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2019年11月30日

K先生のご勇退

長く高校野球の監督を務められたK先生が11月で勇退されるということで、全校生徒で引退セレモニーが行われた。

K先生は、県下の強豪野球部の監督を長く務め、定年後に私たちの学校に、高校野球の監督としておいでになったのだ。

当時の野球部は、とても野球とは言えないレベルで、フライを捕りそこねて、ボールを頭にぶつけ、そのまま救急車で運ばれるレベル。中には高校に入って初めて野球したという生徒もいて、そうした選手たちを、辛抱強く指導し、野球部として恥ずかしくないレベルまで育て上げたのだ。

当時から、私は中学野球部を指導していたが、その頃はグランドを分け合い、高校野球のレフトのあたりが、私たちのピッチャーマウンドで、ノックのときなど、入り乱れた状態で練習をしていたのを思い出す。

私も野球指導には自身がなかったので、隣のK先生の目を気にしながらの活動だった。
「こんな練習させてたら、意味ないかな…。」
「こんな指導で、『それは違うよ』って、言われないかな…。」
などと、つねにK先生を意識しての練習だった。

極寒の中、頑張っている高校生の姿を見れば、「もっと頑張らねば…」と思ったものだ。
そんな活動形態が何年か経った頃、K先生に言われたことがある。

「私もくじけそうになったとき、隣で中学生が練習しているのを見て、励みになったのだよ。」
この言葉は、今でも忘れない。
私にとって、最大限の褒め言葉である。

県下の高校野球界では、知らない人がいないくらいの有名なK先生と、毎日近くで活動できたことを、私自身も誇りに思う。

その後、高校野球部のレベルが上がり、硬球が中学生に何度もぶつかるようになって、グランドから追い出される形で、私たち中学野球部は外部のグランドに移っての練習になった。

中学野球部は、高校野球部への大切な選手供給源でもあり、私もいつしか気合いが入ってしまった。

その気合いが、慢心となり、そして空回りし、中学野球部は単独チームが組めなくなるほど低迷してしまった時期もある。

そのK先生は、もう何年かで喜寿を迎える。
県内最年長監督は、最後に夏の一勝を得て、ご勇退される。

「大切な形が、どんどんお辞めになってしまって、淋しくなるな…。」
ここ何年間か、私はそうした思いでいっぱいだ。
一方で、K先生より20歳も年下の私が、引退を考えていることが、恥ずかしく思う。

引退セレモニーには、地元の新聞社やテレビ局も取材に来た。

K先生の最後の講話は、とても素晴らしいものだった。

いつまでもお健やかにお過ごしされることを、心から祈る。

WingProject

2019年11月29日

55回目の誕生日

学年には2クラスあり、たいてい私は1組の朝の会にいるのだが、ときおり2組にも顔を出す。
ここ数日は2組に入っていたら、
「金曜日の朝の会は1組に来て下さいね。」
と、隣に座る若手の先生から言われた。
何やらいろいろな理由を言っていたが、いつも話半分も聞かない私は、何を言っているのかは分からなかった。
「最近、丹澤先生1組来ないね…。生徒たちそう言っていますよ。」
などと騙され、今朝は1組に入った。

すると、おもむろに私の誕生日祝いが始まった。
今年は担任ではないので、まさかこんなサプライズがあるとは思いもよらず、なかなか面食らってしまった。

お祝いに彼らは合唱コンの課題曲の替え歌を歌ってくれたり、手作り誕生日ケーキまで出た。
誕生日にろうそくの炎を吹き消すのは、この人生を振り返っても、数えるほどしかない。
そのうちの何回かが、今の学校で経験している。

「1組の生徒たちは、みんな丹澤先生が好きなんです。」
などと、1組の担任がメッセージに書いていた。
「よいしょ」だと思っても、何となく嬉しいものだ。

初め、誕生日ソングだけかな、と思っていたら、たたみかけるように次から次へとサプライズがあり、最後には、ついには前で「しゃべれ」とも言われた。

何とも照れくさく、ありがたい朝になった。
少し汗をかいた。

「朝から、みんなで祝福の思いを作ると、”ほっこり”するね…。」
学年主任がそうつぶやく。

私もかすかにお役に立ったということか…。

夕方の終わりの会では、今度は2組に呼ばれた。
本当は、私に朝、来て欲しかったらしいが、1組に先を越された形になったらしい。

クラスではクラッカーが飛び交い、またしても誕生日を祝ってもらった。
担任でも学年主任でもないのに、皆が私をもり立ててくれる。
元気のない私を、もり立ててくれてくれたのかな…。

夕方、ツイッターを見たら、教え子の卒業生がつぶやいていた。

『今日は私の人生の恩師の一人である方の誕生日だそうです。
いろいろありましたが親の次に迷惑をかけた存在なので本当に本当に感謝してます。
できれば長生きしてください。笑』

もう一踏ん張りしなくっちゃいけないのかな。

即金トレード

2019年11月28日

教科書を変えていいですか?

昨年まで数学科の主任を務めていて、今年中1の上位の習熟度を担当しているE先生が来て言う。
「今使っている教科書を『精解』から『体系』に変えたいんだけど…。」
昨今の私は、あまり自分の意見を主張しなくなっている。
「変えたいのなら、返ればいい…。」
私はそういう思いでE先生の話を聞いていた。

「授業をしていていね。どうしてこんなところで、こんなことを教えるのだろう、と思う部分がたくさんあって、生徒たち混乱しちゃうんだよね。」
「そうですか…。私は、教科書通りには教えていないので…。もちろん全部やりますけど…。」
「自由自在に授業ができるのは、丹澤先生くらいしかいませんから…。」

ふと、編集者のMさんのことを思い出す。
ひょんなことから知ることになり、以来十年以上、細々ながら関わってきた。
いろいろな相談にも応じてくれたし、年に一回だけれど、わざわざ東京から来校してくれた。
「彼との縁もこれで切れてしまうのかな…。採用しないと知ったら、悲しむだろうな…。」
そんな思いがよぎったが、私はMさんの話は一切しなかった。

少しずつ生徒の学力レベルが下がってきて、今使っている中高一貫用の教科書が難しくなってきたことも事実だ。
そして何よりも、だんだんと私が過去の人になりつつあるということだ。

変えるべきものは変えたらいい…。時代やその状況に合わせて、適応させることは大切なことだ。

「じゃ、来年の中1から変えさせていただきます。」

何だ、私に相談したい、と言いつつ、すでに決めていたことなのか。

私を取り巻く環境では、最近、こうしたことが多い。

「来年度、私はこの学校にまだいるのかな…。」
そんな思いもよぎる。

私の得意分野は、いよいよ授業だけになった。
教員として、最低限の条件でもあるが、それだけでは戦力としては不足だろう。

年末ということもあり、ちょうど教頭面談もあった。
「どうですか? この一年の丹澤先生の実績は…。」

そんなもの私にはないのだ。
実績といえることなど、一つもない。
ただ、学年所属として末席を汚しているだけで、本当にただただいるだけである。

「そうですね。最近また、生徒たちが可愛くなってきましたね…。」

そう言葉を濁した。

そうだ。これでいいのだ。
他の人がどう判断しようと、私は私の道を生きていく…。

WingProject

2019年11月27日

話を聞くか聞かないか

今年は中1の習熟度クラスの真ん中のクラスを担当しているが、これは何年かぶりのことである。
ここ最近、どの学年も一番上のクラスの担当ばかりだったので、ある意味、新鮮さと、そしてある種のショックを受けている。

4月当初の授業で、
「授業中、話を聞いていれば、絶対に解けるようになるし、数学ができるようになる。」
と、私は高らかに宣言したのだが、彼らはやっぱり話を聞けない…。

説明する時には、一斉の手を止めさせ、黒板の方を向かせて、全員の目を確認するのだが、どうやら、その状態でも、話を聞けていないということが、最近分かってきた。

ましてや、授業の中でのさりげなく私が話をしていることなど、全く聞いていないようである。
「問題集の○○ページを解いてみましょう。」
などと、たいていは3回くらいは指示をするのだが、その次の瞬間に、
「先生、何ページですか?」
と来る。

演習中に、ヒントを説明しても、説明した直後に、同じ質問を受けることもある。

このクラスの一番の問題点は、『話をきけないこと』なのだ、と改めて認識した。
中には、私の話をすべてメモしているような強者もいるのだが、そういう生徒は、すっとんきょうな質問はしない。そればかりか、このところどんどん実力をつけている。

このほかにも、忘れ物が多いこと、提出物が一回で出せないこと、集中力が続かず、すぐに飽きてしまうこと、などが挙げられるが、まずは『話を聞く』ということに特化して、授業をしてみようと思う。

折しも、期末考査一週間前。
「今日は、集中できていたね。」
と、彼らを励ますが、もちろん集中できていない生徒も散見される。

うすうす感づいてはいたが、「学力の低さは、生活のだらしなさ」、であった。

ルーチン化、約束事、法則化、などなど授業テクニックはいろいろある。

さて、今度はどういう料理をしてみようか…。

授業から外れた雑談は、目を輝かせてきいているんだけどなぁ…。

2019年11月26日

久しぶりのピアノ

何ヶ月かぶりに生ピアノを弾いた。
自宅に少し高級な電子ピアノはあり、サンプリングされたグランドピアノの音を出せるのだが、所詮は電化製品。楽器のカテゴリーには入らない(と思う)。
だから、たとえアップライトでも、ホンモノのピアノの音色は、やはり違うのである。

「やっぱり、しばらく弾いていないと、指がうごかないな…。特に左手は、ハノンで感覚を取り戻さないと駄目だな…。」
などと思いながら、ショパンの小曲を弾いていく。

「やっぱり、指が動かないや。それに暗譜も怪しい…。」
ちょっと不満足のまま、鍵盤を叩き続ける。

「生ピアノは違うな…。良く聞くことが、良く弾けることにもなるんだったな…。」
などと、自問自答しながら、自分の奏でた音を注意深く自分の耳で聞きながら、演奏を続ける。

もちろん、とてもとても演奏というものではないが、もしかしたら練習すれば聞かせられるくらいにはなるのかも知れない。

「丹澤先生、ピアノを聞かせて下さいよ。」
などと、何度も言われるが、「僕の音を聞くと、耳が腐るから…」、などと言って、たいていは拒否する。

毎日一定時間ピアノを練習して、しばらく期間を経て、ようやく人前で演奏できるようになるのだから、気が向いたときに、鍵盤を触るだけの今の私には、人に聞かせられる状態でないことは、あきらかだ。

最近、ユーチューブピアニストを見ることがある。演奏云々よりも、彼らがどのように練習を重ねているかについて、たまに動画として公開されていることがあり、それは参考になった。
たいていのピアニストは、自分の練習風景を人に見せることを極端に嫌がるものだが、それすら再生数かせぎのために公開する彼らは、私にはとても参考になる。

「丹澤先生、ピアノ、弾いていましたか?」
こっそり私のピアノを聞いていた、H君に声を掛けられた。
彼は、今はやめてしまっているが、そこそこピアノを弾ける生徒である。

一学期に、「合唱の伴奏したらどう?」
と促したが、頑として首を縦に振らなかった。
心の中で、「私でも躊躇するし、よほどのサポートがなければ、できないな…」、と思いつつ。

いつかは自分のグランドピアノが欲しいと思う。
隠れ家も、グランドピアノが置けるスペースを作ってある。

今は、金銭的な余裕が全くないので、入手することができないのだ。

「毎日弾くという習慣がなければ、もったいないな…」、と思いつつも、まだ夢を見る。

2019年11月25日

継続の力

決まって毎朝8時23分になると、彼女は現れる。
教室から見える前の道路を、彼女は毎朝走っているのだ。
ゆっくりゆっくり、まるで足踏みをするかのようなその様は、もう何年も変わらない。
もうすぐすぐ十年になるのではなないか、と思う。

彼女は、M先生の奥様である。
詳しくは知らないが、健康のために毎日走っているのだろう。

その姿を見る度に、その継続力と習慣性に頭が下がる。
かつて私も走っていたことがあった。
毎日5キロ、6キロと増やしてゆき、何ヶ月後かには、毎日十数キロを走るようになった。
確か彼女は、その頃から走っているように思う。

「ほら見てご覧。M先生の奥さん、今朝も走っているよ。」
授業中、ときどき、近くの生徒につぶやく…。

さすがに雨の日は走ってはいないが、そうでない日は、ほぼ毎日彼女の姿がある。

人は継続すると、大きな力がつく。
それが習慣化されれば、それこそ知らず知らずのうちに、遠くまで歩んで行ける。

ふと、「勉強が習慣になっている人が勉強ができるようにナルのは、当たり前のことだな…」、と思う。
それができないから、多くの生徒、そして大人たちが苦労するのだ。

勉強に限らず、「たった5分でも、7分でも、10分でも… 」 、という習慣があれば、新たな分野であっても、多くの実績を上げることができるのだろう。

「ToDoリストを部屋に貼っておこうかな…。」

人はすぐに怠けたくなる。
放っておくと、すぐに易きに流れる。

それが次の一手になるような、将来のための種を、日々蒔いてゆきたい。

『続けることは力となる』

私が小学生だったとき、担任が折に触れて私たち児童に話をし、実践させた言葉だ。
あれから50年近く経つが、私は未だに人に自慢できるような継続がない。

世の成功者たちは、たいてい『継続』によって力をつけ、世の中に羽ばたいている。

このことを、説得力をもって生徒に伝える自信は、今の私には、まだない…。




2019年11月24日

雨の連休

年内最後の練習試合が雨で中止になった。
これまでずっと晴天だったのだが、何故かこの連休に限って雨続き。
確かに、気温が十度を切る、寒い雨の中での練習試合は、私も選手も辛かろう…。
前日も雨が降り続いたし、天気予報でも確実に雨なので、今回の練習試合は、前日のうちに中止になった。

これで、おそらく3月まで試合ができないだろうから、「やっておきたい」、という気持ち半分、そして、「ほっとする」気持ち半分である。

今回は、初めて試合に連れて行く中1もおり、彼らに経験をさせる意味でも大切な日ではあった。
だが、野球の試合は天気には逆らえない。

上位大会では、「雨天のため待機」などという指令が出て、何時間もベンチで待たされることもあるが、練習試合は、会場校の先生の判断なので、決断が早くてありがたい。
「待機」、となると、雨を見ながらの選手のモチベーション作りが、かなり難しかろう。

結局今日は、午後まで雨が降り続き、野球どころではなかった。
グランドも使えないので、練習に切り換えることもできないので、私はあっさり、練習をオフにした。

思えば、金曜日から3連続の練習オフ。
室内で練習できる場所がないので、仕方がない。
オフにすれば、私自身も休養がとれる。

昨今、SNSで「部活顧問拒否」が流行っているが、私はあまり承諾できない。
公務員の勤務時間外労働を主張するのなら、その通りなのだろうが、だからと言って、一部の先生たちだけが、意思を通すのは、現場の混乱と他の教員への負担をさらに増やすだけのように思える。
一方私立学校では、校務の一つとして位置づけられている場合もあり、「拒否」などあり得ない話にもなる。

労働環境的に考えれば、確かに負担が大きいのだろうが、『生徒指導』という観点からすれば、これも大事な教育活動だ。地域のニーズも、放課後何もしないで、ぶらぶらしているのなら、部活動でめいいっぱい汗を流して欲しい、という思いもあるのだろう。
全国一律に制度が変わらなければ、なかなか解決できるものはない。

『生徒指導』とは聞こえがいいが、要は生徒のお守りでもある。
教育活動としての位置づけは大きいが、嫌がっている先生にとっての負担は大きいことは事実だろう。
私は教員になってから、「何でもチャレンジでいるのが、教員生活だ」、と思って、三十年以上やってきたが、そう思えない人にとっては、苦痛でしかあるまい。

と言うわけで、私はのんびりと隠れ家で過ごした。
雨のため、庭の手入れなど、さまざまな作業は全くできなかったが、こういう休日も時には必要なのだろう。

明日の部活を終えれば、考査前になり、活動が停止となる。
その期間は、何となく、私も気持ちが楽になる。
だからといって、部活動の顧問が嫌なわけではない。
むしろ、彼らと関われることが、私自身の学びにもなるし、楽しいのだ。
否応なしに、身体を動かすので、もしかしたら若さを維持することにもなっているかも知れない。

「野球が屋外スポーツで良かった…」、と思うことにしよう。

2019年11月23日

犬との関わり方

久しぶりに犬舎を訪ねた。
「月一回くらいは、里帰りさせないと…。」
特に用事があったわけではないが、私はそんな言い訳をしながら、ご主人に挨拶をする。

愛犬P太は、私の元に来てから自動車での移動が苦手になってしまい、私の車の中では、たいてい何かしらの粗相をする。今回も、後部座席で大量におしっこをした。

P太が酔って吐くことはなかったが、同乗しているもう一匹のK子は、何とも迷惑そうな顔をして、私を見る。「雌犬に格好いいところ見せるんじゃないのか?」
そう思いながら、私は黙々と片付ける。

「もらいものと、自分の畑採れたさつまいもを持ってきました。」
今回ようやく、春から育てたさつまいもを持参することができた。
苗を植えて半年。作物を育てるのは、なかなか大変だ。

ご主人は、お礼とばかり、肉を分けてくださった。

犬舎に行くと、ご主人からいろいろな犬の話が切れて勉強になる。
「大丈夫ですか。何か困ったことはありませんか?」
いつもそのように聞かれるが、最近は犬たちと楽しく生活しているので、そうした事態はほとんど起こらない。

法律が改正されて、子犬にチップを入れなければいけなくなったり、直接犬舎を訪れないと、子犬を購入でいなくなると言う。

日本犬を保存しようとしている方々にとっては、やりにくい世の中になりそうだ。
「このままじゃ、日本犬が滅んでしまう。」

天然記念物である柴犬は、血統を大切にしながら、適切な交配をさせて、その種の保存をしていかなければならないのだ。

犬はペットだが、彼らはペットという感覚はない。愛玩動物とも違う。
犬たちは、人間のパートナーなのだ。

だが、多くの飼い主たちは、『かわいさ』だけで衝動的にペットとしての犬を買い求め、人によっては途中でその飼育を放棄してしまう。

彼ら犬たちは、適切なしつけをしないと、やたら吠えたり、噛みまくったりして、人間との共存が難しくなるのだ。

その意味でも、犬を譲る相手を見極めた上で、販売をしている犬舎のご主人の態度は、正しいと思われる。

「ここ10日間、全然見学者が来ないんだよ。台風の影響かな…。」

最近ホームページをリニューアルしたが、子犬の売れ行きが止まっているらしい。

世の中なかなかうまくいかないものだ。

2019年11月22日

臨時の練習

帰りの会が長引いたとのことで、中2の主力メンバーであるT君とS君は、が練習に来なかった。

練習場所が学校の外にあり、時間になると、私は部員たちを連れて出掛けてしまう。
遅れて来ると、私の運転する自動車には乗れず、5キロの道のりを走ってくることになるのだ。

だが、今日は臨時の部活動。7時間目を終えて、すでに日没時間を過ぎ、辺りは暗くなっている。
前日に、「走りたくない!、と叫んでいたT君と、「」暗いところが怖い」、と興奮していたS君が、反射たすきをつけて走ってくることは、まず考えられなかった。

今日は、たくさんの臨時部員が練習に参加してくれた。
中2は、キャプテンのI君一人だけだったが、よくリーダーシップを発揮し、集中力ある有意義な練習にしてくれた。

「なかなか上手いじゃない…。」
気合いを入れてテンポ良く練習していると、上達が早いのだ。
そのときこそ、間髪入れずに、技術的なポイントを教える。
すると、さらに上手くなる。

彼らがやる気になり、モチベーションもテンションも高まったときが、指導のチャンスなのだ。

ネットティーをしていると、まったくバットにボールが当たらないK君がいた。
彼は、正式な野球部員だが、少し伸び悩んでいる。

K君は、だんだん悲しくなって、涙を流しながらバットを振り続けていた。
ボールとバットの軌道が、ねじれの位置にあると、絶対にボールは打てない。

あれもこれもと言っても、ますます打てなくなると思い、腰の回旋だけでバットを振らせてみた。
すると…、当たるのである。鋭い打球が次々と出た。

泣きべそをかいていたK君は、「少しずつバットを上げて…」、という私の指示通りに振っている。

途中で時間切れになったが、K君はこの先もがんばって練習を続けるだろう。

学校に戻ると、T君とS君がいた。
ずっとバットを振っていたという。
案の定、グランドの周りすら走っていなかった。
二人して、楽な方へ流れたのは間違いない。
もし、どちらか一人だけだったら、同じ状況だったろうか、と疑問が残る。

だが今日は、彼らがいなくても、十分練習できた。

願わくば、二人のモチベーションが高いことを祈るばかりである。
 

2019年11月21日

苦手な人

心の修行で一番大切なことは、『心を揺らさない』ことだという。
心を乱さないというレベルではない。揺らさないのだ。

人は、何かが起こると、たとえそれが外的影響であろうと、何気ない他の人の一言であったとしても、心を平らかに保て、というのだ。

「丹澤先生、ちょっといいですか?」
この言葉は、前校長の常套句だった。
このあと、たいていどこかに連れて行かれ、なにやらお叱りを受けるというスタイルである。
前校長が異動になったのちは、何故か、I先生がこの方法を多用するようになったのである。

最近とみに頑固になってしまったI先生は、誰に対しても苦言を呈する。
I先生とは、ほとんど年齢が同じなのだが、歳をとるとは、こういうことなのかと、自分はこういう頑固じじいにならないようにと、自戒する毎日である。

私は、彼のその慇懃さが、あまりに白々しく、どうしても好きになれないのだ。
「心を揺らすまい」、と思いながらも、どうしてもI先生に対して、私は心を乱してしまう。

以前は気にならなかったが、職場にこうした苦手な方が二人いる。
お二方に共通するのは、どちらもその言動が、「自分は絶対に正しい」、というムードが見え隠れし、鼻につくのである。

どの職場でも、そういう方はいらっしゃるだろうし、逆に、私自身が周りの人から、そのように見られていることは想像に難くない。

だが、未熟な私は、やはり心を揺らしてしまうのである。

できるだけ話をしないように、少し距離を置いてはいるが、そういう時に限って、先方が近づいてくる。

以前読んだ本で、『人の嫌な面を一つ見つけたら、その人の良い面を十個探しなさい』、とあった。
これは効果覿面、私はこの方法でたくさんの苦手な人を克服してきた(つもり)だが、今回に限っては、なかなか重い腰が上がらない。

別の本には以下のように書かれていた。

心を揺らすな。
口数を少なくして、ささやかな努力を積み上げていくのだ。
あきらめるのは、まだ早い。

いろいろな本で、私自身も励まされる。

まだまだ修行が足りないようだ。
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