2019年08月31日

練習試合3勝目

「今日の練習試合で負けたら、新人戦は出場辞退する!」
と、プレッシャーをかけて臨んだ練習試合。
苦しみながらも何とか2勝できた。

実力があり、野球技術の高いチームには、まだ刃が立たないが、一年生主体の若いチームならば、いい試合ができるようになった。

力のないチームが、めきめき力をつけていく様は、指導していても面白い。

世の中には、どんなチームでも勝たせてしまうような先生もいる。
私にはそうした技量はないが、それでも、今のチームの進化は面白く見ている。

今日の相手も、同じく若いチームで、野球初心者が半分を占めるような状況だが、これからの伸びしろを感じさせる面白さがあった。

それでも、中1のバッテリーに翻弄されるようではいけない。

動きは分かっても、まだまだ技術が追いつかなくて、ミスが出る。

「相手がミスしてくれているから、点が入らないでいられるんだよ。本当ならば、5点も6点も取られているんだ。」
そう彼等を戒める。

実際、私たちのチームは2アウトからも点が取れたが、相手チームは、2アウトまで追い込んだら、点数が入らなかったのだ。

練習試合を通して、プレー上のいろいろな学びがあるのも面白い。

新人戦は9月末。
今のところ次の予定はない。
あと何回練習試合ができるか分からないが、こつこつ練習を重ねて行こう。

「2年生が足を引っ張っているので、逆に自分たちがチームを引っ張っていけるように頑張ります。」
野球ノートにそんな風に書いてあった。

心理戦であり、プレッシャーとの戦いとなる野球の試合は、楽しくリラックスしていた方が、いいプレーが出る。

選手たちはリラックスとだらしなさの境界線が分からないようだが、そこは、私がコントロールする。

「どこまで実力を伸ばしていけるか…」。
面白いではないか。








2019年08月30日

生きる意味

ドキュメンタリー映画を見た。

私の関わった生徒が成長し、その生き様、考え方、夢を語っている…。
彼等はみな輝いていた。
「みんな私の教え子なんです…」、何て言うのはおこがましい。

それが、教師としての醍醐味でもあるのだが、みんな私の手の届かないところに行ってしまった。

ジーンとくる映画だった。
『生きる』ことをテーマとしたドキュメンタリーで、「どう生きるべきか」、を暗示している。

彼等は等しく、『生きているのではなく、生かされている』と語る。

『生きる意味』については、真正面から語り、訴えているのだ。

若者は夢を語り、それを高齢の方々が聞く。
その夢に感動し、共感し、エールを送る。

しかし、高齢の方々も、また日々新たな挑戦を重ねているのだ。

「これほどまでに与えられていることに感謝しかありません。」
一人の若者が、そう語った。

私たちは、神から多くを与えられ、生かされているのだ。
そうした揺るぎない一貫した一本の柱が、映画を貫いている。

「世の中に役立つ人になるために勉強するのだ。」
と、中学生が語り、老人は、
「死ぬことなんて怖くない。」
と言ってのける。

「怖いのは、何もしない人生になってしまうこと。」
そうとも語る。

「人生とは何か」を暗示するいいドキュメンタリーになっていた。

時折真実を語る出演者の言葉に、なぜだか涙が出てくる…。
恐らくは、どこか共感する部分があるのだろう。

若者たちはこれからもっと活躍し、日本そして世界を席巻に違いない。

2019年08月29日

責任を負う

「いじめによる転校生徒を出してしまったことは、すべて私の責任です。」
職員会議で、学年主任が涙ながらに語った。

「いじめた生徒が悪い。」
「いじめられる側にも責任がある。」
などと、逃げの姿勢のスタイルよりも、教師側に責任を求める方がいい。

縁あって関わった生徒を、善導し、育てていくのが私たち教師の務めだ。
事故あって、それが成し遂げられなくなった場合は、やはり教師の責任と言えよう。

そうやって自分を責めすぎてもまずいが、責任逃れはダメだ。
我々は教育のプロなのだから、何らかの失敗があれば、それを次に生かさなくてはならない。
そして、その失敗を共有し、同じ失敗を繰り返さない知恵も必要だろう。

その話を聞き、
「私にはまだまだ矢面に立てるほどのエネルギーはないな…。」
と思ってしまった。

今の心境ならば、担任や学年主任をお願いされても、引き受ける自信も、パワーもない。

だいぶ力は貯まりつつあるが、まだまだだ。

「担任としての指導が行き届かず…。」
転校生徒のクラスの担任も語る。

状況の共有のための会議だ。別につるし上げの場でもなければ、反省だけの場でもない。

何かの事件が起こったとき、ほかのものにその原因を求めてしまうマインドは、「自己責任の放棄」である。

人は、概して疲れたときや、精神的にまいっているときはそうした傾向になりやすい。
自分自身もそうした経験は数多くあるのだから、私はそのことを責めようとも思わない。

「親の心子知らず」ならぬ、「教師の心親知らず」の場面は、おうおうにして起こる。

我々プロは、罵詈雑言、悪口雑言に耐え、信じる道を歩むしかないのだろう。

2019年08月28日

親の気持ち

親は子供ためならば何でもする。
この歳になって、その気持ちが非常によく分かるようになった。

教員である限り、理不尽な保護者の要求もあるが、概してそれは、「子供のためを思って」、という場合である。

たとえそれが、「将来的には子供ためにはならない」、と思われることであっても、親は子供ために死力を尽くす。

なんと言っても、最後まで子供を護るのは親なのだ。
その姿を見て、親子の絆を深める場合もあれば、逆にさらに距離ができてしまうこともある。

先日転校した生徒の父親は、受け入れ先の公立中学校に不満を抱き、早速教育委員会に電話を入れた。自分たちの要望が通らなかったからである。そして、母親は「以前いた学校では、何もしてくれなかった」、と学校に訴えた。

そうなると心配してしまう公立学校側は、再度、私たちの学校に連絡をしてくる。
「保護者の言っていることは、本当に正しいのでしょうか…。」
となる。

恐らくは、期待して入学し、楽しく学校生活を送っていたはずなのに、挫折してしまったことへのいらだちと、やるせない気持ちが、気持ちを混乱させているのだろう。

親戚らを説得して入学させ、何年も前から授業料等の金策に走り、期待をかけて通学させてきたのだ。
それが、何ヶ月かの不登校という期間を経て、転校となった。

学校としては義務教育でもあり、転校なのだが、保護者からみれば、『退学』という意識だろうし、親子ともに大きな挫折体験であろう。

私の学校の校長が、自宅に謝罪に行くことを連絡したが、保護者はそれを拒否した。
「電話で十分」、と言うのである。

彼等の混乱は当分続くだろう。
そして、受け入れてくれた公立中学校の混乱も続いてしまうに違いない。

一人の人間を育てることは、こんなにも大変なのだ。

いじめた側とされる生徒たちは、
「俺たち納得できません…。」
と、訴えてきた。

そこに保護者も、「話を聞きたい」と、昨日は来校した。
子供が困った姿を見て、いても経ってもいられなくなったのだ。

傷は大きい…。




2019年08月27日

いじめによる転校

人には強い者と弱い者がいる。
言葉の達者の者もいれば、朴訥としてなかなか話せない人もいる。
念力が強く、強面で、その人の一言が、大きく他に影響を与える人もいる。

社会はもちろん、学校の中でも、いろいろな生徒の中にそうした人間は存在する。
そこにいじめの芽ができる。

グループは当然、強い者がリーダー的存在になり、その雰囲気と、グループにいれば安心という思いから、接近してくる人もいる。
誰かに頼りたい、という思いなのだろうが、主体性の強い人は、あえてそうしたグループと距離を置く。

グループにいることが、傘下のメンバーとしての安心と安全が確保されるわけだ。
だから、そのグループから追い出されたり、追い出されそうになる発言をされると、焦る。
そのリアリティが高ければ高いほど、本人は動揺し、自分で自分を追い込んでいく。

最近は、『出荷』という言葉が流行っているそうだ。
いわゆる、「グループから追い出す」という意味なのだが、この一言で悩み苦しみ、学校を転校して行った生徒が出た。

実際は一学期から学校に来てはいなかったのだが、ここにきて、転校となったのだ。

今日の学年集会で学年主任が言う。
「○○君は、ずっと悩み苦しんで来ました。学校に来たくても恐怖で来られませんでした。」

大方の生徒は真剣に聞いていたが、実際「いじめ」と認定されてしまった当事者二人の心中は穏やかではなかっただろう。

恐らくは冷めた目で、「先生たちは信用できない…」、と思ったに違いない。

「結局は俺たちが加害者で、俺たちが悪なんだ。」

私の学校では、きちんと善悪を教える。
「いじめられた側も悪かった…」、というスタンスはとらない。

「見て見ぬ振り」も同罪。
「その勇気のなさを反省せよ」、という訳だ。

傷ついているのは、転校した生徒だけではないのだ。

社会では必ずこうしたトラブルが起こる。
学校だけの問題ではない。

大切なのは『愛』の心だ。
相手を思いやる心だ。

「この言葉が相手を傷つけることはないか」、と、その先を予想できる習慣も欲しい。

強き者は弱き者を助ける義務がある。
強き者だって、弱い部分を持っているのだ。そうした部分を弱き者がフォローしながら、真の友情関係が築かれていく。

ちょっと後味の悪い学年集会ではあったが、私も支えていかねば…。








2019年08月26日

練習中止

始業式に試合で不在だったので、私にとっては実質今日が二学期の初日。

夏休みを過ぎると、背が伸びていたり、顔つきが大人びていたり、真っ黒に日焼けしていたり、と久しぶりに見る生徒たちの姿が頼もしい。

しかし体力的にフルタイムに慣れていない私は、授業はもさっとしたものになってしまった。
明らかに準備不足なのだが、今ひとつ気合いが入らないのは、夏の疲れだろうか。

このところ朝晩はめっきり涼しくなった。
もりかしたら、朝は20℃を下回っているかしらん、と思うほど、Tシャツ一枚で愛犬の散歩に行くことはもうできない感じ。爽やかな空気が気持ちよいが、いつの間にか虫の音の季節になっている。

この地の秋は短いので、9月の末に稲の刈り入れが終わると、あっという間に冬に近づく…。
このところ日の出も遅くなり、日の入りも早くなった。
部活時間もどんどん短くなってしまう。

放課後の部活動も本格スタートだ。
ところがである。
「丹澤先生、J君が宿題再提出になっています。」
と言う。

私は、「新学期に一人でも未提出者や再提出者がいたら、活動をしない!」、と夏休み中から宣言していた。
おまけに、水着を忘れたことによる体育の水泳の授業を見学した生徒、喉が痛いと自首的に水泳を見学した生徒がいた。

そんな生徒が部活動に参加して言い訳がない。
部活動も見学するのなら話は別だが、元気なのである。

…と言うわけで、今日は練習中止。
一切の自主練も禁止した。

本来連帯責任は好まないが、チームプレーはどこかでミスが起こると、そのフォローができなければ、全体が崩れていく。

今回の再提出や、忘れ物は、フォローしようと思えばできることだ。

少ないメンバーながらも、さらにチームが一体化するためには、こうした手段もやむを得まい。

周りを見る目。
お互いをフォローする意識と行動。

こんな心遣いを育てたい。

2019年08月25日

落ち着いた日曜日

四、五日前、隠れ家の集落の班長さんから電話が入った。
最初は誰だか分からなかったが、よく聞くと『草刈り』の話。
その話で、班長を務めてる方からの電話と分かった。

この田舎に移って10年あまりになるが、今でも、なまった言葉がすべて理解できるわけではない。
面と向かって話すときは、8割方理解し、ほぼコミュニケーションに問題はないが、電話となると状況は一変する。班長さんからの電話の理解度は5割程度といったところか…。

だから、『草刈り』の時間も、その他の話もよく分からなかった。
本当は、回覧板で連絡がくるところだが、今回は回覧板が回ってこなかったのだ。
届いたのは、昨日の夕方。どうやらどなたかが止めてたらしい…。

今朝は愛犬の散歩が終わる頃には、皆さん草刈りを始めていた。
一歩遅れをとったという感じ…。

田舎のこうした活動は、時間に遅れるということはあり得ない。
それどころか、十分も二十分も、三十分も早く始まることが多い。

急いで刈払機の燃料を入れ、草刈りを始めた。

一頃よりもずいぶん涼しくなって大分助かったが、それでも小一時間草刈りしているだけで汗だくになる。
草刈りの始まりも三々五々ならば、終わるのも三々五々。

おのおのの定められた領域を終え、他の人も概ね終わったならば、そこで終了。

草刈り後は、例によって野球部の練習。
昨日の大敗に今日の練習はどうかな…、と思ったが、まあ、少しだけ気合いが入っていた感じ…。

朝晩は涼しいのだが、日中の日差しの強さは、一頃のものと変わらない。
ジリジリとした焼ける日差しが容赦なく降り注ぐ…。

今日は、彼等に粗相があって、全員5キロ先のグランドまで走って行くことになったこともあり、全員が汗だくだ。

日差しが強い日なたには、ブヨがあまりいないのがせめてもの救い。
以前早朝練習時は、涼しかったのだが、ブヨだらけでもあったのだ。

少しずつしか上達はしないが、それでも手応えはある。
彼等の一生懸命さが、伝わってくるからだ。

「先生、明日から学校ですよね…。」
「いやいや、昨日が始業式だよ。」

と、たわいのない会話で笑いが起きる。

練習は午前で終了。
このくらいの運動量でちょうどいいようだ。

土曜日に出勤しないと、ちょっと日曜日が気楽になるのは気のせいか…。
いろいろな仕事があっても、精神的にリラックスするように思えるのだ。

夕方の愛犬お散歩時には、途中でにわか雨にやられた。
本日三回目のシャワーを浴びることになった…。












2019年08月24日

大量失点

今日は二学期の始業式。
それでも、大会がなのであった…。
しかし、公式戦2戦目もほろ苦い結果になった。

初勝利に浮かれていた彼等は、強豪校相手に緊張気味。
先日の元気さもどこへやら…。
とにかく、二年生が固くなっている。

一年生は相変わらずの元気。
心から野球を楽しんでいる感じ…。

二年生ピッチャーなら、少し試合を作ることができるだろうと、先発をさせたが、球には気持ちが入っていないように見えた。

自意識過剰なのである。
ピッチャーは大体そうだ。
自分勝手と言えば、かわいそうだが、やや自己中な部分がないと、孤独に打ち勝ちマウンドで投げることなどできない。

そこそこ打ち取ったが、その球を固くなった野手たちが、ことごとくセーフにする。
エラーのオンパレードだ。

とにかく守備はスピード勝負。
一つのミスでアウトを逃し、さらにミスを重ねれば、ランナーが次々と進む。

気がつけば大量得点を取られ、試合は終わった。

新チームであるのはどこの学校も同じ…。
やっぱり、私の学校選手たちは甘いのかな。

今日は2試合で30点取られた。
それでも、彼等は落ち込むことなく、元気にやっている。
救われるべきは、彼等が自分の苦手なプレーを認識して、それを克服しようとし始めたことだ。

ギリギリメンバーでは、駒が足りない。
競争がないから、のほほんとなる。

この先の課題はまだまだ山積みだ。

どんな気持ちで試合を終え、自ら考えられているかは、野球ノートを見ることにしよう。

2019年08月23日

講習に参加している生徒

地元の学校でも、中3対象の夏期講習は行われる。
誰もが塾へ行くわけではないので、ある意味、サービスなのかも知れない。

それでもお盆明けの講習は、無断欠席者が目立つのだそうだ。

かく言う私の学校でも、今日は講習の最終日。
中学生でも三日間でも午前中に夏期講習が行われる。

教員たちにとっては、久しぶりの授業感覚をつかむことができるし、生徒たちも夏休み明けの二学期に向かう助走期間になる。

幸いあまりサボる生徒はいないが、参加者のモチベーションは、やや低いのかも知れない。
講習時期に部活動がある生徒は、全員参加となるので、仕方なく講習の授業を受けている生徒もいるのだ。

そんな雰囲気は、授業をしていると感じられる。
そういうムードが何となく伝わってくるのだ。

「講習を受けて偉いな…」、と思う一方、「気合いを入れてな…」、とも訴えたくなる。

なかなか勉強の好きな人は少ない。
それでも頑張って、将来のために、そして社会のために勉強している。

「丹澤先生、授業中解けなかったんですけど、もう一回やったら解けました!」
と、嬉しそうに中1の生徒が飛び跳ねていた。

数学は解ければ楽しい。
その積み重ねが、数学好きにするのだろう。

そしてまた、『解ける』ことが、モチベーションを高め、数学嫌いを減らすのだろう。

「私の学校の数学科では、数学嫌いを作らないで欲しいのです…。」
この春赴任した新しい校長が教科会で訴えた。

もう嫌いになってしまった生徒たちはともかく、新たに数学嫌いを増やさないよう、私たちも全力を尽くそう。

幸い頭の悪い私は、できない生徒の気持ちが分かる。

根気よく、辛抱強く、生徒たちと関わっていかねば…。

2019年08月22日

初勝利

講習二日目にも関わらず、練習試合なのである。
代講をお願いして、練習試合に出掛けた。

5時前の愛犬の散歩の時には、月が見えていたのに、その後小一時間ほど結構な雨が降った。
「今日は中止です。」
という、連絡を怖れつつ、出発。

グランドはすでに内野部分の水取りがされていて、相手校もやる気十分。

お互い、次の土曜日に向けて、試合を通して調整したかったのだ。

対戦校は、8月の初めの試合で、私のチームのキャプテンが熱中症になり、代わりの選手が出せず、没収し合いになった時のチーム。

私の学校にとってはリベンジのようなもの。
最後まで試合ができなかった消化不良感があったので、「平日にでも…」と、練習試合をお願いしていていたのだ。

相手校だってグランドはソフトボール部とサッカー部と共有している。
だから、その調整に時間がかかって、なかなか連絡が来なかったのだが、数日前に「OK」が出た。

私は、「練習試合では、お互いが学ぶところがないといけない」、と思っている。
それさえあれば、どんなに実力差があるチーム同士の対戦でも、お互い学びがある。

今日の試合では、相手校には、私のチームのよい部分を少しお見せすることができたと思う。
逆に、相手チームからも学ぶべき点があった。

と共に、最終回で、さよなら逆転勝ちを得たのだ。
新チーム初勝利。
単独チームでの勝ちは、何年ぶりだろう点。

「今日の勝ちは、この間の三日間の早朝練習が効いているんだよ。」
そう、選手たちを励まして、モチベーションを高める。

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。」
何度も登場いただいているが、野村監督の言葉だ。

まだまだ課題は多いが、とりあえず練習したことは試合で試せた。
エンドランもスクイズも決めることができた。

彼等はもっと楽しくなって、練習に精を出すだろう。

守備のときは、お互いの監督が審判をするという、過酷な中での練習試合だったが、いい試合になった。

初勝利のスコアは、相手校の副顧問の先生からコピーを頂いた。
大切に保管しておこう。









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