪くなるようにも思える。

「丹澤先生、大丈夫ですか?」
と、皆に尋ねられても、
「大丈夫ではありません。」
としか答えられない。

私は、「I'm fine.」、とは言えないひねくれ者だ。

皆が声を掛けてくれる。

「丹澤先生、無理をなさらないで下さい。立志式は大丈夫ですから…。」

優しいお声かけだが、一方で、「つくづく自分は役立たずだなぁ」、と改めて思う。




2020年02月06日

ぎっくり腰

またしてもぎっくり腰になった。
ここ10年来、時々再発し、そのたびに苦しんでいる。

今回は、ぬか漬け。
冷蔵庫に入れて、しばらく放ったらかしにしていたので、久しぶりにかき混ぜ、それを最下段の野菜室に入れたところ、電気が走った。

「しまった。またやってしまった…。」
と思っても、もう遅い。

今回の症状は、これまでのぎっくり腰の中で、一、二を争うほど重症だ。
まず、寝返りができない。

寝返りしようと身体を動かすと、激痛が走る。
それが、7秒ほど続き、全身動けなくなる。
思わず叫びたくなる痛さだ。

昨晩は、これがずっと続いた。
そうなると心配なのが、犬の世話。
普段は4時半に起きて、隠れ家まで車を走らせ、散歩に出掛けるのだが、今朝はさらに早く起きた。
起きたというよりも、痛くて眠りが浅かったと言って良い。
ベットから青き上がるのに十数分、靴下を履くのに五分以上かけ、老骨に鞭打って散歩に出掛けた。

今朝になって、ネットで調べてみると、「ぎっくり腰は冷やす」、とあった。
「しまった、暖めてしまった…。」

遅ればせながら、冷蔵庫から保冷剤を取り出し、椅子と腰に挟むようにして冷やす。
朝になったら、激痛の時間は5秒程度になった。
「一、二、三、四、五」、と数えると痛みが和らぐのである。

「今日は、一日静かにしていよう!」
と、決意した朝である。

先日からの左手に痛さに、腱鞘炎の疑いもある中、さらにダメージを受けた。
これも加齢によるもの、なのだろう。

朝、高校生のY君が、私を心配して見に来てくれた。
彼は、中学生の時から、私がぎっくり超しになると、介護をしてくれている。
「あ、生きていますね…。」
と笑って。安心して去って行った。

私も経験値が増し、ぎっくり腰の時の対処の仕方を学んでいる。
以前のように、欠勤するようなことはしない。

それでも、授業はけっこうつらい…。




2020年02月04日

反抗期のY君

中3にY君がいる。
心臓に疾患があり、入学当初、一切の運動が禁止であったため、中1、中2と私が担任をすることになった生徒だ。

今はY君も、状況が改善し、他の生徒とほとんど変わらない日常生活を送ることが出来ているのだが、最近、やや甘えの心が芽生えてしまったようだ。

まず、いろいろな場面で、与えられた仕事から逃げるようになった。
また、クラスでの学習会にも参加しない。
そんな風だから、勉強に対する取り組みも、あまり積極的ではない。

中2の前半までは、母親にべったり、だったので、少し遅れた反抗期とも言えるだろう。

担任も手を焼いており、先日も、私の数学の授業中をまるまる使って、説教をしていた。

これまで、すべてにおいて健康を優先し、わがままをすべて聞いてしまったことへの、ささやかな抵抗。大人への階段とも言える。

皆と同じに活動できなかったことは、苦しく悲しかったに違いない。
インフルエンザが流行れば、母親が長期にわたって学校を欠席させたりもした。
親は、子供を守るために、ありとあらゆる手段を講じたのだろうが、それを子供は、「愛」とは思えず、「抑圧」や「管理」と感じていたのかも知れない。

それと、思春期の反抗期があいまって、今のY君がある。

「今が、自立の時だ。早く目覚めよ。早く気づけ…。」
と、私は祈るようにして彼を見ている。

ある意味、時を待つしかあるまい。
つまり、彼自身の成長を待つのだ。

中学の卒業式までに、吹っ切れる、かどうかは分からないが、今は見守る時期だ。

ふと、「私が担任だったらどうするかな…」、と考えてみた。

たぶん、抵抗しようが、反発しようが、厳しく叱って、当たり前のことを当たり前にやらせるのだろう。

それが良いかどうかは分からないが、以前の私だったら、必ずそうしていたはずだ。

「今は見守るしかない」、などと他人ごとのように思えるのも、クラスや学年を離れたからだ。

少しおおらかになった。
だが一方で、少し無関心にもなっている。




2020年02月03日

雨降って地固まる

野球部の練習中、私は頻繁に全員を集合させる。
練習がマンネリ化しないためでもあり、また、全体への技術指導や指示の徹底のためである。

和気藹々とするのはいいのだが、いざという時には、しまりのある行動が取れなければ、そうした甘い習慣は、緊張した場面や試合中に現れる。
「このあたりで引き締めておこう」、と、私が指示している最中、緊張感なく笑っていた中1生徒がいたので、その時点で練習を中止した。

外部グランドだが、私はそのまま帰ってしまった。
彼らは片付けをし、戸締まりをし、5キロの道のりを、自分たちの荷物を持って走るなり、歩くなりして返ってもらった。

その後、中2に生徒だけでのミーティングを求めた。

ここで、中2の中1に対する積もりに積もった不満が爆発したのである。
笑っていた中1の話が落ち着いた後に、別に中1のT君が責められることになった。
「お前はだらしない。一番悪い…。」

その後、ケンカのようになり、中1は泣き出し親に泣きつき、態度が改まらないと中2は憤慨。

翌日、彼らを呼び私から諭す。

こうしたことは、たいてい一晩寝ると気持ちが落ち着くものである。

「だらしないけじめのない態度はプレーに出る。こんな状態でチームとしてまとまって試合をすることなどできない。一人ひとり、全員に反省すべきところがある。」

と、優しく諭した。

今日の練習は良かった。
準備も素早かったし、中2も上手に中1をコントロールしていた。

一番泣きじゃくっていた中1がぽつりと言う。
「雨降って、地固まるですね…。」

一人態度が悪いと責められ、憤慨していた中1のT君が野球ノートに書く。
『チームとして、少しずつ形ができてきた。仁でやるのではなく、チームプレーが野球にとっての命なので、これからは、チームプレーに力を注いでいきたい。』

確かに今日のチームは違った。
これが継続され習慣化すれば、チームは変わって行くだろう。

部活指導は、こうした成長が面白い…。




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