2019年12月03日

『盗癖』のある生徒

『盗癖』のある生徒が、その習慣から抜け出すのはなかなか難しい。

私も、長い教員人生の中で、『盗癖』を持つ多くの生徒たちと出会ってきたが、『盗癖』を克服し立ち直って行く生徒は極めて少ないように思う。

一時期、その行為が抑えられたとしても、ある時突然、その癖はよみがえる。

泣いて謝罪しても、ほとぼりが冷めた頃には、また人の物を盗ったりする。
そしてまた、ペナルティが与えられることになるのだが、そうした盗みを重ねると、私立学校の場合は、たいてい学校を追い出される。

転校慫慂であったり、退学であったりする訳だ。
「もう、学校としては指導の限界です。」
という意思表示でもあるのだろう。

確かに、『盗癖』は、学校現場によって培われたものではないようだ。
幼い頃から、そうした傾向があり、折に触れてそうした行為を重ねてきたはずだ。
大方の親はそのことを知っている。
そして、そのたびに叱り、指導してきたのだろうが、しばらくすると、また同じことをする。
そのサイクルの中で、学齢が上がり、今度は学校で『盗』に及ぶわけだ。

そうした人の特徴は、「人のものは欲しくて欲しくて仕方がないが、自分の大切なものを他の人にあげようという気持ちはない」、のだ。

人のものは、「いいな…」、と言ってうらやましがる。
そして、その気持ちがある一線を越えると、それを盗って自分のものにしようとする。
見つからず、自分のものにできれば、またその行為を繰り返す。
見つかって、痛い目にあっても、またしばらくすると、同じようなことをする。

「人のものは俺のもの。自分のものは自分のもの」という意識が強く、人から奪うことばかりを考えてしまうのだ。

「どうしてうちの子が、そんな風に育ってしまったんでしょうか…。」
そんな風に言う保護者も多い。

我々教員側としては、恐らく、「最初の盗みの時に、それを発見し、厳しく叱り、しつけることができなかった」、と考える。

ある保護者が、『盗』をした息子に言う。
「あなたは、動物のようだわね…。」

この言葉は思い。
基本的に動物は、他の人から『奪う』ことばかりを考えてしまう。
たとえ他のものから奪わなければ、生存競争を生き抜いていけないのだ。そういう本能がある。

人間は、これを克服したとされるが、実はその傾向を持っている人は、潜在的には多いようだ。
精神的に幼い学齢期には、そうした行為が実際起こってしまう。

仏教的には『畜生道』に堕ちるということなのだろう。

本人の理性が、本能を抑えられるようになるまで、こうした行為は続いていく。








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