2018年10月19日

公開授業は面白い

私の学校では年に3回、研究授業として、各教科から代表一名が授業公開をする。また、それとは別に、新人の先生も、年に何回か公開授業をすることになっている。合わせて、授業アンケートで評価の高かった先生も、次の学期の始めに授業を公開する。だから、年間を通して、けっこういろいろな先生の授業を見ることができる。

教科が違っても、参考になることは多いし、たとえ新人先生の下手な授業でも、何かしらの学ぶべきところはある。

ちょうど今が、二学期の公開授業期間で、久しぶりに何人かの先生の授業を見せてもらった。

公開授業となると、沢山の先生が教室に来て授業を見ているので、明らかにいつも通りの授業ではななくなる。だから、授業が終わると、
「いつも、こんなに静かだといいのに…。」
なんて声が、生徒から聞こえてきたりする。
普段着の授業ではないのかも知れないが、積極的に授業公開することは、先生にも生徒にも、刺激になっていいのかも知れない。

授業公開が終わると、研究協議会と称し、その授業についての意見交換会が行われる。この場では、授業を見学した先生が、授業をした先生に、さまざまな意見を言う。

ちなみに私の学校では、マイナスのことだけを言うのは禁止されている。

人の授業の粗など、いくらでも探すことができるし、うまくいかない部分だってたくさんある。
だから、ほめるべき所を沢山探して、その上で、気になるところを指摘する、というシステムになっているのだ。

大切なことは、『お互いが授業を見学することで、学び合え、授業技術が向上し、生徒の満足度の高い授業ができるようになること』なのだ。

私は、若手の先生には、
「いつ授業を見に来てもいいよ。」
と、言っている。だから、結構授業中に先生が出入りしている。
よく他の先生が来るから、生徒もあまり気にしていない。

昔はよく、
「授業は最初から最後まで見るのが礼儀であって、途中で入ったり抜けたりするのは失礼である。授業の一部分を見て、あれこれ言うものではない。」
と言われたが、授業の全体の雰囲気は、短い時間でも感じ取ることはできるのだ。
確かに、授業は一時間で一つのドラマを作っているのだから、「切り取られて批判されては困る」、という人もいる。
しかし私は、「授業のどこを切り取っても、それなりのレベルを維持していなければいけない」、と思う。

授業に集中していない生徒が多いと、他の先生が教室に入ってきただけで、多くが入ってきた先生を気にして、後ろを振り返り、授業を中断させてしまうことになる。
だが、そういう授業ではなく、全員を集中させられる授業を目指すべきだと思う
この辺りが、教師の腕の見せ所だ。

「先生、緊張していましたね。」
なんて、生徒に言わせてはいけない。
たとえ先生自身が緊張していても、そんな素振りを見せてもいけないし、逆に生徒から、
「先生、他の先生が来ててもいつも通りなんですね。」
と思わせなければいけない。

私自身、「今日の授業はまずまずだな…。」などと思えるのは年に数回あるかどうか。

私が公開授業するときは、わざと失敗したように見せることもある。
しかし、それは予定された演出で、そのことで、生徒をさらに引きつけ、授業に集中させる狙いだ。
「この仕組み、気づいている人、いるかな…。」
などと、老獪な私はほくそ笑む。

私もまだまだ、目指すべき理想の授業にはほど遠い…。
引退するまで、精進を重ねていかねばなるまい。

生徒会継承式を終えて

今朝、生徒会継承式が行われた。
継承式とは、生徒会の役員が替わるときに、全役員から新役員への引き継ぎ式である。
私もいろいろな学校を経験してきたが、この「継承式」という呼び方は、今の学校で初めて知った。

全校生徒の前で、全生徒会の活動の様子が動画で流れる。
昨今の高校生は、実に凝った映像を作れる。まさにプロフェッショナル級だと思う。
以前より、動画制作は敷居が引くなったし、気楽にYouTubeなどに登校できる時代なので、もっとものなことだが、PCでの動画編集もずいぶん楽になった。PCのスペックも高くなり、編集ソフトもフリーソフトで対応できる。すごい時代になったものだ。

実は、旧役員は5人中4人が、私が中学時代に担任をした生徒だった。
中学時代からクラスや学年、生徒会でリーダーシップをとっていて、
「高校生になったらきっともっと活躍するだろうな」
と、中学の卒業式を終えたが、予想通り立派に成長してくれた。

前にも書いたが(最大の苦しみは『愛別離苦』)、彼らも高2の秋。別れが一歩一歩近づいてくる。

休み時間に彼らの何人かすれ違ったが、
「生徒会お疲れ様!」
と声を掛けると。
「寂しいです…。」
と、帰ってきた。

「いよいよカウントダウンだね。」
と言うと、
「そうなんですよ。高3の0学期だそうです。」

「頼むから、静かに消えるように、去ってくれ…」
この思いは変わらない。

密かに彼らの成長を喜び、たまに廊下ですれ違ったときに、最大限の笑顔を振りまく。

先日も、
「今日は寒いね…。」
と、声を掛けたら、
「先生、これ、着ますか?」
と、自分の着ているウインドブレーカーを私に差し出した。

こんな奴らである。

中学時代には、手がかかり、つきっきりで関わった彼らも、一人前の大人に近づいている…。

カメムシの季節がやってきた

涼しくなって、教室の窓にたくさんのカメムシがやってきた。
毎年、このシーズンになると、寒さ避けてカメムシが飛んでくるのだ。

私の学校は、窓に網戸があるので、網戸には多い教室で20匹ほどのカメムシが止まる。
それが、かすかな隙間から教室に突入し、暖かい教室で「ブーン」と飛ぼうものなから、それがたとえ授業中であろうと、生徒たちは大騒ぎになる。

昨今の生徒は、蝶が一匹教室に入っても、男子生徒すら
「きゃぁー」
と逃げ出す始末なので、蜂だのカメムシとなれば、それは大変なことになる。

そのカメムシ、どこから侵入するのか、窓を閉めていても、いつの間にか教室内にいる。
生徒たちは、彼らを退治しようと、悪戦苦闘するのだが、素手で触れるはずもなく、と言って、刺激を与えれば、強烈なカメムシ臭を放つわけで、その後は授業できぬほど、教室は臭い空間と化す。

この地域では、どの家でもこうした悩みを抱えているようで、ホームセンターには、「カメムシよけ」なる噴射剤が売っている。私も一度試してみたが、これを網戸にかけておけば、数日間、カメムシの数は半分以下にはなるが、だからといって、いなくなるわけでもない。ランニングコストに合わない、気休め程度の効果でしかなかった。

一番困るのが、洗濯物についていることだ。洗濯物を取り込んで、気がつけば排除できるが、分からないでそのまま畳んで、数日後に、気がつかずに着てしまうという事故も起こる。そのとき、彼らを刺激すれば、カメムシ臭の人間が登場することになる。
洗濯物を部屋干をしていたとしても、油断ならないのが、彼らの習性なので、畳むときは、表裏にその存在を注意深く確認し、おそるおそる作業をするしかない。

今日、休み時間に教室の前を通りかかると、生徒たちが、カメムシと格闘していた。
床を我が物顔で闊歩しているカメムシを、雑巾で取り除こうとしたり、箒で掃いて、飛ばしたりしている。そのうち、カメムシが臭いを発すれば、途端に教室中にカメムシ臭が充満する。

「おい、いじめるなよ。」
「いやぁ、だってカメムシが…。」

いじめれば彼らは臭いを放つ。しかし、生徒たちはカメムシの姿すら見たくないのだろう。
私だって、夜寝ているとき、「ぶーん」と顔に当たってきたら嫌だし、一晩のうちに部屋の電灯に四匹も五匹も飛んできたら、やっぱり退治したくなる。

それでも私は授業中、カメムシに困っているようなら、さっと手で取って外に放つ。
「やさしく救えば、臭くならないんだよ。いじめるから臭いを放つんだ…。」

そう言えば昔、教室に紛れ込んだ蜂も、そうやって手で取って逃がしたやったことがある。
こちらが怖がったり、蜂を怖がらせたら、当然刺される。
しかし、心穏やかに虫たちに接すれば、ちゃんと共存できる。

だけど、やっぱりカメムシは好きになれないなぁ…。

いずれ寒くなれば、カメムシは動けなくなる。その時には、彼らは部屋の隅やサッシの端で寒さに耐える。今度は、暖房をつけて部屋が暖かくなると、「ブーン」と飛ぶ。

まだまだカメムシと格闘する日々は続く…。

2018年10月18日

夏休みとは何ぞや

今日の会議で、『一学期の終業式を7月31日、二学期の始業式を8月21日にする』という案が出た。
一学期の終業式は、今でも7月25日。近隣の学校の終業式よりも5日ほど遅い。また、二学期の始業式も近隣は25日なので、こちらは4日ほど早い。これにより、夏休みがさらに10日ほど短くなるというものだ。この案でいくと、夏休みはちょうど20日間になる。

「こりゃぁ、生徒から反乱が起こりそうだな…。」
これが、私の第一印象。

「もっと勉強させて、成績を上げたい」のだと言う。

提案者は、
・期末考査が早すぎて、その後授業の集中を欠いてしまう。
・夏休みになかなか勉強しないので、もっと勉強する日を増やしたい。
・講習に出て欲しい人が参加しないので、全部授業にしてしまおう。
・早く二学期を始めれば、文化祭の準備期間が長くとれる。
などと、理由を述べていたが、どれも説得力に欠ける。

ただただ授業時間を増やすだけで、成績が上がるとは思えない。
先生と生徒の信頼関係のもと、お互いのモチベーションアップが相乗効果となって、目標に向かっての成果が出てくるものだ。

ただでも7月の20日を過ぎると、生徒たちは途端に落ち着きを失っていく。
中学生は総体が始まるし、近隣は20日から夏休みが始まるからだ。
大会のために、先生も生徒も学校からいなくなる。
授業の自習も増えるから、生徒が教室でやっているのは、少し早めに配られた夏休みの宿題。
「先生が授業しないのならば、わざわざ学校に残る必要性も感じない」と考える生徒も出る。
高校でも対外試合があり、担任はそれをかいくぐって、通知表などの書類を作る。

なんだか、ますます社会に隔離された学校になっていく気がしてならない。
私学だから、学則を変えれば、学期の期間は変えられるのだが…。

夏休みには、普段できない体験をたくさんして、学校では学べない経験をして欲しい。

これが私の願いである。もちろん、部活動に専念するのでもいい。キャンプに行ったり、海山に行ったり、高校生なら一人旅をすることもできる。

ただ実際は、部屋に閉じこもってゲーム三昧。

だが、生徒がのんびり過ごす日があってもいい。

幸い全館冷房完備だから、それなら夏休みは短くてもいいのかも知れない。
しかし私は、何だか失うものが大きいような予感がする。

「どうして夏休みが短くなるんですか?」
という生徒の質問にも、今のところ教員たちも誰も答えられない。

「校長が決めたから…。」
としか言えないのが現状。
しかし、それでは指導にならない。

おそらくこの案はそのまま実現されることはないだろうが、「夏休みとは何ぞや」を考えるきっかけにはなった。

駅伝の試走をサボる

昨日の駅伝の試走。暗くなるのが早いので、選手は帰りの会には出ないで駅伝の試走に出かけたのだが、中2の3人が行かなかった。
正確に言うと、いつまで経っても来ないので、バスが出発し、置いていかれたのだ。

一人はトイレに行っていたと言う。
残りの二人は、着替えが遅く、着替え終わった頃には、もう出発していた。

駅伝監督の先生もさすがに、
「もう、本番も来なくていい」
と言ったらしい。彼らのやる気を疑ったわけだ。
2人は、前回の市内駅伝にレギュラー選手として出場した生徒である。

「あいつら、何も言いに来ないんですよ。」
三人は、遅れたことに対して監督の先生に、報告にもお詫びにも行っていなかったらしい。
自分たちが、多くの人に迷惑を掛けてしまったことを認識できないのか、分かってても「シカト」しているのだろうか。

昨今は、叱られ方が分からない生徒が多い。
彼らは、時間が経てば、「なかったことになる」と思っているふしがある。
もしかしたら、日頃から教師の方が根負けして、「放っておいてしまった」ことへのツケかも知れない。

教員側の手抜きは、じわじわと生徒に影響していく。

駅伝の監督が、私に
「彼らをどうしたらいいですか?」
と尋ねてきたので、
「呼び出して、きっちり指導してください。」
とお願いした。そのままでは、彼らは許されたと思う。

チームプレーを教えられていない生徒なので、集団行動であっても、自分勝手な行動をする。
その行動が、他にどのくらい影響を与えるかは、まったく予想できない。
集団行動の訓練もほとんどなされていないし、教えられたこともない。
結局、周りを見ることのできない、自分のことしか考えられない人間になっている。
そして都合が悪いと、自分以外にその理由を求め、そちらの責任を追及しようとして、反省しない。
マイペースの裏には、自己中心的な考えが見え隠れする。

『個性』を伸ばすことは、『自分勝手』を助長することではない。

注意されても空返事、叱られるとふてくされる。
「だって、先生から言われたから…。」
と、母親に愚痴を言い、はたまたクレームとして保護者から連絡が来る。

学校現場として、確かに指導しにくい世の中になった。

2018年10月17日

会津遠足に向けて

今年の遠足は、『会津』方面に決めた。

会津は歴史の町。幕末に新政府軍と戦い、白虎隊の悲劇を生んだ町である。

江戸時代の初代藩主は保科正之。秀忠の子でありながら、落胤のために、不遇の少青年期を過ごす。のちに、兄、徳川家光から大名に取り立てられ、会津藩を得る。このときに、定めたのが、『会津家訓十五条』。この第一条、徳川家への忠誠を誓うというもの。しかし、彼の残した家訓によって、最後の藩主である松平容保は、時の将軍徳川慶喜から京都守護職を引き受けるざる得ないことになる。そのため、薩長と対立。のちの会津戦争へとつながり、会津藩は降伏へと進むのだ。

会津藩の武士の生き方、会津の教育システム、歴史の歯車の掛け違いによる悲劇などは、中学生にも十分参考になるだろう。

遠足といっても、若干、社会科見学に近くなってしまうが、最近は、いわゆる「お楽しみ」だけでは、遠足として許可されないので、見学体験型の校外学習となる。

以前は、飯盛山で、白虎隊が猪苗代から逃れるときに通った洞門や、自刃の地も見学したが、毎回、学年で数人、具合が悪くなるので、今回はコースから外した。

最期の家老、西郷頼母の居宅を移設した『会津武家屋敷』、会津人々の象徴でもある再建された『鶴ヶ城』、会津藩校『日新館』を見学する。

「会津好きですね…。」
遠足のコースを決めたとき、教頭からそう声を掛けられた。
確かに私が学年主任の中2では、毎回、遠足は会津に出掛けている。
もちろん、新しい遠足のコースを開拓すべく、長期休みなどに自分で足を伸ばしているが、まだ完全にプランができていないのだ。

私の学校では、中学2年の総合学習のテーマが『日本を知る』ということなので、会津をきっかけにして、江戸時代や明治維新の頃の日本を知ることができれば、「よし」、というところだろう。
また、会津で、クールジャパンも発見して欲しい。

今日、来週に迫った遠足に向けて、学年指導を行った。

「以前、先輩たちが会津に出掛けたときに、地元の人から『どこの小学生?』と言われました。制服では出掛けませんが、今年は、『小学生』とは言われないように、中学生としての立ち居振る舞いをしてください。」
と結んだ。

どこに行こうとも、行事を充実した楽しいものにするのも、教員の大切な役割。
「遠足は面白かったよ。」
と、言わせてやろうじゃないか…。

謝った方がいいですか?

自習時の出来事。新人のN先生が監督をする。
すると、勉強に集中せずにスティックのりで遊んでいる生徒がいた。だから、それを注意した。
紙を切り刻んで、工作をしている生徒もいた。だから、それも注意した。
マンガを読んでいる生徒もいたので、それも注意した。
寝ている生徒もいたので、彼らを起こし、注意した。
個別に注意した生徒は全部で6名。彼らを叱った。
すると、
「先生、女子だって寝ている人がいるのに、どうして僕たちばかり注意するんですか。」
と言われ、なるほど自分にも非があったと思ったN先生は、そこで困ってしまって、それ以上何も言えなくなった。困った挙げ句、今日の朝一番に私に相談に来た。
「全員に謝った方がいいですか?」
と尋ねてきた。本気か?

私はそのクラスに赴いて話す。
昨日の一連の流れを、学級委員から聞き出し、皆の前で発表させ、ことの次第を確認した。
すべてが明らかになったときに、ぽつりと語った。

「何かおかしくないか?」

「自分たちのことを棚に上げて、若い先生だからと甘えていないか?」

「貴重な学習時間を無駄にするばかりか、勉強の磁場を壊していないか?」

クラスはシーンとなった。
「しまった…。」
という思いが伝わってくる。

反省の思いが伝わってきたので、これ以上は責めなかった。

失敗は反省して、次に繰り返さなければいい。

「私が代わりに謝りましょうか?」
私は、畳みかけた。

「来週もあるんですけど…。」
と、N先生が不安そうなので、私はN先生にも指導をした。
生徒は無礼極まりないが、N先生の対応もまずい。

クラスにN先生のファンがいれば、こうしたムードにはならない。

たとえ生徒が先生を試したとしても、毅然とした態度をとる中に、「この先生は、これ以上は許されない。」という思いが働く。

生徒からの反応に、心が動じてしまえば、「わがままを言っても聞いてもらえる」と、ますます増長する。

私はアドバイスを続ける。
「切り返しの力も大切だよ。何を言われても動じない力もいる。」

「失敗してもいいから、自分が思うように、やってごらん。」

「これを乗り越えられるかどうかで、この先の教員人生は変わるよ。」

誠実に、そして真剣に生徒と関わっていけば、必ずうまくいく。生徒との関係も築いてゆける。

「前に立っていれば、先生として認められ、生徒が黙って話を聞いてくれる…。」
今はそうした時代ではない。

学校現場は、そんなに甘い世界じゃない。

2018年10月16日

新人先生の洗礼

新人の先生が、珍しく興奮している。
「全然しゃべるのをやめないんです。注意しても、すぐに話は始めるんです。だから、今日は15分くらい説教しました。」
と言うのだ。

説教、大いに結構。ただし、それが生徒たちの心に響かなければならない。
ただ、先生が怒っているだけならば、
「ああ、また先生キレてる…。」
と思われ、結局何の効果もないのだ。

「ちゃんと聞いているのは、数人なんです。」
彼の授業は、十数人の少人数授業だ。

確かに時々授業を覗くと、先生説明していても、あらこちで後ろを向いて話をしていたり、何人もの生徒が、伏せって寝ている。これまで『一人たりとも寝ている生徒を許さない』という姿勢がなかったために、生徒は寝ていても大丈夫だと思っている。その上、疲れたら寝る。
「だって、眠いんだもん。」
となる。

眠くなるのは、授業が分からないからだ。

だから授業を聞かせるには、分かる授業をする。分かる話をする。
生徒が聞いていて、興味のある、面白い話も織り交ぜる。
集中と弛緩を織り交ぜ、授業にメリハリをつける。

学校の授業は、進学塾のように、「分かるようになりたい」と思っている生徒ばかりではない。
そうした生徒をも、「何となく面白いじゃん。」、と思わせるような工夫が必要なのだ。

聞いていて分かる授業ならば、授業を聞かせるようにすればいいのだが、残念ながら、彼の授業は教えようとする内容が多すぎて、どこがポイントか分からず、聞いていてもよく分からない。
おまけに、ぼそぼそっと話をする。言葉に覇気がないのだ。

「中間テストの平均点30点台になってしまいました。点数が一ケタの生徒も5人いるんです。」

私は、いろいろとアドバイスをしながら、「いよいよ生徒たちの洗礼が始まったかな」、と思った。
政治のハネムーン期間のように、生徒たちは、はじめはおとなしくしている。先生の反応を見ながら、品定めをしているわけだ。

新人先生が、授業を担当して間もなく二ヶ月。
「これからが正念場だぞ。」
と、心の中で思いながら、一つひとつ授業のポイントをクリアさせなければ…と、計画を練っている

算数チャチャチャ

私の授業では、忘れものをした生徒は歌を歌うことにしている。
その歌の一つが『算数チャチャチャ』である。
山口和義作詞、作曲。かつてNHKの「みんなの歌」で、ペギー葉山が歌ったことが始まり。
その後何人かがカバーしているが、私は男性が歌っているものを、授業で流している。
忘れた人が主旋律を歌い、他の人が、チャチャチャを入れる。

『算数チャチャチャ』と言いつつ、歌詞は、
一番が、ルートの有理化(数学T)、
二番が、三角比(数学T)、
三番が、三角関数のグラフの平行移動(数学U)
と、内容は数学なので、とても小学生や中学生に理解できる内容ではない。
「みんなの歌」で放送されていた頃、小学生が歌詞も分からずこれを歌っていたとすれば、驚きだ。
ただ、歌っているうちに歌詞を覚える生徒もおり、ルートだのサインだのを覚えて、何となく背伸びをした気になったかも知れない。

一番の歌詞を式にすると、

chachacha-1



こうなるが、この方法は通常授業では習わない。
教科書では、

chachacha-2



と解く。

今朝の授業は、久しぶりに忘れものをする生徒が多かったので、
「先生、今日は『算数チャチャチャ』にしましょう。」
となった。

ルートの何たるかも分からないまま、歌っている中学一年生の姿は、ほのぼのする。
一学期に『算数チャチャチャ』を紹介したときに、ルートの話をしたので、何も違和感なく歌っている。

私の担当するクラスでは、中学生のうちに、三番までが理解できるようになることを目指しているのだが、それでも一番を学習するのは中2の一学期、二番を学習するのが中3の一学期、三番の解説を受けるのが、中3の二学期になる。

『算数チャチャチャ』は、算数(数学)に関する歌は、きわめて少ない中で、貴重な授業ツールでもある。

歌詞の一番も、通常の有理化とは違って、テクニカルな方法で解いているので、速算有理化の方法としても使えるのだ。

ちなみに、『算数チャチャチャ』一番の歌詞は、こんな感じ。

ルート2プラス1分の 2プラスルートの2 チャチャチャ
算数チャチャチャで解きましょう
それほーら もうできた チャチャチャ
分子をルートの2でくくり チャチャ
ルート2プラス1 チャチャチャ
そのルート2プラスの1で チャチャ
分母子を訳せば
答えは簡単たったわずかのルートの2となるよ
チャチャチャ

パッパッパーヤ パッパッパパーヤ
パッパッパーヤ パッパッパパーヤ
パッパッパーヤ パッパッパパーヤ
チャチャチャ
パッパッパーヤ パッパッパパーヤ
パッパッパーヤ パッパッパパーヤ
パッパッパーヤ パッパッパパーヤパ


パッパッパーヤの部分はノリがいいので、昨年の文化祭のクラス劇で振り付けをつけて踊りにしてみた。

忘れ物に対して、厳しく叱責することもあるが、時にはこんな方法で、忘れ物防止作戦を展開している。

2018年10月15日

「恥ずかしい」のは、その点数か

「試験の答案は、君たちの作品です。『この答案から、何を読み取るか』は、人それぞれだろうけれど、失敗には必ずその原因がある。必ず失敗を活かし、同じ失敗を繰り返さないこと。」

「第一に、答案は作品なのだから、自分の努力の成果であって、結果は甘んじて受け入れるという気持ちが大切である。第二に、試験結果から感じた反省を次に活かすこと。そして、自分の弱い怠け心と戦うこと。」

私は試験を返却するとき、毎回こんな話をする。

また、
「点数を隠すな。自分の作品なのだから、受け止めよ。恥ずかしいと思うなら、恥ずかしい点数を取るな。」
とも言う。

だから、点数の書かれた答案の端を三角に折り曲げることも許さない。
「隠すような点数を取るな…。」
という具合である。

多少強引だが、習熟度クラスの一番上ということもあり、結構シビアに指導している。

だが、恥ずかしいのは、本当は点数ではないのではないだろうか。
点数は結果である。その点数を取るには、その原因がある。
本当に恥ずかしいのは、その原因の部分ではないか、と思うのだ。

「授業中、聞いていいなかったのが、恥ずかしい。」
「課題を真剣に取り組まなかったのが、恥ずかしい。」
「分からない部分をそのままにして試験を受けたのが、恥ずかしい。」
「試験対策の準備をさぼったのが、恥ずかしい。」
「怠けて勉強しなかったことが、恥ずかしい。」
「良くない結果になると分かっていながら、試験当日を迎えてしまったことが、恥ずかしい。」

試験の点数は、その象徴であって、点数そのものよりも、その点数によって、自分自身の内面が覗かれてしまう、ということに恥ずかしさを感じるのだと思う。

だから、
「中間テストの結果が悪かったから、期末は頑張ろう。」
というスタイルでは、分析としても、この先の目標としても、甘いということになる。

『悪かった部分、できなかった部分、十分でなかった部分はこれとこれ。だから、その部分を直していくために、こんな風に生活スタイルや勉強方法を変えてみる。』

ということを、具体的に明示できてこそ、『同じ失敗を繰り返さない』ということであり、『教訓を活かす』ということであろう。

中高時代は、そうやって、自分なりの勉強スタイルを確立させていく時期だ。

テストの点数に一喜一憂させるのではなく、その本質の部分を見つめさせたい。
posted by 丹澤三郎 at 18:28 | Comment(0) | 教育活動
ファン
検索
<< 2018年10月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
最新記事
カテゴリーアーカイブ
プロフィール
丹澤三郎さんの画像
丹澤三郎
プロフィール
リンク集
おすすめ