2020年02月23日

全校講話

私が全校講話をするのは、二度目である。
以前は五、六年前であった。
その時は結構緊張し、原稿を作り、何度も練習したのだが、今回は原稿も作らず、頭の中でいくつかポイントをして臨んだ。
全く緊張しなかった。

約10分ほどであったと思うが、私の話は講話というよりも漫談に近かったのではないか、と思う。
話している最中、終始笑いが消えなかった。

私は、授業中のために、落語やテレビショッピングの話術を研究しているのだ。
どういうタイミングで間を作り、どのようにたたみかければ笑いを誘うかは、少し分かる。

「丹澤先生、先生のお話、面白かったですよ。」
修了後、何人もの生徒にそう、声を掛けられたが、実際は内容のない話で、今の私にはこれが精一杯だ。

私の話は、『このままの欲望まみれの人生を送っていると、おそらく来世は餓鬼地獄に墜ちるであろうから、君たちが天使として迎えに来て下さい。』というものだ。

自分が実践できていないのに、聖人君子ぶって説教をすることなどできない。
と言って、せっかく彼らの自由時間の一部を奪っての話なので、せめて、「聞いて良かった」、と思えるような話にしなくてはいけない。
そんな葛藤の中、ギリギリの選択だった。

もちろん、餓鬼地獄とはどういう世界か、そしてどのような住人がいるか、どうやったらこの世界から抜けだし、悟ることができるのか、については言及している。

餓鬼地獄は、「足ることを知らぬ欲望の世界」である。
どんなに与えられても、決してその欲望は満足することはない。

腹が減って、食べ物を食べたとしても、口の中に入れた瞬間消えてしまう、というような世界である。
そこは自己中心的で、自分の利益、自分の欲望しか考えられない人が住む、世界である。

そこから逃れる方法は、「人は欲望のままに、本能のままに生きてはいけない」、と気づくこと。
だから、餓鬼地獄の救済には、「利他の心」や「愛」がいる。
彼らに自らの間違いを思い起こさせるには、そうした「愛ある人の心」が必要なのだ。

私は、その役割を生徒たちに委ねたつもりなのだが、果たして何人の生徒が、そのことに気がついただろうか。

概して、笑いの中には、譲ってはいけない確固たる信念がある。
真理はそこにあったりすることも多いのだ。

「役割を果たしたぞ」、と自画自賛してみることにしよう。




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