2019年06月30日

雨の休日

雨でまたしても練習試合が中止になった。
これで、総体本番まで試合なく、当日を迎えることになる。
計画した練習試合は6試合。そのうち4回が雨で流れた。

同じ地区のどこの学校も、天気は変わらないので、状況は一緒なのだろうが、今年の梅雨は雨が多い。しかも、試合を予定している週末になると雨が降る。

今朝も、「誰だ、雨男は?」、と声を掛けたが、中3の先日ガラスを割った奴だ。
「どうせ勝負にならないから、さっさと大会が終わってしまえばいい…」、と思っているフシがある。

昨晩から予想はされたとはいえ、今日の試合が中止になったのは痛かった。

おかげで、隠れ家で一日過ごすことはできたが、雨が降ると、できることが限られている。

「雨の音っていいですよね…。」
よく、隠れ家に来てくれる高校生がつぶやく。
彼は野球部のコーチをしてくれていたが、めっき顔を出さなくなった。

夕方、雨が上がったので、ベランダの排水溝を掃除して水を流す。
そして愛犬の散歩。
今日はせっかく風呂で洗ったのに、また、どんどん草の中に入っていく。

明日からは期末考査一週間前。
原則部活動は中止だが、さすがに大会前なので、少し練習をする。

昨日、今日の練習中止で、彼らに勉強を時間を与えたのだが、有効に使えただろうか。

「音楽聴きながら勉強していいですか?」
「スマホ持ってきていいですか?

良いわけない。
どう考えてもスマホは遊び道具だ。
せめて、学校にいるときくらいは触らないのが救いかな、とも思うが、それ以外の時間は肌身離さず持っているのだから、良いのか悪いのかも分からなくなる。

今回は、ちょっと忙しい試験前になりそうだ。

そうそう、昨日の教頭との面談。
「まっく戦力にならなくてすいません。」
と、言っておいた。

「心の平静が大切ですから…。今年はそういう人事だと思いますよ。」
と教頭。

できることを、焦らず、少しずつやっていこう。












2019年06月29日

モノで釣る

私がいつも持っている授業の道具に、指示棒がある。
指示棒と言っても既製品ではなく、ホームセンターで売っている直径1センチくらいの丸棒を半分に切って、40センチくらいにしてある。
全部で4本。
普段は、1本だけ持ち歩くが、空間座標の導入時には3本+1本、空間内の直線や平面の位置関係の授業時には、3本持って行く。
通称、『相(愛)棒』、英語ではラブスティックと呼ぶ。

空間座標の導入には、併せて4次元座標の話もするので、そのための余分の1本である。

教員人生の中で、相棒を持たなかった時は、ほとんどないのだが、昨年の授業アンケートに、
「丹澤先生の棒が黒板とぶつかる音で、繊細なカルタ耳が壊れるのでやめてください。」
と、書かれてしまった。
以来、そのクラスでは、『愛棒』を授業で使うことはなくなった。

今日は、中1の空間内の直線や平面の位置関係の授業。
昨年のクレームを受けたクラスとも違うし、「よし、久しぶりの『愛棒』だ」、と、私は楽しく授業に臨んだ。

私の『愛棒』は、直線を意味する。
平面は、下敷きだったり、ノートだったり、時に机でもいい。

生徒たちは、モノを見ることで、記憶に定着する。

この辺りの教材は、CG動画もあるので、それを併用しながら、空間内の図形の位置関係を説明し、実際に演習を行った。


教具があると、生徒の目を一点に集中させることができる。
既製品は目が飛び出るほど高価だが、工夫すれば、いくらでも代表できるものはある。

それに併せて、昨今流行のCGがあれば、鬼に金棒だろう。

だが、「目で見て分かったつもり…」、では実際の問題が解けないこともあるので、私は、「見たらすぐに解く」、ことをさせている。

これも、モノで釣ることになるのかな…。
ふと、チーズやサツマイモを欲しがる愛犬の姿を思い出した。












posted by 丹澤三郎 at 21:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 数学

2019年06月28日

ブルーな会議

週一回の教科会があった。

αクラスの進度が速すぎるというクレームが来ているというのだ。
先週その話題が出たのだが、教科主任は、「ペースを落とす、ということでいいですよね」、とスルーしたのだ。
クレームを入れた保護者は、私を天敵とし、隙あら攻撃し続けようという方。
私も嫌われたものだ。

昨年度の学年を外れたのも、この保護者がいることがその原因の一つ。
ここ2年間、私はダメージを受け続け、ついにキャパシティを超えてしまった。

その生徒は、中2の三学期で成績不振だったので、クラスをβクラスに移したのだが、それが気に入らなかったのか、さらに激しい攻撃をしてきた訳だ。

先週の教科会では、「人数を減らして、あまりレベルを下げないように…」、という方針だったのだが、一週間たったら、「速度を落とす」、ことに変わっていた。

そのレジュメを見た私は、なんとなく気分も乗らず、会議中ひと言も発言しなかった。
この件について、振られたわけでもなく、答える機会もなかったのだが、私自身、答える気持ちもわかなかった。

「私はここに居続けてもいいのだろうか。」
という思いがよぎる。

「今年は静かにしていようと思っているのだ。」
と、自分自身に言い聞かせつつも、「この先の自分はどうなるのかな…」、という不安にもなる。

ニュースを見ていたら、今日は公務員の賞与支給日だという。
その平均額は72万円だそうだ。

ここ12年、給料が全く変わらず、この夏も賞与が出るかどうかも分からない私にとっては、雲の上の世界だ。

体調的には回復しつつあるが、精神的にはまだまだ這い上がれていない。
いろいろ思い巡らすのも貪・瞋・癡の執着なのだろう。

明日は、教頭との人事面談がある。
教頭が私にヒアリングして、校長に報告するのだという。

今は、愛犬との散歩が至福の時間。
あっと、生徒と遊んでいる時も楽しいね。












2019年06月27日

老眼が進む…

ここ数ヶ月で、ますます老眼が進んだ。
大きな字しか読めなくなったし、授業でも問題集の細かな時の解答を見るときは、眼鏡が欲しくなった。

そうなると、当然のことながら、生活する場所の各所に老眼鏡が欲しくなる訳で、私の場合も、学校の職員室、自宅の机、持ち歩き用等々、何本もの老眼鏡が配備してある。

幸い安価な眼鏡で事足りるのがせめてもの救いだ。

老眼が進んだとき、近視が改善されてしまい、両眼とも1.5に戻った。
それはそれで、ありがたかったのだが、このところの進行はいただけない。

教員として、様々な本を読む、ことは必須条件なのだが、最近は眼鏡がないと、難儀する。
当然、裸眼で読むよりも疲れてしまうので、長い間の読書は苦しくなる。

もはや眼鏡なしでは、辞書や文庫本を読むのは無理である。

以前は、「離せば見える」、と強がって、教科書を離して見ながら、累乗の数字を判定していたが、昨今は離しても見えなくなってきた。

だが、生徒の表情は、はっきりくっきり見える。
それがせめてもの救い。

授業中、彼らの豊かな表情が分かるのは、大変ありがたい。
私の話を聞いているのか聞いていないのか、理解しているのか理解していないのかは、彼らのかすかな表情と、伝わってくるインスピレーションで、分かるのである。

「丹澤先生、老眼ですか?」
「そうだよ。何か文句あるか?」
笑いが起こると、
「誰だ、笑ったのは…。」
と、にこにこ笑いながら彼らをたしなめる。

多少は不便ではあるが、それを逆手にとっての授業展開になる。

「君たちも、あと40年もすれば、老眼になるんだぞ。」
と、負け惜しみを言ってみたが、彼らの時代には医療が進歩して、何らかの解決方法ができているかも知れない。

歳を取ると、若い頃のように身体を動かすことはできなくなる。
運動会で、若い頃のように、全力で走ることもできないし、そんなことをしたら大怪我をするだろう。
子供たちと追いかけっこもできないし、じゃれ合うことも難しくなる。

それでも知恵と経験によって補うことは可能だ。

生徒を愛せる限り、この仕事は続けていけると思うのだ。












2019年06月26日

βクラスの授業

中1の数学の授業での話。
αクラスだったら、何でもない教科書の例題も、βクラスでは苦戦する。
今日は、幾何で、円周率をπで表し、円がらみの面積や、その周の長さを求めようというもの。

「面積は?
「πr2乗」
「円周は?」
「2πr」

と、ここまではOK。
ここで半径をaに変える。
これも大丈夫。

だが、半径がa/2になると、途端に躓く。

私の学校では代数と幾何を同時並行で授業しているのだが、代数で習った文字式の計算が、まだまだ怪しいのである。

だから、a/2の2乗にπを掛けて、半径aの円の半分の面積と合わせるとなると、いきなり文字式の通分になり、これまたハードルが上がる。

「通分すれば計算できますね。」
などと、手抜きの説明をしていたαクラスの時の授業とは全く違う展開が求められる。

中2でもルート2マイナス三分のルート2の計算が厳しい生徒がいた。
計算方法は、a−a/3と同じなのだが、1−1/3と同じようには計算できないのだ。

さすがに中2はαクラスなので、そういう生徒は一人だけだが、中1ではそうした生徒を作らないように、工夫せねば…。

久しぶりのβクラスに、思わぬ落とし穴にはまってしまった。

授業後、ある生徒が、
「先生、どうやったら幾何が分かるようになりますか?」
と声を掛けてきた。

今日の授業にはついてこれなかったのである。
私の敗北である。

また明日、仕切り直しだ。













posted by 丹澤三郎 at 20:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 数学

2019年06月25日

生徒との距離

最近の私は、あまり学校の運営について口出ししなくなった。
以前のように主任会議にも参加することもなく、担任も主任も外れ、ある意味,静かにしている。

もっとも、性格的にはそういうことが得意な訳でも、好きなわけでもない。
長い教員生活の中で、「こうするとうまくいくよ」、と老人の戯言をいっているだけなのだが、礼儀知らずで、言葉も過激なために、皆が嫌煙し、いつしか私の言うことは、聞き流されるようになったと思われる。

だが、それもまたよし。
「やるからには、人の二倍、三倍、十倍仕事をせよ。」
社会人になりたての頃から、そう教えられ、実践(らしきこと)をしてきたが、それが故にトラブルになってしまうことも多かったように思う。

最初に勤めた職場を去ることになったとき、私の母は、
「やり過ぎたんだろ。」
と、つぶやいた。
今から思えば、確かにその通りだったのかも知れない。

私の教育スタイルは、生徒との距離が近い。
近いが故に関係は密になるが、その分リスクも大きかった。
立場的に親に近づきすぎたこともあった。

その反省からか、最近は「生徒との距離が以前より遠いな…」、と思うことが多い。
絶妙な距離感を作るのは難しいのだが、今は試行錯誤しながらいろいろ試しているところだ。

生徒と近づきすぎると、思い入れが大きくなって、ついつい厳しくなる。
離れ過ぎると、関心が薄くなり、「まぁ、いいんじゃないの」、という具合にほったらかしになる。

「丹澤先生は、すっと生徒の中に入って行けてすごいですね…。」
以前、こんなことを言われたことがある。

確かに、臆することなく、飛び込んではいける。
彼らの迷惑を考えることなく、お邪魔虫になるのである。

寛容な生徒たちは、快く私を受け入れてくれるが、そういう生徒ばかりではあるまい。
「また丹澤が来たよ…」、と思っている生徒もいるだろう。

「単なる自己満足なのかな。」

この歳になって、ますます距離感が分からなくなった。

「だが、私は子供が好きなのだ。彼らと過ごしていると楽しいのだ。」
これだけは間違いない。

それが特技で、唯一の救いなのだろう。












2019年06月24日

顔を上げてごらん

近隣の学校では、不登校生徒を学校の先生が迎えに行くそうだ。
車で迎えに行き、そのまま学校に連れてくるという。

本来、そうしたサービスはないのだが、「自分の学校の生徒」という思いが強ければ、学年、学校をあげて、自宅まで迎えに行くことになる。

都市部の強気の私立学校ならば、放っておかれて、一定期間後に、「出席日数が足りなくなりました」、と、退学なり転校を促すことになるのだろう。

私が最初に勤めた学校で、高校で初めて担任を持ったとき、オリエンテーション期間に行った遠足に行きそびれた生徒が、そのまま不登校になった。

現地集合だったが、集合時間に間に合わず、そのまま帰宅してしまったのだ。

初めて担任した私は、彼の家に何度も家庭訪問をした。
そのたびに、両親は快く迎えてくれたが、不登校になった理由は、彼らも分からなかったようだ。

生徒は、何かきっかけで不登校になることがある。
それは、ほんの些細な事なのだから、それが引き金になって、どーんと心境が落ちていく。
彼の場合、遠足がその引き金になった。

以来、彼は一度も登校することなく、学校を去って行った。
その間、私は週に一度程度、家庭を訪ね、彼のそばに寄り添った。

彼の名前は『ユースケ』と言う。
昼夜逆転してゲームをして過ごし、家族とは一切顔を合わせず、部屋には鍵を掛けて閉じこもる。
腹が減ると、冷蔵庫をあさって、何かを食べるが、それは家族が寝静まったあと。
彼がしているゲームの主人公名も『ユースケ』だった。

私は彼の部屋にも入れたが、大した会話はできなかった。
おそらく彼は、「自分は最初に躓いたのだから、もう学校に行く気はない」、と心に決めていたのだろう。

今から、もう三十年近く前のことだ。

昨日、ある担任が、不登校になった生徒の家庭を訪ねた。
本人を励ますため、友人3人を連れ、遠くの町に引きこもってしまった彼のもとを訪ねたと言う。
往復6時間の運転は、さぞかしお疲れだろうが、おそらくは、「やるべきことはやっている」、という自負はあるに違いない。

「先生、昨日○○君と卓球とテニスをしてきましたよ。」

嬉しそうに話す彼は、○○の友達だ。

結局、今日から登校することはなかったが、これが別の引き金になるといい。

人は、心境が落ちると、なかなか上がってくるのが難しいものだ。
かく言う私も、まだまだ浮上しきれていないかも知れない。

彼らに必要なのは、同情ではなく、信頼と承認だ。
自分の存在が認められ、承認されてこそ、帰属意識が芽生えてくるのだ。

こんなときに、「人は助け合って生きているのだな」、と改めて思う。

『そんなに頑張らなくてもいいけど、少し顔を上げてごらん。空には虹が見えているから…。』




2019年06月23日

日曜日の過ごし方

最近の日曜日のパターン。
午前に部活して、午後から隠れ家で、いろいろ作業をしたり、昼寝したりして過ごす。

さすがに、昨日の試合のあと。気合いが入っていた。
だが、中2の一人が熱発。中1の一人はお出かけ。また、ユニフォームを昨日のうちに洗濯していない人は、練習に参加させなかった。

試合後、遊んでいる時間があっても、借りたユニフォームの洗濯すらしない奴に、練習に参加する資格はない。

隠れ家の納屋にネットカメラをつけてから、いつでも愛犬の様子を見ていられるようになった。
隠れ家にいるときは、できる限り一緒にいるが、最近、夜になると、吠えることがあるのだ。
もう一台のカメラに見ても、何に吠えているのか分からないのだが、激しく吠えるのは、近所迷惑でもある。

幸い、隣家は空き家で、その隣の方は、寛容で優しい方なので、大丈夫とは思うが、やはり田舎の夜は気を遣う。皆、朝が早いのだ。

今日は、じゃがいもの収穫。
雨上がりで、土がやや湿ってはいたが、これ以上埋めておけないので、一気に掘り出した。
残り芋からのじゃがいもなので、小ぶりだが、土がいいのでよく育っている。
少し乾かしてから、お裾分けしよう。

裏庭に真竹が出ていたので、すぐに茹でたのだが、火を消したつもりが、つけっぱなしで、焦がしてしまった。これでは食べられない。
前回美味しくいただいただけに、ちょっと残念。

隠れ家では、やることは無限にあるが、腰を落ち着け、のんびりしていると、どんどん先延ばしになってしまう。

いやはや、困った困った…。

それでも、気持ちをリフレッシュし、明日への活力となるなら、それも良かろう。

部員たちの野球ノートは、しっかり自分自身を見つめられていたようだ。

次の試合に活かせるといい。

そのためにも、私も英気を養わねば…。









2019年06月22日

四年ぶりの単独チーム

私の学校は土曜日も授業があるので、4時間目が終わった直後に、掃除や帰りの会をお休みさせていただいて、練習試合に向かった。

3時間目の頃には、大雨になり、「今日も練習試合はお流れか…。それもまたいいかな…」、などと複雑な心境に陥ったが、その後すぐに晴れて蒸し暑くなった。

それでも、黒雲がやってきて、雨が降ったりやんだりの天気。
一度でも「ゴロゴロ」と聞こえたら、即刻試合は中止になってしまうのだが、今日は、一度も雷鳴はとどろかなかった。

総体から単独チームで大会に出るという、大変な状況の中、「せめて練習試合くらいは経験しておかないと…」と、総体には出ないであろう、中2、中1のメンバー相手の練習試合を組んでみたのだ。

結果は、一試合目が16点の失点、二試合目が14点の失点と、合計30点を献上した。
一年生ピッチャーや、一年生キャッチャーを積極的に使っての試合。
エラーばかりで、次々と失点をしたが、元気もよく、初戦としては、まずまずだろう。
「悔しさを感じてくれたらいいな。」
と、思っているが、いやいや彼等は試合に出られたことだけで満足なのかも知れない。

あともう一回、大会までの練習試合を組んでいるが、雨ならばできないわけで、そうなると今日の試合が総体前最後の試合にもなり得る。

できることは限られているが、少しでもプレーのクオリティを上げるしかない。

少ない人数で、ピッチャー3人、キャッチャー2人の目処がついたという収穫も大きい。

下手でもいいのだ。
一生懸命プレーしている姿が、相手チームの心をも動かす。

それにしても、もう少しまともな試合ができないか、とも思うが、まぁ、最初はこんなものだろう。

卒業した先輩に聞くと、単独チームでの練習試合は、実に4年ぶりだそうだ。
これはすごい。

中学だけ見れば、中1から中3まで、ずっと合同チームだった代がいるということになる。
確かに、今、高校野球をやっている高2は、そういう状況で、自分たちだけのチームで試合に出たことはなかった。

すごいじゃないか、単独チーム。

「ずいぶん、増えましたね…。」
ゴールデンウイークの頃は、3人で参加した大会も、今や11名で試合に出掛けられる。

ちょっと疲れたけど、心地よい疲れ。
面白い一日となった。












2019年06月21日

社会科見学

初の社会科見学を行った。
以前から、秋に遠足を実施していたが、遠足だか、社会科見学か分からないような位置づけだった。
そのため、学年で企画しても、直前になって校長がひっくり返したり、コースにとってつけたようなおかしな見学場所が入れられたりと、ギクシャクしていたのだ。

私は以前から、「中学生には『社会科見学』を別に実施して欲しい」、と懇願していたが、「これ以上保護者に負担はかけられない」とか、「授業時間が減る」、などと言われ、即却下。
ところが、今年はいきなり社会科見学が実施されたのだ。
社会科の先生が、提案したら、あっという間に主任会議で通ったらしい。

だから、今日の社会科見学は、「楽しみ」である一方、複雑な気持ちでもあったのだ。

私の所属する中2は、今市と日光に行った。
今市で、二宮尊徳を学び、日光で世界遺産を巡る、という盛りだくさんの企画。

二宮尊徳記念館は二年前に、尊徳最期の地にオープンしたもの。
学芸員の解説は、話が止まらず、滞在時間いっぱいいっぱいお話くださった。
この地は、皆が尊徳を尊敬してやまないので、思い入れも大きいのだろう。

出かけるバスの中で、『そのとき歴史は動いた』の映像を見ていたので、ますます理解が深まる。
いかに人徳によって人を導き続けたかが、よく分かった。

日光では、時間がやや短かかったが、社会科の先生の事前指導もあり、有意義な班別行動ができた。

私はあまりぶらぶらせず、班行動を待って、あまり移動しなかったのだが、そこに来る団体客のガイドの話を聞いているうちに、知識がどんどん増えていく。

実に面白い。
生徒たちがどこまで理解するかは分からないが、この経験はきっと長く記憶に残るだろう。

班ごとの写真撮影も、わざと外国人にお願いするよう指示したら、ほとんどの班が実践できて、これまた貴重な交流経験ができた模様。

昼食は、『湯波定食』を食べさせたが、日光らしくて、これまたいい経験になっただろう。

人は学びを得ることに、喜びを感じるものだ。
時間も守れ、見学態度も、挨拶も大変よろしく、いい社会科見学になった。

学年主任の指導力には脱帽。
私だったらキリキリして終わっただろう。

私自身、いろいろな意味で学びの多い日となった。












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