2018年11月17日

中高合同強化練習会

今日は、中高合同での強化練習会が行われた。

私の県では、高野連と学体連で、年一回合同の練習会が行われている。
高校野球の関係者が中学生に野球の指導するという練習会だ。

高校側からすれば、「中学校野球部の選手をできるだけ高校野球に取り組みたい」訳で、高校野球(硬式野球)の魅力をアピールできる場でもある。

一方、中学側からすれば、「高校野球のレベルの高さを知ると共に、高校の野球部監督らから直接教わることで、また新たな気持ちで野球の練習のモチベーションを高めることができる」という訳である。
また、地元の高校ならば、中学野球部経験者も多いので、中学側の監督からすれば、「高校で野球を続けている教え子たちの活躍の姿を見ることのできる貴重な機会」でもあるのだ。
事実今日は、あちらこちらでミニ同窓会が行われていた。

このシステムが始まって、もう二十年近くになるらしい。
以前は、各校から代表4名だけが参加して、それを各チームに戻って伝達するシステムだったが、今年からは、希望する中学2年生は全員が参加できるように、高校の会場も増やされた。

中高の指導者たちは、事前に打ち合わせもしており、「飲み会」もあるので、お互いが顔見知りだ。地方の先生の交流は深いのだ。

さて、各中学校からやってきた野球部員は、先生の指導が徹底されているだけあって、元気はいいし、挨拶や返事も完璧。動きもキビキビしている。しかも、それぞれの学校のリーダー的役割も兼ねていることが多いこともあって、人数が多くても整然としている。

私は、何だか久しぶりに、往年の『運動部としての姿』を見たような気がした。
昨今は、こうしたある意味保守的な指導が、保護者や他の教員から嫌われる傾向があるが、実際にこの姿を見れば、生徒の教育としては間違っていないように思える。

もちろん、超保守的な高野連の体質が、行き過ぎになりがちだということも知っている。
ただ、そこに所属している部員たちが、「楽しく機嫌良く、さらには自分の夢や希望を持ちつつ、勝負の世界の厳しさを知りながら、社会で必要な徳目を一つひとつ学んでいる姿」は、決して否定できるものではないだろうと思う。

教育には、いろいろな方法があるので、この方法が「気持ち悪い」という人は、やらなければいい。
別の方法があるだろう。ただし、「この方法がいい」と思っている、生徒や保護者もいることも事実だ。

実際の練習内容だが、今年はかなり実践的で、中学生にはかなり刺激的なものであった。
ここでは詳しくは触れないが、高校の監督のノックを受けたり、個別指導を受けたり、体験として公式でフリーバッティングさせてもらったり、マシンで硬球を打つ、という経験は、野球好きの中学生にはたまらないメニューだったに違いない。

私たち中学側の指導者は、とにかく「怪我のないように」、ドキドキしながらも、そっと見守る。

以前の私なら、自分の学校の生徒のプレーが情けなかったら、
「普段何を指導しているんだ…。」
と、思われるのではないかと、ビクビクしていただろうが、最近はそんな思いは全く起こらない。
自分の指導に自信が出てきたということではなく、自分が逆の立場に立っていたとしたら、「そうした思いは絶対に抱かない」と、確信しているからである。

練習会後、うちの選手には
「緊張感の中で、少し背伸びをするくらいが、いい練習になるし、ぐーんと向上するんだよ。」
と、諭してみた。
彼らも満足げであった。

熱心な中高の野球指導者に囲まれ、私自身も刺激を与えられた一日となった。
時折、
「来年、自分はこの場にいるのかな…。」
という思いがよぎったことは、銘記しておくことにする。









2018年11月16日

遺伝子は引き継がれる

先日、A君が英語の時間をサボって校内をぶらぶらしていたが、今日は音楽の時間にA君に加え、K君もサボっていた。
「正直、やる気が起きないんですよね…。」
先生たちが探し回ったが、見つからず、授業終わる寸前に教室横のトイレに戻ってきた。
「お腹、痛かったんです。」
どちらも理由にならない。

そう言えば、去年の中2も男女問わず、何人もの生徒が授業に出ないで、いろいろな所でぶらぶらしていた。先生に見つかって教室に戻される場合もあったが、たいていは、隠れていて、見つからないことが多かった。

「今年は、そうした『さぼり』はないな…。」
と思っていた矢先に、やっぱり起こった。
こうした遺伝子は、確実に引き継がれるのだ。

また今日は、技術でじゃがいものチェックに外に出たが、一人の生徒S君がそのまま消えた。
聞けば、友達に松ぼっくりをポケットに入れられ、トラブルになったらしい。

人一倍怖がりなS君は、虫を入れられたと思い大騒ぎ。
「謝れ」、「本気で謝れ」などと言い争いになり、結局S君は、そのままどこかに去り、外で傷心を癒やす。

次の時間の家庭科の先生が、S君がいないことを報告してくれて、ようやくその事実に気がつく。
授業中に、
「S君、どうしたの?」
と、尋ねた所、
「いろいろありまして…。」
と、ごまかされたと言う。

休み時間に生徒に尋ねても、ニヤニヤして
「いなくなりました。」
と、言うばかり…。
技術の先生が、探しに行ったら、外にいたという具合だ。

時代が変わり、私自身も生徒たちを理解できなくなってきたのだろうか。

放課後、隣の担任が叫ぶ。
「数学の補講に人が来ていなくて、先生が怒っているんです。」
という。
強制的に補講に参加しなければいけないメンバーがこぞって逃げたのだ。

こんな追いかけっこはしたくない。

何かが間違っている。

生徒たちは、
「もっと本気でぶつかってきて欲しい。」
と、思っているのかも知れない。

最近、教員の生徒との関わりがどんどん薄くなっているような気がする…。








やはり仕事には関心あるらしい

昨日の『仕事について』集会の感想。
日常ではやんちゃな生徒たちも、やはり、仕事には関心があるらしい。
なかなかの感想を書いてきた。

「根本的なルールや、物の管理をしっかりして、人からの信用を受けられるようにすることが大事だと分かりました。」
「一つひとつの行動、言葉に責任を持てていないな、と思った。表では良いことを言っても、裏で愚痴ばかり言っていることを反省しました。」
「『信用』、『約束』、『時間』、『お金』、『礼儀』、『言葉遣い』が、社会に出て成功するために必要なものであることがよく分かりました。」
「社会人としての厳しさを知りました。仕事をすることは、覚悟と責任が課せられるのだ、と改めて感じました。」
「将来仕事をするときに、信用してもらえるように、日常生活の中でも、凡事徹底や自己管理をしっかりできるように頑張ります。」
「礼儀と言葉を正していこうと思いました。僕は、思ったことをすぐ言ってしまうところがあるので、気をつけていきます。」
「体調が悪くても、意地で仕事に行くようなことが、仕事では常識だということが分かりました。また、それが責任につながくるのいだ、ということも分かりました。」
「社会の恐ろしさが分かりました。いかに学校がありがたいかが分かりました。」
「生暖かく暮らしている中で不満を言っているようじゃ、まだまだ甘い、と思いました。」
「いつもルールを守れと注意してもらっているのは、将来のためなのだ、ということがよく分かりました。」
「ほめられることを求めすぎないようにしたいと思いました。」
「今、英語をしっかり勉強する意味が分かりました。」
「今の生活が、社会では通用しないということが、よく分かりました。」

今朝になって、生徒たちが書いた感想を読んだのだが、どの方の話も、彼らの心に響いているようで、感動した。
やはり、身近な人が、身近な話題の中で、その体験を語ることは。、とても説得力がある。

教師がすべてを体験することはできないが、さまざまな人の生き方を学び、研究し、生徒たちに伝えることは、とても大切なことだと思う。

教師自身も、いろいろな経験を通して、学びを深め続けるべきだろう。

一人、感想の中に、
「ブラックだと思った。」
というものがあった。「熱があっても、頑張って仕事に行き、時折嘔吐しながらも仕事を続けた」と、話をした方がいたのだ。
仕事に対する責任の大きさを語ったのだが、昨今のメディアの『ブラック報道』で、正しく伝わらなかったようだ。

もちろん、体調の悪い時まで、無理して仕事をすることまで求められているわけではない。
だが、ちょっとの事で、簡単に仕事を休むことも、許されるものでもない。
仕事はチームでやっている場合が多いので、急に休めば仕事に穴が空く。
それでも周りの人でカバーして、仕事を回していく。
緊急の時には、そうせざるを得ないが、明らかにそうではない場合もあるわけで、このあたりの上司の見極めは、とても難しい。そこにトラブルと、人間関係の崩壊が起こる。

たまには、校長に報告しようと、昨日の集会を報告。
そのとき、校長も民間企業経験者であることを思い出した。
「僕も、会社にいたよ…。」
「よく存じています。校長先生に、学年で話してもらうなんて、恐れ多くて…。学校全体でお話していただきたいのです。」
と、その場を取り繕った。

とにかく仕事は甘くない…。








2018年11月15日

こんな仕事をしていました!

今日の学級活動は、学年集会。
『仕事』をテーマとして、学内の3人の職員にご自身の経験をお話してもらった。

近隣の中学校では、この時期、職業体験をする。
しかし、私の学校ではどうしても実施できない。
だから、せめて『仕事』について知識を与え、来年実施予定の『立志式』に向けて、『社会人の心構え』なども話をしてもらえれば…、という企画したものだ。

イギリスで引っ越し会社で働いていた先生。
引っ越し見積もりを作る仕事の経験をお話しされ、
「何があっても、お客様が第一なのだ。」
と強調された。
また、「時間を守らなければならない」ことも、失敗談を入れてご紹介くださった。

証券会社でセールスマン取りまとめ、経理事務をしていた女性職員。
「仕事は具合が悪くても休めない。」
「何としても責任を果たさなければならない。」
「理不尽に非難をされることは数多いが、褒められることはほとんどない。」
「多くの人に、『いてもらって良かった』と、言えるような仕事をすべき。」
と熱く語ってくださった。

有名小売業の立ち上げに関わった、大手会社の営業マンをしていた職員。
「『時間を守る』ことの大切さ。」
「営業で一番大切なのは、自分自身が『信頼される人』であること。」
「『約束を守る』ことの大切さ」
など、先輩トップセールスマンが、『お金の管理』で失敗して、左遷され、退職していくことになったという経験談などを語り、
「今、社会人に出るための『訓練』をしているのだ。」
と、語ってくださった。

三人三様、どれも説得力があり、聞いている私も面白かった。

生徒たちはメモをしながら、熱心に話を聞いてくれた。

この企画を通して、
「仕事をすることは、生半可なことではない。」
ということは、少し理解できたのではないか、と思う。

また、
「自分たちの今の生活が、いかに甘いか。」
も、薄々ながら、感じてもらえたら嬉しい。

「ご両親に、どんな仕事をしているのか。聞いてごらん。そして、その苦労話を聞いてみるといい。さらに、その責任の重さを、聞いてみるといい。」
と、結んだ。

珍しく誰も寝ることなく、よく聞いてくれた。
ほっと、胸をなで下ろす。

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やんちゃな男子生徒たち

昼食後の出来事。
ある男子生徒と女子生徒がぶつかった。
ぶつかりそうなったので、お互い避けようとしたが、同じ方向に避けてしまった。
そのため二人はぶつかる…。

女子生徒が、「やだ、きもーい」と叫ぶ。
それを聞いた男子生徒が、「うるせ、死ね」と応酬。
二人の怒りは収まらない。
その後も、クラスは違っているのに、お互いの顔を見るたびに悪態をつく。

この事件は、男子生徒が夕方、面談をしたときに、
「最近、反省すべきことはないか?」
という問いかけに、「実は今日の昼…」と、自らの口から反省の弁で出たものだ。

その話から、今度は女子生徒が呼び出され、言葉遣いの指導になったのだ訳だ。
女子生徒とはゆっくりと話をして、「さすがにまずかったかな…」、と思うに至ったとのことである。

今年の中学二年生。「あまりの男子の幼さに、女子生徒があきれ果て、馬鹿にする」、という構図になっている。そのムードを察知した男子が、女子の陰口を言う。今度は、その陰口に女子が傷つき訴えて来る。男子は、なぜ自分が叱られるのかが分からない。今度は、叱られたことに対して、互いに不平不満をぶつけ、さらに闇が広がっていく。

総合的な学習や遠足班では、男女一緒なのだが、そのときは仲良くやっている。
ただ、こいいう場合でも、リーダーシップをとろうとするのは、女子の方だ。

陰でこそこそする数人の男子が、一種異様な雰囲気を作っている。
そこへ、その取り巻きやら、彼らの嫌われたくないと思う生徒、真面目な生徒までもが近づいていく。
休み時間になると、集まった男子の間に、なんとも言えない嫌なムードが漂う。
時折、奇声をを発したり、わざと大声でふざけてみて、皆の笑いをそそう奴もいる。
それを見て、女子や後輩が、避けるようにして通り抜ける。
それが、今の現状だ。まさに無頼漢地獄。
これが私の指導の結果なのだが…。

「丹澤先生、○○は、彼らと切れたら、来年生徒会長できるんじゃないですかね。」
いつもポジティブな隣の担任が言う。

「いやあ、うちの学年辞退して、後輩にやらせたら?」
と、言いつつも、
「確かに…。○○なら、やれそうですね。」
と、答える。

今から、手を打っておかないと、来年2月の改選で困ったことになるだろうな。
「果たして彼らの成長を見ることできるのだろうか。」
と、嘆息。

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2018年11月14日

全校生徒の祈り

重鎮のM先生が、授業中に具合が悪くなった。
病院に行ったら即入院。心筋梗塞だという。
翌日、一気に重篤な状態に陥ったため、全校生徒でM先生の快癒を祈って、回復の思いを向けた。

全校生徒500名余の集合想念が功を奏してか、祈りの後には、意識も回復し、話せ、笑えるくらいに持ち直した。この先、まだ根本的な治療が必要だが、まずは安心だ。

かつての私は、教員人生しか考えられなかった。
だから生徒には、
「授業中に倒れて、運ばれて、そのままあの世に還るのがいい…。」
と話していた。
生涯現役のまま、この世の人生を終えたいと思っていたのだ。

「私は、倒れる寸前に、断末魔で、○○と叫ぶ。叫ばれた生徒は、一生の思い出になるだろう。」
などと、冗談交じりに話をしていた。
もちろん、叫ばれた本人は、たまったもんじゃないだろう。

今は、また違う次の人生のビジョンがあるので、授業中に倒れて逝くという望みはない。

そんな折り、教え子の高校生から、
「先生は大丈夫なんですか?」
と尋ねられた。彼は、授業中倒れて云々を話した世代である。

「今は健康だよ。それに…別の夢ができたから。」
「夢は何ですか?」
と、聞かれたが、にこりと笑って退散。

教え子たちは皆、心遣いのある優しい生徒ばかりだ。
同じ校舎にいながらも、中学から高校へ進学し、少し距離を置いているのが、ちょうどいい関係になっているようだ。

「もし、私が倒れて病院に運ばれて、命が危険な状態になれば、やはり全校生徒で祈ってくれるのだろうな。」

いつの間にか、私もそうした年齢になった。

最近は、手の上の砂が、指の間からすり抜け、こぼれ落ちるかのように、時が流れる。

「本当に、一日を大切にしなくてはいけない。」
と、しみじみ感じる。

人生三万日と言われるが、それが毎日少しずつ、残りの日数が減っていく。

老獪な話術を駆使しながら、「聞かせる」授業は続けている…。








中3語学研修報告会

今朝の中学校朝礼は、中3の『語学研修報告会』であった。
私の学校では、中学3年の10月に、全員がオーストラリアの語学研修に出かける。
現地では、二人ずつホームステイをして、いわゆる英語漬けの生活をするのである。
シドニー近郊に出かけるのだが、市内観光は、初日と最終日のみ。中一日、現地の学校交流をする以外は、ホストファミリーと過ごす。

今朝は、テーマ別に分かれて、代表生徒4人が発表した。
自分たちが苦労してきたことを、中1、中2の後輩たちに熱く語ったのだ。

「まず初めに、私たちが、海外研修に行っている時、後輩の皆様が代わりに仕事をしてくれたことに感謝します。」
と、始まった。
中3の先生の仕込みだろうが、なかなか洒落たスタートだ。

「とにかくフレーズを覚えて下さい。そして、どんどん単語を覚えて下さい。それだけでも、なんとか会話はでできます。」

「テンションを上げて、自分の思いをぶつけて下さい。日本的な遠慮で、何も言わないと、コミュニケーションが全くとれません。」

「笑顔で話しかければ、絶対に大丈夫です。」

彼らの貴重な経験をもとに、実践的なアドバイスが続く。

ところが、予想を裏切ったのは、この報告会の最後だ。
合唱コンクール実行委員のリーダーのN君が、

「後輩の皆さんたちへの感謝を込めて、『大地讃頌』謳います。」
と、きた。『大地讃頌』は、現地の学校でも披露してきたものだ。
ピアノの伴奏なしのアカペラバージョン。

正直ぐっときた。
自分が好きな曲であることよりも、彼らのひたむきさに感動した。
「昨年、問題ばかりを起こしていた彼らが、ここまで成長したんだ。」
と、思うと、心を揺さぶられた。

それに比べて、私の受け持つ中2の情けなさに、ますます自己嫌悪に陥る。

集会が終わって、隣のクラスの担任が言う。
「来年、あそこまで歌えるんでしょうかね。」
私は、あえて答えなかった。

「来年、勤めているのかな。それまでに玉砕してしまって、どこかへ行ってしまっているかな。」
そういう思いがよぎる中、横を校長が通り過ぎる。

「頼む。話しかけないでくれ。今は、そんな気分じゃない。」

そういえば、一昨日、中3生徒会長が中2の学級委員らを集めて説教をしたらしい…。
「今のままの中2じゃ、まずいんじゃない。」
と言われたと、学級委員が報告してくれた。

私の力不足で申し訳ない…。








2018年11月13日

ストレスチェック

先週、私の机上に「ストレスチェック」なるものが置かれていた。
提出は任意だという。
私自身、以前記入した記憶がないので、おそらく、以前この書類を置かれた頃は、元気もりもり、ストレスなどほとんどなかったのかも知れない。

昨今、ストレスが多くなり、
「今、記入したらやばいぞ…。」
と、しばらく放置しておいたのだが、今日になって広げて見ていたら、同僚のA先生が、
「先生、これ記入するんですか?」
と、問う。

聞けば、その先生は、ストレスがたまり、「今の状態で記入したら、やばい…」とのこと。
「変なこと書くと、呼び出されるのでしょうかね…。」
とも言う。
「どこぞの学校の先生は、校長が原因でストレスがたまったにも関わらず、このストレスチェック後、校長から面談を受けた、という話を聞いたことがあります。」
と、最近見たツイートを伝えてみた。

6時間目に、再びA先生から、「相談があるので時間を作って欲しい」、というので、「今ならば…」と、相談を受けた。

A先生によると、「中学生の指導に苦手意識がある」とのこと。
特に、ある二人の生徒がどうしても苦手で、指導が上手くいかないのだそうだ。
ご自身の、中学時代のトラウマがあり、なかなか自信が持てないと言う。
この二人は、私の言うことは聞く生徒なのだが、確かにヤンチャだ。

A先生は、本年度、系列の学校から赴任してこられた方だ。新しい職場で勝手も分からず、また、前任者の引き継ぎがあまり意味をなしていなかったようで、すべてゼロから築き上げようとしている。その仕事量の多さも、ストレスになっているようだ。

「どう中学生と関わっていいか分からない。」
と、言われるので、私の拙い経験をお話申し上げた。

「丹澤先生は、ストレスはなさそうに見えるのですが…。」
と、言われたので、「そんなことはありません。そろそろ限界です」と答えた。

話は一時間ほど続いた。
どちらも『生徒指導における自分自身の力不足』と、『管理職からのプレッシャー』によるストレス。
何のことはない、お互いのストレスのことを共有し合い、
「ため込まないように頑張りましょう。」
と、語り合うことになった。

「私は、周りからは、機嫌良く務めていて、ストレスなど感じていないように見えているのか…。」

「本当はそうではないんだ…」
と、叫びたくなるのを抑えつつ…。
そんな中でも、生徒と関わりの中で、彼らからのエネルギーを受け続けていることも事実。

「まだ、もう少し頑張れる…。」
心の中でつぶやいた。








修理代がかかるので…

「ボールを蹴りながらグランドに行かないで下さい。」
今朝の打ち合わせで、そういう要請が来た。聞けば、生徒がグランドに向かいときに、ボールを蹴りながら歩いているので、そのボールがエアコンの室外機に当たってへこんだり、電灯に当たって壊れたりするというのだ。
「修繕には修理代がかかるのです。」
と、言う。

「そもそも校舎の配置がまずいんだよなぁ…。」
その話を聞いて、私はそう思った。

昇降口の前は、大きな花壇がある。それを抜けてグランドに向かうには、体育館の横をすり抜けていく。その道は車一台が通れるくらいの幅、体育館側は、体育館一階の窓ガラスがある。室内側には防御柵で、ボールなどがガラスに当たらないようにしてあるが、外側はそのままだ。体育館の反対側は山だ。ちょうど山際にエアコンの室外機が、柵もなく置かれている。

確かに、サッカー好きなら、ドリブルをしながらグランドへ、という生徒もいるだろうが、果たしてそんなにぶつけるものかな…、と思う。

学校現場は何か起こると、すぐに規制が入る。
新たな規則ができて、どんどん生徒の行動が制限されるのだ。
こうやって、次々と、暗黙の約束事が増えていく。
見直しが図られて、廃止される規則はほとんどないので、年数が経てば経つほど、規則や規制だらけの学校になる。

中学生時代は、人生のほんの一時期の三年間。
「子供から大人への端境期に、暴走しないよう押さえつけておくべきだ。」
と言う考えもあるが、個性を伸ばすという観点からすれば、ベクトルが逆だろう。

「せめて休み時間や放課後くらいは、生徒にのびのびとさせてやりたい。」
教育者なら、誰もがそう思うだろう。

あれも駄目、これも駄目…では、生徒たちも気の毒だ。

少し前に、
「教室のドアは静かに閉めて下さい。」
というお願いもあった。

休み時間に生徒がふざけて、追いかけっこをする中で、教室のドアを乱暴に閉めたのだ。その衝撃で扉のストッパー機能が壊れた。

「先生のクラス、よくドアが壊れますよね。」
と嫌味を言われる。
報告をしないで、放っておいた所は、次の年の管理者に押しつけられる。

「生徒が元気なのは、いいことなんじゃないのか?」
と、反論したくなったがやめた。

彼らが気にしているのは、学校経費の修理代だ。









2018年11月12日

貧乏人を増やす教育?

「お金持ちになりたいか?」
と、生徒に尋ねれば、ほぼ全員が、
「なりたいです。」
と、答える。しかし、彼らの心の傾向性は、さまざまだろう。

私は長い間、「お金持ちは悪」のようなイメージがあった。

自分の家があまり裕福ではなかったことに加え、始終母親から、
「お金持ちは悪いことをしている。」
と、聞かされ続けたことが、遠因であると思われる。

しかし、『お金のある人の所にはお金が集まってくる』ことは真実。

そして、お金持ちは、お金を憎んでいない。また、たくさんのお金を持つことに罪悪感を感じていない。

実はこれが重要らしい。私の母もそうだが、お金が入ってこない人のマインドとして、どうやら、「お金に対して何かしらの罪悪感を持っている」ようなのだ。

もしかしたら、教員の中にはこうした考えの中で成長し、今も、その考えである人が多いのではないだろうか。

「あいつの家はお金持ちだから…。」
若い頃、先輩の先生のこうした言葉を聞いたことがある。この言葉の裏には、
「お金のない人の気持ちは、金持ちには分かないだろうな…。」
と、いう思いと、
「彼らお金持ちと俺たちとは、住む世界が違うんだ。」
と言う、思いが交錯している。

こうした考えで教育現場に立っていれば、知らず知らずのうちに、「教え子たちを貧乏に導いている」ことにならないだろうか。

卒業生で、成功している人の中学、高校時代を思い起こしてみると、決して優等生ではない。どちらかと言えば、個性的というか、手がかかり、悩まされた生徒であることが多い。
つまり、画一的に教育されている学校現場の中で、飛び出ていた生徒。金平糖で言えば、とがった部分。全体指導の中では、変わった行動をしてしまって目立った生徒なのだろう。

この点においても、私たちの現場では、「お金持ちを育てる」教育にはなっていないのだろう。
みんな同じであるならば、給料も差も生まれないからだ。

お金は価値中立なもので、人生に夢を与えることもできれば、堕落に導くこともある。

しかし、
「お金に不安を感じるのではなく、夢を見る。」
というマインドで、罪悪感を持たせない方がいい。

給与所得だけが収入ではない。
他の人が思いつかないアイデアが利益を生んでいく。
工夫次第で収入は増やしていけるのだ。

そうした考えを教えるべきなのかも知れない。

今の教員の世界では、「収入をアップさせる発想はほぼない」と言える。

私たちは、一体、何を目指して教育しているのだろうか。

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