2020年01月31日

中3の授業

中3の授業

中3の数学では、数TAの総復習をしている。
例年は、数UBまでガンガン進んでいたのだが、昨今の学力のレベル低下を鑑み、ちょっと咲きの内容に触れることはあっても、基本は数TAでとどめることにしたのだ。

今は、センター試験前段階の問題を解いている。

授業では、久しくやっていなかった、一人ひとりに板書して説明させる。
あらかじめ、担当問題を決め、順番に前で解説するのだ。

詳細解答は配っていないのだが、皆、きちんと解いてくる。
自分自身でノートに解く以上に、細かなところのツメや準備が必要となるはずだ。
彼らは、図をかいたり、公式を書いたりして、四苦八苦しながらも説明している。

その様子を見ながら、
「中3の三学期にして、ここまで来たか…。」
と、私としては、感慨深いものがある。

系列校への高校入試を数日後に控えているので、本来は中学分野の総復習をすべきなのだろうが、それは各自に任せ、淡々と授業を進めている。
自分以外の問題も解いておかないと、試験前に困るので、各自必死でもある。

高校入学後は、原則数UBからスタートし、数TAは、授業では扱われなくなるのだ。
一年間の前倒しだが、数TAは、中2の三学期から始めているので、時間的には結構余裕はある。

これまで、難関高校の入試問題や思考力を養う宿題を出してきたが、今年の中3のクラスは、今ひとつノリが悪い。
「解けた人だけ提出!」、と指示すると、ほんの数人しか持ってこない。

いろいろと工夫をしながらもやらせてみたが、提出率があまり高くないので、宿題の教材を変えてみたのだ。

授業でも解き、併せて担当問題を責任持って解いてくる、というスタイルの方が、彼らにはフィットした。

さらにより一層の実力アップには、この先どんな方策を採るべきか思案中ではある。
中学の三年間、私が担当し、それなりの実力はつけることが出来たとは思うが、まだまだ伸びしろはるに違いない。

「丹澤先生は、高校生になったら俺らを担当しないんですか?」
と、聞かれれば、
「三年やったら、もういいでしょう。」
と答えることにしているが、私も新たな刺激が欲しい、というのが本音でもある。

週に5回とはいえ、卒業までの授業数が、いよいよカウントダウンできるほどになった。

お互い後悔なく、中学課程を修了させたい…。




2020年01月30日

入学金の重み

入学金の重み

私立学校には入学金が必要だ。
学費とは別に、入学時に支払うものだ。
だが、この入学金が支払えずに、私立への進学を諦める人もいる。

ある学校の中学入試。
成績優秀な小学6年生のT君は。何としてもその学校に入りたかった。
だが、家庭の事情、いわゆる金銭問題で、受験ができない状態にあったのだ。

T君の家庭は、夫婦が離婚し、今は母親が育てている。
母親の収入で、私立学校に進学させるのは、なかなか難しいことだ。
だから、希望する私立中学校への進学は諦め掛けたのだが、T君は行動を起こした。

離婚した父親のもとを訪ね、入学金を出してもらうようお願いしたのである。

だが、父親は承諾しなかった。
しかしT君は諦めなかった。

次にT君は、祖母の元を訪ねる。
母方の祖母である。
同じように、入学金をお願いした。
入学金は30万円である。

昨今の社会情勢では、金銭的に余裕のない人が多い。
私だって、「はい30万払って下さい」、と言われれば、どうやって金策するか。
そして、その後の返済はどうするか。
などと苦悶するに違いない。

祖母は、「お金は出せない」、と応えたと言う。

結局、T君は、その私立学校を受験することはできなかった。
昨今は、成績優秀生徒の学費が免除させるシステムを導入している学校も多いが、自分がその特待生に選ばれる保証はない。もちろん、たいていの場合、入学金は免除にならない。

私立学校には、なかなか表沙汰にはならないが、本当に金策に苦労してなお、夢を追いかけて入学してくる生徒がいる。

そうした生徒たち一人ひとりを、全力でサポートするのは、当然のことだろうし、そうやって入学してきているという生徒の存在を忘れてはならないだろう。

いつしか、教師は偉くなくなった。
サラリーマン化した。

だが、家庭状況までをも思い量りながら、教育活動をしている先生たちは、尊敬されていくだろう。

「ひとたび入学させたならば、学校としてできることは、何でもします。先生たちにも、全力でサポートしてもらいます。簡単に追い出すことは、絶対にしません。」

この校長の言葉の重みの背景には、そんな事情がある。

2020年01月29日

大雨の朝

前日の雪が、いつの間にか雨になり、嵐になった。
暴風雨の中での犬の散歩をするのは、やはりおかしい。
何と言っても、まだ1月なのだ。
久しぶりのレインコートの登場である。

犬たちは、雨風に負けず、楽しそうに歩いている。
時々、ブルブルっと体を震わせ。雨粒を払っている。

私は、早く戻りたいな…、と思いつつも、しばし彼ら自由にしている。

そんな激しい雨も、散歩が終りしばらくすると上がってしまった。
午後からは日も差し、夕方には晴れた。

西の空には三日月が出ている。
そのそばに宵の明星が輝く。

夕方の散歩時に、久しぶりに、犬のリードを外してみた。
愛犬P太は、ここぞとばかりに走り回る。
「毎日、こんな風に自由にさせてあげたいな…」、とも思う。

「学校生活をしている生徒たちも、時々は、こんな風にリードを離してみたらどうだろう…。」
ふと、そんなことを考えた。

「リードがストレスの原因になっていなければいいな…。」
とも思う。

昨日、グランドの積雪を避けるために、大きなビニールシートを2枚、バッターボックス付近に敷いた。

だが、今朝の大雨で、グランドは全面たまりになったであろう。
もはやシートを敷いた意味はない。
それどころか、シートの下に水が入り込み、天気になっても乾かないという、最悪の状態になりそうだ。

次の練習日の2日後にどうなっているか…。

「シートも風で飛ばされて、荒れ放題になっているかな。」
外部のグランドなので、見に行かなければ分からない。

山でも雨になり、ようやくオープンを期待されたスキー場のゲレンデは、無残にも芝が出たという。

山を見ても、4月半ば頃の雪景色。

『いつもどおり』であることが、いかに大切であるかが、分かる…。




2020年01月28日

模試の受け方

ベネッセの学力水調査を実施したので、終了後、自己採点をした。

自己採点を始めるに際し、私はあるクラスに語りかけた。
「模試のために、勉強しましたか?」
すると、控えめかも知れないが、大半の生徒が、「あまりしていない…」、と言う。

「これから自己採点をしますが、やっぱり模試はある程度勉強して受けた方がいいです。採点して、やっぱり自分は頭が悪い、と自分自身にすり込んでしまう人がいますが、勉強しないで模試を受けて、それで点が低くて、その上、自虐的になっても、何もいいことはありません。言ってみれば、お金を払って、自分の成績の悪さを確認するという、愚かなことをしてしまうわけです。」

彼らの表情がさっと変わった。
「もう終わってしまったので、今回の模試についてはどうしようもありませんが、次回以降、同じ過ちを繰り返さないようにしてください。」

しばらく自己採点をしている中で、暇そうにしている見つけたので、また、全体に語りかけてみた。

「採点して、解答を赤朱書き写して、それで勉強したつもりになっている人、いませんか。それではやり直したことにはなりません。今回、お金を払って、いい問題の載っている問題集を買ったんです。その問題集を解き直し、実力をつけていくのが、解き直しの目的ですよ。」

またしても、彼らの表情が変わった。
今まで、こうした模試の受け方を教わってこなかったのかも知れない。

その後、必死にやり直しをしている生徒が増えたのは、このクラスが素直な生徒の集まりだから、だろう。

私は、模試の問題も試験範囲に入れる。
さらに、やり直しを求めるのためだ。

やりっ放しではもったいない。

正式な結果は、一月ほど待たねばならない。
その結果に、学校は一喜一憂するのだが、それは教員側というか、学校の事情だ。

生徒たちには、『今』与えられた環境を大切にしてもらいたい。

勉強することは、地味な作業だが、そのこつこつとした努力の積み重ねが、将来の彼らを形作る。

そのことは、私が身をもって体験している。

「もっと、勉強すればよかったな…。」
と、思いつつ、今からでも遅くないと、少しやってみる。

やっぱり、私は怠け者だった。



2020年01月27日

お母さんが帰ってきた

学年の母である学年主任が帰ってきた。
しばらくインフルエンザでお休みしていたのだ。

「学年にはお母が必要だ」、ということが、とてもよく分かった。

私は、一応「お父さん」、ということになっているが、役立たずで何もしないので、いてもいなくても変わらない。

だが、お母さんは違う。
このところの、学年内で起こったいろいろな事件も、母のパワーがなくなっていたから起こってしまったと言ってもよいだろう。

私が今、居候させていただいている学年は、主として女子の問題が多い。
学年主任が女性だから、女子生徒のいろいろな思いを引き寄せているのかも知れないが、それを一つひとつ丁寧に解決していく様は見事である。

以前、お母さんと二人で、ある学年の担任団を組んだことがあったが、本当に頼りがいのある方なのだ。

「おはようございます。」
明るく爽やかな、学年の打ち合わせの第一声。

久しぶりに聞いた。
またまだ、本調子でないのだろうが、元気そうに振る舞っている。

「How are you?」、と聞かれたら、「I'm fine!」と答えるのだ、とは教えられているが、私にはそういう嘘はつけない。

先日も同僚に、「最近元気?」、と聞かれたので、「元気じゃない!」、と答えた。
それでも、満面の笑顔だけは忘れなかった。

『楽しく幸せだから笑顔なのではない。笑顔でいるから、楽しく幸せにナルのだ。』
と、聞いたことがある。

その意味では、私は楽しく幸せを取り逃がしているのだろう。

学年のお母さんは、一日中奔走し、またいつもの『母』に戻っている。

この情熱は、おそらく使命感によるものだろう。

果たして、私ができることは何だろうか。

役立たずのぐうたら父さんは、今日も、のほほんと生きている…。




2020年01月26日

隠れ家の修繕

昨年大晦日に風呂釜の漏電があり、急遽、地元の電気屋さんに見てもらったら、風呂釜の交換が必要だと言われた。その交換が、今日午後、ようやく完了した。

私も日中不在の日が多かったのだが、結局、一ヶ月もかかってしまった。
併せて、露出状態にあった風呂場と脱衣所のライトも交換した。
脱衣所が電源の集約ポイントだったので、そのメンテナンスもやってもらった。
「丹澤さん、このままでは感電死しますよ。」

そう脅されたが、確かにその可能性はあった。
風呂釜につながっていたコンセントは、さびて朽ちて、素人目にもショートしそうな状態だった。

古い家は、何が起こるか分からない。

コンクリートの家なので、内部に埋め込まれた配管の状態や内部の様子は計り知れず、この先もトラブルは起こるものと思われる。

同時並行で、もと用務員のMさんに、納屋の一部を犬小屋に改修する工事も行ってもらっている。
私には一切持ち合わせない技量をお持ちの方で、本当に頼りになる。
私はMさんに、「どうしてこんなことができるのですか?」、と尋ねるも、「丹澤先生とは、生まれた星が違うんだよ」、と笑う。

たしかに私は、「怠け者の星」が出身のようだ。

先日は、隠れ家に行くと、いつの間にか納屋の雨どいの改修が終わっていた。
「この先、天気が悪くなると思って…。」
恐るべき行動力である。

私の隠れ家に来るにも、往復150キロは超える道のりがあるはずだ。

朝、高校生のM君に、「梅を切ってくれ」、と頼んだのだが、渋っていたので来ないかと思って、自分で処理したら、午後になって自転車で駆けつけてくれた。
ちょうどコーヒーブレイクしていた時だった。

梅の剪定は終わってしまったが、裏庭の伐採竹がたくさんあったので、燃やしてもらった。
M君が燃やすと、「軽微のたき火」を遙かに超えて火柱が立ってしまうのだが、無事灰になった。

「いろいろな人が集まってくるのは、いい家だ。」
と、聞いたことがある。

なんだかそんな風に思い、幸せな気持ちになった。

もう一人の高校生のY君も、再生パソコンを復活させてくれている。

午前は英検で人数の少ない部活になったが、午後は充実していた。

こんな休日はとてもいい…。




2020年01月25日

偉人研究

中1で総合学習の発表会が行われた。
私の学校では、中1で『偉人研究』を行う。

自分が関心を持った偉人を決め、その実績はもちろん、その志、自己犠牲の精神、生き方を学び、自らの人生の糧とするのである。

自身が関心を持つということは、その本人が、どこか選んだ偉人に惹かれる部分があり、「そうなりたい」、「そういう生き方をしたい」、「そうした生き方に憧れる」、という意味がある。

彼らは歴史上の偉人から選び、何ヶ月間か研究する。
選んだ偉人の生き方は、おそらくは、生徒一人ひとりの将来に影響を与えるはずだ。

発表行事は毎年のことだが、彼らの発表には新鮮さを感じる。

今回の発表の中に、『肥沼信次』があった。
戦時中はドイツを中心に、人々を救った医師である。

「肥沼信次さんは、今でもドイツ人に愛されているのです。」

発表したK君は、小学校時代をドイツの日本人学校で過ごした。
その際、現地で『肥沼信次』の生き方を教えられたという。

私自身、恥ずかしながら『肥沼信次』を初めて知った。

それほど有名な方とは言えないのかも知れないが、そんなことは関係ない。
その人が、いかに人々のために生き方か、つまり、利他の生き方ができたか。
それを当たり前のように行い、天命として生きて、命を捧げたか。

そんな生き方に人は感動する。
人並み外れた、自制心と自助努力も必要なのだろう。

37歳にして、自らもチフスに罹患し、命を落とす。
薬はすべて別の患者に回し、自らは口にしなかったとも聞く。

偉人の生き様を学び、本来人間として備わっている利他の思いを思い出させることは、とても大切なことだ。
ましてや、中高生にとっては、その後の生き方や、職業選択を左右することになる。

以前は面接で、尊敬する人を聞いていた時代もあったが、「どの偉人を尊敬するか」、ということが、その人の思いを体現しているのかも知れない。

その意味で偉人研究は大切だ。
たくさんの偉人伝を読むことも、心に潤いを与えるだろう。

偉人研究を排除し、人間は皆平等なのだが、偉人などこの世に存在しない、とする左翼教育に負けてはいけないのだ。

まさか、学校の図書館から排除されていないだろうな…。




2020年01月24日

Mさんのこと

長らく購買部にお勤めになったMさんが退職されることになった。
別の仕事に就くという。

私はMさんには大変にお世話になった。
煎茶のご師匠でもあったので、何度もごちそうになった。
また、私が体調を崩し、まともにご飯が食べられなかったときには、栄養たっぷりのスープを一週間分作って下さった。
ご実家が和歌山だったので、何度もじゃばらの果汁をいただいた。

隠れ家のことでも、いろいろご相談くださったし、折に触れて助けて下さった。

会話を交わすのは、一週間に一度あるかないかだったが、それでも会えば親しくできた。

次の仕事は、老人ホームだそうだ。
住み込みなので、今よりも過酷な環境になるのだろう。
お身体を大切にしつつ、これからのご活躍を願うばかりである。

こうしてお世話になった方が、退職してしまうのは、とてもさみしいことだ。

話は、年末には聞いていたのだが、結局退職当日まで、淡々とおつとめになっていた。

思うところがあって、ご退職されるのだろう。
いずれ私が、そうした立場になるのだろうか。

最後のお仕事を終えて数日後、Mさんからメールが入った。
「石油ストーブお使いになりませんか?」

新たにお住まいになる所では、石油ストーブはお使いになれないらしい。

お車でお持ち下さるとき、座席の上にストーブを斜めに 置いてしまったがために、中に残っていた灯油が漏れてしまう、というおまけ付きだったが、しばし別れの時間を楽しんだ。

「さよなら」は、言いたくないので、「じゃぁ、また」、と言って分かれた。

英語でいれば、See you againだ。

きっとまたどこかでお会いすることがあるだろう。

今かかわっている生徒たち全員と、いずれ分かれることになる。
そのときも、「さよなら」、は言いたくない。

ここ数年、親しかった方が、どんどん退職していく…。

2020年01月23日

生きている証

今は立ち直っている高校生のY君。
だが中学のときは、大変手がかかった。
授業に参加しないのはもちろん、深夜徘徊、リストカット、自殺未遂…。
あらゆる悪しき行動に走った。

だが、私は、彼のおかげでずいぶん勉強になった。
そのときは試行錯誤だったが、そうした生徒とどう関わればいいのかという経験を積むことができたと思っている。

Y君は、今やもっとも信頼する人物でもある。

当時、彼に効いたことがある。
「どうして自分自身を傷つけるのよ。」

すると、彼は、
「血が出るのが面白いんです。」
と言い放った。
当時の彼は、テレビ番組でも、人が殺されるシーンや、死体の様子に興奮し、その様子を見て、ゲラゲラ笑った。

当時の私は、それを見て、
「何が面白いんだ。」
と、叱った。
すると彼は、
「血が出ていていい感じじゃないですか。」
と言った。

彼の心は、完全に地獄の世界と同通していたのだ。
それでも心穏やか時に、リストカットのことを尋ねると、
「血が出てくるのを見ると、生きている証を感じるんですよね。」
と、答えた。

ひとたび、存在意義について自問自答すると、「自分自身は、ここにいて良いのだろうか」、ということを反芻してしまう。だが、自分自身を傷つけ、血がにじみ出てくるのを見ると、自分の存在をかんじるのだと言う。

中2でも、ある女子生徒がこのところリストカットを重ねているという。
「明るくて、全然そういう風にみえないんですけどね…。」
と、ある先生が言ったが、その見方が一番危ない。

自分の存在意義の確認の裏返しは、「私の方を振り向いて」、という思いである。

明るく振る舞う中に、その思いを感じ取ってあげなくてはいけないのだ。

複雑な家庭環境の生徒は、すぐに行動に表れる…。




2020年01月22日

成績順の席

今年になってから、試験的に成績順の座席で授業を受けることにしてみた。
授業にも多少刺激が必要だろう。
ただ、定期考査の成績ではなく、時々行う平常テストの成績順よる席順だ。

当然、成績の良い者が前に来る。
「前の方の席に座りたいな…。」
という、意欲も期待してる。

中3では、平常試験の合計点による順番なので、そうそう大きな変化はないが、中1、中2は、毎回の試験の結果で席が替わる。

彼らはそれほど点数に執着していないようなので、いつもとは違う席から見える景色と、ある程度の刺激になればよい、と思ってやってみたのである。

中1は、楽しそうに、時に悔しがりながらやっている。
中2も、そこそこ刺激になっているようだ。
中3は、成績不振だが、卒業や入試が近づいているので、無理矢理クラスを変えずに残している生徒何名かが少し気になるが、まずまず…という感じ。

中1のテストは一問10点くらいのテストなので、ちょっとしたミスで順位が高下する。
それはそれで、一喜一憂があり、集中力アップに役立つだろう。

中2のテストは高校入試問題。これは難しい。よほどの準備をしておかないと、なかなか点に結びつかない。ただ、内容は冬休みの宿題冊子そのままなので、勉強すれば点を上げられる。

中3は数TAの総復習。これも宿題冊子から。
ただしこちらはテストの累積得点。
卒業までに、数TAを完全に復習しておきたいのだ。
今年はほとんど数UBを教えていないので、ひたすら数TAと中学数学の復習。

こちらの意図を感じてついてくる生徒もおり、今までやったことのない成績順は、なかなか興味深い。
中1、2は来週に実力テスト。その後、中2はさらに模試。中3は入試を控えている。

「丹澤先生、数学の勉強の仕方、分からなくなりました。」
と、ほとんど最下位の中1生徒が相談に来た。

この刺激が吉と出るか凶と出るかは、私の持って行き方次第だろう。

中3の最下位3人には、
「君たち2点差だよ。」

彼らの顔がはっとした表情になった。

次のテストが楽しみである。




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