2020年02月28日

休校要請

夕方、野球専門部の定例会議あった。
その会議中、安部首相からの休校要請のニュースが流れた。

中国発のコロナウイルスにより、このところ日常生活が大きく制限されている。
目に見えない恐怖に、日本国中がおびえているのである。
この施策は、日本国中を不況にし、世界恐慌を引き寄せるものだ。

中国は、武漢の研究施設を、証拠隠滅のため爆破したとも聞く。
国際機関からの査察を怖れてのことだろう。

という訳で、3月中の大会も練習試合もすべて吹っ飛んだ。
休校になれば、部活どころではない。

学校に戻って、試合がなくなったことを生徒たちに話すと、
「この機に、いっぱい練習して、差をつけちゃいましょう。」
と返ってきた。なかなか前向きである。

試合がなくなったことでのモチベーション維持は難しいが、部活が続けられるのは面白い。

今は、試験直前なので、全体の練習はできないが、彼らはそれなりに身体を動かしているようだ。

私の学校は、休校などの一切の制限をしない。
行事も普段通り行う。
もちろん、いつものように感染症予防策は行う。

練習試合がなくなったので、試験前の特別練習もやめにした。
試験直前にわざわざ勉強時間を割いて練習する必要もなかろう、と判断したのだ。

練習がなくなったからと言って、彼らの勉強時間が格段に増えるとも思わないが、一年の最後の学年末考査。せめてベストを尽くして欲しいと思う。

夕方、野球部のT君がスパイクを持ってきた。
先日、メルカリで購入した中古品だ。
私の野球部は、部員数不足なので、助っ人が必要なのだが、その用具類は、なかなか彼らに負担を強いることは難しい。
だから、できるだけ安く、また、中古品などをかき集めているのだ
助っ人部員ためのスパイクを、T君が再度洗って、磨いてくれたのだ。

「もう一つのスパイクは、明日持ってきます。」
ニコっと笑うT君は、爽やかだった。

新型ウイルスには、恐怖心が一番良くない、と言う。

明るく爽やかに、そして過度の恐怖心を抱かぬよう、彼らを育てていきたい。

2020年02月27日

3年生を送る会

卒業間際の高3を送る会が開かれた。
中1か高2までが高3への感謝を伝えるために、工夫を凝らす。
毎年レベルが上がり、まるでエンターテインメントを見ているような、そんな高3を送る会になった。
卒業生もサプライズで参加して、送る会に花を添える。

私は彼らの卒業式には出ないので、生徒の手作りながらも今日が卒業式のようなものになった。
後輩たちの奮闘は、まさに脱帽であった。

私はこの会でも何度も泣いた。

中学で担任をしていた生徒YくんとHさんが、中3の文化祭のミュージカル時に歌った歌を、アレンジして披露したのである。
これには参った。

かつての思い出が、走馬灯のように蘇り、涙が溢れた。

そして、司会者の指名で、突然舞台で歌を披露したM君のときも、その姿に涙した。
彼は、中学時代三年間担任をした生徒である。
結構手がかかったが、その後も私を慕ってくれている。

みんな立派になって卒業していく。
卒業式には、私の座席がないので、陰ながら祈るとしよう。

修了後、何人かの高3に会った。
Y君は、そのときにも泣き出した。
学級委員をやったK君は私にハグをした。
「Y、泣かない約束だろ…」
そうKが言った。
私も泣いた。そして叫ぶ。
「もう、おまえたち、どっか行け!」
私は早々に、隠れ家に逃げ込んだ。

卒業式当日、彼らと出会えば、おそらくは涙しか出ないだろう。
何も語りたくはない。
あの頃との美しい思い出を噛みしめ、ただただ彼らを祝福しよう。

彼らの勇姿を見ると、
「私もかすかに役に立ったのかな…。」
と思う。

いずれ彼らは、成人し、再び私のもとを訪ねてくることもあるのだろう。

その頃には、私には手の届かないくらい、遠くを歩んでいるに違いない。

教師という仕事は、そうした職業なのだ。

泣き疲れたので、早く寝た。

2020年02月26日

S君のこと

「もう、ほんと、Sはいらない。」
若手の先生は、中2のS君に腹を立てている。

授業中の妨害、やる気のなさ、態度の悪さ、指導を聞かない、など、まともに授業ができなくなってしまったのだ。

「Sがいないときは、クラスが平和だったのに…。」

けっこう参っているようだ。

教師にとって、授業が上手くいかないことは、致命傷になる。
授業は、ある意味信頼関係の証しであり、授業が上手くいっている先生が、生徒たちをうまく指導できるという傾向があるからだ。

S君は、体格も大きい。もしかしたら学年一、いい体をしているかも知れない。
ところが、自分に自信がなく、それでいて愛に飢えている。
だから、先生方から指導を受けても、「はい」とか、「すいません」とは言えず、たいてい言い訳したり、反発したりする。
一見、素直でないのである。

正直言うと、私だって扱いにくい生徒の一人である。

先日の個人面談では、私はS君を面談した。
終始、マイナス思考で、愛を奪おうとするので、他の人の何倍も面談時間を費やしたにもかかわらず、修了後も、あまり充実感がなかったことを覚えている。

「どうやったら素直な心で、人の意見を受け入れられるようになるのだろうか。」

S君は、私にそんな命題を与えてくれたようにも思う。

話をしていると、結局、自分のことばかりが中心なのだ。
中学生だから当たり前なのかも知れないが、そういう思いの中で、思い通りにいかないから、ますます不平不満が出る。それが口をついて出て、多くの人を不快にさせているのだ。

「自分は学力が低いんですよ。勉強したって、もともと頭のいい人にはおいつけっこない。」

そう自分自身に言い聞かせているS君。
それでいて、努力することなく怠けてばかりいるので、成果が上がるはずがない。

その中で、三学期から英語の習熟度が一番下のクラスになった。
おそらくは、自尊心と恥ずかしさにより、授業中暴れているのだ。
試験が近づき、ますます自分自身が不安なのだ。

勉強に関しては、原因結果の法則が確実に働く。
やればやるほど成績は上がる。

S君が、せめてその事実に気づいてくれば…、と思う。

2020年02月25日

新たなチャレンジのために

先日読んだ本に、こんなくだりがあった。

「百」を思って「一」しか行かないこともある。
しかし「百」を思い続けたら、その「一」は「二」になり、「三」になり、「五」になり、「十」になり、「二十」になり、だんだん増えていく。
必ずそうなる。

自らの目標や理想が大きければ大きいほど、思っている目標に近づくことができると言う。

確かに、「自分にはできない」、と思えばそれ以上の自分にはなれないものだ。
ビジネスでも、そのマインドアップには、必ずと言っていいほど、理想に近づくための訓練が求められる。

「その人が一日中考えていることが、その人である」、というの言葉もある。

常にマイナスばかりを思っていれば、幸せな人生はやってこまい。

月々の収入を増やそうと、いろいろなネットビジネスを調べてみた。
いくつかは手をつけたものもあるが、今のところ上手くいっているのは、不要品販売くらいである。

かつての浪費の産物が商品になっているのだが、いまのところ月に数万円にはなっている。
だが、これも始めるには時間がかかった。

「行動しないければ、何も始まらない。」
という言葉にようやく重い腰を上げたのだが、いろいろな取り組みも、やってみなければだめだ。

ただネットでは、欲を出して慌ててしまうと、大抵は騙される。
私も百万以上は騙された。

おかげで慎重になりすぎるようになったし、「これは詐欺だな」、と、少し分かるようになった。
一方で、蓄えが全くなくなり、まさに収入を増やさなければやっていけないくらいに陥った。

まだまだいろいろ手を打っているが、いずれにせよ投資と浪費の境目のものが多く、元手がかかる。

もっと必死さが必要なのだろうし、毎日のルーチンも大切だろう。

「絶対に収入を増やして、いずれは社会貢献するんだ。」
と、強い意志で取り組まねばならないのだろう。

勝手に自分で限界を作らず、可能性を信じて、歩み続ける。
これは、何歳になっても遅いことはないだろう。

私にとってもチャレンジもである。

歳を取ったとばかり思わず、新たな分野に進んでいくことも、若さ維持する秘訣かも知れない。

怠け心に負けず、一汗かいてみよう。





2020年02月23日

全校講話

私が全校講話をするのは、二度目である。
以前は五、六年前であった。
その時は結構緊張し、原稿を作り、何度も練習したのだが、今回は原稿も作らず、頭の中でいくつかポイントをして臨んだ。
全く緊張しなかった。

約10分ほどであったと思うが、私の話は講話というよりも漫談に近かったのではないか、と思う。
話している最中、終始笑いが消えなかった。

私は、授業中のために、落語やテレビショッピングの話術を研究しているのだ。
どういうタイミングで間を作り、どのようにたたみかければ笑いを誘うかは、少し分かる。

「丹澤先生、先生のお話、面白かったですよ。」
修了後、何人もの生徒にそう、声を掛けられたが、実際は内容のない話で、今の私にはこれが精一杯だ。

私の話は、『このままの欲望まみれの人生を送っていると、おそらく来世は餓鬼地獄に墜ちるであろうから、君たちが天使として迎えに来て下さい。』というものだ。

自分が実践できていないのに、聖人君子ぶって説教をすることなどできない。
と言って、せっかく彼らの自由時間の一部を奪っての話なので、せめて、「聞いて良かった」、と思えるような話にしなくてはいけない。
そんな葛藤の中、ギリギリの選択だった。

もちろん、餓鬼地獄とはどういう世界か、そしてどのような住人がいるか、どうやったらこの世界から抜けだし、悟ることができるのか、については言及している。

餓鬼地獄は、「足ることを知らぬ欲望の世界」である。
どんなに与えられても、決してその欲望は満足することはない。

腹が減って、食べ物を食べたとしても、口の中に入れた瞬間消えてしまう、というような世界である。
そこは自己中心的で、自分の利益、自分の欲望しか考えられない人が住む、世界である。

そこから逃れる方法は、「人は欲望のままに、本能のままに生きてはいけない」、と気づくこと。
だから、餓鬼地獄の救済には、「利他の心」や「愛」がいる。
彼らに自らの間違いを思い起こさせるには、そうした「愛ある人の心」が必要なのだ。

私は、その役割を生徒たちに委ねたつもりなのだが、果たして何人の生徒が、そのことに気がついただろうか。

概して、笑いの中には、譲ってはいけない確固たる信念がある。
真理はそこにあったりすることも多いのだ。

「役割を果たしたぞ」、と自画自賛してみることにしよう。




2020年02月22日

大人になりたくない症候群

一部の中3男子生徒が抵抗している。
何に抵抗しているかというと、「大人になること」に抵抗しているのである。

彼らは、自分たちに感心をい向けようと、いろいろなことをする。
移動教室時にそのままトイレに隠れるのはもちろん、集会時には大抵どこかにふける。

そのたびに中3の先生がスクランブル発進するのだが、彼らは自分を見つけて欲しいのだ。
まるで、「俺はここにいるよ。早く見つけて!」と言わんばかりである。

彼らはまもなく中学校を卒業する。
中高一貫なので、そのまま高校に進学する。

高校生になると義務教育ではないので、多少責任の範囲が増える。
「もう、高校生だろ。いつまでも中学生のガキみたいなことしてるんじゃない。」
という言葉を怖れているのだ。

まだまだ中学生でいたい。
遊んでいたい。
先生たちに構ってもらいたい。

そんな思いが見え隠れする。
彼らは、まだ大人になりたくないのだ。

このままのぬるま湯にまだ浸かっていたいのだ。

『愛されたい。認められたい。自分のことは自分でしたい。』
のうち、未だ、「愛されたい」のレベルなのだろう。

あるいは、皆が成長していく中で、自分たちだけ取り残された思いあせり、あえて逆のことをしているのだろう。

「中3、だらしないですね…。」
そんな声が聞こえてくる。

だが、指導を拒否し、学年から逃げ去ったのは私だ。

少し距離を置いて、少し可愛く思えるようになったが、このていたらくは、私の責任。

「どうしたのか。彼らに聞いてみた方がいいですね…。」

そんな指導は私には合わない。

だからこそ破綻したのかもしれないが、複雑な思いが、毎日のようにをよぎる。
「大人になりたくないそこの君。」
そう、彼らに声を掛けてみたい気分だ。




2020年02月21日

全校講話の準備

全校生徒の前で講話をすることになった。
一ヶ月ほど前から分かってはいたが、本番を明日に控えて、未だ何を話すかが決まらない。

今日は高校の生徒会の私の元を訪ね、事前ヒアリングをした。
生徒たちには誰が話すかはサプライズになるので、その前振りとしての紹介文を作りたいのだという。

だが、彼らの質問力がなく、結局私からはほとんど何も疋田朝得なかったようだ。

「この学校で一番印象に残ったことは何ですか?」
「一番楽しかったことは何ですか?」
などと矢継ぎ早に聞かれても、思い出せないし、思い出したもない。

「みんなが知らないことを、紹介したいんですけれど…。」
「君たちの授業中に、山のように話をしたべ…。」

最近ちょっと消極的になっている私にとって、自信を持って堂々と話しをできる訳がないのだ。
昨年秋に言われた、「覇気がないですね」、という言葉は的を射ている。

そうは逝っても、何かしら彼らの役に立つ話をしなければいけないと、考えているが、思いつくのは、「私を反面教師にして生きよ」、ということくらいだ。

聖人君子になれない私は、どちらかと言えば落ちこぼれ。
行動も奇異で、他の人が真似をするには、ハードルが高すぎる。
ならば、それを反面教師にしてくれれば、まっとうな人生が生きられるのかも知れない。

「そうだなあぁ。結婚の一週間前に嫌になってやめたり、ネットで150万も200万も騙されたような話は、君たちの参考にはならんじゃろ…。」

結局、私の面談時間が来たので、生徒会連中との話は打ち切りになった。

その後の面談で、私は偉そうに語る。
「先輩として見本になるためには、人知れず陰の努力が必要なんだ。偉そうなことを言うには、それを言うだけの確固たる信念と、自分がやり遂げているという自信がいるんだ。」

「今も私には、まったく逆の生き方かも知れないな…」、と思いつつ話が続く…。

表裏がある人間は信頼されない。
組織で役に立っていない人間は、いずれその組織を去って行く。
人間関係構築の下手な人は、友達が少ない。

どれもすべて私に当てはまる。

さて、どうしたものかな…。




2020年02月20日

生徒会選挙

中学校の生徒会選挙が行われた。
一週間ほどの選挙活動期間があり、立ち会い演説。
その後、すぐに投票となった。

3月に引き継ぎが行われると、いよいよ中2が生徒会長となる。

演説は、皆、立派だった。
立候補した生徒の誰もが、自己変革に挑戦している。
全校生徒の前で演説することはもちろん、ありとあらゆる勇気が求められる。

すると、中2の担任が近寄ってきた。
「丹澤先生、写真を撮ってくれないんですか?

私はすっかり失念していた。
先日の立志式では、必死で写真を撮ったが、今日の選挙は「写真」という思いが全くなかった。

私の写真は上手に撮れるらしいので、時々撮影を頼まれる。
彼はカメラを持っていたので、ご自身で撮影したようだが、なかなか難しかったようだ。
確かに写真を撮るにはコツがいる。
いやいや。忘れてしまって申し訳ない。

順調に選挙が進み、投票結果の集計を見ると、約半数の無効票がある。
「なんじゃこりゃ…」
と、調べてみると、いわゆる不信任票らしい。

これにより中1の立候補者が再選挙になった。
しかしこれには紆余曲折があった。

慌てたのは生徒会教員。
規約では再選挙を行うのだが、おかしな話だが、不信任による多数の無効票数なので、無効とは言え、「信任しない」、という意思表示も見える。中1生徒でもあり、再選挙でもう一度不信任になれば、彼のダメージは大きいものになる、というわけだ。

結局、学年団とも相談して本人に意思確認をした上で、再選挙になったのだ。
2名枠の役員に、2名が立候補し、1名が不信任になったということで、ややこしい話になった。

とりあえず、有効得票数として認められた結果のみを公表し、さらに再選挙を行うことになった。

信任されないということは、先輩たちの評判が良くない、ということなのだろう。

さて、どうなるの。

落選者のフォローも必要だなぁ…。





2020年02月19日

新型コロナウイルス

中国発新型コロナウイルスが猛威を振るっている。
各地でマスクの不足が起こり、日本中が感染の不安に陥っているようだ。

国会では、「桜」ばかりが取り上げられ、本当に必要な対策も後手後手になっているように見える。
野党らは、テレビ中継を意識してか、過度なパフォーマンスで、首相を責め続けている。
彼らには、感染対策などどうでもいいのだ。
自分が、政権を倒し、あわよくば自分たちが政権をとるか、あるいは自分の力で、首相を退陣させたという実績が欲しいだけのように見える。
実に醜い…。
できたら、国会議員を辞めてもらいたいと思う。

この時期、一旦「桜」は棚上げしてでも、感染対策に死力を尽くすべきだと思うのだが、政治パフォーマンス合戦は、連日続いている。

そんな折、『中国発・新型コロナウィルス感染 霊査』(大川隆法著 幸福の科学出版)を読んだ。
ここには恐るべきことが書かれていた。

それによると、このウイルスは、中国が開発したようなのだ。
生物兵器としての意味合いもあるが、それよりも、人口対策で、老人に早く死んでもらうためのウイルスらしい。

武漢にもそうした施設があるので、ネットでも中国が開発した、という情報は流れてはいたが、まさか自国民に使うためのものとは思わなかった。

確かに、老人たちがどんどん死んでくれれば、年金を払わずに済むので、政府としてはとても助かるのだろう。

中国の衛生状態の悪さも露呈したし、何と言っても、最初にウイルスを疑って訴えた医師が拘束され、罪に問われ、結局感染が原因で死んでしまうという様は、まさに中国の現状を象徴している。

国民二人に一台の監視カメラを設置しようとしている、中国の管理社会は、世界に広がって欲しくはないし、人権を無視した社会構造でもある。

いずれ近いうちに、このウイルスにより中国に不況が訪れ、その余波を日本は受ける。
現に、日本企業の中国での生産は著しく低下し、一部引き上げも始まっていると聞く。

また、習近平の国賓としての来日にも、痛切な批判を加えている。
「皇室にウイルスを持ち込むことになる」、という下りは、恐怖さえ覚える。
国賓待遇の習近平を、来示日時日本でウイルス検査できるのか、という疑問も湧く。

要は、人権を無視した中国とべったりの日本は、それと同じ考えてあるように国際社会にアピールすることになるのだという。
一部の国会議員は、与党野党問わず、中国にべったりの方々がいる。
彼らの主導で、今回の国賓待遇なのだろうが、これは改めるべきだろう。

信じる信じないは強要しないが、「こうした考え方もある」、ということは知っていても損はないだろう。

例年のインフルエンザ流行も吹っ飛んでしまったし、このまま感染が拡大すれば、東京オリンピックだって危うくなる。

消費税が上がり景気が減退し、そのうえ新型コロナウイルスでダメージを受け、オリンピック景気も望めないとなれば、日本の経済はガタガタになる。

さすがに、「何かが間違っているんだぞ!」、という天意を感じざるを得ないだろう。

ご一読を勧める。

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2020年02月18日

個人面談

学年の個人面談が始まった。
学年団の先生が分担して、全員の生徒を面談するのである。
年に数回やっている。

学年会で、どの生徒をどの先生が担当するかという話になったので、私は「生徒に希望をとってみたら…」、と提案した。第2、第3希望までとれば、偏りは修正できるはずだ。

そんな折、若手のK先生が、
「今の私、心が乱れてます。もう限界です。」
と言う。

どうやら生徒指導で上手くいかなかったらしい。
本人は一生懸命やっているのだが、生徒にはそれが伝わらず、逆にストレスになってしまったのだ。
別の職員がその生徒と面談し、その報告にK先生のことが書かれていたのだ。

誰もい自分のことを悪く言われると、いい気分はしない。
それどころか、心が千々に乱れる乱れることもある。

あまりにブツブツいうので、私は、
「そんな状態で、面談したら駄目だよ。」
と諭した。

生徒の抜苦与楽をする立場の教員の心が乱れていたら面談にはならないからだ。

だが、ブツブツいうだけいい。
私のように内に籠もるタイプで、自分を責めるタイプは、人知れずダメージを受け、自分自身を枯らしてしまう。
その意味ではまだ健全なのだろう。
少し休んで傷心を乗り越えれば、また復活する。

私は、淡々と面談を重ねている。
ふと、「みんな頑張ってるな…」と、老人のような思いもよぎる。
「思春期だから、いろいろ悩みも多いのだろうな…」、という思いで話を聞く。

彼らもまもなく中3。
やんちゃで手のかかった中1の頃は、私も冷ややかな目で見ていたが、今年は可愛く見えてきた。
それに、その成長もよく分かる。

そして、
「私の人生にかかわってくれて、ありがとう。」
という気持ちが湧いてくる…。
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